●仕組まれた戦い
論文コンペに俺が提出した内容はそう大したものではない。
用意した設備は今までも存在したサポート・システムを大掛りにして、それを賄う為に大用量の動力供給源を付け足しただけのモノだ。
だがこれまでのように高い能力の持ち主が、高難度の魔法を使うことを前提とはしていない。
「…むしろ低い能力を基準として自己啓発を図り、核融合炉からのエネルギー伝道をサポートとして得られれば、これまでよりもずっと人々が魔法に親しむ事が出来るでしょう」
これまでと異なるのは高い能力を持つ十師族のような者を基準とするのでは無い。
むしろ二科生や、適性が無いと評価される者を基準として据える。
そしてサポート・システムの方を大用量にする事で、誰もが魔法を使えるようにするというモノである。
この案に対しての評価は大きく二つに分かれるだろう。
既に能力がある者にとっては得られる恩恵が小さく、制約を付けてまで精密にコントロールするほどのことではないと言う論。
逆に現状では魔法を使えない層にアピールすることで、多くの対象者が魔法を得ることに意味があるという論だ。
(概ね軍に近い筋では前者、産業界では後者の意見になるか?)
融合炉を前提としたのでは戦力が特に増えない軍。
魔法先進国の日本ですら3万人しか魔法師が居らず、もっと商業・文化的な対象者を増やしたいと言う産業界。
この二つの意見が異なるのは仕方が無いし、融合炉も目途が立っているだけに過ぎない。
(とはいえここではそれほど関係あるまい。評価はともあれ『予定通り』なら時間も無いはずだしな)
学術コンペだけに一般票として生徒の票(各校の生徒会長になるのが通例)があるし、戦力だの利益だのは関係ない。
それらを排除した投票が行われる筈なのだが、今日この日をXデーとして大亜連合が仕掛けて来ると予想されていた。
午後から予定されている仮装イベントが始まるまでには、仕掛けて来るものと推測されている。
場合によってはいきなり、一つ・二つの論が終わったところで急変する可能性もあったが…。
今の所は特にない様であるが、連合が部隊を動かせば投票どころか議事進行はその場で打ち切りである。
(文弥と亜矢子は配置に付いてるな。…なら問題も無いか)
従兄弟である黒羽家の文弥と亜矢子に一般客を装わせて、それぞれ中条会長と『もう一人』の側に付けてある。
中条会長は情動を操る精神魔法で鎮静化を図れるとのことだし、もう一人はこの機会に『紅世の徒』に狙われる可能性があったからだ。
この場で必要にならなくとも、退避中のどこかで必要になる可能性があった。
そして残すは選外の数論という段階になって、会場に何名かの生徒が入ってきた。
いずれも見覚えがある…十師族などナンバーズに連なる者たちで、事態の急を告げる為に現れたに違いあるまい。
そう思っていると十文字先輩が代表して壇上に登ったのが見える。
『自分は警備責任者の十文字です。現在、所属不明の軍隊により…』
大きなどよめきが上がるが会場に侵入者は居ないことから、想定内の範囲で収まって居る様に見える。
七草先輩も居るようだし中条先輩に文弥を付けている、放っておいてもこの場は大丈夫だろう。
俺はその場を抜け出し、指示された通りVIP用の会議室の方へ向かった。
「ようやくと言ったところだね…。もうちょっとでロリコン疑惑が全校に広まるところだったよ」
「言うな。俺なんか妹とだぞ」
午後から予定されている仮装結婚式イベントは無事に中止になるはずだ。
同じく抜けだしてきた吉祥寺と顔を見合せながら苦笑を浮かべた。
「二人ともこっちだ。第一報では直立戦車が突っ込んで来たそうだ」
「将輝! …直立戦車というと東欧のだね。戦車として見る場合は結局、軽戦車並みで失敗作扱いだと聞いて居るけど」
先に上がっていた一条の手招きでVIPルームにお邪魔する事になる。
そこには藤林少尉を始めとして見知った顔も居れば、そうでない者も多い。
共通するのはナンバーズや、それに協力して居る魔法師(吉祥寺や幹比古など)という点だった。
「無頭竜がソーサリー・ブースターという違法な魔法強化装置を販売して居たらしい。組織の壊滅に伴って供給源が絶えたから、在庫一掃セールのつもりじゃないか?」
