●もう一枚の手札
「それじゃあ、私も達也さんと呼ばせて頂きますね」
「構わない。こちらもほのかと呼ばせてもらう訳だし」
光井選手…ほのかと挨拶を交わし、コーヒーを待ちながら会話を始める。
とはいえ校内予選の帰り道ともあり、何気ない会話であっても自然と限られてしまう。
ほのかの出番はこれまでともあって、今日の反省もすませておきたいらしい。
「でも、それだけで良かったんですか? 確かに先輩たちからは幻覚の順番とか気を付けろとは言われてましたが」
「この場合は同じ条件の勝負なのに、もう一枚自分だけの手札があることが重要なんだ」
言いながら俺は、店のウインドウに並んでいるケーキを指差した。
当然ながらそこには、無数のケーキが並んでいる。
「ほのかが今日使った魔法は全て相性の良い光振動の幻覚魔法だけど、あそこのケーキから五秒以内に一つだけと言われているようなものだ」
「…見てたんですか? 恥ずかしい…」
「ほのかは時間かけ過ぎ。そんなに気に成るなら盛り合わせを頼めばいいのに」
雫が言うように、ほのかは無数のケーキから何を頼むか悩んで居た。
見ていて可愛らしかったが、決断力が高くは無い方なのだろう。
「高い才能も時には良し悪しだ。咄嗟にどれを使うか悩むくらいなら、一つだけこれだけはと自信が持てる方が良い。判り易い例で言うと七草会長だな」
「会長と比べる何んて酷い…。あの人は何でも出来るじゃないですかっ」
俺から見れば、ほのかも何でも出来るタイプなんだが…。
まあそれはヒガミになるから、黙っておこう。
「会長はベクトル反転と、たった一つの魔法をCAD無しで併用しているよ。それを使う時と使わない時を選んでいるだけだ」
「それだけだったんですか?」
「全く動か無いスタイルだから誤解を与えてしまうようだけど、そうなのよ。私も驚いたわ」
ほのかが驚くとすかさず深雪がフォローを入れて宥める。
ここは生徒会同士で会長と何度も顔を合わせ、時折練習時間に声を掛けていることもあり説得力が違う。
「そうだな。同じ魔法を時間の余裕に合わせて、全く別の使い道に用いていると言えば納得してくれるかな? ほのかも同じように余裕に合わせて一つの魔法だけを使い分ければ楽だったはずだ」
「えっと、確か画像の遅延処理のタイミングだけの方が良いって言ってたよね」
「確かに一つだけなら何とかなりそうですけど…。パラレル・キャストかあ」
会長は視点を追加するマルチスコ-プの魔法を、最初に短く一度、余裕がある時にジックリ切り替えながら使っている。
まずは全体を俯瞰する場所からレーダーの様にボールを確認し、余裕があると判った時だけ、ベクトル変換の方向を変えるために別の場所から見ているのだ。
当然ながら余裕が無い時は視点の追加もせずに、ただ同じ方向に反射して居る。
「さっきは迷うことをケーキで示したけど、今度はその余裕をポーカーで説明するとしようか。雫は普通に五枚、ほのかは六枚引いて後は普通通りに」
「一枚余分に引かれたら対等の勝負に成らないよ達也さん。…でもそういうことだよね」
「それだけで雫に勝てるとは思えないけど…でもそれなら少しは気楽かな」
雫は落ち付いていて顔色が替わり難いので、ポ-カーフェイスは得意そうだ。
ほのかが言うほど大きな差があるとは思えないが、それでも同じ条件で自分だけ一枚多いというのは大きな安心要素だろう。
「これが最初では無く、チェンジする時に余分に一枚引けるという場合はもっと替わるんじゃない?」
「そうかなあ…」
「まあ雫相手ではないと仮定してみてくれ。双方ともに同じ条件で、自分だけが使えるならそれは大きなメリットだ」
この辺りの反応は、武道をやってるエリカとの差だろう。
エリカであれば、同じ条件での小さなハンデをとても大きな物として認識していたに違いない。
対等の能力がある者同士であれば、その僅かな差が全てを決着付けかねないからだ。
