√シルバー【完結】   作:ノイラーテム

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年輪は古きと比べ、幹を太くする

●飛行魔法

「深雪、すまないがいつもどおり転送しておいてくれ」

 早朝だというのにシルバー充ての端末へメールが二通。それも間髪いれずに。

 同じ場所からの連絡と、添えられた書類か何かだろう。

 この時間に送ってくるとは意外に早かったな…。というのが正直な感想だ。

 

「僭越ながらお兄様。中身を確認されなのですか?」

「おおよその内容は予想できるからな。魔法協会からだろう?」

 疑問系に疑問系で返すのは良くないが、この場合は断定できるので問題あるまい。

 深雪はおずおずと頷いて、転送ボタンを押していつも通りの処理を行った。

 あとは生徒会室なりで、関係者以外は居ない時に確認すれば良いだろう。

 

「どのような内容なのでしょうか?」

「以前の段階で、飛行魔法に関して牛山主任と結論は出しておいたからね。他の研究者が気配を見せた時用に公開準備はしておいたんだ」

 エリカ達をラボに連れて行った時、飛行魔法の雛型は出来ていた。

 ブランシュとの戦いまでに姿勢制御を突貫工事で終わらせて、条件付きのロックを掛けて新魔法として魔法協会に提出しておいたのだ。

 

「新機軸の魔法なので危険性もあり、現段階では公開する予定はありません。しかしながら、特許の問題で貴方がただけには…というやつだな」

 それなのに昨日までは公開しようと思わなかったのは、消費サイオンなどの問題が山積みだったからだ。

 現段階ですら商品として出せないレベルであり、プロトタイプの域を出て居ない。

 FLTを追い出されて子会社化する時期に合わせて、直ぐに商品としてラインナップに並べたかったというのもある。

 

「ロックの解放条件はこちらから連絡を入れて、あちらの役員が複数名揃うこと。まさかこんなに朝早くから揃うとは思わなかったが…」

 もちろん正規の登録手段ではないので、先に正式な公開を他の研究者にされたらアウトなのは同じだ。

 だが俺としては研究成果としての先を争うよりも、商品としての第一を争いたかった。

 少なくとも、まともに使えないモノを世に出して、勝手に実験されて事故と言うのは好みではない。

 例え自己責任と言えど、トーラス・アンド・シルバーが公表するモノは、可能な限り万全な状態で送りだしたかったのだ。

 

「どんな魔法か臭わせておいた役員も居るし、もしかしたら三校の連中から聞いた者もいたのかもな。秘密を暴かれて悔しくないと言えば嘘になるが…」

 感情が無いのだから悔しい筈は無い。

「悔しいと言う割りには、お兄様は楽しそうです」

 楽しいとも思えないが、やり甲斐は感じていた。

「これまでは無関係の分野には先人は居ても、同じ分野でライバルは居なかったからな。楽しく見えるとしたらそのせいだろう」

 これまではループ・キャストなど他者が諦めた分野で、自分が適正があるからと突き進むだけだった。

 これからは、他者が自分を出し抜いて来るという前提のもとに切磋琢磨をせざるを得ないのだから。

 

「そう言う訳で、協会からのメールは一通が提出しておいた資料を見たと言う物。もう一通は正式に公開するのは何時にするか…という提出書類か何かだろうな」

「そうですわね…。他の方が既に公開に近い形で協会に飛行魔法を見せているなら、その旨の通知だけで構いませんもの」

 送られてきた感想は、賛辞かもしれないし、もっと早く教えてくれという苦情かもしれない。

 だがそこに意味は無いし提出書類を正式に出すのは、牛山主任の方で担当して居るサイオンの吸引スキーム関連が終ってからだろう。

 それが完成すれば、安全弁としてのプログラムを付け加えての公式公開となる。

 

「…吉祥寺さんの飛行魔法は、お兄様の魔法と比べてどのようなものだったのですか?」

「俺の理論を予測したものなので同じ課題で躓いていたな。だから姿勢制御や高速飛行を全てオミットして居た。どちらかといえば説得用だと思う」

 カーディナル・ジョージが寄こしたのは加重魔法で作った天盤を動かすようなモノで、飛行と言うよりは既存の浮遊魔法を発展した形に近い。

 俺の魔法がヘリだとするならば、奴の魔法は気球と言う訳だ。

 

