√シルバー【完結】   作:ノイラーテム

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横浜事変:中編

●もって呉下の亜蒙に非ず

 アオザイを礼服に改めたような服をまとった、その人物に注目が集まったのは朝のことだった。

 とある筋の有名人に良く似て居たが、雰囲気も対応も正反対であったことから首を傾げたものだ。普段であれば遠巻きに眺めて裏でひそかに確認を取るのであろうが、この日は襲撃も予想されており直接的な対応が求められた。

 

「失礼。名前をお聞きしてもよろしいですか?」

呂蒙(リュウムン)と申します」

 礼服のまま呼び出された青年は男の朗らかな笑顔に戸惑った。

 とある人物はどちらかと言えば凶悪犯でこそないものの、刃の様な性質として知られていたからだ。納刀された太刀の様に命令無くば人を殺さないが、一度抜けば血を見るまで収まらないとされる魔剣の類。

 

 あるいは密林に佇む人食い虎と呼ばれる男には見えなかった。

 これでは姿が良く似て居ても、職務質問で不躾に尋ねるか悩むのも仕方は有るまい。

 

「三国志の?」

「別人ですよ。大亜連合に呑み込まれた故郷は、その辺りではありますが」

 中国南部であり大亜連合に呑み込まれた国…大漢の亡命者か。

 青年はそう判断しながら、『人を殺したことはありますか?』という質問を中断した。

 亡命者で有れば元軍人であってもおかしくはない。軍人ならば殺すのが当たり前であり、その通りだと答えるだろう。

 

「かなりのお手前と窺います。御手合わせを願えれば幸いなのですが」

「構いませんがこの恰好では勘弁してください。それに貴方は式に参加されるのでしょう? ご細君を悲しませたくはありません」

 3m以内では敵なしとも評される青年を前に、勝つ気でいるとは本来であれば傲岸不遜と言えるだろう。

 しかし、容疑の掛っている人物であればその可能性は高いとも評されている。

 人食い虎と呼ばれる大亜連合の軍人は、白兵戦に置いて最強の魔法師の一角と呼ばれ、青年と同格の存在ではないかと言われるほどなのだ。

 

 

 イベントが終われば試合をしても構わないし、警察が疑うのであれば同行しても良い。

 平然と言われて仕方無く、結局その時は追求を諦めてひそかに監視を付けるだけに留めた。

 だが、この件は思わぬ余波をもたらすのであった。

 

「呂上尉が目撃された? 潜伏ないし、脱出したのか…」

 陳・山祥は行方不明であった副官が見つかったと言う情報に眉を潜めた。

 本来であれば喜ぶべきなのだが、襲撃決行の日に偶然と言うのは出来過ぎて居る。

 

 むしろ呂・剛虎は捕えられており、ワザと脱走させて合流しようとするところを補足する罠だと思われた。

 

(リォウ)閣下。これは我々の動きを探ろうとする日本人(リーベンレン)の策略かもしれません。中止いたしますか?」

「今更! それに党の決定は絶対ヨ。何より…横浜襲撃は囮でしかないネ」

 横浜襲撃は囮。

 予測されていながら予定を変えないのは、それが主な理由であった。

 

 首都圏への直撃を警戒させ戦力を誘引し、可能であれば横浜の魔法支部に存在するデータバンクの占拠を目論む。

 だが本命は九州地方であり、その過程で対馬要塞は確実に叩き潰す事にある。

 

「茶番はここまでだ」

 そして劉と呼ばれた老人は笑みを消し怪し、極色彩の服から軍服へと着変えた。

 一人の将軍として立った一つの命令を下したのである。

「全隊に出撃を命じる」

「「(シー)」」

 劉の言葉に恭しく、陳や周囲に居た者たちが受諾の言葉を返す。

 貨物船に偽装した揚陸船よりコマンド達が上陸し、分散して日本に到着していた分隊も終結を完了した。

 それだけではない…モノを言わぬ機械たちが唸りを上げ、一同の尖兵として街を駆け抜けたのである。

 

