√シルバー【完結】   作:ノイラーテム

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渦巻く螺旋

●ダブルクロス

side-A

 司波・達也と分かれた後、アンジェリーナ・クドウ・シールズは日本における拠点の一つを訪れて居た。

 その一室はUSANのエージェントが出入りにしており、脱走兵を追う為に情報を集めて居る。

 二校に居る間は九島家の厄介になっているアンジェリーナも、関東方面ではこちらで寝泊まりしていた。

 

「おかえりなさい、リーナ。何か判りましたか?」

「確かな情報はもらえたけど、発展性と言う意味では微妙ね。流石は四葉と言うべきか、こちらの情報をより詳しくした程度の手掛かりはもらえたわ」

 出迎えたシルヴィア・マーキュリー・ファーストの言葉に、アンジェリーナは肩をすくめた。

 

「戦闘系魔法師……自在師たちの分類、復讐者フレイムヘイズと『紅世の徒』。その殆どは十数年前の決戦を境に姿を消して行方不明。今残っているのは何らかの『使命』がある者たちと推測される……ですか」

 達也は確かに知っている情報を渡したが……。

 追跡部隊が手に入れているであろう情報を推測し、その補強をしたに過ぎない。

 もう少し知って居そうな雰囲気ではあったが、躊躇なく公開したモノには意図的な選択がされていた。

 

 つまりは四葉家にスターズの動向が掴まれているということであり、彼女達が手に入れた情報は正しいと保障する程度にしか進展して居ないのだ。

 

「凶悪な魔法犯罪者……である『紅世の徒』が本当に消えたか、残存部隊が監視して居るのでしょうね」

「そんなストーリーを時代劇で見たような気がするわね。ええと、漢たちの忠臣蔵だったか女達の白虎隊だったか……」

 フレイムヘイズと『紅世の徒』とを特定しないアンジェリーナの言葉を、シルヴィアはフレイムヘイズの事と断定した。

 なぜならば彼女達が追っている脱走者は、フレイムヘイズ側だと推測できているからだ。

 

 もっともそれは脱走者であるアルフレッド・フォーマルハウトが口にした『使命』という言葉であり、あるいは彼女達の追跡に待ったをかけようとする一部政治家たちの態度から推測できたに過ぎないのだが。

 

「あの……。フレイムヘイズが犯罪者を追っているのであれば、和解は難しいのでしょうか? せめて出頭すれば……」

「それは無理よ。本人達の倫理観はどうあれ、軍を脱走したことは許されることでは無いわ」

 情報面でバックアップしているミカエラ・ホンゴウがおずおずと口を挟むが、アンジェリーナはその提案を切って捨てた。

 もちろん彼女とて元同僚を殺したいわけではないが、軍規の手前そういう訳にも行かない。

 

 それに自分達の目的の為に軍さえ抜けて行動しているということは、必要なら他の……他国の力を借りる様な取引もあり得るのだ。

 これがまだ日本やドイツのような同盟国であればスターズの恥を晒すだけで済むが、新ソビエト連邦や大亜連合であれば大変なことに成るだろう。

 単純に『使命』と言えば聞こえが良いが、必要ならば何でもやるのはいつの時代も正義を名乗る者の方が多いのである。

 

「も、申し訳ありません……」

「謝らなくても良いのよ。それに提案する姿勢自体は否定しないわ。ただ私に与えられた権限では無理だし、目的が本国の役に立つことだったら……大佐に掛け合うくらいはするけど」

「せめて使命とやらの内容だけでも判明すれば良いんですけどね」

 謝るミカエラにリーナは手を振って押し留めた。

 別に苛めたい訳ではないし……支援要員である彼女にそこまでは割り切れないであろうことまでは共感出来るのだ。

 

 ただスターズ総隊長であるアンジェリーナにとっては、受けた命令は絶対だと言うことである。

 結果としてUSNAの役に立つことであれば、実行まで目こぼしをして罪一等を減じる事も……考慮できなくはないがそこまで都合良くはいかないだろう。

 

「……っ。他に何か判らなかったんですか?」

「そうねえ。フレイムヘイズが使う外界宿(アウトロー)という施設には遮断結界があるらしいから、以前にミスター・シルバーが探そうとした時も無理だったと聞いたわ」

 気まずい話題を変えようとしたシルヴィアにアンジェリーナが新しい情報を披露する。

 これもまたスターズが推測こそしているが、把握しきってはしない情報だった。

 

「ミスター・シルバーが外界宿(アウトロー)を? いえ……それでサイオン・レーダーが効かなかったのですね」

「そういうことね。殆ど進展はしなかったけど簡単に設置できるモノじゃないし、その拠点は昔からある場所だろうからある程度は絞れると思うわ」

 USNAが日本よりも優れている技術の一つが、サイオンのパターンを追うレーダーだ。

 考えて見れば当たり前なのだが、それらの技術を利用しても探せなかった時点で遮断能力があるのは自明の理だ。

 

