√シルバー【完結】   作:ノイラーテム

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横浜事変:後編

●巴を描く追撃戦

 狙撃された美月が回復するまでの間、追撃部隊を避ける為という名目で、俺たちは弧を描く様に隠れて移動した。

 実際にはまとまった衝突力を再編しないと首謀者を狙う意味がないからなのだが、それを馬鹿正直に告げる必要はあるまい。

 

「…本当にやって来ねえな」

「相手の手札にも余裕がある訳じゃないしな」

 周囲の様子を窺うレオに頷きながら、俺は移動の再開を告げるビーコンを十分後の時間差で設置しておく。

 バイタルを見るとそろそろ美月が復調して居る筈なので、積極的に動いても問題あるまい。

 

 そう思って休んで居る筈の場所に合流すると、互いに口元を赤くしたまま俯き合ってる幹比古と美月が見えた。

 

「なんだ。直接喉から血を吸い出したのか」

「まーねー。胸の傷を完全に塞いだなんて聞いて無かったし、ひっくり返すわけにもいかなかったから仕方無いんじゃなーい?」

「「……」」

 エリカの軽口にも反応出来ないでいる二人は置いておいて、俺は次の予定を口にした。

 いつまでも見合っていては時間の無駄だし、タイマーは既に設置してしまっている。劉・雲徳は電使いなのでモタモタしているとこちらの行動を予測されかねない。

 

「問題が無ければ移動を再開しよう。美月の様子を見ながらで構わないが、幹比古は臨機行動用の符を作れるか?」

「型代の術は準備が全てだからね。時間さえかければ問題無いよ」

 同じ様な事態になっても困るので、緊急起動できる防御用の魔法を設置しておくことにした。

 古式魔法で偶に見られる術式なのだが、多くは受けた衝撃を予め定めた対象…人形などに反らす為の魔法だ。

 体の中で跳ね回るタイプの弾丸には効かないが、貫通系の弾や魔法攻撃には有効な事が多い。単独でも心強いが他の魔法防御と組み合わせることで意味が格段に大きくなる。

 

「でもよ、そんなに急いで追う必要があるのか? 逃げながら移動させてる分だけ連中の邪魔もできてるんだろ? 時間稼ぎが出来てるんだからもうちょっと休ませてやっても…」

「大亜連合の損得勘定次第……という前提が無ければな」

 心配して居るレオや死に掛けた美月には悪いが、相手の採算があるから大丈夫と言うのは余裕の内に入らない。

 魔法協会の横浜支部にある膨大なデータを奪うつもりだから戦略魔法である霹靂塔をフルパワーで撃たないだけで、首都圏の経済活動を邪魔するだけならいつでも可能なのだ。

 

 横浜をケシ炭にしても、国際的な非難があるだけだからやらない。

 ここから東京方面を壊滅させても単独では意味が無く、経済的・工業的なアプローチを同時に実行しないと意味が無いから今は実行しない。

 だがそれは決して撃たないことを意味するのではなく、何らかの理由があれば容易く覆ってしまう前提に過ぎないのだ。

 

「西城くん、私なら大丈夫だから。それに動いて居た方が余計なことを考えなくても済むし…」

「まあ美月が良いんならそれでいいんだけどよお」

 死に掛けた張本人である美月がOKしたことで、俺たちは移動を開始した。

 かなり時間は使ってしまったが隊としての衝突力は回復した。先ほどレオが言った様に敵も時間を掛けて移動して居ると言う事もあり、そう遠くないタイミングで追いつけるだろう。

 

 

 行動の結果は実力の行使によって証明された。

 待ち伏せと高速突入に対し、こちらも瞬時に即応的な行動に出る。

 

「ちっ。これが本気ってやつね! やり難いったら」

 高機動戦闘ならば日本でも屈指の実力を持つであろうエリカを、大亜連合の兵士『たち』が容易く翻弄して居る。

 先行した三名による牽制射撃を回避したところで、後続の二名が足止めの射撃。

 第三射はタイミングを合わせた一斉射撃で、密度が高くなるよう交差した射線があっけなくエリカを補足する。

 

