√シルバー【完結】   作:ノイラーテム

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激論と激戦と【中編】

●逆襲開始

『幸いにも生徒の殆どはこの講堂に居ます。校内に侵入した不審者に対し、風紀委員を中心に有志でチームを組んで対処してください』

『生徒会を中心とした有志で講堂の防衛とオペレートを実行します。システムの立ち上げまで二十…十…キック』

 七草会長の放送と共に、市原先輩が『予め』作っておいたMAPとマーカーを起動した。

 

 そう、予めだ。

 今日この日を選んでテロリストがやって来ると判っているのに、何もしない手は無い。

 剣道部や非魔法系クラブが狙うつもりだったのはただの討論会だったのに、あえて全校集会に準ずるレベルで行ったのはそのためでもある。

 不審に思われない為に強制こそしていないが、何らかの『用件がある者』以外はほぼ此処に集まっている。

 有志と名を打っているのは、単にエリカ達を戦力に加える理由と…洗脳された連中に汚名を着せない為の処置でしかない。

 

『既に校内放送を行いました。渡辺委員長は講堂正面で迎え入れる為の準備を。風紀委員の巡回チームをベースに此処まで連れて来て貰いますね』

 インカムに中条先輩のアナウンスが流れると同時に、端末に各チームのマーカーが現れた。

 関本先輩ほか数チームが校内を巡り、森崎ほか有志(エリカ達)が技術施設。

 辰巳先輩と沢木先輩のチームが移動しているのは、おそらく司・甲を追尾しているからだろう。

 

「侵入者の数が多くて手が足りん。すまんが司波も関本たちの応援に行ってやってくれ。相方はそうだな…」

「生徒会の方で問題が無ければ、妹を連れて行っても良いですか? 連携となるとその方が確かです」

「まあお兄様ったら以心伝心だなんて…」

 渡辺委員長が予定通りにこちらへ指示を出して来る。

 敵本隊は『一高の生徒会長』と『シルバー』をメインターゲットにしているはずなので、おのずと俺たちが主力に成って潰して行く手はずだ。

 

(司・甲は初動の失敗を見て逃げ出したのか? 随分と思い切りが良いな)

 まあ固執した所でこちらは準備万端で迎え討っているので、結果的に正しいとは言える。

 テロリストが分散し始めているが、こちらは各個撃破して合流できる場所を選んで待機して居るのだから…。

 

「達也くん今朝ぶり! 退屈かと思っていた高校生活がこんなに充実して居るとは思わなかったわ」

「物騒な奴。まあ俺も遠慮せずに行けるから人の事は言えねえけどな」

「施設の方には来なかったぞ。…いつまでも残って居たら判らないが」

 エリカとレオは楽しそうに、森崎は不満そうに声を掛けて来た。

 その後ろにリンと美月が追随し、後方を幹比古がSBで探知しながら移動して来たようだ。

 

「幹比古、何か判ったか? こちらは先行した連中を講堂に残っていた風紀が押さえた所だ。多少の自供もあったが、まだ怪しいと言う範囲だな」

 自供するも何も聞く前に出てきたが、後で証言を捏造するつもりなので今のうちに布石を打っておく。

 

「今のところこちらに三隊。閲覧室と部活棟に一隊ずつってとこかな? 人数が少ない所は『協力者』が居るんだと思う」

「怖がりな中条先輩が泣いて喜ぶデータだな。正面を片付ければ残り二か」

 幹比古がSBは他に居ないといって、既に調査した員数を教えてくれた。

 

 一番の問題は不意打ちで倒されることだ。

 魔法師は精神的にも魔法の発動速度的にも速攻に弱く、万全の体勢さえ整っていれば少々の物理的なパワーを粉砕できる者も居る。

 

「一隊十名としても三十名を計算の外に放り出すなんて、達也くんは随分と自信家ね」

「学内でなければそうは言わんさ。深雪、カメラのデータをこっちにもらって火力を封じてくれ」

「承知いたしました、お兄様」

 口笛を吹くエリカはスルーして、深雪に火薬の動きを凍結させる。

 襲撃が判らなければ俺が眼でフォローしたところだが、予想できているので、敵がこちらを窺っている場所は丸判りだ。

 データゆえに多少の精度は落ちるが、ある程度の範囲を取ることで深雪はアッサリと重火器を黙らせて行った。

 

