●アンダーカバー
「なんで女の買い物ってあんなに長いんだろうな」
「諦めろレオ。必要な手間だ」
朝になってから俺達は再び集合し、必要な物を求めて買い出しに来ていた。
いちいち集まったり、護衛を兼ねて送って行くのは面倒なのもあり、部活の懇親合宿という名目で計画を修正。
その為に買った物では足りず、衣服を中心に買い足しに来ていたのだ。
「でもよ。制服の延長みたいな感じで、幾つかは同じ物でもいーんじゃねえか?」
「それじゃあ生活が作業に成る。せっかく知りあったのだし、今のうちに仲良くなっておくのもアリだろうさ」
そう、これは必要な労力なのだ。その為にもレオの愚痴を宥めておく。
何せリンの状況はあくまで自己申告に過ぎないので、頭から信用するのは危険だ。
一族の誰かを人質として要求されて、押し込められたという話だが…。
単に後継者争いをしていて、別の後継者に捕まっただけの可能性もある。
もしそうならば対立後継者を排除した段階で、俺達を裏切ってブランシュと交渉する可能性もあるので、出来るだけ縁を深めておく方が良いだろう。
同時に俺達と組むメリットも大きくし、ブランシュ側に付くメリットを小さくすることで、ようやくリンのことが信用出来るというものだ。
馬鹿馬鹿しい話だが、無頭竜の残党がブランシュよりも先に潰れては困るとすら言える。
とはいえ、それを口にする訳にもいくまい。
話題転換として、別の懸念を口にしておくことにした。
「幹比古。SBを使って居た連中が次に何をやって来るか想像出来るか?」
「術式はチャンポンな組織みたいだから術に関しては返せる自信があるよ。でも物理的な介入に関しては難しいな」
俺に質問に対し幹比古は前置きをしたうえで、息を(意気)を整えた。
犯罪に便利な魔法を中心としているので、専門として体系化が行われていない。
ゆえにこちらの魔法で相手の魔法に対処はし易いが、人間の捜索は元より人間の方が得意だとか。
「精霊に報告させて躁弾射撃なんて僕には思い付かなかった。もし探偵と組み合わされたら妨害も無理かもしれない」
「なるほど。頭数を増やして、他人が入り難い場所にだけSBを投入するのか」
遠方の手掛かりを探偵で探させチンピラを使って近隣を捜索すれば、辿りつくのは無理でも範囲を絞るのは簡単だろう。
そうして絞ったホテルなり別荘を、SBで虱潰しに探して行けば、いずれは此処に辿りつくかもしれない。
犯罪組織のシノギや抗争を考えれば、縄張りを荒らす奴や相手の拠点を探り出すノウハウがある可能性すらある。
いや、平常の暮らしを中断できない以上は、どこかでその線が交わる事もあるだろう。
相手の動かしている捜索網に、こちらの行動が引っか掛る可能性だってある。
取り返す筈だった戦力が軍に拘束されてしまった為、失地挽回を考える可能性もある。
注意しないと、意外なほどの速さで見付けられてしまうかもしれない。
「だとすると森崎に注意をしておいた方がいいな。俺の方は予め偽物の予定とアドレスが組んであるが、やつの家業を考えると完全には資料を隠くせまい」
「暫くはリンに付きっきりだから問題ねーんじゃねーか?」
「この場合は護衛中だって特定されたら困るってことだよ。学校には来てる訳だし追跡されて一発だもの」
俺達の視線は女性陣の護衛に付いている森崎の元に集まる。
奴の家業は護衛業で、『子供の護衛を任せたいので、できれば若い子が良い』と聞かれたら、嘘であろうと適齢の者が居ると返すだろう。
その時に、丁度良い年齢の者が『既に長期契約があるので動けない』などと言ってしまったら、怪しまれるのは間違いが無い。
目で判断するのは流石に知識のある者でないと判らないが、誰かを守っていることが判れば、素人に任せたとしても追跡して見続けることで容易く特定出来るだろう。
「でもよ、他所の家業に顔を突っ込めるのか?」
「ブランシュを潰すまで特定されなければいい。要は『専属で護衛して居るから手を貸せない』という返事をしないように言ってもらえば良いんだ」
