話は4時間前にまで遡る。
屋上へと移動した(俺の場合は連れられた、だが)俺と相模はそこでようやく手を離し、切れた息を整えながら相模は俺へ先ほどのことを問いただしてきた。
「ねえ、比企谷!!さっきのはどういうこと!!」
激昂した様子の相模はいつにも増して面倒臭そうで、早々にちゃんとした会話は望めないと割り切り適当なことを考え出した俺だった。
こいつ、俺の名前ちゃんと言えたんだなあ…。ちょっと感心。
「どういうも何も、さっき言った通りだが?俺がお前と飯を食べたい、ってことだ」
「だからなんで!!!」
「なんで、なんでか……。強いて言うなら、お前が誰よりも悲しい目をしていたからかな」
────ここから、俺の暴走が始まる。
「な、ちょ、ええ!?うちが悲しい目!?なにそれ?!」
「知るか、そんなもん風にでも聞いてくれ。…ただな、俺はその悲しい目を少しでも癒せたらと思っただけだ」
「いや、でも…!うちは、アンタに酷いことだって…」
「それを自覚してくれただけで俺にとっては最上級に嬉しいことさ。そう、あの澄み渡った快晴のようにな」
「……でも、比企谷は結衣ちゃんと…」
「うるせえ口だな」
「んむっ!?…………んっ…」
が、そんなこんなで昼休みは終わって、相模と俺は別々に教室へ戻った。相模を先に帰し──その時メアドの交換をせがまれた。無論断りはしなかった──、俺はしばらく空を見ながら一言。
「…なんか、鳥になってみてえな」
何を思ってそんなことを言ったのかは、俺自身よくわからない。しかしその言葉が嘘偽りのない本心だったことは言うまでもないだろう。
そして放課後に差し掛かる前、6時間目のことだ。数学の授業だったので開き直ってスマホで鳥の生態について調べていると、不意にメールが届いた。差出人は相模で、さっきのことをしっかり話し合いたいらしい。今日も奉仕部は休みか、なんて考えているともう一通メールが来た。……中身は見てもらった方が早いか。
From 由比ヶ浜
To ヒッキー
さっきのあれどういうことなの!?
がっかりしたってレベルじゃないよホント…。
みんな言ってたよ?なんであいつがさがみんとー、とか。
ん〜、どうだろ。みたいに適当に誤魔化したけどさ。
こんどあんなことしたらホント怒るからね?
ろうかに出ていった時も追いかけよう迷ったくらいだし。
すぐ行っちゃったからあれだけどさ、次からはやめてよ?
………嫉妬してるなんて、言わせないでよね。
はい、これである。表面上はちょっと嫉妬した彼女が彼氏に送るラブラブメール(死語)だが、恐らくわかる人にはわかるだろう。
不自然な平仮名、わかりにくい文章。
つまるところ、縦読みである。
この裏の含みに俺はすぐに気が付き、すぐさま相模に校門の前に集合だとメールで伝え、俺は俺で雪ノ下に奉仕部は休むと言い(この時の理由は小町の代わりに買い物に行くということにした。受験期の問題なのでさしもの雪ノ下も嫌と言えなかったようだ)、終礼が終わるとすぐに出ていけるようにまだ数学の時間だが帰る用意を済ませた。
6時間目が終わり平塚先生が来るのを待つ時間さえも俺はトイレに逃げ込み、用を足して教室に戻る。すると平塚先生はすでに到着しており、残る周りのやつらも席に座っているのだ。
…というか唐突に思い出したが材木座はどうしたんだ。なぜあいつは進捗を聞きに来なかった?
