√シルバー【完結】   作:ノイラーテム

55 / 70
新たな戦いの幕開け

●ネットワーク

 入室して来た少女に、部屋の一同はざわめいている。

 深雪に匹敵する美貌もだが、ここに居るメンバーならば魔法的な資質の方も深雪並みだと理解できただろう。

 綺麗に制御された魔力の為す技とでも言うやつだ。

 

 とはいえこの少女の事を、俺は事前に聞かされて知っていたので驚きは無い。

 

「九島家の縁で二校に留学されているとのことでしたね。社長から窺って居ます」

「……? 周さんが紹介されてくださったのですか?」

 聞き慣れない名前に俺は少しだけ戸惑ったが、首を振って訂正する事にした。

 この少女に複数の心当たりがあるとしたら、名前を添えなかった俺のミスだ。

 

「弊社で社長を務めておりますのは、藤林です」

「あっ。響子さんね。……ここでは普通の学生として接してください」

 藤林少尉は横浜の件で、不自然でない様に俺達に近づく意味と、装備を整える意味合いからブティックの方の店の株を買い取っていたのだ。

 そのことを知らなかったのか、あるいは頭の中で結び付けて居なかったのかもしれない。

 

 

「挨拶はその辺にして、内容の方に入ろうよ。アレの説明を始めても良いんだろ?」

「そうだな。『ライブラリ』の説明をしてしまえば、あとは『ウインドウ』を個人に配布するだけで済む」

 吉祥寺に促されて、俺は今回の開発に置ける重要な端末を説明する事にした。

 

「ライブラリというと魔法大全みたいなものですか? 学校で許可を取って閲覧する」

「そのような物ですね。基本は学校に置くターミナルですが、過去の作例や質問などを一定期間を置いて送受信します」

 ここで一定期間置くのは、数をまとめておきたいのと、一応はプライバシー保護の為だ。

 魔法式のデータは裸同然と想う者もまだ多いので、時間で逆算出来るのでは登録を促す事が難しい。そこで一定時間まとめて送信するわけである。

 現時点では俺以外の入力は、吉祥寺や幹比古が暇な時に入力した物が多いので重力魔法や古式魔法が最も多い作例に成る。

 

「ウインドウの方は家に持って帰ってCAD調整に参照できるアプリケーション。持ち帰ることが可能なデータには幾つか制限が掛って居ますが、代表的なのは機密指定のモノを間違えて持ち出さない為です」

「それと、ここに居るメンバーはともかく一般生徒はデータをもて余すことへの対策でもあるね」

 俺の言葉を吉祥寺が引き継いだ。

 最初は気にもして居なかったが、どうやら一般生徒は多くのデータを所持するとパンクし易いらしい。

 俺や深雪の周囲はそんな事は無いのだが、それは稀有な例だということなのだろう(レオやエリカは得意分野以外を切り捨てて居るので問題無い)。

 

「初心者はデータの一部、慣れるに従って少しずつ容量を増やして行けばいい」

「慣れると簡単なんだけどねー」

 吉祥寺の言葉にエリカが肩をすくめた。

 得意ではない彼女にも判り易い様に、参照と入力方式はシンプルにしてある。

 

 例えば起動速度を速める方法を求めた場合、特化CADを使うのはもとより工程を短くする為の項目をピックアップする。

 その項目ごとに説明を設け、戦闘用であれば……自身のみを対象とした防護系、同じ様に武器のみを対象とした付与系と用途を限定すると書いてあるのだ。

 随意による任意指定が無いだけでなく、対象を最初から自分や手持ちに絞っていることで工程がグっと短くなる。

 

「ライブラリの方に質問や判例の要求をしておけば、放っておいても返答が帰って来るようにします。ですが急ぎたい場合は、各校に一人ずつ管理者権限を設けますのでそちらから要請してください」

