√シルバー【完結】   作:ノイラーテム

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聖なる契約(ホーリーオーダー)

●魔性の潜む影

 協会から振られた急な話題には覚えがあった。

 九校戦の時も裏で『代わりにやっておいた』とばかりに、こちらの都合を無視してくれた人物が居たのだ。

 

 その人物に連絡を取ることは今までなら躊躇われた。

 俺は『紅世の徒』対処すると伝えながら、関本先輩が食われた時のいきさつが判らなかったので詳しい報告が出来なかったからだ。だが調べ終わったので問題無く連絡を取ることが出来る。

 

『あら、達也ちゃんからなんてお母さん嬉しいわ。それで何の御用事?』

「かねてからの任務である『紅世の徒』に関する中間報告と、論文コンペに関する問い合わせです」

 しらじらしいと思いつつ報告を入れると、クスリと笑う音がする。

 秘匿回線独特のタイムラグの後、妖艶な笑顔が思い浮かんだ。

 

『では聞かせてもらえるかしら?』

「目標は大漢に協力して居た『紅世の徒』の一組で二体。予測される目的は主に四葉への復讐でしょう。また…」

 ここまでの情報は大したことではない。

 前回に連絡があった時には知れていた。あえて言うならば大亜連合の工作員が食われたことで疑念が固まったというくらいだ。

 

(以前の俺だったらそこで情報が止まっていただろうな。情報を入手し俯瞰することができたのは、シルバーの名前を出した影響だろう)

 重要なのはここからで関本先輩が食われた一件だけではなく、調べてみると似たような事件が起きていたと判明したことだ。

 魔装大隊経由で軍、エリカ経由で警察関連、北方で経済界、吉祥寺経由で研究者関連など。様々な経路で調査したところ同様のケースが多発していたのだ。

 

 そこで関本先輩の件を詳しく調べ、類似する件も似たようなファクターで再チェックを掛けて見た。

 学生間・企業間などごく狭い分野で名の知れた魔法師が、いずれも研究に頓挫したり選手生命を断たれて目立たなくなってから食われている。

 産学スパイなどならやる気を無くした研究者など放っておくのだろうが、『紅世の徒』にとっては影響力と実力を持つ魔法師であれば良い餌さなのかもしれない。

 

 とはいえその影響度はともかく名声のマイナーさに関しては微妙な所で、軍や警察ですら後から指摘してようやく気が付くレベルの情報である。

 それらの情報を効率良く調べられるとしたら何処に潜むべきか? 幾つかの仮説と追跡調査を経てとある推測に辿りついた。

 

「…現在は魔法協会に近い筋に潜伏して居ると推測されます」

 当然と言えば当然だが、協会ならば有名無名に関わらず有意義な研究機関やスポーツで活躍する魔法師をチェックしている。

 特筆する様な物でなければことさらに取り上げたりはしないが、新魔法や扱い易いバリエーションを開発するとその都度に魔法大全に登録するか議論するほどだ。

 もちろん他の可能性もあるし再計算する為に色々と調査をしてみたが、やはり魔法協会を利用するのが『今注目を集めているかどうか』を把握するのはやり易いだろう。

 

『協会に近い筋…ね。ならばどうするべきかしら?』

「本当に協会なのか、あるいはナンバーズの何処の家に潜んでいるのかを確認する必要があります。似て非なる情報を各筋にバラまくことで、特定すべきかと」

 可能性が高いだけで魔法協会とは限らない。

 確かに協会に潜伏しているのであれば、確かに詳細情報を調べることが可能だ。

 だが同じことを十師族を含めたナンバーズも知ることが出来る。言うまでもないことだが彼らが協会に理事を送り込んで居るのだから。

 

 この推測が正しいのか、正しいとしたらどの家を利用して居るのか?