 この辺りは奴の得意分野転というだけでなく、飛行魔法の可能性に気が付いて、第三者にループ・キャストを使えば飛行可能だと説明する為のものだろう。

 どちらが良いと言う訳でもないし、俺の理論をそのまま予想して使っていることもあり、自分の魔法として処理しきれなかったのか余分な部分も多かった。

 あえて言うならば、色々とオミットした分だけ余裕…。

 例えば同意する対象を連れて飛ぶなどはやり易いかもしれない。後で暇を見つけて、二名程度で第三者を連れて飛ぶ魔法を作っても面白いだろう。

 

「場合によっては今日のモノリス・コードが終わった後に飛んで貰うかもしれない。構わないか?」

「お兄様の為ならば喜んで!」

 深雪の眩しい笑顔と共に、俺は第一高校へと足を向ける。

 出がけに電話が鳴り響いていたが…、間違いなく小百合さんのお小言なので無視して登校することにした。

 

 もし俺に落ち度があるとしたら、深雪用以外にも試作品を用意しておいたので、『深雪も』と言えばよかったというくらいだ。『キャプテン・シルバーとその一味』などと蔑み、FLTから追い出した小百合さんに話す事は何も無ない。

 

 

 これも予想できた話だが、学校に着くや七草会長に呼び出された。

「達也くん…。魔法協会だけでなく魔法大学からも問い合わせが来てるんだけど…」

「ああ、おそらくは役員の母体の問題ですね。二足の草鞋を吐いている人でも居るんでしょう」

「そういう話を言ってるんじゃないと思うがな…。真由美に聞いて私も驚いたぞ」

 七草会長は渡辺委員長と二人して、色々と影響を話しあっていたようだ。

 不安があるとしても十文字会頭ならば一蹴しそうな気もするが、部活連と生徒会で対決中なので話していないのだろう。

 

「あれ、もしかして飛行魔法を公開する事にしたんですか?」

「なんであーちゃんまで知っているのに、私だけ知らなかったのかしら…」

 中条先輩がきらきらした目で見上げて来ると、対象的に会長はどんよりとした目をこちらに向けて来る。

 明らかにヒガミだが、放っておいてもロクなことにならないので捕捉しておいた」

 

「こういう秘密は出来るだけ広めない方が良いからですよ。中条先輩はたまたま五十里先輩達とFLTの見学に来てたんです」

「ということは歌音も知ってるのか。だとするなら良く保った方かな」

 なんというか、五十里先輩と千代田先輩はワンセットという認識なのか。

 まあ、あの二人がプライベートで別行動している姿も思い浮かばないが…。

 

「じゃあリンちゃんはなんで知ってるのよ。やっぱり二人だけのヒ・ミ・ツ?」

「単純にコンペのメンバーに誘った時に、司波くんは魔法の完成に忙しいと聞いただけです。あとはブランシュに対抗する時の言い訳用ですね」

「なるほど軍が緘口令を敷かなかったら、飛行魔法の実験データを奪いに来たので撃退した事にするつもりだったのか」

 いつものように会長は市原先輩をからかおうとしたが、いつものように切り返された。

 渡辺委員長はもう納得してスルーしてくれたが、収まりそうにない。

 

「納得がいかないわ! 私だけのけものにしてズルイ~」

「エリカみたいなスネ方をしないでください。…せっかくですので、このメンバーで飛んでみますか?」

 仕方無いので俺はプロトタイプの飛行魔法用CADを取り出した。

 まだまだ未完成で売り物にはならないが、生徒会メンバーならば問題なく運用できるだろう。

 

「良いんですか!?」

「まだまだプロトタイプですが、基本的には完成して居ますからね。モノリス・コードが終ったらミラージバットの試技というのも良いでしょう」

「あっ、それ良いわね~。私も飛行魔法って興味あったのよね」

 啼いたカラスがもう笑ったという言葉があるが、中条先輩が飛びついて来た後で七草会長も機嫌を直してくれたようだ。

 対象的に機嫌を悪く下のが……。

「ちょっと待てください。このメンバーということは、私もアレを着るんですか?」

「いいじゃな~い。リンちゃんはスタイルも良いんだし、達也くんに見てもらいなさいよ。私や摩利だって毎年着てるのよ」

 珍しいと言うかいつも冷静な市原先輩がうろたえていた。

 やはり知識系というイメージがあるからか、自分が動くことは想像して居なかったようだ。

 