 こうして研究会の方で作例を造っておけば、実際に企画を始める時には相当量のデータが蓄積されている筈だ。

 場合によってはそれらを統合し、自動的に返答を返す二次判例ソフトを用意しても良いかもしれない。それほど信用が置ける訳でもないが、とりあえずの指針にはなるだろう。

 

 

 こうして新機軸の研究会を立ち上げ、利益では測れないモノを俺は確保した。

 四葉での研究の役に立つのみならず、飛行魔法の説明回から続くこの交流ネットワークがあれば、技術者たちを狩り場に陰から狙う『紅世の徒』の情報を調べ易いからだ。

 そう思って作業に没頭して居た時に、想わぬ情報が交錯する事に成る。

 

(これは……検索が古式魔法に偏っているな。珍しいことは珍しいが特に参照して居る項目が……まさかな)

 管理者権限の上としてマスター権限が俺や吉祥寺にはあるが、密かに造っておいたアークマスター権限も用意してある。

 当然ながら情報収集用の後ろ暗い利用法の為であり、質問者の性格から研究傾向をつかんだり、付近で起きている問題を把握しておくためのものだった。

 

 その権限で映し出された履歴を定期的に見て居るのだが、見逃すわけには行かない上方の流れがあったのだ。

 

(馬鹿正直に自分のキーで調べて無いだろうが……。頻繁に利用して居るのが二校というなら一目瞭然か。しかし目的はなんだ?)

 足が付かない様に、他の生徒へ『ついでに』検索する様に頼んで居るのだろう。

 留学生というのは日本の生徒では無く、いまいち信用のおけない同盟国の人間なのだから警戒して当然ではある。

 

(アンジェリーナ・クドウ・シールズ。……何故『自在式』の情報を調べて居るんだ……)

 判例や過去例として調べて居たのは、『フレイムヘイズ』や『紅世の徒』が使った魔法式だった。

 もちろん他の……無意味なモノや、誰もが使うモノも多いがそれらはダミーの可能性が高いだろう。

 アンジェリーナは何かの目的があって、二校の生徒を経由して自在式を調べているのだ。

 

(敵か、味方か……。藤林少尉を経由してひっかけて見るか、それとも直接に会話できる機会を造って誘うべきか……どうしたものかな)

 深雪に匹敵する魔法師が、無目的に興味本位で調査して居る筈が無い。

 ここで二つの可能性が持ち上がる。

 一つ目はUSNAに関係しており、あくまで諜報活動の囮役と言うもの。

 もう一つは彼女もまた『紅世』に関わりある人間で、被害者なり……当事者である可能性だ。

 

 『紅世の徒』がらみの関係者が現れたからといって、迂闊に声を掛けるのは考えものだった。

 前者であれば本命のスパイ……例えば周という中華系の名前の人物とかが隠れて調査して居るだろうし、後者であれば被害者やフレイムヘイズではなく、場合によっては『紅世の徒』側の人間かもしれないと言うことだ(利用されているだけを含む)。

 とはいえ久しぶりに掴んだ動きであり、ようやくネットワークを造ろうとした意味が出たとも言える。座して待つのは悪手だろう。

 

(吉祥寺経由でマージョリー女史に尋ねるか、それとも想い切って師匠に窺うべきか)

 それぞれに一長一短だと思えた。

 女史に聞いても判らない可能性があるのに、リアクションを起こして悟られてしまう可能性。

 師匠の場合は知っているだろうが、迂闊に聞くと借りを造ることに成る。

 

「機会はあるだろうし、何かのついでに吉祥寺に直接連絡を取るか……」

 研究会の用件で会う可能性もあり、その時にさりげなく尋ねておくべきだろうか……。

 この時の俺は、事態の急変を知ることも無く悠長な考えに浸っていたのである。

 

●光のグレンデル

 三学期も順調に過ぎて行く中、にわかに騒がしくなり始めた。

 驚くべきことにアンチャッタブルで知られる四葉の近辺で、だ。

 

