√シルバー【完結】   作:ノイラーテム

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ブラックオーダー

●精霊

 幹比古が懐から紙片を取り出すのに合わせて、俺は『目』で捜査を開始する。

 近くに合計四つ。反応の内一人は、今朝がた森崎が連れて居た女だ。

 連中の後方に居る五人目はバックアップか、それとも無関係な人間か。

 

「精霊を使役してるんだと思う。今から顕在化させる術を行使させてもらうよ」

「なるほどな。こっちを目指している一人と様子を窺っている連中の他に、妙な気配が在るのはその為か」

 この『目』のことを知られたくないので一瞬で打ち切り、判った情報は気配と偽っておく。

 幸いにも状況に驚くばかりで、『目』を感知出来た者は居ない。

 

 当事者らしき森崎は慌てて端末を弄り始め、興味なさそうな二人はCADを降ろして待機の態勢移っていた。

「良く判るわね。あたしなんてようやく後ろの方だけ判ったってのに」

「お前は殺気に敏感なんじゃねえか? 俺は前だけだな」

「それが判るだけでも二人とも大したもんだよ」

 二人の会話に相槌を打つことで、万が一にも気が付かれないように誘導しておく。

 

 そして森崎に話題を振り向けると、一同の関心はそちらに移った。

「…森崎、もしかしなくても護衛がらみで、会長への繋ぎが必要だったのか?」

「そうだ! 出なければ同級生に迷惑なんて掛ける訳ないだろ!」

 その言葉へ『素人』にはという意味合いが込められていたが、あえて無視しておく。

 まあ、実家が護衛業もやってる奴にとっては、二科生では素人同然なのだろう。

 

 俺の方も気にせずに片手で端末を取り出し、ケースからCADを念のために準備しておく。

「そう言うことなら早く言え。…琢磨か? 俺だ、七宝家がセーフハウスを持って居たら教えてくれ。そうだ、一高に近い場所で頼む」

「七宝家と縁があったのか?」

「お兄さまの熱烈なファンなんですよ。ちょっと困った面もありますけど…」

 俺が森崎の要求を先回りして連絡を取ると、案の定、ビックリした様子でこちらを眺めた。

 実際には、警察に縁のあるエリカのコネの方がベストなのだが、それでは森崎はともかく護衛対象に通じない可能性もある。

 

 そこまでのやり取りが終わったところで、幹比古が術を発動させる。

 基本となる紙片…符をアレンジするところまではともかく、符を書き切ってからのタイミングが少し気に成った。

 今は指摘するような時間はないので、後で機会があれば少し話してみるとしよう。

 

 ゆらりと空に見えたのは、空に浮かぶ狼か犬か何かの首だ。

 その下を女がこちらに走って来るのが見えるが…、森崎が手招きしているのを見て、安堵した表情を浮かべていた。

「これで近くまで寄って来てる対象は判ると思う。継続時間を考慮すると、流石に遠方までは無理だけど」

「…もしかしてアレが精霊なんですか? じゃあ遠くのは出来るだけ私が確認しますね」

 幹比古が息をついて新しい符を取り出すと、美月が眼鏡を外して眩しそうな顔をしていた。

 

 最初から注目して居た俺と違って、何人かがキョトンとしているようだ。

「わ、私ですね。ちょっと見たくないモノまで見てしまうと言うか…」

 美月が慌てて過敏症のことを説明している間に、女がこちらへ辿りつく。

「リン! 大丈夫でしたか? もしかしてカツラを外したんですか?」

「だってこっちを追い掛けてるから、シュンがしてくれた変装が通じて無いんだと思って…。でもそしたら、急に正確に…」

 森崎が抱え込むようにして、空飛ぶ首に銃型CADを向ける。

 良く見れば髪の毛の色が朝と違っており、俺も『目』で見てから気が付いたものの、一見で把握しろと言われても難しい。

 

「多分、把握させるキーワードに限りがあるんだと思うよ。途中まではそれなりに有効だったんだと思う」

「ということは、予備があれば少し誤魔化せるかもしれんな」

 幹比古の説明があって、それなりにカツラも有効であったことが判明した。

 だが、何もしらない者が、そんなことを知っているはずもない。

 おそらくは本人が言う様に、無駄だと思って外した瞬間、捜索範囲を縮められてしまったのだ。

 

