√シルバー【完結】   作:ノイラーテム

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いざない

●不誠実なオファー

 

 突然の訪問者、七草・真由美からの要請は驚くべきものだった。

 第一高校に入学して欲しいとのことだが、生徒会長に就任したと言うが何をやらかす気なのだろうか。

 

「自分の実力は二科生止まりかと思われます。どのような意図か測りかねますが?」

 シルバーとして公表しているデータの中には、俺の能力程度も含まれている。

 魔法師としての才能は低いが、サイオン量やコントロール力を活かして研究に役立てたと言う程度であるが…。

 

 俺の実力は補欠である二科生であり、将来を約束される一科生には程遠いのだ。

 他の学校からはせいぜい、試験機の提供をした会社や購入を考慮している会社のOBが勧めるくらいである(研究系大学からの飛び級は除く)。

 

「存じ上げております。忌憚なく失礼な言い方をするならば、二科生だからこそ…来ていただきたいのです」

 七草嬢はここで、あえて直球で勝負をしてきた。

「失礼なっ!」

「琢磨、座れ。…すまないが少し静かにしていてくれ。熟考を擁することのようだ」

 ならば続きを聞かねばならないだろう。

 

 闖入した七宝はそのままに(維持の悪い言い方をすれば、遮る為の牽制役になる)。

 続きを促すために、場を整えることにした。

「長くなりそうですので、御好きな飲み物をどうぞ。…さて、二科生を増やしてどんな意味があるのでしょうか」

 まさか機材の調整を安く済ませようと言う訳でもあるまい。

 

 京都の二高なら古式魔法を学べるかもしれないし、静岡にある技術系の四校なら開発者としては悪い環境では無いが、どちらも妹の深雪を考えればメリットはない。

 首都圏にあることもあり、一高への進学は本家の横槍が無ければ本命ではある。

 実際に願書は提出してあるし、変えろと言われない限りは受験予定なのだが…。

 

 あえて難色を示してみるというか、どんな目的なのか興味があった。

 それに、無条件に頷くのも良いが、条件を引き出せるなら無意味な時間潰しでもあるまい。

 

「一科生と二科生の対立を快く思っては居ません。それに、元はと言えば制度上の意味が無いのは御存じでしょうか?」

「寡聞にして聞いたことはありませんが、よろしければ説明をお願いします」

 正規の生徒で精鋭であることを誰からも要望される一科生。

 補欠であり戦力の足しとして急遽追加された二科生。

 その対立というか隔たりは大きいと言うのは知っているが、まさか制度上の意味が無いとは知らなかった。

 

 自分自身が二科生止まりなこともあり、姿勢を正して興味深く拝聴する事にしよう。

 

「始まりは知っての通り定員を増やしたことに寄ります。現在でもカリキュラムそのものは同じなのですが…」

 俺の興味がわいたこともあり、七草嬢は紅茶のカップを置いて本腰を入れ始める。

「当初は枠を増やしただけで、意味はありませんでした。ただ単に、エンブレムの発注が間にあわなかったというだけです」

「それが何故、今の様な構造が生まれたのですか?」

 あるいは、これを伝えることこそが本命であったのかもしれない。

 真摯な瞳で語りかけて来る。

 それで頷く訳ではないが、興味だけなら非常にそそられる話だった。

 

「根源的な問題は人員です。必要に駆られて生徒を急遽増やしても、教師までは無理です。特に致命的だったのが…」

 七草嬢はそこで言葉を区切り息を整える。

 一気にしゃべってしまった反動なのか、僅かに顔を赤くして元の衛身を取り戻した。

 

「教育原理の管理限界がそのまま魔法に、いえ才能の延び代はその比ではありませんでした」

「あっ…そうか」

「なるほど。教育原理までは存じ上げませんが、人を育てるのが難しいのは良く判ります」

 七草嬢の言葉に七宝は顔色を変える。

 それはそうだろう。

 現時点で戦術級魔法師との境目にいるが、ついこの間まではそれほどの範囲火力は有して居なかったのだ。

 それを見出したあいつや、交代する形で育てた俺のような者が居なければ急成長しなかったに違いあるまい。

 

「教育原理では一般に20名程度、聞くのが主な教育でもその倍が限度とされています。そして、才能を伸ばすのは僅か3名から5名ほどとか」

 同じ様に埋もれた才能の持ち主は結構いるはずだ。

 魔法の才能は遺伝する為に、七宝のようなナンバーズ出身の一科生の方が大きく伸びる傾向は顕著であるだろう。

 教えるのが数名の方が良いのは、いわゆる個人向けの学習塾が一時増えたことからも窺える。

 

