●妖精たちの輪舞
「お前達さえ良ければこの後で、今回の校内予選検討会でもやらないか?」
「せっかくですが…。この後は生徒会メンバーがミラージ・バットの試技を行いますので調整に行かねばなりません」
メンバー選定に関わることなので参加はしたい。
だが初の飛行魔法集団運用とあって、俺が外すわけにはいかなかった。
「やらないかと会頭がせっかく仰っているんだし、調整なんか他の…」
「止せ。司波にも司波の都合と言う物があるだろう。それよりも聞きたいことがある」
部活連側の主要メンバーらしい先輩の言葉を、十文字会頭が遮って首を振った。
「市原が珍しく不機嫌な顔で『生徒会は全員が義務』と言っていたが…。まさか俺や服部まで数えては居ないな?」
気難しい顔でジョークを言うとは思わなかったが、おかげ周囲のメンバーの緊張も解れた様だ。
先ほどの先輩も肩から力が抜けた様にガックリ来ており、一年の中には笑い出す者も居た。
「…当然ながら違います。よほど自分の参加が気に入らなかったようですね」
「そう言う事もあるだろう。だが注意しておけ。アレは普段静かだがそれだけに怒らせると何をするか判らん」
情報封鎖したまま訓練できる参加者が限られているので、市原先輩や中条先輩も飛ぶ訳である。
会頭も情報の封鎖に文句を言うつもりでそんなジョークを言ったのだろうが、あまり冗談が上手い方では無いようだ。
……恐ろしいことに、十文字会頭が冗談を口にしていないという事実が直ぐに明らかになった。
校内放送でミラージ・バット『ほか』の試技が発表されたからである。
『間も無くエキシビジョンとして生徒会一同によるミラージ・バット試技と、ミスター・シルバーによるCAD調整試技が行われます』
(なに?)
俺は聞いて居ない…。
慌ててマイクを持った市原先輩に目を向けると、恐ろしいほどの笑顔をこちらに向けて居た。
傍から見れば微笑んでいるように見えるが、深雪と同じタイプの怒り方なので俺には良く判る。
「そんな予定は無かった筈ですが…。仕方無い行ってきます」
「早速やられたな。逃げれない様に仕組んで来るから、怒らせるのは止めておいた方が良い」
できればそうしますと会頭に対して軽く頭を下げ、調整装置が置いてあるテントまで移動する事にした。
ほのかや雫が走って来るが、おそらくは先ほどの放送を聞いて推測したのだろう。
しかし、ほのかは何を慌てて居るんだろうか?
「たつやさーん! 大変なんです、助けてください!」
「何が起きたんだ?」
「…ゴメン。うちのお父さんが原因なの」
ほのかが涙目になって訴えかけて来るが、サッパリ要領を得ない。
そこで事情を知っているであろう雫に対して質問すると、父親であり企業を経営する北方・潮が関わっていると告げた。
「FLTから達也さんたちのラボが子会社化したでしょ? お父さんに上場した株を買っておいてとは伝えたんだけど…」
「なるほど。対象と一人当たりの購入数を制限したから、ほのか名義でも買ったのか」
「そうなんですよ~! しかも、その株を売ってくれって朝から集まっちゃって…。わたしの物じゃないのにー」
俺はこの後の騒ぎを予想してみた。
「雫、すまないが明日から暫く、ほのかの送り迎えをできるか?」
「構わないし時々そうしてるけど…?」
幾つかのルートを想定してみたがどう考えても、ほのかに安息は無いだろう。
何しろこの後、飛行魔法のお披露目をやるのだ。
急上昇した株価に対し、市場に出ない以上は持っている個人に対する直接交渉しかあるまい。
ようするに、今朝以上の騒ぎが彼女を襲うことになるだろう。
しかも直ぐに名義を移すと色々問題になるので、ほとぼりが冷めたころに雫名義に書き換えるまで時間が掛る。
「少し面倒なことになりそうなんでな。…俺は急に試技をやれと言われたからもう行かなくちゃならない」
「そんな、たつやさーん! え…?」
出来るだけ目を合わせない様にして逃げる様にテントに向かい始めると、ほのかが首を傾げた。
「なんであんな位置でやるんだろ。ちょっと高すぎないかな」
「流石だな。もう感知したのか」
「…? ああ、ミラージ・バット用の光球だね」
