覇王炎莉のちょこっとした戦争   作:コトリュウ

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竜王国への快適行軍。
ガイドは伝説のアンデッド。
乗り物は勇猛な魔獣で、警護はレベル43のレッドキャップス。

ねぇエンリ将軍、貴方は何処へ何しに行くんだっけ?
つーか骸骨魔王様、少しは自重しろよ!



第5話 「責任者出てきなさいっ!!」

 山を越えれば谷があり、そこには大きな川が流れている。当然橋なんて無いのだから、五千もの軍勢のために大規模な渡河準備を行うしかないのだが……。

 エンリは流石に慣れてしまった。

 川の中に入り込んでいる黒い存在、その者達が寄せ集まって巨大な盾を頭上に掲げ、向こう岸まで並んでいるという光景に。

 

「ルプスレギナさん、これってもしかして」

「あれれ? エンちゃん驚きが薄いっすね。そうっす! 死の騎士(デスナイト)による橋っすよ。この上を通って渡ればあっという間に竜王国っす!」

 

 はっきり言って尋常ではない速度で竜王国へ来てしまった。

 それもこれも手厚過ぎる死の騎士(デスナイト)さんのサポートがあってこそだ。恐らくゴウン様の指示によるものなのだろうけど、『甘え過ぎ』と言っていた過去の自分に何と言い訳すればイイのか。

 エンリは渡河中も、その後の小高い丘へ進む最中も、悲壮な想いで見送ってくれたカルネ村の住人達へ、快適過ぎた行軍状況をなんと伝えたらよいのかと悩む羽目になってしまった。

 まぁそれはそれとして、エンリが大変なのはこれからであろう。

 カッツェ平野を踏破し、山を越え、谷を越え、川を渡り、丘の上へと軍勢を進めたエンリたちの前に現れたのは、のどかな田園風景ではない。竜王国の国境警備隊でもなければ、エ・ランテル外壁の倍もあろうかという竜王国自慢の勇壮で美しい城壁でもない。

 それは血と叫び、炎と煙、そして数千のビーストマンに首都への入り口――大正門手前まで攻め込まれている竜王国の血に塗れた無残な姿であった。

 

「えぇっ?! そんなっ! もうこんなところまで攻め込まれているなんてっ! 急がないと!」

 

「ちょっと待つっす、エンちゃん。落ち着いてよく見るっすよ。ビーストマンは精々二千程度っす。本隊が攻め込んできたわけじゃないっすよ。これは恐らく少数の部隊を幾つも編成し、前線を大きく迂回させ、大きな部隊が入れない抜け道へ侵入。首都近傍で合流させ、その後に強襲をかけたって寸法に違いないっす! 上手く首都の中へ入り込めればビーストマンにも勝利の目はあったかもしれないっすけど、あの状況からすると竜王国兵士も頑張ったみたいっすね。まぁ、攻城戦なら竜王国は負けないっしょ。私達はのんびり行けばイイっすよ」

 

 途中で口調が変化したルプスレギナの様子に、妙な引っかかりを感じたことは別として、エンリには「のんびり」なんて思える余裕は無かった。

 まだ遠い先に見える戦場ではあるが、確かにそこでは人の死が存在していたのだ。

 攻城戦とはいえ、相手は人の十倍と言われる身体能力の持ち主――ビーストマンが二千体。城壁の上から弓矢で応戦し、石を投げ、絡みつく網を放ってはいるが、鋭い爪を持っているビーストマンを一匹も登らせないでいることは難しい。

 実際、数匹のビーストマンが壁上からの猛攻を突破して、何人もの竜王国兵を齧り殺していたのだ。

 このままエンリが何もしないままでいれば、犠牲者は更に増えることだろう。ルプスレギナの言うように首都陥落はないかもしれないが、それで良しとはとても思えない。

 

「駄目です! 私達が来た以上、犠牲は最小限に抑えなくてはなりません。アインズ様の名代たる私の前で、ビーストマンの好き勝手は許されないのです!」

 