「そして代を重ねることで、今度は慣習例やデータに基づく制限に変わったと言う訳です」

「BS魔法師のような超特化型は別にして、育てる人も時間も無いから二科生には不要…と。夢の無い話だ」

 逆にもともとの才能が俺のように特化しており、入学時点で二科生止まりの者が、そこから教育を受けなければどうなるかはおして知るべし。

 

「そこで私は、二科生と一科生の間に横たわる軋轢を解消し、異なる未来を作る為に司波さんに一高へ入学していただきたいのです」

「とはいえ二科生に何ができるやら」

 一科生と同じ程度に調整し直したCADなら用意できるだろうが、それ以上の断言は出来かねる。

 それに、この女は重要な事を言っては居ない。

 血統で才能の影響が大きいこのご時世で、推薦入学などあるはずもないが…。

 

 入学に便宜を図るとも、その後に何を…とも口にはしていないのだ。

 今の話を聞く限り学校サイドの後押し無しでやって見せ、制度を改革しようと言うのが透けて見えるが、聡明な思想に共感する必要があるとは思えない。

 この女は本家が俺の予定とは異なる道を示した時に、異議を提示するだけのメリットを提示してくれるのだろうか?

 

●人と人との掛け橋、セブンブリッジ

 

 気が付けば俺は、十師族の七草としての付き合いだけではなく、何かの意義を求め始めて居た。

 メリットがあれば頷きたいという心の表れであり、大きな振れ幅の無い俺の心が、理由を求めているのだろう。

 

「我が高の二科生で、司・甲さんを御存じですか?」

「今年の剣術大会で同じ一高の…それも一科生を破って優勝した方でしょう?」

 あの時はちょっとした話題に成ったので良く覚えて居る。

 

 純粋なスポーツの剣道ならともかく、魔法を交えた今日の剣術において二科生と一科生の差は大きい。

 だが司・甲という男は類い稀な防御技術で勝ち進み、決勝戦は僅差で勝利を飾ったのだ。

 極度の緊張感を擁したらしく、大会後に倒れて入院したと言うのも、話題に成った大きな原因なのだが。

 

「その司さんはその…あまり大きな声では言えないのですが、 霊子放射光過敏症なのですけど、お兄さんの指導もあって大幅に改善。試合に活かしたそうなのです」

「ほう…? 確かに広めない方が良い話ですが、興味がそそられますね」

 その話を聞いた時、俺は二つのことに思い至った。

 一つめは二科生が一科生に勝利出来た理由であり、二つめは症状の改善という言葉への違和感だ。

 

 人は誰しもがサイオンや魔法の輝きに対し、必要以上の量を意図的に遮断して受け取る。

 霊子放射光過敏症は一般に『見え過ぎ病』と呼ばれており、誰しもが持っている遮光機能が無い代わりに、無意識に見えない様にされた細工を容易く見抜き易いのだ。

 ゆえに、使いこなす事ができれば魔法を伴う剣を防ぎ易いのは確か。

 

(だが、改善するような病じゃない。強いて言うなら制御力の向上だがそれも普通はあり得ない)

 俺が違和感を覚えたのは、使いこなしたと言うのではなく、改善したと言う良い回しだ。

 司とやらの兄弟が詳しくないのであればそう言う可能性もあるが、困ってる当事者がそんな事を言うだろうか?

 

 俺がそんな他愛のない疑問にとらわれて居ると、七草嬢はそのまま喋り続けていたらしい。

「司波さんなら彼の様な人がお客なら、専用の魔法式やCADを用意できるのではないですか?」

「…? ええ、まあ。そうですね。特殊な目と体捌きがあることを前提に、慣性制御に特化した体術補助を組むでしょう」

 思わず答えしてしまったが、高度な体術にとっての鬼門は圧倒的なパワーかスピードだ。

 自己加速を極めたり、高周波以上の超震動で足を止められると、流石に手が出ない。

 

 迂闊にも受け答えの前後を聞き飛ばしてしまったが、七草嬢は感心し、七宝はウンウンと自慢げに頷いて居る。

 どうやら話の筋的には間違って居ない様だが…。

 

「ということは、彼の様に特化した二科生が居れば、判り易く一科生だけが優れているのではないと示せると思います」

「確かに一人二人なら例外で済まされますが、十人・二十人と出てくれば教育方針の方が間違っているでしょう」

 ここまで来れば、話の流れと要望が見えて来る。

 七草嬢はエンブレムの不備と、認識のすれ違いから始まった今の制度に対し、数多くの実績を生み出す事で覆そうとしているのだ。

 

 あくまで能力が評価対象外に偏っているだけであり、基準が違うか、十全に活かせば劣ってなど居ない。

 …それは常々、妹が俺を慰めるために言ってくれていることであり、今では俺のささやかな心情でもある。

 