「そうか。リンさんを護衛中なのに、『パートタイムなら護りに行けます』なんて言う筈が無いものね」
ある種、逆転の発想である。
森崎家はボディーガード派遣業なので、リンが戦力として雇い易い候補だから真っ先に確認するだろう。だがそう突っ込んだ質問をされるはずもない。
ならば予め、任務の都合上で特定されたくないことを伝えておけば、あとは向こうで勝手に偽のスケジュールを組むと思われる。
その辺りは森崎家もプロであり、本当に予約が入れば一門の誰かを向かわせれば済む。
いつまでも騙し通せるモノでもないだろうが、この際はブランシュ日本支部を壊滅可能な算段が付く段階まで保てればいい。
そうすれば予め戦力を配置した上で、一発逆転狙いでおびき出しても良いだろう。
(…俺の顔を一目でシルバーだと気が付いたならば、それはそれで構わないがな)
『精霊の目』である程度を把握して居るので、確実にやるなら四葉の戦力を呼び寄せて片づけてしまえばいい。
その後はリンには報告せずに、行方不明で済ませて住まえば良いので、一番手が掛らない方法だと言える。
もっとも、そこまで把握できる奴が俺の顔を見た上で、護衛を連れている可能性を考慮せずに特攻して来るとも思えないが…。
やがて女性陣が買い物を終え、森崎を伴って戻って来たので先ほどの話を告げる。
そして奴の実家と折り合いが付いたところで、俺達は学校に向かった。
●ハニトラ剣道部と、裸刹朴人拳法
その日の授業はとくに大過なく、無事に放課後を迎える。
再び嵐の様な喧騒が始まり、俺や森崎も巡回に駆り出されて行く。
(視線を感じるな…。だが腕章やエンブレムには焦点が当たっては無い)
純粋に俺の動向を見守る視線が、途中途中に感じられた。
周囲の視線が風紀の腕章と紋の無いエンブレムに突き刺さっているのに対し、この視線の持ち主『たち』は俺自身に向いている。
(察するに例の剣道部か、それとも桐原先輩の剣術部がタイミングを合わせているのか。まあいい、いずれ判る話だ)
特に道筋は変えず、決められたコースで格技場に向かう。
すると視線の厚みが減って行くのが判り、『この件に関して』は予想が大きく外れて居ないのが判る。
外れている予想は俺を巻き込む為の騒動が、肝心の俺を待たずに始まってしまって居ることだった。
「ふざけんなよ壬生! 俺の癖をあいつに教えやがって」
「冗談言わないで。貴方の事で渡辺先輩の他に主将にも相談してただけよ。お陰で一年で決勝まで行ってるのに、どっちがふざけているのよ」
到着する前から、大声で罵り合う痴話喧嘩が聞こえて来た。
聞こえて来る他に他にも色々言って居る様だったが、互いに遠慮のない口ぶりで気心が知れているからこそ容赦ないのだと窺えた。
「それであいつも大会に出てりゃ世話ねーよ! 普通の剣道大会なら分野違いだからここまで言うかよ!!」
「魔法力で劣っているのが悪いって言うの? そういう所が傲慢でついて行けないのよ!!」
次第に激昂して来る言葉は、別に近づいているからだけではないだろう。
どっちも本気の罵り合いに突入しており、口にしている言葉に自分自身が追い込まれているかのようだった。
「その魔法力だって主将に負けるくらいなんだから、大したことないのにね」
「あぁ~ん? あれだけ徹底したシフト取ってなに寝言いってやがる。そんなに確認したいなら、見せてやるよ!」
売り言葉に買い言葉はついに最終段階に突入する。
壬生先輩は激昂すると判って居て挑発し、桐原先輩は本気で怒りながらも事前に用意しておいた手加減で場を整える。
桐原先輩の竹刀から旋風が生じて、風が周囲に逆巻いて行く。
(あれは範囲型のストーム・ブレードか。師匠は不動剣とか言って居たな)
衝撃波を拡大する魔法は大きく二つに分かれる。
広い範囲にそのまま風を叩きつける足止め魔法と、線状に練り合わせてカマイタチを作る切断魔法だ。
