√シルバー【完結】   作:ノイラーテム

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波乱の九校戦

●トラフィックス

 とあるビルの一室で、俺は居並ぶ学生達に説明をしていた。

 いずれもが将来を嘱望される技術者肌で、当然ながらカーディナル・ジョージも含まれている。

 

「…以上が飛行魔法を扱う時の手続きと注意事項になる」

 公開した飛行魔法を学生向きに調整して、説明と共に手渡すのが今回の『表向き』の趣旨だ。

 産業スパイが狙っている技術だけに、手渡しというアナクロな手法を全ての学校が納得して送り込んで居た。

 

「カスタマイズは構わないが、落下防止システム類を削ることは推奨でき無い」

「心配しなくても俺たちには無理さ。カーディナル・ジョージや四校の連中には別だろうけど」

 俺が最後の注意事項を念推しすると隣に居た学生が肩をすくめた。

 

「出来なくはないけど、選手に合わせるだけにした方が早そう」

「僕だってそんな無茶はしないよ。選手が落下したらそれこそ魔法師生命にかかわる」

 既に学生向きに調整したモノを供給した為か、修正可能な者たちも同様の回答を示した。

 選手の個性や他の魔法との兼ね合いで微調整は可能だが、無理は禁物と判ってくれるので話が早い。

 

(ようやくここまで来たか…)

 そう思うと感慨深い。

 表向きの理由は飛行魔法を渡すだが、こうした交流会を続け情報網の中心に居座るのが本来の狙いだ。

 

『紅世の徒』

 今では社会の裏側に潜んでしまった。

 その中でも…俺たち技術者を狙った個体を探し当てるために必要なことが幾つかあった。

 自然と情報が集まる状況を構築し調査し易くするだけでなく、同時に発言権を持った俺が『効率の良い的』になることで焙りだす為である。

 上手くすれば特徴や逃げ込んでいる場所を絞れるかもしれないし、それが駄目だったとしても、所詮は学生である俺ならば狙えるだろうと『紅の徒』の側から襲い易くするのが目的だったのだ。

 

 また飛行魔法の公開に対して、変数などのデータをこちらに渡す事が条件にしている。

 これは誰でも魔法を使えるような世界を目指し、いつか魔法師という存在がただの特徴になることが俺本来の目的でもあるからだ。

 集まったデータで重力制御型熱核融合炉への道筋が付けば、大きく前進することになるので、今回のことは重要な第一歩になるだろう。

 

「吉祥寺。この間に置いて行ったデータをもとに、複数人で多数を運ぶ術式を構築してみた。利用料が入った場合はどこに回せば良い?」

「…バックボーンとかのからみが面倒だし、そっちの技術を利用する時の費用と相殺してくれればいいよ」

「もう色々考え付いてたの? 流石は吉祥寺くんね」

 カーディナル・ジョージは流石に色々と気が付いているな。

 

 飛行魔法に関する目的とは別に、『四葉』が付け加えた目論みまで辿りついているようだ。

 見れば感の良い何人か…、研究所や十師族から情報の提供を受けて居そうな連中も同様の顔をしていた。

 

「なあ、例の噂って…」

「何のことかは判りませんね。推測するとしても…俺は応える権限を持っていませんよ」

 殆ど応えたも同じ回答だが、肯定でき無いのは同じことだ。

 断言するとそこから加速度的に、俺が『四葉』の関係者だと言う情報が広まってしまう。

 臭わせる程度であれば、噂話で留めておく必要があった。

 

(そう、このつまらない問答がFLTから独立させられることになったもう一つの理由だ)

 飛行魔法を実用化した会社に注目が集まるのは当然だ。

 だがしかし、その部門と本社で仲が悪く、追放された当てつけのように飛行魔法を公開すればどうなるか?

