●化生体
あれから数日。拠点を七宝家の別邸から、七草家が複数所有するセーフハウスの一つへ移動して居た。
剣道部の連中は付かず離れず、こちらの空いた時間に押し掛けるようになっていた。
俺が肩入れしているかのように周囲へ窺わせつつ話に出しておいた魔法式を作らせ、頻繁過ぎて嫌がられない程度に間を開けたつもりなのだろう。
「ようやく化生体に付いて判明したよ。まったく灯台もと暗しというか…」
「幹比古。すまんが本題から頼む」
研究職を何人も見てるので説明したがる気持ちは判らないでもないが、生憎と俺にはそういう感情は無い。
幹比古の悲しそうな顔を無視して、ストレートな説明を頼んだ。
「…化生体というのは幻覚に実体を持たせる様な物なんだ。厳密には違うんだけど、それと名前の方は大陸名じゃなくて和名」
「どういうことだ?」
やや不満そうな幹比古だが、宥めている余裕は無い。
何しろ幻覚に実体を持たせるなど埒外だ。
「精霊でも対抗する時に姿が無いよりもある方が対処し易くなるよね? それと同じで幻覚に添って魔法を使う事で、圧倒的にコントロールがし易くなる」
「エリカがやられた時で言うと、幻影の針に添って薬剤を運ぶということか」
俺の質問に幹比古は頷き、実験用に幾つか呪符を書き始めた。
時間はかかるがその場で色々出来るのも、古式の良い面なのかもしれない。
「んー。そこまでしなくても、元からコントロールの上手い奴には要らね―気もするけどな」
「全員がそうでもないし、遠視や他人との合作だと違うんじゃないか? 精度の面に関しては何とも言えんが」
「ここに幻影で人形を作ってみたけど、コレにペンを持たせて運んでみるね」
幹比古は俺たちの話に対し幻覚で小さな人形を作り上げた。
その次に加重系を展開し、移動系を僅かに行使する。
「右、右、左、左。と戻って来て、クルっと回してもう一度キャッチと言う感じでやってみるね。もちろん、要望があれば修正する」
「お、本当に動いてるな」
「もう一度繰り返して…反復動作から戻った後で上に二歩、下に一歩入れてくれ」
幻影の人形が幹比古の言った通りの動きをし、俺が途中から指示した事もやや遅れはしたが達成できた。
もしこれが自分が意図した通りの命令改変であれば、さほどの遅れは無くやってのけるかもしれない。
「エリカに使った時は幻影をマーカー用にしてたんだろうね」
「薬剤と一緒に使うなら付けるのは僅かな傷で十分だし、元からある傷を目掛けたり、なんなら口元で十分か」
「さすがに何度も倒された時の事を言われると恥ずかしいわね…。あとさ、そんなに便利な使い道できる薬って相当にヤバイわよ」
「注射するやつと塗布・経口するやつを混ぜた薬ってことだもんな。よくトリップしなかったな」
薬の強度を高くしておいて、オーバートゥースなどおかまいなしだ。
その意味ではエリカは無事で良かったと考えるべきだし、
「名前の方は多分、日本で知ったんじゃないかな? 『あれは大陸の連中が使っている化生体だ』とか。もとは日本の研究者が使ってる言葉なんだよ」
「幹部になった後で日本支部に移り、調査した技術情報の一つなのかもしれんな」
最後に化生体という名前に関して、大陸名かと思っていて調べたら日本での名称だったので調べるのが遅れたらしい。
自分で調べて居て時間がかかり過ぎたので、身内に相談したらアッサリ聞けたと言う笑えない話だ。
だが、剣道部の連中が仕掛ける前には間にあったので、問題無いとは言える。
そして剣道部では無く、壬生先輩を中心とした非魔法科クラブの有志が行動を起こした。
放送室を占拠して全校放送で自分達の主張を流したのである。
●ブレイクアウト
『みなさん、聞いてください! 私達は…』
とうとう来たか。
俺としてはむしろ遅いと思ったが、連中は連中なりに試行錯誤して準備を整えていたのだろう。
壬生先輩の声をスピーカー越しに聞きながら、予め定めておいた中間地点に風紀のメンバーが集合して行く。
俺もその一員として出動しつつ、端末を操って藤林少尉の配置とリンが無事だと言うマーカーを確認した。