「人伝てだが、十三使徒である劉・雲徳将軍の投入が予定されているそうだ。EMP攻撃の前に使い潰すつもりかもな」
幾つか初耳の話もあったが、大凡の状況は理解できた。
直立戦車は戦車としては失敗作かもしれないが、攻勢に用いるならばソーサリー・ブースターとやらで強化した魔法障壁があれば、ある程度の防御力を持たせられるだろう。
それを壁役に押し立てて、後ろから軽車両なり装甲車でコントロールすれば良い。直立しているがゆえの被弾面積は被害担当させるにはむしろ効率的かもしれない。
市街地に対戦車砲など用意している筈も無いし、十分に役目は果たせると踏んだのかもしれない。
「劉・雲徳というと戦略魔法の『霹靂塔』か!? 大丈夫なのか…」
「霹靂塔は攻撃力よりも電子妨害の方が問題とされる魔法なのと、横浜支部のデータ奪取を狙っている間は大丈夫だろう。奪取から都市機能の破壊に狙いを変えたら判らんが」
戦略魔法『霹靂塔』は、広範囲な大規模落雷による電磁パルス攻撃だ。
一瞬では無く連続で引き起こされ、更に電気抵抗その物が低下させられるので電子機器は壊滅的な被害を及ぼされる。
魔法攻撃としての火力よりも、インフラに対する攻撃の方が問題だろう。
だが魔法技術の奪取と言う目的が、逆にその足枷となっていると言えなくもない。
破壊工作に切り替えればその能力を十全に活かせるが、国として侵略・テロの汚名(と報復の戦略魔法の危険性)を負ってまでの利益があるとは思えない。
やはり横浜支部周辺の防御力を低下させて、占領ないしデータ奪取までの時間稼ぎをし易くする為の手段と思われた。
ゆえに劉将軍が既に現地入りているのか、それとも洋上を移動中なのかは別にして、一撃で横浜を大混乱の局地に陥れるほどではないだろう。
●逆襲作戦の開始
やがてメンバーが揃った段階で臨時の編成が始まる。
ここに集ったメンバーの中に否と言う者があるはずはなく、一定のルールの元に全てが合法化される。
『侵攻部隊の脅威が去るまで、皆さんを一時的に軍の指揮下に置かせていただきます。全ての責任は軍にありますので…』
意に沿わぬ命令される代わりに全ての責任を軍が持ち、心理が楽になるというのは奇妙な気がしないでもないが。
『方針として魔法協会の横浜支部を中心に防衛を主目的。残るリソースで安全の確保が出来次第に各校生徒の避難を順次に行います』
指揮系統を一本化したことで、避難効率は格段に良くなったと言えるだろう。
覚悟の出来て無い各校生徒を高校別に逃がすよりも、数校ずつ確実な方法でシェルターや港・ヘリポートまで移動させる。
高校別であれば数名ずつの護衛が一度に十数名に増え、その厚みで慌てるかもしれない生徒が落ち付いてくれるのはありがたいはずだ。
もちろん偶然相談して逃走経路が一致する場合もあるが、運が悪ければ人数が災いして象の歩みになってしまうことを考えれば雲泥の差である。
だが良い面があれば悪い面もまた存在する。
最も最悪なパターンは全員が同じ思考に陥って、揃いも揃って同じミスに当たってしまうことだろう。
例えば直立戦車は戦車として見れば失敗作だが、威圧用や特攻用として見ればかなりの戦果をあげてしまった事だろうか。
『対EMP攻撃用のアブソルートの設置を行います。この護衛に…』
「大変です! 直立戦車が何台か囲みを抜けてここまでやって来ます!」
「なんだって!? 生徒の避難はまだ終わって無いんだぞ!」
直立戦車は車高が高く装甲も薄いので普通の攻防にはまともに役に立たない。
だが相手よりも先に攻撃を叩き込む、市街地強襲用のガン・キャリアーとしてはどうだろうか? 高い位置から視認し高速で突っ込みながら弾を撒き散らす移動砲台。
そう考えて見れば市街地に天敵である戦車やロケット弾などあるはずもなく、大型車両を並べて作ったバリケードなど簡単に粉砕できる。
もっと言えば指揮している者や奮戦して居る魔法師を専門に殺す、使い捨ての特攻兵器として使えば十分なのかもしれない。
「将輝、僕らで何とかして来るよ。頑張ってね」
「みんなを頼む。そっちも無事でな」
重力魔法を操る吉祥寺に地雷魔法を操る千代田委員長や、それをサポートする為に五十里先輩など防衛戦に向いたメンバーが編成されて即座に投入される。