「当たらないってーの!」

「っ!?」

 それが当たらないのは、単に当たらない位置に移動して居たからだ。

 どれほど高速で逃げ回ろうとも統制射撃を上回りはしない。最初から視覚情報と聴覚情報を誤魔化す幻影をまとっていたことで、見当違いの場所を撃たせていただけである。

 

「ミキ、突っ込むから次のをちょうだい!」

「ボクは幹比古だ!」

 エリカが僅かにタイミングを変えた高速体術で分身を掛けながら刀を振るうと、幹比古が刃を基点に定めておいた荒風法師を放った。

 乱気流で兵士たちの統制が乱れた所で、エリカが突っ込みながら一人ずつ仕留めて行く。

 

「レオ!」

「わーってるって! シュバルツシルト・アイン!」

 転がる様にして射線から逃れるエリカと逆行して、レオが投げつけた布が硬化する。

 硬化魔法が得意とは言え兵士が放ったのがパワーライフルなら突破されてしまうかもしれないが、面制圧力重視型のサブマシンガンくらいならば問題無い。

 盾として機能した布が断幕を阻み、素早く立ち上がったエリカが抜けて行くのを手助けしていた。

 

鋼気功(ゴンシゴン)!」

 普通ならばそれで壊乱状態の筈だが、戦い慣れて居るのか無事な者はそのまま射撃し続ける。

 仕方無くそれに対応し、撹乱しながら始末して行くことにする。

 

「何でも良いから頭を上げさせるな。エリカは任意のタイミングで再突入」

「ウルヴズコルヴァン!」

「そのまま抑えてなさいよ」

 俺は効かないのを承知で振動系の魔法を撃ち、レオが棒状に変化させた布で場を荒らした。

 とにかく安定して射撃させない事に終始し、エリカは相手の動きから射撃可能な位置を判断してその場を回り込むようにして再投入。急所を切り裂いて無力化した。

 

「迂闊だったわ。そりゃ銃で攻撃するなら魔法は防御だけに専念できるわよね」

「あれだけ対応できれば十分だろう。普通は蜂の巣にされて終わりだからな」

 別に魔法師だからと言って強化しながら攻撃する必要はない。

 今回苦労したのは敵が躊躇なく繊細な魔法を捨てて、魔法攻撃に対して防御を固めたからだ。

 九校戦の様に魔法だけでなんとかする必要はないので、銃を併用するならば余計なことをせずに銃だけで攻撃するのは良い判断だと言える。

 

「それにしても達也くんって良くあれだけ相手の対応が判るわね」

「最適解に頼るなら予想するのは難しくない。流石に自爆攻撃とか無意味なことをされると無理だがな」

 日本側はハンドガンと魔法だけと判断し、魔法を重点的に防御してハンドガン対策を切り捨てる。一人・二人倒されても残りの者が圧倒すれば良い。

 その戦術は確かに手堅く確実だが、それゆえに読み易いのだと…いうことにしておいた。実際には精霊の眼を使ったのだが、それを説明する必要も無い。

 

「こちらの味方を排除しながら進む必要がある以上、このレベルの精鋭に襲われるのはあと一回が精々だろう。劉・雲徳を直撃して降伏なり撤退を決意させる」

「その爺さん一人で十分ってのが難儀だよな。まあ足止めはオレが排除するから任せとけ」

「エリカに切り込んでもらうのが確実だろうね。ボクも幻影と間接的な攻撃を準備しておくよ」

「悪いわね、あたしだけが活躍してさ。九校戦の時のウサ晴らしだから勘弁してよね」

 劉・雲徳一人居ればデータを奪うのは簡単で、鬼門遁甲があるから一人を送り届けるのは容易。

 ゆえに連中にタッチダウンさせない必要があり、早い段階で『撤退する為に必要な部下の数を割り込んだ』と思わせねばならないだろう。

 

 場合によっては雲散霧消(ミスト・ディスパーション)で仕留めざるを得ないが、ここに来て味方という人の目がそれを邪魔して居た。

 ここまでスムーズに来るには友人たちの力が不可欠であり、世の中は本当にままらないものだ。

 