「……かしこまりました、エンちゃん」

 

 冗談か本気か分からない静かな口調のルプスレギナに驚きつつも、エンリは即座に指示を下す。

 

「レイナースさんは後方支援部隊と共にこの場で待機。軍師さん、ゴブリン軍団でビーストマンを背後から襲いましょう! 城壁と挟み撃ちです!」

 

「ほっほ、勇ましいですな。ですが後方からの襲撃が成功するかは風向き次第かと。それに逃げ道を塞いだ状態では反撃が苛烈になりますぞ」

 

「でも軍師さん、ビーストマンを逃がすわけにはいかないよ。ここは最前線ってわけじゃないんだ。逃がしたビーストマンが無防備な村々を襲うかもしれない」

 

 ンフィーレアの言葉にエンリの表情は曇る。

 そう、首都を襲っているビーストマンは、言わば決死隊だ。帰還することを前提にしていない死兵である。

 誰の策で侵入してきたかは知らないが、恐らく竜王国の首都を落とす以外の命令は受けていないのだろう。城壁に無策で突っ込んでいるビーストマンの戦い方を見れば、そのことがよく分かる。

 ビーストマンはそもそも小細工を用いない。用いる必要もないほどの強力な種族なのだ。人間なんか餌に過ぎない。だからこそゴブリン軍団で蹴散らした後が問題になろう。

 ヤルなら一匹も逃がしてはいけない。

 

「だけど……風向きですか。それに竜王国の兵士からは丸見えですし、騒がれたらビーストマンにも知られますよね。う~ん、ここから城壁まで身を隠す場所なんて……」

 

 ビーストマンを一網打尽にするには、城攻めに夢中な今が絶好の機会だ。背後から忍び寄って城壁に押し付けるかのように攻め込み、左右も別動隊で塞ぐ。

 とはいえ問題は多い。

 耳と鼻の利くビーストマンが、五千のゴブリン軍団に気付かないわけがない。ゴブリンの接近に気付くであろう人間の様子からしても、自分達の背後に何者かが忍び寄っているのだと察するだろう。

 通常のやり方では無理だ。

 エンリの脳裏には、ビーストマンが四方八方に散らばり逃げて、収拾がつかなくなる光景が浮かんでいた。

 

「エンリ将軍、魔法兵団に隠密魔法を使わせましょう。条件さえ良ければ、ある程度は近寄れるはずですぞ」

 

「ある程度ってどれぐらいです?」

 

「ほほっ、御期待には沿えないでしょうが……、矢がまったく届かない距離でございます」

 

「あ~、それだと背後からの不意打ちなんて――」

「無理っすね」

 

 ルプスレギナの無慈悲な横やりに、エンリとしてはうなだれるしかない。

 なにか軍略を齧ったことでもあるのなら知識を総動員して有効な手を考えるのだが、村の生活知識しか持ち得ていないエンリには無理な話だ。

 となると現状の選択肢としては、見つかることを覚悟して迫るしかない。

 ビーストマンの殲滅は不可能になるが、今は竜王国を襲撃している一軍の排除だけで満足するしかないだろう。

 

「仕方ありません。いつまでもここで留まっているわけにもいきませんし、ビーストマンへ攻撃を仕掛けましょう。軍師さん、よろしいですか?」

 

「エンリ将軍の御意志のままに……」

 

「まぁ、大丈夫っす。運良く誰にも気付かれずに背後を突けると思うっすよ」

 

 根拠は全く無いはずなのに、エンリには――ルプスレギナの言葉が恐ろしいほど現実的に聞こえてしまう。

「また何かあるのでは?」と後方の死の騎士(デスナイト)を見てしまうのも仕方がないだろう。ただ当の死の騎士(デスナイト)達は荷馬車を降ろすと、任務完了と言わんばかりにさっさと元来た道を帰り始めていたのだ。

 エンリとしては拍子抜けというか、ホッとしたというか、なんだか複雑な心境であった。

 