(それにしても剣道部ではなく、いきなり非魔法クラブの連合で来たか)
非魔法系クラブの中には、文科系を中心として一科生もそれなりに存在する。
隠し玉に取って置き、後から同じ意見だと後押しする気だったと思うのだが意外だった。
おそらくは俺が介入して撃発させようと援助したことに対し、剣道部とシルバーの関わりを捨てるのが惜しくなったのだろう。
ビリヤードのように思惑が変化したといえばそれまでだが、説得中に横槍を入れられる可能性を考えれば面倒だった。
そして後から見れば、俺の介入は色々とやり過ぎたのだと言える。
まさかブランシュに対処した後も、九校戦まで続く問題になるとは思ってもみなかった…。
「鋼太郎たちは例の場所を人の目と最大級の遠視で確認しておけ、絶えず魔法使用を監視されていることを忘れるな!」
「「了解っ!!」」
渡辺委員長の指示に遠視を使えるメンバーを中心に、部活連出身の風紀委員が出動して行く。
このメンバーは連携もスムーズだし、移動系が得意な者も多いので何かあった時に飛び出して取り抑えるのに向いている。
「僕らはどうする?」
「関本たちは特別閲覧室を窺う者やその交友関係をそれとなく確認してくれ。だが同行を求めるなよ? この手のは泳がして置くことに意味があるんだ」
「まあ証拠も無いのに捕まえられませんよね」
教師からの推薦組は才能こそ高いが連携には不向きだ。
どちらかといえば探偵のように個別に分け、不必要な介入を留めておけば十分だろう。
関本先輩の様に特別閲覧室を利用する者も居るので、こちらの監視には向いている。
何しろ今回は戦闘ではなく、あくまで動向を確認し、討論会で起きる事件の準備なのだ。
今の内に何処が怪しいかを調べ、こちらが把握して居るよりも隠し場所・シンパが拡がって居たら対処する時の準備でしかない。
まあ誤認したり、逆にこちらの態勢を確認されても困るので、その辺りは徹底して臆病なほどの距離を取る段取りになっていた。
「司波は予定通り連中に接触してくれ。こちらの交渉が手詰まりになった辺りで頼む」
「了解しました。七草会長や十文字会頭は応じるが、教師陣が納得してない…という筋書きでよろしいのですよね?」
剣道部が怪しいと言うことと、連中が俺の名前を使おうとしている事は生徒会や風紀のメンバーには予め伝えてあった。
おかげでスムーズに行くし疑われることがないのも助かるが、こちらの交友関係の内側にスパイが居ると厄介でもある。
その為に、全体としてはあちらにも益があり、肝心な場所の手綱を澄める形で包囲網が作られていた。
今回で言えば、基本的には通してOKなのだがと言いつつ、教師陣の抵抗というありもしない理由を付けている。
「ああ。二科生や非魔法クラブを差別する気は無いし、改革したいのは真由美も十文字も同じだからな。その意味では同志とすら言えるんだが…」
「ブランシュやエガリテに唆されているのでは、どうにもなりませんね。それでは手筈通りに」
差別の是正を図るのは良いが、それが暴力であったり最終的に魔法師抑制論に繋がるのでは意味がない。
壬生先輩には悪いが、ブランシュが『結局、魔法師は悪』と誘導するのでどんな理想も意味がないのだ。
やがて渡辺委員長に遅れる形で放送室に辿り付き、ワザとらしく現状を確認して居ると、剣道部の連中がやって来る。
「壬生が立て篭もっていると聞いたんだが…」
「正確には志同じくする数名の中に、壬生先輩がいる。という形ですね。現時点では本人の意思なのか雰囲気に流されたのか判りません」
司・甲が申し訳なさそうな顔を作って話しかけて来たので、俺は極力中立的な立場で状況を報告した。
「壬生は真面目で正義感のある子だ。根拠のない事は言わないし我慢するはず」
「その我慢の限界に達したのよ。だから私達は宥めに来たんですけど…」
そこに対し誘導して来る当たりが、連中の自作自演を示している。
「二科生と一科生にお互いの差別意識と、悪しき慣習例があるのは本当です。しかし、一部の趣旨に明らかな矛盾があるようですし混乱されているようですね」
