√シルバー【完結】   作:ノイラーテム

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九校戦本戦、後編

●星勘定の読み合い

 九校戦が終盤になり、点数差の面では一高が巻き返して居た。

 しかしそれは各校がお互いの得意分野に絞ることで、星勘定の奪い合いに移行し結果として平均化したせいもある。

 

 それ以外に今回の大会で変わったことと言えば、実験的な魔法やエレメント出身者に特化タイプの生徒を投入して来たことだろう。

 やはり考え得ることはみな同レベルであり、一歩先を読むか意表を突くかどうかが戦いの分かれ目になっていた。

 

「まさか二校が化生体を使ってくるとは思ってもみなかったが…。本戦ではいけると思うか?」

「大丈夫。先輩達には伝えたから次は負けないと思うよ」

 驚くべきことに昨日行われたモノリス・コード予選の最後試合で、二校は化生体を使用し奇襲によって一高を破った。

 十文字先輩を極力無視して引きつけるだけにして、残りのメンバーを圧倒したのだ。

 

 対処手段があるのに伝えて居なかったのは迂闊だったが、予選は総当たりなので危なげなく本戦に出場できている。

 勝ち抜け方式である今日から行われる本戦で確実に対処しておけば良いだろう。

 現在行われている二校と三校の試合も三校にすれば、対処可能な確率は高いものと思われた。

 

(ウォン)の煙に比べて未熟だが、考えてみれば京都にある二校が古式魔法を覚えないというのもおかしな話だ」

「ことはそう簡単じゃないよ。他はともかく九島のお膝元である二校とだなんて…。誰かが仲介したんだと思う」

 古式魔法師が隠れ住む京都にありながら、これまで二校は縁が無かった。

 それというのも魔法師を牽引してきた九島家は、自分達を裏切り抜け駆けした相手だと言う認識があったからだ。

 幹比古が言う様に何者かが手引きしたと考えるべきだろう。

 

「化生体だけ使える奴が売り渡しただけかもしれんが、過信は禁物としておこう。古式魔法は使えて当然と思うべきだ」

「その方が良いね。副会長にも一応は対処手段を伝えてある」

 俺は幹比古の判断に頷きつつ、雑務に当たっていた深雪を手招きした。

 

「お兄様。何か御用でしょうか? もしや新人戦で不都合でも?」

「正確には俺が出場するモノリス・コードじゃないがな。…里見選手に伝言を頼む」

 俺が警戒したのは、二校が化生体を利用したことで亜種的な使い道をする可能性を考えたのだ。

 

「ミラージ・バットでですか? 承知しました。スバルにはどのようにお伝えすればよろしいのでしょう」

「里見選手に用意したアレを、二校も覚えている可能性が出て来た」

 新人戦のミラージ・バットに用意したのは、飛行魔法のアレンジではなく跳躍系のアレンジ。

 飛行魔法は消費するサイオンが大きいし、新人戦では使わないか短時間に留めておいた方が良いとの判断だ。

 だからこそ元から跳躍が得意な里見選手をそのまま起用し、飛行魔法は混戦時の処理などに回予定だった。

 

 昔から天盤を造ってそこを台座にジャンプする方法があるのだが、俺は化生体を応用して扱い易くした。

 そのことによりこれまで上方に跳躍する手助けであったが、横や下などアクロバティックな使い道が出来るようになる。

 

「対処されること前提として、ほのかとは違ってコースクラッシュを警戒するように伝えてくれ」

「承知いたしました。その様に伝えておきます」

 ほのかが低スペックCAD戦でやった作戦は、光振動を探知してボールが出現する場所を事前に把握するだけのシンプルなものだ。

 だからこそ、視線を読まれた場合に備えて嘘のモーションを入れるのは容易かった。

 

 里見選手は探知では無く天盤を造って足場にするのだが、飛行以上の速度で横移動や急降下を行う為、フェイントを入れる余裕はない。

 そこで警戒しておき、頭に入れることでスムーズに入れるべきは混乱が起きた場合の行動だ。

 二校の選手も同じ様なジャンプを行うかもしれないと伝えておけば、間違えて衝突したり、他校とからんで空中で立ち往生する事態に備えられるだろう。

 