なんてことを考えていると終礼は早いもんで、起立の号令がかけられたと同時に俺はカバンを持ち、礼で流れるように教室から出る。元々の俺の影の薄さも相まって恐らくほとんどのやつらが見えていないだろうな。……まあ俺が一番バレてほしくないやつらには丸見えなんだろうが。
そして相模と帰っている途中、疲れたから休憩しようと言われて近くにあったラブホに入ってパンパンしたというわけだ。自業自得もいいところで、何のために相模を誘ったんだと言わざるを得ないがあんな顔で誘われたら行かないわけにはいかないだろう?(ゲス顔)
元々そんな能力があったのかあの一晩で急激に上手くなったのかはわからないが、嬌声を上げまくっていた相模を見るに俺自身も上手くなったのだろう。なんて、適当に考察をしてみるが不謹慎極まりない。
ここで前話の最後に繋がるわけだが、そのすぐ後机の上に置いた俺のスマホが鳴動した。常時マナーモードにしているので電話かメールかはわからないが、とりあえず相模の頭を一撫でしてからスマホを確認しに行くと、雪ノ下からメールがあった。
From 雪ノ下
To 比企谷八幡
小町さんに買い物のことを聞いたら別に今日じゃなくてもいいそうよ?だからとりあえず買っていないのなら奉仕部へ戻ってきなさい。けれど買っていても戻ってきなさい。とりあえずあなたは戻ってきて説明しなさい。
時が、止まった。
一瞬本当に息が詰まり、しかし内容を見返しても焦る鼓動は一向に落ち着かなく、むしろ見れば見る分だけ動悸が激しくなる。
とりあえず小町は俺の嘘を良い感じに解釈してくれたようだ。多分俺が小町のことを気遣って買い物なりなんなりしてくるのを言外の優しさ的な感じで受け取ってくれたに違いない。
そして雪ノ下だが、いくら二日連続で休むと言ってもアリバイを確認するとかマジで面倒臭えなこいつ……。いや実際嘘をついてるのは俺だから何も言えたもんじゃないが、それにしてもアリバイ確認って…。
と、それよりもヤバそうなのがこの最後の一文の『説明しなさい』だ。特に何を説明しろと言われているわけでもないが、今の俺に説明できることと言ったらあの一夜の情事しか思い当たるものがない。由比ヶ浜はともかく、一色とか雪ノ下は言いそうだもんな…。つい口が滑った、みたいなふりしていざ言ってみたらまさかその相手全員が当事者だったなんて、みたいなことは考えたくもない。
俺の彼女と幼なじみが修羅場すぎるというラノベがあったはずだが、今の俺の状況は
俺の部活仲間と生徒会長と担任とクラスメイト(女)とクラスメイト(男)と実妹が修羅場すぎる
である。まだ修羅場は水面下なだけマシだが、これがもし浮上してきたら間違いなく俺は死ぬ。社会的に死ぬのは当たり前だが自責の念に駆られて自殺するかもしれないし、はたまたは誰かに刺されるかもしれないし、最悪の場合は親から家を追い出されて餓死なんてことも考えうる。
目下俺のしなければならないことは奉仕部にダッシュで戻ることであり、まだ見ぬ未来を想像することではないな。
相模にまた明日と告げてすぐにホテルを出た。
◇◇◇
「はぁ、はぁ、はぁ…」
「あら、随分早かったわね。もしかして走ってきたのかしら?」
「ゆきのん、それは見たらわかるじゃん…」
あれから全力疾走で奉仕部の部室に辿り着き、ドアを開けたところで息を整えている。というかよく考えたら早く出ることを意識しすぎて自転車を学校に置いてきていたので、俺は無駄に走ったというわけだ。
「椅子は空けてあるわ、座りなさい」
「はぁ、はぁ、助、かるわ、はぁ…」
朦朧としながらいつもの場所に進むと、なぜかいつもと違う光景に目を疑う。
「………なんかお前ら、近くね?」
いつもは黒板から向かって長机の右端に雪ノ下、その反対側に俺、そしてその間をうろちょろするのが由比ヶ浜という布陣なのだが。
今日に限ってはなぜか左端の俺の席は変わらず、その左に由比ヶ浜、これはまあうろちょろする変域の端っこということだろうが、雪ノ下はその正面、つまり俺の右側に席を置いている。これに関しては本当に意味がわからない。いや、意図はわかるのだが。
「大事な話だからだよ、ヒッキー。とりあえず早く説明して」
「いや、あの、あれは…「ヒッキー?」「比企谷君?」…はい」
ゲームオーバーが近付く。まあ、大晦日からは9日経っているのでそれだけの間隠し通せたというだけでも僥倖か。……腹を括るか。
「実はな、あの時は知っていたかもしれないが酒に酔っていたんだ。つっても傍目でわかる程度かは知らんが」
「え!?ヒッキーお酒飲んでたの!?」
「未成年の飲酒は法律で禁止されているのよ。…まあ、私が言えたことでもないけれど」
「…でな、言い難いんだがもしかしたら俺はちょっとおかしかったかもしれない」
「あ、だよね!じゃないとさがみんのとこなんか行かないもんね?」
「……えっ?」
「えっ?」
「…………いや、そうだ」
あっぶねええええええええ!!!!!!!忘年会じゃなくて今日の昼休みのことかあああああぁぁぁぁ!!!!!!
