√シルバー【完結】   作:ノイラーテム

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灼熱の来訪者編
灼熱の来訪者


●彼方からの声

 対馬沖に来襲した大亜連合の艦隊はあっけなく半壊した。

 何隻かが生き残ったとはいえ要塞周辺に被害を与えない為、日本側が手加減した結果に過ぎない。

 もし奇襲に成功して対馬要塞に張り付いて居なければ、艦隊ごと……場合によっては出撃する前の港ごと消し去られたのではないかとの声もある。

 

 だがそれも事情を知る日本と大亜連合の認識であり、諸国は別の切り口での判断を余儀なくされた。

 

 使用された戦略魔法は未知のモノなのか、それとも……。

 既知の禍であるのか? をである。

 

『……公僅(ゴンジン)公僅(ゴンジン)。聞こえて居るか、(チョウ)公僅(ゴンジン)

 横浜にある中華街、その一角で不気味な声が響いた。

 地下に納められたミイラが突如、唸り声を上げ始めたのだ。

 

『……我が朋『徒督』、(チョウ)公僅(ゴンジン)よ』

「おや、フィッツジェラルド。どうしました? 『小覇王』ともあろう者が、いまどき共感魔法などと」

 部屋の主人は目を通して居たタブレットを待機させ、ミイラの方に視線を這わせた。

 共感魔法により類似する対象に同じ効果を与える……そんな古式魔法が流行ったのは昔のことだ。今では電子技術の発達により、使われなくなって久しい。

 

『……技術はより高い技術で抜くことができるよ『徒督』。例え軍事回線であっても、秘匿性の低い物は信用ならんさ。それと、今は顧傑(グ・ジー)と名乗っている』

「それは確かに。……で、何の用事ですか? こちらはまだ十師族に食い込んだばかりですが」

 様々な名前と立場を使い分ける『小覇王』と『徒督』の二人は、一つの目的に向かって邁進して居た。

 その目的はまだ初期の段階を脱したばかりで、『小覇王』がUSNAで『徒督』が日本で、それなり以上の地位を築いたに過ぎない。

 どちらかが自分の勢力を全て引き上げ、もう片方に合流してもまだまだ目的は果たされないのだ。

 

『例の戦略魔法に関してだが……』

「あれは別に『都喰らい』ではありませんよ? 初期段階こそ似て居ますがね」

 部屋の主は肩をすくめて、対馬沖で使用された戦略魔法に関する資料を立ち上げる。

 それは伝え聞くことが出来た情報を打ちこんだ程度のモノで、詳細など無いに等しい。

 だがそれでも彼が、『徒督』と呼ばれた男が『都喰らい』に関して間違える筈は無かった。

 

 そしてそれは、『小覇王』も同じである筈なのだ。

 

「しかし余人はともかく貴方がこの程度の勘違いをするなどとは。いかにUSNAに居るとは言え……何の計略なのです?」

『……ククク。『都喰らい』であることを日本の立場で否定し、情報が漏れないように『可能な範囲』で秘匿して欲しいのだ』

 異なことを言うと最初は思った。

 『都喰らい』で無いモノを、『都喰らい』でないと否定して何の意味があろうというのか。

 まして十師族に取り行ったと言っても、協力者であっても役に立つ部外者でしかない。秘匿できる範囲などたかが知れている。

 

 だがここで先ほど、『小覇王』が秘匿回線以外の情報は抜けると言い放ったのを思い出した。

 もし秘匿した筈の情報を容易く抜ける者が、断片だけを拾い挙げて独自の視点で組み上げたらどうなるだろう?