 四葉かもしれない疑惑は業績の低迷するFLTにでは無く、ラボと俺個人に集まることになる。

 

(これでFLTが四葉の資金回収企業であると言う疑惑は薄れた。俺個人が狙われるのは仕方がないしな)

 深雪が最有力候補からほぼ次期後継者として決定に近い形になった為、今回の様な手が打てる。

 どのみち『紅世の徒』に狙われるつもりなので、企業スパイやテロリスト如きは覚悟の上だ。

 表立って色々と手配ができるようになるので、今回の件は色々と必要な流れだったと言える。

 

「そうだ。うちの先生…コーチの女性が、九校戦で少し話をしたいと言っていたよ」

「コーチ? 覚えが無いが」

 去り際に掛けられたカーディナル・ジョージの言葉に俺は首を傾げる。

 コーチと言うからには特化型の元二科生か、一科生・二科生に関わらず三校の気風を考えれば戦闘専門の魔法師だろうか?

 

 当然ながら身に覚えが無いが、続けられた言葉は意外なほどに重要なモノであったのだ。

「因果の交差路で会おう。…と言えば判るとしか聞いて無いな」

「…そっち方面か。判った。とびきりの幸運を祈るとしよう」

 カーディナル・ジョージが判らないのも仕方があるまい。

 因果の交差路で会おうとは戦闘に特化した魔法師集団である、フレイムヘイズ間で使われるフレーズだ。

 似たような言い回しで切り返すと、少しだけ驚いた顔をしたので、そのコーチも同じ言葉を使っているらしい。

 

 九校戦で出逢うのが誰になるのかは判らない。

 だがいずれにせよ、ここでの会合を経て俺にとっての事態は大きく動き出した。

 

●対シルバー・包囲網?

 同じころ、とある料亭で会合が持たれていた。

「君のくれた情報通り、富士の会場で精霊が見つかったそうだよ。それと…電子金蚕もな」

「それは重畳です。これで九校戦は予定通り行われ、予定通りに終わる事でしょう」

 主賓である老人の言葉に招待者である青年は恭しく頭を下げた。

 

 予定通り。

 結果まで予定通りとは、いかなる意味か?

 スポーツ試合であるのに、八百長でもする気なのだろうか?

 いいや違う、この青年はこのままでは大会を開くほどの意味が無いほど、第一高校が圧勝してしまうと暗に言っているのだ。

 

「それで、君は私に何をさせたい? 何を目論んで居るのかね」

「まさか。そのような腹づもりなどございません。ただ…私は意見が異なる御方の言い争いを悲しく思うばかりです」

 青年が揶揄したのは、九校戦の準備委員会で行われている茶番だ。

 平等な理念がどうの、ならば対する方にも平等差が…とか、出口の無い答えに奔走している。

 

 まとめるのは最初から難しいのだ。

 トーラス・アンド・シルバーが傑出した技術者集団なのは便利で良い、学生に腕の良い技術者が居るのは将来が楽しみなほどだ。

 だが両者が一つであり、もともと優れた魔法師が偶然に集まっていることで、第一高校が圧倒的なのが問題なのである。

 第一高校が関東圏あるから生徒が集まり易いと言うメリットを越えるレベルであり、勝負が決まった大会をそのままにすることはできない。

 

 これだけでも痛いのに、司波兄弟が四葉であるという噂まで流れている。

 十師族級の魔法師が複数名所属し、サポートする技術者は国内随一。

 かといって競技の告知はとっくの昔に行われており、シルバーが居た所で影響の無い競技があったとしても、もう遅いのだ。

 

「もちろん私は大会を裏から操ろうなどと思ってはおりません。いわば契約した方の執事のようなものとして、滞りなく運営するお手伝いをさせていただきたいのです」

 ここで青年は依頼主から頼まれて票工作していることを打ち明けた。

 どうせ察せられているのだ、隠して居る意味は無い。

 

「では君は私の何を解決してくれると言うのだね?」

「九島閣下もまたお悩みだと思います。魔法師が発展するのも、四葉や七草が失われた力を取り戻すのも望ましい。ですが必要以上は好ましくないと」

 老人が長年に渡って頭を悩ませている内容を、青年はズバリと指摘した。

 余計な言葉は迂遠であり、時に発言する機会を失わせてしまう。

 もちろん言い過ぎては怒らせてしまうので、匙加減は重要であるが…。

 

