√シルバー【完結】   作:ノイラーテム

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光と影(ソル・イ・ソンブラ)

灼熱の聖婚祭(バーニング・ラバー)

 相反する二つを実行せねばならないと言う難問が突きつけられた。

 第三者が聞いてお祭りイベントに見えると同時に、入り込む『紅世の徒』や大亜連合の特務部隊を警戒せねばならないのだ。

 警戒を密にすればイベントらしさが疑われカモフラージュの意味が無くなる。それらを隠そうとすれば警戒がザルになってしまい不正規戦闘の専門家には抜け易くなってしまうのだ。

 

「大亜連合とか新ソビエト対策と、イベントとしての華やかさが両立すれば良いんですね?」

「そうなんだが…。美月には何かアイデアがあるのか?」

 念の為に『紅世の徒』関連の情報は伏せて、美月たちにも話は通してある。

 その過程で相談したところ、何やら名案があるらしい。

 

「本当に結婚される方は当然として、百組なり二百組なり登録制で完全なお祭りにしてしまってはどうでしょうか」

「美月? カモフラージュのお祭りらしくないから管理し過ぎは問題になりそう…という事なのだけど?」

 曖昧なというか、以前と同じことを言われて深雪も困惑している。

 登録制という言葉が新しいが、管理性を導入するとイベントらしさが失われてしまうというダメ出しが出た筈だ。

 それが出来ないから苦労して居ると言う議論なのだが…。

 

「それは普通の人たちが、普通の結婚式風イベントをするからだと思うんです。お試しの見合いカップルだけじゃありません! 男同士に女同士、兄妹に親子、果てはペット達まで! 厳正な抽選を乗り越えた全てのカップルが祝福されるんです!」

 シーンとした痛いほどの沈黙が周囲を包み込む。

 当たり前だ、そんなインモラルな結婚式がどうして祝福されるだろう。

 例えイベント中だけの偽装であろうとも…。

 

「良いわね、名案だわ。柴田さん!」

「アハハハ! いーって、いーってソレ! ナイスアイデアよ美月!」

 まず七草先輩やエリカたちが毒された。

「ちょっと待て。いくらなんでもそれはマズイだろう。ほら、深雪も何か言ってやってくれ…」

「お兄様…。深雪は、深雪もこのイベントに参加してみたいと思います…」

 一体全体どうしたんだ!?

 それとも俺の常識の方が間違っているのだろうか?

 勝手にまき込まれて迷惑している美月や渡辺先輩が暴走するのはまだしも、気が付けば中条会長まで『デバイスとも結婚できるかな?』などと戯言を口にし始めている。

 どこかで熱を冷まして、冷静さを取り戻さねばならないだろう。

 

「とにかく一度落ち付いて考えよう。当局から目を付けられそうなアイデアは却下だ」

「これはジョーク・イベントだから問題ないわよ。それこそ十師族や千葉家が関わってるのに、文句言う連中なんかいないって」

「そうそう。それに孫の結婚式が見たいけど、年齢制限があったりして死ぬまでに見れないって御爺様方は応援して下さると思うわ」

「代案無き反対は問題だと常々仰っているはずです。御覚悟くださいお兄様」

 ここに来て女性陣は一致団結し、何枠まで身内で確保出来るか、あるいは登録枠をどこまで拡大するかを話し合い始めた。

 

 俺としては不本意ながら、コンペの準備などで一同の時間が潰れて中止にならないか…と本気で考えてしまった。

 

 

●塞翁ヶ馬

 論文コンペの準備は問題無く終わったが、そこまでの道のりは決して平坦では無かった。

 

 産学スパイの影こそあったが特に妨害されることもなく、最後まで無事にやり遂げたと言える。

 幾つかの案件のうち、市原先輩との間柄がこれ以上ないくらいこじれたのはまあ良い。生徒会室に顔を出さなくなったのも忙しかったからかもしれないし、以前に頼まれていたループ・キャスト関連はメールで提出して居る。こじれたままでも半年もすれば先輩は卒業するのだから気にする事も無いだろう。

 

