●とんだ春の季節
登校して周囲を確認すると幹比古や美月の姿が見えない。
更に言えば幹比古の方は家の用事で顔を出さない事もあったが、二人一緒に数日続けてというのは珍しい。
これだけならば疑問に思うだけだが、フレイムヘイズのことで聞く事があるかもしれないので、少し気に成ったので尋ねてみることにした。
「幹比古と美月はどうしたんだ?」
「え……今更? 二人の仲が急接近したのは達也くんだって知ってるじゃない」
家同士の縁で付き合いの多いエリカに聞いてみると返って怪訝な顔をされた。
「喉に溜まった血を吸い出した事と人工呼吸の話か? あんなキッカケを踏まえずとも、十分に思いあって居たと思うんだが」
「そうは言っても中々踏み切れ無いものよ。……まあ本人以外の所で急激に進展しちゃったけどね」
つまらなさそうな顔に切り替わると、右から左に掌を動かした。
その様子で俺の知らぬ場所で何かしらの大きな変化があった事は推測出来る。
おそらくは周囲の情勢に流される形で、一気に物事が進んだのだ。
「俺が忙しい間に何かあったのか? プライベートの問題でなければ掻い摘んで頼む」
「達也くんなら二人も気にしないと思うけど……。ま、どっちみち『吉田家』の公式行事になっちゃってるし調べれば判るから、教えても良いわよね」
どうやら事は思ったよりも複雑に、そして馬鹿馬鹿しい事に成っているらしい。
「色々と危険な目にあわせた事もあってミキが責任を取るとか、正式に御付き合い……ってところまでは良かったのよね」
エリカは恋愛事情の流れを眺めるのは好きな様だが、周囲が操作するのは無粋だと感じるクチのようだ。
茶々を入れて流れを加速させるのとどこが違うのか判らないが、本人なりのこだわりがあるのだろう。
「察するに吉田家の方で待ったが掛ったと?」
「最初はね。だけど途中で何処かの誰かが、美月の『眼』の事を告げ口しちゃったみたいなのよ。そしたら手の平クルーだってさ」
エリカは掌をコロンと裏返して上向きにすると、ついて行けないとばかりに肩をすくめた。
しかしなんとなく、その先は推測出来る様な気がする。
それはかつて幹比古に聞いたことでもあるからだ。
「なるほどな。水晶眼や龍眼の持ち主ならば幹比古の相手として相応しい。……いや、エリカが不満そうなところを見えると。『吉田家の嫁』として相応しいということになったんじゃないか?」
「達也くんって恋愛感情はサッパリなのに、そういうところは妙に察しが良いのね」
エリカは肯定も否定もしなかった。
要するに細部こそ違えど、そういう流れが出来てしまっているのだろう。
霊子放射光過敏症……水晶眼や龍眼、名前は色々あるが……。
SBを見ることのできる強力な眼、それを古式魔法の家では何より尊ぶのだと言う。
「美月を公私とものパートナーにした幹比古の方が、当主として相応しい。……そんな話に成ってるんじゃないか?」
「もっと馬鹿馬鹿しい話よ。ミキと付き合う気持ちがそれほど強いモノではないなら、御兄さんの方と付き合っても良いだろう。いや、素質的に相性の良い相手なら他にも居るって」
確かにSBをベースにするのであれば、術のパートナーとしても最適だ。
遺伝子的に後代に続き易いモノでもないが、あれだけの能力であれば劣化しても十分に有益だと判断したのだろう。
「意味は判るが……。しかし何とも生臭いというか、つまらない話しになったな」
「でしょ? 本人不在で結納まで済んでるって話の方がまだアリだわ。まあ、これでミキが奮起するなら、そっちの方が面白いんだけど」
何がつまらないといって、幹比古と美月は想い合っているのだ。
自覚症状が無かったからといってソレが否定される訳でも無しい、比較論で言うならばどちらを取るか聞く前から決まっている選択肢だと言えた。
これで吉田家に権力があり幹比古が無能ならば別だが、神童とまで呼ばれた頃の才能を取り戻しつつあるのだから最初から話にもならない。
「つまらんことを聞いたな、すまん。……転任した吉田教諭と連絡を取りたかったんだが」
「一美ちゃんなら同じ用件で駄目よ? 最初はカウンセラーの癖になぜ異性交遊に成りかかったのを止めなかったのかって呼び出され、今じゃ根掘り葉掘り聞かれてる筈だから」
