●足りないモノを埋める
部屋の割り当ては入口に一番近い部屋にレオ。
奥向きの安全な部屋にリンを置き、女性である深雪と護衛である森崎がその脇に面する。
俺は穴を埋めるためにという理由で、裏手の部屋にしておいた。
その道中で深雪が声を掛けて来る。
「お兄様。僭越ながら、お願いしたいことが二つ」
「お前の言うことなら構わないよ。言ってごらん」
俺が困る我儘を深雪がしないという確信もあって、安請け合いを口にした。
「本日の様な戦闘に置いて、お役に立てる魔法のインストールを検討していただきたいのです」
「お前の持ち味は広範囲への影響だと思うんだが…。手札は多い方が良いし考えてみようか」
どうやら深雪も夕方の戦闘に影響を受けたようで、俺は快く引き受けた。
妹の才能からすると、いちいち対人を考える必要はないのだが、手早く個人に効く魔法はあっても良いだろう。
本当はCADをもう一つ持つことなのだが、急に用意できる物ではない。
用途が被っていたり、おいそれと使わない種別の魔法を削れば十分に余裕はあるだろう。
「ありがとうございます。二つ目ですが…夕方の戦闘で術式解体を使用すれば簡単に倒せたはず。そのことをお尋ねしたいと」
「お互いの戦い方を見たかったのと、エリカじゃないが見られている状態で手札を切る気が無かっただけさ」
バックアップ要員が居ると知っている状態で使う気にはなれない。
イザとなれば多少の強引さは仕方無いにしても、余裕があるのは判っていたし、まさに様子見と言う訳だ。
「それを聞いて納得いたしました。私も手控えておいて良かったのですね。おやすみなさいませ」
「ああ。お前の切り札は出来るだけ見せたくないし、見せるとしても『表』だけで済ませておきたいからね。オヤスミ』
深雪は軽く頭を下げると、少しだけ名残惜しそうに部屋に入って行った。
それを見届けてから俺自身も割り当てられた部屋に向かう。
そしてメールの返事があるか、一定の時間が経過するまでは簡単な作業をやっておくことにした。
(深雪のCADを確認して、見合った魔法を入れておくか。森崎のデータ確認はその後だな)
データを見るだけなら、深雪のと森崎のを並行して出来なくはない。
だが妹と比べられるはずもなく、万が一にもミスをしたくないし、連絡待ちとあって優先度を付けておく。
(深雪の能力ならば時間さえあれば何でも出来る。時間稼ぎにも使える魔法の方が望ましいな)
平面制圧能力に長けた妹の事、想定される場面というのはそう多くない。
一つ目は、夕方の戦闘で起きた乱戦のような状況で、敵だけをピンポイントで捉える場合。
二つ目は、不意打ちなど出会い頭に格闘攻撃を受ける(魔法は防げる)。
三つ目は、リンに限らず誰かが人質に成った時など、高速で発動する必要のある時だ。
(一の状況には『使える』程度で構うまい。注視すべきは二、あるいは深雪自身が三に追い込まれた時だろう)
極論を言えば、一の状況では他のメンバーを盾にしてゆっくり凍らせればい良い。
確か、美月がタンクという壁役がどうのと言っていたような気がするが、誰かを使って確実に行けばいいだけだ。
魔法で深雪に勝るのは至難。
ゆえに二と三で絞ったのはイン・レンジでの脅威。
(となれば威力は不要。咄嗟に発動可能で時間を稼ぎ易いモノ)
不意打ちされた時に、一撃で気絶することだけは阻止可能で…。
人質にされたとしても、救出に入るコンマ数秒を稼げればいい。
この魔法を併用する事で、大きな魔法を使う際に時間稼ぎにも繋がれば理想的だろう。
(候補は運動エネルギーを停止…いや減衰する魔法だな)
効果は僅かであっても、ループキャストで繰り返せば問題無いか?
