酒は飲んでも飲まれるな   作:しゃけ式

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クソ野郎が罪悪感を感じるのは間違っている

 

昼休み、俺の周りは早くも修羅場と化していた。

 

 

「ねえヒッキー。あたしのお弁当を食べれないってどういうこと?」

 

 

「結衣先輩、そうじゃなくて先輩はわたしのお弁当を食べるって言ったんですよ」

 

 

「…勘違いもここまでくると酷いよね。別にヒッキーはそんなこと言ってないじゃん」

 

 

「言わなくてもわかるってことですよ。もう少し頭を使ってからものを言ってくれませんか?」

 

 

……ことの次第は4時間目の終わりにまで遡る。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

(ふぅ、やっと昼にありつけるな)

 

 

4時間目の終わりを告げるチャイムが流れ、礼をしてから一斉に緊張感が解かれる。ある者は購買へ急ぎ、またある者は仲の良い友達()と昼飯を食べるために席をくっつける。俺は俺でいつものベストプレイスに向かおうと思っていたのだが、これからのことを考えすぎて板書がおざなりになっていたので授業が終わってからも必死にノートに写していた。

 

 

が、そこで一つの可能性に気付く。

 

 

(俺このままだと由比ヶ浜に捕まらね?葉山はどうでもいいにしても、由比ヶ浜は多分こっちに来るぞ?)

 

 

コンマ数秒の逡巡に対して俺の行動はスムーズで、やっと書き終えたノートをしまいもせずに昼飯の入ったコンビニの袋を持って教室を出ようとする。しかしそれでも遅かった。

 

 

「わっ、先輩!急に出てこないでくださいよ〜」

 

 

教室の出入り口で運悪く一色と鉢合わせしてしまった。理由は言わずもがな、わかってしまう自分が憎らしい。

 

 

「すまん一色、葉山か?葉山なら後ろの席ににいるから用があるならそこにしてくれ」

 

 

「何言ってるんですか?わたしが探していたのは先輩ですよ?いつもの場所に行っても誰もいませんでしたし、クラスの方に来たんですが」

 

 

「お、おおそれはすまん。それで何の用だ?早くしてくれないか?」

 

 

「ああ、これですこれ」

 

 

そう言って布でできた小さな袋を前に持ち上げた。

 

 

「お弁当作ってきたんですよ。……彼女としては当然のことです」

 

 

「い、一色(裏声)!?そのことは内緒つっただろ!!頼むから俺のトラウマを刺激しないでくれ!」

 

 

「あ、すみません!気が回らなくてごめんなさい…」

 

 

小声で付け足された爆弾発言にきょどりながらも注意する。トラウマというのは過去に好きなのがクラス中に触れ回ってバカにされ、一時期学校に行くのが辛かったというものだ。なおこのことは一色以外にも由比ヶ浜と雪ノ下にも言っており、みなそれぞれ納得してくれているようだ。下手に嘘をついて何か言われるよりも、多少の嘘で共通しているものの方が漏れても安心できるからな。

 

 

「じ、じゃあベストプレイスに向かうからお前はクラスに戻っておいてくれ」

 

 

「え、なんで一緒に食べないんですか?」

 

 

意味が全くわからないと言った様子で首を傾げる一色。まあ弁当をくれたのにも関わらず一緒に食べないってのは確かに意味わかんねえわな。

 

 

「なら早く移動するぞ!ほれ、急ぎたまえ!」

 

 

テンパっているのが傍目にも伝わりそうなもんだが、今はそれよりここを離れることだ。ずっとここにいたら由比ヶh…「ヒッキー!あたしもお弁当作ってきたんだけど、食べない?」………うーん、この。

 

 

「お、おお由比ヶ浜か。すまんこの弁当は一人乗りなんだ、だから明日な」

 

 

「何意味わかんないこと言ってんの?!」

 

 

「んんっ、…ぅおほん!俺自分のやつ買ってたんだけど一色にももらっちゃったんだよ。流石にお前のやつも足したら一人で食いきれないだろ」

 

 

「あ、先輩自分の分持ってたんですね…、すいません。でも何も言わずに食べようとしてくれたそういうとこ、好きですよ」

 

 

「」

 

 

