「じゃあヒッキー!乾杯の音頭お願い!」
「俺でいいのか?もっと他にいるだろ」
「比企谷君、指名されたのでしょ?場を盛り下げないでちょうだい」
「そうか、なら不躾ながら。…えー、今年は色んなことがあったが、まあここまでやってこれたんだ。来年も気を抜かずに頑張っていきましょう。ではご唱和ください。乾杯!」
乾杯!!と一斉にグラスがぶつけられる。高二の大晦日、忘年会での一部分だ。この頃はしがらみが何も無くて、純粋に楽しんでいたなあ。
─────これが俺の悪夢の始まりとも知らずに。
◇◇◇
チュンチュン、と子鳥のさえずりで目を覚ます。おお、リアルな朝チュンなんて初めてかもな。レアな体験をしたもんだ。
(ん…?ここどこだ?)
辺りを見渡す。どこかの一室のようで、まるでホテルのような雰囲気だ。左手に窓があり、ベッドから見る景色はビルの中層からしてここは上階らしい。右手には、というか俺の隣には不自然な膨らみがあるので誰かが寝ているのだろう。
(てか寒ィな)
肌を擦り合わせて緩和する。自分の服装を見ると、上下合わせて何も着ていないようだった。そりゃ寒いわな。
「………いやいやいや、ちょっと待て。なんでホテルにいて俺は裸なんだ?」
昨日のことを思い返しても、いかんせん乾杯のあとの記憶が曖昧だ。もしかして酒でも飲んでたのか?そう考えると頭が痛く感じてきた気がする。
「んん……、どうした、比企谷。起きたのか…?」
布団の右側がもぞもぞと動き顔を出す。そこに居たのは紛れもない平塚先生だった。
「」
「急に絶句なんてしてなんだ?…あ、きゃっ!」
なぜか、なぜか(大事なことなので二回言いました)裸だった平塚先生は恥ずかしそうに布団で体をくるみ、俺の方を見て、しかし俺の裸を見るのも恥ずかしかったのか目を逸らした。別に上半身しか見えてないんだがな。
……というか、誰だよアンタ。なんで三十路のBBAが乙女な声出してんだよ。萌えねえから。いやマジで。冷や汗しかでねえわ。
「あの……平塚先生。昨日のことなんですけど…」
「あ、ああ。昨日な。いくら酔っていたからとはいえ教え子に飲ませたのは本当に悪かったと思っている。…教師失格だな」
「ああ、だから…」
「そ、それとだな。昨日のことは……、その、本気、なの?」
顔を羞恥の色に染めながら、涙目で俺を見つめる
というか。
(誰だお前ええええええ!!!!!!!マジでやめてくれよほんと!!俺昨日何したんだよぉぉぉおおお!!!)
「ほ、本気と言いますかなんといいますか……。えっと、昨日のことなんすけど…」
「あ、ああ。なんか思い出すのも恥ずかしいな…。…いや、違うぞ!!べ、別に思い出したくないわけじゃないんだからね!」
「(セルフツンデレには触れないでおこう)……あの、俺昨日のことは、ちょっとというか、覚えてないなー、なんて…」
怖え…。もしかしたら冷や汗で水溜りができるじゃね?なんて思いながら続きを待った。待ったのだが。
「うぇっ……」
「ひ、平塚先生!泣かないでください!」
なぜかはわからないが(十中八九俺のせいだが)泣き出してしまった。一回りも歳食ってる人のあやし方なんて知らねえよ…。
「だ、だって八幡が悲しいこと言うから…」
「は、八幡!?…すいません!俺やっぱ覚えてました!」
「……ほんと?」
「ええそりゃもちろんですとも!!なんなら先生の乳首の色でも答えましょうか!?」
「うええええん!!!!」
ええ!!!???なんで泣く!?