「終わりましたお兄様。テロリストを攻撃しなくて良かったのですか?」

「殺し合いがしたい訳じゃないからな。確実に勝てる以上は、お前に無駄な血を流して欲しくない」

「何度見ても慣れないわね。…実は血が繋がっていないとしか思えないわ」

「そうですよね…。もしそうなら素敵なんですけど…」

 俺と深雪の会話を聞いて、何故かリンと美月が顔を赤らめていた。

 

 そんな空気を隠すように、森崎がこちらに抗議の視線と文句を付けて来る。

「本当にリンさんも連れて行く必要があるのか?」

「マフィアのボスは他に顔が判る者が居ないんじゃしょうがない。それにSBや内通者のことを考えればむしろ置いて行く方が危険だぞ」

「シュン、もういいわ。既に納得してるし、もう来ないって確認しなきゃオチオチ帰れないもの」

 確実に護りたい森崎には悪いが、俺には…いやリンにも計算して居ることがある。

 無頭竜の連中を確実におびき出し、ここで倒すか、絶対に勝てないとまで思い知らせておく必要がある。

 延々と騒動が続くのは俺としても面倒であるし、リンとしても支援者を増やす為には『敵対する候補を蹴り落とした』という実績が必要だろう。

 

「それに危険性から言えば目の前の連中の方が問題だからな。これでも頼りにしているんだが」

「言われなくてもやってやるさ!」

 こういってはなんだが、テロリスト崩れの兵士を倒すには森崎の気絶魔法はうってつけだ。

 即座に発動し誰も傷付かず、改変も少ないからサイオンの消費も少ない。

 

「全員倒さないで欲しんだけどな」

「エリカの出番は直ぐに回って来るさ。協力してる剣道部の連中からCADを取りあげてないからな」

 同時に数名居る場合を除いて出番が無く、つまらさなそうにしていたエリカだが敵が残っていると聞いてニヤリと笑った。

 当然ながら(ウォン)たちも居ることだし、雪辱戦を頑張ってもらうことにしよう。

 

●空に聳える黒鉄の城

 そうして敵主力から重火器を奪い、地道に蹴散らして行く中…。

 俺達は信じられない者を見た。

 

『不審者達よ! 此処は学生達の学び屋、即刻立ち去るが良い!』

「魔法師だ、撃て!」

「おい、あれはターゲットだ。あまり傷つけ…」

 部活棟の最上階に、仁王立つ一人の漢が居た。

 拡声器を利用して警告しているつもりなのだろうが、あれでは銃器の良い的だ。

 あちらに向かった一隊は封じて居ない事もあり、何人かが射撃を開始する。

 

「…今のは誰だ? 防御に随分と自信があるようだが…」

「部活連の十文字会頭だ。ふぁ、『ファランクス』があるから心配ないんだろう」

 俺の質問に森崎が視線を反らせながら答えた。

 感情の無い俺でも信じられないくらいだ、常識人には辛い状況に違いあるまい。

 まさかメイン・ターゲットである重要人物が、ノコノコと顔を出すとは…。

 

「きっと部活の準備で動いているメンバーが逃げ込む時間を稼ぐために、ああして矢表にたっているんだろう」

「いや、弁護は良い。確かにあれなら遠慮はいらん」

 テロリストの放つ銃弾は、ライフルだろうがハンドバズーカだろうが届いていない。

 途中に展開された防御壁が全てを弾き返している。

 

「恐ろしいことにファランクスじゃない。つまり、まだ上の防御があるということだ。味方は士気があがるし、調べているなら敵の士気は落ちるだろうな」

「…ファランクスじゃない? あれだけ凄い防御なのに…」

 攻撃を防ぎ止めているのは、砂鉄か何かを浮かべた領域だった。

 

「詳しいことは守秘義務があるから言えんが、似たような魔法を開発したことがあると思ってくれ。アレは単に砂鉄か何かを浮かべて何種類かの魔法を重ねているだけなんだ」

「ひえー。俺がやろうとしたら相当苦労するし、それだって一系統が精々だぜ。さすがは十文字家だ」

「まさに空にそびえる黒鉄の城ですねっ!」

 俺が七宝に用意した『ビリオン・エッジ』に比べれば大味だが、ファランクスを温存する為の物理防御としてなら十分だ。

 感心するレオと美月に頷きながら、俺は頭を冷やす事にした。

 

 磁性を帯びた砂鉄の集合体が、相互に密度を保って防壁を築いている。

 

(俺が考案して登録された魔法を参考に取り入れたんだろうな。アイデア次第で自分が考え付くことは他人も考え付くということか。飛行魔法も急がないと…)