 では何が問題だったかというと、一口で説明するのは難しい。

 例えば第三者として『紅世の徒』が横槍を入れないと理解できてしまったことと、当日は大亜連合の襲撃に専念できると同時に判明した。

 他には出先機関として作ったブティックが、警察や軍のコマンドと優良な関係でいられるような契約を交わしたら、次の日には乗っ取られて経営権を奪われてしまったりと…良いことと悪いことを内包している案件を抱え込んでしまったからだ。

 それと俺個人にとっては残念なことに特殊カップルの結婚式イベントは完全に通ってしまった。当局も協会もこの件に関してはスルーを決め込んでいる。

 

「申し訳ありやせん。こんなに簡単に乗っ取られちまって」

「落ち付いてください。あそこは出先機関ですし、こっちが乗っ取られて無いならまるで問題は有りません。それに…」

 子会社化したトーラス・アンド・シルバーの常務待遇として牛山さんを迎えたが、あくまで技術者だ。M&AもTOBにも縁が無く、発行株数や持ち主の監視報告に目を通すくらいが精々だったろう。

 

(…それに、このタイミングは内部犯だな。早速リークしたと見える)

 あまりに都合の良過ぎるタイミング。

 FLTの経営陣が揃ってがトチ狂ったのでなければ、四葉家の意向で各方面に情報をばらまいたと見るべきだろう。全て真実の情報を、細切れにして嘘ではない範囲で都合の良い予測と絡めてから広めれば乗って来る者も居るはずだ。

 かねてから頼んでおいた、『紅世の徒』がどこに潜んでいるかを焙り出す為の一環と思われた。

 

「それに?」

「問題になるなら入れている人材を引き上げて、潰してから新しく立ち上げ直せば良いだけです。それまでみんなに約束したポストを用意できないのが残念ですけどね」

「そりゃそうだ。違いねぇ」

 冗談でその場を取り繕うと、最低限の指示を決めておくことした。

 アーマード・スーツやCAD関連商品を日常に近いレベルで設計・受け取りする為のダミーショップだが、所詮は出先機関でしかない。最悪の場合は本当に潰して看板を付け替えれば良いだろう。スパイ活動などでは良くある話だし、先方に連絡さえしておけば何の問題も無い。

 

「ひとまず株の持ち主とその意向を洗って下さい。それこそ千葉や三矢が経営権まで欲しいと言うだけなら放っておけばいい」

「そうですね。では早速…なんだ? 騒々しいぞ!」

 千葉は言うまでも無く警察関連の装備に関して力を持ち、三矢は同様に軍に強い影響力を持つ。

 共に今回の件では間接的に取引を交わしており、専用装備を設計、場合によってはデリバリーする契約を結んでいる。

 もし彼らが欲を出して自分で経営したいというのならば、経営権など手放してしまえばいい。連絡・輸送する手間を自分達でやってくれるように成るだろう。

 そうなればこちらは持ち込まれたアイデアを設計して、実現させるだけで良いと言える。

 

「困ります、今重要な会議中で…」

「関係者だから大丈夫。調べる必要はないわよ。新しいオーナーならば此処に居るから」

「藤林少尉? ということは大隊…いや、藤林家が仕掛け人ですか?」

 藤林・響子はイヤそうな顔で肩をすくめた。

 エリカの兄である千葉・寿和との見合いを勧めた時はそれほど悪い感触ではなかったが、何かあったのだろうか。

 

「どちらかというと九島家ね。光宣くんの面倒も見て欲しいと言う話だけど」

「…紅世がらみでの露出なら適当にモデルでもお願いしておきましょう。完全思考型CADが相当お気に召したようですね」

 この場合の面倒と言うのは、『紅世の徒』に狙われ難いようにある程度の名声を付与しておくことだ。CADの注文時に聞いたことがあるが、九島・光宣は体調に優れず籠ることが多いので狙われ易い部類に入るらしい。

 

(それだけにしてはえらく強引だが、現当主の方が老師への対抗心で色々と手を出して居るらしいからな。しかし気になる事もある、確認しておくか…)

 老師こと九島・列の影響は強烈で、その息子である現当主はナンバーズの中では空気扱いされることもある。

 居ても居なくても同じことという話だが、本人も老師に比べたら劣ると言うだけで魔法師としては問題無いから不満を溜めて居ると言うことだ。

 老師が魔法師を兵器化するのを嫌っている反面、今回のような戦力拡充できそうな時に爆発して九島の勢力を伸ばそうとする。

 

