√シルバー【完結】   作:ノイラーテム

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勝利ではなく、種を捲くために

●グレンデルの襲撃

 巨人の名前を冠する魔法式は幾つかある。

 面白いこと同じ術式が東西を跨ぐモノもあり、名前だけ違っていたりする。

 とはいえ魔法を成立させるに有効な方法は数少ないので、それも仕方の無い事なのかもしれない。

 

 同じ発想は同じ魔法に行きつくのだ。

 

(物理現象への干渉・非干渉を自在に使い分ける『グレンデルの巨人』か。気配なし、しかし物理的な影響力は確かにある。厄介だな)

 気が付けばそこに佇み、人をって喰らう巨人グレンデル。

 ベオウルフの物語りに登場する魔物の名前を冠した古式魔法のアレンジ。それが襲撃者の手管だった。

 本来はこれを複数人で実行することにより、一人の消耗を抑えつつ威力を発揮しているものだ。

 

 力強い拳が一切の存在感を持たずに殴り掛って来る。

 魔法で造り上げて居るのだから当然だが、音は有っても気配は無い。

 それでいて壁を素通りし、俺を掴もうとする時のみ影響を発揮し始める。問題なのは複数人が強調しているにしては動きにタイムラグが無いいことだ。

 

(やはり二人での乗積魔法か。以前にモドキを見たことは有るが、アレとは比較にならん完成度だな)

 乗積魔法……マルチプリケイティブ・キャストは相性の良い二人で同じ魔法式を分割して管理する方法だ。

 以前に戦ったノーヘッド・ドラゴンの(ウォン)は、妙な装備を付けて似たようなことをして居た。

 しかしその精度やタイムラグは段違いで、未完成品というか似て非なる力と呼んで良いほど差に開きがある。

 

「逃げるだけか? 反撃してくれても構わんぞ」

「ありがたい忠告だが、余計な事をしている程の余裕が無くてね」

 実際には記憶した魔法を直接使用するフラッシュキャストによって余力を残しているが、ソレは探査の為に残さざるを得ない。

 跳躍と術式解散を交互に使用して居るフリをしつつ、精霊の眼によって周囲を丹念に調べて行った。

 

(あくまで気配は一つ、しかしエイドスへの干渉は二つ。隠れて居るのか、それとも……)

 可能性は幾つかあるが、判って居ることが一つだけある。

 封絶と呼ばれる魔法……自在式は、情報隠蔽を目的としたモノだ。

 一定の規模までなら破壊痕跡を元の状態に戻せるが、それはあくまで二次的な物に過ぎない。外からの干渉はありえまい。

 

(焙り出すにしても『アレ』だと特定するにしても情報が足りんな。まずはギリギリ撃退した風を偽装しておくか)

 このレベルの相手には俺の使う振動魔法などは無意味だ。

 しかし牽制だと判り易く使っておけば、連中にそんなことは判らない。

 本命は目晦しをかけながら使うとしよう。……まあ相手が『紅世の徒』関係者ならば遠慮は不要なのだが。

 

「ノッカーを起動しろ」

 そして反撃する余力は『まだ』無いと知りつつ、あえてカウンターに出た。

 鞄を放り捨てながら振動魔法での攻撃に特化した新方式CADを取り出し、起動用のコマンドを唱える。

 この新型は構築速度に特化し距離を銃の様に調整するタイプで、俺でも十師族並の速度を叩き出せる(威力は強度はそうもいかないが)。

 

「おっと。自分で余裕はないと言っておいて実行するのはどうかと思うぞ。だからこうなる!」

「っち、一筋縄ではいかんか! だが、しかし!」

 隠れて居るであろう場所と、その他の候補を連続射撃。

 無理やり攻撃した風を装うことで、当てずにこちらの強度は悟らせないでおく。

 とはいえそれだけでは気疲れてしまうので、偽装と目眩ましを兼ねてワザと捕まった。

 

「実体を持たせていても所詮は魔法に過ぎん! これならばどうだ!」

「ほう……グラム・デモリッションを全身から放てるのか。つまりさっきのは狙ったわけだ。やるな」

『油断し過ぎだ。当世の自在師が我々の時代よりも劣るとは限らん』

 捕まった瞬間にサイオンを開放することで、構成中の実体を破壊する(正確には実体を造る魔法式の破壊だが)。

 グレンデル(仮称)は逐次詠唱であるため効果は即座に消えず、それまで造られた実体の圧力で体が軋むが贅沢は言っていられない。

 痛みを無視しながら、大きく飛びのいて距離を取った。

 

(もう一人はオブザーバーなのか? しかし封絶はそんなに器用な術式では無い筈だ。今までに戦ったどの魔法師よりも巧みな幻術師か、それともアレの二択……)