 自分だけが優れていると言う安易なプライドを持って居た訳ではない。

 それでも俺にショックを与えるには十分だったし、今は慢心を戒めるキッカケにしようとだけ決意した。

 ここで驚いているよりも、援護の必要がないと喜ぶべきなのだ。

「あの様子だと適当なところで砂鉄をぶつける気だろう。俺達は予定通りに閲覧室を目指す」

「関本先輩も流石にテロリストと生徒の保護は難しいでしょうしね」

 ただ防壁を浮かべただけで、全てを制してしまった漢。

 策に頼る俺を嘲笑うようなホンモノに驚愕して居る暇などない。

 布石を敷いたのならば回収を急ぐだけだと言う俺を援護する為、深雪はことさらに関本先輩の名前を出して見せた。

 

 まああの人も風紀としての腕前と、閲覧許可が出るほどの頭脳の持ち主だが…。

 流石に実戦経験まではそうもいかないだろうし、案内して居る剣道部や非魔法系クラブの連中の方が問題かもしれない。

 人質のフリをされたら即座に判断できないだろうし、一緒に気絶させてしまえば良いと思い切りができる性格でもないだろう。

 

 そして、その予想はそれほど外れては居なかったのである。

 閲覧室に向かう為の道の途中で、関本先輩達が牽制攻撃から身を隠していた。

 

「遅くなりました。大丈夫ですか?」

「司波か、すまん。壬生に中に入られた。ウ…連中に足止めされて居なければな」

 このタイミングでウイードと口走るほど迂闊ではない所を見ると、思ったよりも冷静なようだった。

 単に成績へ瑕疵が付くのを恐れたのかもしれないが、大した自制心だと思っておくことにしよう。

 

「連中の得物は『飛び剣』ですか。それとテロリストが閲覧室を破壊しない程度の銃?」

「そうだ。多少だが恨むぞ。まさか二科生が戦力になるなんて思って無かったからな」

 俺としては肩をすくめるしかない。

 どんな魔法を教えたか関本先輩は聞きもしなかった。

 まあ竹刀を飛ばすだけの魔法と聞いて居ても、笑い飛ばしたかもしれないが。

 

「要は使い様ですよ。幹比古、SB…精霊を飛ばして様子を探ってくれ。銃を持っている奴の位置情報だけでいい」

「判った。ちょっと待ってね」

「お願いします。判明次第に無効化しますので」

 先ほどテロリストを片付けた要領を見たこともあり、幹比古は詳細を聞かずに頷いて軽く目を閉じた。

「…銃を持ってる奴は場所的に壊すのを警戒してるのかな、奥で周囲の様子を探ってるだけ。こことここだね」

「洗脳してる連中を矢表に立たせるのは、どこの卑劣漢も同じということだろう。…用意はいいな?」

 幹比古が地図を指差すと、深雪が頷くのが見えた。

 それを合図に、俺達はいつでも帯び出せるように身構える。

 

 関本先輩が防げなかったのは、既に加速した竹刀に対し、領域防御の類は意味を為さないからだ。

 ならば加速した攻撃を弾きつつ、進軍すれば解決である。

 

「手順は深雪の合図を待ってから五秒。二撃目以降は俺が無力化するが、初速に入った『飛び剣』は無理だ。レオが弾いてエリカと森崎が気絶させろ」

「あいよ! あれから練習したんだぜ」

 俺が特化型CADを構えてサイオンを練り上げている間に、レオが硬化魔法を上着に使用して脱ぎ捨てた。

「行きます!」

「シュバルツ・シルト! アイン!」

 深雪が銃器を凍結させ、レオが上着を掌の前方数mに固定する。

 俺はその間にグラム・デモリッションを廊下の向こう側に放った。

 

 術式解体は物理障壁に関係ないので、サイオンや魔法など全ての干渉を跳ねのける重要施設…この場合は閲覧室の壁以外では防げない。

 異変と同時にこちらに飛ばしている、恐ろしい速度の竹刀を除いて。次弾以降の魔法は消え去った筈だ。

 

「あらよっと! はっ!」

 レオの制服が初弾を防ぐため、当たるコースの一発を完全に防ぎ二発目を強引に弾じく。

「上手いわよ。あたしは右のをやるから!」

「…何時の間にこんな魔法を。了解した」

 その間にエリカが切り込んで、残るもう一人を森崎が容易く気絶させた。

 こうなればもはや趨勢は決まった様な物で、廊下での戦いは程の無く決着する。

 