 

「なるほど。それは面白そうです。九島閣下……いえ、九島家の御当主に進言してみましょうか」

『頼んだよ『徒督』。私は上手く痕跡と情報を操作しておく。ではまたいずれ……上手く行ったら私もそちらに行くかもしれないが』

 『徒督』と『小覇王』はミイラを介した会話を打ち切り、再び闇に潜むのであった。

 

 そして周・公僅が九島・真言に接近して暫く、USNAでとある重大事件が起きたのである。

 

●炎の使徒

 かつて異世界への扉を開き、その世界の住人と強制的に契約を結ばせるという暴挙が起きたことがある。

 様々な悲劇が起きた後、その暴挙を起こした存在の消滅と共に消え去るはずだった。

 だがその残り火が今、静かに燃えあがろうとしている。

 

『止まりなさい! 今ならば脱走の罪には問いません!』

「……」

 十二月も半ばを越えて、USNAで軍人の集団脱走が引き起こされた。

 中には精鋭魔法師集団であるスターズに所属する者もおり、当然ながら軍は追手を差し向ける。

 

 たちまちの内に逃走経路が割り出され、最精鋭と最新鋭の装備が惜しげも無く投入された。

 追撃者たちは発表されて間も無い飛行魔法を使いこなし、逃走者達を追い詰めて居る最中だ。もっとも相手も飛行魔法を使用して居ることで苦戦をし始めて居る。

 

『駄目です。互いに高速で動いていては、キャスト・ジャマーは元よりアンティナイトの焦点を絞れません』

『相手もスターズ、飛行魔法を使いこなせても不思議では無いわ。構わないからスタッフを使用しなさい』

 『使える』と『使いこなしている』ではまるで意味が違う。

 包囲網を築く為の外陣は追い切れず、既にメンバーの中心はスターズが担っていた。

 

 追手を率いる隊長格の一人は、このメンバーならば問題無いと秘匿兵器の一つを躊躇なく切る。

 その指示に従って魔法師たちは特殊な投げ槍を用意し始めた。

 

『総隊長。間も無くスタッフで平面展開を仕掛けますが、問題ありませんか?』

『許可します。……抜けようとするところを抑えるわ』

 突き刺さった投げ槍を魔法師の杖に見立てて、取り込んだ相手に対し問答無用でジャミングを仕掛ける。

 それが秘匿兵器の一つ『スクエア・ジャマー』だ。

 その提案を聞いて総隊長と呼ばれた少女は、相手がその包囲網すら抜けて来る事を予想して作戦を立て直す。

 

 こちらが歴戦のスターズであるならば、相手もまたスターズ。

 スタッフの事を知らないのであればともかく、知っている以上は即座に対応すると判断したのだ。

 その判断こそが逃走者たちを追い詰めることを可能にした。問題があるとすれば……。

 

『投擲開始! 全スタッフでスクエア・ジャマー展開!』

「……遅い!」

 三人以上のメンバーが槍を一斉に投擲し、待ち構えた一人が槍を投げずに突き刺すことで都合の良いフォーメーションを仕掛ける。

 動きを止める逃走者たちと、追いすがって包囲陣を立て直す追跡者たち。

 だが逃走者たちの一人が、灼熱の焔を放って投げ槍がある一帯を焼き焦がした。

 

 瞬時に逃走を再開するものの、一度でも動きを止めたことで全体として追い詰めることに成功する。

 貴重な秘匿兵器を僅かな時間、それでいて何より貴重な時間を奪うことに成功したのだ。

 

『止まりなさい、アルフレッド・フォーマルハウト中尉! 逃げ切れないのは判っている筈です』

 まず総隊長と呼ばれた少女が追いつき、更に時間を稼ぐ意味で逃走路を薙ぎ払うことで塞ぐ。

 その間に他のメンバーも追いつき始め、包囲陣を形成する班の中には攻撃体勢に移っている者も居るだろう。

 

 ……ここまでの流れは追手であるスターズ側に有る。

 精鋭部隊であり装備も超一流、作戦も判断も上を行って先を読んで居た。

 唯一の間違いは逃走者に話が通じると思い、あるいは何かの異変があると推測してデータ集めの為に捕縛しようとしたことである。

 仮に……即座に皆殺しにしていれば、その後の運命は大きく変わったかもしれない。

 

『一体どうしたんですかフレディ。一等星のコードを……いえ。あれだけ職務に励み、皆の模範だった貴方が……』

「……」

 総隊長という形書きに相応しい凛として厳しい口調が、説得を兼ねた時間稼ぎとして柔らかい物に変わる。

 あるいはこの口調と優しい態度こそが、この少女本来のモノかもしれない。

 ともあれ脱走班の中心である男を捕まえるか倒すかすれば、この獲り物は終わりなのだ。

 