最も頼りになる十文字先輩が既に魔法協会に向かっていることが残念だが、対応さえ間違えなければ問題無いだろう。
「一条も行きたいだろうに、深雪の為にすまんな」
「今更な事を言うなよ。それに都市インフラが壊滅するほどの雷撃が来るなら、司波さんを守ることがみんなを守ることにつながるんだ。そうだろ?」
本来であれば一条も十文字先輩と一緒に、魔法協会を守るために向かう筈だった。
だが十三使徒の劉・雲徳が居るかもしれないということで、対戦略魔法の準備が必要になったのだ。
『電気抵抗を下げる魔法』と『雷を誘発する魔法』からなる霹靂塔を防ぐことはできない。
抵抗するはずの防護をランダムに引き下げられ、耐えたとしても何度も浴びせられるのだ。仕方の無いことだと言える。
だが、それは戦略魔法が使われることを知らず、何の準備も出来て居なければの話である。
「お兄様…。万が一のことを考えますと」
「そうだな。他の冷却系の魔法師と協力すれば問題無い筈だが…。いや、楽観論は止めよう。こんな多人数の所で見せるモノではないが仕方無い」
おずおずと申し出る深雪の意図を察して俺は跪いた。
協会や増援に人を割いて周囲の目も減っているが、…まあナンバーズ相手ならば仕方無いで済ませられる範囲だろう。
「一体何を…」
「一条、お前ならば説明しても良いだろう。深雪は当主候補で俺はその護衛を兼ねて居る。要するに深雪と俺はリソースを交換し合っていたんだ」
深雪が四葉の当主になることは他の分家の推薦を得たことで既に決まっている。
此処に居る者はナンバーズの中でも有力者と目されている者ばかりだが、一条は深雪の婿候補なので問題無いとしておこう。
「それでは
「では深雪も息災で」
深雪が俺の額に口付けると、割いていた監視網などリソーソが戻って来る。
逆に俺から力と情報を受け取り、かつ制限する為の力がフリーになったことで、深雪の制御力はかつてないほどに高まっている筈だ。
「…俺も当主候補だがそこまでして守られたりはしてないな。…やっぱりシスコンじゃないのか?」
「単に対応する魔法系統が無かったからじゃないか? 俺たちには吉祥寺みたいな参謀は居ないしな」
ついでに言うと一条のような自由さも存在してない。
その言葉は呑み込んで、互いの配置につくことにした。
「みんな居るな? 俺たちは遊撃隊と言う訳だ」
「もちのろんよ! せっかく派手になって来たんだし、逃げるわけにもいかないなら愉しまないとね」
「物騒だよなぁ。学校の皆と一緒に逃げるって選択肢もあったろうに」
「今更だよ。僕は忠告するのも諦めた」
エリカやレオ達が待って居る所に、俺と幹比古が合流した。
ブランシュの騒ぎの時に行動して居たことや、各人の能力の傾向からして本部待機からのあちこち火消しに回るのが役目になる。
「アブソルートの概要を説明すると大規模雷撃が予想されるので、これに巨大な避雷針で対処する。まあ当然ながら邪魔する奴が出て来る筈だが…」
「そいつらを叩き切れば良いんでしょ? 期待しちゃってくれても構わないわよ」
霹靂塔への対処は至極シンプルなものに収まった。
俺たちが持ち込むCADには対EMP処置をした上で、被害を出来るだけ下げるという方向だ。
成功しても成功しなくても俺たちは戦えるし、雷撃による被害が減った分だけ戦況は泥沼化を避けることが出来るだろう。
「なあ。…今、避雷針って言わなかったか? すっげえ怖ええんだが…」
「大丈夫だ。今回用意した避雷針の大きさは薄羽蜻蛉の比じゃない。というかお前が避雷する状況なら俺達もやばい」
レオが覚えさせられた薄羽蜻蛉は千葉の秘剣の一つで、硬化魔法を使って布を長大なブレードに変える物だ。
今回みたいな直立戦車やコマンド兵が入り混じる戦況ではうってつけの技であり、レオが遊撃隊入りしている大きな理由とも言える。
「もしかして…用意した避雷針ってアレ?」
「そうだ。準備期間中に四方八方飛びまわって、どんな形状か良く覚えて居るだろう」
「そ、それはそうですけれど…」
幹比古と美月が顔を赤らめながらも目を向けたのは、イベント用に改装したビルディングだ(もちろん他にも用意しているが)。
デモンストレーションを兼ねて飛行魔法や、ペアリングタイプの改良型飛行魔法で飛びまわってもらったわけだが…。