 これまでの戦いから来る推移論が後者だと告げて言るが、確実な答えが出る筈は無い。

 ならば焦らせてフォローさせるか、目の前の奴に大怪我でも追わせて撤退させるとしよう。

 

 だが、そのまま御帰り願う訳にはいかなかった。

 せっかく現れた紅世がらみの情報源なのだ。役に立ってもらわねばならない。

 

「場所が特定できたところで、反撃といかせてもらうぞ! オン・マケイシュラヴァヤ・ソワカ!」

「ん? この程度の力で……何っ。まさかグラム・ディスパージョンか!」

 振動系魔法に前後して、間断なく撃ち込む術式解散で相手の領域防御を突破する。

 本来ならば不要な連射だが、精霊の眼を隠しながら闘う為には仕方の無いことだ。

 

 そして……もう一つ、狙いがあった。

 重要さで言えば、こちらの方が傷そのものより余ほど重要だと言えるだろう。

 大量のサイオンを練らなければならない術式解体では不可能なことを同時に実行する為だ。

 

「かなり研究が進んでね。数発に一発くらいはクリーンヒットできる。一発ずつデモリッションで破壊するよりは効率が良いし、……安定度を気にしなければこう言う事も可能だ!」

「うおっ!? くそ、最初からこの威力でくれば油断しなかったものを!」

 魔法において威力と強度は正比例しない。

 干渉力の程度が全てを分け、情報強化や領域防御を上回ることができなければ無意味なのだ。

 

 それを突破する代わりに俺は術式解散で補った。

 ゆえに威力を底上げしただけの振動系攻撃魔法を受けただけで、本気になったと勘違いしたのだろう。

 

「ならばこちらも本気で行かせてもらうぞ!」

『油断は禁物だとあれほど……』

 唸りを上げる手が僅かにブレ、腕が三本に分かれながらタイミングをズラすだけでなく一部は剛力で衝撃圧を発生させる。

 俗に言うソニックブームを発生させて俺に襲い掛って来た。

 

(さすがに自在師は戦闘経験が高いな。瞬時にこちらの手の内に対抗するとは……。しかし予想通りで助かった)

 術式解散でいきなり解除されない様にしつつ、同時に攻撃も行う。

 そして一部は対抗魔法では排除できない様に、衝撃波など二次的な攻撃を織り交ぜて来たのだ。

 

 それに合わせてこちらも乱射してみせつつ、一発ほど本命を紛れ込ませておいた。

 あえて撃つ必要はないが、先ほどのアレを隠す為には本当に本気を出して見せる必要があるだろう。

 

「ギィ!? 防ぎはしたが、これほどの痛みは久しぶりに受けたな」

「くっ……。直撃はようやく一撃か」

 術式解散が飛び交う中で、振動系攻撃魔法に紛れて極小規模の雲散霧消を放った。

 いまらさ振動魔法を受けても殴られた程度だろうが、雲散霧消……ミスト・ディスパージョンはモノが違う。

 あくまで狙ったのは細胞の一つに過ぎないが、場所によっては大きな痛みを発生させられるのだ。

 

 当たったモノを消し去る雲散霧消は術式解散の上位互換でもある為、僅かにタイミングをズラして連続で放てば防御ごと突破できる。

 情報強化と領域防御では対抗の仕方が若干違うが、消し去るのであればこの際関係ない。サイオンを払う想子ウォールを使えたとしても、勘違いしてくれるだろう。

 

『下がれ。速やかな確保に失敗した以上は、元より不要な戦いだ』

(やるべきことは終わって居る。そうしてくれるとありがたいんだがな……。上手く雲散霧消『も』隠せたが何度も使って居てはいずれバレる)

 できればこの辺で戦いを中断したいものだ。

 なにしろこの戦いで、俺がしたいことは既に終わって居る。最初に術式解散を撃ちこんだ時に全てやり尽くした。

 戦いなど、それを隠す為に必死で演技しただけのこと。

 

「ちっ。仕方あるまい。勝負は預けたぞ」

『だから勝負では無いと言うのに……』

 燃える世界は消え去り、町に色合いが戻る。

 俺としても戦う気は無いので、無言で鞄を取りに戻ることにした。

 

 そして精霊の眼で詳細に視ると、奴の情報に俺のサイオンが混じり込んでいるのが確かに確認できた。

 

●そして仮面の鬼と出逢う

 封絶と時間を前後させて、人払いの結界も消え去る。

 一昔前の様に電車や大量の車両でもあれば別なのだろうが、今ではキャビネットに置き換わって居るのでそれほど違和感がない

 

 人々が少しずつ増えて行き、やがて大勢の……。

 雑踏が蘇る中で俺は強い視線に気が付いた。

 

(誰だ? 封絶に入れなかった……いや、このタイミングということは気が付かなかったのだとは思うが)