「大義を持たぬ者に語る舌は無い!」

『視線型のバイロキネシスじゃない!?』

 しかし優しさは爆炎を持って破られた。

 アルフレッド・フォーマルハウトと呼ばれた男は自分の周囲から猛烈な火炎を噴出させる。

 灼熱の圧搾空気を利用し、その勢いで飛び出す事で一気に少女へ肉薄。狙っていた者たちが攻撃できないコースで包囲網を破った。

 

 逃走者達もそれに合わせて動き出しており、殆どの者は分散して逃走する。

 残ったのはアルフレッドと、その救援に来たもう一人の女だけだ。

 

「ここは私と『龍姫公(アスタロッテ)』に任せて、貴方も逃げなさいな」

「無謀。……だが君たちの機動力なら判らんか」

(あれはたしか惑星級の? やっぱり……もう一人いる?)

 救援に来たとはいえ、能力はスターズの中でも惑星級のメンバーはあくまで支援要員だ。

 アルフレッドが言う様に、戦闘力としては無謀極まりない。だからこそ……もう一人戦闘のプロが支援として留まっていると考えるべきだろう。

 

「これも使命あっての事。礼は言わん。いずれ……」

「……因果の交差路で。ってね」

 アルフレッドが猛烈な爆炎を放ちながら飛んでいくのに合わせて、殿に残った女は逆方向に高速で走り出している。

 ワザと包囲網の厚い場所を選んで抜けて行くアルフレッドに対し、その女は攻撃態勢にある班を狙っているようだ。

 

『使命とは何!? フレディ達は何をしようとしているの? 答えなさい!』

「私はそこまで使命って感じじゃないんだけどなぁ。あの事件で『成った』だけだし。……それでも長く戦ってると浮世の義理があるのよ……ねっ!」

 情報強化してからの弾丸を受けまいと、自己加速でジグザグに移動しながら牽制攻撃。

 それを放置しては追撃態勢も取れないと、少女は仕方無く先に倒す事にした。

 

『惑星級では一等星級には叶わない! フレディも言っていた筈よ。無謀だって』

「判ってるわよ。でも魔法師に重要なのは、才能の差では無く戦闘経験の差って事を覚えておいた方がいいわよ」

 並みの魔法師であれば即座に戦闘は終わっている。

 遠距離からの魔法攻撃に狙撃、あるいは情報強化で改変できない状態で物理攻撃でも良いだろう。

 それが許されるだけの能力差がありながら、女は上手く場所取りをして逃げ回っていた。

 

 その動きを見れば戦闘経験の差が大きく開いているのは感じるが、それでも人数と実力差の壁は埋められない。

 まだ決着が付いて居ないのは、隠れて居る者がバックアップしている可能性を考慮しての事。そして言葉を交わしながら実際には追撃班を再編成しているからに過ぎない。

 

「久しぶりにアレ行くわよ。『龍姫公(アスタロッテ)』」

『フォトン・ドライブ!? なんて馬鹿なことを……』

 少女は驚きを隠せなかった。

 それは視線の先に光のラインを描き、それをビーコン代わりに複数名で高速飛行を掛ける連携飛行術。

 特殊なテクニックであり複雑な軌道で飛ぶこともできるが、ビーコンを出して居れば予測射撃で叩き落とすのは簡単なのだ。

 

『馬鹿な、あの突っ込みで機動を変えるだと? くそっ撃ちまくれ!』

(速い上に軌道の変化が複雑……。間違いないわね、もう一人が手を貸してるのは確実だけど……なんで干渉してないの?)