「私昨日乳首見せてないいいいい!!!!!」
「ええ、でも服着てないじゃないですか!?」
「昨日シた後にシャワー浴びてそのまま寝たああ!!!昨日は着衣のままヤったあああ!!!!」
「だああ!!泣きながら変な事言わないでください!!ほら、アレですよ!!!先生が寝た後にこっそり覗いちゃったんですよ!!」
こうなりゃヤケクソだ、とりあえずはこの場を凌ごう。その後のことはその後考える。
「………八幡のエッチ」
「ともあれ、信じてくれましたか!?」
「…まあ、信じる」
はああああああぁぁぁぁ……。マジで誰だよこれ……。キャラ崩壊甚だしいぞ…。
◇◇◇
あれからどうにかして先生をなだめたあと、どうにかこのことは秘密にと約束してから家に帰らせた。俺もその帰宅の帰り途中だ。
……まさか俺が朝帰りするなんてな…。
と、これからのことを考えつつ気落ちしながらトボトボと歩いていると、向かい側からサブレを散歩させている由比ヶ浜が目に入った。
俺に気づくなりまるで尻尾を振るかのようにこちらへ寄ってきて、俺を抱きしめた。
………抱きしめた??
「ヒッキー、会いたかった」
豊満なバストが押し付けられ、俺の八幡が反応する。馬鹿野郎、こんな状況で反応してんじゃねえよ俺!!
「ゆ、由比ヶ浜サン??ちょっと離れまセンカ?」
「なんでそんなこと言うの。別にいいじゃん」
そっぽを向き(依然抱きついているままだが)、視線をそらす。
「……彼女なんだから」
「」
「ちょ、ヒッキー!?」
脱力して由比ヶ浜にもたれかかってしまったが、なんとか持ちこたえる。
彼女、というと指示語か?別に会話の中に女性は出てこなかったのになあ。バカだなあ由比ヶ浜は。それか“彼女”じゃなくて“狩野女”か?俺の知り合いに狩野さんなんていねえし、由比ヶ浜の知り合いだろうな。常日頃から変なあだ名を付けるやつだとは思っていたが、狩野女はねえわ。訳分からん。
「……昨日あんなことしたんだもんね、疲れてても無理ないか」
おぉーう、これは確定かぁ……(絶望)
「い、一応聞くがどんなことをしたか覚えてるか?」
「ええ!?何言わせようとしてるの!?…あ、これもプレイの一貫……。…えっとね、まずディープなのして、それからあたしのでパ○ズ○して、それから…」
「ストップ!やっぱそうだよな!知ってたよチクショウ!!」
「あ、ちょ、ヒッキー!?なんで逃げちゃうの!?」
気付いたら俺は一陣の風になっていた。
◇◇◇
「ただいま…」
そろそろ俺のSAN値が付きそうな頃、やっと家に帰ることが出来た。ホテルからの道のり以上に疲れた気がするわ。シャワーとかどうでもいいから早く寝たい。なんで俺は元日からこんなことしてんだよ……。
「お、お兄ちゃん!」
風呂上がりなのか小町が下着姿で声をかけてくる。声が上ずっていたが、どうしたのだろうか。
「昨日のことはその……、小町忘れるからさ!お兄ちゃんも忘れてよ!……兄妹なんだし」
「Oh......my…God……」
「ど、どうしたの?」
「…すまん、部屋で休むわ。腰も痛えしな!」
「こ、腰って……。あ、安静にしてなよー!」
血の繋がった妹にも手を出していました\(^o^)/
実妹はやべえよ、やべえ。洒落になんねえわ。
部屋に戻っても俺の気分は優れなかった。最低でも一晩で3回もヤってしまったのだ。慣れないことをしたもんだから腰が痛い。というか太ももが筋肉痛になってるわ、なんだこれ。
(ケータイとか見ても大丈夫だよな…?)
もう正直この思考自体がフラグだとは思うのだが、もし平塚先生がメールしてきていて、あまつさえそれを無視していたとなったら間違いなくめんどくさいことになる。
それとさすがに俺でもこれ以上はしていないだろうという希望的観測だ。残るメンバーを考えてみても、昨日忘年会に来ていたやつは俺とお相手3人(この表現は癪だが)を除くと、雪ノ下と一色と葉山一派と何故かついてきた材木座だ。あ、葉山一派つっても葉山と三浦と海老名さんだけだ。男2人はそもそも声をかけられていなかった。
この中で正直怪しいのは一色だ。雪ノ下は貞操が硬そうだから大丈夫として、残る女3人だと三浦と海老名さんはそもそもあまり話さないからな。そう考えると蓋然性では一色が0ではないのだ。
(ま、見てみないことに話は始まらないか)
意を決してケータイを開くと、メール欄には新着5件とあった。
………新着5件??