「難しく考える必要はないさ。例えばミラージ・バットだが、光に対してあれだけ相性が良いなら余計なことをするよりも、先にボールの出現地点を察知するだけでもいい」
会長の視点切り替え作戦を参考に、光振動を探知する術式を使っても良いだろう。
「お兄さまの仰る通り察知だけでも凄い差が出るわよ、ほのか。ミラージ・バットは汎用型を使うんだし、他の選手よりも先に場所を把握するだけでもスピード勝負に有利なはずよ」
先に全体を把握し、他の選手が探している間から、ジャンプするために加速魔法を準備する。それだけで絶対的な有利になる筈だ。
「それはそうなんだろうけど…。深雪、ミラージ・バットには貴女も出るの忘れて無い?」
「深雪の構築速度は特化型並だもんね」
ほのかは深く考え過ぎて落ち込む様なので、少し別の話題を入れることにした。
それは警戒して居たことの一つであり、杞憂に終わったことだからだ。
「しかし、二人とも明日の競技には出ないんだな。特に雫はバイアスロン部と言って居たような気がしたが」
ボード・バイアスロン部の活動は魔法でボードを浮かせて移動し射撃すると言う、ロアー・アンド・ガンナーに近い競技だ。
雫のプロフィールを見せてもらった時、最初は気にも止めて居なかったが、調べてみると警戒を要する情報だった。
「私は出たかったんだけど…。先輩が恥をかくから辞めておきなさいって……。ほのかは良いなぁ」
「体型は魔法と関係ないんだし、達也さんの前で睨まないでよ……恥ずかしいから」
…本当にそうだろうか?
雫は胸のサイズを比較されるからと受け取ったようだが、仮にも部の先輩がそんな事を気にするとは思えない。
むしろ…。
「なるほど、専門家の読みは凄いな。一科生側の情報交換が上手く言って無くて助かった」
「「え?」」
「お兄さまはロアー・アンド・ガンナーで必勝法を考案されたのよ。先輩はそれを推測されたのでしょうね」
だから出場しなくて正解だった。
驚く雫たちに深雪が微笑み、簡単な説明を付け加えた。
気にはなったろうが、明日の競技に関わることもありそれ以上の踏み込みはお互いにしない。
それに辺りはすっかり更けて部活帰りというにはもう遅い。
俺達は気に成ったケーキを追加で持ち帰りで頼んでから帰ることになった。
まさか同じ時刻に、別の場所で深刻な対策会議が始まっているとも知らずに…。
●矜持とプライド
北陸は金沢に在る第三高校。
そこでは九校戦に関わる重要な問い合わせを確認する為、部活連を中心に関心を抱く生徒で賑わっていた。
「まさかこんなに問い合わせた早く答えが返ってくるなんてね」
「なんでも設置委員会がどう対応するかの会議するよりも早く提出されてたようよ」
「流石に専門家は仕事が早いな」
本当は質問状を提出するだけに留め、帰宅する予定であった。
だが、既に求めた質問状の答えが存在し、他校に回す処理の都合上、要約文を作成して送られて来ることになったからだ。
本来は数日後にどうするかの方針が伝えられ、相互のやり取りを考えれば九校戦の直前になってもおかしくない質問であったのだが…。
「それでどんな答えだったの?」
「そうそう。あの”トーラス・アンド・シルバー”がどう関わってくるか次第で考えることは一杯あるんだから」
「少し待て。直ぐに端末に回す」
責任者らしき三年生が、受け取ったデータを部活連の総合端末で解放した。
次いでディスプレイに移す処理を実行しながら読み上げるのだが…。
「要約すると工房としては関与しない。持ち込む物は規定に沿った物で、製品は事前に販売した物の一部だけ。技術格差の確認を求める場合は、前提付きで受け入れるというものだ」
一同が警戒して居たのはチーム”トーラス・アンド・シルバー”全体が、工房を上げてバックアップすることだ。
