酒は飲んでも飲まれるな   作:しゃけ式

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クソが為に鐘は鳴るわけねえだろボケ

次の日、相模は学校に来ていなかった。

 

 

葉山みたいな人気者ならいざ知らず、学校のやつが1人休んだところで周りはそう騒ぎ立てやしない。仲間うちであっても、明日は来るだろうなどと短絡的な思考でそいつへの興味をなくす。無論興味と言うほどの大仰なもんでもないだろうが、ともかく学校を欠席するというのは自分の思ったほど影響力を持たないのだ。まして俺や相模みたいな爪弾きものはな。

 

 

クラスを見ると、やはりいつもの喧騒が空気を支配していた。何気ない挨拶や今日の時間割の内容、あとは他愛のない雑談。その中に1人でも相模のことを話しているやつがいるかと言えば、誰も彼も気にしていないように見える。恐らく今日この教室で最も相模に関する思考が多かったのは俺だろう。

 

 

その点ではあいつ(相模)が休んだ成果はあったといえるだろう。あいつはバカだが(さか)しいやつだ。昨日の今日でタイミング良く休むとは思えず、そこに意思が込められているのは十二分に理解できる。

 

 

 

………まあ、ヨリを戻すのかと言われればそれまでの話なんだがな。

 

 

 

思考を打ち切り一時間目の用意をしようと席を立つと、待っていたかのようにあるクラスメイトが仁王立ちをして行き道を塞いだ。

 

 

「何の用だ、海老名さん」

 

 

「ふっ、ここを通りたくば私を倒してからいけぇー!」

 

 

「…マジで言ってんなら俺トイレ行ってくるんだけど」

 

 

「もーつれないねー比企谷君は。じゃ、ちょっと来てくれる?廊下でいいからさ」

 

 

一足先に廊下へ向かう海老名さん。思い当たる理由は思いつかず、だが後ろめたいことなら山ほどあるので一応は警戒する。軽やかな足取りに含意はないのか、先ほどの会話に何かほのめかしてはいなかったか。しきりに考えるが答えは出ない。

 

 

廊下に出ると、都合よく周りに人はおらず会話には適切な環境だった。

 

 

「単刀直入に聞くけど、もしかしてはやはちもしくははちはやしてる?」

 

 

「んなわけねえだろ。俺はノンケだって何回言わせんだよ」

 

 

「戸塚くん相手でも?」

 

 

「すいませんでした」

 

 

「あははっ、まあそれは置いといてね?」

 

 

言葉をそこで切って、俺の目を見据える。飄々(ひょうひょう)とした目は、なぜか全てを見通されているような印象を与えるのだった。

 

 

「君、何股してる?」

 

 

「……言ってる意味がわからねえよ」

 

 

「じゃあ言い方を変えるね。結衣と雪ノ下さんと一色さん、あとは隼人くんもいたら個人的にすっごく嬉しいんだけど、その人達以外にはあと何人と関係を持ってるの?」

 

 

………。さて、これはどう答えるべきなんだろうか。このタイミングでこんなことを言ってくるというのは、まず間違いなく雪ノ下さんが関係しているのだろう。そこに疑いの余地はない。

 

だが昨日雪ノ下さんは二股の、とはっきりと言った。つまり俺が二股以上をしているとは思っていないはず。ならば海老名さんはなぜ俺が前提から四股(葉山を除くと三股)していると言っている?雪ノ下さんと海老名さんに直接的な面識はなかったはずであり、また手を組むメリットも希薄だ。

 

そうなると海老名さんは1人で俺の情事に気付いたわけになるのだが、なぜ俺との繋がりが薄い海老名さんが気付けたのかが謎になる。答えを見つけるには情報が足りないな。とりあえず適当に返事をする。

 

 

「俺にそんな甲斐性があるように見えるか?」

 

 

「う〜ん…、比企谷君は専業主婦希望なんだよね?甲斐性でいえばあるようには見えないんだけど、女の子の扱いに関しては天性のものを持ってるように見えるよ」

 

 

「褒めても何も出ないぞ」

 

 

「今のは皮肉のつもりで言ったんだけどね?」

 

 

友好的な雰囲気の中に少しの嫌悪。久しく向けられていなかった懐かしい感覚に、俺は少し昔のことが想起された。

 

 

「…仮にだ。事実かは置いといて俺がその質問に答えて海老名さんに何の利益がある?」

 

 

「そういう質問はずるいな〜」

 

 

「なら理由もなく変な質問するのもずるいと思うが。一蹴するのも怪しまれるだろ」

 

