√シルバー【完結】   作:ノイラーテム

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錯綜する情報

●USNAの影

 考えるべきことは二つ。

 光のグレンデルとも言うべき魔法式を行使した襲撃者との戦い。

 その動向を探ろうとしていた、仮面の幻影を使う少女。

 

(今は無茶をする訳にはいかん。探るなら後者だな)

 本当のことを言えば『紅世』の関係者であろう襲撃者を、精霊の眼を全開にして探りたい所ではある。しかしながら相手が追跡者対策で移動し続けている可能性を考慮すると、今夜の段階で探るのは得策ではない。

 更に精霊の眼による探査を全開にするためには、深雪を守るために振り分けて居るリソースを割かねばならない。少なくとも新たな襲撃の可能性がある今は避けるべきだ。

 

 そこで撃ちこんだサイオン情報を整理して負担を軽くしつつ、帰宅してから秘匿回線を開く。

 相手は藤林・響子、電子戦が得意な魔法師でありエレクトン・ソーサリスの異名を取る。そして……様々な背景を持つ女性であった。

 

『その時間に魔法使用の痕跡はないわ。その前に在ったと言う人払いの結界だけね』

「それで十分に相手を絞り込めます、助かりました』

 情報隠蔽用の封絶はともかく、幻影・伝声・姿隠しの魔法までもが使われたことに成って居なかった。第三者がその痕跡を消した……それも無事林中尉(昇進済み)と同じくらいの腕前が必要になって来る。

 と成れば相手の能力と規模が、相当な物だと推測できた。

 骨伝導無線機を使っていたことからも、プロ中のプロというべき傭兵か、軍隊そのものである可能性が高いだろう。

 

 ならば残る情報は少女が使用した魔法式。

 幸いにも近いモノを見たことがある。……劉・雲徳が九島老師から盗み出したと言う秘匿術だ。

 存在の隠匿までは完全にコピーできていないが、あの老人はフェイク情報として利用する事で補ってた……。まあ同系統と評して間違いは無いだろう。

 

「後二つお聞きしたいのですが、まずは九の家に自分の所在を消し、代わりに偽りの姿を組みあげる魔法は存在しますか? それも本気になったら本体を探れない様な」

『……ええ。詳しく他言はできないけど、存在することだけは教えても問題無いわ』

 最初に遠距離から探知した生体情報の周辺に対し、術式解体を使用した解除は使用が出来た。

 その後に改めて術式解散で連射しようとすると、途端に新しい幻影の方に認識とアドレスが向いてしまうのだ。おそらくは存在の投射その物も工夫して居るのだろう。

 

 最初に成功したのは魔法を直接確認しなかったから……。

 本来は先にソレを見せることで、無系統の精神干渉か何かでエイドスへの認識そのものを螺子曲げるのだろう。逆に俺が最初に狙えたのは幻覚を見ずに正対状を探知したこと、そして場所その物に撃ち込んだからだ。

 

『それで、もう一つの質問は何かしら?』

「アンジェリーナ・クドウ・シールズのファッションセンスについてです」

「御兄様……。それはどういう御要件なのでしょうか? 御考えを御教えになって下さると幸いなのですが』

 可能性の一つを確認しようと質問したところ、何故か深雪が奇妙な状態に成った。

 普段は横入りなどしないのに、今回に限っては同じ言葉の中に御を何度も使っている。

 

『質問の意図が見えないのだけれど……。さっきの話題の続きで良いのよね?』

「当然です。仮面の幻覚はともかく本体の方は深雪と同じレベルの魔法師で、金髪の女性と窺えました。仮にシールズ女史であるならば、九島の家を出てから適当に買ったのかと思いまして」

「……そういう事ですか。失礼いたしました、御兄様」

 深雪の可愛らしい笑顔は相変わらずだが、不思議と部屋の温度が上がった様な気がする。

 おそらくは無意識に下げて居た室温を、元に戻したのだろう。

 