規定内のCADを使う限りは厳密には反則とは言えず、積極的な技術向上を図った時代には良くあったこととも言える。
「なーんだ。心配するほどじゃないのね」
それが一同の共通認識と言えた。
「でもそれならプロが関わるのも止めて欲しいけどな」
「それを言ったら僕も参加できないよ」
「集大成である十師族の俺が言うのもなんだが、研究所と密接な関わりのある魔法師の誰かがソレを言うのも妙な気がするしな」
こう言ってはなんだが、増えている一般の魔法師は除けば誰かしら紐付きの学生は多い。
ナンバーズばらば十師族だろうが百家に関わらず、多かれ少なかれ手厚いバックアップを受けているともいえた。
「そう言われたらどうしようもないわね。で、その前提条件って?」
「審問中だったら条件出せる状況でもないでしょうけど、問われる前の条件なら何があっても驚かないよ」
「大したことでは無いな。日常的に妹のCADを調整して居るから、制限する場合でも一年、あるいは一年女子は認めて欲しいそうだ」
その条件を聞いた時、周囲の殆どは拍子抜けした。
てっきり何かの技術利益を委員会に渡して、丁々発止の取引をしているかと思ったくらいだ。
「なーんだ。心配して損した」
「自分のパーソナルを相手に渡す様な物なのに、妹のを日常的にってのはシスコンなんじゃない?」
「そら仕方無いな。あんな美人で、しかもデータ調整し甲斐がある相手なら一日中でもやってられるさ」
ミスター・シルバー自体は二科生で、妹は新入生総代。
その大きな能力差や、外見情報を調べて居た事もあり概ね納得行ったという表情だった。
事実、忙しい者を中心に退出する者が出ている。
残っている者は、片付けの処理が残っていたり責任者や…そして一人の研究者だ。
「ジョージ…まだ何かあるのジョージ?」
「…本当にそうなのか? …ならば何故事前に? 万が一にも言う自体を避けたいとしたら、九校戦で…」
「どうしたの吉祥寺くん?」
ぶつぶつと考え事を国する吉祥寺・真紅郎に一条・将輝ほか仲の良い者が話しかける。
だが反応は相変わらずで、ちっとも離席しようとしない。
「帰るぞジョージ。考え事なら明日でも…」
「将輝。もしかしたら、今年はミラージ・バットを捨てないといけないかもしれない」
「ハア!?」
本人としては考えをまとめるために、推論の一つを何気なく口に出したつもりなのだろう。
だが時と場所が悪かった。
「ソレってどう言うことよ! せっかくメンバーの選定だって始まったところだったってのに」
「ミラージ・バットは九校戦でも点数の高い競技よ。いくら相手に凄い技術者が居ても降りるわけにはいかないわ」
「それに凄いと言っても、調整技術の効率や経験だけだ。CAD自体に差は無いし、魔法師と作戦でなんとでもできる!」
周囲は全員が九校戦に関わるメンバーで、それも遅い時間まで居残って情報を確認するほど熱心な物ばかり。
これで非難が殺到しなければ嘘だろう。
真紅郎が作戦を練る担当者の一人でもあり、その意見が重要視されるとしても…だ。
「ジョージ、お前の推論を否定はしない。だが、説明はしてくれるんだろう?」
「もちろんさ。ただし、現時点では小さな情報の積み重ねで確証が無いと言う事。そこは理解して欲しいし、埋める情報を持って居たら提供して欲しい」
将輝が促すと真紅郎は部活連の長に目を向けた。
「みんな座れ」
「思う事があっても、頭からの否定はするなよ」
「りょ、りょうかいです…みんな座ろ」
部活連会頭だか牽引役の上級生だかの言葉で、一同は黙って…というには程遠いが着席し始める。
「技術で上回るには二つの方法がある。一つは卓越した技で圧倒する事、もう一つは全く新しい技術・概念だ」
「みんなが警戒して居るのは前者として、ジョージが推測したのは後者と言うことか?」
ここは使いの長い将輝が女房役を務めて話相手を受け持つ。