 そんな指示を出しつつ自分達が出場する新人戦を待って居ると、新人戦の二校と三校戦で再び意外な状況が待って居た。

 いや。予選とはいえ一校を破った昨日の試合を考慮すれば、三校が警戒しない筈が無い。

 新人戦とはいえ、うちと同じ様に備えていたと考えるべきだろう。

 

「幹比古はどう思う? あの動き」

「かなり動きを読んでたね。化生体対策も出来てたし…。場合によっては幻覚を使った戦闘の経験もあるのかも」

 三校は化生体を生成するまでのタイムラグや、その効果について具体的に知っていたと思われる。

 昨日の試合で沢木先輩が空気甲冑ごと組みつかれて、物理作用が無い幻覚部分を空振りしていたのに対し、明確にどの部分が問題なのかを理解して防護していた。

 更に解除も堂に入ったもので、スムーズに撃ち破って自由の身になっている。

 

「三校のコーチは『あの』マージョリー・ドーだ。幻覚を使った訓練くらいしておかしくはない」

「マジョーリー・ドーってあの? 世界一の戦闘系魔法師の…」

「え!?」

 幹比古が反応するよりも大きな声で、見学に来ていた明智選手が絶叫する。

 そのまま掴み掛って来たので、手を払って首回りを自由にした。

 

「それって本当なの!? 世界的な有名人じゃん! あー会いたかったなぁ。グランマのお友達だって言うのに会った事無いんだよね」

「フレイムヘイズは常に戦場に居るような存在だ。できれば会わないに越したことはない」

 言いながら明智選手がイギリスの有名な古式魔法師の家柄であることを思い出して居た。

 混血による能力強化を図った時代の縁談だったそうだが、戦闘を重視する魔法師ならばフレイムヘイズと交流があってもおかしくはないだろう。

 

「しゃべっても問題無い範囲で教えてくれるとありがたいが、どうかな?」

「いーよー! といっても私が知ってるのは有名な『即興詩』と…幻覚だと『トーガ』くらいなものだけどね」

 ”弔詞の詠み手”マージョリー・ドーが得意とする、『皆殺しの即興詩』はシンプルな詠唱式だ。

 CADが無かった時代に魔法式の雛型として、古式魔法を圧縮するために考案されたものと伝えられている。

 恣意的な対象調整はCADを使っても一番時間をロスする部分だが、そこを即興詩によって微調整して居る…らしい。

 

「トーガという魔法は着グルミみたいなかんじで、さっき言ってた化生体に近いらしんだけど。他に分身とか爆発させたりするんだって」

「なるほど。体の延長をメインにコピーして端末にするのか。うまい使い方をするもんだな」

 話を聞く限り化生体を使って、格闘や強化系の魔法を使う時に体のサイズを延長したりするらしい。

 そして幻影で造った姿だけに、コピーして分身するのも中に炸裂系魔法を詰めこむのも簡単なようだ。

 

「トーガって語源的にはギリシアの方の長い衣でしたっけ? ということは…」

「そうだが。何か使えそうな作戦を思いついたのか?」

 話を聞いていた平河(妹)が何やら考え込み始めた。

 流石に今すぐ使える様な案では無いだろうが、後の試合に参考になるなら聞いておいて損は無いだろう。

 

「いえ、試合とは関係ないんですけど、四校のアレと合わせてちょっと閃いただけで」

「そうか、なら終わってから…」

「それってどんなのでしょう? 私、気になります!」

 謙遜というよりは形になっていないらしく、この場は切り上げようとしたところで美月が食いついた。

 目を輝かせているのは単に面白がっているのか、それとも…。

 

「四校のアレってCADを隠す意味しかなかったじゃないですか。一応は最終形態用に関わってましたけど」

「そうですね。冬用のコートは重装甲で夏用はブレード付きくらい?」

 美月の勢いに押されて平河(妹)が少しずつ喋り始めた。

 とはいえまだ形になってないアイデアなのでうまく説明が出来ないようだ。

 

「つまり服も含めて意味のある連携型CADにしたらって思ったんです。どうせ特化型は1つか2つの魔法しか入れれませんでしたし」

「ヒーローのスーツみたいにしたらどうでしょう? それでですね…」

「…長くなるようなら俺たちは出るぞ。後は任せた」

 二人の話は長くなりそうだったので、俺たちは試合会場に向かった。

 まずは七高を倒し次に待ち受ける三校の対策をせねばならない。

 

