●シールド・デバイサー
週末までの間に転居先の資料を揃え、リンと森崎に渡しておいた。
そろそろ七宝家の別宅から離れておいた方が、場所の秘密保持としても勢力的にも良いだろう。
その上で俺はレオとエリカを連れてFLT社に赴いた。
「俺も連れてってもらって良かったのか?」
「まあな。レオに渡す武装一体型CADもあったし、慣れる為の練習も要るだろうと思ってな」
俺の方から五十里先輩に渡したデータもこちらに帰ってきている為、当初は予定の無かったレオも連れている。
特定の魔法に特化したCADを、刻印魔法を使用して更に特化したフルカスタム・モデルだ。
「あー、こないだ話してたやつ? 五十里先輩と相談で来たら作るとか言ってたっけ」
「そう言うことだ。こっちもレオのデータから色々フィードバックするから気にせずに使ってくれ」
「くれるってんならもらっておくけど、ロクにデータ取る前から壊しても文句言うなよ」
武装一体型CADのウリは強度なので、データ検証中に壊れるはずもない。レオなりの照れ隠しなのだろう。
「エリカは刻印魔法を使ったCADの熟練者だから、感じたことは何でも教えてくれ」
「構わないけど食事くらいは奢ってもらうわよ? もちろん食堂の昼食以外で」
エリカのウインクに俺は肩をすくめて請けおった。
専門家を雇えば時間幾らの費用が掛るし、そのくらいは安いもんだ。
「でも生徒会の人も合流するなら、せっかくだしリン達も連れてくれば良かったのに」
「どこで見咎められるかも判らんし用心に越したことは無いな。逆に別のメンバーで吊るんでいる姿なら見られてしまう方が良い」
確かに戦力的には十分だし、リンの気晴らしを考えれば考えその物は悪くない。
だが、何を考えているのか判らない相手をFLTへ連れて行く気は無かったし…。無頭竜が捜索して居る可能性を考えれば、用心しておいた方が良いだろう。
やがてコミューターで待ち合わせのターミナルに訪れると、同じ様なサイズのコミュータが去って行くところだった。
「こんな所まですみませんね」
「いえ! あのフォア・リーヴス・テクノロジー社。それもトーラス・アンド・シルバーのラボに行けるとなれば、千里の道も一歩に過ぎません!!」
そこに居た三人のうち中条先輩が元気よく駆け寄って来た。
ことわざの引用が微妙に間違って居るような気もしたが、デバイス・オタクであるならばそのまま四方を掛け回りそうな気がした。その姿はまるで…。
「…? 何か失礼な例えをしようとしませんでしたか?」
「いえ、特には。今日は春にしては暑くなりそうですし、さっさと入ってしまいましょう」
部屋中を走り回る子犬の様だと思ったところで察した中条先輩が制止に来る。
苦笑すると判ってしまうので、俺は率先して社の方に向かった。
「では失礼しますね」
「「失礼しまーす」」
俺のIDでみなの来客パスを発行すると、五十里先輩を筆頭に一同が入って来る。
そのままラボの方に移動し牛山主任の訪れを待った。
「これはこれは御曹司。今日は随分と綺麗所をお連れで、どのお嬢さんが意中のお相手ですかい?」
「そういうのじゃなくて一高の仲間達だよ。それと五十里先輩は男だし千代田先輩はその婚約者だから」
軽口を叩いていた牛山主任が怪訝な表情を浮かべた。
いかにも驚きだと言わんばかりに、意外だと大仰に肩をすくめて見せる。
「おや、こいつは驚きました。先日に奥様が本部の方へお見えになられたので、御成婚の準備かと」
牛山主任は小百合さんのことを、社長夫人と呼ぶか本社の部長と呼んでいる。
「というと小百合さんでなくて、お袋の方が? …まさかな」
となれば駄目な方のお袋…いや、四葉の当主として訪れたのだろう。