●雷迅

 鬼門遁甲というやつは本当に厄介だ。

 周囲に味方が居る筈なのに援軍が期待できないどころか、誤射を考えれば居ない方が良い。

 お陰でコマンド兵の排除に期待はできても、劉・雲徳たちの補足にはまるで期待が出来ない。

 

(チィ)! 五行(ウーハァン)!!」

「っこのお! ……やるじゃない、油断してたつもりはないんだけどさ」

 敵の女兵士が放つ小剣は刃が複数の姿を見せ、その一つがエリカの脇腹に迫った。

 咄嗟に上腕を犠牲にして急所を庇いつつ、同時に敵の首を狙っている。

 だがその一撃は敵が放っていた幾振りかの小剣に阻まれ、お互いに致命打を浴びせられない。

 

「あ痛つつつ……原理は判る?」

「…おそらくだが幻影と姿隠しの他に、衝撃を別位置にずらす移動系の魔法を使っている。実際に切れて居ないのはそのせいだ」

 目に見える五本の小剣とは別に、隠された一本、そして斬撃の威力だけが移された一本が存在する。

 エリカは幻影の中の本身と隠された一本を見抜いたものの、衝撃圧の見えない魔剣を回避し損ねたのだ。

 

 幻影の小剣の中に化生体の剣があったが、それと同じ構造であってもワザと映像を持たせてない切り札なのだろう。

 だが、化生体は制御力を上昇させる意味があるからこそ姿を形造っている。

 衝撃をスライドさせる術式自体は同じでも、威力の再現にまで至ってはおらず、まさしく隠し技以上のものではなかった。

 

「初見殺しを看破するなんて本当ズッコイわね。まあ助かってるしいいわ、これでこいつも…」

「油断するな。お互いに一対一である必要はないし、当然あっちだって一度に掛って来る筈だ」

 そう言いながら俺は姿隠しで隠れたままの敵兵に視線を移す。

 そいつは完全に殺気も気配も消し去っていたが、精霊の眼で魔法の準備を見抜いて居る為、何処に居るのか見抜いていた。

 これまで姿を隠して襲ってきた連中が気配のコントロールまでは不可能だったのに対し、腕前に格段の差がある。

 

「流石ですね。ここまで閣下を追って来るだけはある」

哥哥(ゴーゴ)…」

 日本語が話せるのは当然のことだろうが、アッサリと姿を見せるのが油断ならない。

 妹分の方は非難する視線を見せているが、どこ吹く風で受け流して居る。

 

「別に敬意を見せたとかじゃありませんよ。姿を隠している分の制御力が惜しくなっただけです。十三妹(シ-サンメイ)

(シー)

 身内同士で話しているのは別にこちらに聞かせる為ではないだろう。

 会話しながら少しでも時間を稼ぎ、同時に命令を言葉の裏に隠して居ると見るべきだ。

 お前の言葉くらい判って居るぞと相談を牽制しつつ、自分達は予め定めた隠語で会話するつもりなのだろう。

 

(十三妹…名前と言うよりは異名か? それにちなんだ魔法か何かかな)

 おそらくはお前も幻影に回す力を他に回せという指示であり、そこの女兵士が十三妹という異名に通じて居る魔法を使えると言うオチだろう。

 問題は何の魔法かだが…。

 

「達也くん、レオだけ置いて先に行っててくれる? 多分、相性的にはそれで勝てる……なんとかなるから」

「判った。命だけは無駄にするなよ」

 こちらも時間が無いことだし、相手の時間稼ぎに使い必要が無いのは同じだ。

 仲間にだけ意味が通じる言葉でエリカへ忠告を残して行く。

 

「オレの意志は無視かよ。まあ構わないけどな」

「そこは頼りにしてるってことで、一つヨロシク♪ …薄羽蜻蛉を実践してみなさい」

 ためいきを付きながらレオは懐から布を取り出し、硬化魔法で延ばして行った。

 重さ皆無の剣で、隠された魔法に対抗する気なのだろう。

 

「行って!」

「止めなさい。十三妹(シーサンメイ)

