●一つの終焉
この日、一つの時代が終わった。
第一高校にて生徒会のメンバーは変わっていたが、三巨頭の存在感は失われていなかった。
それが失われるのはあくまで卒業後、入試を控えて姿を見せて居ないだけ……と言われている。
「そんな、渡辺先輩が千葉に魔法込みで負けるなんて……。これが新装備の力だと言うのか……」
部活連の服部会頭がジャッジを務める中、エリカが渡辺先輩に勝利をおさめた。
横浜の事件が起きる前に活溌して居た、特化型CADを連鎖させる新装備のお披露目が上手くいった形だ。
三巨頭の中で最も判り易い渡辺先輩を選んだのだが、正解だったようだ。
「剣での勝負を延長した感じね。なら実力差が出たって事じゃないの?」
「あたしは手を抜いて居なかったし、実力差と言われたら否定しようがないな。装備に差はあるとはいえ、専用の魔法を持って居るのは同じだ」
渡辺先輩に提供した『雷上動』は旧来のCADを使用したモノであるが、『
分身対策で帯電防御を全周囲に広げた所に、エリカは最低限の護りを固めて突っ切ったのだ。
ソレを突破できたことで、剣での勝負に移行したのだろう。
「同時展開が出来なかったり構築速度の問題で使い分けが良くないだけで、エリカは元々魔法が弱いという程でもありませんでした。そこを同レベルに揃えた以上、仕方の無いことだと思います」
「ちょっとー! あれこれ足りないと改めて指摘しなくても良いじゃない」
エリカの魔法を起動する速度は速くないが、勝負でそれを苦にしているのを見たことが無い。
つまりタイミングを読んで上手く使っているのだが、逆に言えば起動式を軽くした専用魔法とCADを用意すればその分だけ速く使えると言うこと。
そこで使っている魔法を全て見直し、その全てを別々の特化CADに振り分けて高速化を図り、可能な限り同時展開で許容量がオーバーするのを避けたのだ。
「しっかしまあ、ウチで研究・秘匿してるCADを丸裸にされちゃった気分ね」
「尽きつめれば考えることは皆同じだからな。俺のところもテクニックを晒してるんだし、その辺は勘弁してくれ」
千葉家固有の魔法式と、その専用CAD。……特殊な武装一体型CADを使えばエリカは恐るべき戦闘力を発揮するらしい。
それと同じ様な事を加速や防壁にも適用して、コマンドワードかオートで処理できるようにしたわけだ。
「なあ。あたしも専用に調整すれば同じ様にとは行かないが、それなりに強化できるのか?」
「理論上は可能です。しかし汎用型CADと併用するなら二度手間な上、かなりの手間暇を掛けるのでその辺は覚悟してください。ワルキューレ・スワットにでも配属されれば特別予算でも降りるでしょうけど」
今まででも同じことが可能だったはずだが、予算や手間の問題でやらなかっただけだろう。
重力魔法を調整するためだけに吉祥寺を呼んで、CADを五十里先輩と俺が組み上げる様な物だからだ。それも一つの魔法だけではなく、戦闘に併用する各魔法に関して専門家を呼ぶ必要がある。
「それは……流石に手が出ないな。何か手は無いのか?」
「後はもう、スケールメリットによるとしか。どうしてもというなら発想を変えて大々的にするしかありませんね」
強くなることには興味があるのか、珍しく渡辺先輩が食いついて来る。
だが手間暇かかるので、予算だけならともかく、人材の確保の方が問題だった。
僅かな魔法に限定すれば二科生が一科生と同レベルに至れるとは言え……所詮その程度である。
現状ではデメリットの方がメリットを上回るので仕方無いと言えるだろう。
「と、言うことはお兄様。大規模なレベルで研究成果を共有すれば実現できるのでしょうか? 魔法大全クラスで」
「あら、良いわね深雪さん。是非とも実現しなくちゃ」
「深雪? 七草先輩?」
俺は忘れて居た。
最愛の妹がどれだけ俺の事を考えてくれているかを。
七草先輩がどれほどに一科生と二科生の確執を克服したいと思っているかを。
これが三巨頭体勢どころか、二科生制度が終焉を迎える事件の始まりとは誰も想像して居なかった……。
●第十一研の発足
女性陣の恐るべき手腕により、全校態勢の相互扶助が始まった。
恐るべきは第一高校全てという意味絵は無く、全魔法科高校という意味での全校体勢であると言うことだ。
二科生が一科生級に魔法が使えるように成る技術を公開し、その確立と普及を目指す。
