√シルバー【完結】   作:ノイラーテム

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テロの予感

●連名

「まさか服部がこうも見事にやられるとはな」

「実を言うと奇襲の意図が読めてましたからね」

「攻撃ポイントの予測というやつだな」

 苦笑いを浮かべる桐原…先輩に説明を行うと、渡辺委員長が感心して見せた。

 何時・何処にやって来るのが判って居れば、いかなる高速機動であろうと当てる事が出来る。

 とはいえ、自身の見解では無く師匠である九重・八雲の受け売りなのでこそばゆい。

 

「もしコースかタイミングを誤魔化されていたら負けて居たかも知れません」

「あの状態で速度コントロールなんぞ出来る訳が。…いや、単純な幻覚で良いのか」

 俺は肩をすくめて肯定して見せる。

 

 服部副会長の選択肢は、高速機動による防御の無効。…だが、その答えは入口に過ぎない。

 必殺技は必殺ゆえに防がれるし、ただの大技であってもクリーンヒットすれば十分なのだ。

 もう一工夫か二工夫練ってあれば違った結果だろうと見解が一致した。

 

「あるいは、今回なら高速機動ではなく、俺の処理不能レベルで防壁なり領域防御で籠城されたら手が出ません」

「…そんな恥ずかしいことが出来るか。だいたい、今回のルールだと逃げられて終わる可能性もある」

「もう良いのか、服部?」

 軽く頭を振った後で、副会長が立ち上がって来る。

 彼は完勝を狙った様なので、進路上に立ち塞がって防壁に籠るのは好みではないのだろう。

 

 しかし…どうしても勝たなければならないなら話は違ってくる。

(今回はお互いに取ってそうではなかっただけだ。…そう言う状況に備えておく必要があるかもな)

 機密であるBS魔法以外、処理能力が低い俺にとって籠城策は鬼門だ。

 今回の様な勝利条件が在る場合の方が少ないだろうし、可能であれば対応策を用意しておくのも良いかもしれない。

 

 …全力を隠したまま勝利が要求される状況が、どの程度あるかだが。

 俺の能力や所属は開示が許可されたモノ以外にも、色々と秘密が多い。

 準備しておいて、使わないという展開が理想だと思っておくことにしよう。

 

「…色々と思う事があるが、お前に十分な対人能力があることは認めよう。起動式だけでなく盤面を読む能力もな」

「じゃあ、達也くんが風紀入りするのは確定で良いわね。良かったわ」

 不承不承ながら俺のことを認める服部副会長と、笑顔で受け入れる七草会長。

 置いてかれて居るようでなんだが釈然としないモノを感じる。

「俺の意思は…まあいいでしょう。さっそく、例のCADを見せていただけますか?」

「気にするな、真由美はいつもこうだ。…ちょっと待ってろ、うちのやつが専門家を連れて来て居るはずだ」

 渡辺委員長が口にしたのは奇妙な表現だが、ここのメンバーには周知の事実なのだろう。

 苦笑とも付かない笑顔が溢れた。

 

「勘違いしないでね、千代田さんは良い子なのよ? とある条件で暴走するだけで」

「千代田と言うと『地雷原』の、ですか? なるほど風紀には心強く、暴走すると危険そうだ」

 ナンバーズと呼ばれる百ある名家の中でも、実際に数字を関する家は強力な家が多い。

 数字を持たない非主流派でも、渡辺委員長の様に生まれ持った才能が強力な者は居ないでもない。

 

 だが七草会長や七宝のような十師族や師補十八家、そして千代田家や千葉家のように主流派は別格と言えるだろう。

 そこの家に所属する子女が弱い訳は無い。

 事実、エリカも魔法力はともかく、身のこなしは流れる様だった。

(エリカの身のこなし? …そうか、渡辺委員長の動きはエリカに似て居るな)

 師が同じ者は、字や身のこなしが似る場合が多いと言う。

 もしかしたら、渡辺委員長は千葉道場に通っているのかもしれない。

 

 そんな事を考えている間に、委員長はメールのやり取りを終えたようだ。

 彼女の案内で風紀へ行くのかと思ったが、向こうがこちらへ来るらしい。

 その間に副会長へ、先ほど健闘した二科生と一科生の対立を煽る存在の話をしつつ、待って居ることにした。

 

「失礼しまーす。磨利さんに呼ばれてやってきましたー」

「失礼します。例のCADですが、一通り持ってきました」

 やって来たのは中性的な二人組だった。

 一人目はボーイッシュというか、気風の良い快活な女子。

 二人目は優しげな表情で女性的な顔立ちだが、れっきしとた男性のラインを持つ男子。

 もしかしたら、ペアルック的な物なのだろうか?