小白龍(シャオパイロン)大銀龍(ダーインロン)!」

「やらせっかよ!」

 エリカの言葉で弾かれるように俺達は移動し、それを阻む様に敵の魔法が行使される。

 何も無い場所で唸りを上げる音が二種類、しかし掛られた魔法はただ一つ。

 

(単純な強化、しかしかなり練り上げられている。使っているのはガラスの剣と鋼の糸か)

 小太刀サイズの強化ガラスと研ぎ澄まされた鋼糸。

 この二つが魔法の影響を受けることで、小太刀どころか大太刀と言っても良いほどの威力を持っている。

 日本で名前を付けるとしたら呼太刀とでも言うレベルのモノだった。

 

「達也、何か言ってから移動しなくてよかったの?」

「問題無い、エリカはおそらく魔法を絡めた武技として予想していたはずだ。千葉に似た技があるか自分で思い付いたんだろう」

 でなければレオの硬化魔法が有効だと断言する筈はあるまい。

 事実、薄羽蜻蛉と呼ばれる布の剣は鋼の糸と同じ威力であっても、女兵士とレオの基礎体力の問題で簡単に押し返して居る。

 それどころか長さを利用し、自己加速と格闘戦でこちらにインファイトを挑んで来たもう一人へ牽制しているくらいだ。

 

「ここに二名しかいないのは敵にも余裕が無いせいだ。俺達が首魁に近づけばそれだけ二人も楽になる」

「それは…そうだけど」

 あの連中は護衛であり、俺達が劉・雲徳に迫ればそれだけで平常心を保てなくなるだろう。

 通常ならば焦りなど覚えない様な訓練をしているとしても、彼らの本分はあくまで護衛なのだ。将軍を討ち取られて面目が経つ筈も無い。

 

 

 やがて俺達が追撃を続けると観念したのか、単純に追い掛けっこが面倒になったのか、一人の老人が公園で待って居た。

 不思議とその周囲に護衛が居ないが…。

 

「大亜連合の劉閣下ですね?」

「やれやれ。龍眼を始末できなかったのが此処まで響いて来るとはな」

 老人は大亜連合の制服を着て胸元に沢山の勲章をぶら下げて居た。

 貫禄のありそうな老人で、九島老師と同じ様な底知れなさを感じる。

 

「しかし連れて来なかったのかね?」

「閣下こそ護衛を連れておられない様ですが…。お互い様と言ったところでしょう」

 美月の目が無いのは痛いが、走りまわる戦いに付いて来られるとは思えないし、護衛に人を割く余裕も無い。

 予め此処に至る前に、何枚かの護符だけ渡してビルの中に隠れて貰った。

 ライフルでも構えて居ると思ってくれれば上々だが、まあ向こうも似たようなものだろう。

 

「援軍の阻止と脱出の問題で鬼門遁甲の使い手が万が一にも負傷しない様に。また戦闘を継続して居る兵士への指揮が途切れない様に…と言ったところではありませんか?」

「その通りだが……ちと頭が固いな」

 肩をすくめながら劉・雲徳は呆れて居た。

 この期に及んで作戦遂行を諦めて居ないどころか、自分の方が遥かに優位だと言わんばかりである。

 

「例えばワシ一人でお主らを蹴散らし、横浜支部までの道のりを踏破すれば問題無いとか、な?」

「お戯れを。捕縛させていただきます」

 言いながら接近し、油断なくCADを構えて射撃態勢に入る。

 自己加速と硬化の準備が始まって居るため、サイオンを練り上げながら撃ち込むことにした。

 

「はっははは!」

「替わり身!?」

「達也、うしろ!」

 牽制を兼ねて術式解体を撃ち込むと、老人の姿はあっけなく崩れた。

 替わりに何枚もの符が散り、幹比古の声で振り向くように見せて、素早く足を払う。

 

(反応はさっきの位置からだったぞ? いつの間に!)