「それだけならば通知が一つで済む筈ですが…。何か急ぎの用件でも?」

「適当でいいから『縮退砲』の試作品を見に行って欲しいのと、…これは急ぎなのだけどCADに電子攻撃への防備をお願い」

 藤林少尉の言葉に俺は内心で首を傾げた。

 試作型縮退砲というのは偽の呼称で、俺が使う戦略魔法を使う為の専用CADである『サードアイ』の名前を隠す為の物。

 他にもメギドやアブソルートという単語を使ったりすることもあるが、本来こう言ったやり取りは秘匿回線を使う用事の筈だ。

 

 秘密にするべきプロジェクトをことさらに此処で使ったのは、この会社に『紅世の徒』が潜んでいるか焙り出す為…なのかもしれない。

 そう考えれば判らなくもないし、縮退砲なんて大仰な名前がどこかで出ればトーラス・アンド・シルバーの中に『枝』が刺さっていると思って追跡調査すれば良い。

 だが、電子攻撃というのが奇妙だった。

 

「CADはハッキングなど受けない仕様ですが?」

「そっちじゃないわ。魔法によるEMP防御の必要性が出て来たの。できればライフラインへの影響も何とかしたいけど、そっちは別口に依頼が行ってるはず」

 迂闊にも俺は思考が一瞬空白になった。

 EMP攻撃とは『汚ない核』の使用時に電子機器が使えなくなるという状況で二次被害の一つだ。今では直接の核攻撃よりもそちらの方が研究目的とされる。

 主客の転倒を上手く活かしたとも言えるが、核攻撃の規模が大きいと管理も影響も大変だから、小さくして制御し易くして電子機器が使えなくなると言う二次被害を目的とする訳だ。

 核攻撃など論外になった今日では、EMPを起こす魔法の研究もあるし、実際にソレを目的とした戦略魔法も存在した。

 

 正直な話、大亜連合の作戦は魔法技術の奪取のついでにハラスメント攻撃をする程度の介入だと思っていた。

 

「まさか本格的な武力侵攻…。それも諸外国の非難を無視する形で行う気なのですか?」

「そのまさかよ。エージェントや一部の予想に過ぎないけれど大亜連合は日本も『紅世の徒』も一緒に始末する気みたいね」

 別に大亜連合が戦争を目論まないと過信して居たわけではない。

 だがしかし、侵攻した瞬間に周囲から袋叩きに合うような方法を選ぶとは思ってもみなかった。

 

 戦略魔法は核に準ずる非難を受けるし、カウンターならまだしも攻める側が使っては諸外国がつけ込む可能性もある。

 さらに例の不審船事件で日本が警戒して居る状況なのだ。日本にも戦略魔法師は居るのだしこちらが戦略魔法で報復しないと思っているのだろうか?

 

「もしそうならば気を引き締め直さねばなりませんね」

「そうならないのが一番だけどね」

 どちらにせよ、今回の件で協会はともかく十師族に警戒態勢が呼びかけられるだろう。

 紅世の徒がどこに潜むにせよ、ずっと見守って何もしないか、大亜連合を狙うと思われた。

 望む望まぬに関わらず今回の敵は一つに絞られたのである。

 

●災いの到来

 

 豪華客船から無数のリタイアードらが降船し、それに紛れて金持ちやら何やらが船のタラップを降りる。同じ仮設橋でも飛行機のソレと異なり、たっぷりとした余裕は護衛を連れても問題無く進む事が可能だ。

 

「閣下。お手数をおかけしまして申し訳ありません」

 船から降りて来る人物を出迎えるのは、これと言って特徴の無い服に身を包んだ人物だ。

 隙の無い視線と身のこなしから、容易に軍人と推測出来る。

 

「ホッ。構わないヨ。これも党のためネ」

 対して閣下と呼ばれた小太りな男は奇妙な装束だった。

 たっぷりと布地を使った極色彩の服を着た、黒焼き眼鏡を付けた老人。

 前世期の香港映画にでも出てきそうな姿で、役柄は胡散臭い骨董屋かさもなければ悪役であろう。

 