 先ほど姿を見せなかった方の相手とは最初から思わなかった。

 魔法を使ってこちらを監視しているようだが、エイドスを経由する情報の有り方が違う。

 もっと強いが精度が荒い。そんなイメージの相手だった。

 

(連戦したいとは思わんが、少し誘ってみるか)

 今は人が入り乱れて居るから色々と判り難いが、場合によっては俺が相手では無い可能性もある。

 そこで人毛の無い方向に歩きつつ、先ほどの情報を忘れない程度の精度で精霊の眼を使って見た。

 

(面白い尾行の仕方をするな。ストレートに真後ろで有る筈が無いが……)

 その足取りは特殊で、予想よりも斜めに俺の動きを追跡して居る。

 そいつ独自の動きなのかもしれないが、ストレートに追って来ないのだ。

 

 さっきの奴に付けたトレーサーに意識を振り分けて居る為、詳細な調査が出来ないのがもどかしい。

 いつもならば、どんな魔法式を使っているかそれなりに判るのだが。

 

(となると距離を詰めるしても逃げるにしても、場所とルートを選ばないとな。むしろ……すれ違って様子を確認するくらいの方が良いか)

 今の消耗度では心もとない。

 連戦するにしても相手の術式傾向が判らず、本命の相手の情報を抱えておきたい状況だ。

 ここは無理をせず顔見せだけしてもらう方が良いだろう。

 

 瞬時に方法を幾つか考案し、それぞれにシュミレートする。

 一つ目は丁度良い地形に誘導し、走ってすれ違って見せる。

 二つ目は逆に、相手が独特に行う移動を逆手にとって移動タイミングを合わせる。

 三つ目は魔法行使の痕跡は残るが(封絶内の情報は残らないのでこれが初)、跳躍の魔法を使って移動する。

 

(緊急性を感じない以上は魔法を使うべきじゃない。もし使うとしたら咄嗟の反撃を受けた時だ。ならば……)

 四つ目以降は上記の方法を組み合わせてアレンジする。

 今回は一と二の複合、記憶にある道筋と照合し相手が取るべきルートを逆算。

 可能な限り交差時間が少なくなるタイミングを見計らい、他に協力者が居ても袋小路に追い詰められないコース取りを行う。

 

 そして相手が素早く横切ろうとするのに合わせて、俺もそちら側へ走り始める!

 

「えっ……ええ!?」

「何? なんだアレは……」

 奇妙な物を見た。

 俺の真後ろに当たるべき位置に歩く、鬼の様な仮面の姿。

 そして、何も無い場所で上がる呟きと……僅かに遅れて聞こえる『ええ!?』という音。

 

「伝声の魔法……。ということは幻覚か!」

「きゃうっ!? グラム・デモリッションですって!? あーもう!」

 鞄の中のシルバーホーンに意識を這わせ、機能の一部だけ使用しながら術式解体用にサイオンを練り上げる。

 場所は二つ、一つは仮面に向けて、もう一つは生体情報のある場所に向けて放った。

 

 相手の魔法式に合わせる術式解散と違って、術式解体は万能であるぶんだけチャージが遅い。

 練り上げる時間が掛り、仮面の幻影を投射する新しい魔法式を打ち砕いたものの、本体の方は距離を取られてしまった。

 

「まさか『パレード』を見抜かれるなんて……さすがね」

『即時撤退を。ミスターシルバーは確認段階で手を出して良い相手ではありません』

 姿を見せたのは場違いなほど明るい服装を着た金髪の少女だった。

 一昔前に流行った帽子で顔を隠しながら、バックステップで距離を取る。

 そして姿隠しの魔法を使用し直し、町の一角に姿を消した。

 

「なかなかどうして不意を撃たれたのに動きが早い。それにあの形状は骨伝導無線機か」

 おそらくは某かの訓練を受けたプロだろう。

 少女の姿に見えたが、濃密な訓練が必要な事を考えれば見た目通りの学生かどうかは微妙な所だ。

 

「あれは……いや、まさかな」

 本人であれば次に会った時にでも判るだろう。

 そう思って俺は、今度こそ帰宅することにした。




 と言う訳で最終章最初の戦闘は引き分け……という名の勝利です。
襲撃者を追い掛ける為に独自のサイオンを撃ち込みんでから、引き下がった形になります。

 その後は何故か第三者と謎の遭遇を行い、お互いにポカーンとしながらすれ違ってしまいました。
まあ達也君は生体情報だけを頼りに感知していたのと、詳細な把握は前述の『本命』の為に意識を振り分けて居たので出来なかったからなのですが……。
ひとまず最終章に登場する四つの勢力の内、三つまで出て来た勘定です。
それらの情報は次回以降に判って来ると思われます。

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