平塚先生と由比ヶ浜と小町で3つ、ならあと2つは誰だ?ていうかそもそも小町は同じ家なのにメールをするのか?
忘れていた冷や汗が鎌首をもたげ、指先が震える。動悸も激しくなって窓を開けて深呼吸するが、依然落ち着かない。
…まさか小町と朝の平塚先生の分を抜いて残りの女勢全員なんてことはねえよな。
恐る恐るメール欄を見てみると、記されていた名前は上から由比ヶ浜、平塚先生、小町、そして一色に雪ノ下だ。
(いやいや、まだ決まったわけじゃねえし?そもそも俺が何股かけてるなんて話も本当じゃねえわけだし?)
1件目
From 由比ヶ浜 (←名前欄を変えれることに気づいたので変えた)
To ヒッキー
昨日のこと、すっごく嬉しかったからね!まさかヒッキーも同じこと考えてくれてたなんて……、本当嬉しい!
大好きだよ、ヒッキー。
(ま、まあこいつに限っては分かってたことだからな。次の平塚先生もわかってるし?最悪二股の可能性だってあるし?)
2件目
From 平塚先生
To 比企谷八幡
新年明けましておめでとうございます。先程はお見苦しい姿をお見せにしてしまい誠に申し訳ございません。…まぁ、未来の花嫁の事だと思って許してね?あなた。
それと、昨日仰っていた私の実家へ挨拶をするとの事なのですが、少し待っていてもらえませんか?私としても早く報告したいのですが、いかんせん私の休みの日は平日の1日のみなのでどうしてもあなたと休みの日が被りません。なので春休みはいかがでしょうか?
返信、待っています。
(これはスルー。重すぎてこええよ)
From 小町
To お兄ちゃん
昨日のことってさ、お兄ちゃん本気なの?そりゃシてる最中はすっごく幸せだったけどさ、やっぱり冷静に考えたらダメだよ。小町たちは兄妹なんだからね。
……妹としては忘れなきゃだけど、小町としては忘れたくないよ。これだけは覚えといてね。
(お、おお…。これはなんかすげえ生々しいな…。ほんとすまんな小町…)
そしてここからが問題だ。普通に昨日はありがとう的なメールならいいのだが、果たしてどうなんだろうな…。
From 一色
To 先輩
あの、昨日はありがとうございました。わたしあんなことするの初めてで、正直今も痛みが取れません。
……けど、先輩にもらった痛みなのでちょっと嬉しくも感じますね笑
ポエミーと思うかもしれませんが、これに関しては何も嘘はありません。大好きな先輩からの贈り物なら、わたしはどんなものだって嬉しいと思います!
…それと、最初の方にいつか来る葉山先輩との練習ってのは嘘ですからね?これは嘘です!私が好きなのは先輩だけです!
(これは普通にアウトだな。痛みって完全に破瓜じゃねえか)
なんか一周まわって落ち着いてきた。幸い学校までまだ6日ある。それまでにどうするかを考えよう。
From 雪ノ下
To 比企谷八幡
昨日はお疲れ様。痛がってた腰は大丈夫かしら?まあそうにも関わらず私と致してしまったのだから多分悪化してるわよね。
とりあえず、あんなことをしたからには責任を取ってもらうわよ?
「っだはあああああああぁぁぁぁ……………、全滅かよ……」
でかい溜息をつき、今一度状況を整理する。
まず俺は一晩で5人と関係を持ってしまった。その5人とは平塚先生、由比ヶ浜、小町、一色、雪ノ下だ。この中で早急に手を打たなければならないのは由比ヶ浜と平塚先生だ。この2人はクラスで顔を合わせることになるから、優先的にどうにかしないといけない。
…というか、俺は隠すべきなのか?謝って高校生活をまたぼっちで過ごすべきじゃないのか?