●龍の巣

『九・天・応・元・雷・声・普・化・天・尊! 来たれ雷公、霹靂塔!』

 古式魔法を現代魔法で補う戦略魔法が、限定的に実行された。

 風にのってナニカが撒き散らされ、そのラインに雷が走り始める。

 だが二度・三度、いいや! それ以上の頻度で続けざまに稲妻が落ちるのは異様と言う他ない。

 

 あえて言うならば、稲妻が落ちる場所が限定されているのが不思議であった。

 

「やった! 成功したぞ!」

「雷撃は予定通りに避雷針に落ちました。被害は皆無という程ではありませんが、許容範囲内です」

 ランダムに抵抗値が低下した場所よりも、ゼロになった場所へ雷撃が落ちた。

 超電導効果により被害はおさえられ、対策本部が湧きかえるのも仕方の無いことであろう。

 

 だが、それだけの成果にも関わらず一部の魔法師は顔が暗い。

 

「いかんな。一部を吸収できれば恩の字なのに、成果が上がり過ぎて居る」

「これほどに被害が抑えられる筈が無い。連中が横浜支部を壊すわけにはいかないとしても、だ」

「では…」

 上層部や研究者たちが冷静さを保ち、むしろ悲観的な話題を始めたことで、その場に居た者たちは静まり返った。

 楽観論者が対策班に多い筈もない。現実に即して議論を始めた。

 

「様子見だろうな。レリックに限定保存しただけで、劉・雲徳は大陸に居る…と言う方が助かるんだが」

「それだと別の問題が出ますよ。連中が様子見して居るなら、次を撃たれる前になんとかしませんと」

 攻撃側は小出しに使うことで、序盤は撹乱攻撃でも構わない。

 だが防御側は常に全力で冷却魔法を使用せざるを得ず、それですら霹靂塔を封じ込められるとは限らないのだ。

 

 物理現象は守り切れない場合でも防護に応じた軽減効果を得られるが、魔法現象は貫通された時点で防護そのものが無かったことになる。

 ゆえに場所と状況を選べることが奇襲攻撃の利であり、強度の差が戦略魔法の利でもあった。

 

「後手に回るのはマズイ。各部隊から精鋭を抽出し、遊撃隊に増援を付けて該当区画を制圧すべきだ」

「既に一部を派遣しましたが…。辿り着けて無い様です」

「噂に聞く鬼門遁甲か…仕方無い。既に現地入りしているメンバーだけで劉・雲徳を何とかするしかない」

 この場に出来ないからと言って嘆くような人間はいない。

 可能な範囲で現実的な作戦を立案し、即座に対応策とメンバーのリストが作成されていく。

 ステルス兵に対処して居る達也の元に、新たな指令が届くのはそう遠いことでは無いだろう。

 

「おそらく幹比古の分野だとは思うが、何か判るか?」

「多分だけど、電子金蚕の亜種じゃないかな。術の発動を代行するけど特定の一つしかできない。それも使い手の性質を最後のパーツにした形で」

 達也が敵兵のCADもどきを渡すと、幹比古は兵士から髪の毛を一本切り取った。

 そして手持ちの呪符と結びつけ、簡単な術を組み上げる。

 

 すると幹比古の姿がボヤけ、良く見ないと朧ろげにしか視認でき無くなっていく。

 もちろん両者が立ち止った状況でなら見分けるのは容易いが、互いに動き回っていればそれも難しくなる。

 ましてや移動しながら銃撃を当てるなど不可能に近くなる筈だ。

 

「光学迷彩だけとはいえ、浸透攻撃に併用されると面倒だな」

「CADが使えなくなることを想定して電子金蚕の亜種を使ってるんだろうけど、柴田さんが居てくれて助かったよ」

「あーらあ? ミキってば美月が側に居るだけで心強いんじゃなーい? 君だけは僕が護るよ! なんちゃって」

「エリカちゃん…」

 一同がそんなやり取りで分析して居ると、達也の元に通信が入る。

 

『聞こ…え…る達也…くん?』

「はい。先ほどのEMPの影響もありますがありますが、なんとかステルス兵を始末して居ます」

 このチームは美月が視認できることと、幹比古の精霊もあって隠れた敵兵の討伐も早い。

 武装CADは元々単純な作りゆえに電磁波攻撃に強く、エリカやレオも銃撃さえ受けなければ白兵戦こそが得意分野なので、いわゆる学兵には収まらないスコアを叩きだして居た。