「やれやれ。一年に全て持って行かれては立つ瀬がないな」

「たまたまです。用意した策が当たったから良い様な物ですが…。それでも十文字会頭なら顔を出すだけで済みそうなのを見てしまって自信を無くして居るところです」

 部活棟で見た十文字会頭の件を出すと、肩をすくめて『あれは反則だ』と苦笑していた。

 

 他愛ないやり取りで意気投合したつもりであったが、…これが関本先輩と親しく(?)会話した最後になるとは思ってもみなかった。

 九校戦での校内予選で、先輩は一科生側のブレーンに回ったからだ。

 その間に市原先輩の相談に乗って居たことで溝を作ってしまったのか、残念ながら疎遠になってしまうとはこの時の俺には知る由も無い。

 

●小さな野望の終焉

 

 廊下を守っていたメンツは全員が奮戦せずに、何人かが戦わずに降伏した。

 せっかくなので、ここで野暮用を済ませておこう。

 その為には、目撃者が出来るだけ居ない方が良い。

 

「幹比古。連中は失敗を悟って、今まで落としたデータだけでも持ち出す為に時間稼ぎをするはずだ。森崎達を連れて押さえに行ってくれ」

「それは構わないけど達也は?」

 どうするんだと言う問いに、俺は他愛なさ下に笑って見せる。

「状況的に壬生先輩が来るだろうからな、エリカとレオだけで行ってくる。万が一に備えて深雪はこちらのバックアップを、美月は外組を見張っておいてくれ」

「親しい者だけならこちらが油断するかも…という隙を突くのですね。判りましたお兄様」

「では、私は精霊が居ないかを…あ、『姿隠し』も見ればいいんですね! そのくらいなら大丈夫です!」

 妙に美月が大仰な魔法を知っているが、まあそれ以外は予想通りだ。

 幹比古や森崎も特に疑うことは無く、頷いて移動を開始した。

 

 そしてエリカとレオに閲覧室の扉を任せ、テロリストや協力した生徒を縛りあげている最中の廊下にまで一度戻ることにした。

 その中からあえて他の風紀委員が後回しにしている…気絶して居る奴を軽く尋問する。

「お前達はどこから来たんだ? 何…? そんなに近くにあったのか!?」

 ワザとらしく声を上げ、ショックを受けた風を装ってそいつからバサリと手を離す。

「何が判ったんだ?」

「連中のアジトは近くの工場だそうです。ええ、目と鼻と先の。流石に一時的な集合場所でしょうが、まだバックアップ部隊が居る可能性はあります」

「そりゃあ本拠地は離れた場所だろうけど…でも放置する手は無いよな。生徒会に伝えて来る」

 …これで良い。

 特別閲覧室を抑えたら、あとはブランシュと無頭竜の残党を潰しに行くだけ。

 データ自体は藤林少尉がダミーを噛ましているはずだし、隊の方で百山校長なり七草会長なりと交渉を開始しているころだ。

 

 そして幹比古から配置に付いたとメールが来た段階で、俺は何食わぬ顔をしてエリカ達の元に戻る。

「何かあったの?」

「連中のアジトの一つが近くにな。マフィアの連中が居るならそこだろう。…生徒会や駆け付けた専門家が詳しく聞き出すだろうが、本命は警察なり軍なりに任せよう」

「俺達と関わりある奴は、そこで成果を待って居る可能性が高いってことだよな? いいぜ。最後まで付き合ってやるよ」

 あくまで苦し紛れに集合場所を教え、近くだからそこを抑えに行くだけ。警察や軍の部隊には本命の場所をお願いする…ということにしておく。

 捏造はしたが情報は本物であり、偽の自供かと思って一応で行ったら本当になってしまっただけだから仕方は無い。

 部隊や機材を隠し待機するというのは十分にあり得る話しなので、レオ達も納得した様だった。

 

 そうしてこちらの様子を窺っていたのか、あるいは待っている間にエリカが声でも掛けたのか…。

 壬生先輩が滑り易い靴とソックスを脱ぎ、両手に武装した状態で現れた。

 今までと違うスタイルなのは、こちらのアドバイスを真摯に聞くと同時に、自分なりのアレンジを加えたのだろう。

 

「ふうん。小太刀…二刀流か。あれって達也くんが教えたの?」

「いや、自分で考え抜いた末だろう。出なければこの土壇場で自信を持って対峙はすまい」

 二刀じゃなくて、多刀流だよね?