 仕方無いので奇襲され易い住宅街を避け、俺達はゆっくりと通りへと向かって行く。

 人避けの結界が張られているようだが、車線まで出れば七宝の通報から警察に所属する魔法師が来易いだろう。

「エリカを? 流石に無理があると思うけど」

「どこ見て言ってんのよ! ったくもう」

「…エリカだけじゃない。この場合は、二人が共通する第三者に似せるんだ」

「?」

 移動しながらも、奇襲を警戒するとペースが遅くなる。

 時間潰しに変装案を話し合いながら、徐々に後ろに回り込まれない場所に移動して行く。

 

「特徴を消すと言う森崎の案は間違いじゃなかった。追っ手が区別できないように、そのキーワードもぼかしてやればいい。幹比古、お前なら何を使う?」

「僕ならサイオンとか、犬の霊を使うとして臭いかな。どっちも何とか出来ると思う」

 俺が従姉弟に居る双子へ提案した方法であるが、双子でも微妙に似て居ないことがある。

 だが、同じ格好をした第三者に化け合うと、それぞれの特徴を消せて混同させ易いのだ。

 幹比古がサイオンや臭い対策をできるというなら、なんとかなるだろう。

 

「おっけ。なら、まいた所であたしが変装しちゃえばいいのね」

「でも良いの? あなた達まで巻き込んでしまって」

「ここまで来て言いっこなしだな。それになんだ、放っておいて、俺達が無事に帰れるとも思えないしな」

「「違いない」」

 間違われるのは自分だと言うのに、エリカは笑って不敵な笑みを浮かべた。

 リンと呼ばれた女は少しだけ申し訳なさそうな気がするが、レオが笑って断言すると俺達まで頷いてしまった。

 どうもエリカやレオの様に陽性の反応が強いと、陰に籠る気のある俺達までつられてしまう。

 

(そういえば、服部副会長もタイプの違う桐原先輩と仲は良さそうだったな)

 俺がこいつらと居ると居心地が良いと感じるのも、案外、それだけ気質が違うからかもしれない。

 

●ファーストミッション

 追っ手のペースが速くなった所で、後ろが厚みのある壁になったマンションらしき場所に出る。

「連中の足が速いな。ここで戦うしかあるまい」

 人は居ないが、ここならば後方から襲われ難いだろうと迎撃する事にした。

「人避けの結界が張ってあるね。時間制限はあるけど破り難いタイプ。相当に自信があるみたいだ」

「だろうな。すまんがその制限に挑んでくれ、綻びが出れば連中も焦るだろう」

 やがて現われたのは強面という他ない黒服が三名。

 

 共にサングラスタイプの視線ポインタ入力と、胸ポケットかどこかに本体をしまう複合タイプのCAD。

 俺自身は視線ポインタは誤作動を考えると好きになれないが、格闘か何かと組み合わせれる術式は多くない。

 得意技に合わせて一・二種を使うなら悪くない選択肢だ。

 

「話しかけても来ない…問題無用か。なら!」

 俺がそこまで確認した瞬間、森崎が一瞬の早業を見せた。

 流石はクイックドロウに特化した早撃ちで名を馳せて居るだけはある、

 黒服は素早く動いたにも関わらず、三人に魔法式を次々と命中させていた。

 

 俺が『視た』ところ、気絶させることに特化した、単純ながらも考えられた魔法と言える。

 護衛を生業にしていると撃たねばならない事もあるが、殺傷する訳にもいかない場合が多いからだろう。

「そんな馬鹿な。効いて居ないと言うのか…」

 だが、相手が悪かったと言う他は有るまい。

 黒服は三名のうち二名が、軽く頭を降って起きあがって来た。

 

 奇妙なのは、少しも声を発しないことだ。

 ここまで訓練できるエージェントを送り込める組織か…。

「森崎。その術式は前後に揺さぶる事で気絶させる物だな? ノックバック前に衝撃緩和されているんだ」

「そんな…。あの一瞬で見抜いたっていうのか?」

 それはどうだろう。

 俺とて一部始終を見たからだ。

 

 連中も本当に見抜いているならば、最初の一人で何とかするかもしれない。

 喰らってから無理やり間に合わせたという感じがするが、良くもそこまで思い切れた物だ。

「対抗能力に特化して居るだけかもしれん。俺と一緒に普通の振動系で牽制しつつ、時々狙ってくれ」

「援護か…。仕方無い」

 全く躊躇しないとしか思えない反応ぶりである。

 だがどこかで対応しきれない可能性はあるし、一撃気絶を見せ札にしておくことにしよう。

 それで多少なりとも、有利に戦える筈だ。

 