「……津久葉で不審火? 新発田では何も無いんですね? 了解しました」

「夕歌さんは大丈夫でしょうか、お兄様……」

 深雪の髪を撫でながら俺は静かに頷いた。

 

「幸いにも発見が早かったので問題無いということだ。しかし……名前を出したばかりにこの有様では、文句を言う年寄りも出て来るだろうな」

「登録と同時にナンバーズ入りしたやっかみなのでしょうか?」

 『紅世の徒』がらみや、その他の問題で四葉家の権威が落ちて居たこともあり、幾つかの分家を公表。

 公表した中で黒羽家はただの分家、新発田家は六塚家の推薦で四葉とは無関係と言う立ち位置ながら百家入り。

 その両家に対して、津久葉家は一足飛びに師補二十八家、ナンバーズ入り。

 

 不気味さによる陰の威圧力・秘匿性は薄れたが、既に陰の戦力が損なわれている状態なのでそれほど問題ではない。

 陰の業務は他の分家に任せた事もあり、相対的に四葉家の権勢は大きく取り戻したと言っても良いだろう(もっとも七草家も一花家を推薦したりと、同様の事をしているが)。

 

「改良版の『誓約(オース)』は魔法師からも一般層からも好評だったし、狙っているとしたら囮だろうな」

 互いの承諾が必要なものの、魔法を制限できる魔法『誓約』の使い手として津久葉家はデビューを果たした。

 ナンバーズ入りはこの魔法あってのものであり、その性質上はテロの対象にするよりも生かしておいた方が良いだろう。

 むしろ黒羽家を襲う前に、名前を上げた津久葉家の周囲で騒動を起こしたと言う方がありえる話だ。

 

「亜矢子達には警戒を命じたそうだ。臭わせているだけで公表こそして居ないが、念の為に俺達にも注意する様にと」

「承知しました御兄様。ですが……せっかくの穏当に決まりましたのに騒がしくなるのは残念ですね」

 分家の公表と同時に四葉内部では、深雪の次期当主指名が確定した。そのことも誕生日を迎えると共に公表される予定だ。

 争うかと思われた他の分家も、公表によって利益があるからか、それとも現当主の意向か特に反発は無い。

 深雪からすれば肩の荷が下りたばかりなので、残念そうではあった。

 

「もし四葉の実行部隊として黒羽家を襲う気なら、俺たちは大丈夫さ。亜矢子達も判っている分だけ手勢を潜ませや易いしな」

 求められた時だけ立ち会い、他者の魔法を制限する津久葉家。

 そして魔法式やCADを製作する俺は、狙う対象としては優先度が低い筈だ。

 社会的地位とそれに付随する警備システムの都合もあり、無理して狙うのはリスクが高いと言える。

 

 その意味では四葉の警備担当に振り変え……実行部隊として名前を公表した黒羽家の方が狙い易いとすら言える。

 戦力は既に計算して居るだろうし、単純にぶつかる相手として認識している可能性があるからだ。

 

(とはいえ長引くようなら、いっそ俺が単独行動しているように見せた方がいいかもしれんな)

 他者の眼が無ければ、俺の方はむしろ襲って欲しいレベルだった。

 再生の魔法で万が一の状態を脱出出来る分だけ、亜矢子や文弥を襲われるよりは気分が楽だ。

 強力な魔法式も術式解体で対抗できるし……場合によっては雲散霧消で一気に始末する事もできる。

 

(もっとも深雪に言った通りの推測であっていたら、俺を襲う優先度は低い筈だ。やはり黒羽家に任せるしかないのか……)

 この時、俺はとても見当外れの事を考えて居た。

 四葉家に恨みを持つ者が、その縁者を狙って力を削ぎに掛っている。

 そんな思いこみが、真実から目をそむけさせていたのだ。

 

 奴らが狙っているのは、あの魔法に関することだと言うのに……。

 

『ミスターシルバー……司波達也だな?』

 ある日の帰り道、不思議と人通りが薄れた時。

 潜み襲い来る巨人グレンデルがそこに居た。まるで最初からそこに居たかのように。

 