 そういった深雪の微笑ましい所は置いておいて、アンジェリーナである可能性は高い。

 能力を制限して居たので精霊の眼で軽く見た程度だが、近似値を持ち……先ほど言った様に深雪レベルの魔法師など中々居ないからだ。

 

『生憎とそこまで留学生活に干渉して居ないのだけれど、後で履歴を追って見るわ』

「可能な範囲で構いません。もしそうなら、気を付けておこうと言うレベルですので」

 タイミング的に封絶と人払いが解けた後なので、可能性としては俺では無く……グレンデルの方を狙っているのかもしれない。

 新システム用のライブラリィ履歴を合わせて考えると、追っているのは紅世関連の相手だろうか?

 

(まあ、そう思わせるだけのブラフの可能性もあるが……。手を組めれば良いんだがな)

「御兄様。いま、何を考えられましたのでしょうか?」

 俺の事を心配してくれる深雪には悪いが、戦力は多い方が良い。

 帰りに思考誘導を掛けて、こちらを利用しようとする場合でも。だ。

 

 考え方としては二つの構図が考えられる。

 一つ目はグレンデルが『紅世の徒』でターゲットは俺、仮面の鬼はソレを追い掛けて居る。

 二つ目はグレンデルはフレイムヘイズで、俺が技術者を狙う『紅世の徒』と疑われている。仮面の鬼は強引過ぎるフレイムヘイズへ制限を掛けたい者。

 

「御兄さま。もし御気になさるのでしたら直接尋ねてみるのはいかがでしょうか?」

「現段階でそこまでの気は無いよ。それと、前に言ったかもしれないが、『当て物』のコツは尻尾をつかんだ段階では動か無いことだ」

 初動で迂闊に触れると、例え確かな物的証拠があっても隠してしまうものだ。

 だが逆に幾つもの証拠を揃えて虚言を放つ隙を与えなければ、仮に怪しげな状況証拠を幾つか並べただけでも肯定してしまうものだ。

 

 ……まして、相手にソレを隠す気が無ければ。

 

「それに、どこの組織に所属し居るかは見当が付いているからね」

「組織……ですか? ということはやはりUSNAの?」

 ここまで言えば深雪にも理解できたようだ。

 シールズ女史は深雪に匹敵するほどの上級魔法師だが、USNAが放っておくだろうか?

 法律と自由意志の問題で軍に加入させられないにしても、少なくとも強い要請で動かせる程度の関係で居る筈。スターズとは言わないまでも、俺と魔装大隊に近い間柄であると考える方が自然だ。

 

「そもそも重要な戦力として期待されている上位の魔法師が、留学とはいえ国外に出ている時点でおかしい。その辺を考慮するならば……何かしらの理由があると思うべきだ」

「それが御兄様……もしくは襲撃者にあると」

 何らかの任務を与えられ、それを拒めなかったというならば話が成立する。

 軍人ないし協力関係にある民間人だとして、それを任務として派遣する形ならば国外に留学するというのも妙な話ではない。

 

 そして重要になって来るのが、クドウ=九島ということ。

 その血筋を引いている以上、二校に留学するというのも不自然さが消えるように見えるだろう。

 命令に対して不本意だとしても、日本の有力氏族という血筋的な事を槍玉にあげられれば頷かざるを得ない。

 

「ただシールズ女史は潜入工作の担当では無いのだろう。あくまで戦力であるか、囮として期待されていると言う方が理にかなっている」

「それで服装の点を質問として挙げられたのですね」

 囮であるならば奇妙な格好をして居ても留める理由は無い。

 また、どんな格好をして居てもあの幻影の魔法で偽装出来るのであれば、駆け付けることも可能だから戦力としては十分だ。

 

 こうして準備を整えていたのだが、事態は思わぬ速度で動き始めた。

 

●黄金の来訪者

 俺はシルバー社をメインに時折にブティックというサイクルで顔を出して居る。

 あちらは装備担当、それも女子中心なので門外漢とは言わずともそれほど用事は無いからだ。

 だからこの出逢いは、運命でなければ意図しての事であるに違いない。

 

「いらっしゃいませ、CADの御用命ですか?」

「はい。せっかく日本に来たのですし可愛らしいモノを……と思いまして」

 藤林中尉の刺し金だろうか?

