√シルバー【完結】   作:ノイラーテム

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包囲網の形成

●情報の共有

「ゴメン達也君、遅れた」

「これで全員だな。始めるぞ」

 別件の入ったエリカが七宝の別宅に合流し、俺は情報の共有を始めることにした。

 スムーズに片付けるつもりならば知らずに済ませるのもアリだが、洗脳の危険があるので警戒してもらう必要がある。

 ここに居るメンバーはチームとして認識しているが、洗脳されてペラペラしゃべられていたらお笑い草だからだ。

 

「報告は二つ。一つはブランシュの計画概要が判ってきたこと、二つ目はエガリテが潜入してる部活だ」

「昨日の今日で凄えじゃねえか」

 レオが感心してくれるのはありがたいが、残念なことにエガリテでは意味が薄い。

 下部組織のエガリテの更に使い捨ての工作員など捕まえても牽制にもならない。

 もし意味があるのならば、証拠を捏造してでも介入するんだが。

 

「まずはブランシュから。リンさんからの情報で、昨日の連中は薬物と手術に寄る強化人間らしい」

 詳しく始めようとしたところ、いきなりエリカが苦虫を噛み潰したような表情をする。

 どうやら警察で何かあったな…予定通りか。

「…その情報、できれば早く欲しかったな。まあ無茶は言えないんだけどさあ」

「ごめんなさいね。私としても貴女たちの性格も判らなかったし…何かあったの?」

 仲良く成り始めたのは今日からで、性格も掴めていないのだから仕方ない。

 そう誤りつつも、リンはエリカが何か掴んで居ることに気が付いた様だ。

 

「もっと警備の良い場所に搬送しようとしたらしいんだけど、途中で襲撃されて逃げられちゃったのよ」

「をいをい。警察の護送付きじゃなかったのかよ」

 案の定、エリカが遅れて来たのはその辺の事情を聞いて来たかららしい。

 レオの質問にエリカは呆れた表情で答えた。

「だから強化人間って情報が欲しかったの。普通のテロ屋なら十分なメンツだったはずなんだけどね。軍が近くに居なきゃヤバかったみたい」

「結局、軍が捕まえたのか? 良くそんな都合の良い場所に居たな」

 エリカの説明に今度は森崎が詳細を尋ねる。

 ボディーガードを務めるこいつにとって、警察や軍の能力は馴染みがあると同時に、展開場所の限界を知っても居るのだろう。

 

「それがね。笑える話なんだけど、怪しい連中を捕まえたって段階で、幾つかの部署と軍が同時に受け入れの手を挙げたのよ」

「なるほど。縄張り争いの結果、警察は部署同士で争って遅れたのか」

 釈然としないエリカに俺はフォローの言葉を掛けることにした。

 無論この場でフォローするのは彼女では無い、緊急展開した軍…俺が所属する独立魔装大隊の方だ。

 

 想像でしかないが、おそらくは黒羽家の方から各署に連絡を入れて、不自然ではない構図を作り上げたのだろう。

 

「ひとまず何とかなって良かったと思っておこう。…続けるが、ブランシュは強化人間の人材確保を計画の中心に組み直しただろうな」

「まあ、あれだけの能力があれば欲しくなるよな」

「外からちょっかい掛けてきた奴がもう数人居たら、逃げられたかもしれないって話だし員数増やしたくなる気持ちも判りはするわ」

 俺がディスプレイの上に簡単な計画と文字を描くと、レオとエリカは当然だと言わんばかりに頷いた。

 対して幹比古の方が意外だったようで、驚いて尋ねて来る。

 

「二人とも薬物強化とか手術でロボトミーとか、良く平然としていられるね」

「だってねえ…。改造手術って言うけど、魔法師のあたし達が理想論を言えるほどクリーンでもないしね」

「俺だって爺さんがドイツから亡命した理由はその辺らしいしな。そう言う境遇の奴は案外、多いんじゃねえか?」

 幹比古は強制的な改造手術に不満があるようだったが、魔法師が出始めたころはどこもそんな感じだった。

 レオの亡命という言葉にエリカは僅かに反応したようだが、珍しくも無い事例と言える。

 実際に俺と深雪は四葉の里で改造・調整されているし、倫理の確立と共に目立たなくなっただけで今も何処かでやって居ても不思議ではないだろう。

 

