覇王炎莉のちょこっとした戦争   作:コトリュウ

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英雄の凱旋。
それは歴史に残る大イベントだ。
多くの吟遊詩人が歌にし、画家が数多の場面を描き出すだろう。

血濡れのエンリ将軍。

彼女は後世に、どのような伝説を残すのだろうか?
いや――もしかすると、今回の騒動は……始まりなのかもしれない。



第21話 「むぅーりぃーでぇーすぅー!」

 城壁の上、そして外にまで溢れ出す住人たち。

 エンリを含むゴブリン軍団の姿に気付いて歓声を上げ、手を振り出す人の山。

 兵士も一般人も、冒険者も商人も関係なく、まるで英雄の一行を迎え入れるかのようなお祭り騒ぎだ。

 見れば音楽隊のような者たちまで集まりだし、花吹雪を撒く者まで出始めている。

 

「ちょっと、これって大袈裟な」

 

「なに言ってんすか? 滅びかけていた国の救世主なんすよ。もっと胸を張るっす」

 

「そうだよエンリ。僕たちはゴウン様の名を背負っているんだからしっかりしないとっ」

 

「そ、それはそうだけどっ!」

 

 ンフィーの言い分には反論の余地なんてない。でも救世主なのはゴウン様であって自分ではないと思う。称賛を浴び、感謝を捧げられるのはゴウン様であるべきだ。

 だからエンリ自身、感謝の言葉を捧げてくる群衆の中を、パレードのように進むのには気が引けてしまう。

 

「ほら、エンリ将軍殿、手を振るでござるよ。英雄の凱旋でござる!」

 

「は、はい!」

 

 騎乗魔獣に促されてぎこちなく手を振るのはあまり英雄らしくないが、まだ成り立てなのだから仕方がないだろう。

 それでも血に塗れた装束に黄金の輝きを放つサークレット。若く美しい女将軍が伝説の魔獣に跨り、竜王国国民へ手を振るその姿。それはどう控えめに見ても、物語に登場する大英雄そのものであろう。十三英雄に匹敵――いや、どんな伝説にも勝る神話級の存在だ。

 どこかの大墳墓に骸骨魔王様でもいるのなら、それを倒しに行く選ばれた勇者に違いない。

 まさしく人類の希望。

 竜王国だけに留まらない、世界の救世主である。

 

「(ん~、でもここの人たちって、最初にきたときゴブリンさんたちを怖がって中へ入れようともしなかったのになぁ。ビーストマンを倒したから大歓迎って……あっ、そういえば私もゴウン様を最初に見たとき、凄く怖がって……いたような?)」

 

 あまりの恐怖で記憶が曖昧になっているものの、エンリも人のことを非難できた立場ではなかったと思い出してしまう。

 今でこそゴウン様を大恩人だと思っているが、それはカルネ村を救ってくれたという事実がそこにあるからだ。ならば竜王国の人たちと何が違うというのだろう。

 少しばかり反省の血濡れ将軍であった。

 

「おかえりなさいエンリ将軍!!」

「ビーストマンを追い払ってくれてありがとう!」

「命の恩人だ! もう駄目かと思ってたんだよっ!」

「ゴブリンの皆様! 怖がってごめんなさい!」

「エンリ将軍万歳! 我らが大英雄!!」

「美しき戦乙女! 新たな竜王国の守護神だっ!」

「救国の英雄、エンリ将軍に感謝を!」

 

 竜王国首都の大正門を潜り大通りを進めば、いたる所から感謝の言葉が注がれる。

 エンリ将軍をはじめとするゴブリン軍団の皆は花吹雪で覆われ、花束やアクセサリー、串焼き・肉巻き・揚げ団子などの差し入れを半ば強引に持たされて、困惑しながら進むばかりだ。

 中でも、エンリ将軍に対する女性陣の声援は圧倒的と言えるだろう。

 強く美しく、ゴブリンと共に戦場へ赴き、それでいて粗野なそぶりは微塵もない。まるで物語から抜け出た白馬の騎士であるかのよう。

 騎乗しているのが森の賢王であったり、性別が女であったりするのはこの際どうでもイイ。重要なのはその凛々しい瞳と圧倒的なカリスマ。

 それだけで世の女性は熱狂するのだ。

 

「エンちゃん、モテモテっすね~。それに比べてンフィー君はなにやってんすか? イマイチ目立ってないっすよ?」

 

「そ、そんなこと言われても、僕はこういうの苦手だし……」

 

「ンフィーったら、さっきは私にしっかりしろって言ったくせにっ。ズルいわよ」

 

「あわわ、ご、ごめん」

 

 少し八つ当たり気味にンフィーレアへ文句を放ち、エンリはクスッと微笑む。

 なんとまぁ平和なのだろう、エンリは今までの血生臭い戦場から抜け出せたのだと、群衆に囲まれたこのときになってようやく実感していた。

 長かったような短かったような、ビーストマンとの戦いは緊張の連続で、村娘には辛いモノであったと思う。ゴウン様の力を多分にお借りして尚こんな状態なのだから、自分たちだけで戦争なんか起こした日には、いったいどれほどの絶望を味わうことになるのか?