(いえ、これからが本番なのですね、ゴウン様。死の騎士(デスナイト)さんの支援、ありがとうございました。後は私達で竜王国を助けます。必ずや、よい御報告を……)

 

 覚悟を決めたエンリの指示に従い、ゴブリン軍団が動き出す。

 申し訳程度の隠密魔法を纏い、腰までしか隠れない田畑の中を、五千近い武装したゴブリンがビーストマン部隊の背後へと向かったのだ。

 当然ながら、城壁の上にいる竜王国兵には丸見えである。

 五千の亜人軍団が首都へ突っ込んでくる光景、それは兵士達にとってどのような意味を持つのだろう?

 国境警備隊の全てをビーストマンとの戦闘へ注ぎ込んでいるがゆえに、帝国や法国側からのルートが無防備なのは周知の事実だ。侵入されたとしても何ら不思議ではない。

 だけど、亜人の軍をビーストマンの援軍だと思うだろうか?

 別の亜人国家による襲撃と判断するのだろうか?

 まさか自分達の援軍だとは――うん、思わないだろう。そんな都合の良い考えを持つほど、竜王国民は甘やかされていない。

 今まさに絶滅の危機にあり藁にも縋る想いなのだとはいえ、ゴブリンが助けてくれるなんて吟遊詩人も口にしないだろう。

 ただ今回、城壁の上で必死にビーストマンを追い落としていた兵士たちは、誰一人としてエンリらに視線を向けなかった。

 まるでそこには無人の田畑しか存在していないかのように、敵となるべきはビーストマンしかいないかのように……。

 

「(あ、あれ? 誰もこっちを見てないけど……。ンフィー、何か魔法でも使ったの?)」

 

「(無茶言わないでよ、エンリ。僕が使えるのは第三位階までだよ。ゴブリン軍団を隠す魔法なんて知らないし、ましてやあんな遠くの、しかも城壁の上にいるたくさんの兵士に何かするなんて)」

 

「(気にする必要ないっす、運がイイだけっす。このままビーストマンを叩くっすよ)」

 

 五千もの兵に気付かないなんて、それはそれで問題だと思うが、エンリは風向きまで変化していく現状に考えるのを止めた。

 どうせ考えても答えは出ないのだ。

 ルプスレギナが何の警戒も見せずノリノリで突っ込もうとしているのだから……まぁ、そういうことなのだろう。

 

 エンリは易々とビーストマンが蠢いている後方、ゴブリン魔法兵団の射程範囲内へと、一軍を配置することができた。

 

「(え~っとまず魔法支援団と魔法砲撃隊で一撃を加え、長弓兵団で追撃、最後に重装甲歩兵団を正面進撃、左右を聖騎士団と騎獣兵団で塞ぐ……でしたか?)」

 

「(ほほっ、その通りですぞエンリ将軍。相手は全く此方に気付いておりませんので、完璧な不意打ちとなることでしょう。将軍の初陣としては申し分ない状況ですな)」

 

「(初陣……初陣かぁ)」

 

 王国兵と戦ったときは全てゴブリン軍師任せだった。エンリが指揮をしたとは言い難い。だが今回は――ほぼ頼り切っているとは言え――エンリが自分で考え、自分で指示を下すべき戦場なのだ。

 殺す責任も殺される責任もエンリの肩に圧し掛かる。

 城壁から引きずり落とされる兵士の姿。仲間の死体を盾にして矢の雨から身を護ろうとしている血塗れのビーストマン。

 まさに生と死、血と鉄が溢れる殺し合いの世界だ。

 エンリは静かに呼吸を整え、城壁への突入を繰り返すビーストマンたちの背中を見つめる。

 恐怖はない。

 不思議なほど落ち着いている。

 血濡れ装備のお蔭か、サークレットの加護か、それとも命の潰し合いに慣れてしまったのか。いや、覚悟があるだけだ。ビーストマンに殺させるものかと、ネムのような幼子に牙を突き立てさせるものかと、出発したその時から腹をくくっていただけなのだ。