俺が連中の言いたい目的と現実的な矛盾を織り交ぜて指摘すると、反論の為の反論をするつもりだった剣道部の面々は押し黙るか粗ぶった同意の声だけになってしまう。
やはり洗脳されてしまうと思考が極端になって、誘導し易くなっているらしい。
問題だったのは自由意志がある司・甲だけだったが、奴も黙ってしまったところを見ると、俺が向こうの味方をしたようにも見えるのは好都合だったのかもしれない。
あるいはどう言う切り口で、自分達が望む方向に修正するかを考えているのかもしれなかった。
ならば座して視ている手はあるまい。
事を起こして一気に場を転換させ、連中自身に行動の是非を見届けさせるべきだ。
「ここで司先輩に出逢ったのは僥倖です。俺は学校側が交渉のテーブルに付くようにお願いしてきますので、今の間に壬生先輩たちを宥めててください。アドレスは大丈夫ですよね?」
「あ、ああ。部活の連絡網があるから問題無い」
司・甲自身が誘導しようとしたことを俺が言ってしまったせいか、やはり頷くばかりだ。
ここで壬生先輩が暴れ出すように指示されても困るので、素早く風紀のメンバーにトスしておく。
「渡辺委員長。俺の方からもお願いしてきます」
「頼む。真由美や十文字は話し合っても良いと言ったんだがな、先生方が渋い顔をしてるんだ。その点、お前なら上手く口も効けるだろう」
こんな所でシルバーの名前が役に立つとは思わなかったが、使えるモノなら使ってしまおう。
幸いになことに剣道部も風紀の面々もおかしいとは思っておらず、俺が席を空けることに違和感が生じて居ない様だった。
「司先輩も壬生先輩の説得にあたってくださるそうです。俺が先生方を説得できるかともかく、宥めるのをお願いしますね」
「そうか、あたしにも壬生は知らない仲じゃないし頼む」
「体制に不備があるとしても壬生のせいじゃないからな。やらせてもらうよ」
俺の仲介で渡辺委員長と司・甲は端末に向きあい、親しい者同士の会話を始めた。
その口調にいささかのギコチナサを感じるのは、我ながら人が悪いと言うべきだろうか。
いずれにせよ、此処まで来たら後は可能案限り予定通りに終わらせるだけだ。
データ方面の藤林少尉だけでなく、SBを視てる幹比古と美月の二人からも連絡がないので、ホっとしながら今度は会長のもとに向かう。
「校長の方はどうですか?」
「バッチリよ。この機会にうんざりする流れを終わらせてくれですって。あ、あとねー。愛しのリンちゃんの方も資料揃えておいたって」
会長から百山校長からのゴーサインを確認すると、後は適当に時間を潰して戻るだけだった。
「その冗談は後で聞きますよ。…以前に抜き出しただけのデータより精度が上がって居ますね」
「ちぇっ。そっけないんだから。そういう点もリンちゃんソックリね。面白くないったら」
念の為に渡してもらった資料を読み込むと、予算の要求と実現度の幅、用途ごとの代替性などが追加されている。
これを見ると魔法系クラブの要求が通り易いなどはなく、他で足りるモノをわざわざ高額の品の購入や遠出していないと理解出来た。
(例外は剣術部が千葉道場に行っていないことくらいだが、あそこに行くのは県警に稽古を頼むよりも難しいからな。壬生先輩がそこに気が付かないはずもないだろう)
後はコレを数値に詳しくない者に判り易く説明する事くらいだが…。
まあそれは会長の役目だ。俺の役目じゃないし不備があればそれこそ市原先輩がフォローするだろう。
「…十文字会頭の方は? お見えに成られてない様ですが」
「先生方に壬生さん達の処分軽減の嘆願をしてるんだけど……。『何があってもこちらで面倒を見るから、好きにやれ』…だそうよ。とても同い歳とは思えない貫禄よね」
どうやら部活連の長である十文字会頭は、剣術部と剣道部のいさかいに端を発して居ると思って、事後のフォローに奔走して居るらしい。
撃発させるために事前に組んで居た予定なので、後でフォローしないといけないとは思っていたが、その辺を全てやってくれるとのことだ。