 それを更に調べ特定する為に、微妙に異なる情報をバラまいていく。

 例えば完全思考型CADに関して、ローゼン・マギクラフトから来たあのジョン・スミス氏に渡す情報と、エリカとレオに渡す情報、雫の従兄弟である鳴瀬に渡す情報でバラバラの話をしたとする。

 特定の人物にしか口にしていない言い回しや細かい情報を、他の人物が話して居たら、その人物が口にして回っていると特定出来るだろう。

 

『まあその辺はこちらでやっておくわ。でコンペに関して何を聞きたいのかしら?』

(やはり何かを掴んで居るな。ローゼンや北方との提携の事ではあるまい。紅世以外となると…)

 試す様な口ぶりは、良くできましたと言う前振りの様な物だ。

 四葉の当主にしか知りえない何かしらの情報を掴んでおり、その対処の一環で俺の介入を誘っているとしか思えない。

 とはいえ俺が知り得る情報は少なく、そのどれに対応して居るのかで大きく変わってくる。

 

「…大亜連合に対する手はずを整える必要があるかを確認したいと思いまして」

『お願いするわ。いきなり部隊を展開するのも変な話だし、関係者一同が関わってもおかしくないようにしておいて欲しいわね』

 やはりというか、残った案件で手つかずの事件はソレしかない。

 ローゼンの影はあくまで様子見と経過観察であり、援助を申し出る北方を含めて俺の一存で対処できるレベルだった。

 

 残るケースはただ一つ。

 潜入して来た特殊部隊がまるまる食われたなど、大亜連合にとっても良い恥さらしだ。

 符徴や暗号は全てが処分されない状態で残っていたと言う話だし、それらを一新してから本格的に兵を送り込んで来る可能性が高かった。

 紅世の徒に関して俺と同じ疑念を抱いているかは別にしても、コンペの開催日に有望な魔法師ごと横浜にある協会の支部を強襲しても不思議ではない。

 

『…そうね、達也ちゃんのところで研究して居るウェディング・ドレスで結婚式なんてどうかしら?』

「確かに外装案の一つに在りますが…。本当に結婚式を挙げるのですか?」

 思わず疑問系で尋ね返してしまった。

 非礼に当たることよりも、確定しない流れと言うのは好きなように介入を許してしまう。

 あえてこちらから、適当な流れを提示してコントロール可能な範囲で留めるべきだった。

 

『勝成さんと琴鳴ちゃんの結婚式をやってしまいましょう。せっかくだし渡辺家と千葉家のもやっちゃったらどうかしら? それに絡めて希望者以外もみんな着ちゃっても良いかもね』

「おめでとうございますと言いに行かないといけませんね。…それはともかく大事になってしまいそうな気もするのですが…」

 お祭りイベントで希望する数組が合同結婚式、着たいと希望する人間がみんな着る…。

 頭が痛い光景であるが、確かにソレならば関係者各位…この場合は防衛省に所属する魔法師が多数来賓として招かれても問題無いだろう。

 説得に成功できるかは別にして、渡辺先輩とエリカの兄が結婚式を挙げるとなれば、剣の魔法師たる千葉一門から数名では効かない参列者が来るはずだ。

 観光客に紛れて投入するレベルならば十分鎮圧は可能であるし、陸戦隊を用意して居るとしても軍が来援するまでの足止めくらいは可能だろう。

 

「判りました。可能かは別にして最大限の手配をしておきます」

『101はともかく、響子ちゃんに声を掛け忘れちゃ駄目よ?』

 師団としての101はアンチ十師族というスタンスだが、中核である魔装大隊は現実主義でナンバーズの関係者も入っている。

 その中でも藤林・響子はエレクトロン・ソーサリスと呼ばれる電子戦の達人だ。

 大亜連合の戦力がどの程度かは判らないが、彼女であれば有力な支援を行ってくれるだろう。

 いや、町中での不正規戦闘に限定するならば、これ以上に心強い味方は居ない。

 

●お見合いの季節

 翌朝になって方々に予約のメールを入れながら、家を後にする。

 早速お袋から得た許可を使って戦力交渉の準備というわけだ。

 

(今なら大亜連合も暗号書き換えで動けまい。コンペ当日に重ねる様にイベントを予定しておこう)

 そんなつもりで俺は魔装大隊や黒羽家充てにメールを作成入れると、詳しい話は後日と銘打って面会スケジュールを入れておいたのだ。

 協会ないしナンバーズに入り込んでいるならば用心に越したことはないだろう。

 