ほのかの視線がある位置に目をやると、テスト用にチカチカと光が輝いて見える。
上手く映せるか、それとも再調整が必要なのかチェックしているのだ。
「どうしてあの位置なんですか? もしかして、達也さんがジャンプ力強化の魔法式を考案されたんですか?」
「それはボクも興味あるな。スティーブル・チェースでみたかもしれないけど、ボクの十八番は跳躍でね」
「少し違う魔法だ。しかし里見選手も使うことになるから、見ておくのは損じゃないと思う」
移動しようとした俺の前に里見選手が回り込んだ。
少しワザとらしい格好付けであるが、十分サマになっている。
「なになに? シルバーくんの新しい魔法の話?」
「明智選手まで…。さっきほの放送を聞いて居れば判ると思うが、俺も試技で呼ばれているんだ」
里見選手に続いて明智選手まで現れてしまった。
当然ながら二人につられるようにして、彼女達の友人や仲の良い先輩達が詰めかけるので身動きが取れなくなる。
そしてとうとう、恐れていた事態に巻き込まれることになってしまった。
「あ、深雪だ」
「七草会長も! はやーいっ」
生徒会の先頭を切って、深雪と会長が空に舞う。
最初の光球に対して争って飛んで行き、深雪が先に叩くと判った瞬間に会長は別のボールに向かい始めた。
「あれ? 二人とも降りて来ないよ」
「あ、こんどは会計の市原先輩と風紀委員長の渡辺先輩が…」
「スバルも素敵だけど渡辺委員長もステキだよね~」
「あ、あんたそう言う趣味?」
深雪と会長が空中から降りて来ず、タイミングを変えて市原先輩と渡辺委員長が空に向かう。
二人とも深雪達との勝負は捨てて、高得点の光球だけを狙い撃ちにすることを決めた様だ。
「今度は初期の中条先輩と…あの人は風紀の…誰だっけ」
「千代田先輩でしょ? あの人も人気があるんだよっ。でも…」
「なんでみんな降りて来ないの?」
これで直線的な動きだけであったり、加重魔法で天盤を作成しその上を跳躍する形式も数は少ないが見受けられる。
ソレを使いこなせるかは別にして、テクニックがあり、かつ演算と処理が高い生徒会メンバーならば問題無く使用出来る。
だが、ゆるやかにカーブを描き、あるいはダンスを踊る様に動き始めると全員気が付き始めた。
「まさかアレって…」
「飛行魔法!?」
その場に居た全員の視線が、俺の元に突き刺さっていた。
周囲に居た全員が詰めかけ始め、俺の到着が遅れたことに疑問を覚えた部活連メンバーが到着するまで…。
俺は一歩も動くことが出来なかった。
●ミスター・シルバー
「ひ、飛行魔法…だと!?」
テントの中で一人の男がガックリと椅子に崩れ落ちた。
「しかも校内予選の片手間で…? ははっ。ようやく僕の誘いに載らなかった理由が判ったよ…」
誰もが彼のことを痛ましい目で見ていた。
彼はことあるごとに、自分達とミスター・シルバーこと司波・達也との間に差は無いのだと口にして来た。
存在するのは危険と、プロの技術者とのコネクションであったり、企業が蓄積して居る知識の差なのだと言って来た。
これまでそういって、部活連側スタッフの心に発破を掛けて来たのだ。
「コンペなんかで成果を出す必要も、選ばれるかどうか焦る必要も無かったんだ。……ははは」
もともとコンペ選考会に提出する為に忙しい筈の関本・勲が、九校戦の校内予選に力を貸して居たのは司波・達也に対する対抗心だと言ってよかった。
機会さえ与えられれば、面白いテーマの研究さえ完成させれば、自分だって上手くやれると思っていたのだ。
「元から僕らなんか相手にして居なかったんだな…。なのに勝負しようだなんて滑稽だ…」
「関本くん、貴方…疲れてるのよ」
平河・小春はうなだれる男に休むように提案した。
その時、彼のナニカが砕ける音を聞いた様な気がしたが…。生憎と彼女に、そこから先の言葉を出す勇気は無かった。
それに、彼女にはもっとすべきことが先にあったからだ。
「お、お姉ちゃん…。飛行魔法だって。私と同じ二科生なのに…凄い…」
「千秋にも出来るわよ。嘘じゃなくて市原さんも言ってたのよ、司波くんは天才肌で穴が目立つから、千秋ならきっと並べるって」
妹のキラキラとした目は、いつ依頼だろうか?