幾つかの会社を経由して居る為にFLTへ姿を現す必要も無いことから、間接的なメッセージがあると思われた。
「牛山主任。みんなを集めてもらえますか? 本部…いえ本社の連中に知られたくないので、こちらが試運転を済ませている間に適当なペースでお願いします」
「へいっ。とうとう来るべきモノが来たってことですかい…」
かねてから考えられてきた開発三課の追放劇が軌道に乗り始めたのだ。
そう時間が掛らない内に、実行に移されるに違いない。
「立て込んでるようなら出直そうか?」
「あたし達は町へデートに行くから遠慮は不要よ?」
「差支えなければ居ていただけるほうが助かります。もちろん、口止め料もタップリ弾ませていただきます」
五十里先輩が上目遣いで確認して来るが、見学とCADのテストに没頭して居る方が本社へのカモフラージュになる。
急に課の者を呼び集めてしまうよりも、色々と試験運用や質疑応答などで誤魔化している方が望ましい。
「でも、何があったんです? 凄い機密が盗まれそうになった…とか?」
「どちらかと言えば、ソレを開発できそうな目途が立ったところですね。本部の連中がピリピリしてるところを見ると、やり過ぎてしまったようですね」
中条先輩がおずおずと尋ねて来るが、問題無い部分で話しながら考えを整理していく。
元もと切り離す話は聞いていたが、…こちらが飛行魔法の目途を立てたばかりであり、心の奥底を見通しているのかと思うほどに恐ろしいタイミングである。
「研究中のメンバーを呼び集めるのは上から頭ごなしに言われるのと、予め聞いておくのでは皆の対応が違うので説明会を開きます。突然の事で上手く話がまとめられるか不安ではありますが…」
準備はしているが万全とは思えない。
開発チームに愛着を抱き、研究を続けたいと思うように誘導はしている。説得材料もネームバリューも、新しいCADシリーズの採算も立ってはいるのだが…。
問題なのは全てを決めるのが人の心だと言うことだ。
金や立場で釣ったとしても、企業本体である本社の安心感や向こうの用意する材料に比べようはずも無い。支社化だからベンチャービジネスを立ち上げるよりマシとはいえ、都落ちで福利厚生や待遇面が下がる事を喜べるとも思えないからだ。
約束出来るのは唯一つ、自分が望むままに研究可能だと言う環境だけである。
それは俺が自分の研究の為に確保して居る大前提であり、逆に言えばそれだけしか保証できなかった。
「じゃあ司波くんが考えている事をそのまま話せば良いと思いますよ?」
「中条先輩?」
突然の提案に考えが真っ白になった。
どうやればこれだけ楽観的な見解を持てるのか? 理屈で言えばマイナス面の方が多いはずなのだ。
それに対する答えは実に情緒的だった。理解の外と言っても良い。
「だって天下のトーラス・アンド・シルバーが凄い研究を成功させたんです。これに着いて行かなきゃ技術者じゃありません!」
「偉れえ、良く言ってくれましたお嬢!」
「牛山主任…戻ってたんですか」
中条先輩が断言するのを、伝達を終えたらしい牛山主任が力強く固定する。
「何人かに伝言ゲームを頼んできましたよ。それにしても水臭ぇ、御曹司はどっかりと構えて『黙って俺に着いてこい』とでも言ってくれりゃあ良いんです」
「それじゃあどこかで勘違いする者も出て来るでしょうに…」
理屈にもなっていない言葉。
だが不思議とありがたい気がする。それはおそらく、俺がそう信じたいからだろう。
「判りました。今はその言葉に甘えさせていただきます」
とはいえ賽は既に投げられており、やれるだけのことはやったと信じる他はない。
協力を要請するなり謝礼を渡すにしろ、後で可能な限り配慮すべきだろう。