 

 その報告を終えるころには通信回線が整え直され、明瞭な言葉が送られてくる。

『そう…活躍中の所を悪いのだけれど、所定の場所に移動してくれるかしら? そこに今回の首謀者が待ち受けて居る筈よ』

「了解しました。急襲して敵司令部を直撃、可能であれば討ち取るという優先で構いませんね?」

 申し訳なさそうな言葉は、一体誰に向けた者か。

 その意味を達也は見逃さなかった。

 

(秘匿性の怪しい通信で、か。俺たちは鼠を誘き出すチーズと言う訳だな。まあ再生魔法で断頭作戦を無効化しろというよりはマシかもしれん)

 再生魔法ならば、こちらの中級指揮官・仮説本部を狙ったステルス兵の狙いを阻止できる。

 だが再生魔法を使えば、達也が受けるダメージは並大抵ではない。

 傷こそ受けないが、強烈なショックを何度も受ける羽目になる。

 

 対してこちらも断頭作戦を実行し、敵にそれを周知させる。

 そのことで戦力を引き戻らせて、攻守の逆転を狙っているのだろう。

 

「それで、劉・雲徳はどうしますか? 場合によっては防がれることも前提に、過剰な攻撃を叩き込む必要もありますが」

『戦時協定だけ守ってくれれば何をしても構わないわ。その場合は秘匿戦力の公示も許可するとのことです。…まあ達也くんのお友達ならば黙っててくれると想うけどね』

 降伏した敵兵は殺してはならない、指揮官の扱いは序列に準ずる。

 またNBC兵器に反する非人道的な攻撃をしてはならない。

 その上で秘匿戦力…達也の力を隠さずにいて良いということは、あまりにも明確な支持であった。

 

(エレメンタルサイトと雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)…場合によっては限定的なマテリアル・バーストも使えと言うことか。まあ、十三使徒相手に手加減する方が難しい。妥当な判断だし手の内を見せておくのは良い機会だな)

 心の中でそう呟きながらも、どこまで手の内を見せるか冷静に計算を働かせる。

 能力がレアな事を除いても、気が合う者の中でも陽性で自身の闇の部分を打ち消してくれる彼らは、達也にとっては本当の意味で友人と言って良い相手だった。

 だからこそいつか本性を出しても見限られない様にしておきたいし、かといって全てを出すのも憚られる。

 

 また秘匿解除の許可を受けたと言っても、全てを晒す許可など出て居ないし、その必要性も無いと言えた。

 エリカにも言えることだが奥義の一部を見せて居るだけで、互いに全ての手札を見せ合う仲でもないのだ。

 

「ねえねえ、達也君。どんな指示を受けたの?」

「これから向かう先に敵指揮官が居る。そいつを叩けという命令だが、強力な魔法師なので無理に始末しなくても良いという脱出許可だな」

「げえ。それってボス戦ってことかよ」

 エリカとレオに説明しながら、達也は地図を広げて見せた。

 アナログな紙媒体であるが、電磁攻撃で端末が使い難い状況ではこちらの方が見易い。

 

「重要なことを説明するが、敵は鬼門遁甲という魔法を外縁に使用しているから増援の当ては難しい。敵兵の進路方向に居る味方に足止めをしてもらうのが精々だろうな」

「…確か認識を書きかえられて、向かっている方向をズラされてしまうんだっけ?」

「大丈夫だって、こっちには美月が居るんだからさ。ちゃんとミキが守ってあげるのよ? 怪我なんてさせたら男として責任を取るよーに!」

「え、エリカちゃん!?」

 エリカの茶々入れには苦笑する他ないが、ながち間違ってはいない。

 美月の目は精霊を見抜き、魔法も種類によっては見分けてしまうほどだ。

 鬼門遁甲の内部に居る者だけしか敵司令部を叩けないが、仮に撤退する必要が出来たとしても、もう一度攻め入る事が出来るのはこの班だけだろう。

 

 こうして一同は劉・雲徳目指して移動を開始。

 予定を早めて動き出した大亜連合艦隊の事を知らないままに、鬼門遁甲陣のなか深くへ侵入するのであった。

 