 だが悠長に考察できるのはそこまでだった。

 残る二名はそれぞれに魔法を駆使して襲いかかって来る。

「向かって右が自己加速。左が衝撃の干渉強化による打撃で来る。深雪…お前は念の為に領域干渉を」

「はい、お兄さま。いかなる魔法も通しません」

 魔法の重ね掛けは面倒なことに成る。

 まずは仲間達に相手の行動を伝えつつ、妹へ対魔法防御を頼んだ。

 深雪の干渉力は十師族級だ。干渉力特化型でなければ『魔法は』大丈夫だろう。

 

「魔法式が読めるって便利なもんね。じゃあ、あたしが右を抑えるわね」

「なら俺が左って訳だな。パンツァー!」

 エリカが自己加速を掛けて飛び込み、レオが硬化魔法を掛けて迎撃を始める。

 それぞれに己の得意技で対抗しようというのだろう。

 

「音声認識なんて初めて見ました。それとあれは…」

「以前に流行った逐次展開だな。なんともアナクロな」

 音声認識も入力方法の一つだが正確性の問題で使う者は少ない。

 

 逐次展開の方は、魔法式を継続系で発動こそするものの、途中で任意に継続と打ち切りを選択するものだ。

 今では流行らない古臭い技法であるが、いつまで使うか判らない防御用の硬化魔法を使用するには、悪くない選択肢だろう。

 一つ一つは古臭さが立っているが、選択肢の絞り先はかなり考え込まれている。

 

「硬化魔法も面白い使い方をしているな。相対位置を個体して強度を上げつつ、飛ばされないようにしているのか」

 相手は格闘の訓練を十分に受けて居るようで、レオを圧倒して居た。

 だが、殴られても手甲型のCADは壊れる気配はなく、奴自身も軽く後ずさりしているだけだ。

 防御力と言う意味でも、場所を守る壁役と言う意味でもかなりの性能を引き出している。

 

 …そう、性能だ。

 レオの動きには、そう評してあまりあるモノがある。

「見え見えなんだよ、シルト!」

(武器破壊に対してCADの防護力を一点集中したな。…明らかに素人考えのレベルを越えて居る。軍隊かどこかの特殊部隊か)

 レオは喧嘩慣れしているようで、格闘術に押されてはいてもやられるほどではない。

 同じ硬化魔法を様々な使い方をすることで、局面に対応して付いて行っていた。

 

 そして、レオと逆に優勢に見えるのがエリカだ。

 制御しきれないほどの速度で走りながらも、自在に制御して小回りを利かせている。

 今も相手の拳をかいくぐり、警棒で脇腹を叩いていた。

 

 だが、残念なことに殴り倒した…ではなく叩いたに過ぎない。

(こっちは有利だが、気を抜いたら危険な感じだな。刃物が欲しいが…)

 エリカの身は軽く、警棒も重い物ではない。

 もちろんそれを技で補って居るはずなのだが、相手は防御を捨てて致命打撃を避ける戦闘法を選んでいる。

 肉を切らせて骨を断つと言う訳でもないが、どこかでカウンターを受けたら、気絶させられかねない危険性をはらんで居た。

 

 一進一退の攻防に見えるが、増援があれば直ぐに戦いの天秤は傾向くだろう。

 現状では黒服の側に可能性があり、こちらは長時間待ってようやく七宝が警察を動かせるかどうかだ。

 さて、どうしたものか?

 

 俺は二組の戦いを見ながら、微妙な差に注目した。

「エリカ、レオ。同じ土俵で戦うな。自分の長所で相手の短所を突くんだ」

 俺の振動魔法があまり効いて居ないこともあり、二丁のうち片方を一度ポケットにしまう。

 そして二人が軽く振り向いたところで、指を二本ほどクルリと回した。

「ちぇ、仕方無いか。交代と行きましょ」

「わーった。確かにそっちなら、俺も無敵で要られそうだぜ」

 エリカもカウンターの危険性は察して居たのだろう、躊躇なく頷くと左の敵に踊りかかる。

 対してレオの方は身を固めて右の敵に挑んだ。

 

 そこから先は危なげない戦いになる。

 レオは硬化魔法で加速型の攻撃を跳ね返しつつ、こちらこそカウンターを狙う。

 逆にエリカは柔良く剛を制し、衝撃が浴びせられない様に受け止めることなく動き回った。

 

「凄い。たったあれだけの指示なのに」

「お兄さまならば当然のことです」

「そうでもないよ。俺はともかく森崎の牽制は効いているし、いざとなればお前が凍らせてくれるだろう?」

 リンに対して深雪が自慢げに語ってくれるが、実のところ森崎のノックダウン用の魔法が大きいだろう。

 あれがあるからこそ、黒服は衝撃緩和を常に備える必要があるのだ。

 同時に牽制用の振動魔法も俺より強力なので、今回はあいつに花を持たせるべきだろう。

 