「こう言う対応を聞くと、出会った直後に話しておけばよかったと思うわ。警戒されるかもって損しちゃった」

「…吉田君の反応の方が普通だと思うんですけれど…」

 拍子抜けするリンに対し美月は幹比古側らしい、苦笑しながら説明の続きを待って居るようだった。

 

「ブランシュの計画が大事になったのは困るが、逆に言えば隠匿生性の高い計画を変更してしまったということだ。全体としては明るい未来だと思っておこう」

 ここで重要なのが事件の規模だ。

 当初は秘密のまま進めて会長たちを狙う可能性もあったが、魔法師を浚うならば見てくれは大きい方が良い。

 一人・二人であろうと浚えばどこまでも追いかけるのが警察だが、大事件に成ればそちらに目を取られる可能性も高くなる。

 当初のままなら気が付かない可能性もあったはずだが、大事件に成って介入するチャンスが増えたと言えるだろう。

 

「それで、エガリテの方はどうなんでしょう?」

「現時点では不確定だが、とある人物からの話で怪しい部活を教えてもらった」

 この手の話に美月が興味があるとは思えないので、何か、気が付いた事でもあるのだろうか?

 俺は頷きながら、出来るだけ客観的に説明を続けることにする。

 

「本当はともかく洗脳までしてるという話だ。とはいえそのまま信用する訳にはいかないので、生徒会にも協力してもらって裏を取っている所なんだが…」

 俺は端末を操り、生徒会の記録からダウンロードした施設予約表をディスプレイに表示する。

 まずはここ数年間の部員争奪戦の期間中のもので、先入観を与えない為に剣道部とは表示せずにおいた。

「断定は禁物だがな。…連中が事件を起こしたがってると仮定して調べると、見えて来るモノがある」

 二つの部活を並べて表示し、提出日時を脇に記載。

 ほぼ横並びの日時が続く中、一か所だけズレている年がある。

 

「これは新入生を呼び込む為に格技場を予約した部活の、今年を含む時間帯だ」

「何よこれ。いつも先を争ってるのに今年に限って後出ししてるじゃない」

「怪し…い? いや、ただの偶然のセンも…」

 エリカが言うように、常に剣道部と剣術部は争う様に予約を提出していた。

 同じ様な部活なのだから当然と言えば当然なのだが、今年に限っては、確実にぶつかる為か確定してから提出して居る。

 どのみち例年通りなので最初から争う必要が無いとも言えるが、今年だけ違えば怪しさが出て来る。

 

「これだけなら偶然かもしれないな。偶然と言う意味では偶々何も起きない可能性もある。…その保険があると思わないか?」

 そして次に別の施設予約表を、争奪戦期間中以外も含めて提示した。

「…えーっと、これは講堂の予約者? あ、ワザワザ部活かも調べたんだ」

「新歓の後の予約を今からかよ。剣道部が討論会ってなにするのかしらねえが…」

 ここで初めて部活を表示し、その中で剣道部所属の生徒から、何故か講堂を使用する申請が出ている。

 いまは予約している部活で一杯だが、新入生の確保騒ぎの後に使用申請を出しているのだ。

 このレベルで予約して居る部活が無いでもないが、あくまで部活の練習の一環であると記載されている。

 

「今のところ怪しいのはこの剣道部。騒ぎを起こして大きな問題になればそれをキッカケに、何も起きなければ魔法系を優遇しているという理屈で問題提起する気だろうな」

「でも、魔法を使用した部活って、そんなに優遇されてるんですか?」

「そんな事は無い筈だが…」

 俺が説明すると美月が首を傾げ、森崎が説明しようとして口ごもる。

 思い当たる面がある様な、かといって正当な理由だと言いたいのが半分ということだろう。

 

「この表示通り、金額だけなら優遇はされている。だが、大会成績と基本費用を含めると…こうなる」

「そうそう。うちの学校はかなり強いんだ。対抗試合だって近くじゃできないしな」

 フォローという訳でもないが、大会で手に入れたトロフィーや賞の数を並べて見た。

 そして、練習のためにどの程度の費用が掛るかを示し、金額では無くその比率を提示する。

 剣道部で言えば近くの普通科高校でも問題無く対抗試合が出来るが、魔法を使う剣術部ではほぼ不可能だ。

 CADを考慮せずとも金額は多くなるし、必要性を差し引けばパーセンテージの面では優遇されてなど居ない。

 そして格技場や行程の使用率は、魔法系・非魔法系共に同じレベルである。

 

