√シルバー【完結】   作:ノイラーテム

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九校戦本戦、前編

●トリシュール

 朝になって俺は残った作業に取り掛かる。

 使う気が無かった全力を試合で使う為には、十分な調整が必要だからだ。

 前から使っている魔法だから事前公開が不要とは言えとは言え、このパターンは初めてだというのもある。

 

「おはようございます。お兄様」

「おはよう深雪…」

 俺は昨日の事を伝えようかと迷ったが、気苦労を掛けるよりも知らない方が危険なのでやはり話しておくことにした。

 

「深雪。その…なんだ。昨日、フレイムヘイズと出逢ってな」

「まぁ。珍しいこともあるのですね」

 驚いたのか深雪が口元に手を当てる。

 それはそうだろう。もともと絶対数が少ないのに、『紅世の徒』が姿を消してからは見付けだす為に奔走したり、行き場を無くして暴走する者が多発した。

 

 俺も昨日までは見たことが無いし、もう少し広いカテゴリーの自在師ですら吉田教諭ほか数名である。

 

「その時まで知らなかったんだがな。連中は本質を示す徒名の方で呼び合うらしい」

「…?」

 いまいちピンと来ないのだろう。

 俺自身、昨日呼ばれるまで理解して居なかったのだから。

「無知は言い訳にならんが、俺と深雪もフレイムヘイズのカテゴリーに分類されるらしい。そこで、な。”摩醯首羅”と呼ばれてしまったわけだ」

「っ!? お、お兄様…。それは…」

 ようやく事態が呑み込めてきたらしい。

 俺が”摩醯首羅”と徒名される、沖縄戦の立役者であることは知られていなかった。

 その名前が知られると、大亜連合の連中に目を付けられるだけでなく…。

 

 最低でも戦術魔法師級であること、マテリアルバーストの事を知ってる極一部の者には戦略魔法師であることが判明してしまう。

 

「事情も似ている一条と吉祥寺だけだったので助かったが…。深雪も気を付けておいてくれ」

「承知いたしました。私はともかく、お兄様の名前を名指しされると危険ですものね」

 無事に事情が伝わったことに安堵し、俺は最後の調整に入った。

 

 深雪が居ながら作業を優先するのは珍しいのだろう。

 いつもは邪魔しない妹が、少しだけスネた様に尋ねて来た。

 

「お兄様。それは?」

「バレたといっても出来るだけ情報は隠蔽したいからな。誘導する為に『トライデント』の紛い物を作っている」

 三連分解魔法『トライデント』。

 同格同士の戦いで有れば、必殺の攻撃など防がれて当然。

 ゆえに俺が分解魔法を使う時に、相手が防御すると仮定してクリーンヒットさせる為の術式を所持していた。

 

「実験室レベルでしか使えないグラム・ディスパーションを、なんとか可能な様に計測して行く魔法…ということにする」

 術式解散を三つ同時に放ち、変数を変えながら一つの魔法式に押し当てる。

 術式解体ほど確実ではないが、あれほどのサイオンを消費しないしタイムラグも少ない。

 

「これがあれば俺が試合で成功させてもおかしくないし、似たような名称にするつもりだから、中途半端に知っている者を誤解させるつもりだ」

 三叉の槍トライデントの別枠、あえて名前を付けるならトリシューラだろうか?

 いや、紛い物にするのだから、少しもじってトリシュールくらいが良いかもしれない。

 いずれにせよ名前は誘導できれば良い程度なので、似ていれば何でも良いだろう。

 

 しかし、そこまで話した段階で深雪に目を馳せると…。

 先ほどまでのスネていた顔はなりを潜め、どことなく嬉しそうな笑顔が見え隠れする。

 

「どうした? 御機嫌だな」

「お兄さまのお力が周知されていくのは、深雪にとっても嬉しい事なのです」

 知られてしまった事で色々と問題も生じるだろう。

 だがしかし、感情の俺の代わりに喜んでくれる深雪が、これ以上ないほど喜んでいるのを見て満足する事にした。

 

●手札の切り合い

 初日のカードは苦戦から始まった。

「押されてますね」

「想定内だ。問題ないだろう」

 同年代のはずなのだが、平河先輩の妹である平河・千秋は何故か俺に敬語を使ってくる。

 ラボに居る時に牛山さん達を思い出すが、学校行事でやられると不思議とこそばゆい。

 