師匠の所では前者を不動剣、後者を明王剣と呼び、合わせて大技の不動明王剣という竜巻状のソニックブレードを作るらしい。
(見切りで回避する相手への対策であり、同時に手加減をする為か。一方の壬生先輩は構築は早いが、強度や使用法に難ありだな)
壬生先輩は情報強化で防御し影響を押し留めようとしている。
だが叩きつけられる風は二次的な物な為に全て防げず、更に魔法強度で改変レベルに劣っているため、あっという間にボロボロになっていく。
その不利を補うために、ジリジリと格技場の外へ移動して回り込もうとしているようだ。
当然ながら桐原先輩がそれを許す筈も無いのだが、そこに伏兵が伏せられて居た。
あえて言うならば二人の戦いは桐原先輩に軍配が上がり、全体としては『剣道部』の方が用意周到だったといえるだろう。
外へ出て来た二人の周囲に、ホースから水がまかれて文字通り水入りに成る。
驚く桐原先輩よりも先に、伏兵達から罵倒の言葉が飛び出した。
「口で勝てないから魔法で言う事を効かせようなんて、最低!」
「そうよそうよ。それだけ我儘な性格しておいて、主将の紳士振りに勝とうなんて男の風上にもおけないわね」
…いつのまにか剣道部のメンバーのうち、女子が外に待機していた。
そして口々に壬生先輩の肩を持ち、剣術部のメンバーが援護しようにも中に居る剣道部男子と睨みあって動けない。
外を通る生徒は剣道部女子の一方的な言い訳のみを聞く状態で、次第に剣術部が追い詰められていくのが判る。
理不尽な言いがかりをつけられ策で追い詰められ、完全に怒りの連鎖した剣術部が魔法を使用するのも時間の問題だった。
そこへ俺が駆け付けてしまっている構図であり、このままでは救いようのない一方的な断罪が決定するだろう。
(自主的に申し出た桐原先輩がどうなろうと自業自得だが、このまま剣道部が勝利を収める構図はマズイな。予定通り介入するか)
俺は鳥の翼が羽ばたく様なイメージを構築し、つかつかと歩いて行く。
そして腕章を付けた左腕を前に出し、右腕を跳ね上げた。
「双方そこまで。これ以上は事前に申し出のあった格技場の範囲を越えます」
「売られた喧嘩なんだ、風紀は黙っていろよ!」
翼の形状に範囲を決めたグラム・デモリッションが、桐原先輩のストーム・ブレ-ドを粉砕する。
既にかき乱された乱流はどうしようもないが、継続しなければ大したことは無い。
「てめえ、俺の魔法を消しやがったな? 壬生に加勢する気か!」
「これは剣術部と剣道部の話なんだよ。余計なお世話だ、ひっこんでろ!」
「そうだ、黙っていろウイードが!」
もう一度、同じことをして撃墜しても良い。
だが、それでは剣術部だけがやり込められる図式に変わりは無い。
それに剣道部が俺に着目して、エガリテに誘おうとする契機としては薄いだろう。
(ここはアレを使うか。間違っても犯罪組織に流すモノじゃないが)
全ての責任を桐原先輩に押しつけることにして、俺は両腕にある二つのCADを同時に起動する。
そして剣術部が魔法を構築しきるよりも先に、干渉波を作り出して無理やり中断させて行った。
既に発動させた桐原先輩の魔法はどうしようもないが、どこかで掛け直すタイミングを捕まえれば良いだろう。
(あの揺れは高周波のヴィブロ・ブレード…いや、振動波のショック・ブレードか。考えてはいるようだな)
高周波で小刻みに揺らして切り裂くヴィブロ・ブレードと違い、鈍い振動で防御越しに揺さぶるショック・ブレードは殺傷レベルが低い。
前者を使えば最悪、退学を免れない可能性もある。
だが、これならば押し当て続けない限りは危険は低く、同時に巧みな防御を誇る者を追い詰める能力を持って居た。
手を切り割かれないこともあり、俺は竹刀を握り込みながら干渉波を放つ。
そして桐原先輩が干渉波に含まれるサイオンに寄っている間に、軽く投げ落して腕を取ってホールドを決めた。
『こちら司波。格技場前で魔法の不正使用を確認。当該者は取り押さえましたが担架を擁します』