 だが、危険な状態はまだ続いている。

 目の前の二人ではなく…後方に居た感覚が、距離を変えて居ないからだ。

 加速魔法で飛び込んで来るかもしれないし、戦術級魔法師ならばかろうじて達する距離かもしれない。

 

 戦闘はこちらが有利になりはした。

 敵が仕掛けた時間制限系の結界も、幹比古が大幅に縮めているはずだ。

 そいつが干渉して来るならば、そろそろだろうと踏んで、そろそろ声を掛けておく。

「美月。それとリンさんでしたか。何時でも動けるようにしておいてください。敵のバックアップが行動を起こすならそろそろです」

「わ、判りました」

「判ったわ」

 何が来るか判らないが、声を掛けておけばパニックになることもないだろう。

 二人は身構えて幹比古や森崎の側に寄り、いつでも防御系の魔法に頼る準備を始める。

 

 結果から言うと、俺の予想自体は当たっていた。

 今しかないというタイミングは読み切っているし、突入・長距離魔法のいずれにせよ対処できる自身はある。

 深雪の領域干渉を突破できるとは思えないし、俺自身も体術の心得は有る。

 

 来るなら来いと思った俺の耳に、甲高い、人の可聴域限界の音が聞こえて来た…。

「なんだ? この耳障りな音は」

「つー。幸せな耳ね。あたしには騒音に聞こえるんだけど」

「犬笛…いや、これは笙だ。達也、何か仕掛けて来るよ」

 ピーっと言う音は、確かに笛の音に聞こえなくもない。

 甲高い音だけ聞こえて居るが、笛の音だというならば、響かないだけで重低音もしているのだろうか?

 

 耳はそれほどでもないので、仕方無く『目』を使い続けることにする。

 暫くして、フっと音がした時のこと。

「っ!? お兄さま?」

「…っ。問題無い。掠っただけだ」

 腕の肉が少し弾けた。

 何かが通り過ぎ、俺の肉を抉って行く痛みを感じる。

 だが無視できる範囲だし、対処の方が先だ。

 

「深雪が領域干渉を張ってるんじゃないの?」

「これは魔法を使わない実弾だ。…氷の弾丸か何か、証拠の残らない暗殺用の武器を使ってるな」

 俺は一つだけ嘘をついた。

 魔法によらない実弾攻撃であるが、弾は鋼矢(フレショット)だろう。

 

 氷の弾丸というのは、深雪が偽物の証拠を残せるように。

 何故そんな事をするのかと言うと、答えは単純だ。俺の切り札を使った時の対策である。

「操弾射撃だ。発射時にのみ魔法で強化する射出強化系。少々の硬化魔法だと貫通されるぞ」

「…的確な説明はありがたいな。となると…精霊による観測か。幹比古、ジャミングも任せられるか?」

「なんとか…。いや、間に合わせる!」

 発射時のみ、魔法で加速か何かを強化し、硬化魔法の装甲ごと突破する気か。

 確かにこの方法ならば、深雪の干渉領域を無視できる。

 二発目が俺の肩の肉を抉り、着実に狙いを定めている理由もわかった。

 

(さて、どうしたものかな?)

 幹比古がジャミングして、精霊の知覚を誤魔化すのを待つべきか?

 それとも駄目元で精霊を術式解体で狙ってみるべきか。

 

 俺が狙われるのは別に構わない。

 保険として『再生』がある以上は、敵の狙いを一つ無効化できる。

 そう、この時までは悠長に構えて居た。

 

 だが、俺の思考が一撃で吹っ飛ぶ自体が起きたのだ。

 正確には、俺の忍耐が限界突破したと言っても良いだろう。

「深雪!」

「お、お兄さま!?」

 俺は深雪を抱きしめる様に、懐へと庇った。

 第三者は俺が避けない様に、仲間…それもよりによって深雪に当たるコースで放って来たのだ。

 

「…どうやら、死にたいらしいな」

 どうしようもなく、俺の感情が一つの方向性に偏向きつつあった…。




 と言う訳で、ゲストヒロインのリンさんが五巻の内容より先に登場しました。
心身ともに無事でしたら、後で事の次第を語ってくれるかと。
最初は敵の幹部が偉そうに喋って真相が判る代わりに、エリカかレオが捕まって大変な目になる可能性とか考えていたのですが…。
流石に登校二・三日でそんな大事件は起きないよねーと、中止、顔見せ戦闘だけに成りました。
お兄さまの本気モードがアップしたところで、最初の戦闘は終了に向かいます。

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