「まさかバトルボードが壊滅だなんて…。クラウドボールは健闘してますけど」

「バトルボードはエースを他の競技に移したからな。他校も逆張りするよりはこっちの競技を抑えに来たんだろう」

 今回の九校戦では選手が複数競技に出ることを禁止している。

 バトルボードのエースである渡辺委員長は、ライバルであった七高の選手との兼ね合いもあって飛行魔法の経験でミラージ・バットに専念。

 一年で巻き返そうにも、ほのかや雫たち実戦投入出来そうなメンバーも他の競技に回っている。

 

 俺たちの動きを予想して居たのか、他校はこぞってこれらの競技にエースを投入して居た。

 クラウド・ボールも似たようなものだったが、こちらは校内予選で気を引き締めていたからか善戦している。

 桐原先輩が籤運悪く三校のエースとぶつかってしまったが、他の選手が上位に食い込んで居た。

 女子の方はエースである七草会長を残したことから、圧倒的な勝利を掴んで居るのも大きい。

 

「それになんだ…午後から巻き返すから問題無い」

「あ、さっき提出していたアレですか? 凄いですよねー」

「千秋ちゃんも判りますか!? あれって一年前のデュッセルドルフで発表されたばかりの技術なんですよっ!」

 話がCADに移ったためか中条先輩が話題に加わる。

 二人でワイワイと楽しそうな様子は、女の子の談義というよりは子犬がじゃれあっているようだ。

 

「汎用型に照準装置を組み合わせるなんて凄いですよね」

「流石に俺もドイツでやってなかったら、無理には試そうとしなかったろうな」

 スピードシューティングは主に特化型CAD…特に照準装置を利用する。

 起動速度の差と照準補正の両方を兼ね備えていることを考えれば、特化型CADを使わない手は無い。

 

 だが逆に言えば特化型の欠点である、複数系統の魔法を組み合わせられないと言う問題を残したままだった。

 大型の魔法を使う時にこの問題はネックになるのだが、照準装置を汎用型に組みつけることで解決する事が出来る。

 

「明智選手は射撃が得意だ。それを上方補正した以上はまず負けることは無いだろう」

 実のところを言えば、入学した頃に編み出した浮遊機雷系の魔法を組み合わせれば万全だったかもしれない。

 しかし、あの魔法は渡辺先輩の家用に登録してしまっている。

 逆にこのCADの概念はデュッセルドルフで公表されたものであり、あちらの研究所に申し送りする以外は滞りなく使えると言うのも大きかった。

 

「実行委員会の人たちも驚いてましたよ。検査に行ったら問題無ければジックリみたいって言ってました」

「専門の研究者じゃないと無理だと思いますけど、良く離してくれましたね。私だったらずっと見てますよ~」

 二人の会話を聞きながら俺は低スペックCAD戦の準備を始めた。

 

 殆どの競技は魔法の内容を絞り、可能な限り処理数を落とすだけだ。

 車のレースでいえば低燃費レースに挑む様な物で、重視する項目こそ違えどやることに差は無い。

 

 だが、たった一つ。

 従来の九校戦とは趣を変える競技があった。

 

「十三束。新人戦の方に出たいだろうにすまないな」

「構わないよ。この競技じゃなきゃ選ばれなかっただろうし、僕が向いているのは確からだからね」

 十三束選手は接触型の術式解体が使える。

 殆どの選手がCADスペックの低さに苦戦し、複雑な魔法で攻撃できないことを考えれば、見える魔法を全て防げる彼は非常に有利に戦える。

 更に付与型で足止めするタイプの罠も、踏み込んで捕まった瞬間に抜けだせることから、非常に向いているどころの話ではない。

 

 もし、もう一人のダークホースが居なければ…。

 十三束選手は低スペック戦の申し子とまで言われただろう。

 

「心配しなくても、僕と西城くんで千葉さんを守るからね」

「そういうこと、任せとけって」

「別に無理して守ってもらわなくても良いんだけどなー」

 モノリス・コードの低スペック戦は、軍で導入される特殊訓練だ。

 必然的に男女の区別が無く(参加者は絶対的に少ないが)、更に打撃戦までは許可されると言う特徴があった。

 

 どちらかとえいえば剣術大会やマジック・マーシャルアーツに近いレギュレーションと言えるだろう。

 複数参加可能ならば渡辺委員長や桐原先輩も本当は参加したいのだろうが、あの二人は低スペックCADに向いていないので断念している。

 