 ああ、多刀流で間違いないだろう。

 そんなニュアンスを交えて俺達は頷きあった。

 

 俺が勧めたのは投擲術で、壬生先輩自身が極めたいと思うのは剣である。

 ならば一本が最大の剣腕を発揮できるであろうし、ならば残り…二本目だけではなく、『飛び剣』で放置された竹刀も予備の武器と思うべきだろう。

 あくまで一本で戦い、他は牽制の為に投げ捨てるというのが考え付いた結果だと思われる。

 

「司波くん、私達を騙していたのね」

「騙していたのは司先輩…いえ、ブランシュの司・一です。出なければデータ強盗などするはずもない」

 怒りに燃える目と、なぜ自分がこんなことをという疑念の目が交互に現れる。

「私達は学校を少しでも良いものにしようとしたのに…。二科生とか一科生で差別されることなく…」

「差別と区別は違いますよ。ですが生徒会も改革を目指していました。先輩達は聞いておられないかもしれませんが、講堂では二科生を九校戦に出すと言う話題で大変です」

 ふと強い瞳に戻るのは、決まって改革とか良い学校にという言葉が出る時だけだ。

「二科生を九校戦に? 嘘でしょ、そんなことが出来るわけがない」

「お陰で針のムシロだから嘘は言いませんよ。ただ校内予選をして負ければ当然として、競技も相性次第で無理でしょうね」

 願いが叶ったかもしれないのに、いや、だからこそ壬生先輩は信じない。

 徹底して反抗するように仕込まれているのか、何を言っても敵対しようとするだけだ。

 

 口では何を言っても通じない。

 そんな手詰まりの状況に対し、エリカは笑って道を示した。

 

「真面目な話、あたしがあの女と剣で勝負してみせれば楽勝なのよね。競技によっては二科生が一科生に圧勝できるって一目で判るから」

「…? そりゃエリカちゃんは強いと思うけど、そんなに強いの?」

 エリカが話したのは、壬生先輩にも判り易い内容だ。

 俺の言う様な理論とか布石の話などではなく、壬生先輩が望む方法で確実に判る方法を口にした。

「あの女はうちの道場の目録であたしは印可。当然義理許しじゃなくて実力でよ? もし一撃でも入れることが出来たら、人前で仕合でもうちの道場への推薦でもやったげる」

「それは魅力的ね。判り易いし…一撃で良いなら私にも出来そう!」

 エリカの易い挑発に、壬生先輩は姿勢を傾斜して身構えることで答えた。

 何時でも良いと見せつけはするが、それで不意など討ちはしない。

 

 しかし奇妙なのは、出て来た時から素足でありながら何故か上着を脱いでいないことだ。

 それは大した時間も無く判明する。

「行くわよエリカちゃん!」

「挨拶なんて要らないから掛って来なさいな」

 片方の小太刀を投擲し、壬生先輩は即座に体を横に倒した。

 エリカの攻撃を警戒したのではない、足元に転がっている竹刀を取りに行くと『見せた』のだ。

 

 距離を詰めようとするエリカに対し、壬生先輩は一回転しつつ制服のポケットに手を突っ込んだ。

「悪いわね!」

「暗器くらい遠慮は要らないって、ばっ」

 もしエリカが壬生先輩と同じタイプの素質ならば、ここで勝負はついただろう。

 だが実際には術式の速度で押すタイプではなく、反応の速さ・知覚力こそがウリである。

 強化されたシャーペンをあっさり弾き返し、同時に放った未強化の紙手裏剣を避けて見せた。

 

「信じられない。何も強化してないから軌道が不規則になるのに」

「判り難いだけで不規則じゃないわよ。でもありがと、あたしの言葉を信じてくれて」

 一撃でも当てたら模範仕合を見せても、推薦しても良い。

 更に一撃入れるためなら何でも良いという言葉。それら全てを信じなければ、壬生先輩は紙で作っただけの手裏剣など投げはしなかったろう。

 どこでも調達できる材料だが、魔法で強化さえすれば恐るべき武器になる。

 とはいえ口約束を信じないならば、そんなことをしても無駄なのだから。

 

 俺が真実を口にしても信じてもらえなかた言葉を、アッサリと信じさせるエリカのコミュニティ能力には、嫉妬を覚える前に羨ましく思えてしまう。

 

