√シルバー【完結】   作:ノイラーテム

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吹き抜ける風

●風紀委員のお仕事

 生徒会室を後にして、リンを隠し部屋的な教室へ連れて行った。

 来年度以降の授業用で、今は使われる予定が無いと言う教室らしい。

 必要なツールの全てでは無いが、魔工技師用の道具がある部屋を興味深く眺めながら、次の目的地に向かう。

 

「お兄様。私は友達と約束があるのでこれで」

「ああ、十分に学園生活を送ると良い。俺達は風紀委員会に顔を出して行くから」

 俺と森崎は呼び出されている風紀委員会へ顔を出すことにした。

 

 とはいえ早朝ともあって、もともと多くない委員が勢揃いなどと言う事は無い。

 雑然と備品のCADや書類が並ぶテーブルと、渡辺委員長が一人だけだ。

「早いじゃないか。それも二人とも連れ立ってとは興味深い」

「会長の所に顔を出して居ましたからね。騒ぎに関しては御存じだったのでは?」

 町には魔法を検知するシステムがあり、どんな魔法だったのかはともかく使用を調べることが出来る。

 それでなくとも暴漢が一高生を含めて襲ったということが騒ぎに成らない訳はないし、風紀委員長である彼女が知らされないはずもないだろう。

 

 案の定、頷きながら本日の用件を切り出してきた。

「学内に置いてだが、その騒ぎに関して自衛力を求められる立場だからな」

「まあ普通の生徒には無縁の筈ですが、そうと言えないのが痛し痒しですね」

 森崎はリンのことが気に成って仕方ないようなので、俺が一通りの話題を片付けることにした。

 記録用のレコーダーや腕章、パトロ-ルなどの区画をザっと聞いておく。

 

「ともあれ学内ではCADを所持出来ない建前だが、部活の新人獲得期間は多めにみられる。気を付けておくように」

「了解しました。ところで、ここの備品や書類は片つけて構いませんか?」

 部屋を見渡しながら確認すると、渡辺委員長は露骨に嫌そうな顔をする。

 どうやら片付けられない人らしく、風紀の仕事が肉体労働メインだからか放置して来たのだろう。

 

 とはいえデスクワークを俺がする必要は無い。

 だがここで自主的に申し出れば、何がどこにあるのか、籠城する場合などに備えて戦力がどの程度あるのかなどを把握する事が出来る。

 パっと見ただけでも、マニア垂涎の物から特化型の中でもキワモノと呼ばれたものまで備品は豊富だった。

 おそらくは中条書記のようなマニアが、かつて委員会で備品担当だったのだろう。

 

「俺はこれを二つ借りるとして…。森崎、これを持っておけ」

「人の都合を考えずに勝手なことを…。ってコレは『毒針』じゃないか」

 自分のCADを使う予定だったのだろうが、森崎は俺が渡した特殊なCADを見て考えを変えたようだ。

 

 俺が選んだモノが非接触式スイッチの中でも感度に優れた物であるならば、森崎に渡したモノは指輪型の超特化CADだ。

 たった一組みしか魔法が入らない代わりに、指輪として携帯できるという優れ物である。

 貴族達が暗殺の為に使用した指輪から、『毒針』と呼ばれているキワモノであった。

 

「奇襲前提で大した魔法は入らんが、パラレル・キャストの練習用くらいにはなる。使い方は判るか?」

「馬鹿にするな。ドロウレスの練習用に使ってるのと似てるからな」

 ドロウレスというのは特化型CADの用法の一つで、銃の形をしたCADを相手に向けずに照準補正機能を使用する為のワザだったはずだ。

 

 流石はクイックドロウの森崎家というところだが…。

 一見、完全思考型CADの問題が全てクリアされた場合には消えて行く技術であるが、このワザには独特の利点が存在した。

 肉体的な訓練が心理動作を上回る腕前を前提にして、脳内のスキーマー発動すら無視して魔法を即座に使用出来るのだ。

 要するに考えるよりも先に、魔法を一つだけ使えると言う訳である。

 

 そんな感じでテーブルをひっくり返していると、暫く後に何人かが顔を出しに来た。

「おや? さっそく一年坊主を使ってお片付けの練習ですかい姐さん?」

「その名前で呼ぶなと言ってるだろう鋼太郎。それともその頭は飾りか!」

 やってきたのは三年の二人組だ。

 一人は快活で体育会系、同い年である委員長の事を姐さんと呼ぶ辺りで性格の方は確認するまでもない。

 もう一人は発言はせずにこちらを観察し、俺の胸元を見るが迂闊に態度は変えなかった。

 