「どうされるのですか、お兄様?」

「面倒だが受動的に動いても流されるだけだ。ならばこちらで特定の状況を作る様に動いて行くしかないな」

 複数存在する情報ネットワークの中心に立つことで、ナニカが隠れている『枝』を把握する事が出来る。

 協会の近くに『紅世の徒』が潜んで居ると推測できたのも、これまで行動して来た結果だった。

 

 同様に様々な流れの中で自分が動き易い状況を想定し、そこに至るまでのキーを各地に設定すれば『紅世の徒』であろうが大亜連合であろうが対処出来るだろう。

 だがそれは希望的観測であり、万が一を避けるのであればより絞って行くべきだ。

 

「大亜連合が横浜を強襲すると仮定して、まずはソレに対処する。『紅世の徒』に関しては特定までいければ良しとしよう」

「横浜…ですか? 本当にコンペを狙ってくるのでしょうか?」

 狙うだけなら他にも候補はある。

 そんな深雪の疑問に対して俺は頷きながら説明して行く。

 

「単なる侵略…というのも妙な言葉だが、フリーハンドなら確かに幾らでもある。しかし日本が先行する魔法技術の奪取や経済圏への直撃など、一度の奇襲で最も効果の高いのは京都か横浜だろう」

 各地の研究所などの魔法系施設をピックアップし、最後に魔法協会が持つ施設の中でも京都と横浜にしかないメイン・データバンクを例示して行く。

 コンペの開催していることもあるが、特殊部隊と陸戦隊を損耗してまで採算の取れる場所と言うのはそう多くないのだ。

 

 本格的な武力進攻ならば話は別だが、その場合は俺が心配する話でもないだろう。

 そもそも一個人で考えるには重く、家や軍などを使って可能な範囲で横浜防衛に手を尽くそうと考えているのも、今回は俺も深雪も行かざるを得ないからだ。

 正直な話、まったく攻めて来ずともまるで構わない。こちらが流す情報を拾った『紅世の徒』の動きをゆっくり観察させてもらうだけの話である。

 

「大隊は大丈夫として…渡辺先輩と千葉家に連絡だな。エリカが仲介を引き受けてくれるなら一気に片が付くんだが」

「それは無理でしょう。下の兄君以外は仲が良くないそうなので」

 そういえば渡辺先輩との確執も次男と先輩が婚約したからだという話だな。

 しかし次男か…。

 

「そういえば上のお兄さんは何をしているんだ?」

「確か警部さんだとか言ってましたよ。正確な階級までは聞いておりませんが」

 …ということは丁度良いな。

 結婚して居るという話も聞いて無かったし、藤林少尉となら家格も釣り合う。見合いに近い話で自然に横浜に連れて来ることが可能だろう。

 

「エリカには上のお兄さんを連れて来てくれとだけ伝えるとしよう。次男と千葉家の方は渡辺先輩経由で話してもらう方が早いな」

「それでは渡辺先輩があの衣装を着ることになるのですか? さぞや素敵なのでしょうね…」

 本当に結婚式になるかは別にして、話の流れ的にそうなるだろう。

 四葉の分家である新発田・勝成の場合は、既にガーディアンと内縁関係になっているという話だし、着るとしても普通のウェディングドレスの方が良い筈だ。

 家の都合で振り回された揚句、テスト中の特殊CADでは浮かばれまい。

 

「衣装と言えばアレはCADを隠すのに丁度良いな。装甲材に工夫は必要だが軽い防弾性能くらいは持たせられる」

「お兄様…。ウェディング・ドレスは女性が最も華やかに装う物なのですよ。例えとして決戦衣装と言われますが、本当に武装と考えられては困ります」

 すねる深雪には悪いが、『炎の花(アマリリス)』と呼ばれたウェディング・ドレスはモデルにした花の影響もあってどちらかといえば軽装の鎧に見える。

 派手派手しい花弁の形状と大きさ、色合いといい実に装備を仕込み易かった。

 格闘の為に動き回るのは微妙だが、飛行魔法を前提として各種武装を装備するには丁度良い衣装だろう。

 

「そんなに気に入っているなら深雪にもあつらえるか? さぞや似合うと思うが」

「お、お兄さまったら…。深雪にはまだ速いと思いますわ…」

 深雪はまだ当主候補だし、相手の方も候補を絞り切ってはいない。

 一条あたりが筆頭なのだが七宝や他のナンバーズ、あるいは技術を取り込むと言う意味で吉祥寺ら技術者というセンだって無くはない。

 そう意味において、確かにまだ先の話ではあると言えるだろう。

 