重要なのは咄嗟に、あるいは精密にしようできるかだ。
完全に止める程の効果は不要で、確実性を重視する。
これをイザと言う時の防御と、時間が必要な攻撃補助に利用すればいい。
「実際に効果があるかは試してみてからとして…。なんだ森崎の方も同じイメージで良いな」
深雪のCADデータを見てからと思っていたが、アッサリと考え付いてしまったのでやっておくことにする。
思わず考えを口に出してしまったが、そのくらい拍子抜けするほど簡単に思い付いた。
とはいえ、奴がパラレル・キャストする為の魔法では無く、それまでの繋ぎだから深雪と同じ考えでまとめてしまって良いかと言うレベルなのだが…。
深雪に対して過保護で入念に考えるのに対し、森崎の方はオマケで良いかと見切って居るからこそアッサリと決断できただけだろう。
(深雪が減衰ならば、森崎の方は加重系で効果押しだな)
あの加速系統の気絶魔法は、良くできた魔法だ。
前後に揺さぶるだけなので工程は短く、前後の移動を相殺することで事象の改変が小さい。
要はあの気絶魔法で気絶しない相手専用で考えれば良いのだ。
直ぐに思い付けたのは、旧アメリカ軍が過去にやらかした銃の問題がイメージに近く、対策手段を考えてあったのも大きいだろう。
可能な限り軽量化した後で、データカードにインストールガイドを付ければ終わり。
メールの返事もまだなこともあり、せっかくなので持って行くことにする。
●よばい?
俺は適当に方したデータカードを手に、森崎が割り当てられている部屋をノックした。
「起きてるか?」
「…なんのようだ? 仮眠とはいえ大事は取りたい。手早くしてくれ」
不機嫌そうな顔をしているが、眠って居たわけではなさそうだ。
布団を半分に折りたたみ、いつでも起きれるよう、寝入らないように布団に入っていただけの様だ。
他に用件もないことだし、俺はデータカードを入口の棚に置いて簡単に済ませることにした。
「つなぎ用に
「はあ!?
森崎は大声をあげそうになり、慌てて口元を押さえながら喋った。
「加重系統のアレか? 良くそんな物を知って、いや軽量化なんてできたな…」
「軽量化に関しては…もともとダミー入りで公表されているんだ。研究者が良くやる手だよ」
何故、俺がデータを持って居たかの方はもっと簡単な理由がある。
以前に三校辺りにカーディナル・ジョージが進学すれば、バランスが変わって面白いと予想を立てて居た。
そして本当に進学したと言う情報を受けて、九校戦に向けて手元で研究していたのだ。
「軽量化しただけのパターンと、使い方を絞ったモノも一応は用意してある。旧アメリカがやった銃の失敗を知ってるか?」
「馬鹿にするな。ストンピング・パワーの重要性だろ? そのくらいは知ってるさ」
旧アメリカ軍は、銃に関して過去に二度ほど失敗して居る。
単純に言うと、性能に任せて撃ったは良いが、結果として無力されて反撃を被ったということだ。
我慢して斧で頭を叩き割られ槍で突き刺され、あるいは旧式なはずの銃に撃ち負ける。
理由は単純で、銃自体の性能は向上しても、相手の態勢が全く崩れないのが原因だった。
このことから旧アメリカでは、無骨な大型拳銃が重視され、のけぞらせて反撃を防ぐと言う方法が取られた。
…というのが拳銃史に華々しく残る大失敗とその後の教訓である。
「要するにお前の加速魔法で気絶させられない相手専用の、動きを止めるだけの魔法だ。撃ったらリンさんを連れて逃げろ」
「言われるまでも無い。…だが礼は言っておく」
森崎は最後まで憎まれ口を叩いていたが、言うほどに気に入らない訳ではないのだろう。
布団を被ってはいるようだが、棚の方に興味があるのはありありと判る。
「では俺も寝る。…間違っても夜這に来るなよ」
「当たり前だ気色悪い」
そんな事を言いながら俺達は別れたが…。
こんな馬鹿なことを言ったのは冗談からでは無い。
もちろん森崎にそのケがあるという意味ではなく、俺の『目』に反応があったからだ。
(メールで待ち合わせをせずに直接来るとはな)
薄ぼんやりとした反応が、屋敷の裏手を包む。
魔法を使えば詳細に理解できる俺の目が、知り合いが来ている程度にしか区別してくれない。
だが幸いにして、俺にはこの反応の記憶があった。
他ならぬ、俺自身が引き出した従姉妹の隠行用魔法である。
察するに、誰かが俺の部屋の近くに来たとしても、俺が居る気配に偽装しようとしたのだろう。
そう思いながら、俺は自分の部屋にノックもせずに入り込むのだが…。
「…ヤミ(文弥)なんで寝床に入って居るんだ?」
「えっと。誰かに見つかった時に、達也兄さまが寝て居ると勘違い…してもらうためです」
従兄弟の方が寝床に入り込んで居たので、俺は呆れながらコールサインの方で呼んだ。
遊びに来た年下の従兄弟と、一緒に眠ると言うのは無いでもない。
だが潜入工作に使う衣装は、少女に偽装して居るので誤解を受けることこの上あるまい。
ましてここは俺の家では無く、七宝の家なのだ。
…そして、七宝の家という点に思い至って一つの回答に辿りついた。
「ヨル(亜夜子)にそう言え、やれと言われたのか?」
「うん…。表では七宝家の御曹司に負けてるから、少しでもインパクトを強くしろって」
何しろ以前までは兄さんとは言っていたが、兄さまなど付けて居なかった。
だからといって極端すぎる行動ではないかと思う。
夜も更け始め、面倒だったので深雪に使った対応を使い回す事にした。
「そんな事をしなくても、お前は俺の大切な従兄弟だよ」
「は…い」
深雪にいつもそうしているように頬を撫でると、何故かミヤ(文弥)は顔を赤らめる。
適当に対応したからといって、どこかで対応を間違えただろうか?