その方が話し易いし、案をまとめ易くもある。
「でもなんでミラージ・バットなんだ? 新しい技術や概念と言っても未成立だったモノは色々あるだろ」
「着目したキッカケは詰問される前からスタンスを現していたこと。技術立証で枠制限されたとしても女子だけは、その枠を確保したかったことなんだけど…」
「…女子専用の競技で、かつ点数が高いミラージ・バット向きに絞ったてのは判るけど」
「…今さら何の技術って言われてもねぇ」
口を挟むと言うよりは、漏れ出たというレベルで声が漏れる。
それも先ほどと同じ内容で、固定概念から抜けだせないとも言えた。
真紅郎はそれには構わず、息を吸って結論を出す勇気を徐々に振り絞る。
何しろ考え付いた自分ですら、信じられないからだ。
「他の競技と違いミラージ・バットには、一つだけで段違いに点数を向上できる魔法があるんだよ。僕も考えたことはあるけど、有力な実験の失敗を知ってたから消したアイデアなんだけど…」
シルバーが隠した布石に、真紅郎が気が付けたのは簡単だ。
同じ研究者の目線として、出来たら面白いだろうなと想像していたに過ぎない。
重力魔法のコードを発見した彼ならば、実際に研究するかは別にして考慮まではしておかしくない魔法だった。
「勿体ぶるなよジョ-ジ。その魔法は何なんだ? 二校のエースを止められるほどなんだろうな?」
「あ、そっか。あそこにはミラージ・バットの申し子とまで言われた子が居るもんね」
「その子を簡単に止められるレベルの魔法なら、警戒を要するのは判るけど…」
「話にならないよ。だって勝負に成らないからね」
長くなりそうだったので将輝がせかすと、他の生徒達も口々に乗って来る。
真紅郎は溜息を突くと、至高のモラトリアムを捨てて結論を出す事にした。
「飛行魔法さ。空を飛んで頭上を行かれたら、点数を競うどころじゃない」
「ひ、飛行魔法…!?」
今度は一同が絶句する番だ。
言葉を出す事すら躊躇われて、言われた単語を認識できないで知る。
かろうじて発現できたのは、常日頃から付き合いが長く、他愛ない言葉も覚えていた将輝だけだ。
「待て、有力な実験が失敗したからジョージも諦めていたと言ってたよな? 飛行魔法の実験なら幾つか知ってるが…」
「もしかしてイギリスの事後干渉でキャンセルするやつ? あれは干渉力の減少どころか増大したって…」
絞り出された言葉に、誰かが情報を捕捉する。
「おそらくその失敗理由を悟ったんだろうね。そして逆方向のアプローチを決めた。彼の得意技を考えれば、そっちの方が早いってのもあるけど」
「というとグラム・デモリッション? それって効率悪くない?」
「いえ、この場合は違うでしょうね。…ループ・キャストのことでしょう」
ループ・キャスト。
その単語に対し、周囲の生徒は押し黙る。
小さな魔法式を連続で発動する補助式であり、数ある難門技術の中でもトーラス・アンド・シルバーが完成させた有名な技術だ。
「大型魔法に効率化を図る大型装置で、無理やり行使する方法は限界とも言われてるのは知ってたけど…」
既存の問題では、最大100までの処理が出来る超一流魔法師が50%シェイプ出来る機械で、20の魔法を10までシェイプしても10段階が限界というもの。
「そう、ループ・キャスト。ここまでくれば僕にもトリニティが失敗した理由も判る。事後干渉は処理のキャンセルを出来て居ないんだ」
2段階目に前の10が残っている内に、20の内の10を消してしまえば10になる。3段階目の30であれば20になる…はずだった。
途中で処理し続ける限り、限界は来ないのではないか? そう考えたのがトリニティ・カレッジの失敗ということらしい。
実際には魔法式は消えておらず、更に10に+10し続けて・20・30…。
いや、増大したと言うことだからシェイプも失敗して10に+20ずつかもしれない。