「真面目な方なんですね。…もしワザと野放しにしたと知れたら暫く頭が上がらなさそうです」
「良くも悪くも天然なのよ。外面の厳めしさこみで戦国武将だと言っても通じるわ」
随分な言い様だが、お陰でイメージはし易い。
戦国武将が実直だけで務まる筈は無いが、その辺も含めて事後処理などは得意な方なのだろう(陰謀に向かないだけで)。
「では頃合いですし放送室に向かいましょう。一連の事件を終わらせるためお願いします」
「言われるまでも無いわ。二科生の差別、ブランシュ、魔法師誘拐の可能性。全ての可能性を断ち切らないとね」
俺達はいかにも教師陣を苦労して説得してきたという体を装い、放送室へと向かった。
「会長! どうでした?」
「先生たちを説得して来たわ。全校集会に近い形の討論会でこの問題を取りあげても良いそうよ。十文字君やリンちゃんたちは手続きに行ってる所なの」
風紀が中心になって会長を出迎える。
「聞いたな、壬生? お前達が上げた内容を含めて討論会で取り正される。もう立て篭もる必要は無いんだ」
「ほ、本当なの? 一科生は二科生を差別したいんじゃあ…」
「そう言う心無い人も居ると思いますが、会長や委員長達は別ですよ。みんなこの問題をなんとかしたいと思っていたそうです」
その内容は事前に打ち合わせており、まるで生徒会や風紀こそが二科生問題を是正したいかの様だった。
主客の逆転を起こすことにより、立て篭もり犯を利用したとも言える。
「…出てきたら捕まえますか? 剣道部の部員がしでかしたことですので、こちらで協力させていただきますが」
「なんでそんな事をする必要があるのかしら? 私達は一高の改革を望む同じ生徒同士だし、壬生さんは方法こそ問題だけど、何も間違ってはいないわ」
「そ、そうよね。差別が問題なんだし問題なんか…」
司・甲の質問を毅然と会長が否定する。
もし俺に普通の感情が残って居たら、笑い出すのを我慢するのが大変だったに違いあるまい。
我ながら人が悪いと思うが、剣道部の面々が自分達の要望が叶ってしまって呆けているのが滑稽だった。
ここで暴力沙汰にもならず、弾圧も起きないとあってはさぞ司などは腹が煮えくりかえって居るに違いあるまい。
他の剣道部と同じ表情を装うのに成功しているようだが…。
何か、違和感がないか? その疑問を押し流すのは、やはり俺が描いたシナリオだった。
後で考えれば、もう少し確認をしておくべきだったろう。
「壬生、そちらが都合の良い日を指定しろ。放送室の端末にも表示するように言ってあるそうだ」
「わ、判りました。そこまで言っていただけるなら…」
こうして最後のピースが嵌り、残るは討論会とその後のブランシュ・無頭竜退治だけになった。
良くも悪くも、予定通りスピーディに決まったことになる。
●予定されたディベート
七草家のセーフハウスは潜入対策が強いので、帰りに寄り道をすることで野暮用を済ませておく。
「意外に近いな。まあ洗脳や誘拐をするならその方が良いんだろうが」
「環境テロリストのアジトだったそうですわよ。同じスポンサーだったのかもしれませんわね」
ヨル(亜矢子)達の報告を受けて、ブランシュのアジトを特定した。
予定通りとはいえ…いや、予定通りだからこそ先制して叩き潰しはしない。
「捕まえる予定のテロリストが吐いたことにする。二人は黒羽の手の者を率いてアジトから逃げる奴らと使えそうな資料を奪ってくれ」
「判りました。最優先はブランシュ日本支部の長である司・一、次点で資料。最後に無頭竜の孫を抑えます」
俺の言葉にヤミ(文弥)が提案して来るが、問題無いのでそのまま頷いておく。
リンの話の真偽はともかく、孫とか言う奴は無頭竜の有力候補の一人に過ぎない。放っておいてもブランシュを叩き潰せば立ち枯れるだろう。
むしろ手駒である
孫が無能と知ればアッサリ切り捨て逃走し、他の候補やスポンサーに付く可能性すらある。
それよりも一高を取り巻く環境を作り上げたブランシュの司・一だ。
奴が取り仕切った以上は枝(潜伏したエージェント)を他に残している可能性も高く、洗脳で身代わりですら用意して居ることもありえる。
