●組み上げられたパズル
エリカは一瞬だけ強い視線を見せた後、さっさと部屋の中に入って行った。
そしてソファーの一つにどっかりと座り、長期戦の構えを見せる。
「ルーカス・ローゼンの派閥なんて調べる必要なんてないわよ。この部屋に居るから」
「え?」
エリカは肩をすくめて、ジョン・スミスの方を睨んだ。
「あんた。ローゼン社の出向なんじゃない? そう考えればその子達をの面倒をワザワザ見ている理由も判るわ。いろいろ知りたいんでしょ?」
「……っ」
ジョン・スミスだけでなく、レオや俺の顔にも緊張が生まれたことだろう。
今更過ぎて急な話だからではなく、エリカがハンドサインを出して居たことだ。
それはブランシュ・無頭竜騒ぎの前後で、戦闘目的で切り込む時用に決めたシグナルだった。
幾らエリカが短気な方でもこんな状況で話を急ぎはしない。
警察関連で『紅世の徒』に関する被害確認を頼んだが何か掴み、その結果として急いでいるのだろうか?
「否定はしませんが何を根拠に?」
「しらじらしいわね。ルーカス・ローゼンが駆け落ちで日本に来た事。その孫があたしだってとっくに調べてんでしょうに」
「なっ……」
レオは驚いた顔を向けるが、俺は納得していた。
確かにエリカーがルーカス・ローゼンの孫娘であれば、苛立つだろうし見えて来るモノもあるだろう。
(確か当主が危篤状態の筈だったな。既に引退はしているようだが…)
急に自分の動向を確認する気配が見えた後に、ローゼン社絡みの話題が出て来たのだから疑って見て当然である。
そして、エリカがハンドサインを出した理由も見えて来る。
判り易い情報に飛びついて見せることで、俺に情報を精査する時間を与えてくれているのだ。
まさしく切り込み役ではあるが…。どこかしら焦った様子が見受けられた。
相当に腹にすえかねているのか、それともやはり『紅世の徒』の問題が起きているのだろうか。
「そう言われると立つ瀬がありませんね。ルーカス叔父の肩を持ったために、日本語でいうと窓際に飛ばされてしまったわけです」
「自業自得だとは思うけどね。でもお生憎さま。あたしはローゼン社もローゼン家もどうでもいいし、何の口を効く気もないわよ」
(ん? いやに素直に認めるな。この男もローゼン一族のようだが)
ローゼン一族の者だから、偽名で活動中に『紅世の徒』に食われたくはない。
そう思えば納得はできるが、やはり出来過ぎな気もする。
それにこの程度の情報を引き出す為であるならば、エリカだって焦りもしない…はずだ。
(やはり散りばめた情報を拾わせ、こちらに都合の良い組み立てをさせる為だろうな)
一部を暴かせて、それを認め話題を誘導する事でミスリードを誘う。
良くある手だが、もしそうならば上手く嵌められているだろう。
ジョン・スミスと名乗る男の情報を否定する材料は何も無く、また彼をつまみ出すにはピースが足りない。
ここまでの流れを考えれば、エリカがローゼンの血を引いている事も含めて、情報を集めてから押し切るべきだったろう。
(まあ、その辺りがエリカにとって相談し難いことなのかもしれんな。思えば深雪も俺が備品扱いされていることに過度に腹を立てて居た様な気がする)
感情の無い…いや、少しずつしか増えて無い俺には判らないが、人としてのこだわりと言うモノは簡単には解決し難いのだろう。
業なかりせば人非ずと言うが、どうにも俺には理解しがたい。
「ルーカス叔父はかねてから超人兵士を目指すブルゲ・シリーズに関して反対をしていました。それで国を守り人々を守れるならまだしも、まったく安定して居ないならば単なる非人道的な実験に過ぎないと」
「そりゃそうでしょ。調整体魔法師がそんなにうまく…って、その時は判らなかったんだっけ」
「そうだ。安定して居るエレメントはそれほどの力を持たず、九島老師が奇跡的に生命を取りとめた以外は強力な魔法師を目指した者は全て死亡して居る」
ドイツは世界で一番速く調整体魔法師の計画に取りかかっている。
それゆえに失敗も多いわけだが、流石にエリカも後付け知識を持ち居てまでローゼン社を挑発する気はないらしい。