 動きは魔法と生体情報で何となく理解出来るが、精霊の眼で知覚してなおカラクリが信じられない。

 

 そして情報体が移動したことで幹比古の助言よりも先に動き始めて居たが、カウンターなど取れはしない。

 自己加速を掛けてはいたが格闘距離を霞めるようにして離れて居た。

 俺も幹比古も格闘戦を挑んで来ると判断したが、予測を外された形だ。

 

「せっかく若いのだ、頭が固いのはいかんぞ。常に不可視議を想像したまえ」

「例えば…、ワシが二人居るとかネ?」

 軍服を着た老人の他に、怪しげな漢服に身を包み黒焼き眼鏡を付けた姿がそこに在る。

 両脇に移動しながら距離を取り、指先から放電を始めていた。

 

 指先は複雑な印を切り、書き変えられて行く常識は放出系の反応だ。

 紫電が両脇から一気に襲い掛って来る。

 

「左右から同時に…分身には不可能だ。本当に二人!?」

「……いや、二か所から放つことを指定する反応があった。情報を移動させる為の魔法もな」

 雷撃そのものは予想されていた為、帯電させる魔法と避雷の魔法を組み合わせて防御した。

 幹比古が放った一枚目の符で雷撃は一時停止し、焼き切られる前に二枚目の符に移動を始める。俺たちはそれに合わせて回避する事で強烈な一撃を無効化したのだ。

 

「それじゃあ……?」

「雷撃の前に各種の位置情報を放出している。魔法の構築と発散が恐ろしく早い」

 ……信じ難いが一人で二人を演じている。

 正確には数か所の位置に自分の情報を放出し、その内の二か所から雷撃を放つ構成を追加したのだ。

 二か所の位置情報は映像込みだが、それ以外の位置情報は音と生体波動だけ。お陰で精霊の眼を持ってしても追い切れない。

 

(九校戦で大きな魔法を出すのにコンマ何秒を争う勝負が見られるが、これは最低限の魔法式を可能な限り高速でというやつだな。数秒だけ騙せれば良いなら確かにこれで十分か)

 魔法は別に自分の位置から正面に飛ばすだけが能では無い。

 その事は知っていたしやったこともあるが、実際に目の前で数段上の事をやられると呆れるほかはない。

 もっとも俺達に忠告じみた冗談をやってみせた九島老師を考えれば、このくらいの事は用易にやってのけるのだろうが……。

 

「幹比古。九島老師と戦っているんだと思え。そのくらいで丁度いい」

「トリックスターと呼ばれる老師と同格の敵…ね。ありがたくて涙が出て来るよ」

 老師ほど幻影の切り替えは上手くないが、雷撃や電子戦の扱いは上だろう。

 そのくらいの相手だと思えば驚くに値しない。稽古では無く実戦だというのが笑えない所だが、時間制限や増援の可能性を考えればまあ何とかなるかもしれない。

 

「九島…ククク。それは良いネ。あのクソ爺のパレードを参考にしたのヨ。君たち金匙が身内で戦う時が来た時の為に経験値にすると良いネ」

「まあ君らが生きて帰れたらの話だが……」

 言いながら突っ込んで来る老人二人分の姿は、打突の衝撃と共に飛来する化生体だった。

 ひょっとしたら本体は隠れて居る方かと思わせて置いて、そちらには音が無かったり生体波動がなかったり明滅するかのように情報が乱雑に動いている。

 これではどれが本物だと判断するのは早計だろう。

 

「とても一朝一夕で区別できそうにないね。いっそのこと全部攻撃しちゃう?」

「賛成したい所だが予想されてそうで怖いな。放った攻撃を掻き混ぜられて撹乱に使われかねん」

 こちらも幹比古が、領域防御を無効化可能な石礫を放って牽制。

 俺は術式解体をメインにこちらから格闘を行っているのだが、一向に進展しなかった。

 消えて居る場所に撃ち込み、幻影の体を蹴り飛ばしてもそれなり以上の手応えを感じられないのである。

 