 エンリはゆっくりと血濡れの剣を引き抜き、魔法兵団へ号令を下す。

 

「なぎはらえっ!!」

 

 少女のモノとは思えない脳天を貫く指示は、ゴブリン軍団を覆っていた結界のようなものを蹴散らすと、竜王国兵士、ビーストマン双方に驚愕の表情を強要した。

 と同時に稲妻がほとばしる。

 

龍雷(ドラゴン・ライトニング)!」

「「連鎖する電撃(チェイン・ライトニング)!」」

魔法二重化(ツインマジック)電撃(ライトニング)!!」

「「「電撃(ライトニング)!!」」」

 

焼夷(ナパーム)! 五連続っす!!」

 

 密集していたビーストマンたちを嘲笑うかのように幾つもの電撃が戦場を駆け抜け、何が起きたのか理解できないでいる獣たちの血肉を焼き焦がす。

 続くルプスレギナは、憂さ晴らしとでもいうかのようにビーストマンを集団で燃やし尽くし、たった一人で数百もの死体を積み上げていた。もっともボロボロの黒炭なので実際に積み上げることはできないが……。

 

「長弓兵団! 放てっ!」

 

 想定していたよりもずっと酷い残虐な光景に目を背けたくなるが、指揮官が戦場を見ないなんてことはあり得ない。故にエンリは奥歯に力を籠め、弓による追撃を命じる。

 

「ナ、ナンダ?! 何処カラダ?」

「後ロダ! 突然現レタゾ! 大軍ダ!!」

「ゴブリン?! ゴブリンゴトキガ俺タチヲ襲ウダト?!」

「隠レテイル人間ドモハ後回シダ! 先ニゴブリンヲ始末スルゾ!!」

「オオォォーー!!」

 

「重装甲歩兵団、前進!!」

 

 相手がゴブリンなら負けるわけがない、ビーストマンの思考とはそのようなものであろう。

 自分たちが奇襲を受け、一瞬にして半壊状態であることなど理解できるわけもないのだ。ましてや巨大な盾を構えて突撃してくるゴブリンの強さが、自分たちを遥かに上回るっているなんて察知できるはずもない。

 ビーストマンは己の生物的強さに依存し過ぎなのだ。

 まぁ、餌場のごとき竜王国の人間たちがその思考を助長したとも言えるが。

 

「報告! 正体不明の軍団が突如出現しました! 現在ビーストマンと交戦中!」

「見れば分かる! そんなことより今のうちに負傷兵を退避させよ! ビーストマンが何処かの亜人に負けるとは思えん。直ぐに此方へ来る!」

「隊長! あれはゴブリンでしょうか? それにしては」

「分からん、ホブゴブリンかもしれん。ビーストマンと敵対する勢力、なのは間違いないと思うが……」

「五千はいますよ、隊長。しかも強い!」

「信じられん! なんだあの装備は? しかも隊列を組んでいるだと?!」

 

 大盾に弾き飛ばされたビーストマンが城壁にぶち当たってその命を散らす――なんて光景には、城壁の上で陣取っていた兵士達も驚きを隠せない。

 ビーストマンの一般兵は、鍛え上げられた人間兵士と同等の力を持つのだ。まさに一体一体が精鋭と言えるだろう。ゴブリンなんて相手にならないほどの強大な種族なのだ。

 そう、本来ならば。

 

「レッドキャップス、指揮官を仕留めなさい! 暗殺隊は包囲から零れたビーストマンを処理です!」

 

「お任せを!」

「「はっ!」」

 

 城壁に追いやられていたビーストマンへ、エンリの最終手が襲い掛かる。

 一陣の風となったレッドキャップスは、自軍の隙間をスルリと駆け抜けると、近くにいたビーストマンの首を斬り取りながら進み、中央で声を張り上げていた一体の獣へ近付く。

 

「お前が指揮官か?」

 

「ゴブリンゴトキガッ! 我ガ部族ヲ舐メルナヨ! 貴様ナンゾッ!」

「馬鹿がっ! 俺は指揮官か、と聞いたんだ!」

 

 お喋りな獣の首を刎ね飛ばし、レッドキャップスは周囲を見渡す。

 しかしどのビーストマンも同じような弱さであり、指揮を執っている個体の存在も確認できない。

 エンリ将軍の指示は「指揮官」を殺すことだ。いませんでした、では話にならない。ならばどうする? 確実に指揮官を殺すには?