バツが悪そうな顔をして、その話題を打ち切りに掛った。
(エリカには悪いが、この話題は助かったな。ようやくジョン・スミスの計画が見えて来た)
おそらくだが、ドイツとローゼン社は調整体魔法師を諦めては居ない。
四葉家も諦めて無いからそう思う事もある。それに以前に無頭竜の
確か不壊魔法と言うべき硬化魔法のジークフリートを最初に見た時だった気がする。
(ということは経過観察したいのはエリカの相続問題じゃなくて、レオの安定度と魔法強度か。…少し調子に乗ってカードを見せ過ぎたな)
俺が持つ秘密は極力見せない様に心がけている。
術式解散や精霊の眼の初期作用はともかく、『雲散霧消』や『再生』は使わずに済ませることが出来た。
その為に色々とレオやエリカに協力して来たわけだが、硬化魔法のバリエーションや剣術補助用の術式は平然と使てみせた。
自惚れでは無いのであればという限定で、もしかしたら九校戦の低スペック戦で見せた双子のバリエーション。
あれは俺が開発してレオに使わせたモノを、ジョン・スミスなりに改良した。あるいは四校の鳴瀬たちに開発させたのかもしれない。
(双子の能力は便利だが、一科生を凌駕するほどのスペックじゃなかった。つまり…この男が真に望んでいるのは現段階の力を有効利用し、かつ次世代を強化することでのナンバーズ化だ)
エレメントのように強力では無い者が居て、その中から日本人への偏見が無いとか、話題をスムーズに切り換えられる共感性の持ち主を連れて来た。
そう考えた方が、偶然にUSANで見付けた素材というよりもありえる可能性だろう。
そして魔法先進国である日本が辿ったように、エレメントから十師族・百家のようなナンバーズを作りあげたいのだと思う方が、自然な回答だと推測出来る。
現在も生き残っているエレメントにも色々居るが、ほのかは一科生の中でも上位であり、血統を管理する事でナンバーズを生み出せるならばもっと増える目も出て来る筈だ。
同系統の血筋ならば確実性増す筈だが、現段階で取引を持ちかけて来ないということは、実行可能ならば試す程度の策なのかもしれない。
(おおよその計画は把握できたな。…さて、どうしようか)
こう言ってはなんだが、犯罪を未然に防いでも利益には繋がらない。
まして犯罪などジョン・スミスを名乗る男は計画もしておらず、混乱を見守ることで俺の編み出す魔法やレオの成長を参考にしたいだけなのだ。
利用されるのも、レオを実験道具にされるのも気に入らない。
しかし防ぎ難い策略を無理に妨害して、こちらが損耗を受けるのは馬鹿馬鹿しい。
かといってこちらの生活をひっかきまわされるのも御免こうむるし、万が一にでも深雪を浚われたりしたいとは露ほどにも思えない。
何らかの思考誘導を、こちらからも仕掛けるべきだろう。
(この男が現在求めている新技術を合法的に手に入れることが出来て、かつ、レオや平河たちと交流できる場所を用意するか)
ここで俺たちが警戒し、経過観察を中断する羽目になったら強硬手段に出る可能性もある。
その危険性を排除し、こちらも利益を出す方法を模索するべきだ。
そうした仮定の末に、婚姻を結ぶなどの深いつながりが起きる要素があると誤解させておけばいい。本当に気に入るかは本人同士の問題なので出逢いの場だけあれば良いだろう。
そこで俺は、彼らの帰り際で声を掛けることにした。
「いや、全く騙されましたよ。主幹クラスの方がまさか支社の課長を名乗られるとは。普通は逆だと思うのですがね」
「窓際だと申し上げませんでしたか?」
この場合の主幹とは準課長的な意味合いでは無く、主流派の長という意味だ。
ジョン・スミスを名乗る男はニュアンスを間違えず、重役の中でも有力者だと言う指摘に、怪訝な顔をして見せる。
この期に及んで否定するのではなく、疑問に疑問を返す形でお茶を濁して韜晦している。
「日本語で主幹と言えば下位の主任の長ですよ。上位と言う意味では無いのですが…。まあ冗談はここまでにして商売の話にしましょう」
「商売…ですか? どんな御用事かお聞かせください」
本当に課長職であれば、自分が所属する会社の商品名を上げるだろう。