●十絶が理の内、木門の戦い

 俺たちが移動を開始して暫く、美月の力のありがたさが良く判った。

 エリカの言葉じゃないが、居てくれるだけで助かるし、居なければどれほどの被害が発生するか判らなかっただろう。

 

「そこ、何か隠れてます。多分、糸…かな」

「鋼糸か。ステルス兵以外にもこんな物を仕掛けて居るとは」

「時間稼ぎを目的としてるんだろうね。急がないとまた霹靂塔が撃たれてしまう」

 透明な糸が首に当たる位置や、バイクに登場した場合の位置に張ってあった。

 張り巡らせたという程ではないが、高速移動する魔法師を躊躇わせるには十分だろう。

 思念の当射を監視するエレメンタルサイトでは行使するタイミングならともかく、既に張ったマジック・トラップは見分けにくいので視野全体を見渡せる美月の目は非常にありがたい。

 

「姿を隠した敵兵だけじゃなくて、こんなモノまで用意してるなんてね。…でもこの先に居るってのは間違いなさそうじゃない?」

「フェイントの可能性も捨てきれんが、そうだと思って対処する方が良いな。ここから先は護衛として精鋭が待って居ると見るべきだ」

 鬼門遁甲は攻撃にも併用できるようだが、本来は防御の陣だろう。

 こちらの戦力は制限され、あちらの戦力は効率的な場所に配置されている。

 厄介極りないが、今回は指令部を直撃だけすれば良いと言うのが幸いだった。

 

 やがてトラップでは留めきれないと判断したのか、それとも俺達が本部に通信を入れているせいか、敵兵が阻止に現れたのだ。

 直接見えない場所だがエレメンタル・サイトに魔法行使が引掛った後、再び美月が場所を指摘してその場所を教えてくれる。

 

「今度はあちらです。わわっ、凄い早い」

「っと! 今の…飛び剣かな?」

「いや…普通の投擲攻撃だ。気をつけろ!」

 眼で見た時に魔法の発動は小さく二回。

 双方とも同じ術式だったので、剣を移動させる飛び剣を使用したのでは無く、あれが姿隠しの魔法(インジビリティ)だろう。

 姿を隠したまま接近し、先頭行くエリカに投げつけたのだ。

 エリカだから殺気で避けられたが俺なら微妙、他のメンバーでは少し難しいほどだ。

 

(チィ)!」

「二連撃? なんとぉ!」

「…今度こそ飛び剣だな。投擲攻撃とタイミングを組み合わせて居る」

 それほど多くの装備に魔法を掛けられないのか、それとも攻撃の方に重点を置いているのか。

 投げつけられた短剣も、魔法の移動攻撃である飛び剣も肉眼視できた。

 

 そう思った矢先、またしても美月のフォローが入った。

「エリカちゃん、後ろ! さっきの消えてる剣が浮いてるの!」

「ちょっ! ミキ、あんたの担当なんだから何とかしてよ!」

「やってるよ!」

 二重・三重の連続攻撃。

 流石に将軍格の護衛らしく、短剣だけで中々に焦らせてくれる。

 幹比古の雷童子が炸裂し、姿を隠した敵兵を沈黙させるまで気は抜けなかった。

 

 だがそれでも俺たちは、敵の連携を侮って言たと言えるだろう。

 そいつは必殺にして布石であり、次なる刺客の為の段取りに過ぎなかったのだ。

 

「今度は姿を隠してない? 白兵戦上等ってことかしら」

「そんな訳ないだろう。さっきの飛び剣とは違う術式を仕掛けたまま走って来る。油断するなよ」

 走り込んで来る敵兵は、姿隠しが無意味と知ってかそのまま飛び出して来たのだ。

 だが短剣には何かの魔法が仕掛けてある。移動系の魔法だろうが、飛び剣とは多少性質が違っていた。

 

(リィー)! (フェイ)!」

「跳ね返した剣が戻ってくる? あーもう!」

「…磁性伝導か。受けるな、出来るだけ避けろ」

 エレメンタルサイトのことは簡単に説明し、魔法を知覚するのが得意だと説明しておいた。

 再生と組み合わせない場合はそんな物だし、ここまでであれば披露しても問題無い。

 