 そう、皆殺しにすればよいのだ。さすれば必ず、死体の中に指揮官はいよう。

 

「エンリ将軍に完全なる勝利をっ!」

 

 

 

 時間はさほどかからなかった。

 二千余りのビーストマンは、周囲をゴブリン軍団に囲まれたままどこへ逃げ出すこともできず、物言わぬ肉の塊と成り果ててしまったのだ。

 ゴブリン軍団の損失はゼロ。

 これは敵陣に突っ込んで暴れ回った、レッドキャップス五名の御蔭であろう。

 ただ、積み上げた死体の上で血塗れになっている勇猛なゴブリンの姿には、エンリもちょっとだけ引き気味だ。

 当のレッドキャップス達はエンリ将軍と同じ様相になって御満悦なのだが、そんな心情にエンリが気付くはずもない。そもそもエンリ自身は血塗れになる趣味なんて持っていないのだから。

 

「軍師さん、負傷した方々の治療をお願いします。私は竜王国の兵士さんと話をしてきますね」

 

「エンリ将軍、まだ城壁へ近付かない方が良いのでは? 兵士どもは酷く怯えておるようですぞ。此方の話を聞く余裕があるようには見えませんが……」

 

「う~ん、怯えている場合じゃないんだけどなぁ。どうしよう?」

 

 首都まで攻め込まれた現状で何を言っているのか? とエンリは叱りつけたい衝動に駆られるものの、城壁の陰に隠れている兵士達が顔を出す気配はない。せっかくビーストマンを始末したというのに、このままでは前線への救援にも行けないだろう。

 竜王国のトップに存在を認められなければ、ゴブリン軍団は他国で勝手に暴れている武装集団でしかないのだ。

 

「エ、エンリ、なんだか城壁の向こう側が騒がしいけど」

 

「え? もしかして私たちを敵だと思ってい――」

「お前たちは何者だ?! どこの軍隊だ?! ビーストマンを蹴散らした後は、この国だというのではなかろうな!!」

 

 幼い女児の大声に、エンリは城壁の上へ視線を向ける。

 そこにいたのは、本当に女の子であった。ネムと同じぐらいの幼さであろうか、生意気そうな表情が年相応で可愛らしく思える。しかし、なぜ女の子がその台詞を言うのかと、エンリは他の兵士たちを睨み付けてしまう。

 自分たちは怯えて顔も出さないのに、女の子を前に出して交渉させるなんて。

 この瞬間、竜王国の男達はエンリの中で最低に近いランク付けにされてしまった。もちろん後で誤解は解けるのだが……。

 

「あのねぇ、もう大丈夫だよー。私はエンリ、ゴブリンの皆と貴方たちを助けにきたのぉー。魔導王陛下からの救援部隊だよー。ねっ、誰か大人の人はいないのー? 傍に偉い人とかはいないのかなー?」

 

「偉くも偉くないもっ、私がこの国で一番偉い女王様だ! ってそれより魔導王陛下だと?!」

 

「うん、分かったから誰か大人の人に代わってくれるかなぁー? それと城壁の上は危ないよー。落ちたら大変だよー」

 

 上等な服を着ているから貴族の子供なのかなぁ~、っと生意気年上口調の女児を微笑ましく見つめ、エンリは他の大人たちが出てくるのを待つ。

 ところが女児の周囲にいる貴族っぽい大人たちの中に、エンリとの交渉を始めようとする者はいなかった。それどころか何かに恐れて一歩下がってしまうほどだ。

 この体たらくには、さすがのエンリも怒りを覚えずにはいられない。

 