いやー、あぶねえ…。こいつがアホじゃなかったら速攻バレてただろうな。雪ノ下も聞いただけの話じゃ要領を得なかったのかもしれない。なんせ話したのは由比ヶ浜だ。わからなくても無理はない。
「急におかしくなったのは多分昼休みのはじめの方に飲んでしまったからだろうな。水筒に酒ってのも、恐らく父親が持っていかなければならないやつを持ってきたっぽいし」
「じゃあ今もその水筒は持ってるのかしら?」
「いや、言ったかはわからんが初め飲んだ時は腐ったお茶か?って思ったんだから中身は捨ててしまったよ。すまんな」
「そう。…まあ、確かにそうじゃないと相模さんなんかと話さないわよね」
「………………」
ますます本当のことが言い
「……あっ」
「えっ?」「どうしたの?」
「いやいや、なんでもない」
「何それ、いいじゃん教えてよ」
「別に変なこと思い出しただけだから気にすんな」
「その変なことを教えてよ!隠し事?」
ガラガラ!
「いや、別に……「あっ、比企谷!ちょっと、早いよ〜。うちに追いつけるわけ…」…だああ!?ちょっ、ちょっとだけ外に出てろ!」
入ってきた相模を奉仕部の教室から押し出す。絶対に入ってくるなよ?と由比ヶ浜と雪ノ下に念を押して俺も廊下に出る。…さっきの「あっ」が実を結ぶことなく消化されてしまった。
廊下では、急に押し出された(見ようによっちゃボディタッチにも)相模は顔を赤らめながらくねくねしていた。
「相模」
「どうしたの?もしかしてうち達が付き合ったのを奉仕部の人達に言うのためらってる?」
「いや、まあ、そんなところだ」
「…もう、ほんと比企谷は優しいんだね」
えっ?と俺が疑問を返すことなく相模は続けた。
「だって、うちの比企谷が奉仕部のみんなに取られるかもってことを心配してるんでしょ?別に気にしなくていいよ?…は、八幡ならそういうの、大丈夫だって知ってるから」
「…………」
OK。把握した。こいつは高校生にありがちな『恋するわたしに恋してる!』的な自分に酔っている典型例のようなやつだ。痛々しいことこの上ないが、悲しいことにこういうやつが正直一番扱い易い。
「相模」
「ん〜?」
「……実は俺な、あいつらから好意を寄せられてるのわかってたんだよ」
実は、と切り出すのは地味に効果がある。使い古された手だが、使い古されたからこそ秘密の共有というのは絶大な効力を持つと裏付けされている。
「あ、そうなんだ。てっきり八幡のことだから気付いてないと思ってた」
「けどさ、実際の好きな人はお前なんだよ。お前しかいないんだ」
こういうところで『相模』じゃなくて『お前』と呼ぶのもポイントだ。わかってほしいから語調が強くなるみたいに感じてくれる。
「えっ、そ、そうだよね…。急に言われるとうち照れちゃう…」
「それとな、……………えっと」
「何?」
………あれ?こいつの下の名前ってなんだっけ?次はたまに呼ぶ下の名前が乙女心()をくすぐるみたいなやつなんだが、そして俺の名前も下の名前で呼ぶのは2人きりの時だけというやつをやりたかったのだが、肝心のこいつの下の名前を思い出せない。
「…とにかく!俺の名前を呼ぶのは……、2人きりの時だけな。………ガミ」
「ひゃっ……ん」
壁ドンをして軽くキスをする。あとこのことはクラスでも秘密な、と最後に言葉を残して奉仕部に戻る。怪訝な顔をした2人に納得させらるるだけの言い訳をするのに最終下刻時間までかかってしまった。
◇◇◇
「あ、お兄ちゃん…、その、おかえり?」
あれ以来、小町はびっくりするぐらいしおらしくなりおかえりを言うのにも頬を紅潮させるほどだ。
「おう、ただいま小町。今日も今日とて可愛いな、さすが俺の妹」
え、あ、うん…。うぇひひ。なんて笑い返され、その姿を尻目に部屋に向かう。
「………もうこの際安価にしようか」
カチャカチャカチャ…。
【悲報】一晩のうちに五股してしまったんだがこれからどうしよう (1)