手加減はしておいたが地面はアスファルトである。
流石に無傷で済ませるのは無理で、ヒビくらいは入れてしまった確信があった。
とはいえ彼に同情する暇などなく、サイオン酔いから立ち直った剣術部が向かってくる。
「をい! やりあってたのは剣道部もだろうが! 喧嘩両成敗って知らねえのかよ!」
「魔法の不正使用が理由だと申しあげました。剣道部の方は強度の問題で既に魔法が終了していましたし」
向かってくる剣術部のメンバーをいなし、あるいは誘導して同士討ちでぶつかる様にし向ける。
途中で再び魔法を使おうとするメンバーに対し、やはり干渉波をぶつけて消し去っておいた。
これで問題は桐原先輩一人で収まるし、魔法の不正使用で済むだろう。
加えて横入りで叩きのめされた剣術部に、それなりの同情が集まって大事に成る前に止められたと思う。
…名前や権威に泥を塗られたと思うかもしれないが、付き合いきれないので、そこは諦めてもらうしかあるまい。
全て終ったところで俺は事後処理に入る。
ここで全てを話す事も出来ないだろうし、剣道部の連中がこちらに渡りを付けるキッカケを作っておくためだ。
「すみません。事情聴取という訳でもありませんが、後で少しお話をお願いします」
「え、ええ。構わないけど…ここで済ませてしまっても良いんじゃない?」
「そうそう。ワザワザ風紀まで移動するの面倒だし、こっちが悪いわけでもないんだから」
「せかっくだし、さっきの体術とか教えてくれない? 魔法はともかくソッチは行けると思うんだー」
予め狙って居たのであろう。
剣道部の女子たちは俺を囲んで和やかに見える雰囲気を作っていた。
だが、決定的に日常に会わない事があるため違和感が拭えない。
俺は彼女達から視線を反らし、務めて真面目な対応を取ることにした。
「申し訳ありませんが、みなさんの姿は刺激的に過ぎます。時間の開いている方が代表者で構いませんので、着替えてからお願いします」
「え? あ?キャッ!?」
「あ、そう言えば…濡れてったんだっけ」
「アハハ。そりゃ男の子には目の毒よね。後で誰か行くから…」
先ほど桐原先輩を止め、一方的に話す為に水をまいていた。
一番水を被っていた壬生先輩を中心に、数名の女性メンバーも透けてしまっている。
健全な男子としては問題があるし、そうでなくとも周囲からの視線が痛過ぎる。
ある種のハーレムかもしれないが、これだけあからさまな罠だと食指も動か無い。
それに師匠に聞いたことがあるのだが、『良し来い!』と堂々と色気も無しに挑みかかって来る相手は、それほど魅力的な相手では無いそうなのだ。
恥らいが必要だとは言わないが、ハニートラップを魅力的に思えないのは同感である。
●春の香り
被害者なのに学校では詰問に見える…。
と言う理由で、学校帰りに喫茶店で話を聞くことになった。
「さーやこっちこっち! ここのケーキが美味しいって話よ」
共通の知り合いであるエリカ『達』を連れ、壬生さやかを帰宅途中にある喫茶店へ招待した。
「別に尋問ではありませんのでお気楽に。一品だけなら奢りますよ」
「後輩に奢ってもらうのは気が引けるけど、天下のトーラス・アンド・シルバーに遠慮しない方がいいかしら」
湯上りのシャンプーの香りが仄かな色気を醸し出す。
上気した顔はやや上目遣いをしており、恥入る表情を見れば師匠などはさぞ喜ぶのだろう。
とはいえあれだけの罠を剣術部、それも付き合って居たこともある桐原先輩に仕掛けてると言う事実が興味が失わせてしまう。
これならばまだ、会長の小悪魔ぶりや中条先輩の小動物っぽさの方が好ましいだろう。
「付き合ってたこともあるからって、言いがかりをつけて来るなんて酷いと思わない? さーやは可愛いんだから、あんなのに引っかからないようにしないと」
「もう止めてよ…恥ずかしいじゃない。なんというか、悪い人じゃないんだけど真っすぐ過ぎて」
歯に衣を着せないエリカに対し、壬生先輩は別れた男だと言うのに弁護に回り始める。