 明智選手がこちらに向けて行って来いと掌を振るのを見ながら、渓谷ステージへと入場する。

 

●妖術、七人御崎

 渓谷ステージで海の七高と相対するのも面倒だが…。

 当然と言えば当然ながら、七高は七高で新戦法を導入して来た。

 

「どうやら隠し球を使うみたいだな。その意味では二校は切り札を使うのが早過ぎた」

「そうだね。今日使ってきたら先輩達は対処するのは難しかったかも」

 七高のメンバーは後先構わず川の側に直行し、何やら用意したツールを準備している。

 ややあって聞こえて来たのは、小さく繰り返す低いリズムだ。

 

 ドーッドッドッド。

 ドーン、ドンドンドン。

 

「我は川の源、流れる水を言祝ぐモノ。小澤のタケルこれにあり。この川は、母なる川に似た良き流れなり」

 太鼓が聞こえ始め、二人目、三人目が追随して徐々にペースを揃えて行く。

 

「我は川の流れし麓、その恵みを守るモノ。小渕のタケルこれにあり。この川が母なる川なれば、この地もまた故郷なり」

 一人目が口上を述べると二人目も続けて唱えるが、そこに特に意味は無い。

 精霊の眼で見ても大きな差は生じて無かった。

 

「我は川の勲し、荒ぶる勇しに乗りしモノ。小崎のタケルこれにあり。故郷の川であるならば何者にも遅れまい」

 三人目の口上と共に、三人の魔法式が連携を持って起動し始める。

 その展開はスムーズであり、言葉には意味が無い様だがリズムには意味がある用だった。

 

「どうするんだ? このまま見守るのか?」

「海の七高が川辺に居るんだぞ? 黙って受けるのは巧くないな」

 森崎が不機嫌そうに尋ねて来るが、俺としては首を振るしかない。

 見ては見たいが、最後まで確認していたら手痛い目に会うだけのことだろう。

 

「幹比古、なんとかできるか? 霧はその後で良い」

「じゃ、こっちでなんとかするよ」

 予め建てておいた作戦では、霧で覆ってその間に各個撃破する予定だった。

 七高が川を利用するのは読めて居たし、川の側であれば霧を造るのは難しくないからだ。

 

 やがて幹比古が幻術を用意し始めた頃、目に見えて様子が変わり始めた。

 三人が展開する魔法式は他愛なく一致し、その動きに乱れも綻びも無い。

 

「まさかあれは乗積魔法(マルチプリケイティブ・キャスト)、いや儀式魔法用の連唱式か。これはいかんな」

 乗積魔法(マルチプリケイティブ・キャスト)は特殊な例でしか見られないが、掛け算と言っても良いほどの効果を発揮できる。

 非常に労力の掛る魔法式の展開と事象改変を振り分けることで、圧倒的な能力を示せるのだ。

 

 これに対し儀式魔法用の連唱式は、得意な能力を持つ者が担当を分けるだけの方式。

 掛け算には及ばない足し算ではあるが、それでも高校生レベルでは圧倒的な能力であると言える。

 乗積魔法(マルチプリケイティブ・キャスト)が特異な関係のある者同士でなくてはならないのに対し、親和性・協調性のある者というもう少し広い範囲で同調できるのも大きい。

 

『見るが良い、妖術七人御崎! 受けるが良い、母なる川の流れを!!』

 ドーッドッドッド。

 ドーン、ドンドンドン。

 太鼓の音が鳴り響き、音が大きくなるにつれて川が膨らみ始める。

 明らかに魔法師一人の許容限界を越えた水量が、堰を切った濁流と化してうねり始めた。

 

 もし、俺たちが防御系の魔法を展開して待ち受けて居たら…。

 その時は押し寄せる水によって、文字通り為す(すべ)なく流されていただろう。

 

 高きから低きに流れて来る水は、ただの自然現象。

 既に事象改変から自然現象になり変わった時点で、どんな対抗魔法も意味を為さない。

 だがしかし、それは防御系の魔法で対抗したら…の話だ。

 

『やったか!?』

 同調したことで『川上』にも声量も大きく聞こえて来る。

 だが彼らは知るだろう。

 そこに俺たちが最初から居ないことを。

 