「今更ダメなんて言わないでよね?」

「クラウドボールは終わりかけてるからな。無理に捻じ込む意味は無い」

 打撃戦が許可されるのであれば、エリカは本来に近い戦闘力を発揮する。

 歩幅の短い自己加速を状況に応じて使い分けられることから、移動をキャンセルする為に他の魔法を使わねばならない選手よりも遥かな有利にある。

 十三束選手にも言えることだが、目に見えないタイプの複雑な魔法攻撃が扱い難いので、視認して回避できるのも大きいだろう。

 

 こうして俺たちはバトルボードやクラウドボールの失点を補うべく、午後の競技に専念することにした。

 

 

 モノリス・コードの低スペック戦は会場の問題もあり、初日から実行されている。

 意外だったのは四校が勝ったということだ。

 

「確認してなかったんだが、四校はどうやって勝ったんだ?」

 四校は複雑な技術重視とあって失念して居た者が多い。

 本戦ならまだしも、低スペック戦は一応の参加だと思う者が多かった。

 かくいう俺もその一人だが、まあ忙しさにかまけていたのは理由にならないだろう。ようするに全員が油断して居たのだ。

 

「レオみたいに叫んで加速していたよ。流石にコマンドワードは違ったけどね」

「音声認識型? レオが居なければアナクロだと思っただろうが…。世界は広いな」

 まさかそんな奴が他にも居るとはとうてい思いもしなかった。

 

 だが、驚くのはそこからだ。

「それがですね。活躍したのは女性なんです! 留学生の方なんでしょうけどスラッと素敵でした」

「留学生…? ああ、一応は規定が無いのか」

 まあ本戦に留学生を出すのは傭兵みたいでよろしくないということかもしれない。

 だから低スペック競技に参加したのか、それとも元から特化した二科生級だったのか。

 

「ともかく幹比古と美月が見ていてくれて助かったよ。画像だけで判断するとどうしても傾寄りができるからな」

「それにしても…どうして二人っきりなのかしら~」

「エ、エリカちゃん!?」

 俺が礼を言っていると、エリカが途中から割り込んでからかった。

 何と言うかこいつは話題まで攻撃的というか…それとも単にこの手の話が好きなのだろうか?

 

「別に二人きりってわけでもないよ。…というか、選手とスタッフで時間がある者は手分けしようってことになったじゃないか」

「あ~ら。そんなことは十分に知ってるわよ? あたしが知りたいのは、どうしてペアなのかなーってことよ」

 幹比古が必死で言い訳をするものの、挙げ足を取られて簡単に逆転されてしまう。

 なんというか殺伐とした緊張を持てなくなるが、何かあったら幹比古もエリカも瞬時に引き締めることができる。

 

 例えば突然の来訪者が現れた瞬間に、先ほどまでの和気あいあいとした会話が収束したのだ。

 

「誰?」

「ワオーウ! 後ろから近づいたのに見つかりマシタ!」

「NINJYA! ジャパニーズNINJYAなのですか?」

 エリカが振り向きながら尋ねると、そこには気配も足音も消した二人組が立って居る。

 

「あ、さきほどの話で出た留学生の方です」

「四校の?」

 なんとも似合わないチョイスである。

 気配や足音を簡単に消せるような連中が、技術の四校に入るというのは奇妙だ。

 これが戦闘面を重視する三校なら判らなくもないのだが(選手に成れるかは別にして)。

 

「チャーミングなワタシはUSNAから来た、リリィ・スナイパー。デース」

「プリティなワタシは、同じくUSNAのマリィ・スナイパー。デース。二人合わせてスナイパーシスターズ。ネ」

 双子というにはあまり似ていないので二卵性だろう。

 それはともかくこれで四校が勝利できたというのが腑に落ちる。

 一人くらいではどうしようもないが二人、それも連携が取れる姉妹であれば隊としての戦闘力が保証されるからだ。

 

「それで、何をしに来たんだ?」

「私タチと同じタイプのソルジャーが居ると聞いて驚きマシタ。ステイツでもヴォイスコマンドはレア。デース」

「そこで挨拶を兼ねて偵察に来たのデ-ス」

 信じ難いことにこの二人は本気で挨拶に来たらしい。

 これで本当に偵察だったら間抜け過ぎる。

 実際にこちらの様子を窺うよりも、レオやエリカにからんで話をすることの方がメインになっていた。

 