 不思議なことに、老人の異様さを見ても誰も注視する者は居ない。

 服装の差そのものが二人の力量の差を現して居た。大亜連合でも屈指の実力を持つ男ですら、老人の魔法にはとうてい及ばない。

 

(ルウ)の小僧はどうしタ?」

「我々を逃がす為に殿軍を実行してから見ており居ません。武運拙く破れたものと思われます」

 副官はどうしたのかと尋ねる老人に、平静を保って居た男は始めて苦い顔を浮かべた。

 それだけ呂と呼ばれた男の武量は優れて居たのだし、彼や他の部下を見捨てて逃げねばならぬとは何と無様なことか。

 

「不意を討った炎鬼(イェングイ)と互するとは大したものヨ。呂上尉の技前こそ誇るべきネ」

「はっ。惜しい男でした」

 老人は失態をなじる事などしない。むしろ死せる武人は幾ら褒めても構わない。

 既に精鋭を失っており、ただでさえ少ない戦力を減らして何になろう。まして昨今活動を聞かなかった『紅世の徒』の行いなのだ。

 もっとも責任を取らせるのであれば、せめて有意義な方法で使い潰すべきであろうとか計算が無いではないが…。

 

 老人はチラリと細い目を動かして、周囲に謎の発光現象を作りあげた。

 五枚程度の光版に様々なニュースだけではなく、明らかに何処かのカメラらしき光景が無数に移り変わる。

 おそらく老人は電子の放出系能力者であり、その極意を極めて居るのであろう。ならばこの程度はなんの問題も無いし、周囲の監視などあって無きようなものである。

 

「…ふむ。これは重畳アル。どこにも上尉らしき俘虜ナイ、死体も見つかってなナイヨ。我々は彼の雄姿を覚えて居る、つまりこれは炎鬼の手から逃れた証左」

「自刃したかもしれませんが…。可能であれば万難を排して合流を果たすでしょう」

 ワザとらしいイントネーションで言祝う老人に対し、男の方はあくまで冷静だ。

 理想論で部下が生き残っているなどと計算せず、現有兵力だけで任務を遂げる覚悟を決めている。

 

「ともあれ今夜は長旅の疲れを御癒しください。横浜で一流の歓待を用意して…」

(チェン)、余計な気回す良くないネ。鮑も神戸牛も船で死ぬほど食べたヨ。ワタシに任せるよろし、焼き鳥でも串あげでもオイシー日本食知ってるのコトヨ」

 バンバンと(チェン)の背中を叩き老人がその場を立ち去ると、ズラズラ足音を立てて姿なき何者かが追随していった。

 それは老人達が繁華街では無く下町へ向かった後も続いていたと言う…。




 と言う訳でコンペ前日の話は終了。お祭り騒ぎの準備は完了し、論術大会と並行して結婚式イベントが起きます。

灼熱の聖婚祭(バーニング・ラバー)
 登録を申請して厳正な審査(特別枠は除く)を潜り抜けた男女・男x男・女x女・兄妹・親子などが結婚式風のイベントを行う。
人数は主催側が管理しきれる数に限られており、このイベントそのものがナンバーズや警察・軍の魔法師を目立たせずに集う為のもの。
同時に本物の結婚式と、見合いやらそれに準じた会合。およびジョークのオマケで写真会なども予定されている。
深雪は達也のほか将輝たちとも写真を撮ったりと割りと忙しい。
怪盗アマリリスという漫画のイベントからアイデアを流用。

●乗っ取られたアパレル会社
 ローゼンなどと共同で立ち上げたブティック。
表向きは普通(?)の高級アパレル会社だが、CAD装備一式をカモフラージュして設計・送る会社

●大亜な人たち
呂剛虎:特務部隊の前期組を襲った燐子と戦った所で行方不明。
陳山祥:前期組を『紅世の徒』に食われた後、謎の老人と後期組を出迎えに。
謎の老人:当代一の電使いで、当代一の幻術師とよく殴り合ったらしい。小太りで極色彩の服を着て、黒焼きメガネを付けた怪しい人物。
謎の部隊:特務部隊の後期組。戦闘力や整然とした行動力よりも、EMP影響下でも戦えることなど別の能力を優先して居るのでそれほど強くはないが…。

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