デバイス好きの中条先輩には牛山主任と一緒に、ここの資料館を愉しんでもらうとして…。
まずは本社へのカモフラージュを兼ねて試作品のテストを始めることにした。
●フライ・イン・ザ・スカイ
「お、浮かんだ。前に毛布で試したやつか?」
「ああ。原理的に言うと固定しているだけだな」
レオが概念練習用の剣にサイオンを通すと、剣先が浮かんで定まった位置に固定される。
やがてサイオンの供給を止めたところで元の様に一対の剣に戻った。
以前、七宝家の別宅に来たばかりのころに試したことがある硬化魔法の使い方だ。
レオは首を傾げる代わりに、カッチンカッチンと何度もサイオンの供給を流したり止めたりしている。
「あの時に使った硬化魔法の応用で、柄元の延長上に刃があるのだと思えばいい」
「前に達也くんが説明してたでしょ? あったま悪いわねぇ、サイオン流したまま剣を振ってみなさいな」
「こうか?」
デフォルトだと柄から2m程度の差に合わせてある
エリカが言った様にレオが起動と共に剣を振るうと、剣先が2mの距離を開けてコンパスのように半円を描いた。
「すっげ。毛布と違って自在に動かせるぜ。2mの剣…っていうには中間がねえが」
「武器としては剣と言うより鎖鎌、あるいはフレイルやモーニングスターの方が近いな。固定する長さの方は最初の設定である程度は調整できる」
実際の武装と違い、一度起動させれば2mで固定したままだ。
サイオンの供給を半端にして途中で短くなったりはしない。
「今は供給が必要だが、完成品はサイオン流す段階で時間の方も固定する予定だ。使い方は判ったか?」
「ああ。実物の剣でも柄元で切ったりしないし、ほぼ剣として使えばいいんだろ? なら楽勝だぜ」
エリカなら柄元の切れない部分で戦う事も出来るだろうが、余談なので突っ込まないでおいた。返答を受けてターゲットを順次立ち上げていく。
カタンカタンと立ち上がる人形モドキが四つ、右に二つ左に二つだ。
「あれを標的に試し斬りをしてくれ。幾つか切ったら適当に持ち方を変えて、態勢が変わっても同様の位置であることを確認してもらう」
「あいよっ。いっぺん忍者スタイルってやってみたかったんだよな」
初めに右側の標的を正眼に構えて砕き、次いで逆手に構え直して跳ね飛ばして行く。左が折れただけなのは単に態勢が不十分で力が乗りきらなかっただけだろう。
もし下から上に切り上げるような振り方であれば、逆手持ちでも十分に折れた筈である。
「これに何の意味があったんだ?」
「決定した相対位置が変わらないということを覚えてもらいたかった。完成品なら扱い易い配置を決めるべきなんだろうがな」
あくまでこれは練習用であり、刻印魔法によるサポートも入れても見たいところだ。
本命はあくまで次の試験であり、惜しいがここで時間は潰せない。
「次は音声入力と位置変更のテストを兼ねてみる。そこの黒いテーブルクロスの上にあるナックルガードをいつもと反対側に付けてくれ」
「ちょっと小さいけど…まあ飛ばすオプションが重要なら小さくても良いのか」
レオがいつもの籠手より小さなナックルガードを付けると、いつでも良いぜと握り込む。俺は頷いてからスイッチを音声入力しモードを立ち上げた。
「起動コマンドは『シュバルツ・シルト』で、相対位置変更は『アイン』・『ツヴァイ』・『ドライ』だ」
言いながら声紋をレオに調整し、その間に改めて奴が音声認識を同期させて行く。
不思議なのは渡したCADを弄っている五十里先輩の所へエリカが移動して、何かを囁き合っているのだがここからでは聞こえるはずもない。
「良さそうだな。なら掌を正面に向けてからアインの位置を試験する」
「そんじゃ行くぜ。シュバルツ・シルト、アイン!」