黒羽家を使って確実に始末するとしたら、こいつだろう。
「では御武運を」
「お前達もな。SBや化生体とやらもある、全てを追えば出し抜かれるくらいに思っておけばいい」
今のうちから敵のアジトを監視し、人の出入りを確認するという二人を見送る。
ヤミは撫でると素直に嬉しそうな顔を見せるが、ヨルの方は一人前のレディとして扱って欲しいと言う辺りは同じ双子でも対象的だった。
それから数日して四月中に討論会は開かれる。
『魔法系クラブに対する優遇を…』
『優遇して居るとのことですが時間や敷地は平等、グラフを見ていただければ予算に置いても…』
非魔法系クラブと魔法系クラブの差別に関しては、元から言い掛りなのと資料を予め用意しているので見守る必要すらない。
どうやっても会長が理論で押し負けることはありえず、感情面での攻勢に関しても勢いが付けば問題は無い。
連中はサクラを使ってこちらを煽ろうとしているが、それに関しても予め交友関係を調べているので、個別に対処が可能だった。
…それと重要なことを連中は忘れているようだが、サクラならこちらも用意できるのである。
『制度上の問題だと思います。二科生と一科生という括りそのものが不平等の温床では無いのでしょうか?』
「それに関しては同意します。御存じの方も居られるとは思いますが、元もと二科生という区分は一時的な物でした。制服のエンブレムも単に間に合わなかっただけです』
感情の無い(薄い)俺ですら、この話を最初に聞いた時は衝撃的だった。
一般の生徒では驚くなという方が難しいのか、ザワついて、あちら側のサクラですら追及の手が止まる。
教師たちには頭が痛く、生徒会から見れば生徒と共感できる話題なので、上手く流れが会長の方に回った。
『制度が決まってしまったのは、単に生徒数の伸びに対し、教員の数が伸びなかったからです。教育原理に基づく生徒と教師の絶対比を考えれば、一科生ですらまるで足りていないと言うのが現状です』
魔法師が一般的になり、社会に認知されるに従い様々な職業での採用枠が増えて行った。
適正が見つかり魔法師を目指す生徒数が増えるのは当然だが、教師を目指す者はそう増えなかったのだ(給料面や、戦争から来る軍の員数も起因している)。
会長が言う教育原理に基ずく人数というのは…。
大きく才能を伸ばす個別指導は、三名から五名。平均的に延ばす教室で二十名~三十名。座学を多めにしてもその倍程度が限界らしい。
確かにそのレベルの人数差であれば、一科生を育てる人数すら賄えない。
画像通信形式で、問題があるたびに顔を出す今の形式が妥協案だったのだ。
『二科生の方にも能力の延び次第で一科生に上がれる方もおられますし、事実、二科生制度を持つ三つの魔法科高校全ての資料を探せば、不幸にも魔法能力を失った方の代わりに繰り上がった方も居られます。まずは教員の絶対数が問題と覚えておいてください』
ここまでは教師陣にも伝えておいた、体勢が我が見ても仕方のない策の範囲だった。
逆に言うならば、ここからが会長の暴走、反逆とも言える内容だ。
最初に服案を聞いた時は、思わず苦笑が漏れたモノである。
『抜本的な教員数の増加は時間を待たねばなりませんが、『成果次第』で試験的に教師を中心としたコーチ陣のチーム性の導入を学校側に求めたいと思います』
「チーム性…?」
「コーチっていうと、部活で呼んだりする、あのコーチ?」
「でもコーチって結構、元二科生の人居るわよね…」
会長の用意した策とは、指導計画そのものは教師が担当するのだが、個別指導は特化型のコーチがそれぞれの専門分野で教えて行くということだ。
スポーツの面において、特に社会人チームでは特化型の魔法師がポジションを占有するのは当たり前になっている。
もちろん一科生だった者で得意分野がある者が上位に来る場合もあるが、複数のメンバーから交代性にする場合は元二科生のメンバーも多いのだ。
そしてコーチとして招かれる者の中には、当然そういった人も居るので割りと周知されていた。