それとも亜夜子が余計な事を吹きこんだのか?
「ヨルが言って居たんだけど、昔は一族の若手を年上の人が可愛がって一人前にするって聞いたのですけど…」
「ここは七宝の家だしそんな事は考えて居ないさ…いや、そもそも…」
やはり対応を間違えて居たと言うよりは、やはり亜夜子が余計な事を吹きこんだらしい。
だが積極的に否定するのではなく、傷つけない様に言葉を選んだことが、逆の意味に取られてしまったようだ。
「現代ではそんな風習は無いぞ。落ち付け」
「ぼ、僕は達也兄さまが望むなら…。ううん、この家でじゃなくて、そうじゃなくて、ええと~」
恥らいは最高の化粧と言う言葉があるそうだが、文弥はとても少女らしかった。
そういえば、最高の女性の演技が出来るのは、女性では無く学習した男性なのだと女形役者か誰かが言ったそうだ。
とはいえ俺に男の娘を愛する趣味は無いので、話を始めることにする。
「ヤミなんとかしてくれ。これじゃあ詳しい話もできない」
「仕方ありませんわね、ヤミちゃんは達也兄さんが大好きで大好きで…」
カーテンの影からくすくすと笑いながら、従姉妹が出て来た。
こちらは特に男装しているなどとはなく、逆にフリルいっぱいの少女らしい格好だ。
あえて言うならば、眼帯が少し違和感がある程度。とはいえ変装だと言われればそんなモノだろうか。
「…判りました、せっかく飛んで来たのですものね。ここで帰れと言われても困りますから」
「そうしてくれると助かる。面倒は省きたいのでお前達がこの周辺に来ていた理由を教えてくれ」
四葉家に所属する分家の中で、裏を担当する黒羽家の双子。
彼女らの腕を持ってすれば、俺が事件に巻き込まれたという情報だけで、七宝家のセーフハウスに居るくらいは付きとめられるだろう。
ゆえに重要なのは、忙しいはずの彼女たちが此処に居る理由の方だ。
「裏社会の大立者がこちらで見られたと言うこともあって様子を見に来たんです。…残念ながらまかれてしまいましたが」
「お前達をまけるというなら相当の腕だな。だが丁度良い」
亜夜子は肩をすくめて無駄足だったと残念そうだが、この場合は十分な情報だった。
欠けて居たピースが揃い、パズルの概要が見えて来る。
「何か御存じなのですか? それとも仕事ですか?」
「その両方だな。その大立者が何者かは知らんが、何をしたかは知っている」
文弥の問いに応えて俺は短く説明した。
少し前から起きているブランシュの情報は投げてあるが、改めて情報収集を要請するには丁度良い機会だからだ。
「疲弊した傘下組織を統合しに来たらしい。この家に逃げ出してきた関係者が居るよ」
「ということは、もともとの命令系統は別だったと言うことですか?」
流石にアンダーグラウンドに通じて居ると話が早い。
裏の組織同士で信頼など出来るはずもなく、人質を出していたのだと、亜夜子は大して驚きもせずに事態を察して見せた。
「まずは…そうだなアンダーグラウンドでもMIAが起きた」
とはいえ、いちいち驚かれるのも面倒なので予想される最初の事態から説明する。
俺には予想でしかないが、二人にはあり得るべきことなのだろう。
驚きもせずに頷いていた。
「以前に話した技術者を餌さ場にしてる奴が、闇組織も餌さ場にしているのか、別の奴かは判らん。だが事実として無頭竜が食われた」
「ノーヘッド・ドラゴンほどの組織が壊滅するなら…」
「確かに連中の仕業みたいですわね」
此処まで来ると二人にも事態が呑み込めて来たらしい。
そうなれば、組み合わせのもう片方がブランシュだと頭の中で繋げているころか?