「なにっ! 幻だと!?」

「探せ! 近くに…」

「うわあ…、き霧が。早く消さな…流さないと」

 俺達と同じ姿をした偽者が、弱まっていく濁流の中に見え隠れする。

 あそこに居たのは俺たちの姿をした幻影であり、だからこそ微動だにしないのだ。

 

 霧が音も無く周囲を覆い始めるのは、ちょうどそのころのことだ。

 水気を帯びた霧はこの段階では、魔法で作ってはいるがまさしく霧ゆえに解除されるはずもない。

 

「くそっ! どうして流れないんだ!」

「もう一回やるか? 同調を…」

 次に烈風を起こしたのにも関わらず、霧は晴れることもない。

 最初こそ造った霧だが、今は幻覚の霧だからだ。

 そして霧の中で聞こえる声は二つ。

 

「なんで返事をしないんだ!」

 今度は一つ。

 精霊の眼で確認するまでもない。防御の薄い二人を森崎が移動系魔法で気絶させたのだ。

 俺も合わせて領域干渉の強力な三人目に対し、何度目かの術式解散を試みる。

 

(やっと成功したか。さすがに精霊の眼を使わないと実戦では難しいな)

 三つ連続で展開し、繰り返す毎に変数を自動調整する三連術式解散トリシュール。

 これがようやく機能し始め、精霊の眼を使用せずになんとか成功するに至った。

 現段階では、今のような余裕を持って繰り返せる時くらいしか使い道が無い。

(いや魔法の鍵や、、場所を保護している様な固定化された魔法なら、試せなくはないのか)

 そんな考えをしている間に三人目も倒れ俺たちは危なげなく勝利した。

 

「やはり強力な魔法には最初から対抗しないに限るな」

「校内予選で逃げ回ったのが役に立ったな。…水に強い七高の連中が戸惑ってた」

「偽者に気を取られて焦ったのもあるかもね。とりあえずはナイスファイト」

 森崎が憎くまれ口を叩いたが、満更でもない様だった。

 それほどまでにあの濁流の勢いは凄まじく、乗積魔法(マルチプリケイティブ・キャスト)ではないものの連唱式の強大さを窺わせる。

 リズムで合わせる為に時間が掛る上に人を選ぶことから条件が難しいが、面白い術式だったと言えるだろう。

 

●ヘリオスのチャリオット

 新人戦の最終ステージは岩場が選択された。

 ランダム性なので同じ渓谷や、他にも闘い易い森林・市街もあり得たが…。

 

「まあ平原ステージでなくて良かったと思っておくか」

 モノリスコードの決勝は、通常枠も新人枠も一高と三校の対決だ。

 今頃行われている筈の十文字会頭たちは、おそらく勝利を収めるだろう。

 

「ここまで接戦になるとは思わなかったな。会頭たちのおかげで圧勝かと思ったのに」

 現在の総合得点は一高が僅かに優位、続いて三校、僅かに遅れて二校が続いている。

 朝の試合で会頭たちは二校に勝利を収めており、新人戦の三位決定戦は切り札の相性問題で七高が二校に勝つと予想されるため、ここで二校は勝利争いから脱落。

 ここで俺たちが勝てばミラージバットを待たずして総合優勝、逆に負ければミラージバットが全てを決すると言う微妙な点数差だった。

 

「それだけ掛け持ち禁止の効果が大きかったということだろう。来年も…似た形式になる可能性は高いな」

 今年度が始まって暫くの下馬評では、七草会長や渡辺委員長を含めた三巨頭のおかげで一高勝利は確定とまで言われていたらしい。

 才能が突出したメンバーが揃うということは、それだけ圧倒的なのだ。

 それがまともな勝負になっただけ、今回試行された効果は大きいと言えるだろう。

 本当に教育的な効果があったり平等なのかはともかくとして、大会実行委員会が興味を覚えるのは間違いが無い。

 

「それともかく達也、今回もメインで幻覚を使うのかい? 一応はアレも持ち込んでるけどさ」

「さすがにプリンス達も許してくれんだろう。今朝がたの二校戦を見ても幻影対策は万全だと思う方が良い」

「ならどうするんだ? 正面から殴りあったら勝ち目なんてないぞ」

 念の為に尋ねて来る幹比古に返事をしていると、僅かな不安を滲ませて森崎が尋ねて来る。

 どちらかといえば森崎も気の強い方だが無理も無い。

 会頭たちの精強さに匹敵する能力を、同じ十師族である一条は持っているのだ。

 