「教師枠の司波と、生徒会枠の森崎だ。どっちもCADの扱い方は凄いぞ」

「紋無しの方が教師枠ですかい? てっきり反対だと思ったんですがねぇ」

「辰巳、その表現は問題だぞ。それで…腕の方は渡辺が自分で試したのか?」

 言葉使いこそ悪いが、辰巳と呼ばれた先輩には委員長への敬意が見える。

 逆にもう一人は言葉こそ丁寧だが、自分が上と言う不遜さが見て取れた。

 見たところ文系の研究者肌なのに、腕力の必要な風紀委員と言う時点で増長するのも判らなくは無い。

 

「関本でも危いかもな。何しろ司波の方は服部に完勝するくらいだ」

「あの服部にか? 入学以来、同学年には一度も負けたことが無いと言う…」

「お前も動揺すんなよ。まあ、俺も驚いてるんだがな…。しかしあいつに勝てるなら心強い限りだ」

 ニヤリとした笑いが委員長と辰巳先輩から零れる。

 どうやら関本という男は、才能があっても真から強いタイプでは無さそうだ。

 多芸で器用貧乏、それを本人の努力と弁舌で押して行く感じだろうか?

 

 とはいえ話題の的になるには気持ち良くない。

 次の話題として、今の内に尋ねて相手の事を聞くとしたらその片割れが飛び込んで来た。

「摩利さんすみませーん! 遅れちゃいました。シルバーくんもう来てます?」

「遅いぞ花音。とっくに作業中だ」

「人の作業領域を勝手に割り当てないでください。整理するのは俺の趣味みたいなもんですけどね」

 委員長と千代田先輩は同時に嫌な顔を浮かべた。

 どうやらあちらも片付けられないタイプだろうか?

 本命では無いが、その片割れが来たのは用事が片付いて来たのはありがたい。

 

「すみません。これを五十里先輩に渡しておいて頂けますか? 刻印魔法の件です」

「おっけー。こっちは啓から頼まれた仕様書ね。頼んだわよシルバーくん」

「…シルバー? もしかしてあのトーラス・アンド・シルバー?」

 思い付いたレオや幹比古用の要望書をチップで渡すと、同様に向こうからも手渡された。

 どうやら同じ様な事を考えて居たようで、おそらくは刻印魔法を簡略の為に利用した特殊CADか何かだろう。

 俺達の会話を聞いて、関本先輩の顔が疑問は氷解したとばかりに平静さを取り戻すのが見える。

 

「そうだ。チーム名であって個人名ではないそうだがな。後で沢木や岡田たちにも会わせるつもりだ」

「そのくらいは知っているさ。…しかしミスター・シルバーが風紀のCADを整備するのか。これは良いな」

「ラッキー! じゃあ俺のCADとか頼んだり、スゲー発明品を使うとか可能なのか?」

 先輩達の勝手なスケジュールを聞きながら、俺はある種の微笑ましさを感じた。

 ここでは実力さえ認めさせることが出来れば、二科生だとか気にする者は居ないか少数らしい。

 

 あえて言うならば関本先輩だが、…まあメリットがデメリットを上回る間は気にしないだろう。

 

「こちらもデータが取れますから構いませんよ。ただ、先生方にも妙なのは持って来ないと約束して居るので、先行サンプルとかに成りますけどね」

「それで十分じゃない? 実験品とかはこうやってチップで渡して、自分の家の工房でやればいいんだし」

「普通は自分の家に工房なんて無いと思うがねぇ」

「それを言うなら五十里の家を自分の家扱いして居る方が問題だろう」

 俺の返答に三者三様の答えが返ってくる。

 こちらとしては肩をすくめる他は無い。

 

「とりあえず、俺は三年の辰巳・鋼太郎だ。強い奴は歓迎するぜ」

「同じく三年の関本・勲。時にミスター・シルバー、君は論文コンペには参加しないのか?」

「司波・達也。自分のことは司波と呼び捨てで結構です。…先に仕上げたい魔法とCADがありまして正直、九校戦が終わるくらいまでは時間が取れません」

 俺は挨拶を返しながら、追い詰められているスケジュールに苦笑する他なかった。

 

 飛行魔法は未完成ながら形になり、自分で飛ぶだけならやってやれない事も無い。

 しかしコピーを芸も無く繰り返して可能な程度、実用には程遠い。

 それだけなら他の誰かがFLTから研究を奪って行ったら、俺の研究だと主張できないレベルだ。

 そして極め付けなのが、研究室がそろそろFLTを追い出されそうな事である。

 