「ハッハハッハ! モニター見ながら戦っている内はまだまだヨ」

「っ! こいつこちらの手の内を逆用して…」

 途中何度か精霊の眼で呼んだ情報を、逆手に取られることがあった。

 詳細まで見抜かれているとは思えないが、類似する幾つかの能力は似たような手口で対策されてしまう。

 経験の面で上を行かれている間にイニシアティブを取られ続け、対処し始めると盆をひっくり返される。横浜支部に行くことを重点に置いて居る為に無理に勝利する必要が無いのか、やり難い相手だと言えた。

 

(だが時間の経過はこちらにとって有利だ。外では時間を追うごとに大亜連合の兵士が鎮圧され、歩行戦車は破壊されていく。このまま消耗戦に持ちこんでも……)

 鬼門遁甲は目の前の相手を見失わせるタイプの魔法ではない。

 ハッキリとした目的意識を持って、全包囲を取り囲んでしまえば問題無いだろう。

 それまでこちらが目を離さず、常に監視を続けるだけでも勝てる筈だ……。

 

 そんな後ろ向きな考えを持ち始めた時、消極的差をあざ笑うかのように自体は変化した。

 

「ぬうっ!? ワシの結界を突き破って来るだと?」

『大黒特尉に帰投命令。連合兵の討伐は即座に中止。トーラス・アンド・シルバーの司波さんも直ぐに追撃戦を中止し、CAD調整の為に帰還してください。繰り返します……』

 大亜連合の敷いたジャミングノイズを突き破って強烈な暗号通信が伝達され、暗号文を解いた瞬間に思わず困惑した。

 俺に今まで与えられた任務とは百八十度違った命令が通達されたのだ。

 

(どっちも俺の名前だが、目の前の劉・雲徳を拘束するよりも『アレ』が必要になる事態だと?)

 敵に気が付かれても構わないほど緊急を要する任務? それも追い込んで居る劉・雲徳を放置して帰還しろという。

 一瞬、偽命ではないかと疑ってもおかしくはないだろう。

 だがどちらかといえば優位に進めている劉・雲徳がそんな事をする必要も無いだろう。

 

「どういうことだと思う?」

「…考えたくはないが、横浜は囮だったということだろうな。それ以外に説明が付かん。逆にあのクソ爺がハイペースで魔法を使っている説明も付く」

 要請されているのは戦略魔法である『マテリアル・バースト』使用の為に待機しろということだ。

 

 戦略魔法を使われる危険性を放置して、こちらも戦略魔法を使用せざるを得ない理由……。

 そんな物は大規模侵攻が起きたくらいしかあり得ない。沖縄か九州辺りが狙われているのだろう。そう考えれば俺が精霊の眼を持ってしても追い切れないほどの速度で、劉・雲徳が放出系魔法を繰り返して居る説明にもなる。

 奴は最初から霹靂塔を最大出力で撃ち込む気はなく、関東圏の軍や魔法師を足止めする為に撹乱して居たのだ。戦略魔法師が戦略魔法に使う為の能力を無駄打ちして居るなら、この技量と消耗するサイオンも納得はいく。

 

「クカカカ! とうとうバレてしまったネ。しかし…サポーターとはいえ重要人物が目の前に居るのは勿怪の幸いヨ。人生万事塞翁が馬」

「攻守逆転と行こうか。テンション上げるとしようじゃないかね」

 劉・雲徳は先ほどよりも自分を隠す予備幻覚の数を減らし、替わりに四方から放つ雷電の出力を挙げた。

 周囲から烈風も吹き込み始め、隠蔽工作から攻撃へと主体を変え始める。

 

「吹けよ風! 轟けよ雷鳴!!」

「起風発雷、来たれよ風伯・雨師!」

「精霊を喚起した!? かなり強力な奴だよ!」

 風神と雷神という奴だろうか?