 

「二人にはメールで紹介したが、こちらがシルバーこと司波・達也。知っていると思うが新入生総代である妹の司波・深雪だ」

「風紀の千代田・花音よ。よろしくね!」

「部外者ですが呼ばれてきました、五十里・啓です。よろしくお願いするね司波くん」

 俺と深雪が挨拶する前に、千代田先輩から口火を切った。

 釣られるようにして五十里先輩も挨拶を掛けて来るが、案外、この順番で良かったのだろう。

 

「司波・達也です。よろしくお願いします」

「妹の深雪です。よろしくお願いしますね。…不躾ですが、お二人は恋人なのですか? 随分と仲が良さそうですが」

 普通に挨拶を返した俺に対し、深雪は随分と突っ込んだ。

 

「あら、見る目が在るわね。でも、正確には許嫁よ」

「そうなんですか? でも、羨ましいですね。こんな素敵な旦那様だなんて」

 だが意外にも、そのことが良い結果に繋がった。

 あるいは、深雪は鋭い観察眼で見抜いて、あえて口にしたのかもしれない。

 千代田先輩は社交辞令に満更ではなく、第一印象を良い物として捉えたようだ。

 

「もしや刻印魔法の五十家の方ですか。これは心強い」

「こちらこそミスター・シルバーがスタッフに加わってくれて心強いよ」

 プログラムではなく、物に直接書き込む刻印魔法は廃れ気味だ。

 だが、彼が所属する五十家は現代でも権威を残す数少ない家である。

 実践的かつ、更なる追求を続けており、旧態依然としていなければ刻印魔法は今でも有用だと示していると言えた。

 

(現時点で有用なのは、効果を抑えてでも持続し易くしたものや、魔法を掛り易くする魔法陣に近い仕掛けだろうか)

 七宝に渡した専用CADでも言えることだが、1つのスキルや概念で実行可能なことは少ない。

 やはり多方面の技術を結集してこそ、新しい局面が見えて来るだろう。

 

 そして、俺は七草会長に目を向けた。

(この問題のスタッフに五十里先輩が呼ばれているのは、最初からか。俺の要望自体は渡りに船だったみたいだな)

 俺は一高に招かれる時に、要望として刻印魔法の権威などへの紹介をお願いした。

 最初から引きあわせるつもりだったのなら、甘い条件だったということに成る。

 とはいえ、その時にこんなことが判るはずも無く、低い条件だったのなら必要以上にストレスは与えて居ないだろう(こちらの恩が減る訳ではないので、気にはしないでおく)。

 

 いずれにせよ、デバイス好きが高じて技術面も高い中条書記を合わせて、スタッフは揃ったことになる。

 おそらくは、この三人は九校戦でも顔を揃えるのではないだろうか?

 

●用途の差

 

 持ち込まれたCADは特化型と汎用型、それぞれ完全な物とバラしてある物の合計四つ。

「これは警察に持ち込む為の物とは別だから、好きに触ってくれ」

「今までの調査結果を先に言うと、初期型に近い…今では能力が低いレベルのCADだよ」

 委員長の許可が出たので手に取って確認してみた。

 確かにFLTで扱う物どころか、大手の量産品にすら届かないスペックではある。

 

 その間に他のメンバーは、生徒会室のディスプレイに上げられたデータを眺めながら、それぞれの感想を言って居た。

 

「サイオンの消費が殆ど抑えられてないし、必要とされる精密性が半端ないな。こんなもん使ってたら成功するものもしねーぞ」

「しかも制御しきらないと発生するノイズ酷いな。隠蔽や幻覚を使ったら、逆に探知されかねない」

 何故か居残ってる桐原先輩の意見をフォローしようと、服部先輩が言葉を添える。

 タイプが違うだけに意外だが、案外、このくらい違う方が仲が良いまま居れるのかもしれない。

 

「前時代の技術から、CADに移行したばかりの頃はこんなもんだったんだよ」

 啓先輩があげた前時代とは、補助は呪文と魔法陣だけ、刻印されてる杖があれば理想的という時代。

 そこから脱却し、プログラムとサーキットによって補助を行うCAD。

 その時代の品に近いと言うが、まさしくそんな代物といえる。

 