「わ、私も恥ずかしいですけど…。飛行魔法ですよ、加重系統三大難関の一つ飛行魔法である! みんなで一緒にがんばりましょう!」

「中条さんまで…」

 新たな問題が発生しそうな気がするが、この場は何とか取り繕えたようだ。

 

 今日のモノリス・コードは勝てるかどうか怪しいし、勝てても強引に行く可能性は大いにある。飛行魔法のお目見得で話題を流すのも良いかもしれない。

 妙に静かな深雪の笑顔を見ながら、俺はこの場の問題を棚上げにすることに決めた。

 

●作戦会議

「幹比古、準備はどうだ?」

「問題無いよ。できれば給水塔があれば楽なんだけど」

 授業が終わり、呪符の準備に余念がない幹比古の気配に教室の皆も声を掛け難いようだ。

 放っておいては次の授業になってしまうので、作業が折り返しに入り、もっと良い物を用意するか…と悩み始めた辺りで俺は声を掛けた。

 

「その辺りは期待するしかないな。無ければ無いで、時間を掛けてで構わないからアレを頼む」

「水道水が止められていたらかなり時間は掛るかもしれないけどね。…流石に下水を使うのはどうかと思うから」

 俺達は肩をすくめあった。

 十文字会頭が使う砂鉄の防壁に対し、水攻めをする気だからだ。

 温かい時期なので水を浴びせるのは作戦に入れても構わないと思うが、流石に下水を浴びせるのは気不味い。

 

「それよりもファランクスはどうするのさ? 対処法も掴めてないんでしょ?」

「まあな。見るより先に逃げ出したので、ぶっつけ本番になるが…。基本は十文字会頭とは直接戦わない方が良いだろう」

 見れてないというのは本当だが、視れてないかと言えば嘘ではある。

 『精霊の眼』を使って発動した魔法を確認することはできた。

 

 だがそれで判ったのは、どうしようもないという事実だけだ。

 ファランクスをなんとかしようと思ったら、余ほど強烈な火力で全方位から押し包むか、それこそビルでもぶつけなければ倒せないだろう。

 要するに殺傷レベルが定められたモノリス・コードでは、倒すのは不可能に近いと言い換えても良いだろう。

 

(しかし、押し包む…か。チャンスがあれば仕掛けて見るのも悪くは無いが…。連携が面倒になるな)

 ちょっとした対策を思いついたが、かなり前提条件が難しい。

 まず確実に砂鉄の防壁を排除し、残ったソレから引き離さねばならない。

 更に十文字会頭の意表を突き、会頭が何とかする前に…となると偶然でもない限りは狙って仕掛けるのは無理だろう。

 このアイデアは、砂鉄防壁を剥がせたら検討するとしよう。

 

「でもよう、昨日使った様な幻覚は駄目なのか?」

「ばっかねぇ。対策してるに決まってんでしょ」

「そうだな。最後の方は脱出して追いかけて来るペースが早かったから、あの場で色々と試した可能性がある」

 俺達に思惑がある様に、十文字会頭にも思惑がある筈だ。

 少なくとも、俺達が色々とやってくることを九校戦に向けての実戦練習くらいに考えていてもおかしくはない。

 問題なのは、会頭は練習だからと手を抜くタイプではなく、実戦さながらにその場で出来ることにチャレンジするタイプだ。

 

「十文字会頭の得意分野は5W1Hを把握する事だからな。もう方位系の幻覚は通じないと思った方が良い」

「5W1Hって、何が何処で何をしたってやつか?」

「そうだね。ファランクスは様々な防壁を組み合わせる魔法って聞いてるけど、常に全開で居るよりは、部分コントロールした方が消耗を抑えられると思う」

 通常の防壁系魔法ならば誰でもできるから、ファランクスの使い手が用いる必要はないと考える者もいるだろう。

 だがしかし、どんな攻撃もファランクスで防御できると言う自身がある者が、普通の魔法を必要最低限だけ使用するとしたら脅威だ。

 