未練があると言うか、別れただけで好意は感じている様に思われた。
もしこれで嫌っているのだとすれば、好きだからこそ許せないという線なのかもしれない。
それからも取り止めの無い話題の中に、剣道部や剣術部。
そして二科生と一科生の差別の話題に移って行った。
「授業でも部活でも二科生は一科生と差別されているのよ。おかしいと思わない?」
いつしか壬生先輩は今日の話題を置き去りにして、不満に思う事をぶちまけていく。
「授業は同じ物ですよ。ただ、悩みがあれば教師に相談したり、明らかな問題と改善点があれば指導する点が大きく違いますけどね」
「そ…うなの? でも、その問題に自分では気が付けないからこそ、教師が居るか居ないかは重要だと思うの」
こんな感じで問題点を指摘したとしても、揚げ足取りで差別の問題に繋いで話して行く。
授業中に聞けないだけで、休憩時間や休日に聞くことは可能だと思うのだが、その点は無視して同じ話題がループしていくのだ。
「そういえば達也くんはあたし達にアドバイスくれたこともあるわよね? さーやには何か思い付かない?」
「遠慮なしに言うならば魔法の持続時間が致命的だな。だが構築速度は早いから、持続的に使う魔法よりも一定時間の付与系の方が向いていると思う」
ループする話題に焦れて来たエリカが、何度目かの繰り返しで口を挟んで来た。
俺はそれに乗っかることにしてナイフを脇に置いて、ティースプーンとケーキ用のフォークを並べて皿の上に置く。
「壬生先輩の能力ならば刀や自分を強化するよりも、小柄や短刀に付与して投擲する方が実戦向きだと思います。この方法ならば桐原先輩とも互角に戦えますよ」
「うわっ。刀で戦う相手に、刀で戦うなって言っちゃうわけ?」
「でも、そうすれば…桐原君とも戦えるの? 二科生の私が互角に…」
手早く魔法を構築して、付与した短刀を投げるならばかなり強力な戦力に成る。
だが、生憎と魔法持続力が足りず、強度も高いとは言えないのが問題なのだ。
彼女の能力を活かすならば、刀にこだわるよりも投擲術の方が向いているだろう。
魔法師の誰しもが瞬間的に防壁を張ることが出来ない事を考えるのであれば、刀にこだわるのは害悪とすら言えた。
「確認するけど持続力が無くても、あたしやレオみたいな戦法は無理なの? 一瞬だけ使うとか、断続的に展開するとか」
「気休めはよせ。お前の最大の能力は感覚の棲息速度域だ。それにレオの方は速度や得意以外の系統が問題なだけだからな」
瞬間的に最善を判断する能力がエリカは恐ろしいほど早く、逆に壬生先輩は遅い。
加速魔法と加重魔法を一瞬だけ使用して切りかかることは可能であるが、変化に対応できるエリカと出来ない壬生先輩を一緒には語れない。
また、レオは硬化魔法に限っては一科生を上回る強度と管理能力を誇っており、足を止めた戦いでは一級品だった。
ここで話題が一度切れたことで、ようやく共通の知人の『二人目』が動き始める。
「ところで司は、『何を聞き出してこい』と言ったんだ?」
風上に居た渡辺委員長がCADなしで一瞬だけ魔法を使用する。
ポケットからナニカを魔法で取り出すと、風に乗って壬生先輩の元に漂って行った。
「ええとですね…主将は…」
「難しく考えるな。別に壬生の邪魔をする気は無い。私達も興味を持って居て、協力しよう言うだけだ」
臭いは情動に作用する効果がある。
複数の香料を混ぜ合わせる事で、強く思って居ることを聞き出す様な一種の催眠効果をもたらしたのだろう。
それだけでは足りない為に、協力しようと言う言葉で補っている。
「うわっ、えげつな。うちの兄嫁は自分を信用してる相手を洗脳してるし」
「それは司にも言ってやれ。それに壬生の為に協力したいと言うのは本当ではあるがな」
CAD抜きなので大した魔法は使えないが、香料と説得で行うのであれば十分と言えた。もしかしたら司兄弟の洗脳も同じような使い方が出来るのでないだろうか?