「シルバーの干渉力はともかく、処理数は二科生並ということだから小さい方を繰り返すべきと考えるのは当然かもね」
二科生の処理能力が最大30として、20%程度の小型機械では10の小形魔法を8にシェイプするのが限界としても…。
一度目の魔法が三回目までに終るのであれば、十分に処理し続けられる。
小さい魔法では構築速度が遅くなるという欠点を、ループ・キャストの繰り返しで補えるから問題も無いということだ。
理論派の先輩達が納得し始めたことで、一同は改めて騒然となった。
「ど、どうするんだよ! ミラージ・バットを全部一位取られたらたまらねえぞ」
「争ってギリ負けるのと、ダントツに圧勝されるんじゃ士気にも関わるわよ!」
答えに成らない答えの中で、ある程度の打開性を備えたモノはどちらかと言えば後ろ向きだった。
「なあ。そこまで判ってるなら、先に吉祥寺が飛行魔法を発表するってのはどうだ? 間にあわないにしても牽制くらいは…」
「止めてってば! 確かに無理やりなら出来なくもないけど、殆どあいつの理論で組みあげたら、盗んだと思われるじゃないかっ!」
どちらかと言えば諦め気味だった真紅郎が、ここに来て顔を真っ赤にして激怒した。
アイデアを予想して作戦に推論を立てるのは三校の参謀として当然だが、研究ドロボウには成れない。
当然と言えば当然の言葉に、一同は再び顔を見合わせる。
「ジョージを盗人にするくらいなら、頭を下げて飛行魔法をコピーさせてもらった方がマシだよ。さっきの条件だと事前に発表…いや、CADだけなのか?」
「魔法の方はなんとも書いて無いな。それだけに安心できるような、CADだけに指定してあるのが逆に怪しい様な?」
「コピーさせてもらえばなんとでもなるけど、勝負の前に頭を下げるのはおかしくないか? それならミラージ・バットを捨てた方が…」
「だからミラージ・バットを捨てようって提案だったのね…。りょーかい」
ここに来て、ようやく一同は真紅郎の考えに追いついた。
それは袋小路にも思えたし、先に辿りついた彼が打開案を閃く可能性があり、時間はまだあるのがせめてもの救いだ。
「どうするべきだと思う?」
「まず本当かの確認かな。事前の根回しが怪しい、一年女子の指定が怪しいくらいじゃなんとも。せめてもう一つあれば確定だけど」
現段階では推測だけ、本当だとしても理論だけかもしれない。
勘違いなら笑い話で済むし、本当だとしても理論だけなら対策は来年まで良い。
そんな希望を、粉々に打ち砕く情報が投げ出された。
「…ビンゴ」
「え? 何か知ってるんですか先輩」
長くて言い難い名前の三年女子が、ポツリと呟いた。
僅か一言が、不思議と染み渡るのは誰もが聞きたくないと思っているからかもしれない。
「これは独り言なのだけど…。私は父の仕事を手伝うことが偶に在るのよね。そこで聞いた他愛のない話を思い出したわ」
「そういえば株や土地の売買で、小遣いだけじゃなくて専用のCADも自分で買ったとか言ってましたっけ」
その先輩は、体重を軽減する魔法が得意で当然ミラージ・バットの選手でもあった。
それだけに冗談を言っては居ないと思われる。
「トーラス・アンド・シルバーが新しい場所に引っ越す。しかもその規模が工房の効率化にしては大き過ぎると言う事で、もしかして支社化するって邪推も出たのよ。主に私だけど」
買い取った土地の物件は優良ではあったが、サイズの問題で大型工場よりもオフィス・工房向きには違いないなかった。
あちらとしても確認した権利者の一人だったはずで、先輩の方も今回の話がなければ忘れていたらしい。
「だから私は思わずこう尋ねたわけ『もし上場するなら是非に売ってください。実はファンなのです』と。ああ…もしかして本当に発売されたら、全力で買い走るべきなのかしら」
「…先輩。それってインサイダーじゃないですか、ヤダー」
