覇王炎莉のちょこっとした戦争   作:コトリュウ

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伝説の始まりは、伝説の武具から始まる。
ユグドラシルの素材を一切使用しない、異世界産の最強装備。
しかも将軍用にカスタマイズされた逸品だ。
ある意味、借り物を着込んだどこかの聖典より有用かもしれない。

装備に能力を合わせる。
装備で能力を引き上げる。
はたしてどちらが強くなるのだろう?



第3話 「竜王国を救わないとっ!」

 アインズが呪い持ちの女騎士に興味を示していた頃、着替えを終えたエンリが姿を現した。

 それは赤く、ヌメヌメとしており、鎧の縁から鮮血がしたたり落ちそうな血塗れの女戦士。既に何百人もの温かい血が流れる生き物を切り刻んできた――と誰もが思うであろう凄まじき様相であった。

 

「うむ、イイ感じだ。血濡れ武装一式、似合っているぞ」

 

「は、はい。ありがとうございます。アインズ様」

 

 エンリとしては、似合っていると言われても困ってしまう外観なのだが、実際着てみると意外に快適である。

 身体は軽いし、心は不思議なほど落ち着くし、体力的な感覚からしても、山を幾つか走って越えられそうな気さえしてくる。

 各部位が持つ特殊な力に関してはユリから説明を受けたが、後でメモにまとめる必要があろう。一度ではちょっと覚えきれない。

 

「エ、エンリ……。なんだか、その、強そうだね」

 

「ちょっとンフィー!」

 

「駄目っすね~。着替えた恋人を迎える最初の言葉は、『綺麗だよ』っすよ」

 

「ル、ルプスレギナさん?!」

 

 ンフィーレアの言葉にムッとするも、ルプスレギナの一言にはエンリも顔が赤くなってしまう。鎧と同じ色だから、全身真っ赤っかである。

 

「あははは、仲が良いのは素晴らしいことだ。……さて、最後の用事を済ませるとしよう。エンリ、私の前まで来て少し頭を下げてほしい」

 

「はい! おお、仰せのままに」

 

 ぎこちない動きでアインズの正面へ跪くエンリは、何をされるのか全く分かってはいなかった。ただ、アインズが空間から取り出した黄金のサークレットに視線を奪われるだけである。

 

「このサークレットはな、血濡れ武装とは違って一時的に貸すだけの代物だ」

 

 アインズが持つサークレットは黄金色の蔦植物が絡み合っているかのような形状であり、正面中央にアインズ・ウール・ゴウンの紋章を備えていた。ゴチャゴチャした飾りは無く、比較的シンプルな作りであり、デザイン的には男女共に使用できるものであろう。

 このサークレットはナザリック最高のレア鉱物を使用した希少な品であり、“あまのまひとつ”に変身したパンドラとナザリックの鍛冶職人たちが本気で作り出した逸品である。魔化作業にはアインズ自身も協力しているので、このサークレットはナザリックにおける最高峰のアイテムと言えるだろう。

 段階としては神器級(ゴッズ)だ。

 異世界転移してから初となる希少なデータクリスタルを用いた超絶アイテムであるだけに、触れたことがあるのは未だ守護者数名のみ。

 当然ながら戦闘メイド(プレアデス)は未接触だ。ましてやアインズ様の御手から直接被せていただくなんて、人間ごときにはありえない至福なのだが……。

 

「各国へ派遣される私の名代に装備してもらおうと思ってな。このサークレットを身につけた者は、アインズ・ウール・ゴウン魔導王の権限を一時的に行使できる。まぁつまり、好き勝手に暴れてきて構わんぞ、というわけだ」

 

「そそそ、そんな大変な秘宝を私なんかにぃ~、だだ、大丈夫なんでしょうか?」

 

 サークレットをそっと頭に載せてもらいながら、エンリは目の回る思いで混乱してしまう。

 どうしてこのような神の宝を頭に載せているのか? 載せた瞬間全身から力が漲ってくるのか? ユリさん達が強い視線を向けてくるのか? エンリには何一つ分かりそうにない。