だとすると、例えCADを持っていなくとも出会う時は警戒が必要だろう。
強力な魔法抜きでも洗脳ができるならば、話術が得意な相手の場合などはそちらの方が厄介なのだから。
「春香の術ですか。委員長が忍者の素質があるとは知りませんでした」
「九重先生の弟子に言われると恥ずかしいな。まあ強度としては、手習い程度の魔法だよ」
とはいえ魔法を使用したことには変わりない。
町に設置されているセンサーに反応するかは判らないので、後で藤林少尉にお願いするとしよう。
そんな風に考えていると、壬生先輩の口がようやく開き始めた。
「私は魅力的…だから、楽しく話して、シルバーに協力してもらえばいいって。…あとは、格技場で使った、アンティナイトを使わないキャスト・ジャミングがあれば…二科生でも一科生と…」
うつらうつらと、船を漕ぐように言葉を紡ぐ。
最初の部分が繋がりが悪く後の方が明瞭なのは、壬生先輩が自分の魅力に懐疑的であり、キャスト・ジャミングの方は断言されたからだろう。
しかし…良い香りのシャンプーだとは思ったが、魅了の為の準備が渡辺先輩の香料に気が付くのが送れたのならば、皮肉でしかない。
「そんな魔法まで使えるのか? まったくグラム・デモリッションだけでもしまったと思ったが、それ以上だな」
「魔法と言うよりは応用技なのでオフレコでお願いしますよ。誰でも使えるモノを迂闊に使ったら、どんな事故が起きるかも判りません」
「私も聞きたいけど、そういうことなら聞かない方が良さそうね」
渡辺先輩はそのまま必要な事を聞き出すと、今度は逆にリラックスさせるタイプの香料を使う。
今度は起きた事を忘れさせる為なのだろうが…。
これほどの隠し技があるのなら、七草会長がしつこいほど生徒会メンバーの協力を仰げと言う筈である。
もしかしたら市原先輩の方も、怜悧な頭脳以外にとんだ隠し技があるのかもしれない。
「ねえ達也くん。どこを襲撃する気だとか、何を考えてるか聞き出さなくて良かったの?」
「その辺りはプロテクトが掛っている可能性が高いからな。それに何処を襲う気かは予想が付く」
それに次期に関しては、今週以降に起きることで変更される可能性が高いだろう。
ここは余計な危険を背負わず、推測している事態を固定する事で予想外の出来事を避けるべきだろう。
この一日は様々な情報が得られたし、やっておくべき布石を置くことができ有意義に過ごした。
満足して次の変事に備えておくべきだろう。
朝がた話したように無頭竜が襲撃を仕掛けて来たり、スケジュールに意外な進展が起たりすることがないとも言えないのだから。
と言う訳で、司親衛隊ことハニトラ剣道部と壬生先輩から接触がありました。
剣道部は剣術部と桐原先輩を無茶苦茶メタっているので、原作通りに進むと退学コース。
達也君と話したいので桐原先輩が一日予定を送らせたことで運命がずれ、一日考え抜いた分だけ、桐原先輩の魔法も穏健になっています。
そういえば、前回とか洗脳に関して達也君が色々心配していたと思いますが…。
まさか身内が洗脳技を持っているとは予想外だったぜい! という感じの展開になりました。
タイトルの『出来ること』というのは、相手が出来る洗脳はこちらもできる、こちらの出来る布石は相手も置けると言うネタになります。
横浜の件で会長が知らなかった? という程には結構使って居る隠し技だったようなので、ここで出してみました。
(九校戦でリンちゃんだけ飛行魔法を知っていることを、前に流用したように、こんな感じで本編短縮に利用して行こうと思います)
ストーム・ブレードとカマイタチやソニック・ブレード、ヴィヴロ・ブレードとショック・ブレードとかに関しては、FSSから流用。
応用として、人によっては自分の体を振動させて、ボディ・ソニックを使う人もいるかもしれませんね。
なお、ハニトラ技の裸刹朴人拳法に関しては、天上天下より流用いたしました。