だが俺が持ちかける話に興味を持ったのか、交渉のテーブルに乗って来た。
「今回の案件に関して、条件付きで技術提携に応じるつもりがあるということです」
「ほう…。キャプテン・シルバー社の。ですか」
俺は頷いた。
四葉の技術でも無く、ローゼンの技術でもない。
FLTから独立した子会社である、キャプテン・シルバー社の技術を出しても良いと言っている。
その中でも今回の件と伝えた以上は、定数化した魔法とバリーエション、ソレを前提としたアーマ-ド・スーツの開発だ。
「平河にアイデアを流したのは貴方ですね? その過程で生まれた技術であるならば貴方が思いついてもおかしくはない。どうせそうなるのであれば、本格的に技術交流しても悪くはないでしょう」
「私だけではないがね。それで条件とは何かな?」
否定するでもなく肯定するでもなく。
ただ態度がその表に現れる。巨大な企業であるローゼン社の一員としてつまらない交渉ならば受けないと言っているのだ。
「時期はこちらが完全思考型CADを出す前が良いですね。…名目は提携する子会社でも服飾店でも構いません。交換する株式・転換社債の類を買い戻させてください」
「か…完全思考操作型CADの新作を? 確かにその情報を手に入れられれば…」
今思い付いている新しい完全思考型CADを商品として提示した。
ローゼン社も当然ながら最初に開発したメーカーとして開発しているが、マキシミリアン・デバイスと争っても居る。
トーラス・アンド・シルバーはカスタムメイカーでもあるので、技術提携して自社のCADを改良出来れば一時的に勝利する事もその期間を維持する事も可能だろう。
「しかしそれだけの技術なのに、報酬はそれで良いのかね?」
「現段階では本社の以降が強過ぎて困っているんですよ。ああ…そうですね、既に適当な名前で株の買い付けしているならそれもお願いします」
新会社設立に対し、株式を交換して資本提携とすることはままあることだ。
そして転換社債を優先的に発行することで、将来発行する予定の優良な株式を取得することも。
だが重要なのはそこではなく、この方式ならばFLTの意向を気にせずに、俺たちの元に自社株式を集中出来るということである。
この取引が成功すれば、将来に置いてFLTが自分達の都合の良いように役員を送り込もうとしても、拒否して完全独立することも可能になるのだ。
だからこそ、この男も妥当な取引だと判断すると推測した。
「他人の思惑を気にする必要があるのは面倒か…私にも覚えがあるよ。キックバックではなく買い戻しならば妥当と判断しよう。どうせ作る会社ならばブティック型の方がありがたいな」
「そういえばローゼン社もアーマーを開発する会社を有して居ましたね。ではその方向で調整します」
ブティックであれば、服飾名目で女性陣を送り込む事が出来る。
平河姉妹や美月を雇うことで、護衛を付けずに見守ることもできるだろう。
あちらもレオや日本の魔法師の関心を引いたりするために、双子やその他の女性タイプの調整体を送り込むつもりなのだろうが、こちらにも利益があるので気にしないでおく。
「そういえば名前を名乗って居なかったが…。まあ今は止しておこうか」
「ジョン・スミス氏と司波・達也が話をした。それで良いと思います」
ローゼンの血族と四葉の血族が交渉を持って居れば、それはそれで不穏な話になってしまう。
俺たちは肩をすくめてその場を後にしたのであった。
●別枠
週が明け、ローゼンの関与がほぼ終結したことでエリカは落ち着きを取り戻した。
だが元の鞘に収まっていない女性もまた存在した。
「手伝ってくれると言う話じゃありませんでしたっけ? …うそつき」
市原先輩は真顔のまま立ち上がると、俺の顔も見ずに生徒会室から出て行った。
部屋に入った段階でコレとは、相当におかんむりの様子だ。
「まだ関本先輩と俺を混同して居るんですかね? ちゃんと説明した筈なんですが」
「…あのね達也くん。思いがけない事態になっちゃてるのよ」
説明をくれたのは、会長職を辞した筈の七草先輩だった。
何故ここに居るかは問うまい。どうせ中条会長が泣き付いたのだろう。