 

「ははは、何も問題はない。サークレットはただの目印にすぎん。エンリの行動を縛るものではないし、そう簡単に壊れるものでもない。竜王国では思い通りに動けばよいのだ。そなたの行為を咎めるような者は、そのサークレットを装備している以上誰もいないし許さない。……いや、恋人のンフィーレアは別かな? ふはははは」

 

 上機嫌のアインズは、サークレットと血濡れ装備を身に着けたエンリを眺め、隣でオロオロしているンフィーレアを一瞥し、まるで近所のおっさんかと思うような振る舞いでうんうんと頷く。

 アインズとしては、ユグドラシルの新米プレイヤーを好き勝手にコーディネイトしているつもりなのかもしれない。過剰な装備に戸惑う素人は、いつみても面白いし、からかいがいがあるというものだ。

 

「私の用事はこれで全部だ。後はエンリの采配に任せよう。ユリとエントマは、このままカルネ村の防衛任務に付け。ルプスレギナは竜王国へ同行する手筈だったな。現地ではエンリの指示に従い行動するとよい。何か学べることがあるやもしれん。では、さらばだ」

 

「「「はっ!」」」

「はい、アインズ様!」

 

 まるで一陣の風――アインズの場合は国家消滅規模の台風?――であるかのように、魔導王は闇の中へ消え去ってしまった。

 エンリは下着まで魔力に満ちた状態でアインズを見送り、現状の把握に努めようと頭を働かせる。だが、一介の村娘が英雄級の装備で全身を固めるなんてどこの書物にも書かれていないだろうし、吟遊詩人だって歌にしていないだろう。そもそもエンリは文字を勉強中なのであまり読めないし、ってそれは今関係ないか……。

 

「エンちゃん羨まし過ぎっす。アインズ様から装備を下賜されるなんて、私達からすれば嫉妬の対象っす! 特にそのサークレットなんて」

「はいはい、ルプスレギナは静かになさい。エンリ様、何も気にする必要はありませんよ」

「でもぉユリ姉様ぁ、ルプーの気持ちも分かるよぉ。アインズ様の御配慮は理解できるけどぉ、それでも至高の御方から下賜されるなんてぇ」

 

 メイド三人が語るアインズ様の御配慮とは?

 それはまず、血濡れ装備製作にアインズがほとんど関わらなかったことであり、人間であるエンリへの譲渡品にアインズの力が入り込んでいないことである。

 ほんの少しでもアインズの魔力などが加わっていれば、ナザリックの誰もが――特に守護者達が目の色を変えるだろう。決して人間などへ渡そうとは思うまい。アインズの手が少しでも入っている物品なれば、それはナザリックの(しもべ)にとって世界級(ワールド)アイテム以上のレアアイテムと成り得るのだから……。

 サークレットが一時貸与の形式をとることになったのはそのためだ。

 守護者たちにも先に装備させ、決して人間エンリが最初に身に着けるのではない――と配慮を重ねたわけである。

 アインズからすれば「実験的に作製したモノなのだからそれほど気にするまでもない」と言いたいところなのだろうが。

 

「エンリ様はアインズ様の名代として竜王国へ行くのですよ。それなら相応の装備を渡すのは当然でしょう? もし、みすぼらしい装備でエンリ様が格下に見られるようなことがあれば、エンリ様にも竜王国にも不幸な未来が訪れてしまうわ。アインズ様の名代たる方が軽んじられるなんて、アルベド様の耳にでも入ったら竜王国がビーストマンの襲撃より先に消滅してしまうわよ」

 

「ユリ姉、真面目っす。ちょっとからかっただけっす」

「ユリ姉様ったらぁ、久しぶりの勅命だから張り切っているのぉ? それにぃ、アルベド様の件なら大丈夫だと思うよぉ。ルプーが同行しているんだからぁ、その場で殺しちゃえばイイのよぉ」

 

「まったく、この娘たちは……」

 

 残念な思考の妹達にため息を吐いてしまう姉のユリ、――その姿を眺めながら、エンリは己の認識が微妙にズレていることを察する。

 最初は食糧支援だった。そのための軍事支援であり、竜王国救済であったのだ。しかし今や魔導国の代表として、魔導王の名代として出陣することとなっている。

 決して失敗できない役目だ。

 しかも無様な成功すら許されない。求められるのは圧倒的にして優雅、完全無欠にして美麗という大勝利だけである。

 

(ゴウン様は思い通りに、って言っていたけど、わざわざサークレットと武装を持ってきたってことは……そういうことなのかな?)