 

「んん……、それはそうか。一本取られたね」

 

 

「一見すると海老名さんがいじめてる側にしか見えないんだけどな」

 

 

「一回しか言わないからよく聞いてね?」

 

 

 

 

 

 

────君が女の子のことを簡単に考えすぎてるからだよ。

 

 

 

 

今までとは違う、凍えるような視線に俺は文字通り身震いし、少したじろいだ。

 

 

 

「そんなに驚かなくてもいいよ?…けど、今の動きは怪しいね。図星突かれたのかな」

 

 

「……………この際だ、海老名さんには全部吐くよ」

 

 

そして、俺は雪ノ下さんの犯行も話に交えながら事の顛末(てんまつ)を語り出した。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

すべて聞き終えると、海老名さんはいつもの笑顔を顔に()()()()()、満足げな表情をしてありがとうと言い教室へ戻って行った。

 

 

それからの授業は先ほどのことを整理していた。

 

 

(あのことを他人に話してもよかったのか?海老名さんなら事情を知ればうまいことやってくれるとも思ったんだが、早まったことをしたかもしれない)

 

 

冷や汗が背筋を這う。嫌な感覚は消えることなく、俺の背後で鎌首をもたげる。さっきのあれはやっぱり早まったか…?

 

 

(今思えば俺は海老名さんに言わされたのかもな。世の痴漢冤罪の方々はあんな感じの心境なのだろうか)

 

 

俺の場合は冤罪どころではなく真っ黒なので比べるのもおこがましいというものだが。

 

 

(………そろそろ潮時なのかもな)

 

 

ToLOVEるを読んでは幾度となく羨ましいと感じていたが、実際に体験するとろくなもんじゃない。加えて役得すらほとんど無いのだ。いくら自業自得とはいえ、そろそろうんざりとしてきた。

 

 

ふう、と一息つく。何かが変わるわけでもないが、爪をもう片方の指の腹に突き立てる。確かに感じるその痛みは、錯覚ではなかった。

 

 

 

 

罪悪感を少しでも和らげようとしている俺に、吐き気を覚えたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

6時間目も終わり、今日こそはと奉仕部へ向かおうとする。何日も連続で休んでいたからな。流石に今日行かなかったら怪しまれるどころの騒ぎじゃない。

 

 

のだが。

 

 

「ごめんヒッキー!なんかゆきのんがヒッキーはすぐには来たらダメって言ってたからここで待ってて!用事が終わり次第呼びに来るから!」

 

 

と、今度は来るな発言をされた。それだけ言ってぱたぱたと駆けていく由比ヶ浜。何やら急いでいるような様子だったが、俺に知る由《よし》はない。

 

 

 

少しすると、この時間には会うと思っていなかったやつが現れた。

 

 

「あれ、八幡?奉仕部には行かないの?というかなんで教室にいるの?」

 

 

「戸塚」

 

 

体操服を身にまとい教室に入ってくる。そういえば長く戸塚と話していなかったな。いざ2人にならないと気付かないほど、俺は切羽詰まっていたのだろうか。

 

 

「戸塚こそ部活じゃないのか?」

 

 

「ちょっと忘れ物。八幡は?」

 

 

「なんか由比ヶ浜に今は来るなって言われてな…。まあそれに従ってるってとこだ」

 

 

「あはは、そうなんだ」

 

 

………やっぱ、いざ戸塚の前に立つと罪悪感がヤバい。どれくらいヤバいかつったら平塚先生の婚姻届に判子押すくらいヤバい。

 

 

気付けばまた指に爪を立てていた。口から内臓が出そうなほどの嘔吐感を催し、黙っているだけで発狂しそうな程だった。

 

 

 

 

────このまま、黙ってはいられなかった。

 

 

 

 

「戸塚」

 

 

「どうしたの?」

 

 

「先に言っておくけどな、お前は確実に俺を軽蔑する。それを念頭に置いておいてくれ」

 

 

「何言ってるの?僕は別に八幡のことそんなふうに思ったりは…」

 

 

「俺は七股をしていた。……今は六股かもしれんが」

 

 

その懺悔に呆気に取られたのか、戸塚はしばらく無言だった。

 

 

「どうしても戸塚には、戸塚にだけは知ってもらわなければダメだと思ったんだ」

 

 

「そんなの…」

 

 

「言い訳はしない。今後どう付き合ってくれても構わない。…ただ、知っておいて欲しかった」

 

 

「っ…、聞きたくない!」

 