「幹比古。霞む程度の幻覚と音での撹乱に合わせて、音波を調整できるか?」

「複合幻術を囮に三半規管を狙う訳? できなくはないけど一度やってるし対策されると思うよ」

「予選でやったアレか。確かに今回の大会はそう言う展開が多いよな」

 予選において森林ステージで戦った時、音波を浴びせて三半規管を麻痺させたことがある。

 それのアレンジだが、二人が警戒して居るのはどの切り札も一度見せたが最後、対策されてしまうということだ。

 

 初見殺しはあくまで初見殺し、判明した時点で終わりと言うのには同感だ。

 

「拮抗する状態を造って足止めしてる間に、精霊を行かせるってのも少し難しいと思うどっちの制御力も甘くなるからね」

「惜しいな。途中までは当たりだ」

 俺が狙いたいのは拮抗状態を作り出すことだ。

 こちらの策を潰させることで一手先を行きたい。地力で劣る以上は読み合いだけでも勝ちたい所だ。

 

「足止めということは…。一人ずつやる気か」

「そうだ。相手の出方は予想できるからな。逆手にとらせてもらう。以前に渡したアレを使ってもらうつもりだが…」

 森崎の確認に俺は頷いた。

 千日手で状況を固定し、拮抗状態になったところで各個撃破を狙う。

 もちろんソレを三校も警戒して居るだろうが、だからこそ盲点が存在するのだ。

 

「おそらく最も干渉力が強い一条のワントップで、吉祥寺が全体のフォロー役。三人目がモノリスと一条に想子ウォールを掛ける担当だろう」

「そこを狙うってわけか。良くもまあそこまで悪辣な事を考えるよ」

 どういたしまして。という他は無い。

 こちらが見えない弾丸(インジブル・ブリット)対策で幻覚を使う様に、相手も想子ウォールで守りを剥がされない様に戦う。

 戦力が同レベルの戦いである以上、対策を立て合うのは当然。

 

 後はどこまで先を読むか、あるいは意表を付くかでしかない。その意味において地力で勝る三校は、地味だが堅実な手段を取って来るだろう。

 問題は俺たちが一歩先を行く作戦を立てる様に、相手も何らかの作戦を立てるはずだった。

 これにどう対処し、いなしてこちらのペースに嵌めるかが重要に違いない。

 

 こうしてモノリスコード新人戦の最終戦は始まった。

 結果としてお互いが相手の作戦を読み合ったことで、一周回って手札の交換になったと言える。

 

「ホバリング移動? 高速で突っ込んで来るぞ!」

「仕方無い。幹比古は幻覚だけでも頼む。森崎はチャンスが来たらグラビトンに切り換えてくれ」

「了解。なんとか間に合わせるよ」

 吉祥寺は重力軽減の魔法で浮かび上がると、三人をまとめてこちらに突っ込んで来た。

 それはさながら古代の戦車が、御者・弓手・槍使いを載せているかのようだ。

 

 対してこちらが用意した切り札の一枚は、リンが居た頃に森崎に渡した見えない弾丸(インジブル・ブリット)のカスタム魔法だ。

 威力は殆どないが衝撃圧が強いので、かすっただけでも仰け反る効果がある。

 今は厚い情報防御で抜けないが、術式解体を当てるか振動系を何発か当てて森崎でも抜けるレベルまで強度を落とせば通用するだろう。

 

「どうやらこちらが陸津波(くがつなみ)辺りを使うと思っていたらしいな」

「まあこの地形だとそうなるよね。防がれ易い衝撃系よりも実弾を当てた方が早いし」

 吉祥寺は無数の土砂をぶつける陸津波を警戒していたようだ。

 物理的な攻撃は領域干渉が通じず情報防御も効き難い。岩場ステージゆえにそれを真っ先に警戒したようだ。

 

 使う気が無かった為、それは半分ほど意味が無かったが別の意味でこちらの意表を付いた。

 各個撃破するつもりの戦術が、三人同時行動によって無効化されてしまったのだ。

 また高速移動する事で、こちらの音波攻撃が間にあわなかったのも痛い。

 

「こうなったら、こっちが正面戦闘を挑むしかない。釣る瓶撃ちにするから幹比古も幻覚が切れない程度に頼む」

「軌道が低いけど飛んでるのか…。了解、なんとかするよ」

 俺は術式解体のバリエーションをバーストモードに設定し、同時にトリシュールを収めたCADも立ち上げる。

 代わりに振動系を入れた補助用のCADを待機させ、まずは相手の防御を剥ぎながら迎撃を行うことにした。

 

「まったく。コレが無かったら今頃は大変だったんじゃないかな」

 幹比古は以前に渡した札型の簡易CADを取り出し、扇状に並べて行く。

 その中から行使するのは雷童子や風魔法が幾つか。特に強力なのは確か荒風法師だったか?