俺の指示通りにレオが掌を正面に向けてから叫ぶと、黒いテーブルクロスがふわりと浮かんで盾のように視線を遮った。
驚くレオに対して、あの二人はいかにもと言う表情を見せていたが…。なるほど、布に刻印魔法を刻んで入れていたこ事に気が付いていたのか。
「あの時に毛布で試してたやつより、ずっとスムーズになってるな。しかもビシっと決まってやがる」
「刻印魔法を刻んだおかげで魔法が入り易いのと、形状を最初から決めているからだな」
硬化を相対位置にかなり持って行かれた毛布の時と違い、今回は強度もかなりあがっているはずだ。もし戦闘に成れば自在に動かせる盾として心強い存在に成ってくれるだろう。
「次に位置変更を試すがツヴァイは握り拳で、ドライは特にないが周囲に誰も居ない状態で頼む。それと一度起動したら位置変更は番号だけで良いぞ」
「こんな感じで握れば良いのか? なら前のが切れたら試すな」
説明が終わって暫くして最初に使った魔法の設定時間が終了。こういうのを見ると、長い時間設定よりも断続的に仕様を継続する方が硬化魔法には合っていると理解出来る。
魔法全体としては逐次展開は古臭くて不便という印象はぬぐえないが、一部の魔法には相性が良いものもあるのだろう。それに…概念だけをループキャストやパラレルキャストと組み合わせても面白いと思う。
「シュヴァルツ・シルト、ツヴァイ!」
レオが拳を突き出しながら魔法を使用すると、手の甲の位置に合わせて布が飛翔する。
続けて周囲に誰も居ない位置に移動して、連続で相対位置の変更を行った。
「アイン、ツヴァイ、ドライ!」
再び掌を突き出すことで前面に、拳を構えて握ることで側面に、最後に両手をぶらりと下げた所で背中側に黒い布が連続で移動して行った。
「おっもしれなあ。これもさっき見たいな剣として使うのアリなのか?」
「ああ。初期設定しているのは防具として戦闘中に良く使いそうな場所に固定しているが、やろうと思えば好きな位置・形状にできるぞ。それこそ白兵戦闘メインの奴と射撃系が得意な奴じゃ全然違うしな」
レオの要望を入れて位置や形状の修正を行って行く。
正面のアインは拳の開閉に関わらずに前面、ツヴァイは少し丸めた状態で側面として裏拳用の玉として使うことにした。
さっきの試し斬り用の標的でスイングを確かめた後、ドライは畳んで移動・待機状態としランドセルに入れて背中の防御を兼ねることにする。
それで終ったかと思ったのだが…。
「ちょっと閃いた。さっきの標的を出してくれよ。別にこいつの設定は修正しなくていい」
「構わんが、何をする気だ?」
標的を出し直すとレオは直接に布へ硬化魔法を使用する。
そして逐次展開で少しずつ形状を変更しながら適当に持ち易く修正して行った。
「おらよっと! シュヴァルツ・シルト、ツヴァイ!」
「ブーメランというか巨大手裏剣の方は中々だな。マジックハンドの方は微妙だが、キャッチ代わりには問題無いか」
レオは両手を使って硬化させた布を放り投げ、外れそうになったところで形状を変形させた。
今回はひっかけただけであるが、何度か練習すれば当てる事もできるし、握り込むのは無理でもキャッチするだけなら問題ないだろう。脳筋に見えて頭が回る所は面白い奴であるとも頼もしいとも思う。
その様子を見ていたエリカ達の会話が、今度は場所が近い事もあってちゃんと聞くことが出来た。
「近くで確認したかったのか? 何の相談をしていたのか知らんが」
「いやね。薄羽蜻蛉って魔法がうちにあるんだけど…」
「これと同じ様な刻印魔法を使った布へ硬化魔法を掛けて、剣にする白兵用魔法なんだよ」
…なるほど。
布に魔法を掛け、掛り難いのを刻印魔法で補強するのは便利使い出来ると思った。