 連携魔法は理論上可能だが、余ほど相性が良くなければ干渉しあって相殺してしまうか激しい消耗を起こす。

 それなのに光の帯は空を翔けたままだ。消耗を気にする状況でもないのだろうが、弾丸や魔法攻撃が追いつけないほどのペースで飛びまわっている。

 

 そのままでは捕縛はもとよりまともな方法で倒せないと判断して、上層部に非常手段の実行許可を求めることにした。

 

(それよりもこのレベルの魔法師がなんで惑星級なの? 確かに惑星級には支援系が揃ってるけど、これだけの実力があればもっと上でも良い筈。聞きたいことが一杯あるけど……仕方無いか)

 事実改変や速度を元にした魔法師としての実力と、戦闘者としての実力はそれほど関係ない。

 だがBS魔法だとしてもこれほどの実力を持って居るならば、何らかの口添えなり魔法支援で補佐する為の直轄メンバーとしての待遇を受けて居てもおかしくはなかった。

 

 実力を隠しているとしたら何故か? アルフレッドは知っていたようだが、どんな共通項があったのか?

 それを尋ねてみたかったが事実は無常である。上層部からスタッフ以上の秘匿性の高い技術を使用する許可が下り、ソレを使う以上は殺さざるを得ないだろう。

 

『総隊長! 上層部の許可が居りました』

『そう。準備が整い次第……アレを使用します。情報封鎖の確認と、追撃班の再編成を急いで』

 スターズ総隊長アンジー・シリウスこと、アンジェリーナ・クドウ・シールズはこれから続くであろう面倒事を思考から排除し、意識を戦闘にのみ切り替える。

 そして彼女だけに許された魔法を使用し、直接戦闘に再び加わるのであった。




 と言う訳で、最終章の第一話になります。
と言っても主人公たちは出てこないので、プロローグ的な話というか前章から続く幕間のようなものですが。
本来の来訪者編とは違って、吸血鬼騒ぎとかは出てきません。他のナニカと主人公たちと周先生たちの三つ巴の戦いに成る予定です。
ちなみに次回からはレベルと工夫が変わってくるので、二科生とか一科生とかはあまり関係なくなります。

●登場人物

『徒督』、(チョウ)公僅(ゴンジン)
 横浜にお住まいのエージェントで、今は十師族の一部に力を貸して居る。
「ブランシェを討伐したのも、無頭竜を駆逐したのも、大亜連合を焙りだしたのも周先生のお陰じゃないですか」
「なん……だと!?」
 と言う感じで認識されているらしい。嘘ではないが本当でもない。
凄腕のエージェントではあるが黒子気質なので、もっぱら亡命者の魔法師を利用して居るとか。

『小覇王』フィッツジェラルド、または顧傑(グ・ジー)
 USNAで活躍する富豪だったり情報通だったりする人物らしい。
周先生とマブダチで、昔は二人一組で大陸で暴れまわったり西洋で暗躍したそうな。
名前がコロコロかわるがそれが彼の特性であり、『小覇王』という呼び名の方が本質。

アンジェリーナ・クドウ・シールズ
 スターズ総隊長であり、戦略魔法師の一人。
その才能と判断力ゆえに逃走者達を追い詰めるが、問答無用で殺害しなかったことから、結局逃げられてしまう。
とはいえ貴重な魔法師を独断で即時殺害できるはずもなく、また思想的に也あしい為に難しかったと思われる。
(また上層部もデータを求めて居たと推測される)

アルフレッド・フォーマルハウト
 スターズ一等星級の魔法師で階級は中尉。
視線だけで魔法攻撃が可能なバイロキネシスを持っているが、本気を出したら周囲が丸コゲになるほどの爆炎を放てる。
古式魔法で言う常に火で包まれた『三昧真火』状態であり、炎を扱うことは彼ともう一柱にとって何の労力でもない。

金星の女
 集団脱走した逃走者たちの一人で、高速飛行『フォトン・ドライブ』の使い手。
とある事件で『龍姫公(アスタロッテ)』と偶然契約して酷い目にあったことから、万事やる気が無かったらしい。
機動力でかき回して時間稼ぎをしていたが、切り札を用いたアンジー・シリウスによって倒される。

●『都喰らい』
 町中にとある仕掛けを施した後、僅かなタイムラグで複数の『存在の力』を消し去る。
このことで町の存在意義を打ち崩し、連鎖的に消滅を図り、町ごと消し去って還元する自在式。
言うほど容易いことではなく、本来は長い計画の元に実行する必要がある。

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