「完全に元に戻って七草と四葉が対立し、あまつさえどちらが突出するのを望んでは居られますまい。できばずっと今の状況のまま…」

「ソレを狙って居たわけではないがね。知っているだろう? 二人とも私の教え子なのだし」

 現在の魔法師社会において、勢力バランスは絶妙であった。

 突出した力を持つ四葉家は精鋭集団。だからこそ『紅世の徒』討伐戦で大きく力を失ってしまった。

 同様に抱える人数の多い七草家も力を失ったが、特に大きいのは裏を担う名倉という人物が消失したことである。

 

 結果として四葉家・七草家の勢力は同レベルで下降しており、十文字家が防御特化ゆえに生き残った人数が多いので拮抗しているのだ。

 このバランスを維持したまま魔法師全体が発展し、再び四葉家・七草家が暴走しない様にコントロールしたいというのが九島と呼ばれた老人の望みでもあった。

 

「まあ良い、君と契約しよう。…ところで、執事ならば教えてくれないかね?」

「なんなりと」

 上手く行った流れか?

 青年は僅かにそう思った後で、楽観論を捨てることにした。

 なにしろ九島と言えば、トリックスターとして世界を震撼させた男である。

 油断すればどんなしっぺ返しが在るかも判らない。

 

 そう身構えていたからこそ、老人の質問に涼しい顔で答えることが出来たのである。

 

「例えばそう…大亜連合の日本に関する計画だよ」

「承知いたしました、ご主人様」

 さも他愛ないモノを要求するような口振りで九島は尋ねた。

 青年は恭しく頭を下げ、持ち掛けられている工作員の潜入計画を売り払ったのである。

 

 こうして呉越は同舟し、九校戦は波乱含みで開催されることになった。

 

 

 やがて会議は最高顧問といえる九島が出した、一つの提案にしがみついて態勢を立て直す。

 諸校は納得して胸を撫で下ろし、代わりに第一高校の首脳陣は紛糾することになった。

 

「どう言うことよ! 今になって大きな変更をするなんて! 十文字くんは黙って受け入れたの?」

「少し落ち付け七草。大会委員会の決定をこちらから否定はできん。それに…メリットもあったしな」

 慌てる七草・真由美に対して、十文字・克人の方は落ち着いたものだ。

 もともと物ごとに動じない男であるが、同じ十師族の女性と婚約してからは更に大人びた様な気がする。

 

「競技そのものは全く変わっていない」

「当たり前よ! 六月も半ばだというのに競技が変わったら困るどころの話じゃないわ」

「だから落ち付け真由美。…それで変更は具体的にどうだったんだ?」

 チャーミングで落ち着いた可愛らしい少女というのは外向きの顔だ。

 付き合いの長いメンツには彼女が感情を抑えているだけ、小悪魔顔して微笑むのが好きなだけだと知っている。

 突然の出来事があれば慌てるし、驚きもするのだ。

 

「変更されたのは複数参加の制限と新枠組の設定、それに伴う人数の増員だ」

「全員が一つの競技だけに集中しろ? こりゃまた反論し難い変更だな。それで…新しい枠組みってなんだ?」

「……っ」

 変わって渡辺・摩利が尋ねると、真由美は落ち付くべく思考を冷静に務めるようにした。

 彼女とて十師族に連なる者として家を背負っていく身なのだ、いつまでも子供では居られない。

 

「大きな魔法に頼らず、必要最低限の魔法とCADで攻略する別枠だ。新人戦とほぼ同じ点数で構成されている」

「なんともまあ露骨なシルバーメタだな。だが…」

 老師と呼ばれる九島好みのレギュレーション。

 やるなら生まれ持っての才能頼りでは無く、自らを運営する努力で勝ち取れということなのだろう。

 切磋琢磨する大会の趣旨にはあっているし、露骨に反対するのも憚られた。

 

