●奇妙な縁
「習得されたのですか? おめでとうございます七宝さん」
まずは差し障りのない事を…と思ったが、少し予定を変更する。
「せっかくですし、適当な日時で試技の予定を組んでおきましょうか。空いてる日と…、やってみたい標的の傾向を教えてください」
「お兄さまさえよければ是非! 後…琢磨と呼んでください」
どの道、俺が担当になるだろうし、今の間に『ビリオン・エッジ』を見ておく事にする。
どんなトリックで万が億になるのかは聞いているが、実際に見て見ないと詳細が判る訳も無い。
「そう言われても『社に居る間』はお客様、そういう訳にもいきませんよ。それと、自分のことも司波で構いません」
「はい! 家で調整をお呼びしたり…同じ学校になれたらお願いしますね」
俺が試技室を予約しながら伝えたことを理解した様で、七宝は嬉しそうに返事をした。
年が近かろうが、FLTという会社に所属している以上は通さなければならない立場がある。
だが、どちらも中学生であり一年差。直ぐに同じ学校になる可能性があった。
そして、手間だとは思いつつも、七宝の面倒を見るのもこれからの事を思えばこそだ。
浅く抑えるために適当に終わらせるか、それとも深く付き合う為に丁寧な対応をするか…。
どちらにせよ、知らない術式を後でなんとかするよりも、七宝自身が把握しきれてない今の内に理解しておいた方が良いからだ。
それに、七草が『三』の研究所から『七』に乗り換え、同じ七同士で争ったと言う話は有名だ。
後で違う研究者だと思い出して大きな問題になるよりも、ここで担当替えになったとした方が齟齬が出ないだろう。
「対象の方はどうされます? 自動でも良いですが特殊な目標が必要ならば、深雪…妹に標的を用意させますが?」
「そうですね。機械相手では物足りないと思っていた所です。…出来る範囲でお願いしましょう」
どうやら、七宝はあいつに対する俺の立ち位置を、俺に対する深雪というふうに、そのまま心理的距離を入れ換えたらしい。
俺の提案に深雪は最初こそ戸惑うものの、七宝が向ける対抗心タップリの目にやる気を出したようだ。
「私…がですか? 判りました。お相手をさせていただきますね…」
抗議の視線というよりは、問いかけの様な視線を受けて俺は頷く。
後で帰りにでも説明するとしよう。
そしてミリオン・エッジ以上に準備が掛ると言うことで、少し日が空けてスケジュールを調整。
相当に気合いを入れている七宝に合わせつつ、俺は引き継ぎの書類などを紛れ込ませておいた。
ループ・キャストの提案を牛山主任に見せた時もそうだが、案外、アナログ媒体のインパクトというものは侮れない物だ。
後で確認する時に、消えたあいつから俺に変わったことの整合性を、この資料を読んだ時に納得できるようにしておく。
一通り終わった後、課の方にも顔を出し引き継ぎと、心苦しいものの、あいつの資料をこちらに移す手続きを済ませた。
知識と実体験では意味が違うが、今の所は問題無く済ませられそうだ。
そこまで終った段階で、深雪が先ほどのことを尋ねて来る。
「お兄さま、何故、あのような事をお申し出になられたのですか?」
「相手が七宝家とあっては無碍にできんだろう。少なくとも…本家の意向を確認しないうちにはな」
七宝家はナンバーズと呼ばれる腕利きの魔法師の中でも、十師族に劣らぬ立場にある師補十八家。
それも十師族の七草に対抗心を燃やしており、入れ替わりを目論んでいる可能性の高い家だ。
家の意向が表面に留めろと言う指示ならば、今の内にボロが出ない程度に付き合いを処理する。
逆に、利用できるよう確保ならば、何年も付き合う仲になるので丁寧な対応が必要だろう。
「重要なのはMIA案件だ。七宝の件と合わせて報告すれば、いかに親父たちが俺を気にらないと思っても、早めに回答が返ってくるだろうさ」