自分のことを尊敬してくれているのは知っていたが、いつしか期待に満ちた目で活躍するのを当然の様に思われていた気がする。
重荷だと思って否定する前に、妹が二科生として入学し、導いて欲しいと頭を下げられて引くに引けなくなっていたのだ。
「この後に試技があるって言ってたけど、一緒に参考にさせてもらおっか?」
「う、うん。…一緒に勉強するのって久しぶりだね」
ずっと重荷だった妹の目が和らいだ気がして、平河・小春は肩の荷が下りた気がした。
そしてテーブルの一つを二人で並んで占拠する頃には、…すっかり男の存在を頭の片隅から忘れ去っていたのだ。
やがて部活連スタッフにより、司波・達也が生徒たちから救出された。
もみくちゃになって質問責めだったところを、勇気ある(無謀と言い換えても良い)突入により連れ出したのである。
「では何方かの競技用CADを、九校戦レギュレーション下のCADで再現してみましょう」
「えっ!?」
「ん? 凄いとは思うけど、そのままコピーじゃいけないの?」
達也の説明に技術スタッフは驚愕し、理解できない門外漢は首を傾げた。
どうして自分達がやってるように、パっとやれることを試技にするのか判らなかったからだ。
「基礎能力の違うCAD同士でデータを移す事はあまりお勧めできません。専門家がおらず多少能力が下がったとしても、再調整をした方が良いですよ」
「種類の違う材料でレシピ通りの料理を作る様なものよね。気が付いたら味が違いすぎてるとか良くあるし」
「昔の車とかでもそうだっていうよな。カーブ用と直進用で全然違うっていうし」
話していると詳しい誰かが、車に例えたり料理に例えたりとフォローが入る。
とはいえここでは、オススメ出来ないということだけ伝われば良いだろう。
「なるほどー」
「でも競技用CADと大会用じゃスペックが違い過ぎるけど…」
「おもしれえ。そんじゃ俺のCADを頼むわ」
「ちょっと桐原くん、ズルイわよ!」
話が進む前に桐原・武明が手を上げた。
彼にしてみれば、以前からこういう時に協力を約束して居たので丁度良い機会だからだ。
「でもまあ、以前にモメたことのある桐原なら適役かな?」
「同じ様に使えなくたって、庇う必要ないもんな」
サクラであることを知らない生徒達は、仕込みだとは気が付かずに納得しているようだった。
彼らの推薦もあり、何人かの希望者の中で選ばれる。
そうして、フル・マニュアルで調整すると言うマニア向けの試技が始まった。
大きな画面ボードに全体の工程を映し出し、小さなボードに何をやったかの説明を赤字で付けて解説して行く。
当然ながら、技術スタッフにコツを教えて全体技術を引き上げるためである。
こうして表ではミラージ・バットによる飛行魔法のお披露目が行われ、裏ではミスター・シルバーの実質的なスタッフ・リーダー就任が決まったのである。
●暗躍
「先生のお力でなんとかなりませんか?」
調に態勢を整える第一高校があるならば、対抗する者たちが蠢き始めた。
「私としても毎年行われる九校戦は愉しみにしております。ですが九島閣下ならいざしらず不詳の身に何が出来ますやら」
「御謙遜を…」
横浜にある高級中華料理の店で、その会合は行われていた。
招待された長髪の青年の前に、数枚のデータカードが置かれた。
「無記名のゴールドとプラチナです。この予算で票稼ぎをお願いしたい」
「先生が『博打』を止めたのは存じ上げているのですよ。その手腕で何人か動かしていただきたいのです」
ゴールドやプラチナというのは通称で、金貨・白金貨のことではない。
足のつかない口座という意味で、交渉事に使われる単位の一つだと思えば良いだろう。
「あれは単に第一高校の優勝が決定的だから、『博打の胴元』など止めた方が良いと助言しただけですよ。…ですが、どんな方向に持って行けばよろしいので?」
ここで言う博打とは九校戦を対象に行われていた賭けの事である。
無頭竜が急速に力を失ったとしても、儲かるなら他の組織がやろうと思うかもしれない。
それに先だって青年が止めさせた発言力を買っているのであろう。
「先生がおっしゃった一高絶対優位が関係しているのですがね。いやあ、我々も身内で博打をしておりまして。このままでは勝負にならないと」
「そうでしょうねえ。十師族の若者に加えてミスター・シルバーまで加わっているのでは一方的に過ぎます」
「しかしみな学生です。参加するなというのも妙な話では?」
青年は持ちかけた連中の話を鵜呑みにはしなかった。
既に賭けの対象にならないほど、第一高校とその他の高校の力量がかけ離れているのだ。
素の実力が圧倒的であるのに加えて、これまで欠点であった技術スタッフが揃ったのである。もはや勝負にならないとまで言う者もいるくらいであった。
ハッキリいって、母校愛や郷土愛でも使わなければ賭けの対象にするのは難しいだろう。
そのくらいであるならば第一高校を無視した上で、二位以下を使って賭けをした方が面白いくらいだ。
もっとも一位が固定とあっては勝負の推測がし易いかもしれないので、興冷めかもしれないが。
「例えば『不幸な事故』でもおきれば別でしょうが、それはそれで参加する方が文句を言われると思いますが」
「いえいえ、そのような物騒なことを言っているのではありませんよ。せっかくの大会なのです。良い勝負をみたいと思いましてね」
招待客が喫する煙草に付き合って、青年は趣味の良い細巻きに火を点けた。
そして『不幸な事故』という言葉に合わせて、ゴールド相当のカードを指差してみる。
そのレベルの工作ならばゴールドで十分ですが? という彼の仕草に招待客は首を振った。
「第一高校優勢というのは、既存の競技・既存の採点方法が固定化してのもの。その辺りに変更がなされれば少々変わってくるのでは?」
「確かに面白い御意見です。しかし、既に競技の内容は各校に通達されたと思いますが…」
「何、競技の内容を変えねば良いのですよ。参加競技数や選手団の人数調整次第でなんとでもなりましょう」
要するに、七草・十文字・渡辺の三巨頭が問題なのである。
彼らが率先して参加可能競技全てで優勝し、影響された有力選手も良い点数を叩きだす。
競技内容も変わらないから、一高の方針である成績重視になれた生徒でも取り組み易い。
だが、一人一つの競技であったならばどうだろう。
あるいはチームを編成する段階で二つのチームに分けて、片方に補欠メンバーを入れる必要があれば変わってくるのではないか?