聞かれている筈……か。
残念ながらエリカをしても状況を聞き出せたのは最初だけで、今は連絡が取れないで居るのだろう。
「そういえばエリカの方はどうなんだ?」
「よしてよね。あいつとはそういう仲じゃないし」
パタパタと手を振りながら即答するエリカだが、答えに成って無いのでもう一度尋ねることにする。
「いや、レオとの仲じゃなくて千葉の方だ」
「へっ……ああ、そうね、そりゃそうよね! 政略結婚的な流れとしては無くはないわよ? というか横浜の話がそのまま続いているから、上の兄貴が時々鼻を伸ばしてる感じ」
何を勘違いしたのかしらないが俺が聞きたかったのは家の事情だ。
だがソレを時分とレオとの間と勘違いして質問を答える辺り、案外、まんざらではないのかもしれない。
「老師の所じゃないにしても『九』の家とお近づきになれるって、うちの馬鹿親父もノリノリだし、元から継兄上とあの女の話もあるからこれから忙しくなるんじゃないかしら」
「ああ藤林中尉と偽装縁談を進めた話がそのままだったか。まあ忙しくなる理由としてはマシではあるな……」
あの時は偽装というかイベントとしての結婚式を大々的に開催するという理由で、関係者とその縁者を方々に送り込んだ。
パーティ会場の方も仮拠点や避雷針などの設置も扱い易いように取り組んだ結果だが、当時は少尉だった藤林中尉はエリカの兄と見合いをセッティングしたはずだ。
そういえば社長として偶に顔を出す中尉だが、時折、機嫌の良さそうな時がある。
さきほどの幹比古の件とは違い、こちらは周囲の干渉が良い方向に進んだと言えるだろう。
エリカの方も今はともかく時期を置けば忙しくなって家の用事に狩り出されるだろう、幹比古ともども力が借りられなくなる可能性は高い。
少し早いが、とんだ春の季節だと言うべきだろうか。それぞれの思惑は上手く行って欲しいと祝福できる範囲だ。
もしそれが誰かが意図しての流れでなければ……。
●枝葉の落ちる音
違和感を覚えたのはその日の夜だった。
刷新された生徒会の話題を、深雪から聞いた時の事。
「七草先輩も? ほのかや雫の代わりに協力してもらえるという予定だったが」
「はい、お兄様。鈴音先輩ともども御家庭の用件で暫く登校できないとの事です」
そのこと自体は問題無いし、当たり前のことだった。
本来は三年生は最低限の確認を除けば、任意での登校のみと成っている時期だからだ。
だが問題なのはそこではない。
ほのかや雫には交換留学の話が来ており、もっと言えば生徒会や風紀の新メンバーとして引き継ぎをしているところだった。
忙しいから断るかという方向に成った時、七草先輩達が穴埋めとして協力するからという前提で前向きに進んでいたところだ。
いささか階段を外された形ではあるが、今更、全てを無かったことにはできない。
「仕方無いな。深雪は生徒にできるだけ協力しようと言うのだろう? なるべく俺の方でも力を貸そう」
「申し訳ありません、お兄様」
条件の合わないか乗り気では無いなら留学を諦めてもらうにしても、生徒会や風紀委員会としては手が足りなくなる事を前提に動くべきだろう。
涙目で慌てふためく中条会長の姿が思い浮かぶようだが、それを見過ごせる深雪ではないことも良く理解して居る。
「会長や委員長に確認を取った上で、優先度の高い順から片を付けて行くしかないな」
一花先輩……鈴音先輩と疎遠になったあたりではそれほど寂しいとは思わなかった。
もとから他人の事は信用して居なかったし、先輩とは性格が似過ぎて居てむしろ他の方面を担当する方が妥当だと思えるくらいだった。
しかし幹比古やほのかに雫に加えて七草先輩、将来の話をするのであればエリカや渡辺先輩も怪しくなってくる。
これだけの人材が離れて行くと、どうしても戦力と言う意味で心もとなさを感じて来る。
俺だけならばともかく、深雪の周辺を任せられる人物が居ないという自体がそうさせるのだろう。
「他にどうしようもないですしね。その意味ではデータ面に強い五十里先輩がおられるので助かります」
「そうだな。先輩とは多方面で顔を合わせるし、千代田委員長経由でも話を通せるからな」