 それは心の余裕であり、対する者の余裕の無さに繋がる。

 攻める側は一方的に防がれることが判っており、会頭にとっては多少出し抜かれても後追いで終える範囲であれば何とでも対処出来ると言うことだ。

 そして、見極める目を持っているということは、攻撃に転じた時にも差は出易い。

 そういう意味で普段は見掛け難い幻覚や術式解体は、丁度良い練習相手だった可能性すらある。

 

 そして、嫌な予感と言う物は往々にして当たるものだ。

 放課後に行われた予選で、時間稼ぎに使った幻覚はアッサリと無効化されたのである。

 

●モノリス・コード

 ドン! という鈍い音がして廃ビルの一角が揺らめいた。

「今の…」

「砂鉄の壁を一直線に延ばしたみたいだな。期待していたら大変だった」

 SBを介して仕掛けたのだが、包囲を誤魔化す為の幻覚を砂鉄で直接触ることで無力化されたらしい。

 

「さしずめ砂の波だが…」

「あれだとそう時間を掛けずにやって来そうだね」

「しっかたねえ。準備が整うまで俺らでなんとかすっか」

 建物から漏れる砂粒を見ながらそう答えると、幹比古が渡した呪符型のCADを、レオが完成した小通連を構える。

 

「幹比古。ビルの最上階にあるはずの給水塔はどうだった?」

「駄目。あるにはあったけど空だったよ。止められている上水道を遡らないと」

 俺はここで考えを切り替えた。

 音波で三半規管を攻撃しようとしても、雷撃や風で攻撃しても砂鉄の壁で防がれるだろう。

 ならば幹比古に渡した呪符型CADでは有効打にはならない。

 

「幹比古が上水道を開けて霧を出すまでは、レオの言う通り俺達で粘る。給水塔が無いのは痛いが、その分だけ水への考慮を外して居るだろう」

「了解。後は任せたよ」

 考えてみれば十文字会頭だって予測して居るはずだ。

 自分が使っている魔法に過信して水に弱いと言うのを忘れているとも思えない。

 逆に考えれば、水が容易に手に入らないこの状況で無理やり手に入れて、その上でもう一枚何かの策をぶつけることでようやくだろう。

 問答無用で攻め立てて、それでようやくなんとか出来ると思うべきだ。

 

「それで良いとして、どうすんだ?」

「基本的には変わらないさ。攻めるなら残り二人だ。どっちかがモノリスを守って居てくれれば楽なんだけどな」

 おそらく昨日の段階で十文字会頭が積極的に攻めて来たのは、今日は守りに徹するからだ。

 モノリスの周囲に着た者は排除するだろうが、迂闊に動くとも思えない。

 

 そう考えれば、先ほどの使い方は上手い手だろう。

(正面防御までではなく、そこからもう一歩。、…実際にはコウモリのソナー代わりということか)

 術式解体の脅威など無視して、レーダー兼防壁として展開する訳だ。

 これならば、護りに徹したまま、攻撃が出来る。

 十文字会頭が防御しかしないと思っていると、砂を踏んだ瞬間に場所を悟られて攻撃されかねない。

 

「レオ、少しだけ予定を変更する。会頭が幹比古のSBを部分的に使えると想定して、相手のモノリスには近づかないでおく」

「少し警戒し過ぎな気もするけど、構わないぜ」

 無効化でき無いモノとして警戒し、水をぶつけて鈍重化させた後で攻めに入る。

 後は会頭に攻撃を浴びせると見せつつ、実際にはモノリスに術式解体を食らわせ、手の空いた幹比古がSBでパスワードを読み取ればいいだろう。

 もちろん、倒しきれるなら先にこっちに向かっているであろう二名を倒しても良いのだが。

 

 こうして第一高校九校戦予選は、最終戦へと突入する





 と言う訳で、予選のモノリス・コードに突入です。
今回は前振りと、飛行魔法・FLTから追い出された話の回収になります。
前の試合で使った幻覚は既に見切られ、代わりに向こうが使ってるパッシブ・ソナーも見切った感じ。
十文字会頭が防御と見せつつ援護もするよ! と来れば、達也くんたちはそれを見切りはするけど、実力の差にフーフー言いながら戦うことになります。

 次回は早ければ十六・十七日くらいで
タイトルは登場人物の名前を使ってるので、レオなんとか。
戦闘が終わるまでになるかそれとも決着手前までで、その次に決着とミラージバットの試技とかになる予定です(次々回は達の也りとかみたいなタイトル)。

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