 これほど追い詰められているのに、学校では学校でブランシュ対策を要求され限界に近かった。

 これでコンペ用の論文を書けとかオーバーワークでしかない。

 そんな有様であったが、それが返って良い反応に繋がったのだろう。

 

 関本先輩は満足そうに頷いていた。

(マウンティングというか上に居ないと気が済まないタイプか、それとも単に論文コンペで自信があるのか)

 そんな事を思いながら納得していると、委員長が苦笑しながら俺達の方を睨んだ。

「そこで話を終わらせるな。こっちの森崎はまだだろう? あの森崎なんだが…」

「構いませんよ。森崎でも俺はエースと言う訳でもないですしね」

「おっと悪ィ。今年は粒揃いで幸先が良いや」

 そんな風に朝の段階では、円満に話が進んだ。

 

 最後まで続いてくれれば、面倒が無かったのだが…。

 

●ラブコールは突然に

 

 無事に授業が終わり、新入生を呼び込む騒ぎが始まった。

 活発な美少女であるエリカなどはさぞ争奪戦が激しいのかと思って居たら、修行と称して雲隠れ。

 幹比古にSBを喚起させて、感知する練習をしているらしい。

 

(エリカ狙いの部活には悪いことをしたな。…いや、千葉道場の関係者以外で知っている連中は少ないか)

 他愛の無いことを思いながら巡回を続けて居ると、嫌でも耳に飛び込んで来る言葉がある。

 

『二科生なのに風紀?』

 という侮蔑の言葉もあれば、そうでない言葉も聞こえて来る。

『トーラス・アンド・シルバー…本当に一高に来てたのか』

『ねえ、じゃあうちの部活に入ったら凄いCADで大会に挑めるんじゃない?』

 ネームバリューとは不思議な物で、俺の才能だとか魔法の能力以前に名前の方で俺を判断するらしい。

 時折、無茶な呼び込みに誘われては逃げ出し、あるいは説明して切り抜ける羽目に成った。

 

(やれやれ。エリカが居たら半分くらいは押しつけられたのにな)

 苦笑が思わず顔に浮かびかける。

 途中で暴発騒ぎが起きた時に、術式解体で落とした為に、グラム・デモリッションが使える生徒だと大騒ぎに成った。

 お陰で追いまわされる羽目になり、風紀を取り締まるために来たのか、騒ぎを起こしに来たのか判らない。

(…それでも名前を公表しなければ誘われもしなかったろう。縁と言うのは不思議な物だ)

 もし無名のまま一高に来ていたら、おそらくは無縁の苦労だったろう。

 今頃は遅くなる深雪に付きあって時間を潰して居るか、二人でさっさと帰って飛行魔法の仕上げをしているかもしれない。

 どちらにせよこの騒ぎは関係ない対岸の火事であると思われた。

 そう思えば苦笑が浮かび、あるいは想像に駆られて無意味な笑みが浮かぶのも仕方がないのかもしれない。

 

 ありえない想像に浸りながら苦労して居ると、暫くしてカフェの辺りで手招きするのが見えた。

 あれは…確か…。

「どうされました、関本先輩?」

「休憩がてら司波に話があってな。茶の一杯くらいは奢らせてもらうが」

 断ると面倒そうだと思って、素直に頷いたのがまずかったのかもしれない。

 そこで断っておけば、その後の騒ぎが一つ減ったかもしれないのだが…。

 しかし、この時点で俺が知る由も無い。

 

「御言葉に甘えることにします。手の内を見せたら俺が誘われる立場に成ってしまいまして」

「はは…。普通の魔法師には無理な技だからな。七草も真似ごとしか出来んくらいだ」

 唯一得意としている無系統魔法を、使うべきではないタイミングで使ってしまったとミスとして話題を切りだした。

 そうするとこちらの状況を把握して居たようで、関本先輩は鷹揚に頷いている。

 俺が対応を失敗したと言うことに満足して居るのか、それとも七草会長にも出来ないことで満足して居るのか。

 こうやて折り合いを付け、些細なことでプライドを刺激せずに納められれば、案外、悪い性格では無いのかもしれない。

 

 やがてコーヒーに口を付け、喉を潤した所で話が切り出された。

「司波。時間が無いと言っていたが、それなら僕のテーマを手伝わないか? 勿論そっちの研究が収束してからで構わない」

「分野によっては無知同然ですので、一年に務まる物とも思えませんが」

 急な話であったが買ってもらって居ると思っておくことにした。

 足手まといになるのではと告げつつ、素早く思案する。

 

 俺の心に浮かぶのは知的好奇心と、利用されることへの忌避感だ。

 自分の研究に関わることであれば、利用されても良いしこちらも利用させてもらう。

 逆に無関係なジャンルで、一方的に利用されたいとは思えない。

 

「もっともな話だな。君の狙っている分野は何だい? 分野によってはその方面で行動してもらえるし、君が来年以降に経験を役立ててもらっても構わない」

(手の内を見せずにこちらの手を聞きに来たか。正しくはあるが…)

 自分の研究テーマを示して、どうだと言うタイミング。

 ここで関本先輩は、あえて俺の関心がある分野を訪ねてきた。

 話題を広げ、そちらに見識があれば協力もしあえる。

 

(話術としては正解だ。しかし、研究者としてはどうかな?)