 危険な事態と言わざるを得ないが、逆に言えば戦略魔法を放たれる危険はグっと減った筈だ。

 深雪が担当して居る超電導システムにおける冷却魔法も必要無くなる。そう考えればどこかホっとしている自分を感じた。

 

「達也、君の腕がどうしても必要なんだよね? ここはボクが押さえながら行くよ」

「すまんな。死ぬなよ幹比古」

 こうして横浜での騒乱は終結の方向に向かい、操られたという意味で操乱であったと後に呼称される。

 だがそれも後の話であり、俺たちは決死の覚悟でその場を脱出する事を決めたのである。




 という訳で横浜事変そのものはこの後編で終了です。次回にマテリアルバーストを撃って横浜操乱編は終了。
原作と違い劉・雲徳将軍が現地入りして撹乱工作をやっているので、艦隊は対馬要塞に向けて移動中です。対馬要塞から撃てば勝ちじゃなくて、急いで対馬要塞を救援に向かう必要がある…。という感じになります。
当然ながらマテリアルバーストも撃てば終わりでは無く、より繊細な使い方をする必要があり魔装大隊はかなり焦っております。

●劉・雲徳(捏造設定込み)
 十三使徒の一人で大亜連合の将軍閣下。
強力な雷使いであり、放出系全般を得意とする。ただし同じ放出系でも幻覚の扱いで九島老師に上回られ、過去に敗北しているという設定。
今回の任務は横浜襲撃では無く、関東圏の戦力を誘引し足止めする(特に艦船、空は直行を防ぐ程度)のが役目。
最初から霹靂塔を全力使用する予定はなく、通信撹乱に雷雲誘致による輸送封鎖をメインとして担当しており、そちらに能力を割いているので幹比古は黒コゲになっていない。
(もちろん全力使用で深雪が危険になった場合、達也は躊躇なく雲散霧消(ミスト・ディスパーション)を乱射し始めるので、力をセーブしていたのはお互い様である)

 モデルにしたのは宵闇幻燈草紙の『馬・呑吐』導師と、ジャイアントロボ地球が制止する日に登場する『命の鐘の十常侍』。
これに九島閣下のパレードを下敷きにした化生体分身と、直立戦車の遠隔コントロールとかで代用してる感じ。陳さんの鬼門遁甲と組み合わせると分身を見抜くことはほぼ無理。
呂さんを周先生の下に移動させて最終章の戦力調整したので、急遽でっちあげて大亜連合側の戦力を追加しました。

十三妹(シーサンメイ)
 これは個人の名前では無く、護衛の女性兵士が覚えて居た術式のこと。
・見えない銀の剣
・白龍剣
・銀龍弓
 という三つの術式を用いた体術であり、女兵士は幻覚攻撃・ガラスの剣・鋼線を使うと解釈して使用して居る。
エリカが即座に対応しているのは、単純に似たような秘剣:正宗が千葉家もあること、そして十三妹の武侠小説を知っているから。
なお護衛兵士たちの術式が偏っているのは、霹靂塔(限定)によるEMP影響下でも普通に使える術を中心にして居る為(エリカ・幹比古用の敵という意味も大きいですが)。
部隊としてのモデルは、天空のエスカフローネにおける龍撃隊。

●偏差射撃と統制射撃(プラス領域防御)
 チームによる連携攻撃で、タイミングを変えた射撃と一斉射撃による飽和攻撃での面制圧。
高速体術・硬化防御への解答例であり、相手の回避力・防御力を越えた射撃で排除を行う。
レオや呂さんクラスの防御力があれば効かないが、普通は回避力の限界、魔法防御の限界で射殺されることになる。
とはいえ幻覚で最初から狙う位置が間違っていたり、烈風で一斉攻撃が不可能になると射撃密度が下がって飽和状態にならなくなるので、対処が簡単になってしまう。

●形代呪法
 遅延魔法の限定型で、負担は少なく効果は大きい。
一定の状況下でしか発動せず、その効果を対象AからBへと移動させるというモノ。
主に呪いを無効化する為に使用するが、衝撃などを指定しておけば殴られたり切られたりしても緩和できる。
ただし緩和でしかないので、その場合は硬化魔法などを併用しないと意味が薄まってしまう。
(一定以上のダメージで無効化でき無くなると、魔法が何もせずに消滅すると言う問題を回避できる。という意味では効果は大きい)

 当然ながら体の中で跳ねまわって、内臓をグチャグチャにするタイプの弾丸には全く通用しない。
ヒビが人形に入り続け、いつか許容値を越えてしまう為である。

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