 

 キャーキャー騒ぐ美しいメイドを眺めながら、エンリは自覚せずして背筋が伸びる。

 ゴウン様に仕えるということがどういうことなのか、――今更ながら身が震えるほどに思い知ってしまう。

 村が潰されるどころの話ではない。

 一歩間違えれば国一つ、何百万人もの人間が死へと至るのだろう。

 ゴウン様が優しく理性的であるからこそ勘違いしてしまいそうになるが、今自分がいる立場は極めて不安定で危ういのかもしれない。

 エンリは己の身を覆っている血濡れ装備へそっと手を触れ、深呼吸を行う。

 

(これ程の支援を頂いておいて失敗なんてできるわけがない。カルネ村の今後にも影響してしまう。絶対……、絶対に竜王国を救わないとっ!)

 

 国宝級の――いや、それ以上の装備を身に纏い、エンリは恋人ンフィーレアとカルネ村の住人たちを見渡す。

 今やゴブリン軍団を加え五千を超える規模だ。もはや開拓村とは言えず、その舵取りも当然ながらただの村とは異なる難しさとなるだろう。一介の村娘には厳しい状況だ。

 しかしそれでも逃げ出すわけにはいかない。

 あの日、妹のネム諸共殺されるはずだった運命に比べれば、ずいぶん恵まれていると言えるからだ。

 助けてくれる人がいる、支えてくれる人がいる、助けねばならない人がいる。そしてゴウン様がいる。ならば不安を感じることなんてない。ゴウン様にはこれから起こる全ての事象が視えているのだから……。

 

 エンリはおもむろに腰の真っ赤なブロードソードを引き抜き、頭上高く掲げる。

 

「カルネ村の皆さん、よく聞いてください! 私はこれよりゴブリン軍団を率い、竜王国の救援へと向かいます。彼の国は食糧の支援を約束してくださっていますので、しばらくお世話になってまいります。その間、畑の管理をよろしくお願いします! 何か手に負えない問題が起きたならば、こちらのユリ様とエントマ様に相談して下さい。以上です! 行動を開始してください!」

 

 エンリの声はよく響き、何故か魂の奥深くまで染み渡るようだ。手に持つブロードソードと籠手(ガントレット)が淡く光っていることからすると、何か魔法の恩恵でも受けているのだろうか?

 着替えのときに聞いた話では、指揮系の能力を拡大強化できるらしいが……。

 エンリとしても己の職業(クラス)についてあまり詳しくないので、籠手(ガントレット)が指揮範囲拡大でブロードソードが指揮下にある個体の能力を強化する――と言われても頭上にハテナマークを浮かべることしかできない。

 そう、ちょうど目の前でゴブリン軍団のレベルが幾つか上昇していたとしても分からないのだ。無論、その範囲がカルネ村を覆うほど広大であることも分かるわけがない。

 

 カルネ村の住人達は、己の身に起こった不思議な現象に戸惑いながらも、各々のやるべきことへと動き出す。

 とは言っても、慌ただしいのは長旅の準備を整えるゴブリン軍団と、留守番組を選定し、前村長と畑や水路の管理について打ち合わせを行うゴブリン軍師ぐらいであろう。

 エンリがやることと言えば、バハルス帝国から来たという女騎士と後回しになっていた挨拶をするぐらいである。

 

「え~っと、レイナースさんでしたね。挨拶が遅れてしまい申し訳ありません」

 

「いえ、魔導王陛下が来られたのですから私のことなど気にする必要はありませんわ。……それにしても、カルネ村は凄いところですねぇ」

 