うっ、と喉からこみ上げるものを抑えて、しかしそれでも驚きすぎて絶句してしまう。幸い由比ヶ浜には聞こえていないようで、ひとまず安堵するがそれでも危なっかしいものは危ない。

 

目線で注意すると一色は少しびびったようで、縮こまりながら上目遣いで謝った。謝ったと言っても首を少し下げただけで、例によって声は出していない。

 

 

「ヒッキー、あたしのじゃなくていろはちゃんのを食べるの?」

 

 

「あ、えっと、いやぁ…」

 

 

「ほら先輩、早く行きましょう」

 

 

そう言って俺の手を取り廊下に出ようとする。俺の手を取り、ということは必然的に俺と手を繋いでいるような形になるので、当然由比ヶ浜は面白くない。ムッとした顔で俺の反対側の手を取った。

 

 

「あ、あの由比ヶ浜さん?俺そっちの手はビニール袋持ってるから落としそうなんスけど…」

 

 

「ねえヒッキー、あたしのお弁当を食べれないってどういうこと?」

 

 

 

────こうして冒頭に至る。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「あたし前から思ってたんだけど、いろはちゃんのそういうとこホント無理なんだけど!」

 

 

「え?なんですか?自分が料理下手くそだからって逆ギレですか?もうちょっと先輩の立場になって考えてみてくださいよ」

 

 

「だからそういうところだって!」

 

 

「自分だって料理もできないのに先輩に無理やり食べさせようとしてるくせに!」

 

 

「あ、あの〜…、喧嘩はよそで…」

 

 

「ヒッキー!!」「先輩!!」

 

 

ビクッ!?と二人の顔を見る。そこには今まで見たこともないような形相でこちらを見る般若がいた。ふぇぇ…、ぼっちには荷が重すぎるよぉ…。

 

「まあまあ、2人とも。そのへんにしておかないかい?比企谷が困ってるよ」

 

 

未だ冷めぬ怒りの渦中に割って入ったのは、なんと葉山だった。いや、それはそれで問題だけどさ。なんにせよ助けてくれた葉山にどこかヒーロー性を感じた俺はつい感謝の視線を向けてしまった。そう、向けてしまったのだ。

 

 

「……比企谷、そういうのは2人っきりの時にしてくれよ」

 

 

キマシタワー!!!と叫んで後ろにぶっ倒れた海老名さん。ほんとマジでそういう冗談はやめてほしいって前までは思えたんだが、今はあながち間違いでもないからなあ……、ああいや、間違いだろ。俺が戸塚以外の男と交わるとかマジで間違いだわ。キメエ。ヤったの俺だけど。

 

 

「葉山先輩、客観的に見てわたしと結衣先輩のどっちが悪いですか?ここで決めてもらって悪くない方が先輩とお昼を一緒にできるってことにしたいんですけど、いいですよね?」

 

 

「ちょっとそれずるくない?!」

 

 

「これ以上客観的な方法はないですよ〜、ね?先輩!」

 

 

「お、おお。確かにな」

 

 

ここで葉山が決めたら俺は確実にどちらか2人と昼飯を共にすることになる。本来ならばそれも避けなければいけないのだが、この機会を逃すと最悪3人(ないしは4人)で食べることになるかもしれないのだ。多少のデメリットには目を瞑るべきだろう。

 

さすがの葉山もいきなり判断を煽られたからか、少し狼狽して悩んでいる。が、やはり客観的に見れば後から言い出してなおかつ変にキレた由比ヶ浜が悪いということになり、結果俺と一色はベストプレイスで飯を食うことになった。

 

去り際に由比ヶ浜が「次はあたしと食べてよねー!」とでかい声で言ったのには驚いたな。あんな声量で言ったら周りに誤解されるぞ、とも思ったが(悲しいことに)なんら誤解はないと思いさらに気が滅入るのであった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

ベストプレイスへ向かう道中、俺は一色とあの日のことを話していた。無論俺は一切合切忘れてしまっているが。

 

 

「あの日、わたし嬉しかったですよ?メールでも言いましたけど、あの痛みがわたしを、その…、女にしてくれたんですから」

 

 

下腹部のあたりをさすりながらそう言う。…こういうのを見ると、やはり俺はトンデモナイことをしでかしたんだなあ、と嫌でも理解してしまう。

 

 