(だが…なぜ連中は一人ずつ掛って来るんだ? 悪手の筈だが)

 軍隊なのだから武侠小説の様に一騎打ちを挑んで来る必要はない。

 もちろん連中にも事情はあり、多方面への警戒と足止めに過ぎないという理由は判るのだが…。

 それでも数名の兵士が統制射撃をするだけで、凄腕の剣士であるエリカの戦闘力は無いも同然になる筈だ。

 

(もっともその為に幹比古を後出しで待機させた上、レオを防御に残してるんだがな)

 幹比古ならば姿を隠した相手を範囲ごと薙ぎ払える。

 四方に配置してタイミングをズラしたとしても、レオの硬化魔法ならばライフル弾までなら十分に防げるのだ。

 流石に対戦車級のパワーライフル相手に試す気は無いが、その場合は取り回しの問題があるので有効射程に近寄る前に対処出来るのだが…。

 

 結果として相手の動きが読めるよりも早く、対処される方が先だった。

 相手も軍隊であり、名うての魔法師である。考えて見れば自身の魔法に絶対の信頼を置いており、それに対処出来る特殊性があるならば排除するのは当然であったのだ。

 断頭戦術をやっているのだから当然、魔法に寄らない排除手段を連れて来ているということを常に念頭に置くべきだった。

 

 パスンと軽い音が身近な場所から聞こえた。

 エリカが敵の魔法師を倒す剣戟の音の方が大きいくらいで、ソレが着弾の音だと理解するまで僅かな時間が流れてしまう。

 

「えっ…」

「どうしたの美月…って、ちょっと! 血が出てるじゃない」

「柴田さん、柴田さん!」

(やられた。狙撃兵か!)

 敵は冷静に、『何故、鬼門遁甲の中を正確に移動できるか』を観察して居たのだ。

 考えて見れば当たり前の話で、だからこそレオを美月の防御に当てて居た。

 

 だが遥か遠距離からの狙撃を完全に防げるはずが無い。

 つまり目の前の敵が倒されたのは美月の能力を再確認するためであり、狙撃に十分な位置まで移動する為の時間稼ぎであったのだ。

 

「嘘でしょ美月! ミキ、なんとかならないの!?」

「やってるけど…この血の量じゃ…。ゴメン、柴田さん…僕が不甲斐無いばっかりに」

「幹比古のせいじゃねえ。…オレがちゃんと守ってやれていれば…」

(護れない場所を選んだ以上はガードして居ても無理だとは思うが…。まあいい、効率を考えれば狙撃兵の排除が先だな)

 湧きあがる怒りを感じる。

 しかし怒りの感情が俺にもあるのだと、美月がかけがえのない存在の一人だと判断出来たという冷静さを我ながら情けないと思う。

 むしろ深雪に合わせる顔が無いな…という気持ちの方が強いのだから笑うしかない。

 

(絶対にトドメを刺して来る筈だ。そこで場所を把握するしかないな)

 俺は美月の周囲の中で、射線が確保できる場所を埋めることにした。

 同時にエレメンタル・サイトを最大限に発揮し、場所を変える為の移動魔法であろうと、生体情報であろうと見逃さない様に注視し始める。

 

「…啼かないでよエリカちゃん。そんなの似…」

「喋らないで美月。こんな傷はミキが直ぐに塞いで…」

「駄目だ…留らない。血だけじゃない気が漏れてる」

 啼き邪来る友人たちの声を排除して探査に没頭する。

 彼らは人非人と呼ぶかもしれないが、これが最効率だ。

 それに…仲間を殺した…。いや殺そうとした奴を許せそうにない。

 

「ごめん、ね。吉田君。わたし、本当は…吉田君の事…」

「柴田さん!」

「こんな時くらい、名前で呼んであげなさいよ! この朴念仁! …達也君も最後にお別れを…」

「…見付けた」

 ライフル弾の衝撃が俺を貫通して、美月に更なる追い打ちを掛けたのが判る。

 瀕死だった美月は完全な致命傷状態だ。既に喋る事もできない。あとは秒読みで死ぬのを待つだけだろう。

 