 何が凄いのかな? っと首を傾げるエンリの前で、レイナースは重い荷物を下ろすかのように深く息を吐く。

 

「一国の王が転移魔法で気軽に訪れたこともそうですけど、神話の世界にしかないような武具を土産のような感じで渡すなんて……、夢でも見ているのかと。最初はゴブリンの屈強さとその数に目を回していたのですけど、そんな驚きは吹っ飛んでしまいましたわ」

 

「あはは、確かにゴウン様は金貨数千枚の凄いアイテムとかを、ポンッとくださいますからビックリしちゃいますね。ここにいるゴブリンさんたちも、ゴウン様のアイテムで召喚された人たちばっかりなんですよ~」

 

 エンリにしてみれば、カルネ村が凄いのではなくゴウン様が凄いと言いたいのだろう。もしかすると驚愕の表情を見せるレイナースに、もっとゴウン様の素晴らしさを伝えたいと思っているのかもしれない。

 

「あっ、申し訳ありません、エンリ将軍。馴れ馴れしく言葉を交わしてしまいまして……。まだ驚きから覚めていなかったようです、平に御容赦をっ」

 

「や、やめてください。将軍なんてゴブリン軍団の皆さんが言っているだけなんです。レイナースさんは帝国の騎士様なんですから、普通に接してください」

 

「それは……」

 

 恥ずかしそうに両手を振るエンリに対し、レイナースはしばし沈黙する。混乱している思考を一旦整理しているようだ。

 

「駄目ですね。エンリ将軍は一軍を率いる大将としての振る舞いを成さねばなりません。私は後方支援部隊の部隊長なのですから、これからは部下としての態度で対応させていただきます」

 

「あ、そうですか……、はい」

 

 しょんぼりとした表情に、寂しそうな口調。

 エンリにとってレイナースは頼れる同性であっただけに、色々相談に乗ってもらおうと思っていたのだろう。

 

「で・す・け・ど、年上の女として協力できることがあれば何でも言ってくださいね。女の身で戦場を駆ける大変さは理解しているつもりですわ」

 

「レイナースさん! ありがとうございます!」

 

「ん~? おかしいっすねぇ。年上の女なら私がいるっすよ。エンちゃん、相談ごとなら私にするべきっす! お姉さんに任せるっす!」

 

 会話に割り込んできたのはルプスレギナだ。

 エンリとの付き合いは結構長いはずなのに、数回しか相談されたことがない――そんな事態に不満を訴えたいのだろうか? それにしてはニヤニヤと意地悪そうな笑顔だが。

 

「ルプスレギナさん、そういえば聞いておくことがありました。私がいつ……、血を浴びるのが趣味だなんて言いましたか?! 酷いです! ゴウン様は完全に誤解していましたよ!」

 

「うひゃひゃひゃ、冗談っす。アインズ様から武具を下賜される、なんて御褒美が羨ましいからじゃないっすよ~」

 

「もおー!」

 

 エンリがドタバタと追いかけ回しても、まるで追いつけない。ルプスレギナはやはり、レッドキャップスが警戒するべき超人だ。

 ゴウン様に仕えるのであれば、メイドであってもこれほどの能力を有しなければならないのかと、エンリは少しだけ呼吸を荒くしながら――村の救世主たる御方の規格外ぶりにあらためて畏敬の念を覚えてしまう。

 ただ、血濡れ装備の恩恵を受け鎧姿で軽々と駆け回るエンリ自身も、端から見れば化け物同然なのだが、そのことを将軍に告げようとする勇気ある者はンフィーレアやレイナースを始め誰もいなかった。

 まぁ、ネムが他の子供たちと一緒に避難したままでなければ、この場にて無邪気に指摘したのかもしれない、多分……。

 




さて、準備は整いました。
これから竜王国までの長旅が始まります。

とはいえ、アインズ様がちょっと転移門(ゲート)開けばすぐなんだけど……。
まぁ、可愛い子には旅をさせろと言いますしね。


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