「なあ一色、俺思うんだけどさ」

 

 

「はい?」

 

 

「俺とお前が交わった時さ、なんて言ったか覚えてるか?」

 

 

「え、ええ!?なんですか急に!!」

 

 

なぜか、それはそのことを覚えていないのならば今回のことはなかったことにするべきだと伝えるためだ。多分だが俺は酔っ払っていたから一色達とヤってしまったのだろう。一夜の間違いってところだな。そして俺がそのことを全く覚えてないときた。つまりもしかしたら一色もあまり覚えてないのかもしれない。ヤった、というのは本当でもお互いにあまり覚えていないのならばヤっていないのと等しいのではないか?加えて一色は年下だ。俺より酒の耐性がなくても無理はない。

 

 

「いや、ちょっとな。今後の俺たちのためについてだ」

 

 

「……ならちょっと恥ずかしいですけど、いやかなり恥ずかしいですけど、ちゃんと言います…」

 

 

紅潮させた頬を隠すように片手を当て、話し出す。

 

 

「まず先輩が、わたしの部屋に入って『You are 3!!!』って叫びました」

 

 

「待て待て待て、なんだそれ。俺の話だよな?」

 

 

「多分酔っ払ってたんじゃないですか?わたしはお酒飲んでませんでしたから覚えてますけど」

 

 

ツッコミどころが多すぎるが、とりあえず一つ一つ消化していこう。

 

 

You are 3!!!って完全にヤった順番じゃねーか!!最後が平塚先生だと確定しているからあの人が1番2番に来ることはないが、一色が3番目かあ…。まあだからといって何かが変わるわけじゃないんだけどね。しかも俺は何一つ覚えてないんだけどね。てかよくバレなかったな。……いや、さすがにヤった相手が既に2回も他の女とヤっているなんて普通考えないか。

 

そして一色の部屋に入ったというのもおかしな話だ。あの時の俺の財布の中身は飲食代で使うかもしれないからとかなり多めに入っていた。ホテルの相場は確か休憩で8000円くらいなので、それを加味しても俺は多くてもホテルに2回しか行っていない。そうじゃないと計算が合わないのだ。最後の平塚先生とのホテルは先生が出したかもしれないから置いておくにしても、3番目に家に行くのはおかしくないか?家に行くとしたらそれはお開きの合図だ。つまり最後かその一つ前ぐらいじゃないとやはり計算が合わないのだが、……いや、まあいいか。

 

あと地味に一色が爆弾発言をしていた。

 

 

 

酒を飲んでいない、だと………。

 

 

 

これにより俺の考えていた策は(つい)えた。やはり隠し通すしかないか…。

 

 

「その後は?」

 

 

「せ、先輩がわたしの服を脱がして……、あ、その時先輩は集中してたっぽいので何も言ってませんでしたよ?…まあ見られるのはめっちゃ恥ずかしかったですけど」

 

 

「お、おお。その後は?」

 

 

「確かおもむろに時計を見て、『よし一色!新年あけましておめで挿入!するぞ!』とか意味わかんないことを言いましたね。もしかして気にしてるのってそのことですか?」

 

 

セクハラ親父か俺は!!!???馬鹿じゃねーの!!バァッッカじゃねえの!!??

 

 

「でも耐えきれなかったのか、58分くらいで挿れちゃいましたね」

 

「………そうか。まあ、そのことは忘れような。頼むから忘れてくれ」

 

 

「は、はあ。まあ先輩がそういうなら忘れますけど…」

 

 

予想外のダメージを負った俺は早くこの傷を癒そうとベストプレイスへ早足で向かったが、その足はすぐに亀の足へと変わった。

 

 

「なあ一色。ここまで来てなんだがやっぱり屋上で食べないか?」

 

 

「え、嫌ですよ面倒臭い。もうすぐそこなんですから」

 

 

ぐいぐい、と俺を引っ張ってベストプレイスへと向かう一色。しかしそこには。

 

 

「あ、あら偶然ね比企谷君。なんだか教室で食べるのは飽きたからここで食べようと思ってこちらへ来たのだけれど…、比企谷君。なぜあなたは一色さんと一緒にいるのかしら」

 

 

「あの、雪ノ下先輩?先輩はわたしとお昼ご飯を食べるんです。だからどいてくれませんか?」

 