「オン・マケイ・シュラヴァヤ・ソワカ。…今日は誰も止める者が居ないようだな」

 弾道だけでなく、血の流れや風を元に相手の位置を探る。

 エレメンタル・サイトと再生を併用し、自己修復と同時に相手の生命情報も得ておいた。

 

 これで逃がす事は無い。

 そして無意味な真言を唱えても、本当の力を隠す意味はないのだと理解してからトリガーを引く。

 俺が持つもう一つの固有魔法、分解を元にする雲散霧消(ミスト・ディスパージョン)が狙撃兵を消し去ったのはその時だった。

 

「達也君まで!? 嘘でしょ…」

「いや、俺の方は問題無い。だが待たせたな。今から治療する」

 再生魔法により俺の体は自動的に修復されたが、それを説明している暇など無い。

 既に青い顔をしている美月に対し、先ほどとは逆のCADを…他人に再生魔法を掛ける為に向ける。

 

「何を…する気なんだ?」

「黙って見て居ろ。それとレオ、反動で俺が倒れたら万が一に備えて美月を守ってやってくれ」

「わ、判った。何か…治療する魔法があるんだな?」

 俺は答えるよりも先にトリガーを引いた。

 再生魔法が即座に美月を癒し…。掛った時間に反比例する形で俺に猛烈な痛みが返ってくる。

 

「カハっ! ゴホっ。ゴホっ」

「柴田さ…。美月! しっかりして!」

「血を吐き出させた方が良いな。ああ、レオはそのまま射線を遮って居てくれ。今の状態だと狙撃兵はともかく…コマンドが群がるだけで危険だ」

「達也くんまで顔が真っ青になってるじゃない!」

 ぜえぜえと息を吐く。

 美月と俺のどちらが大きいかは判らないが、山場は越した筈だった。

 

「何をしたのか聞いても良い?」

「型代…じゃないよね? あれは準備が沢山いるし…もしかして封絶?」

「俺の固有魔法だ。フレイムヘイズが張る結界より有効期間は長いが、対象者が受けた痛みを圧縮して受け取った。だからまあ、ダメージこそ移さないが…多用はできんな」

「えらく強力だが反動はでかいってやつだな。そりゃ隠し技にするってもんだ。もうちょっと休んでおけよ」

 俺は首を振りながら移動を提案した。

 ここで立ち止まっては敵の思惑に乗るのと同義語であるし、何より敵が新たな戦力を送り込んで来る可能性が高い。

 逆に逃げる可能性もあるし、ここは美月の回復を最優先にしつつ、敵司令部を叩くまでに気力を回復するべきだろう。

 

「…いずれにせよ、連中を許す気は無いからな」




 と言う訳で、横浜事変の中編で相手の本陣に迫った形です。
後編で陳さん・劉さんと対決と言う形になります。

●爽やか呂さん
謎の好男子です。
いかつい体格で拳法が上手くて、決闘を挑んで来る相手の奥さんに配慮まで出来るらしいですよ。
男子三日会わなければ活目してみるべきかもしれません。
得意魔法は軽身功だとか。船の上では体術が重要なのだそうです。
最終章でまた出てきます。今回は味方の様な感じでしたが…。

●リトル霹靂塔と謎の散布物
 範囲を絞った上に、誘導体をばらまいて地形の気を『木』に変更して居ます。
日本軍が対抗して居そうなので、コストを下げて様子見をした感じになります。超伝道パワーで避雷針作ったけど、稼働限界がバレちゃった感じ。
こちらが動きを読んで対策する以上、相手も同じことをしないはずはないので、お互いにガップリ四つになっています。
千日手に見えるけど出せる火力は大亜側、全体としては日本と言う感じ。
お互いに千日手で時間稼ぎしつつ、本命は別と言うのも同じです。

●木門陣(化血陣+風咆陣)
 見えない敵兵、見えないトラップ、それらを幾重にも配置して迫る敵を粉砕する古式ゆかしい陣形です。
それらを美月が排除して居るのを察知したので、あきらかに得意能力者が居る。ゆえになんとかしないと! と狙撃兵が送り込まれました。
終盤に出て来た武侠たちはその為の囮であり、劉将軍が脱出するまでの時間稼ぎになります。

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