「そうね。校内予選をやったうちなら反動が少ないかも。確かに許容範囲だけど…ちょっと出来過ぎな気がするわ」

「きっと落とし所を探ったらこうなっただけさ。もしかしたら百山校長が申し出た案なのかもしれないぞ」

「どちらもあり得る話だ。だが俺たちがすべきなのはそこではない。メンバーを選定し大会に備えることだ」

 三巨頭が納得すれば話は早い。

 疑惑を後回しにして三人はメンバーの選定に入った。

 校内予選で活躍した二科生や、省エネ向きの魔法を使える一科生などが選手として。

 そして柴田・美月や平河・千秋のような技術者を目指す二科生なども技術スタッフに加わって、大会に向けて始動したのである。




 と言う訳で今回は説明会、達也くん対策で色々と動きが出ております。
『主人公が無双する? なら策略で押し潰せ』とか、『いや敬して相手をするな。階段を外せ』と言う感じで露骨なメタが展開。

/九校戦の変更点
1:同選手が複数の競技に参加する事の禁止
2:工程数の少ない魔法・低スペックCAD専用の枠が増え、新人戦と同じ点数
3:人数の増枠
 と言う感じで、勝って当然の優秀なメンバーが複数の競技に出れなくなり、代わりに低スペックで地味な努力をする玄人好みの枠が増えております。
これにともない、いつものメンバー+@が最初から仲間入りとなっております。


 また今後の活躍も含めて、達也くんがシルバーだと知れている以上は、四葉関係者であると言う疑いが出るのは当然ですので
あえて噂を否定もせず肯定もしないというスタンスを始めて居ます。
この話では深雪が有力候補では無く、次期後継者でもおかしくない最有力候補ですので。
(黒羽家が当主交代、新発田家でも似たような状況でさっさと内縁関係に突入と、四葉そのものがガタガタで一本化が急務というのもあります)

/十師族の主な動き
1:四葉家
 黒羽・貢の負傷引退、家人や抱えている犯罪者魔法師の激減で低下中(秘密だけど)
司波兄弟の台頭により復興を強調。黒羽姉弟も公開しちゃうかも。

2:七草家
 次男はともかく名倉・三郎の消失により、表の人数もさることながら特に裏方面が激減。
健全化した状態で、真由美の台頭もあって緩やかに復興中。

3:十文字家
 とある事件において助けた十師族の女性と克人が婚約。
スーパー天然ボケなバカップルとして、勢力を増しつつあると推測される。

4:九島家
 気が付いたら真言が消失しているが、可哀想なことにまるで変化が無く勢力が変わっていない。
最も勢力があると言えるが、良くも悪くも御意見番なので口を出さない家。

 と言う感じで、上位四つの家が均衡して居ます。
突出して居るのは九で、四は六の助勢もあるので票を持っている…。
しかし、この両者は基本的に意見を言わないので、魔法師世界はかなり平和になって居ます。
シャナ・ワールドからすれば紅世に巻き込まれてなんで被害少ないの?
劣等生ワールドからすればなんでこんなに被害が出てるの?
と言う感じの中途半端な感じですが、魔法師は一般人と違って戦えることと、フレイムヘイズ化した時に最初から戦える人が居る、守られた際の情報が重要などです。
(被害者の中には、食われたのではなくフレイムヘイズになって音信不通なだけの人も居ます)

/達也くんの目的
1:情報網の中心に立つ
2:技術者を餌さ場にしているらしい、紅世の徒の情報を集めやすくする
3:目立つことで囮になる(影響力の割りに護衛が居ない)
4:FLTは利用されただけ、彼とラボが四葉の出先機関になっていたということにするため
 となっております

次回は十二・三日前後の予定ですが年末進行で遅れたり、逆に筆が滑って早くなることもあります。
今回短めだったのと、次回も短めなので早くなる可能性の方が高いでしょうか。

内容的にはいつものヘルダイバーを、立ち位置の変化もあってさっさと処理した後、閣下のお話でホテルIN+@。
九島閣下と周先生が手を組んで居るため、特に工作員は侵入しないし、ブランシュ辺で先にやったのでひと悶着もありません。

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