笑うに笑えない生臭い話に、後輩達は苦笑する。
もちろん、事態の深刻さを受け止めている連中は絶句を継続するしかなかった。
「助かりました。これで確定ですね。今後を考えないと」
「何のことかしら? 私が守秘義務を漏らす筈がないから、勝手に吉祥君が確信を持っただけでしょ?」
九校戦でお披露目するからこそ、事前に色々な布石を打っておいた。
そう考えれば怪しいどころの話では無い。
株価は当然値上がりするだろうし、支社そしての格も相当に上昇するだろう。子会社レベルから親会社を支える外郭企業まで行く可能性すらある(大企業と呼ぶには魔法関連はニッチだが)。
「どうします? 他の魔法もある可能性を考えると、洒落になりませんよ」
「落ち付け。『先生』がいつも言っておられるだろう。自分の…自分達の使える智慧と技を総動員して、それでも駄目だとしても、諦めるより先にすることがあるとな」
「あの酔っ払いにしごかれたのを感謝する時があるとは思いもしませんでした」
腕の良いコーチを雇うのはどこの学校でもやっているが…。
最近、三校は腕利きの実戦派魔法師を雇っていた。
別件でその地方に居る間だけという約束であったが、それでも腕利きだけに実力も経験も段違いだ。
叩き込まれたのはただ一つ。最後まで全力で
「御礼にとびっきりの幸運を祈るとして…まずは魔法登録も事前登録をお願いしよう」
「無理なら俺達だけミラージ・バットを避けるか、他所にもこの話題を持ちかけるかってとこかな?」
「理事や他の部活連にも飛行魔法を臭わせるのはアリかもな。少なくとも四校辺りは食いついてくる筈だ」
先輩達が具体的な方針を話し始めた所で、下級生達は口を閉ざした。
途中から交渉事の話題に突入しており、付いて行けないのもあるだろうが…。
とはいえ点数調整による共闘を持ちかけようとはせず、あくまで実力で勝とうというのが三校精神であろう。
「その路線で行こう。吉祥寺、すまんが理論と仮データを頼む。理事に見せるにしろ説得力が違うからな」
「…仮組みだけなら構いませんが、念の為に一高行きの許可をお願いします」
少し考えた後で、真紅郎は一つだけ条件を付けた。
先輩達は信用しているが、話を持ちかけた他所の学校や、検証する為に持ち込んだ研究所が発表してしまう可能性はある。
彼らから情報をさかのぼれば、発信元が彼であることは誰にでも判るだろう。
ならば大事に成る前に伝えに行くのが、真紅郎としての矜持でありプライドである。
「結局、奴に頭を下げるのか? 仕方無い、俺も付き合ってやる」
「将輝…。これは僕の気持ちの問題なんだけどね。でもその気持ちは嬉しいよ」
「なら二人で行って来い! 代わりに泥は俺が被ってやる」
部活連の会頭は将輝と真紅郎の肩を叩いて、その場を締めくくった。
と言う訳で、今回は幕間の出来ごとになります。
原作の様にいきなりやられたらどうしようもなくても、事前に知って居れば専門の経験者なら推測可能。
研究者であれば、おおよその理論も構築できなくもない。それを用いて対処可能ではある。という展開の裏付けになります。
飛行魔法の話は一高上層部は知っているので、「難問なんですよー」のくだりは使わないけど、別の見地から出してみたかったのもあります。
『バイアスロン部の先輩の話』:
コミックの優等生から話だけ。この競技って二科生向きじゃないよね? なら秘策がある筈と予想。
『名前の長い先輩』:
直江津なモノガタリを思い出していただければイメージできるかと。
『トリニティ』:
イギリスにある三十以上の大学の総称。この場合は研究者ソサエティと英国魔法大学の協力。
『よっぱらいの先生』:
我らが即興詩人。ぶっこわしの匠。九校戦の本戦が始まれば少しだけ登場予定。
『駄目な方のお袋』:
今回の話の黒幕。達也ちゃんはお母さんのプレゼント(ライバル)を喜んでくれるかしら…的な。