「そうですけれど…。随分と親しげに話されてましたよね? まさか…」
標的を深雪に用意させるという話が気に入らなかったのか、妙な感繰りが返って来た。
俺は苦笑しながら深雪の頭に手を置くと、ポンポンと軽く叩いてから撫でてやる。
「俺に男を口説く趣味はない。それにアレは俺との距離感が急に変化したせいで戸惑い、お前が俺を呼んだ言葉や態度をコピーしてるだけだ」
キッパリと主張してから、事態を説明する。
「後はそうだな…。本家はともかく親父たちの掣肘を受けずに行動できるようになるかもしれん」
「それならば納得はできます。お兄さまが素晴らしい腕をお持ちなのは言うまでもありませんが、『あの人』たちには理解できません。それを是正する為の材料であるならば、深雪は喜んで相対しましょう」
俺は深雪好みのネタを仕込んで、この話題を適当に打ち切ることにする。
案の定、親父たちよりは行為が持てると、辛辣な言葉を向けて七宝の話題を置き去りにする。
やはり自分を置いて、他人に構いつけたのが気に入らなかっただけか…。
それに、話題を切る為に口にしたが、親父たちは…親父に限らないが、俺を物扱いする傾向にある。俺自身はそれほど違和感は無いが、ほかならぬ深雪がソレを嫌がる以上は、なんとかしたい優先事項だ。
そしてループキャストの実用化にこぎつけて以降、締めつけが厳しく感じられたのも一因ではある。
ここで管理下に置かれるのを座して待つよりも、MIA案件に絡めて、七宝の態度を利用するのも悪くは無いだろう。
そういう意味に置いて、利用する以上は利用されることを覚悟するし、何らかのメリットを与える手間であれば面倒とは思わなかった。
●本家の意向
そして、事態は俺が思いもせぬ速度で急展開した。
本家に連絡を入れて僅か数日、不意の来客が訪れる…。
招かれざる客でありながら、断るわけにはいかない相手がやって来たのだ。
「おっかえりなさ~い。達也さん。寂しくなかった?」
その日の帰り、全てのセキュリティを突破し、新婚家庭か何かと勘違いした様なエプロンが俺達に迫って来る。
ちょうど深雪が出かけて居る様で、妹が待って居ると安心していたのが運の尽き。
四葉・真夜…本家の御当主さまが御出ましになったのだ。
時々、冷静冷血で知られるこの人物は、こんな風に義理の家族ごっこをやりたがる時がある。
(…勘弁してくれ。またこの心理サイクルに陥っているのか)
この建物どころか、一族全ての生死すら押さえるこの人物を遮る手段は存在せず、俺達には拒絶する権限が無い。
モラル・ハラスメントという言葉が頭の中でちらついてしまう。
「御袋、来てたのか。…用件があるならさっさと終わらせてくれ。それに、俺の方にも伝えにゃならんことがある」
正直な所、圧倒的な権力者に逆らうことは出来ないので、されるがままなのだが…。
「まぁ…。義理とは言え息子に会いに来ちゃいけないって言うの? 義母さん悲しい…」
仕方無くつきあっていると、時々ではあるが、本気で親だと思ってしまう時も無くは無い。
かつては本物の母親と双子だからと思ってしまっていたが…。
今では良く判る、これはMIA案件の後遺症だ。
俺は母親の事を忘れ、この人は母親のフリをすることで、心の矛盾に整理をつけただけなのだ。
ただし、この人には母親に成ることが出来る筈が無く…。その意味では、あえて流されていたのかもしれない。
そういう意味では、道化のフリをして自分の意向をネジ込みに来たと言えなくもないだろう。
「あら、家がらみ? じゃあ仕方無いわね…。それで、伝えたいことは何なの? 達也さんの報告から先に聞きましょうか」
気配がガラリと入れ替わる。
柔らかいワンピースとエプロンが、カクテルドレスか何かのように感じられてしまう。