 逆に言えば、こちらの研究ソースを覗き見て利用しようと言う魂胆に他らならない。

 多芸な才能の一つに話術があるのを認め加点つつも、こちらの方面では他者を理解して居ないと減点することにした。

 

 どのみち生徒会室で話している内容である。

 分野が被っているか次第なので、思い切って腹を割ることにする。

「あくまで将来ですが、常駐型重力制御魔法式熱核融合炉を実現できればと思います」

「君もソレか…。僕は基礎の改良こそが魔法の発展に繋がると思うんだがね」

 口火を切った瞬間に、苦虫を噛み潰したような顔になる関本先輩。

 この反応を見て、思わず生徒会室での話題が蘇ったのは仕方あるまい。

 あの時は好意的であったので、より深い感慨を覚える。

 

「そのこと自体は肯定します。例えば感応型はポイントも反応も妖しいですし、誤差が大き過ぎるまま使って居ます」

「ならば判るだろう? カーディナル・コードとは言わないが基礎技術の発展はおろそかにすべきじゃない」

 関本先輩の言いたい事も判る。

 カーディナル・コードを始めとして判っていないことは多いし、今もまだブラックボックスとして使って居るモノの何と多いことか。

 

 だが、同時に心が冷めるのを感じても居た。

 関本先輩がやりたいのは、究極的にはカーディナル・コードを始めとした『魔法学上の大成果』だ。

 残念ながら、基礎系統だけでは計り知れない系統外魔術があるのを実体験で知っているし、元より興味も無い。

 

 俺の目的は、そこにはないのだ。

「基礎を徹底して改良し、今の技術を古い物にするんだ。そうすれば君だって魔法を操れるように成るかもしれん」

 いや、むしろ魔法師の発展など望んではいない。

 新しい基礎基盤を作り上げ、自分達で修得すれば俺も一科生並に魔法を使いこなせる。

 そう説得しようとする先輩を、俺は一蹴することにした。

「生憎ですが自分は一科生になりたいとは思って居ません。俺が望むのは魔法に置き変わる普通の技術ですよ」

「なに…?」

 一瞬だけ、先輩は呆けたような顔をした。

 まるで意味が判らない。

 優れた魔法師ゆえに、呑み込むことが出来ない様だった。

 それもそうだろう、魔法師が魔法を捨てる世の中など、彼の中ではありえないのだから。

 

「良く考えて見るんだな。俺とあいつとどっちの理論が優れているのかを」

「あいつが誰なのかは判り兼ねますが、基礎を突きつめて誤差を減らす方面ならお付き合いできますよ」

 まるで捨て台詞のような言葉を残して関本先輩は去って行った。

 

 その背中を見ながら、俺の方も席を立って巡回しながら戻ることにした。

 あとは軽く流して、生徒会室の深雪やシークレットームに籠っているリンと一緒に移動すれば良いだろう。

 

 そう思って気が緩んで居たのか、俺はつい考えている言葉を口に出してしまった。

「あの様子だと、市原先輩の派閥と見られたのかな? 最初の出会いはどちらも同じ様な印象だったんだが…」

「呼びましたか?」

 意外なことに、返事は直ぐ傍からあった。

 少し離れた席に、とうの市原書記が居たのだ。

 驚くと言うよりはむしろ呆れると言う他は無い。

 

「聞き耳を立てていらしゃったのですか?」

「人聞きの悪い。たまたま生徒会室以外で休憩したくなっただけです。ただ、そうですね会長に色々聞きましたので、少し様子を窺って居ただけです」

 そう言うのを聞き耳を立てると言うのではないだろうか?