誰かが口にした皮肉から、この試みを『第十一研』と揶揄した。
「まさか君と一緒に研究することになるとはね」
「妹が無理を言ってすまないな」
コンペの枠外で俺が提案した理論を使っていることもあり、吉祥寺はあまり面白くなさそうだった。
しかしこちらの手の内を全て共有するとあって、興味は隠せないようだ。
「二人とも……ひとまず、お手柔らかにお願いするね」
「せっかく啓が協力するって言ってるんだから、あんまり喧嘩しないでよね」
五十里先輩も当然の様にスタッフに加わっており、その警護を兼ねて特化が判り易い例として千代田先輩も参加して居た。
「メンバーはこんなものかな?」
「二校の連中が遅れて来るそうだが、それを除けば概ね揃ってる筈だ」
九校戦やコンペで見た顔が研究スタッフ側に並び、その逆にテストランナー側には見慣れない顔が加わっていた。
いずれもレオやエリカの様に得意な傾向が判っているメンバーだ。
一科生側にも千代田先輩が居る様に、ほのか等の判り易い傾向のメンツが揃っているのだろう。
「鈴音先輩。司会よろしくおねがいしますー」
『判りました千代田委員長。それでは本研究会を開始しいたします。趣旨は登校の七草より説明したとおりですが……』
市原・鈴音という先輩は居なくなった。
そんな存在は消えて無くなってしまったわけだが、不思議なことに鈴音先輩と呼ばれる先輩はそこに居る。
(名前を戻したと言っていたが……
何のことは無い。市原家の処分が政治的に取り消されて、一花家として復帰したのだ。
前から知っている者は名前で呼ぶように成ったらしいが……。
『次に……ミスター・シルバーの方から技術の骨子説明をお願いします」
(根に持ってるな。まあ追々に改善して行けばいいか)
七草先輩や昔から縁故のあった家が協力したのか、それとも百家の方で某かの流れでもあったのかは知らないが、おめでたいと思っておこう。
『紅世の徒』に食われた影響では無くて、どこかホっとしている自分が居る。
コンペでは協力して居る最中で別件に手を取られ、別々にコンペに論を提出してしまった経緯から仲が疎遠になったが、やはり知り合いが消滅しないというのは良いことだ。
『特化CADを前提にして、更に随意対象の設定を省略。全て魔法師の個性に見合った位置に固定し、本人の動きで調整します』
魔法式の設定では五つも六つも決めて行く必要がある。
この中で最も時間が掛るのは随意設定で、あれとこれを狙おう……と任意の対象を狙う事が最も時間を要する。
極論を言えば高速で発動する一条が、対象の数を次第に増やした場合。
俺の発動が遅くとも、最初から対象数を決めて発動した場合には追いつける可能性があるのだ。
随意に選択する範囲を無くした上で、対象を目の前だったり自分だけに設定すれば魔法式はかなり軽くなる。
『質問があると想います。内容が決まっている方、一名だけお願いします』
『では。……要するに魔法の拳銃化・ローラー化なんだろうけど、どうしても数が必要な場合や、長距離設定が必要な場合は?』
サクラを頼んで居た生徒に頼む事無く、順調に会議は滑り出した。
当初から機能を説明し、内容を選択して居たこともあり、狙った通りの質問がやって来る。
『汎用CADを用意しても良いのですが、最初から特化型CADを複数用意してコマンドワードで使い分けます。もちろん安価に収まることが前提に成りますが』
スケールメリットで安価に納めることが可能ならば、同じCADを二つ持って悪い道理は無い。
単体・瞬間を選択した特化魔法と、複数・長時間を設定した特化魔法を用意するのだ。それを起動する段階で必要な方のキーワードを唱えれば良いだけのことだ。
『コマンドワードを判断させるのは、発表したばかりの思考型を流用するということですね? では質問を終わります』
複数の特化型CADを持てばそれだけ混乱する事に成るが、予めルートを決めておけば問題無い。
コマンドを発した段階で処理されるし、それすらも短縮したいのであればボタンを押せば優先する様にバックドアを作れば良いだろう。
これで戦闘や試合のような、一度に使う魔法が多くないシチュエーションでは二科生と一科生の差は殆どなくなるだろう。
ではもっと別の、様々な魔法が必要とされる場合はどうするのか?