「エリカとレオはステディなのデスカー?」

「ばっ馬鹿言わないでよ。なんてこんな奴…」

「そういえばレオくんとエリカちゃん、時々二人で居なくなるわよね。も、もしかして…」

 そんな風に他愛のない会話をしている様子を見ると、やはりスパイには見えない。

 しかし、美月がこの手の話題で逆襲するとは思わなかったな。

 

「あれは単に技の一つも授けてやろうと特訓してるだけよ! ほら、レオも何か言いなさいよ!」

「うーん。こういう時にムキになって否定しない方が良いぜ? まあオレとしちゃあもう少しお淑やかになってくれねえと、こっちの身が保たねえ」

 焦るエリカだけなら困ったことになったのだろうが、レオがのんびりしているのでそれ以上の誤解を生んで居ないようだ。

 やはりこう言う時は無理に否定しない方が良いのか。

 俺も同じ様な目にあってる時は、参考にさせてもらおう。

 

「ワーオ! やはりNINJYAなのですね!」

「ニンポーを学んでいたとは、さすが私タチのライバル。デース!」

「誰がライバルよ! 今日知りあったばかりでしょ!?」

 エリカがやり込められているというか、右から左に流されているのは珍しい。

 普段はからかわれる立場の幹比古や美月も加わって、その日の日程は笑い話と共に過ぎて行った。

 

●蠢くモノ

 暗い部屋の片隅に仄かに輝く蝶が訪れる。

 どこから来たのか、何故か輝いているのかなど家主は気にも留めない。

 

 蝶の輝きは次第に変化し、人の首が現れた。

『食いついたようです。いかがいたしますか?』

 そいつが口を開くと、喉では無く大気が振動して声が漏れ始める。

 家主は満足そうに頷いた後、僅かに思案して傍らに居た男に声を掛けた。

 

(ウォン)。申し訳ないのですが、(スン)大人の甥御さまを暫くお願いできますか?」

「兵器ブローカーの元に逃げ込むまで…ですな? 承知しました」

 ここまでのやり取りは、予め決めておいたことだ。

 ロバート・(スン)は既に用済み。後は兵器ブローカーを巻き込んで消えてもらうだけだ。

 

 では、何を思案したか?

『”徒督”。私は何をすればよろしいので?』

「”朱桓”は追い掛けている部隊を見守ってください。逃げ切るようなら適度に証拠を残しつつ…主要な人物を探ること」

 それが首を操る者の本名なのだろうか?

 ジェームズ・(チュー)の使いに対し、家主である周・公勤(チョウ・ゴンジン)は命令を下した。

 

『全て終わった後で、そやつらを始末すればよろしいので?』

「いえ。その友人くらいにしておきましょう。時間を掛けて悩みを聞いて居る間に、緩々と仲良くなっておけば便利ですからね」

 マッチポンプでロバート・(スン)らを処分する。

 その過程で浮上して来る九島の影響が強い部隊に入り込み、自らの手札にしたいと(チョウ)は口にした。

 そうやって十師族に入り込み、時間を掛けて目的を果たすつもりなのだ。

 

『承知いたしました』

 命令を理解したことを告げると、首…『落頭民』と呼ばれる化生体は姿を消したのである。

 

「しかし、名倉さんは惜しいことをしましたね。用意周到に準備したのに自決されてしまいました」

 彼の地位を奪えれば楽だったのですが…。

 (チョウ)はそう言いながら、今も自らの一部に食い込んだ針の痕を眺めてから部屋を後にする。

 闇の中で蠢くモノたちの活動は、まだ始まったばかりであった。




 というわけで、幾つかの競技は割愛します。
クラウドボールは会長が勝って終わり、バトルボードは渡辺委員長が参加してないので終わり、スピードシューティングは雫の代わりにエイミィが勝利して終わり。
原作と同じことをやっても仕方無いので、モノリス・コードとミラージバットだけ描写して九校戦を終える予定です。

 低スペックCAD戦のモノリス・コードについて。
この新枠自体が捏造ですが、軍式ルールでのモノリス・コードは大幅な捏造になります。
・CADは最低限
・軍隊の訓練だから男女兼用
・刃物を使わなければ打撃戦OK
 となっており、エリカや四校の二人が女の子なのに参加しております。

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