 そのレベルから脱却するには、人体実験という他ない人工ニューロンの開発を待たないとならない。

 今では発達したニューロンが、プログラムを最適化して動かしてくれるのだから、まさしく隔世の差という他ないだろう。

 

「必要とされる能力が今と違うんです。この当時の基準でしたら、お兄さまは一流中の一流と目された筈です」

「じゃあ、司波兄は使いこなせるっていうのか?」

「達也で構いませんよ。そうですね、師匠の真似ごとで良ければやってみましょう」

 性懲りもなく深雪が俺を持ちあげてくれるので、兄としてはやってみせるしかない。

 

 選んだ術式は、『壁隠れ』や『潜り影』に使われる布状隠蔽。

 俺は直接行使する事は無理なので、段階式の光学迷彩を入れて連続試行する。

 第一段階で周囲の景色自体を変え、第二段階でそれに融け込むという行程だ。

 

 走り回っては無理だが、足音を忍ばせながらゆっくりとであれば俺でも処理できるレベルの幻覚。

 そこにノイズの走りは殆どなく、俺とは方式が異なるものの特殊な目を持つ会長以外は、こちらを追尾出来て居ない。

「可能な限りノイズを出さないで居られる計算式ピッタリ、流石だね」

「司波さんが言っていましたが、必要とされる能力が変わった不運です。彼の欠点では無いと思っておいた方が良いかと」

「ありえない…という訳にはいかないんだろうな。目の前で起きている以上は」

 五十里先輩が計測値を出すと、市原会計が冷然と指摘し、副会長は唸る様に両者の意見に頷いた。

 奇しくも深雪がやってくれたお膳立てがマッチした形だが、こそばゆいと言う他は無い。

 

「それもあるが、さっきグラム・デモリッションをあれだけ放ったばかりだよな? 真由美はあんまり使わないから比較し難いが」

「真似ごとの私と比較しないでよ。でも、この方式なら磨利にも光学迷彩使えるんじゃない?」

「残念ですが、先ほども言った通り、今回の相手は魔法自体を検知するシステムを利用して居るようなので、役に立つとしてもその次ですね」

 委員長と会長が他愛ない話を始めたので、釘を刺しておく。

 

 しかし、自分が苦手とする傾向の術を、新しい方式でなら容易く実行できると言うこともあり、逆に食いついて来た。

「今回だけを考えて居るんじゃないさ。…時に、具体的な迷彩指示はどうやるんだ? それほど面倒な処置はしていないのだろう?」

「ああ…。自身の全周に番号を振って、その番号に簡単な指示を出しているだけですよ」

 話を聞く限り、どうやら委員長が苦手なのは、手間が掛ることではなく意識的なモノらしい。

 

「じゃあ、だ。これを応用して幻覚では無く攻勢防壁や対人用の衝撃系は組めるか?」

「リアクティブ・アーマーにでもする気ですか? 可能ですが、上手くやらないと自爆ですので注意してください」

 確かにマルチ・キャストがこなせないとは思えないし、竹を割った様な性格では、幻覚のコントロールは苦手な分野だろう。

 即座に攻撃用の術式として転用を考える辺り、そちら方面のセンスは高いようだ。

 

 その様子を眺めて居た一同は、溜息をついて会話に加わって来る。

「ふえー。司波くんがミスター・シルバーというのは、やっぱり本当ですねー。こんな簡単に思い付きません」

「僕でも無理だよ。刻印関係のでいいなら、似たような応用も出来なくはないけど」

「啓なら可能だって! それにこのくらいの魔法なら、私も…地雷原の応用なら可能よ!」

 そんな感じで話題が反れて行った。

 

 話を戻すべきかもしれないが、俺はとある(・・・)考えを突きつめて居た。

 思うのだが、根本的な先輩達は勘違いをしている。

 確かに初期型に近いが…、これは十分な性能を追っているCADだろう。

 

(違う…これは『魔法が使える』ことが重要としているだけだ)

 精密性のフォローがない?

 否…、精密に使う必要が無い魔法なら問題ない。

 サイオンが大量に浪費され魔法が多様出来ない?