 

「戸塚!」

 

 

呼び止める俺の声も虚しく、戸塚は走り去ってしまった。残されたのは俺と虚無感のみで、0が残るという表現に自嘲的な笑みを浮かべるしかなかった。

 

今日の俺は一体どうしたんだろうか。海老名さんには話を漏らすし、戸塚にはゲロってしまうし。挙句泣かせてしまったと来た。普段の俺なら今の俺は助走をつけて殴りつけるレベルだ。後悔先に立たず、なんて言うが後悔は立つものじゃないな。後ろに居座り続ける、なんとも致し難い厄介者だ。

 

 

再度教室の扉が開かれたことに、俺は声をかけられるまで気付かなかった。

 

 

「ヒッキー、なんかさっき彩ちゃん泣いてたけど…。あと、もう奉仕部来ていいよ。早くしてね」

 

 

言い残し、教室をあとにする由比ヶ浜。どことなくよそよそしい感じがしたのは俺が沈んでいるからだろうか。

 

 

…だが、もしそうならば由比ヶ浜というやつは心配こそすれ邪険には扱わないはずだ。ということは、そうするだけの()()があったのだろう。

 

 

 

 

まあ、予想はつくわな。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

奉仕部の部室には、雪ノ下、由比ヶ浜の他に一色と平塚先生、そして雪ノ下さんと海老名さんがいた。

 

 

「あの…、これは一体…」

 

 

「言わなくてもわかるでしょ?君が招いたことなんだよ」

 

 

雪ノ下さんが冷たく言い放つ。バレていたんだな。多分()()()から。

 

 

「ヒッキー、ほんとなの?」

 

 

「……ああ。本当だ」

 

 

「なんでそんなことしたんですか!?わたしのこと好きだって、何度も言ってくれたじゃないですか!」

 

 

「………すまん」

 

 

「本心から謝っているように見えるけど、それ以上になんでバレてるのかわからないって顔してるね。まあ半分くらい私のせいなんだけどさ」

 

 

「何が言いたいのかさっぱりわかりませんよ」

 

 

「ネタばらしというか、この子達がここまで信じてる理由を教えようと思ってね」

 

 

「……んなの、海老名さんが録音でもしてたんでしょう。それくらい想像はつきますよ」

 

 

当てられたのが気に食わなかったのか、雪ノ下さんは顔をしかめる。ここまでわかりやすい雪ノ下さんは初めてだな。

 

 

「ただわからないこともあります。なぜ雪ノ下さんと海老名さんが手を組んだのですか?そこは考えても答えが出ませんでした」

 

 

「そこは私が答えるよ」

 

 

すっと前に出た海老名さんは、雪ノ下さんに目配せをして続けた。

 

 

「利害の一致というか、お互いにメリットが合致したんだよ。この……、えっと、5股?をバラしたら比企谷君が誰か1人に絞るかもしれないでしょ?私は結衣が、陽乃さんは雪ノ下さんが選ばれたらってことでそこまでの道筋はやることが同じだったからさ」

 

 

「待って」

 

 

そこに待ったをかけたのは、雪ノ下だった。

 

 

「やっぱり私は信じられないわ。……というか、彼がn股をしていたことを隠す理由がわからないの。彼なら気づいた時点で私達に嫌われるようなことをすると思わない?」

 

 

口々になるほど、と言葉を重ねる。

 

 

……こいつのこういう愚直なところは、恋人関係にならなければ見れなかったんだな。遅まきながら気付いた。

 

 

が、そこへ。

 

 

「八幡!!」

 

 

「…戸塚」

 

 

先程別れたはずの戸塚が、扉を開けて入ってきた。

 

 

「……いい機会だ、雪ノ下の質問に答えるよ」

 

 

息を吸い、間を一つ溜める。

 

 

 

 

 

「俺は戸塚と付き合っている。嫌われるようなことっつか、そんなわかりやすいことしたら戸塚にバレてしまうからな。俺はこいつとの間に本物を見つけた」

 

 

 

 

 

………へ?と周りのヤツらが疑問を浮かべるのは無理もなかった。戸塚は戸塚で顔を赤らめていた。可愛いヤツめ。

 

 

 

 

 

 




戸塚と付き合っている、これは初めから考えていた結末でした(笑)
一つだけネタばらし(?)すると、1話での6股発言は葉山を抜いて戸塚を入れた発言でした。だからしきりに葉山を抜こうとしていたわけです。

他にも色々伏線的なものは張っていたので、よければ探してみてください(笑)

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