『これで人数的な問題は打開できるかもしれません。無論、『成果』のであれば導入する検討すら上がらないかもしれませんが、九校戦など特化型の選手が活躍し易い環境ならば成果を残せると思います』
「おいおい、九校戦に二科生を入れるつもりかよ…」
「でもスピードシューティングやクラウドボールだと、人に寄るんじゃない?」
「それって二科生がライバルってことでしょ? やだー校内予選なんて面倒…」
当たり前だが場内は騒然とし、ハッキリと会長に対する不満を口にする者も居る。
だが完全に状況は決まり、剣道部が用意した論客たちの意見など通りもしない。
今更になって生徒会や一科生が二科生を差別して居るのではないかと糾弾しても、何の意味も無い。
なにしろ会長自ら、今までの制度をぶち壊しに来たからだ。
俺も色々やり過ぎたおかげで、一部の生徒に睨まれて九校戦がやりに難い状況になるとは思ってもみなかった。
(だが成功すれば会長からのオファーも果たせるし、検証データも多く取れる。何より二科生制度が無くなれば深雪も悲しい顔をしなくなるしな)
もちろん、ここからの妥協案も事前に用意してあった。
魔工科などの専門分野ごとの選択授業を用意して、枠自体を増やすのだ。
今までの画一的に数値を求める一高の授業よりも、幾つかの選択肢から選べる事で満足度が向上する目論みだ。
上手く行くかは別にして『成果』があがればそれに付いてくる者も居るだろうし、反対者も減る筈であった。
(会長派一本にまとめて議論を終わらせるのは無理になったが、茶番めいた討論会はこれで終わりだな。…そろそろ連中が突入して来るはずだ)
外からこちらにやって来る反応が幾つか見える。
まだ魔法を使用して居ないか、魔法師ではないかもしれない。いずれにせよ急にこちらを目指す集団というのは非常に怪しいと言う他ない。
「会長に伝言を。妙な連中が校内に侵入したそうです」
「それなら問題無い。既に服部達が動いている…が、その必要があったかな?」
渡辺委員長のニヤリとした笑いを問い正すまでも無く、事態の急変によってその回答が得られた。
バン、パリーン! という音の連続と共に、ガス弾が機能し始める。
それに対して服部副会長が即座に空気を操って、拡散を抑えて外へ放り投げるのが見えたが…。
驚きはそんな物ではなかった。
「世界が燃える…。これは…」
「そうか、お前は見たことがなかったな。これが吉田先生の『封絶』だ」
若草色に燃える世界。
二重構造の情報体が書きこまれ始め、片方が記録の開始時を、もう片方が記載し始めたリアルタイムを更新して居る。
(そうか。記録を二つ作る魔法式で補完する事で、『再生』に近い状況を作りだしているんだ)
情報体が二つあるのは、状況やコストに応じて何もしない方が良い可能性があるからだろう(現にガス弾は状況固定されていない)。
そうすることで『再生』よりもコストを抑えるのであろうが、この方式だと先に展開しないと意味がないので再生の様に後から使用する事が出来ない。
一概にどちらが良いとは言い切れないが、実験用に使うならばこちらの方が良いだろう。親父や小百合さんたちが俺を手放す事に納得した理由も判る気がする。
それほどまでに『封絶』とは特異な魔法であった。
ブランシュとの戦いの前ではあるが、この魔法に関して知りたいと思う気持ちが留められなさそうだ…。
という訳で、ブランシュ・無頭竜編の最終話・前編になります。
化生体とかブランシュのアジトとか一気に片付けて、最後の方にようやくクロスのシャナ成分が出てきました。
討論会に置ける爆弾発言に関しては、シルバーの存在が念頭にあるので、コーチ付ければ良くない? どのみち得意分野は特化型の方が得意なんだしという程度の物です。
原作の二科生にはなれない役職問題などから、シルバーが居る影響を加味して変更して居ます。
これが上手く行くか、導入されるかは別にして…。九校戦において一高内でちょっとした波乱が起きます。
九校戦編に置ける最初のボスは十文字会頭、ほのかや雫と真っ先に戦って仲間にしていく、男塾的な展開に成る予定です。