 否…、一つ使えるか使えないかが重要な局面で、多用を考慮する必要がない。

 

 今のCADに撃ち負けるなら、自分だけが一方的に攻撃すればいい。

 壁を飛び越え砕けば通行できるかが重要な局面で、精密性や多用を問題にする訳が無い。

 要するに、何かと比べたりしないツールと考えるべきだろう。

 例えば、自分のような使い捨てられたかもしれない者にとって、このツールが在るかないかでは生存率に大きな差があるはずだ。

 

「それにしても、こんな無駄の大きなもんで何をする気なのでしょうか」

「司波くんなら十分に使いこなせると言っても、普通の人には無理だからね」

 どうやら先輩の技術者たちは、いや、他の面々も同じ見解のようだ。

 このツールの危険性を無視して居ると言うよりは、普段、自分が使って居るCADと比較してしまっているのだろう。

 

 コレは、むしろそんな人物がCADを使わない時を狙う、あるいは無防備な一般人を狙う為のツールだというのに。

 

 俺なら使えるツールだからといって、別に弁護する気は無い。

 そもそも機械に対し、機械の様な人間が同情するのも妙な話だろう。

 だからこれは、単なる説明と注意喚起のはずだ。

 

「いえ、むしろコレは、十分な能力を持って居ると思いますよ。安価な暴力装置としては優秀な部類に入ると思います」

「え?」

「司波くん?」

 何を言っているのか判らない。

 技術者肌の二人だけでなく、周囲全体がそんな空気に包まれる。

 それほどに、このツールに向けられた彼らの常識は共通事項であった。

 

「コレは比較する為のモノではなく、単独で役に立つ状況に運用するモノです」

 口数が多くなるな、とは思いつつ、俺は一気に説明してしまうことにする。

 だが反応は思っても見ないほど、衝撃的だったようだ。

「相手が無警戒。ないし即座に対応できる者が少人数なら全く問題はありません」

 空気が凍った。

 考えてもみないことを指摘されると、一様にそんな状態に成るらしい。

 

 実際に起きてみれば別だが、平和な学生生活を送っているなら、理論段階の脅威にはこんなものだろう。

 仕方無いのでオブラートに包んでソフトな話に切り換える。

「例えばCADの携行を許されている学校行事であっても、想定して居るのは一部区画。もし、そのほかでボヤが起きれば風紀委員も学校も慌てる筈です」

「た、確かにな。新入生勧誘時は黙認される決まりだが、大事になれば風紀を守れなかったと言われるだろう」

 想定するべきはテロです。

 …ハッキリとそう委員長に言いたかった。

 だが、流石に感情の動きに鈍い俺でも、ソレを口にしたら引かれるのは判る。

 

 今は彼らの現実に合わせて可能性を口にしておき、『イザ』という時に、危険性が少し高まっただけ…。

 そういう風に、誘導して行くしかあるまい。

 少なくとも、精神的支柱になるべき人物が居ない以上は、そうするしかあるまい。

 

「それこそCADでも菓子でも構いません。現体制に不満を持っている者を煽る為に何かの成果を出します。まずは風紀を出し抜いて見せる訳です」

 簡単にそんな計画を立てて、もっともらしいプランを組み立ててみる。

「そして協力者が増え、CADの使用が許可された時に、少々と思わせておいて想定以上の事を起こして見せる…と」

「なるほど。厄介だが…まだ時間はありそうだな」

 俺のでっちあげた話題にもっともらしく委員長が頷く。

 人は信じたい話を信じると言うが、まさしくそんな感じだろう。

 

 話が気まずくなったのと、CADの件はこれ以上しようがないので一端解散となる。

 深雪と会長が手続きの為に残るので、ここまで残ったのだし、俺も付き合って残る事にした。

 

●人材、あるいはチームの必要性

 意外なことに、桐原先輩が居残った。

 彼を連れて来た副会長は、自前のCADの片付けもあって既に立ち去ったと言うのにだ。

 

 何故かと軽い疑問を覚えて居ると、向こうの方から話しかけて来る。

「司波…兄の方。さっき、本当はどう言おうとしたんだ?」

「隠したつもりはありませんが…。もう少し問題の程度が重い事です」

 どうやら、俺と同じ見解であったのか、あるいは俺がソフトに喋ったことに違和感を覚えたのだろう。

 人数が減った所で(特に中条書記)、ズバリと切り込んで来た。

 

「親父が軍のとある部署に居るんだが、仲間内と呑んでる最中にな…。他国のニュースを見てボソっと予想することがある。そういう時の雰囲気に似て居た」

「往々にして、そういう予想が当たると? まさしく、そう言う類の話題ですね」

 なるほど、軍の海兵隊なり特殊部隊に身内が所属して居るのか。

 悲観論であったり、そうなって欲しくないという希望もあるだろうが…。

 この場合は、似て居ると断定された以上は例え違って居ても同じだと思うに違いあるまい。

 