このビルの装飾に使った素材は巨大な避雷針用になっている。
これを深雪たち冷却魔法に長けた魔法師が極低温化を保つことで、電気抵抗を一時的に0近くまで下げる。
下げられた電気抵抗よりも更に低い抵抗値0の領域に、超電導による避雷針を打ち立てる。これがアブソルートの仕組みであった。
「結局。あのイベントは最初っから最後まで軍のお仕事だったんですね…」
「そうでもないぞ? イベントタワーからビルに変更した当たりまではここまで大袈裟じゃなかった。そのころに計画元のブティックが買収されて優勢を余儀なくされただけだ」
ノリノリだった美月には悪いが、俺も計画修正をさせられた身分でこちらに苦情を言われても困る。
顔をしかめて怒られてもどうしようも…。
「あの達也さんと吉田君? あそこ…何か変じゃないです?」
「…当たり! そこに誰かいる!」
「都市迷彩の上から低いレベルの光学系をまとっているのか。しまったな、ほのかにも協力してもらえば良かった」
美月が指差したその先、といっても数十mは離れて居る場所。
その辺りに生体反応と小さな魔法の痕跡がある。
『こちら司波。敵は直立戦車とコマンド兵の陰に隠れて、都市迷彩を施したステルス兵を投入している模様。各自、探知系魔法に留意されたし』
『了解した』
『一部通信途絶。フォローに回ってくれ』
発見した敵兵は幹比古たちに任せ、俺が本部に通信を入れるとよろしくない回答が返ってきた。
コマンド兵による浸透攻撃に加えて、一部の兵をステルス化しているとは思わなかったのか、少なくない被害が出ている模様だ。
「生きて居たら適当に固定しておいてくれ。このまま他の班のフォローに向かう」
「おっけー!」
俺は走り出しながら、九校戦までは温存して居た固有魔法の使用を覚悟した。
分解魔法と並ぶもう一つの切り札、再生魔法。
これならば衆目にさらしても問題の無いレベルであるし、相手が奇襲攻撃による断頭戦術に出て居るならば巻き返す事が可能だろう。
その代価としての痛みは、この際は看過すべきだと思えた。
だがこちらが用意周到に準備をしたのならば、相手も同じことを考えてもおかしくはない。
『生き残りの直立戦車と車両が自爆! このままだと防衛戦に穴が開くぞ!』
『こっちでも敵揚陸艦と目される貨物船が自沈。ヒドラジン燃料を派手に撒き散らしている! 毒素を何とかできるメンツを寄こしてくれ!』
それほど多くない人員を選んで即座に再生魔法を使用、回復を試みる中…。
新たなる局面を知らせる報告が、本部経由でもたらされたのである。
と言う訳で横浜事変の始まりです。
来ることを予想して居たので準備万端ですが、待ち構えて居る事も見え見えだったので、お互いに小細工をしております。
●原作と違う流れ
大1:直立戦車をいきなり投入
大2:守りの要に突撃、被害は気にしない(リモート・コントロール)
大3:コマンド兵はその後で投入
大4:ステルス兵を事態が膠着した所で投入。指揮官や奮戦する魔法師狙い
大5:直立戦車と揚陸艦で特攻(リモート・コントロール)
日1:イベントを装って待機していた魔法師などが組織化。即座に迎撃開始
日2:防御型の精鋭を投入して戦車撃破。巨大避雷針設置作戦開始
日3:コマンド兵に対し精鋭を向かわせ、その間を遊撃隊が抑える
日4:ステルス兵の被害を受けつつも、防備体制の厚みで対処
日5:穴埋めに奔走中。立て直しは一応成功して居るところ…
と言う感じです。
予想して居たことと防衛設備の分だけ日本の魔法師が有利、でも電波遮断とかされたら大変。
ここで電磁パルス攻撃である霹靂塔が直撃するか、それとも巨大避雷針が上手く立ち上がるかの勝負…のはず。
なお極低温と超電導による避雷針が成功するかの理論は適当です。
むかし見た、バスタードのノリを流用して居ます。
(作者の無知による理論的におかしい部分は、作中人物が修正して、似たようなことをしているのだとご理解ください)
●簡単な用語説明
浸透戦術:
小部隊等に分かれ、強敵を避けながら敵後方まで一気に突入して撹乱する攻撃
断頭作戦:
指揮官や防御の要になる魔法師など、頼りになる人を狙って暗殺し、防衛側をガタガタにする作戦