「ちょっと貴方達! 女の子を前に出して自分たちは後ろにいるなんて、恥ずかしいと思わないのですか! それに戦場の酷い有様を幼い子に見せるその所業っ、非常識にもほどがあります! 責任者出てきなさいっ!!」

「だ~か~ら~、私が責任者だと」

「うん、後でお菓子あげるから大人しくしていてね」

「わ~い、お菓子お菓子……ってちょっと待てー!」

 

 結局、エンリの声に応じるのは女の子だけだ。他の大人たちは何故かオロオロと戸惑っているだけであり、役に立たない。

 とはいえ、一人もまともな大人がいないかというとそうでもないようだ。

 エンリが見つめる城壁の上に、ようやく一人の男が顔を出す。

 

「エンリ殿、と言われましたか? 魔導王陛下から送られた救援部隊、と聞こえたのですが、間違い御座いませんかな?」

 

「あぁ、もうっ、はい、そうです! 我らは魔導王陛下から勅命を受け、竜王国の救援へと駆け付けたゴブリン軍団! 私は指揮官のエンリ・エモットです!」

 

 ほんの少しのいら立ちを含ませ、エンリは名乗りを上げる。

 しかしこれであの女の子は両親の下へ帰されるだろうから一安心だ。そもそも多くの死体が積み上げられている血塗れの戦場に、子供の姿がある方がオカシイ。過去のカルネ村じゃあるまいし、わざわざ危険な場所へくるなんて、周囲の大人たちも何故止めないのか?

 

「……だそうですよ、陛下。中へ入ってもらってお菓子でも貰いますか?」

 

「うっさいばか! 冗談言ってないで謁見の準備だ! っと言いたいところだが、ゴブリンを城壁の中へ通すのはマズイな。街の者らがパニックを起こしてしまう」

 

「あ、あれ? どうして女の子と話し合っているんですか?」

 

 身分の高そうな男と幼い女の子が相談している様子は、エンリにとって理解しがたいモノだ。話している内容も子供らしくなくて訳が分からない。

 

「エモット殿、申し訳ないのですが貴公の軍勢を全て中へ入れると、国民がパニックを起こしかねません。ビーストマンを撃退してくれた恩人に何を言うか、と思われるかもしれませんが、貴公と供回り数名のみで我らが女王陛下に謁見してはもらえぬでしょうか?」

 

「あ~はい、確かに驚くかも、ですね。……分かりました。私とンフィーとルプスレギナさん?」

「いやっす。私はアインズ様にしか跪かないっすよ」

「そ、そうですか、なら仕方ないですね。ジュゲムさんとレッドキャップスの誰か一人。え~っと、四名で入らせてもらいまーす!」

 

「御配慮感謝いたします! では迎えの者を其方へ向かわせますので、しばしお待ちを!」

 

 エンリの中で最低ランクに落ちていた竜王国の大人たちではあったが、最後に出てきた人物はかなりしっかりした頭の良さそうな人物にみえた。

 腕組みしてウンウン頷いている女の子を最後まで隣に置いていたのは気になるが、まぁ、王国の貴族よりはマシな部類なのかもしれない。

 それにしても、あの女の子はいったい何をしにきたのだろう?

 まさか戦場見物、なんてことはないだろうし……。

 エンリは、最後まで城壁の上でぺったんこな胸を張っていた偉そうな女の子にまた会えないかなぁ~っと思いつつ、最初の戦闘が無事終わったことへの感謝を捧げていた。

 

 もちろん、祈りを捧げる相手はアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下である。

 




小さな女の子を見るとホームシックになりそう。
唯一の肉親と別れて戦争へ……。

元村娘には耐え難い運命です。

二千のビーストマンを皆殺しにしながら、そう思うエンリ将軍でありましたとさ。

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