「待って待って! それじゃ達也くんはこれがテロ用のCADだというの!?」

「兵器としては十分だと申し上げました。世界を闊歩するテロリストなら『使える』と評するでしょうね」

 要するに、そういうことなのだ。

 そういう事を想定させられるであろう七草家に所属する会長は、フリーズすることなく尋ねて来る。

 

 魔法が速射性でマシンガンに劣るならマシンガンを携行し、精密性でライフルに劣るならライフルを携行すれば良い。

 あのCADは限定環境下で、適当に動けば良いと割り切った代物なのだ。

 

「とはいえ現時点ではそこまでのテロをするとは思えないので、もっと小規模な犯行かと思ったのは確かです」

 二科生のことを馬鹿にする一科生を授業中へ。

 魔法師は邪悪だと言うデモ隊を校内から…。そんな風に撃つには十分だ。

 それで十分なパニックが起こせるし、社会的な問題になるだろう。

 

 最初から単発の使い捨ての兵器であるならば、コレで十分。

「もともとは扇動した魔法師自体を使い捨てにする目的のモノでしょう。例えば…各国の分離独立派に色々な勢力が配るモノとか」

「お兄さま…」

 深雪がハっとした表情でこちらを見た。

 よくよく考えれば、俺がこの事実に最も早く気が付いたのは、俺自身が四葉に取って使い捨ての兵器に近かったからだろう。

 幸いにもそんな事にはならなかったが、そうでない可能性も低くは無かったかもしれない。

 

「そんなモノを誰が何処から…」

「断言はしかねますが、魔法による差別を訴えつつも、魔法師を駒扱いする様な団体があればありえるでしょうね」

 スムーズに受け答えられなければ、茶化されていた所だが、幸いにして俺の中に応えはあった。

 

「そんな都合の良い組織があるのか? ここは紛争地帯じゃねーんだぞ」

「ううん……あるわ、一つだけ」

「学生向けの政治団体であるエガリテ。この場合は陰から操るブランシェの方ですね」

 師匠が教えてくれたブランシェとエガリテは、ちょうどそんな組織だ。

 

 魔法による差別の是正を訴えては居るが、平然と魔法師を使って騒ぎを起こす。

 何故かと聞かれても困るが、他国が日本の発展を妨害する為にやってるなら、そんなものかもしれない。

 都合の良いことに七草会長が反応してくれたので、それを促す意味でこちらから肯定して行く。

 

「ブランシェと言ったら、当局でテロ団体で指定されているとこじゃないか」

「表では言論に寄るデモ行為を主体として居ますが、裏では手段を選びませんからね」

 そのつもりが無かったとしても、状況の変化もありえるだろう。

 確か、師匠はブランシェが他のアンダーグラウンドの組織と、対立を深めて居るとも言った筈だ。

 もし、その対立で勝利していたら、縄張りやシノギはどうなるのだろうか?

 

 厄介極りなく、師匠が俺に情報を渡して来た理由が良く判る。

 忠告を入れると同時に、これを解決すべきだと教えてくれたのだ。

 

 面倒な事態だが、逆に言えば連中の動きを利用できる。

 例えば武器商人を吸収したという危険性はあるが、証拠さえ見付ければ『表向きはクリーンなはず』のブランシェを堂々と逮捕・解散出来る。

 言論で差別問題を標榜するブランシェが、実は正真正銘のテロリストだったというなら、他の団体は関わりを嫌って自粛を始めるだろう。

 加えて、テロリストが焦点にした以上、二科生と一科生の対立は、放置できないと学校側にも思わせることが出来るかもしれない。

 

 とはいえ対処に失敗すれば、大事では済まない。

 厳重注意どころか、学校の管理は厳しくなり、二科生が原因であれば大幅削減もありえる。

 それでなくとも、予想しておきながら目の前で取り逃した俺は、深雪の護衛任務を解かれ一生飼殺しかもしれない。

 

 ゴクリと誰かが息を呑んだ所で、俺は気分を切り替えることにした。

「とはいえ、先ほどの見解が全く嘘と言う訳でもありません」

 

「見つかった時期を考えても、仕入れたので将来の為に隠しただけ、今思い付いただけの可能性もある。危険なのはこれからです」

「まだ間に合うってことか…」

 何が間にあうのかしらないが、桐原先輩には何か心当たりでもあるのだろうか?