五十里先輩と千代田委員長は二人で一セットのようなもので、魔法に限っていえば実力は十分だろう。
有望な技術者とその護衛として何度も出逢う機会があるし、学校に限らずとも俺が深雪を連れて居る限り戦力としては期待出来る。
(社やブティックの方には平河姉妹も居るし、いっそのこと集まることが決まっている技術者陣で何か……)
そこまで考えた段階で、奇妙なことに気が付いた。
もしもの事を考えるのも良い、戦力を深雪の近くに置いておくことは一番重要なことだ。その一環として技術者チームを当てにするのも悪い考えではないだろう。
しかし多くの事が一つに集まり過ぎて居ることに気が付いた。
魔法開発の技術者は戦力として期待できるが、逆もまたしかりだ。戦力として出て来たところを捕える事も出来る。
技術者ごと深雪が浚われてしまう可能性はあるし、……そもそも何故、これほどに手元の戦力が払底して居るのか? 技術者をまとめて浚う為に計画して居ると言われても違和感を覚えないだろう。
(いかんな。俺一人で深雪を守るとか言っていた癖に、他人を戦力として期待するなど。だが異常なほど状況が重なったこともまた確かだ)
吉田家が動けない、千葉家が動けない、七草家も渡辺家も、結婚式まで秒読み段階の十文字家など地元でも動けるか怪しい。
それに付随して幹比古も美月もエリカも、ほのかも雫も先輩達も皆動けないのだ。五十里先輩と千代田委員長もイザとなれば自分達の無事を優先するだろう。
もちろん俺の心配は杞憂である可能性は高い。
吉田家の事情は幹比古と美月の延長線上にあるだけだし、七草家はともかく千葉家や渡辺家に関しては以前からの流れのままだ。
だがしかし、一端思い付いてしまった考えは中々拭うことができない。
(先に深雪の話を聞いて、エリカの話が後だったら別だったか? 何とも言えんが何かしらの対処が必要だな)
どちらにせよ戦力が心もとないのは確かなのだ。
偶然であれ誰かが利用する可能性がある以上は、対策を打たねば嘘である。
「……お兄さま?」
「深雪。大丈夫だとは思うが少し考えることがある。明日、エリカやレオと少し今後のことを相談しないとならんかもしれん。少なくとも亜矢子と文弥は呼び戻す必要があるだろうな」
俺の考えを邪魔しない様にしていた深雪が、まとまった事を察して声を掛けてきた。
その問いに答えつつ、秘匿回線を使って黒羽家に要請を送った。
だが俺の動きが遅かったと判るのは、翌朝になってレオが病院に担ぎ込まれたという話を聞いてからになる。
その話を学校で聞いた時にエリカは既におらず、病院に向かったのかそれともその『原因』を見付けに行ったのか姿が見えない。
(まいったな。これで亜矢子達以外に深雪を任せられる連中が居なくなった。この間の津久葉家に起きたボヤ騒ぎも考えればそれすら危うい)
いずれにしても確かなのは、俺が頼める範囲での戦力が黒羽姉弟以外は無くなったと言って良いだろう。
そして津久葉家で起きたボヤが黒羽家のエージェントを割き、場合によっては黒羽家そのものを狙うと見せ掛けたものかもしれない。
ここまでくれば自分の考えが杞憂であるとか、自意識過剰過ぎるなどと考えることはできない。
『紅世』の関係者に襲われたことを含めて、最悪を想定しておくべきだろう。二度目の襲撃はそう遠くないものだと思いながら……。
と言う訳で今回は現状把握回です。
幹比古君が出て居ない理由だとか、雫達がいないことをそれとなく出した……と言う感じですが、基本的に達也くんの周囲には誰も居なくなっています。
もちろん本当に居ない訳でもありませんが、人格的に信頼できて、かつ戦闘力がある人物は中々いるものではありません。
達也くん本人は不死身なのですが、深雪はそうでない。信頼出来る人間は中々居ないから、最初からそんな者を信用する事が少ない。ということの弊害でもあります。
あえて良い点があるとすれば、達也君がそのことを自覚して居るということでしょうか。窮地に追い込まれてから気が付いたのではなくて、追い込まれている最中に気が付いた分だけ行動する余地がありますので。
次回は普通に二回目の襲撃が来て、今度こそ真面目に戦闘する事に成ります。