 どちらもタイムラグがある魔法なので、フェイントを兼ねて弱めの風魔法から使用する様だ。

 左右から続けざまに使用しつつ、一部には遅延魔法を入れることで四つの魔法を連続で使用して居た。

 

(ならそれを邪魔しない程度に撃ち込まないとな)

 俺は相手の攻撃に合わせて術式解体のバーストモードで迎撃し、トリシュールは相手の情報防御を一応の目標に設定しておく。

 迎撃には成功するものの、案の定、想子ウォールで術式解散は防がれてしまう。

 とはいえ三連の術式解散は駄目もとだったので、想子ウォールを多少なりとも削れたことで良しとしよう。

 

「こちらが幻影で見えない弾丸(インジブル・ブリット)の妨害すると読んだんだろうが、逆に言えばアレは手数が減る。攻め続けるぞ」

 高速移動し続ける浮遊戦車は、こちらの精霊や撹乱攻撃を封じては居る。

 だがその制御で吉祥寺が手一杯であり、幻影を解除して直接視認が出来る様にならない限りは無理に足を止めて手を出してこないだろう。

 

「気楽に言ってくれるなっ! このままだとチャンスなんて一生来ないぞ!」

「まあ確かにそうだな。もう一枚手札を切るか」

 まだ見えない弾丸(インジブル・ブリット)を掛ける意味が無いので、森崎は振動系の魔法を連射して居る。

 それに合わせて俺も時々トリシュールを待機させ、振動系に切り換えて放った。

 当然ながら相手の情報防御を貫くほどでは無く、強度が削れて来たところで一度離れて掛け直されると言うありさまだ。

 確かに一方的に負けはしないが、勝機もまた薄かった。

 

「幹比古、アレを用意してくれ。目に見えたチャンスが来るから森崎はいつもで使える様に頼む」

「アレ? 気が進まないなぁ」

「西城が使ってたやつか。なるほど」

 幹比古は魔法陣を織り込んだ布をマントのようにして羽織る。

 そして移動しながら、その布に短時間しか継続しない幻覚を掛けながら岩から岩に移動を開始。

 三校側から見れば幻覚の効果が増幅されているのが判った筈だ。

 

 この効果を見破らせることで、強力な幻覚攻撃を仕掛けるのだと錯覚させる。

 しかしそれはブラフであり、実際には幻覚魔法を強化させるつもりはない。

 視覚を遮断し、一時的に覆い被さってくれれば良いのだ。

 

「いけ!」

「そんなの当たる訳ないだろ!」

「避けろジョージ! 回り込んで来るぞ!」

 幹比古が投げつけた布は、アッサリと回避されてしまう。

 だがそれは狙っての効果であり、荒風法師用に使役して居るSBが布に風を浴びせてコントロールしている。

 

 とはいえこのままでは当たることもないし、当たったところで効果は薄い。

 そう、このままならばだ。

 

「良し、やれ!」

「判ってるさ!」

 衝撃力に特化した見えない弾丸(インジブル・ブリット)が、布に直撃して機動を変える。

 それは浮遊戦車の一角に引っ掛り、三人目の選手を跳ね飛ばし、同時に全体をグラつかせた。

 

 開戦当初に連中を各個撃破しようとしたのは、役割が決まり過ぎて誰が欠けても連携を為さないことだ。

 一条が欠ければ攻撃力を欠くし、吉祥寺ならば全体を見据える視野が失われる。そして三人目は想子ウォールを上手く扱えなくなるのだ。

 当然ながら俺はこのタイミングに合わせて振動系をトリシュールに戻し、術式解体と術式解散を乱れ撃った。

 