「そういえば…投票する時に選挙区を好きなように変えることを、USNAではゲリマンダーとおっしゃるそうですね」
「確か日本でいうと大山椒魚に近い形だったそうですな」
「まったくまったく、USNAというのはとんでもない所ですねえ」
青年が直接的に確認すると、ようやく招待主たちは首を縦に振った。
彼らは青年を使うことで、九校戦の準備委員を動かして欲しいのだ。
好きなようにルールをネジ曲げ、第一高校と他の魔法科高校のバランスを取ろうとしている。
確かに、彼らの言う方法でならまだ変更は可能な筈だ。
オッズはともかく賭けの対象にはなるだろうし、観戦する方も面白いかもしれない。
「何が出来るか判りませんが、微力を尽くしてみましょう」
「ありがとうございます、
だが全くもって彼らを信用しておらず、話を鵜呑みにもしていない。
そもそも彼らがこの様な持ちかけをして来ると、知っても居たのだ。
単に引き受けた方が都合が良いから一応は難しいと言っておき、最後にしぶしぶ頷いて見せたのである。
「ようやく帰りましたか。”徒督”、連中は何がしたいんでしょうかねえ」
「一高が苦戦から挽回する様子を見たいのでしょう。できるだけ色んな技術を見せて欲しいのだと思いますよ」
姿を消して居た男、
そして火など点いて居ない細巻きを灰皿の上に置き、指を弾いて幻覚の煙ごと消してしまった。
「
「…そういえば連中も手を入れてましたか。『人の』技術を盗み売りしようとは底意地の悪い」
所詮は学生の遊びだと思っていたが、飛行魔法が実用化されたとあっては話が違ってくる。
此処まで来れば
大会に潜り込んで居るスタッフを通じて、学生でも使えるように改良された飛行魔法や、様々な技術を盗み出そうと言うのだ。
ミスター・シルバーがそれほどの素晴らしい研究者であるならば、苦戦が続けば色々な魔法やコツを示してくれるだろう。
「そこまで判って居て、何故連中を放っておかれるので? 『我々』の技術を盗み出されてしまいますが」
実のところ九校戦のスタッフ枠に手を付けているのは
その利益を掠めようと言うのを、黙って見逃すのか?
「彼らには判り易い悪役で居て貰いましょう。何か不幸な事故が必要になった時はダミーは幾らあっても足りませんからね」
その問いに青年は微笑んだ。
すげ変える首は幾らあっても良いモノである。この先にコンペまであるので丁度良い黒幕候補であった。
「しかし、そうなると連中と繋ぐモノが必要になって来ますな」
「せっかくですので。ここは
第一高校に恨みを持つ、無頭竜の首領候補であったロバート=
と言う訳で、九校戦の校内予選が終了いたしました。
原作と違って本戦では電子金蚕さんも水中の精霊さんも活躍されませんが、周《チョウ》先生がアップを開始。
これから本戦・コンペ、その後のリーナ編に向けて行動される予定です。
とはいえ月末に向けて忙しくなるため、スケジュール的には十二月上旬に本戦開始。
既に無頭竜編や予選をやった分、本戦は原作よりも短くしてそのままコンペへ流れる感じです。
”徒督”
赤壁の戦いで活躍した武将の名前を名乗る青年。
横浜中華街に居を構え、それと名の知られた手腕の持ち主。
幻術や化生体のほか機械仕掛けの魔法を良く扱うが、一番得意なのは対人工作である。