 

 そんな事を思いつつも、この一言で全てを理解出来た。

 相変わらず話が早いと言うか、会長がブランシュの事を説明したこと、俺を気遣って様子を見に来させたというのが窺える。

 とはいえここでブランシュ絡みの話は出来ないので、人通りの少ない場所を選んで生徒会室に向かうことにした。

 

「会長から聞いた様ですが、危険な事件に首を突っ込む事に成りかねませんよ?」

「どの道、第一高校がテロの標的になれば避けられぬ運命です」

 まさしく自明の理。

 そう言われれば返す言葉が無い

 

 なにしろ浚って人体改造するのであれば、一高生の誰もが危険と言う他ない。

 医学的な加工と薬物投与でなら二科生でも十分だが、薬品と心理暗示メインで済ませるなら一科生は即戦力なのだ。

 

「それにしても意外でしたね。司波くんがロマンチストだとは思いませんでした」

「…っ」

 ここでまさかの不意打ちが待って居た。

「魔法に置き変わる技術。魔法の陳腐化を目指すには最低限、融合炉とマイクロウェーブ送電を組み合わせないといけません」

 ようするに、こう言うことだ。

 俺の目的とは、魔法師の地位を『兵器』から『経済の一環』へと向上させつつ、同時に陳腐化することだ。

 

 融合炉によって今までと段違いのエネルギーが容易に得られれば、非効率と呼ばれた幾つかの不可能が可能になる。

 ヘリや戦車が活かせる状況では魔法が不要なように、魔法に置き変わる手段を確立化させていく。

 

 通信によって手元にない機材を動かすのは二十世紀でも可能であったことだ。

 これに発明当初は効果が薄かったエネルギー送電を並行して行い、指先一つで様々な機器を動かせるようになれば…。

 いつか魔法は手段の一つになるだろう。

 誰でも魔法の様に機材を操れるならば、兵器から特定環境で有効な技術者と化した魔法師は区別されることはあっても差別されることは無くなるはずだ。

 

「ロマンチストですか? そうかもしれません」

 その目的を看破されるとは思ってもみなかった。

 同時に、クスリと笑われたままなのは我慢が出来ない。

 深雪の事以外は銅でも良いはずの俺の心に、ささやかな炎が灯っていくのが判る。

 それが怒りなのか、それとも同朋を求める叫びなのかは判らなかった。

 

「そうですね。せめて重力制御の目途が立てば話は別なのですが…」

「…っ!」

 思わず手が出て居た。

 

 片腕で壁を突いて進路を塞ぎ、少しだけ側に寄る。

「司波くん?」

「目途は立って居ます。飛行魔法の実用化が九校戦ごろには可能でしょう」

 俺は他者に聞こえない様に、市原書記の耳元で囁いた。

 

「FLTでということは、重力をル-プキャストで制御する為の変数が…、それも膨大な量が必要ですね」

「飛行術式自体は実用データと引き換えに無償で公開する予定です。後は勝手に成果を寄こしてくれるでしょう」

 彼女は最初驚きはしたが、意味を理解すると目を閉じながら思案し始める。

 俺の言葉を疑っていると言うよりは、事実だとして、そのもたらす未来を演算して居るかのようであった。

 

「ふふ…。面白いですね。では、ループキャスト型では得られないデータを先にこちらの論文で検証するとしたら、協力してもらえますか?」

「俺では出来ない事を、異なるコンセプトで試してくれるならば是非」

 飛行魔法のことは、九校戦までは秘密。

 そう良い含めるまでも無く、判っているようだった。

 ならばもはや不要だと、俺はその場を立ち去ることにする。

 

 去り際に市原書記が何か呟いていたような気がした。

「魔法師の居ない世界…ですか」

 その言葉は俺の耳に届かなかったが、不思議と市原書記が普通の女の子のように見える。

 立ち去りながら、それは普通の事だと思う様にしながら、自然と俺は歩調を早めて行った…。




 と言う訳で、達也君が男に口説かれ、年上の女性を口説いている疑惑の回です。
内容的にはアレで、まったく色気はありませんけど。
 このストーリーに置いて達也はマッドよりなので、目標はアグレッシブに若干修正。
エスケープよりも攻めに走った内容で、魔法師の陳腐化を目指して居ます。
『魔法のような技術』『昔、誰もが考えたSFチックな技術』を実現し、「あれ、魔法って不要じゃない?」「あれば便利だけど、普通に技術で代用できるよね」という世界に置きかえることが目標と化しています。

 ともあれ今回は風紀の人間模様が変わっていて、シルバー来るので早めに紹介を兼ねて千代田さんが最初から風紀、居るはずの関本さんが最初から知り合い。シルバーならば十分と何割りかは納得となっています。
 次回は壁ドン疑惑から深雪の凍れる笑顔を交えつつ、さーやとか桐原君に関わる内容を修正して、新入生歓迎の期間を終えることになる予定です。

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