 

 なお、エリカの返事は実に軽いものだった。

 持ちかけた俺が拍子抜けするほどで、次男と渡辺先輩の件も御頼めば良かったと思うほどだ。

 

「別に良いわよ? うちのバカ兄貴に見合いなんて勿体ない話だと思うけど…。あ、イベント衣装に白無垢も入れてよ」

「エリカが着るのか?」

 どうやら違うらしく、嫌そうな顔で大袈裟に首を振った。

 その後で何か思いついたらしく、ニヤリとした笑顔に切り替わっていく。

 

「あの女と次兄さまが洋式だからって…。なんでもない。バカ兄貴が千葉家でするなら神前でっていうお達しなのよ。でとそうね。どうせ着るならミキと美月なんか良いんじゃない?」

「え、エリカちゃん!?」

「な、何言ってんのさ!?」

 エリカの爆弾発言に幹比古と美月は真っ赤になってお互いの顔を見つめ合い、そのまま押し黙ってしまう。

「何よミキ。美月じゃ嫌なの? それとも幸せにする自身が無いの?」

「嫌な訳在るもんか……って、僕は幹比古だ!」

「あううう…」

 俺は溜息をつきながら首を振り、声を潜め読唇を避ける様に内向きで忠告を掛けることにした。

 まだ懸念材料でしかないが、冗談で済ませて良い状況ではない。

 

「すまんが冗談で済むのはここまでだ。コンペ当日、どこかの特殊部隊が襲ってくる可能性がある。まだ可能性の段階だがな」

「それってブランシュが用意した連中以上って事よね? なるほど、それでうちのバカ兄貴か。…戦力に期待してくれても良いわよ」

「そういうことなら吉田家としても協力出来るよ。い、イベントだしね」

 流石にエリカや幹比古も神妙な顔になり、コクリと頷いてくれた。

 

「…と言う訳なのですが、十師族は警戒され見張られていると思われます。申し訳ありませんが必要以上の戦力を持ち込むのは控えてください」

 同様に生徒会室でも同じ様な話題を出し、微妙に異なるニュアンスを混ぜて『紅世の徒』が入り込んで居ても良い様にしておいた。

 推測と微妙に異なる見解を混ぜることで嘘ではないが本当でもない誘導をして置き、十文字先輩と七草先輩の方にも釘を刺しておいたのだ。

 

「そうか。ならば俺の結婚式も早めるとしよう。籍を入れ同居するのはまだ先だが、問題あるまい」

「ちょっと待って! 十文字家と十山家の披露宴って大事じゃない!」

 一部斜め上の回答をされた以外は、概ね予定通りに仕組めたと言ってよいだろう。

 こうして俺たちは、論文コンペに向けて伏兵を用意することに成功したのである。

 

 




 と言う訳で、大亜連合のちょっかいが無いのでコンペまでスイスイと進んで行きます。
予め横浜に来ると予測できているので、理由を付けて動員できる人たちが見合い・合同披露宴イベント名目で大集合。
来なければそれはそれで良しという感じの計画ですが、大亜連合からみれば暗号こそバレたけど最終目的まで食われた特務には伝えて無いし、強行するという流れになります。
結果として、なし崩し的に戦闘になった原作とは逆の立場と言えるでしょうか。
(原作で工作船が見つかって、スナイパーとかレリック強奪とかの失敗しても横浜攻めを強行したのと同じノリでしょうか?)

 なお、『紅世の徒』が潜り込んでることに気が付いた経緯ですが、調べてみるとこれまで以上のペースで食っている、なんでこの人物なら食ってもバレ難いと判ったのか? など、調べて行くうちに『誰なら可能か?』を考えたら浮かび上がって来た感じですね。
もちろん証拠などないし、詳細まで特定してないので、この章では狙いに行くことはできません。

・十文字先輩の婚約者
 実は名前を変えて潜伏中に『紅世の徒』に襲われ、助けた縁で婚約。
現在は十文字先輩の影響を受けて、つかささんは天然ボケなので、原作の様にネチネチと達也くんを試したりはしません。

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