こんな風に素早く態度を切り替えられる辺りが、道化を演じて居るのではないかと思える理由だ。
「まずは提出しておりますがFLTでMIA案件です。場合に寄って資料の提供をお願いしたいと」
「それに付随して、七宝家の跡取りが自分の担当に成りました。御指示に合わせますが、無ければ適当に処理いたします」
俺は重要度に合わせ、続けざまに報告を上げる。
ことさらに事務的に告げるのは、あらぬ誤解を受けては困るからだ。
自由を求める気持ちが無いわけではないが、今は主張する事すら憚られる。
「必要なのは対処する場合の過去例ね? 別に構わないけれど…。達也さんはどうしたいの?」
だがこの人物には通用しない、笑いながら踏み込んで来る。
意図を察したからと言っていきなり処断はすまいが、対応を間違えれば、飼殺しに近い形で管理されることに成るだろう。
「こちらを狙った以上は撃滅します。ですが、深雪を守る意味でも、ある程度は表に出して行くべきかと」
「どうして表に出ることが、深雪さんを守ることにつながるの? このまま無名で済ませる手もあるでしょうけど」
この問答は答え合わせの様なものだ。
MIA案件の基本事項くらいは調べているのか?
そして、それを踏まえて、対処手段を考えて居るのか…と問うているのだ。
俺は三本の指を立てながら、いっきに説明を行った。
「一つ目。MIA案件の犯人は、対抗者から隠れる為に無名に近い人物を狙う傾向にあります」
「二つ目。チームをよりカスタマイズに対応した…腕のある個人と密接に結びつくモノとして行く予定です」
「三つ目。仮に隠し続ける事が有用である場合も、自分達が目立つことで、他の家を隠す事が可能です」
深雪は当主候補の筆頭であり、可能な限り守る必要がある。
次に、個人と繋がりが強いチームを作ることで、情報の入手や将来的な縁を繋ぐ役にも立つ。
最後に、俺たち四葉に所属する者には、ある程度の情報を隠して、裏で行動する者も多いのだ。
それら三つを結び付ける手段が、開発チームであるトーラス・シルバーのメンバー公表である。
「一応は合格としておきましょう。でも確認しておかなくちゃならない重要な事があるわよね?」
そしてあっけないほど肯定の言葉が簡単に降りて来た。
当主が出す鶴の一声があれば、いかに親父と言えど止めることはできまい。
安堵すると同時に、非常に厄介で…当然といえば当然の疑問を突き返される。
にっこりと笑う笑顔は温かい様であるが、同時に向計画で有れば、即座に処刑しかねない恐ろしさがあった。
「ねえ達也さん、あなたが成功する道理は無いわよね。技術って切磋琢磨するモノ。あなたと同じくらい努力してる子は居るんじゃないの?」
開発チームの名前を表に出し自分がそれに名前を連ねるとして、有名になるとは限らない。
それなりの腕を持ち、理論の方では自信がある。
だがそんなモノは、会社であり技術者である以上は、至極当然。
切り札足る質問を容赦なく放って来た。
だが、これは当然のことだ。
四葉がFLTのスポンサーであるなしに、確定せねばならない事項でもある。
当然の質問ゆえに、俺には当然の答えが用意してあった。
「加重系魔法の三大難関の一つ、飛行魔法に目途をつけました。九校戦ではさぞ話題をさらうことでしょう」
俺が切り返した言葉に、ぱちくりと目がまたたくのが見えた。
意味が理解できないはずが無い。
俺の言った例え…九校戦で行われる、跳躍を繰り返す競技を思わず想像したのだろう。
「ふふ…やだもう達也さんってば、これってインサイダーになっちゃうじゃないの。でもいいわ、それなら確かに話題性も採算性も十分ね」
「畏れ入ります」
くすくすと笑う声に俺は安堵を覚えた。
恐ろしい相手との気の抜けないやりとりを無事に終えたと言えるだろう。