 ただしその巨体は光輝いており、不審者といううよりは何かの出し物のようでもあった。

 造り物めいたすがたが、いまにも掴みかかろうと腕を伸ばして来る。

 

「ブロッケンの巨人は影を使った魔法式だというが、元にして居るのは光かな。しかし人払いの結界をこんな場所で組み合わせるとは迂闊だった」

『一目で見破るとは流石だな。 降伏しろ、悪い様にはせん』

 人目が気に成るならば、一般人のガードマンが気に成るならば遠避ければ良い。

 まさか大通りで襲ってくるとは思わなかったので、奇襲としては成功しているのだろう。

 

『答えはいかに?』

「断る。降伏しろと言われて大人しく従う訳にもいくまい!」

 光を媒介にした化生体の腕から逃れる為、フラッシュキャストで覚えいる跳躍の魔法式を行使する。

 咄嗟に距離を開けながら、鞄からシルバーホーンを取り出し始めた。

 

 ただの営利誘拐ならば様子を見るのも手だが、『降伏』と言うならば軍関係と思われたからだ。

 何の情報を寄こせと言うのかしらないが、大人しくできるはずもあるまい。

 

(さて、測らずともこちらを狙って来てくれたが……。軍関係も含めるとアテが多過ぎるな。ひとまず連中のバックアップを焙りだすか)

 飛行魔法を始めとして、有益な情報は機密に関わらず多い。

 更に新しい魔法の開発をも考慮すれば、可能性は一つ二つではすまないだろう。

 

 術式解散で化生体、そして密かに伸ばして居た姿なき腕をも砕きながら跳躍を繰り返してその場を離れることにした。

 そうすることで追ってくる者……敵の捜査網を確かめようとしたのだ。

 だがしかし、思いもよらぬ魔法がその試みを打ち砕く。

 

『そうか。では腕の一本も覚悟してもらおう』

「忠告はしたぞ? 悪く思うな」

 声が二重にしたかと思うと、周囲が朱に染まっていく。

 外周では色を無くして灰色に染まり、その領域は藍色で縁どられている。

 

「封絶だと!?」

 今では使う者も少なくなった自在式が、俺と世界を隔絶した。




 と言う訳で新しい問題と戦いが勃発しました。
今回は背景の説明回、次回は戦闘回の予定。

 まずリーナは二校経由で来ているのと響子さんの情報もあるので、特に原作であったやりとりはありません。
別にマテリアル・バーストを調べて居ませんし、向こうで警戒して居る事も達也からみれば対岸の火事です。

 それはそれとして、以前に四葉家・七草家の勢力が落ちて相対的に平均化して居ると書きましたが……。
大人しくしている訳が無いので、四葉家は幾つかの分家を公表。優れたま魔法力で存在感を示して居ます。
七草家は市原家を一花家として百家に推薦したほか、幾つか似たような事をやって勢力を取り戻している最中です。
(スピンアウトの優等生とかで登場している家とかですね)

・新システムに関して
エンジニア:プログラム言語で直接
慣れた生徒:ビジュアル・ベーシックの基礎くらいは
来年度の生徒:エクセル関数
 くらいの差になっています。
慣れてない生徒は関数が5個以下、慣れるに従って6・7~とゲームのレベルアップ風味に増えて行く感じ。


・改良版の『誓約』
 達也に掛けられている魔法の劣化版というか、普及版です。
双方の同意が必要なのは同じですが、能力を大きく制限はできませんが、魔法を行使する時の感覚にズレが生じます。
普通の魔法師にとって、そのブレは無視できるものではないので、十分な犯罪抑止力になるという魔法です。
(再訓練とかに慣れた魔法師ならば、ブレを相殺できますので面倒くらいですが、そう多い訳ではないでしょう)
 津久葉家は対犯罪向きで、かつ自分だけでは掛けられないと言う、組織として便利な魔法によって師補二十八家入りしています。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。