 とはいえ狭くとも個人能力で自在に作れるのか、大きな施設にしか設営できない設備なのかで探し方が変わってくる。

 達也のくれた知識はその辺りを補強してくれたので、施設を特定し易く放った。

 

「九島家の他に七草家も協力を申し出てくれてるし、今回の情報を踏まえて見直してみましょう」

 USNAの工作が日本に対するものではなく、むしろテロリストを捉える為のモノといえる。

 そのことを明確にしてナンバーズの中でも長老格である九の家に協力を要請して居る事もあり、流れはスムーズにできていた。

 表の魔法師に浅く広く根を張る七草家は軍関係のコネも厚い。時間を掛ければ公式的な場所は把握出来るだろう。

 

「まずは古い寺社や明治に建てられたビルなどをまず当たってみるわ。それで駄目なら近代の施設も探さないといけないけど」

「……了解しました」

 こうして追跡隊は外界宿(アウトロー)を追うことに成った。

 アンジェリーナは京都に戻って九島に頭を下げることして、シルヴィアがその間に交渉担当と共に七草家へ折衝に行くということになる。

 そして……ミカエラは、彼女達が慌ただしく動き出してから、折りを見て外出して行った。

 

●暗躍

 アンジェリーナは京都に戻る便を手配しようと、日本に来てから世話に成っている青年を呼び出した。

 連絡を入れてツーコールもしないうちに、相手が電話に出る。

 

『すみません、(チョウ)さん。京都行きの便をお願いできますか? 今から手に入るならば、陸路でも空でも構いません』

「早速、手配しておきます。それと……差し支えなければ老師にもお伝えしておきましょうか?」

 アンジェリーナは察しの良い青年に対し、思わず苦笑する他なかった。

 連絡だけ入れるつもりだったので画像を送って居ないが、繋げて入れば醜態をさらしたかもしれない。

 

『ええ、その件も含めてお願いしますね』

「承知いたしました。お任せください」

 必要なやり取りを終えると、アンジェリーナは通信を打ち切った。

 その向こう側で、彼女が知りたいことの多くが話し合われているとも知らずに。

 

「徒督。お嬢さんに教えて差し上げなくてもよろしかったんですかい? 御宅にネズミが入り込んで居ると」

「ああ、それはですね。不正と言うものは、取り締まるよりも見逃した方が利益に成るからです」

 ニヤニヤと嘲笑う(ウォン)の言葉に、(チョウ)は多愛なげに応えた。

 そして部屋の隅に視線を巡らせ中空に声を掛ける。

 

「朱旋は貴方の『落頭民』を使ってご挨拶してあげてください。……ただしネズミを殺してしまわない様にお願いしますね」

「「(シー)」」

 部屋の隅で待機していた生首の幻影が(チョウ)の指示で動き始める。

 その指示を聞いた(ウォン)は、納得が行ったのか笑みを深くした。

 何を目論んで居るか、理解できたからだ。

 

 

 USNAの精鋭たるスターズが、脱走兵を補足しきれないと言うのは奇妙なことだ。

 だが単純なファクターを1つ追加する事で、偶然は必然に置き換わる。

 

「みんなに早く伝えないと……」

 それは単純な図式だった。

 軍部に所属するフレイムヘイズが全員行動を起こしている訳ではない。

 彼女……ミカエラ・ホンゴウの様に戦闘力が高くない者は、他の立場から協力して居たのだ。

 

 ミカエラのアンダーカバーはマキシミリアン・デバイズの職員であり、表向きは追跡部隊に協力しながら、情報を伝達していたのだ。

 

『待ちなさい、ミア。行く手に誰かが居るぞ』

「敵っ、それとも追手!?」

 契約した『紅世の王』が発した警告に、ミカエラは僅かに遅れて反応した。

 競歩といえる足早の歩行から、転がる様に近くの壁の後ろにジャンプする。

 実戦にそれほど参加して居ない為に遅れることに成ったが、なんとかギリギリのところで回避できたようだ。

 

 遠目に頭がボウっと空に浮かんでいるのが見えたかと思うと、何かが突き刺さったのが判る。

 

「ごめんなさい赤蟻さん。貴方の力が無ければ今ので倒されてた」

『君と契約して居なければ使えない能力だ。構わないさ。それよりも、襲撃者を何とかしよう』

 ミカエラの服には鋭い針が突き刺さっており、それは咄嗟に避けたことで肩口に留まって居た。

 避けなければ急所に当たっていただろうし、服の中に造り出した赤い力場を持ってしても防げなかったかもしれない。

 