 アンジェリーナ・クドウ・シールズが俺の居る時にやって来た。

 話を繕っているような……慣れて無い言い回しだったので、やはり狙ってのことだろう。

 

「当店はコンセプトに見合った商品を納入させていただきますが、どのようなスタイルを御好みでしょうか? 速度特化にマルチキャスト用、サイオン消費を抑える為の物などございますが」

「戦闘を目的として居ませんので、もっと軽装を目的としたモノで構いません」

 俺が用意したコンセプトはどれも戦闘重視のものだ。

 とはいえ九校戦などメジャーな魔法競技でも重視される範囲ではある。そこをあえて戦闘用と断定したのは……。

 

(好意的に見るならば彼女の所属する部隊が、こちらと戦闘する気が無いと説明させに来たと言うところかな。悪く見るならば牽制に来たともとれるが)

 だが牽制したいだけならば適当に文章なり、仮面の方で脅す手もあるだろう。

 ここは『本当か』は別にして、こちらと戦う意思は無いと思考誘導に来たと見るべきかもしれない。

 

(戦闘する気が無いと言う意思表示として、ではどうする? 乗って見るかそれとも誤魔化すか)

 踏み込むと言う意味では、シールズ女史の方が踏み込んで居る。

 こちらの勢力内に首を突っ込んで、更に陣地にまでやって来ている。

 身一つだと甘く見る気は無いが、バックアップが到着するまで守り切る程度の用意しかして居ないだろう。

 

(あまり様子見をしても本意が窺えないしな。……こいつは本命と言う訳じゃない。イザとなったらお互いに切り捨て合うレベルの関係を築くべきか?)

 仮にこちらの手の内を探るために、仮の関係を構築するのが目的としよう。

 それならば最初から、視られて困る手を見せなければ良いだけの話だ。USNAが黒幕だったとして俺を浚ってまで何とかしたいことがあるとも思えない。

 

 ……もちろん、俺を戦略魔法の使い手と思って居なければの話だ。

 だがカモフラージュは幾重にも掛けて居るし、見付け易い方の関与はCADの調整に関わって居るとミスリードして居る。ならば切り捨て可能なCADエンジニアごときを『軍ならば』誘拐など考えないだろう。

 

「そうですね。昔の戦闘系魔法師は宝具という自分専用の術具を持っていたそうです。戦闘用ならばそちらを目指す方が良いでしょうし、ファッション寄りにしてみましょうか」

「昔の戦闘系魔法師というとフレイムヘイズ? ええと……前に聞いたことがあって」

 俺が踏み込んで確認すると、案の定、直球で答えが返って来た。

 僅かなタイムラグでぼかしたのは急ぎ過ぎだと釘でも刺されたのだろう。この様子ではバックアップ・チームの胃が思いやられる。

 

「正確には自在師という戦闘系魔法師の中で、最右翼がフレイムヘイズだそうですよ。まあ私には関係ない話ですが」

「最右翼……。そう、そうね。こんな店を構えてるしバリバリの戦闘系には見えないもの」

 相手の知っている情報にからめて、こちらの言いたいことを織り交ぜておく。

 フレイムヘイズの一般情報等は友人・知人含めても知られて困るモノでもないし、俺が直接のフレイムヘイズでないというのは嘘でもない。

 以前にマージョリー女史に言われてあせったが、広義の範囲で一緒に括られてしまうだけで、俺が戦闘系魔法師でないというのは確かなのだ。

 