「ああそうそう、せっかく信じてくれて悪いんだけど…。ちょっとだけ修正するね。でも上方修正だから安心してよ」

「何かしら? 二科生が一科生より凄いって見せてくれるならなんでもいいけど」

 警棒を担いでウインクするエリカに、壬生先輩は小太刀を正眼からやや斜めに持ちあげて身構える。

 突きでの攻撃を意識しながら、エリカの踏み込みを迎撃する算段か。

 

「あたしに一撃入れたらじゃなくて、コレを食らって立って居られたらで良いわよ!」

「えっ?」

 エリカのスローな踏み込みが、壬生先輩に打ち込む寸前にブレて見えた。

 使用したのはただの加速魔法、それも小さな移動強化。だが、瞬間的に小刻みな『歩』と『振り』を刻む事で打ち込みの反応が前後にブレて見えたのである。

 

「急所に来ると…判って…たのに」

「使ったのはごく普通の加速魔法よ。奥義に繋がる使い方ではあるけどね。…判ってくれたかな?」

「判ってくれたさ。しかし、あれが千葉家の『すり足』か」

 以前に『すり足』と言う加速魔法の使い方を尋たことがある。

 その時は、師匠が見せた使い方を教えるつもりだったのだが…。完全に使い方が違っていた。

 

「同じ呼称でも随分と違ったものだな」

「おおかた、次の移動先を読ませない使い方だったんじゃない? うちのは見ての通り受けさせないことに特化してるの」

 言われてみれば、師匠に見せてもらったのは場を制する攻防一体の動きだった。

「達也くんのお師匠って忍者の九重先生だって? 陰流とかタイ捨に近いんじゃないかな」

「本人は忍者じゃなくて忍びと行って欲しいと言ってたがな。…レオ、何か変化はあったか?」

「剣道部の主将が捕まったってよ」

 そんな他愛ない話で、意味の無い戦いに意味を無理にやりに持たせる。

 ここで何をしようが記録には残らないし、何の成果にもならないのだ。全ては本人たちの主観でしかない。

 そして無理やりついでに強引な話題転換を図ると、予定通り司・甲を取り押さえたとの報告があったらしい。

 

 人の目・機械の目・魔法の目。

 幾つもの目で剣道部…特に司・甲は監視されていた。

 テロ用CADを取りあげもせず奴を拘束もせずに泳がしていたのは、予備の保管庫や予備の計画を含めて抑えたかったからだ。

 現行犯で取り抑えた以上は、黙秘を続けたとしても渡辺委員長が例の方法で全てを聞き出すだろう。

 

 後はブランシュと無頭竜だけだと区切りを付けたところで、軍や警察から遅ればせながら駆け付けて居る所だと連絡が入った。

 俺達は交渉した七草会長・十文字会頭の指示により、工場へ向かうと言う大義名分を得ることになる。

 当初の予定は全て計画通りに進行し、司・甲も洗脳されていたということだけが唯一の誤算であった。




 と言う訳で、最終話が字数が増えすぎたので分割いたします。
ここで詳細というか注釈ですが、『封絶』の細かい仕様は割愛しております。
存在の力が低い人は動けなくなってモブ化するはずですが、魔法師が動けなくなると妙なことになるのと、動けても強過ぎて技術が廃れるはずが無いのであえて詳しいことは記載しておりません。
また、初登場した天然ボケの十文字会頭にオリジナル魔法を追加して強化しておりますが、バリオンランスとか対抗手段を思いつこうとするまでもなく『あ、これは勝てん。戦闘以外で何とかしないと』という方向にシフトする為です(なのでバリオンランス関係の話しは今後出てきません)。
原作とちがって、軍・警察が介入して表沙汰に成ると剣道部が大変と言うことを思われる方も居られるかもしれませんが、今回のは事前に全て判っている襲撃事件なので裏取引で無いも無い、彼らはこっちに協力してくれた有志なんだよということになっています。
その代わりに、十師族の名前ではなく軍の指揮下で行動ということに成っています。


今回の魔法について。
1:『磁鉄防壁』
 灼眼のシャナより、マグネシアの簡易複製版。
2:『飛び剣』
 アクションゲームのドラゴンバスターより、空に浮かんで沢山飛んでくるナイフから。
3:『強化投擲術』
 シューティングゲームの式神の城よりシャーペン投げ。タイプムーンの作品より黒鍵。
4:『すり足』
 ファイブスターストーリーズよりディレイアタック。

十文字会頭よりのお言葉
「司波、お前は十師族になるべきだ」
「年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せという言葉を知っているか? 具体的には七草なんかどうだ」
「俺か? 俺には既に婚約者が居る。年上の女性は良いものだぞ」

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