だが便利であるならば、同じ突破口を誰も考え付かないと言う理屈はない。薄羽蜻蛉という魔法は剣の魔法師としての千葉道場が暗器として携帯するにはもってこいと思われた。
「と言う訳で、コレの習熟が終わったら薄羽蜻蛉を教えてやっても良いわ」
「ウゲー。それって延々と努力しろってことじゃねえかよ」
「ボヤくな。慣れ易いように今から適当に白兵用のを入力しておくから」
上から目線のエリカであるが、奥義を教われる以上はレオとしても断わる義理はあるまい。
俺はさきほどのレオの使い方を見て、思い付いた新しい形状を早速入力しておくことにした。
「へえっ。さっきの会話だけで新しいのを思い付いたの?」
「レオがやったことの焼き直しですからね。それを白兵用に応用するだけなので別に特殊な事じゃありません」
「あー。布で折り紙やるわけね。素人独自の発想と言うか、突き抜けたら意味があると言うか」
「てめえはその上から目線を何とかしろよったく」
新形状といっても、上手く捻じ込んで棒状にするだけだ。
この形態を形状登録し、次に相対位置を握り込んだ拳同士の延長上に置く。
そして再び元の一枚布の状態に戻し、ランドセルの中にしまっておいた。
「レオ、今度は剣の柄を両手で持つように握って見てくれ。コマンドはヴォルフズ・コルヴァンだ」
「出ろ! ヴォルフズ・コルヴァン!!」
留め金を掛けて居ないランドセルは蓋を跳ね飛ばし、緊急展開して両拳の先に延び上がる。
それは槍と言うには歪で、どちらかといえば狼牙棒に似ていたので適当に名前を付けておいた。
色々途中で増えたものの、これで当初のスケジュールも無事に終了だ。
「五十里先輩。この布に施してある刻印魔法をもう少し改良したいのですが、なんとかなりますか?」
「形状によっては捨拾選択する必要があるけど可能だと思うよ。今日貰ったCADを見るついでに少し考えて見ようか」
「えーっ。まだやるのー? せっかくの週末なんだからデートにいこーよー」
技術系の五十里先輩には楽しい作業かもしれないが、千代田先輩には面倒だったようだ。渋い顔をされてしまう。
急がないのでフォローを入れることにして、残りの時間は開発チームのみんなを説得する内容でも考えるか。
「別に直ぐにいじる必要も無いので、持ち帰ってからで構いませんよ。レオの方は最初に渡した剣で練習してもらいますから」
「そうしてくれるとありがたいかな」
「悪いわね。こんど精神的に埋めあわせするから」
なんというか、この精神的な埋め合わせで補充してもらった例を聞いたことが無い。
俺は表情だけで笑って済ませると、可能な限り急いで資料と『あの魔法』の準備を始めた。
●
追い出された場合の移設候補から始まって、研究に置けるメリット・デメリット。
他にも支払い可能な給料や用意できる福利厚生。『あの魔法』の目途が立ちはしたが、どの程度で実用化出来そうかを打ち込み始める。
中条先輩や牛山主任は大丈夫だと言ってくれたが、この世の中で自分ほど信じられない者は無い。俺が俺を信じられるのは他ならぬ深雪が俺を信じてくれるからだ。
ならばギリギリまであがき、データを揃えてから運を天に任せるしかないではないか。
「御曹司。垂れ流してる馬鹿以外はみんな集まって来やしたぜ」
「ありがとうございます。こちらもなんとか終りましたよ」
どうやら牛山主任の方で本部にこちらの情報を流していた奴を特定してくれていたらしい。
そのことに御礼を言おうとすると、首を振って不要だと言ってくれた。牛山主任は俺の才能あってと言ってはくれるが、こういう面でも俺は彼にはかなわない。
なにしろ俺は十六の子供にしか過ぎず、改造されたことにより意思決定を始める年齢が早い事を踏まえても、社会人としての経験が圧倒的に足りないと言える。