「くそっ! まさかここでも見えない弾丸(インジブル・ブリット)を使って来るなんて!」

「悪いがこの勝負はもらったぞ」

 布越しに重力が掛り三人目が跳ね飛ばされながらもがいている。

 その間に想子ウォールごと情報防御を剥がし、森崎が移動魔法で気絶させる為の隙を狙う。

 当然ながら幹比古も黙っている訳では無く、先ほどまでは使えなかった地列魔法で術式解体を迂回しながら拘束に掛っていた。

 

 同時に距離を三校側のモノリスに向かって詰めることで、直接解除する機会を窺っておく。

 なにしろ相手はクリムゾン・プリンスにカーディナル・ジョージだ。一筋縄で行く筈もない。

 地列魔法の拘束を自分たちに重力魔法を掛けることで脱出し、狙い澄ませた雷童子による降雷を新しい情報防御で防いでいたのだ。

 

「…粘ったな。だがチェックメイトだ」

 一条たちは疲弊し、防御を間に合わせるので手いっぱいだ。

 そして三人目は布の拘束から脱出したものの、跳ね飛ばす為の魔法ゆえ距離が離されている。

 モノリスに向けて術式解体を連発し、予め掛けてあった想子ウォールを粉砕しながら何度目かの射撃で解放した。

 

 あとは幹比古がSBを使ってパスを読み取り、撃ち込ん終わりである。

『それまで! 第一高校の勝利です』

 アナウンスが流れた後、その場に居る六人は荒い息を突きながらへたり込んだ。

 

 




 と言う訳で九校戦の試合は終了です。
一応はミラージ・バットも残って居ますが渡辺委員長と深雪そして小早川先輩が華麗に空中を待って勝利を飾るしょう。
次回でアフターフェスティバルをやって一応は九校戦の幕が閉じます。

 今回の九校戦ですが、同じ選手が別々の試合に出場できず、低スペックCAD戦と言う新しい分野があるので確実に勝てる選手が足りなくなっています。
七草会長がクラウドボールとスピードシューティングのどっちに出場するのか、渡辺委員長はバトルボードを外すだろうけどもしかしたら…。
とかいう読み合いをしつつ、そこに勝てる選手を投入することで点数が平均化しております。
また、シルバーが一校に居るので各校の技術者や援助している研究所も奮起して居るので、普段なら投入しない実験技術を試験して居ます。
もちろん勝てる時は使わないのですが、負けると判ってる時は博打で挑戦してる感じになります。
そして、技術者が頑張っているので、初見殺しは次の試合でアッサリ無効化される裏方の戦いも行われています。

・二校の化生体
 (チョウ)先生の手引きで教えてもらった化生体で頑張りました。
本戦で使えば対策され難かったのでしょうが、予選で使わないと本戦に上がれなかった模様。

・スバルの天盤跳躍
 千葉寿和が使った跳躍と、fateプリズマイリヤにおける美遊の跳躍の中間。
足元に化生体で板を造り、そこを足場に上だけでなく横や下に向けて跳躍する。飛行魔法よりはサイオン消費が少なく管理もし易い。

・千秋と美月の服飾CAD
 今回は関係ないのでモチーフや結論は次回で。名前は少しもじってコマンディアとかになるかと。

『妖術、七人御崎』
 七草家の双子が使う乗積魔法(マルチプリケイティブ・キャスト)と”煬煽”ハボリムの『熒燎原』(シャナ)の中間であり劣化互換。
リズムを使用する辺りは、アニメ版ジャイアントロボの三兄弟も流用。
魔法の難易さは加速度的に難易度が上昇するので、分担するだけでかなり楽になると同時に、強化は足し算では無く掛け算になる。
他者を強化する魔法を広範囲に使えば、同レベルでの戦いが圧倒的に楽になる。こういった概念を元に、一人では不可能なことを同調して行使して居る。
とはいえ完全再現するのは無理なので、儀式魔法で使用する連唱を使用して、部分的な協調をしているだけである。
なお無理して同調と言うよりは、合わせ易い仮想の八人目(ここでは四人目)を想定しソレに合わせているだけなのがミソ(ブランシュの時にやった変装と同じ)。

『浮遊戦車』
 加重系統で板を造り、それに乗ったメンバーの重力魔法で軽減。能力を絞った飛行魔法で引っ張ることで地表すれすれの高速移動を行う。
飛行魔法と言うよりは、ホバークラフト的な存在。

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