「騒ぎを起こして生徒会側が説明会を開けば良し、開かないなら自分達で討論をふっかける気だろう」

「その隙を付いてブランシュが乗り込んで、CADも持たずに油断してる生徒を浚うってわけね」

 連中からすれば会長を含む生徒が集まって、風紀や警備職員の目を集められればいい。

 貴重な魔法師を五体満足で浚うにしては少し大味で杜撰な気がしたが、この時の俺は知らなかったので仕方が無い。

 

 実際には、もっと非人道的な技術が在り人間の形状のまま浚う必要が無かった。リンがそのことを隠していたと気が付くのは、全て終ってからの事なのだから…。

 無防備に近い状態で生徒を集め、戦力を保持して突入するので十二分な勝機がある。

 人体全てが必要では無いのだから、それで問題ないと踏んで居たのだろう。

 

「説明を始める前にも言ったが、あくまで怪しいと言うだけだ。証拠が集まるまでは、みんなも勝手に動かずに自重してくれ」

 今見せたデータなど、言われてみれば怪しいレベルでしかない。証拠にするには問題があり過ぎる。

 迂闊に問い糺したり、隠れて調査されるとその後が大変だ。

 証拠を処分してブランシュの方に籠られかねないので、ここで釘を刺しておく。

 あくまで洗脳の話をすることで、接触を避けさせる為なのに、飛び込まれては意味が無くなってしまう。

 

「そういえば美月、なにか言いたそうだったが」

「すいません。最初は勘違いかと思ったのですけれど、剣道部には興味ないと言って居るのに勧誘されたんですよね」

 あまり他者の事を言及する性質ではないのだろう、美月は言い難そうであったが俺が水を向けると話し始めた。

 

「私の場合は修行が目の治療にもなるからって言われたんですよね。そんな筈は無いのに…」

「ノコノコついていったら、洗脳目的だけでなくオモチカエリされちゃうでしょうね。それでなくても美月は魅力的なのに」

 どうやら俺の懸念は杞憂だったらしく、美月はちゃんと剣道部の話が妙だと気が付いてくれたらしい。

 エリカの視線が胸元に移動したので赤面して黙ってしまったが、ちゃんとした警戒心と知識があるようだ。

 

「洗脳と言ってもちょっとした刷り込みで認識を修正するらしいから、本当にあるかは怪しいが注意は必要だ」

「剣道部なら怪しいのは、さーやの事でしょ? 桐原先輩との一件は聞いて居るけど、洗脳ってのも納得できる話ね」

 エリカの話は桐原先輩の情報を補強するものだった。

 特に洗脳とは思って居なかったらしいが、俺の話でなるほどと思ったらしい。

 壬生先輩のことを名前で呼ぶくらいなので彼女の方に近いスタンスなのだろうが、それでも洗脳論を支持する辺りは相当に違和感があったようだ。

「もし本当に洗脳しているなら、説得は無理どころか、ミイラ取りがミイラになりかねないから無茶はしないでくれ」

「判ってるわよ。味方に話してるつもりで敵になってたなんて笑えないもんね」

 時間や距離などの発動条件はこの際関係ない。

 どれだけ難しかろうと、有用ならば条件を整えるまでだ。

(問題はどの程度の洗脳能力、いや使い慣れしているかだな。黒を白だと良い含められるレベルかそれとも…)

 強力な洗脳であろうと、自殺させたり大切な人を殺したりなど出来ない。

 だが話の持って行き方次第では、それも可能になる。

 強力な術なら早い段階で、弱い能力であろうと長丁場で心理を見抜けば可能になるのが、洗脳と言う技術の恐ろしいところである。

 

「いずれにせよ、今はこちらも様子見だ。おかしい所を見付けても探りを入れずにこちらへ教えてくれ」

 こうして俺達は情報を共有し、最後にリンは技術系の会社が機材を納入・管理する為に派遣したインターンという口裏を合わせた。

 生徒を邪魔しない様に、年齢が近い彼女が制服を着ているという設定だ。

 

 こうして一日を終え、明日以降に備えて体を休めることにした。

 もちろん夜に何もしないと言う事ではないのだが…。

 

●バックアップ

 

「情報の提供を感謝するぞ、達也」

「いえ、こちらも隊の援護をいただけて助かりました」

 その日の夜、俺は独立魔装大隊からの連絡を受けた。

 七宝家のセキュリティはそれなり以上であった筈だが、相変わらずの腕である。

 