「どういうことですか? 俺は護衛時以外は市原先輩に協力して重力制御型核融合炉の問題に取り組む予定の筈ですが」
平河先輩に施設をレンタルしていることも含めて、俺の目的に近い市原先輩の研究には前向きで手伝うつもりだった。
それが嘘吐き呼ばわりされては割りに合わない。
「それがね。達也くんたちが放課後にやってる話が、いつのまにか協会だけでなく学校にも広まっちゃってるの」
「そういうことですか。ですがアレはあくまで余暇でのこと。学校に居る間は少なくともこちらの手助けに専念するつもりです」
人の口に戸口は立てられない。親族に関係者が居れば噂が広まっているのはまあ仕方ない。
とはいえ予定は重力制御型核融合炉の可能性に向けて、その基幹技術を魔法で代用して見せることであった。
一部の回路を実際に製作し、動力ではなく魔法で実行することで可能であると立証する為にメンバーは動いている。
そしてメンバーとはメイン執筆者の市原先輩とサブの平河先輩・五十里先輩だけではない。各部活に所属する部員達も自分が可能な範囲で手助けを申し出ているのだ。
部活連や風紀委員会もその一つであり、俺もその範囲で協力をして居る…はずだった。
「協会にもって言ったでしょ? 理事の人たちとかすっかり乗り気だし、百山校長先生だってそうよ。各校の選外でも提出が認められるのは知ってるわよね?」
「選外で提出しても、結局のところ認められて呼ばれたケースは無いと聞きましたが?」
各校推薦の一枠をコンペ前の六月に提出し、それを学内選考に掛けて提出すると言う段取りだ。
一応は研究資料ともども提出して、学校の推薦なしでも落ち込む手がなくはない。
だが、手間以前に認められて、コンペに呼ばれるほどの論文は無かったと聞かされていた。
「今回はその逆よ。向こうの方から速く登録しろって催促が来てるの。あーちゃんなんかすっかり混乱してるわ」
「それで先輩に相談してたんですね…。なんとも迷惑な話だ」
関本先輩などはコンペに選ばれる為に奮闘して、それでも叶えられなかったのだ。
それを協会の方から学校とは別枠で提出して良いと言われるのだから、恵まれてはいるのだろう。
贅沢な話だとは思わなくもないが、本心としては断りたかった。
余暇を使って並行して可能な研究ではあるが、俺の目的としては融合炉の方がメインだからだ。
自身の目標に近づく大きな一歩なのに対し、おまけに傾倒しろと言われた揚句に協力体制にあった市原先輩が激怒しているのではまるで割りに合わない。
「俺の目的は重力制御型核融合炉を実現させて、魔法師が兵器の立場から脱却する事です。俺以外も含めて時間もありませんし断りたいと思います」
「そういう所までそっくりなのね。リンちゃんは魔法師の経済的な独立と言ってたけど。これだけ相性良いんだから…本当に付きあったりしないの?」
会長はなんでもロマンスにからめたがるが、実のところ俺は冷めた目線で市原先輩との同一性を見ている。
良く似ては居るが、あまりにも似過ぎている。
ここまで類似性があるのだとしたら、外的要因が似ているとしか思えない。
「もしかしたら市原先輩の家は…。いえ何でもありません」
俺が四葉の分家の出であり、実験体であったように市原先輩も同様の立ち位置を持って居る可能性はあった。
四葉以外に分家があると言う話を聞かないが、隠して居るだけで存在する可能性はあるだろう。
だが、それを知って何になるのだろう?
同病憐れみ傷を舐め合う様な正確でもないし、仲直りにによって、目指すべきは融合炉に向けてすべきだ。無意味なことは聞かないに限ると会話を打ち切ることにした。
だが、結果的に俺の目論みは失敗に終わる。
理由としてあげた担当者たちが、不眠不休で試作案などを作りあげてしまい、後は採寸とCADの仮り組みだけまで行ってしまったのである。
サンプルとして描かれた、『
と言う訳で、次回くらいにはコンペへ突入。
ローゼンの話題は終わり達也くん達も別枠でコンペに参加します。
世界初の飛行型スーツは黒いパワードスーツではなく、赤いウェディングドレスになります。