この時ばかりは本当に、そう思っていた。
後から考えれば、甘いと言うほか無い。
「来年のミラージ・バットを今から楽しみにしているわ。龍郎さんが何か文句を言ってきたら、『思い知らせる為に放り出せ』と入れ知恵するつもりだから、それまでには頑張るのよ?」
「鋭意努力します」
FLTから切り離して独自採算の子会社にする。
そう通告されて肝が冷えた。
飛行魔法は目途が立っているが、万人向けの実用化にはもう少し掛る。
カスタマイズメーカーとして名前を馳せることができなければ、ずっと紐付きで管理されることになるだろう。
だが、逆に考えれば行動の自由の他、資金的にも相当にやることができるだろう。
そして……。
最後の最後に、本当に恐ろしいモノを俺は見ることになっる。
この時まで、俺には激しい感情が存在しないのだと考えて居た。
まさかそれが、こんなにもアッサリ覆るとは、この時の俺には思いも寄らなかった。
「ねえ達也さん。MIA案件の犯人って紅世の徒って言うらしいの。必ず滅ぼしてくれるわよね?」
そこに、女の形をした穴があった…。
空虚な笑顔、光の無い瞳。
三十台と評されるほどに若く、美しいと評された外見はそのままに、似ても似つかぬ恐ろしいナニカが居た。
「私って何も無いの」
「恨んでも飽き足らないはずの大漢はもう何処にも無くて、実感も湧かない。勝手にそんな魔法を掛けた深夜も…紅世の徒に食べられちゃった」
「その徒ですらもフレイムヘイズとか言う魔法師に倒されて…私は誰を恨めば良いのかしらね?」
「私の代わりに倒しておいたから納得しろって? 納得出来る訳ないじゃない。でも、居ないのよ、何も無いのよ…」
四葉・真夜という女は最初から暗黒洞で、何もかもを呑みこんで自滅するのではないか?
あるいは暗黒の泥を吐きだし続けて世界を覆うのではないか…。
そんな妄想が思い浮かぶほどに、この女性は虚ろで、そこには何も無かった。
誰かを破滅させる魔法と権力を持って居るのに、その矛先だけが…どこにも無かったのだ。
その在り様が、俺にはたまらなく恐ろしかった。
「ねえ達也さん…。約束してくれるわよね。今回、うちの庭を荒らした奴を必ず破滅させてくれるって。ねえ?」
だが、不思議なことに、俺はこの女に奇妙な親しみを覚えて居た。
「ああ、約束するとも。どこに隠れていようとも、俺が必ず探し出して破滅させてやる」
俺にも恐怖という感情があると教えてくれた。
俺と同じ様に、紅世の徒という訳の判らない連中に翻弄された仲間が此処に居る。
同病相哀れむと言う訳ではないが、その事実が俺に親近感を抱かせた。
代理欲求だと判ってはいたが、構いつけて来るこの女を嫌いになれないのはそんな理由だろう。
今回はトーラス・シルバーが表に出る理由付けの回になります。
・名前を隠した強者は狙われる、だから名前を出す
・真夜には自分に出来ないことを、代わりに達也にやらせて満足したい
・再生と分解は、限定的ながら紅世側に似た技術があるので、そこまで重要視されて無い。
という感じで、無理やりにでしたが、こじ付けてみました。
あとは継承問題関連までに終らせる予定だけど、真夜さんの歪な面を出したり、琢磨くん関連を出したかったのもあります。
まあ…真夜さんがポンコツ化してるのは単なる趣味ですが。
次回に公表化したことを踏まえて処理し、中学編が終わります。
また、このお話における達也は、感情が無いのではなく、一度ゼロになっている。
残っている深雪への感情と比べてしまうので、無いも同然と判断してしまって居た。
という感じでとらえて居ます。
追記:
琢磨くんと文弥くんが一緒になって『お兄さま』を連呼するので、深雪は若干マイルドに成る予定。
別に腐女子化する訳では無く、単に他人を見て我フリを見直した感じ。