「警察は出し抜かれたそうですが、援護があったとはいえ、それほどの実力を秘めていたのですか?」

「基本的には達也の戦ったのと同じだろう。だが、短期間であればリミッターか何かを外して強化できるようだな。お陰で横槍を入れるには丁度良かったが」

 リミッターによって保全機能を掛けて居て、あれだけの実力だったと言う訳だ。

 それを解除することで警察は出し抜かれ、オーバーワークで疲労したところを隊が身柄を抑えたということか。

 

「それと、一高からのアクセス権を一時的に下げることは無理だそうだ。代わりに藤林をバックアップに待機させる」

「十分です。元よりセキュリティ突破するほどの時間的猶予を与えるつもりはありませんし、少尉の協力が得られるならば心強いかと」

 ブランシュの初期目標が魔法大学からデータを抜き出す事だと言うなら、あえて放置する事も無い。

 予めアクセスを封じる事が出来ないかを聞いていたのだが、藤林少尉の腕ならば人知れずブロックも可能だろう。

 なにしろこの七宝家のセキュリティをまんまと突破して、俺の元まで繋げているのは彼女の腕前なのだから。

 

「それで、『彼女』をこちらで保護せずとも良いのだな?」

「無頭竜の勢力を全て断ち切れない以上は、よりマシな頭を残しておいた方が良いでしょう」

 隊にリンを引き渡す事は止めておいた。

 縁があるから優しくしたいと言う気持ちは持って居ないが、無頭竜に付け狙われたいとは思わない。

 彼女には今後とも、組織を分断・内紛の種として乱してもらった方が良いだろう。

 

「抜け目が無いな。その調子ではさぞや四葉では嫌われただろう?」

「任務に可愛げを求められても困ります。カエサルの物はカエサルに…で良いかと」

 だが人の心理とはおかしなもので、シルバーの名前を出してから四葉での俺に対するイメージが変わったらしい。

 どうやら現世利益を求めて人間臭くなったと思われているようで、機械のようだからと嫌っている者の当たりが若干柔らかくなった。

 

 今回の件も、仲間は助ける=四葉の仲間も同じ目にあったら保護すると思われているようだ。

 身近で有用な戦力ならば保護するのは当然だし、どうしようもない足手まといでなければ人材資源的にも協力するのは当然だと思うのだが…。

 

「いずれにせよ、これで十分な態勢が整えられます。後はアジトを探り出せば乗り込む事ができるでしょう」

「そのことなのだがな。あくまで軍の行動に君たちが自主的に協力する形を取る。法的には私闘は認められんし、十師族の権威で無かったことにすると何かと煩いからな」

 十師族は国家の屋台骨なのだから、権威が合って当たり前と言う勢力。

 そして中核であっても支配者では無いと言う勢力。

 この両方が軍の中にあり、どちらかというと独立魔装大隊は後者に位置するらしい。

 

「全く問題はありません。御当主にも納得いただけるかと」

 四葉家はそんなことを気にもしないし、俺の目的には関係ない話なので素直に納得して敬礼して見せる。

 俺としてはさっさとブランシュと無頭竜の問題に方を付け、今回得られた『紅世の徒』の情報を調べたいという気持ちが強い。

 その意味では、軍の方から責任を持って行ってくれるのは願ったり叶ったりであろう。

 

 その夜の会見はそこで終了。

 あとはリンをインターンとしたように、藤林少尉はその上司である専門の技術者ということで折り合いをつけて通信を打ち切った。

 そして幾つかのデータを読み直し、可能な範囲でプログラムを弄ってからようやく睡眠の時間が訪れたのである。

 

 




 と言う訳で、今回は伏線と言うか態勢造りの回です。
原作では巻き込まれた十師族が権威でやり返したり、遥先生が調査してくれたこととかをせずに、他のルートで行うことに成ります。
実際にはここまで手の込んだ事は必要ないのですが、今作の達也君は理屈っぽくて用意周到なタイプになっているので、色々と手段を整えた感じです。
次回こそハニトラ剣道部が出てきて、桐原先輩と壬生先輩の夫婦喧嘩に成る予定です。

今回で原作と違う範囲では、無頭竜が九校戦で出てこないので、独立魔装大隊の顔見せシーンで全てやってしまう感じになっています。
後はレオのドイツの話題が、ここでチョロッと出てる感じでしょうか。

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