 もし七草嬢が俺の共犯者として誘い、彼女もまた俺の共犯者足る覚悟があるのであれば、乗っても良いかもしれない。

 思えば頷いても良いと言うメリットを無意識の内に探していたのも、この答えを欲していたのだろう。

 

「興味のあるお言葉でしたが、妹の意見もありますので一存では答えることが出来ません。ですが…」

 俺は一応の体裁を整えつつ、断りではなく別の言葉を告げた。

「特性を活かすための技術者や見識の持ち主を御紹介いただかねば、始めることすらできません。そのことを御理解下さい」

「ということは、妹さん次第で…」

 俺は言葉には出さず、頷きもしなかった。

 ただ、七宝の為に用意した特殊なCADの箱を掲げて、テーブルの上に開いて見せる。

 

「お兄さま、そのペーパーナイフはもしや…」

「これはミリオン・エッジ専用の特殊CADでして、刻印魔法を使用しているのですが…。生憎と門外漢ですので効率が良くありません」

「っ! では専門家を紹介できると思います。…多分ですけど、共通の名前が思い浮かんでいるのではないでしょうか」

 五十里という刻印魔法の権威があり、その子弟が一高に通って居るはずだった。

 彼への紹介を暗に要請すると、七草嬢は入学を条件とせずに頷く。

 それは五十里家に関わらず、こちらが欲しいコネクションを提供してくれるならば、入学できない場合でも協力すると言うサインであり、了承でもあった。

 

 七草家は精鋭こそ少ないが、様々な家とのパイプが太い。

 それはこれから『紅世の徒』を調べるために必要なモノではあるし、特化した魔法師を活かす経験自体は四葉家に取っても役立つだろう。

 

 そう思いながら、俺はペーパーナイフを取りあげて七宝に手渡した。

「と言う訳で済まないが、場合によっては直ぐにバ-ジョンアップしてしまうかもしれん」

「いいえ、いいえ! 専用の魔法とCADを持つ者がどれほど居ましょうか! 大切にしますね!」

 七宝は嬉しそうな顔でペーパーナイフを眺め、柄に当たる部分にCADの本体が在ることに気が付いた。

「中はミリオン・エッジと、何かに特化した硬化魔法…ですか?」

「サイズを小さくするとそれが限界だった。そこの紙の上でサイオンを通してみると良い」

 鞄に入っている紙の上で、サイオンを流した瞬間、紙の刃がペーパーナイフの上に張りついて行く。

 見る見るうちに太刀と呼ぶに相応しい程の長さに成ったのである。

 

「護身用の小太刀ならぬ呼太刀というところかな? さて、お客様を放置してしまいました、申し訳ありません」

「いえいえ。お手並みを見れて、返って申し訳ないくらいです」

 俺と七草嬢は顔を見合わせて苦笑し合った。

 互いに実用例を見せ、確認して納得する為の儀式なのだ。

 それこそ話を引き合いに出した七宝にこそ謝るべきであろう。

 

「そうだ。これからは同じ学校に通う学生同士ですし、もっと砕けた良い方で呼び合いませんか? …えーと、私の事は真由美でもお姉さんでも構わないけど」

「…妹次第と申し上げましたがね。まあ、お手柔らかにお願いしますよ、会長」

 どこかで見たノリに、そういえば上流階級にも流行りと廃りがあるのを思い出した。

 四葉・真夜、藤林・響子、そして七草・真由美。

 俺の回りにはこのタイプが集まるのか、あるいはこのタイプが主流に成り易いのだろうか?

 

(それはそれとして、本家の意向窺いとは別に、師匠の所にも顔を出さないとな…)

 一高に入学するにしろ、仮想敵として別の学校に入学するにしろ、それらは必要なことだ。

 本家が何も言わないならばそのまま入学するつもりであるし、場合によっては何らかのメリットを提示して提案するべきだろう。

 そして…この辺りを根城にする現代の忍者である師匠に、問うておきたい事が出来たからである。




という訳で、オファーを受けて意図的に騒動を起こす為に一高入学を目指す事になります。
風紀委員が空いてる話は意味が変わって、真由美さんがあえて選んでいないことになり、服部くんが挑んで来るのも理由が変わります。
パパっと本家の許可が下りて、次回に師匠・入学試験、入学式…までいくかなあ? という感じでしょうか?
 あと、琢磨くんの専用CADですが、レオが使ったアレを参考に、千本桜の逆パターンにしてみました。
ペーパーナイフ自体に硬化魔法も掛けられるけど、紙の上でやると太刀になる護衛用武器です。
まあ盾に出来る鉄扇の方が良いんでしょうけど、千本桜がしたかっただけになります。

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