だが彼らのサポートを受けることはできる。特に最も足りない思いと言うモノ、ここに来た時に主任や先輩から受け取ったことで自分を強引に舞台に立たせることが出来るのだ。
俺は自分が優れているなどと一度も信じたことは無いが、俺ならばやれるという深雪や牛山主任たちの言葉があるからこそ信じたいと思う。
「現在、俺が研究中の魔法が暫定的ながらも完成し、目的としている所へ到達する目途が立ちました。しかし…」
これは嘘だ。
完成版よりも先に、簡易版を強引に成立させているに過ぎない。
だが皆を説得する為のインパクトとしては十分だし、他の研究所では出来ない研究であれば残ってくれる可能性は高いだろうと見せる気に成っただけの話だ。
「それは俺とこのラボの立場を大幅に引き上げるモノになると予想され、この事を嗅ぎつけた本部がこれまでにない圧力を掛けようとしています」
「御曹司、これまでも圧力なら目いっぱい掛ってました。それ以上の圧力を掛けなきゃならない魔法って何すか?」
俺は牛山主任が入れてくれた相の手に頷き、さきほど強引に仕上げたCADを取り出す。
研究用に作られた大容量・小形の物で、記録装置が付いている優れ物だ(その分だけ高価だが)。
これを貸してもらう段階で、ある程度は彼に話しているのだが、話題をスムーズに移行させる為に知らない振りをしてくれているのだろう。
「まだまだ試験用で、サイオンが多く制御力の高い深雪くらいしか使いこなせませんし、俺もかろうじて使える程度ですがやってみせましょう」
これも嘘だ。
自分にも使わせてくれと言い出されない為に、あえて最高レベルの魔法師である深雪に絞り、動かす程度ならばという前提で俺が使用する。
もともと研究段階なら今の段階で十分なのだが、やはり自分が使用してみて不自由だとガッカリ感が多いと判断して誤魔化す事にした。
CADのスイッチを入れ、サイオンを自動吸引モードにして魔法を起動する。
ゆっくりと俺の体が持ち上がり、決めておいた位置で固定した後、ゆっくりと旋回していく。
「飛行魔法…っ」
「飛行魔法が完成したのか!?」
「と言っても、まだまだ不恰好で浮いていると言うレベルですけどね。時間制限と起動式関係の壁はクリアしました」
これは嘘では無い。
重ね掛け不能な魔法に魔法を重ねるという矛盾が、飛行魔法の完成を妨げていた。浮くだけならばともかく、姿勢制御の度に魔法を打ち消して魔法を掛け直したのではまともに使用出来る筈が無い。
大きい魔法式は負担が大きく、かといって小さい魔法式ではCADによる補助が効き難い。これをクリアするために、ループキャストで繰り返すという手法を使ったのだ。
「肝心の姿勢制御がまだまだなのが難題です。ですが、本部は自分達の資材や施設を利用して、自分達が追い込まれるのは許されないと考えたようですね。追い出して子会社化を考えているようです」
「そんな…。成果を上げてる部署を追い出すなんて無茶苦茶じゃないか」
「重力魔法の三大難関を突破しかかってる…。いや、もうこの段階で既にクリアしてるんだぞ?」
「でも判る気がするわ。だってこれが実用レベルで完成したら他の課どころか本部の立場なんて有っても無いようなものよ」
嘘と誠が半分ずつ。
この情報を当主に伝えたのは俺自身だが、小百合さん達はどんな魔法なのかは知らないはずだ。俺達が増長しているのに、これ以上成功したら立場が無いくらいに思っているのだろう。
課員の研究者たちが口々に騒ぐ声が好意的なこともあり、俺は止めずに放っておいて今のうちに着地しておくことにした。