 話してくれれば情報のピースが集まらなくもないが、俺とて自分の情報を喋る訳でもない。

 お互いさまと思って、頭の隅に置いておくだけにした。

 

 桐原先輩が立ち去った後で、会長が少しだけ気弱に質問を重ねた。

 同じ様な質問の繰り返しではあるが、不安なのだろう。

「どうしたら良いのかしら?」

「快刀乱麻で二科生問題を終わらせられるチャンスと思う方が、建設的だと思いますね」

 俺とてこれほどの美少女が不安げであれば、慰めて優しくしたいという気持ちが…無いと断言できるほどに枯れては居ない。

 だが上目遣いで胸元に寄ってこられても、後ろで深雪が冷たい笑顔なのでどうしようもないのだ。

 

「これでも真剣に悩んでるんだけど?」

「俺も本気で言ってますよ? ブランシェ側も根を張り始めただけでしょう。専門のチームを校内で立ちあげれば決して無理な範囲とも思えません」

「もしやお兄さま。組織に対し組織力ではなく、他を圧倒する精鋭で挑むのですか?」

 ふてくされる会長を宥め、俺は深雪に頷いた。

 

 それは半分だけ正しく、半分だけ間違いだ。

「別に戦闘力に限らないけどね。さっきのように不安になる時、『大丈夫だ』と言い切れるカリスマ。集団防御力、混乱する人々を落ち着かせる能力。最後に戦闘力かな」

「そんな能力を一人でも持つ方など、滅多におられませんものね。確かにチームの方が…」

「あら。私、丁度そういう人を知ってるわよ? 確かに『彼』がさっき居たら、問題無いと豪語して居たわね」

 啼いたカラスがもう笑ったという言葉があるが、コロリと会長は楽しげな表情を浮かべた。

 もしかしたら本当に、冗談で俺をからかって居たのかもしれないが、こんな場所で止めて欲しいものだ。

 

 くすくすと笑いながら、先ほどまでの不安さが嘘のように会長は自信を取り戻した。

 別に嫉妬する訳ではないが、それほどの人物が居るのだろうか?

 人間としての厚みを持たない俺は、是非に知りたいと思った。

 

「だいたい判って来たわ。小さな騒動はともかく、要所のテロは100%確実に止める。その後が重要で、先生たちを上手く乗せればいいのね?」

「そういうことです。できれば集めるチームの中に、二科生が何人か居た方が良いでしょうね」

「お二人で何か悪だくみをしてらっしゃるようですが、後でお聞かせ願えますか?」

 機嫌を取り戻した会長と、急行化する深雪の対応を入れ替えながら俺は当面の目標を定めることにした。

 

 学友とか言っても顔見知りでは、イザと言う時に操られている可能性だってある。

 そんな不安の無い相手であり、実力があれば俺も今の能力だけで十分に渡って行けるだろう。

 

 だから目標とは、仲間と言えるメンバーを集め、それらの人物に専用のCADと魔法を考えることだ。

 今日で会った人々の中に、それだけの能力…いや、覚悟がある者が居れば良いなと思いつつ、俺は深雪と共に家路に着いた。




 と言う訳で、CAD密輸事件の概要に迫りました。
 ブランシェが頑張って、他の闇組織を圧倒! 色んなアイテムやら資金を吸収し、何か企んでる感じで。
原作より大幅に強化された反面、対処さえすればその後の面倒は無くなります。
 また順番を入れ替えて千代田x五十里組を先に仲間にして圧縮、長くなったので、二科での仲間達との会話や吉田先生は次回です。
 事件が起きる人材が必要だと自覚して居るので、主人公である達也くんは、積極的にエリカ・レオ、それに吉田くんたちと仲良くなる予定です。
なお、会長たちがダウナーに見えるのも、単に十文字会頭が出てきてないので、そう見える感じですね。
達也くんはまだ彼の圧倒的印象を知らないので、知って居たらアッサリ全員に懸念を喋っていたかもしれません。

『壁隠れ』『潜り影』
 忍者モノで登場するアレのイメージです。
まともにやると成功しないので、二段階処理で頑張る感じですが…。
『能動空中機雷』で出て来た概念を先出しし、委員長が『い-なーアレ』とか言っていたのを、ここで出してみました。
どこかで防御壁として使うかもしれません。

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