だとするならば、もう全てに話しても面倒は無いだろう。
「無頭竜が直接壊滅させられたか、アンダーグラウンドの抗争で壊滅したかはこの際は関係ない」
「同じスポンサーのブランシュ日本支部が統合する事で、テロの可能性が高まった」
「お前達にやって欲しいのは、一連の事件が起きた後に奪えるモノを全て奪うことだ」
一気に告げはしたが、二人に戸惑いは無い。
やるべきことを見付けて、嬉々として事態を受け入れる。
こう言ってはなんだが、敵対者に容赦する理由が見付けられない。
第三者の組織が居て手を出し難いなど、緩衝地帯が必要ではない以上は、全てを叩き潰し洗いざらい持って行くのが正しい裏稼業というものだろう。
「上手処理できれば、うちも少し息を吹き返せますね」
「そう言うことだな」
四葉の中でも裏稼業を担当する黒羽家は、叔父である黒羽・貢の負傷引退もあって勢力の減少が著しい。
分家の当主代行である文弥としては、ここで駒となる使い捨ての手下や特殊技術でも回収できれば恩の字だろう。
そうすれば代行という仮ポジションでは無くなるし、四葉の当主候補に帰り咲ける。
「この屋敷に匿われている方の護送は必要ですか?」
「そこまでは頼まれていないな」
冷たい言い方になるが、この時点でリンを助ける意味は全くない。
囮として有用であるし、深雪が狙われる可能性が減るという意味では大助かりだ。
「夢見るお姫様ではないと言う事ですわね。楽で良いですけれど」
「…良くも悪くも馬鹿じゃなくて助かる。友人で居られる間は友人で居るつもりだ」
それと同時に、一方的に頼られた場合は別の選択肢が発生する。
利用され利用する間柄であれば、対等な付き合いを。
一方的な要請であれば、こちらも一方的に使い潰すか、あるいは手元に置いて組織ごと吸収する為に使う羽目になる。
情報を全て開示しないのは面倒だが、お互いにメリットを見出すなら丁度良い関係と言える。
個人の付き合いでは全てを話すのはプラスだが、組織同士においてはマイナスになる事をちゃんと理解して居るようだった。
中々に悪くない性格の持ち主であるように思われたし、一方的では無く、対等な関係で居たいものだ。
そう言う意味に置いて、この屋敷で話した仲間割れ説の楽観論で済ませるよりも、こちらで確実に叩き潰すプランを用意することこそが最大の好意であろう。
「さしあたっては、今日捕まえた連中を魔装大隊と連携して確実に確保。あとはブランシュのアジト捜索を適当に頼む」
「凄腕のエージェントでしたっけ? どんな訓練方法なのか愉しみです」
「アジトの方の期限は、『テロの事前作業』までで構いませんわね? それでしたら構いません」
捕まえた連中は軍に頼んであることを暗に告げると、文弥は頷いて追い込む為のプランを考え始めた。
同時に亜夜子の方は、ブランシュを泳がせて利用する算段を思案しているようだ。
「おおよそはこんなものだな。今夜はもう遅いし二人は俺の家に行ってお休み」
そう言って二人を下がらせて俺の方も休むことにした。
と言う訳で黒羽家の双子が登場しました。
遥先生が居ないので代わりにアジトを適当に探してくれるのと、強大化したブランシュに対する追撃部隊として行動する予定です。
これによって、原作のストーリーとそう大差ない戦力差で戦うことになります(黄と朱の分は、司兄弟がアレな分の補正です)。
なおこのスト-リーにおいて、黒羽叔父さんの出番はありません。
双子とする事が被ってしまうのと、四葉が大ダメージを負って十師族のバランスがとられていること、四葉継承編が存在しないことの判り易い例になります。
紅の徒に不意を打たれて、部下を食われて自身も大怪我を負ったものの討伐に成功。今回の事件で復権に協力してもらって頭が上がらず、達也兄さんが感情らしき片鱗を見せてるので、安心して引退してます。
(七草家の方では名倉さんが消えてるので丁度良いバランスになってる感じで、かつ、継承編前後での厄介な面倒がおきません)
そういえば今回、男の娘に口説かれていましたが、達也は男に興味ないのでスルー。
次回も別の男に口説かれますが、やっぱり興味がないのでスルー。代わりに年上のお姉さんを口説いてる疑惑が起きる予定に成ります。