「そんな訳で今にも追い出されそうな訳ですが、付いて来てくれますか? 俺に約束出来るのは可能な限り良い環境を整えること、給料も最大限に配慮すると言う努力目標しか掲げられませんが」
「いつも言ってますが水臭いですぜ御曹司。本当ならば俺たちゃそのへんで飼殺しにあってたんです」
「…そうだな。残ってもそのうちに追い出されるか延々と窓際を温めるだけだよな」
「そのくらいなら飛行魔法で成功が約束された新会社ってのも悪くないわよねぇ」
迷っている者も多い様だったが、牛山主任に近いメンバーからぽつぽつと肯定的な意見が出て来る。
もちろん、他の研究課どころかまったく無関係な研究所が先に飛行魔法を完成させる可能性はあるので、楽観論であることは拭えない。
「大丈夫です! シルバーさんならきっとやってくれますし、私達も九校戦で使えるように努力しますから!!」
「そうか…九校戦でのデビューってこれ以上ないほどのアピールだよな」
「飛行魔法があったらワンツーフィニッシュどころか上位独占も夢じゃないわよ。だってこれまでのルールを覆すんだもの」
「スペックの問題でしたら、五十里家としても刻印魔法の面で協力させていただきますよ」
「じゃ、じゃあ私も千代田家として…じゃなくて、風紀として学校で機密が漏れないようにします!」
中条先輩の言葉を皮切りに、その場が一気に肯定意見に傾いて行く。
九校戦での使用は俺も考えてはいたが、完成度の問題で危ぶんで…。いや、よそう。言い訳などせずとも気後れしている俺を先輩達が励ましてくれたのだ。
「それにしてもよ。来た時の感想と一緒なんだが、俺なんかが聞いていても良かったのか?」
「構わないよ。それにさっき見せた暫定版にはレオが教えてくれた硬化魔法の使い訳を入れたんだ」
「進行方向を一定に保つやつだね。…熟練者ならともかく、初心者はアレで吊り下げるくらいの方が良いかもしれない」
目途は立っていたが、姿勢制御に関してまるで完成がしていなかった。
これを強引に突破する為、頭が常に天頂方向に向く様な硬化魔法を併用したのだ。
不要な魔法が増える分だけ制御に負担が掛るが、高速機動をしない初心者ならば十分だろう。
「任意方向への姿勢制御を完成させるのが目下の所の急務ですが…。ここまで至れたのも皆のお陰だ、ありがとう」
「実感はねーが、どういたしましてだな。水臭いっての」
「今日は良いモノを見せてもらったよ、こちらこそありがとうだね」
「そ、そうえいば! いま研究中の魔法のサンプルをいただけるんですよね? ということは、飛行魔法の実用一号サンプルがこの手に!!」
照れくささを感じながらも俺は皆に礼を言うことにした。
今を逃せば言う機会を無くしそうだったし…、実際にその通りだったのだから苦笑するしかない。
FLTの帰り道に厄介な敵が現れたのだから。
と言う訳で、FLT関連の話を一気に終らせました。
重力系の三大難関というとピンと来ませんが、風邪やガンの特効薬を開発できそう…と考えれば飛行魔法の凄さが少し判るような気もします。
原作ではまだまだ先の筈なので、『未完成だけど問題は姿勢制御で、なんとか誤魔化せる』ということにしました。
今回はレオの硬化魔法のアイテムを色々やってたので、その流れのまま利用できるコツを無理やり流用した感じになります。なおこのストーリーでの達也君のネーミング・センスは教授が迂遠な名前付けるので、反動で直球になっています。
また、このストーリーにおける達也君は何度か言ってるように理屈っぽくて小心なところもあるのですが、その辺をアーちゃんや牛山主任がバックアップ。
以降ヨメ論争では、牛山主任はアーちゃん押し、深雪はリンちゃん押し、ママは黒吉田押し、四葉内のロマンチスト派は世代越えの七草復縁(三人娘の誰でもいい)押しになります。