ただそうなると全員を敵に回すわけになるのか。由比ヶ浜は多分俺のメンタルを削ることばかり言いそうだな。一色にしても同様だ。雪ノ下はいまいちよく分からないが、やろうと思えば俺は社会的に死ぬ。権力って怖い。でも小町をないがしろにするのが一番やべえよな。家族間でそんな問題をこさえてしまったのだ、十中八九家を勘当されるだろう。まあ平塚先生は………、ダメだ。撲殺される未来しか見えねえ。
はい、隠すべきですね。とりあえずメールで俺らだけの秘密みたいな感じで有耶無耶にするか…。小町には忘れるべきだと言おう。
◇◇◇
1月7日。三学期初の登校日、俺は家をギリギリに出た。無駄に早く着いても由比ヶ浜に詰問されるかもしれないので、回避するにはギリギリに出ることしかなかったからだ。
それも束の間、学校に着き教室に入る。ザワザワとした喧騒はさる事ながら、二つの視線を感じた。
(ッ!?由比ヶ浜はわかってるとして、あと1人は誰だ!?)
極力下を向きながら歩き、席を見つけて即座に座る。寝た振りをしようとすると後ろから「ちょっとヒッキーのとこ行ってくるね」との死刑宣告が。こええよぉ……、こええよぉ…。
しかしガラガラと音を立てて平塚先生が入ってき、由比ヶ浜はこちらへ来ることなく朝礼が始まった。その間俺は虚空を眺めていた。前をチラッと見ると平塚先生がこちらを見ており、すぐに顔を赤らめてそっぽを向く。
(心臓に悪ィ…、早く朝礼終わんねえかな)
そう思いながら顔を伏せて寝ようとすると。
「こら、八ま……比企谷!朝礼中に寝るな!」
(何だそのわざとらしい言い間違い方!!?こんなことされるなら寝るに寝れねえ!!)
やむにやまれず前を向くが、先生は俺の方を見る度に顔を背ける。それはそれはわかりやすく。
朝礼が終わり、礼をすると由比ヶ浜が一目散にこちらへ駆けてくる。逃げようかと思うがそうもいかずに捕まった。
「ねえヒッキー、おはよう!」
「お、おはよう。由比ヶ浜」
「…むー、ちゃんと『結衣』って呼んで」
(えええ!?無茶振りだと!?)「すまん、急にそうしたら俺達の関係がバレるだろ?」
「それもそっか。……じゃあさ、2人っきりの時は結衣って呼んでよね?」
「あ、ああ…。…結衣」
それで満足したのか、にこにこと元いた場所へ戻った由比ヶ浜。ほんと、朝から冷や汗をかかせる。
心臓を押さえつけていると、不意に背中を叩かれた。一気に血の気が引いたが一応振り向くと、なんてことはない。葉山だった。こいつなら何か知ってるかもな……、いや知られていても困るのだが。
「比企谷君、ちょっといいかな?」
廊下を指さしてそう言う。ついてこいと言っているのは火を見るよりも明らかだ。
「ああ」
対して特に断る理由もない俺は、葉山の後ろをついていくことにした。
適当に歩いていると、おもむろに葉山が口を開いた。
「なあ比企谷」
「なんだ?」
「君は恋愛についてどう思う?」
「藪から棒にどうした。別にしたいやつはしときゃいいんじゃねえの」
「それがたとえ歪な形でもか?」
「ま、まあそれは人それぞれだし?いんじゃねえの?いやマジで」
やっぱこいつ俺のこと知ってんのか!?脅しにかける気なのか!?
「……そうだよな、じゃないとこんなことしないもんな」
ほらぁー!やっぱ知ってんじゃん!!
「俺を、抱くなんて」
「………ゑ?」
「俺と、ヤるなんて」
「生々しい表現に変えてんじゃねえぞ!!」
「安心してくれ!誰にも言わないから!……そう、誰にもな」
そう言って尻を優しく抑えながらクラスへ戻る葉山。その後ろ姿にはどこか哀愁が漂っていることに気付き、不覚にも吐き気がした。
比企谷八幡、17歳。現在6股中である。
一つだけ
これはドッキリではない。