前門の虎後門の狼ってところか。教室では由比ヶ浜が、ベストプレイスでは雪ノ下が。なんか一周まわって落ち着いてきたな。

 

 

「あなたの発言にはいささか理解し難いところがあるとおもうのだけれど、自分では理解しているかしら?」

 

 

「えっとぉ〜、わたし的にはぁ〜、そんなことないと思いますけどぉ〜?」

 

 

「その腹の立つ口調をやめなさい。そもそもなぜあなたが比企谷君とお昼ご飯を食べる前提なの?」

 

 

「それは先輩が決めたことですし、ねー先輩?」

 

 

「」

 

 

「先輩?」

 

 

目を光らせて答えを催促する。その眼光はまさに野獣そのもので、俺はすぐさま頷くしかできなかった。

 

 

「それよりも雪ノ下先輩の方がおかしいんじゃないですかー?教室で食べたくないだけなら他のところでもいいですよね?」

 

 

「それはたまたま私がここを通りがかったからよ」

 

 

「ならここどいてくれませんか?わたしは先輩と2人でお昼ご飯を食べたいんですよ」

 

 

「嫌よ。あなたこそ比企谷君を置いてどこかへ行けばいいじゃない」

 

 

一色は飄々とした態度を崩さず、また雪ノ下も毅然とした態度を取り続ける。しかしこの言い合いは思わぬ方向へと流れることになった。

 

 

ん?何傍観者気取りしてんだって?そう思うなら俺と交代してみろよ。極力口は挟みたくねえんだよ、こええし。

 

 

「雪ノ下先輩…、自分で言ってる事の意味のわかんなさには気付いていますか?」

 

 

「あなたこそ荒唐無稽な話をしていることに自覚はあるのかしら?」

 

 

「じゃあ雪ノ下先輩はここで 独 り 寂 し く 食べててください。わたし達は別の場所で食べてくるので」

 

 

「ちょ、ちょっと待ちなさい!どうしてもと言うのなら比企谷君を置いていくべきよ!」

 

 

「……は?」

 

 

氷も凍るような絶対的な冷気を纏った一色は、静かに言い放った。

 

 

「いや、だからこれはあなたのためを思って言ってるのよ!そこのケダモノ谷君と二人っきりで一緒にいたら襲われるわ!」

 

 

「じゃあ襲われて結構です。では行きますよ、先輩」

 

 

「だから待ちなさい!!比企谷君は私の…」

 

 

「雪ノ下!!!」

 

 

俺が雪ノ下以上の声量で一喝すると、雪ノ下は我に返ったような顔をしてごめんなさい、とこぼして席を立った。底知れぬ罪悪感に苛まれながらも、ひとまずの危機を脱して安堵していた。

 

 

「さすが先輩です。さ、食べましょう!」

 

 

広げた弁当は綺麗に彩られ、食欲をそそったが、俺はなぜかその味をしっかりと堪能することは出来なかった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

学校からの帰り道。雪ノ下に合わせる顔がなかったので由比ヶ浜に今日は休むと言い帰ることにしたのだ。2人を奉仕部に残すのは正直怖くて仕方がないが、ダメ押しに由比ヶ浜と雪ノ下にメールを送って釘を指しておいた。それくらいしかできなかった。

 

 

(こうして考えると、ほんと俺はクソ野郎だな。六股なんざするもんじゃねえな…)

 

 

立ち替わりに襲う罪悪感を押し殺し、自転車を押す。どうしても乗る気にはなれなかった。

 

 

そんな折、俺に声をかけてきたやつが1人。

 

 

「八幡!!!どうしたのだ、そんな思いつめた顔をして!」

 

 

声の主は材木座で、今はお前の相手をしているほどの元気はないとあしらったが。

 

 

 

「案ずるな、八幡。我はお前の味方だ」

 

 

 

今日何度も流した冷や汗が、ここへ来て最高潮へと達した。

 

 

材木座だし、大丈夫だよな?!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





個人的にガハマさんといろはすの喧嘩でいろはすがガハマさんに自分かて飯まずいやんけみたいなことを言ったシーンはよく書けていると思います。意味のわからないところから責めるやり口は怒った女性がやりがちですからね(笑)

それにしても八幡はクソ野郎ですね…。



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