「ミスター・シルバーはそういった事に詳しいの?」

「以前に社の者が『紅世の徒』に害されましてね。フレイムヘイズが居てくれたらと思った事は有ります」

 これは知られて困る情報でもないので包み隠さず話しておく。

 俺は被害者であり紅世の徒でもなければ、それを追うフレイムヘイズでもないのだ。

 

「身内の人が……不躾な事を聞いてしまってごめんなさい。ミスター・シルバー」

「達也か司波で構いませんよ。それに身内というほどに親しかった訳でもありませんし」

 俺にとっての身内は深雪と駄目な方の御袋、そして黒羽姉妹くらいだ。

 強いて言うならばレオやエリカ達……長く手を組んで来た牛山さんまでだろう。アンドウという男は区切りと成るべき人物ではあっても、親しくは無かった。

 同じことを深雪にされたらと思うとはらわたが煮えくり返りそうだが、そうはならないので間違っていない筈だ。

 

「それなら私のこともアンジェリーナと呼んでください。日本のことも色々知りたいと思ってますので、良かったら教えてくださると幸いです」

「ええ、よろこんで。とりあえずは採寸の為に誰か女子を呼びましょうか……」

 こうして俺はシールズ女史……アンジェリーナと敵対しないようなので、簡単な情報交換を行う間柄となった。

 勿論そう思う様に誘導されている可能性が高く、信用できる相手と思っている訳ではない。

 だが推測を裏付けるようなやり取りが窺えたことで、それなりに満足できる結果だったと言えるだろう。

 

 もし俺が失敗したとしたら……。

 アンジェリーナ陣営の情報力の高い部分と低い部分、そして襲撃者の情報力の高低を誤解して居たことだ。

 アンジェリーナは当然の様に知って居ることが、襲撃者にはそうでないこと。襲撃者は当然知って居ることをアンジェリーナが知らないことに気が付かなかった。

 それが予期せぬ問題を引き起こそうとは、思いもせずに……。




 と言う訳でサクサクとリーナが仲間に成りました。
まあ原作よりも初動レベルでは手を組むペースが早い、でも本格的に手を組むのはまだまだ……という感じですが。
 これはUSNAがマテリアルバーストを調べておらず、集団脱走の方を重点的に追っている為です。日本に入り込んだ闖入者に関して、上層部同士で何か話をしたというか、留めるほどでもない(介入できれば美味しくいただくけど)というレベルなのもあるでしょうか。

・パレードに関して
 認識を書き換えるので、対象指定・座標指定でも幻影を狙ってしまう。
よって術式解散のような繊細さを必要とする方法では無理だが、術式解体のような力技でライン・エリアごと粉砕するタイプはOKという感じで居ます。
 要するにエリアの場所へ直接撃ち込むのは可能だけど、命中率重視・コスト重視で指定をしたら駄目。という感じでしょうか。
原作ではこの段階で気が付いてないのですが、前回の戦いの後で幻影を見る前に術式解体のラインを決めて居た事、以前に横浜編でパレードの偽者と戦っている事から気が付いたことになります。

・リーナの服装に関して
 九島家のツテで滞在して居る事から、原作よりも変装の認識が遅れて居ました。前回でバックアップチームと合流し、その辺を指摘されてようやく変更しに来た感じ。

・UNSAに関して
 吸血鬼事件が存在せず、マテリアルバーストも『都喰らい』の可能性もあるので今は優先して居ない。よって原作よりも脱走兵処罰に優先度が割り振られていることから、USNAの態度は日本に対して歩み寄って居る感じです(当然、協力してくれるよな? という上から目線ですが)
 マテリアルバーストが都喰らいではないと判ってから調べれば良い、今は余計な手を出すよりもその場合の顔繋ぎで良い(襲うとしても油断させられるし)。くらいの認識ですので、その分だけ日本や達也くんにとっても積極的に邪魔する理由が無い = こちらの目的に利用すれば良いレベルになっています。

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