『正体が判明すると後の生活に影響を与える。外装を展開して防備と偽装に努めるとしよう』

「うん。それが一番……かな。変身するね」

 ミカエラは力場を広げると、その上から物理的なフィールドと魔法的なフィールドを二重展開した。

 一見すると白い仮面と赤いラメラーアーマーを着用するような分厚い障壁、そして更にその上からフードを被った様な情報偽装を纏って走り始める。

 その姿はまさしく赤い蟻で高い防御性を窺わせた。

 

 彼女の動きを留めたのは、針の射撃ではなく、それを補足する生首の幻影だった。

 観測射撃で針を撃ち込んでも防壁で止められると理解して、直接に生体エネルギーを奪いに来たのだ。

 最初に観測をしていた一つ、次に増援として幾つか。

 

『何処へ行く気だ?』

『ぬっ!? この反応はまさか……』

「うそっ……燐子!? あれだけ探しても見つからなかったのに」

 落頭民と呼ばれる魔法式、その正体をミカエラ達は一目で見抜いた。

 それは彼女達フレイムヘイズが、長らく闘ってきた『敵』が使用した下僕であり兵器の名前である。

 

『……やはりお前は知り過ぎたようだな』

「でもなんでこんな急に……まさか着けられていた?」

『その可能性は否定できんが……。断定するには情報が少ない。ひとまずは脱出と合流を勧める』

 燐子は所詮下僕だが、それでも戦闘タイプのモノは侮れない。

 また遠隔距離から攻撃を繰り返すモノは、やはり油断できない相手だ。

 ことにミカエラの戦闘力が高くないことから、彼女の保護者でもある王はひとまずの撤退を促した。

 

「う……悔しいけどそれしかないかな。情報交換に誰か向かってる筈だから、一旦逃げるね」

『逃がさん。お前達を殲滅するのに、余計な情報は与える訳にはいかん』

 襲い来る生首の牙を交わして、ミカエラは蟻の様に小さく体を倒して走り抜けた。

 そして今度は体を縮こまらせてから、バッタの様に跳躍する。遠く遠く、一度のジャンプで長距離移動。

 着地と同時に、その反動を次なるエネルギーに換えて、もう一度ジャンプした。

 

『……任務完了』

 生首はその様子を見て薄く笑うと、空に融けて痕跡ごと消え失せた。

 彼が追い込んだ獲物を求めて、人の形をした獣が蠢き始める。

 

「こ、ここまで逃げれば大丈夫かな。赤蟻さん」

『紅世の徒相手に油断はするな。帰還して居る時の様に経路を変えて合流する』

 何度目かの跳躍を終えてミカエラは息を付いた。

 周囲に誰も居ない事を確認すると、追跡者が居る事を前提に何度も場所を変えてから合流地点に向かう。

 

 そしてアンジェリーナが四葉家から仕入れた情報と、その日に限って襲撃を受けた事。

 何年も見たことの無かった燐子に襲われたことを報告する為に……。




 と言う訳で、アンジェリーナというかUSNA側の回に成ります。
前回のラストで達也くんから色々聞いて、情報を補足したくらいの状況ですね。
深く首を突っ込んでの取引をしている訳ではないので、差しさわりの無い程度の情報しかもらえてません。
これはフレイムヘイズに対してUSNAがどう対処する気なのか伝えて無い事、かつ、達也くんの行動にどうスターズが影響を与えるか不明な為です。
次回はまた達也くんのターンになって、なんでミキが出て来ないのかとか語りつつ、ストーリーが進みます。

●リーナ
九・七・四の順で十師族の協力を得て、色々段階が進んでいる感じです。
本文でも述べて居ますが、原作と違って日本と敵対する気が無い、むしろテロリスト対策に行動して居るので味方が多くなっています。
ただミアが裏切って居ると言うのは原作と変わりません

ミカエラ・ホンゴウと『赤蟻大帝』
 原作と違ってパラサイトではなく、フレイムヘイズになっています。
とはいえクロスは多少というルール上はさほど変わらないので、赤蟻さん(正しくはバッタですが)と共同で魔法を掛ける時だけ強力になります。
能力的には装甲を常にまとい、ジャンプ力やキック力が強力になる程度の能力しか使えません。
感覚的には自分の周囲に、念動装甲を造って居る感じです。

(チョウ)先生たち
 二虎なんたらの計が炸裂中です。
全ての勢力の所在と計画を、大凡ながら把握して居るのが強みです。
(四葉家の位置とか、真意とかは流石に判りませんが)

『燐子』
 いわゆるSBに、形状を与えたモノです。
朱さんを本体として、遠隔ユニットとして幻影の生首を飛ばして居ます。
要するに朱さんは、原作でいうパラサイトが憑依して居るのと、殆ど同じになります。

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