『最終的に得られた登録パターンは個人のパーソナルを除いて登録、公開させていただきます。いずれ専門のショップでなくとも、自分の家で特化型CADの調整が出来るようになるでしょう』
「そんな……まさか自分の技術を全て放出する気なのか……!?」
「トーラス・アンド・シルバー……今はキャプテン・シルバー社だっけ? そこのノウハウとか全部捨てる気なの?」
ザワザワと騒がしくなるが……。
そんな物は必要ない。二科生が一科生並みに魔法が使えるようになれば、俺の小さなプライドなど欠片も問題無くなる(フラッシュキャストも隠し易くなるし)。
そして二科生の多くは教師不在ゆえに自分の能力傾向に合わせられないから才能を伸ばせないのであり、自分に見合ったパターンが瞬時に判るのであれば伸ばす事はそれほど難しくない。
むしろ足りないと言われていた俺の能力も向上するし、成果で認められるのであれば深雪も満足してくれるだろう。
……そう。様々な魔法が必要とされるならば、一部の特化型CADを簡単に調整できるようにしてしまえば良いのだ。
遅くても良い状況ならば汎用型CADを使用し、そうでない場合は特化型を簡易調整して使えば良いのである。
瞬間的に幾つもの魔法が必要な状況等はそう無いし、あったとしても一科生だって苦労するに違いない。そこまでするなら複数人が協力し合ってしまった方が遥かに早いだろう。
『我が社の利益ならば気にする必要はありません。新しい特化型CADが受け入れられれば、CAD全体のパイが何倍にもなりますしね』
ナンバーズや四葉家が反対して居ないどころか、深雪と七草先輩の我儘を推して居るのはそこだった。
現在の基準だと年間3万人程度しか魔法師は増えない。低位の才能の持ち主が居ても目指したりはしない。予備を含めても5万個売れれば良い方で、飛行魔法専用CADなど特殊な物を考慮しても十万弱。次年度からは相当に需要が冷え込むだろう。
だがしかし、この計画が成功すれば二つのメリットがある。
需要そのものが増え、実用レベルの魔法師が増え、魔法師社会全体に大きな利益をもたらすだろう。率先する四葉や他の家も、多くの利益を享受する事に成る。
当然ながら風当たりも強くなるだろうが、それ以上に一般人という分母に乗った魔法師と言う少数の分母のスケールが変わってくるのだ。
渡辺先輩と話して居た時と逆転し、デメリットよりもメリットの方が大きくなっている訳である。飛行魔法を公開して調整データを得たように、今回も多くのデータを得ることが可能だろう。
『次に懸念されているのは外見だと想われますが、これは実際に発表用のモデルを見てもらった方が早いでしょう』
『ちょっと達也くん、本当にこのまま出る訳? せめてプロテクターとか……』
『それじゃダサイって言う話じゃないか。ほらほら!』
一同の中央に引き出したのは、エリカと里見選手……スバルだ。
それぞれにアクセサリーや服装に当てはめた特化型CADを付けており、有る種のファッションショーである。
『恥ずかしいなぁ……それにしても美月ったらなんでこんなのにしたのよ』
『ボクは良いと思うけどなあ。騎士の装束でも悪くは無かったけど』
美月たちが悪乗りした結果、その服装はいささか華美だった。
ヘッドギアはどう見てもカチューシャであり、アームバンドはキーが不要なのでスタイリッシュ化している。
他にもコマンド送信用など単機能のCADはブローチやネクタイピンなどに成っていた。更にこれらは統一したイメージで形造られエリカならば赤、スバルなら青と言う風になっていた(もしかしたら動物か何かもイメージしているのかもしれない)。
こうして会議が順調に進んで行く中、遅れて参加した二校のメンバーが珍客を連れて到着した。
まだ説明と簡単な質疑応答のみであることから、キャビネットの中で聞いていたとかでスムーズに着席する。
見慣れない金髪の少女だけが違和感だったと言っても良いだろう。
「こちらは老師の御縁でクドウさん」
「アンジェリーナ・クドウ・シールズです。よろしくお願いしますね」
と言う訳で最終章が本格的にスタートします。
まずは二科生制度が形骸化し、少数の魔法ならば同等。複数常に使う必要があるなら及ばないけど、そんな時は一科生だって苦労するので一緒という結論に成ります。
感覚的には武具化というよりは、カードゲームの魔法を揃えておくようなイメージです(宝具や宝回だとか魔法少女の杖でも良いですが)。
扱い易い様に形式が決まった魔法を何種類か用意して、手札の中から選択して使って行くだけの作業。後は自分の能力がどのパターンかライブラリのデータを見ながら、自分で設定・チョイスしていく感じ。
(もっとも一科生が時間を気にせずに、魔法展開数や強度に特化したら流石に及びませんけど)
また、リーナが留学生として一校にやって来るのではなく、二校のメンバー(九島家の係累)として紹介されながら技術交流会に参加して居るので異和感は薄れている感じです。
吸血鬼騒動が起きて居ないので、流れはここから本格的に変わっていくと思われます。
オマケ。
幾つかの家が『百家』のクラスでは変動が起きて居ます。
市原先輩は一花先輩に成り、四葉家の津久葉家(夕歌さんち)も表に出たりしたりと括りが変わっています。