 想像しただけで身が縮こまる。

 

「おぉっ、エンリ将軍、待っていたぞ! ビーストマンの大軍勢を撃退したこと、竜王国を代表して感謝申し上げる! 将軍殿とゴブリン軍団の功績には、竜王国の全てを差し出してでも報いる用意があるぞ! もちろん私の身体もお主のモノだ!」

 

 王城から駆けてきたのは、白いワンピース姿の女の子――竜王国の女王様であった。

 大騒ぎで歓待する民衆の有様に引っ張られているのか? 興奮と共に口から零れ出すのは、とても一国の責任者が語るべき内容とは思えない。

 というか、幼い女の子が自分の身体を差し出すという考えにどうして至るのか?

 エンリとしては、女王様に対する情操教育に疑念が湧き出すばかりである。

 

「女王陛下、ただ今戻りました。ビーストマンはことごとく打ち倒しましたので御安心ください。詳しくは後ほど」

 

「そうだな、まずは身体を休めてもらいたい。報告はその後で聞くとしよう。よし、エンリ将軍とゴブリン軍団の方々に食事の用意だ! 面倒な業務は明日に回せ!」

 

「「はっ!」」

 

 戦時中ゆえに贅沢は禁止されていた竜王国であったが、このときばかりは無礼講なのであろう。全国民と全兵士のために国策として備蓄していた食糧を、ここぞとばかりに大盤振る舞いである。

 もっとも想定していた以上に国民が食われてしまったことで、本来ならあるはずのない余剰分の食糧をゴブリン軍団へ提供できるのだから、何とも皮肉な話であろう。

 一国の女王としては喜んでイイのかどうか……。

 まぁ、全国民がビーストマンの腹の中へ収容される未来に比べたら、何百倍もの幸運を授かったと言えるのだろうが。

 

 竜王国の女王は子供らしくエンリ将軍に抱っこをねだり、民衆の見つめる中で抱きかかえられた。そして笑顔のエンリ将軍と共に国民へ手を振り、分かりやすい事実を振り撒く。

 それはそう、エンリ将軍と竜王国女王は仲良しで、これからも協力関係にあるということ。ビーストマンの退治が済んだらさっさと立ち去り、無関係な立場になってしまう――そんなことは無いと示しているのだ。

 エンリ将軍に幼い女王が抱っこされている姿は、説明など不要なほどに分かりやすい。まるで最初から姉妹であるかのように完成された光景である。

 恐らく何人もの宮廷画家が後世に残すことになるだろう。魔導国と竜王国の関係性を一目で表す、非常に価値のある一枚絵になるに違いない。

 エンリ側としては利用された感じも否めないが、当のエンリは幼い女王に妹のネムを重ねているので、抱きかかえている両手に親愛の情が溢れんばかりである。

 

 ただ……エンリには駆け引きなど不要だ。

 

 なぜならエンリのカリスマはこのとき、竜王国首都の全域を覆っていたのだから……。

 血濡れ装備で範囲拡大、能力強化、そして戦争を経験したエンリ自身のレベルアップ。もはや英雄の領域を超えているのだろう。逸脱者と言えるのかもしれない。

 竜王国の国民は、すでにエンリ将軍の虜なのだ。

 女王も例外ではない。

 

 この日、竜王国の全国民、そして将軍に付き従うゴブリン軍団は、歴史の節目に遭遇したのだと確信していた。

 幼き女王を胸に抱く、全身血濡れの女将軍。

 サークレットからはあまりに美しい黄金の輝きが放たれ、まるで神話の世界であるかのよう。

 微笑むエンリ将軍の姿は、神に遣わされた聖なる乙女そのもの。

 超常なる力が世界を満たす。

 

 誰もがこの日のことを語るだろう。『救世主、エンリ将軍御光臨』――と。

 

 

 ◆

 

 

 大墳墓の地上部分にはログハウスが設置されている。これはナザリックの受付のようなものであり、一種の囮的な役目も担うモノであった。

 いつもならその場所には、戦闘メイド(プレアデス)の誰かが詰めているはずなのだが……。今日は何故か大墳墓の頂点たちが集まっていた。

 

「ふむ、これで一連の実験は終わりだな。まぁ、中々面白かったと言いたいところだが、成果という面ではイマイチだったか?」

 

「実験体のレベリング関連とビーストマンの素材収集は、満足のいくものであったと思いますわ。ですが」

「戦争偵察にきたのが“カルサナス都市国家連合”だけとは拍子抜けでした。見物(けんぶつ)だけなら飛竜騎兵部族や牛頭人(ミノタウロス)もおりましたが、彼らは分析もせずに見ているだけです。なんとも嘆かわしい」

 

「“アーグランド評議国”ガ姿ヲ見セナカッタノハ意外デアッタ」

 

「ほ~んと、あの鎧野郎がきたら私の魔獣でふんじばって、今度こそアジトを吐かせてやろうと思っていたのに~」

 

「お、お姉ちゃん、あの鎧は操り人形だから無理だと思うけど……」

 

「匂いでありんしょう? 評議国周辺で鎧に付着した匂いを辿れば、探し出せると思ったのではありんせんか?」

 

「へ~(なんか変な血でも吸ったのかな?)」

「(そ、それはちょっと可哀想だよぉ、お姉ちゃん)」

「(この前の女子会で反省したのでしょ。まぁ、何をしてもこの私には)」

「よい着眼点だな。自分なりに色々考えてみるのは悪くないぞ。私としても望むべき方向性だ」

 

「あぁぁ、嬉しい御言葉でありんす。我が君……」

 

「うむ。とはいえ肝心のプレイヤーが出てこないのでは、な」

 

「はい、確かに意外でした。これだけの大戦争ならば召喚モンスターの一体でも偵察に寄こすと思っていたのですが……。此方にバレたとしても切り捨てるなり釣り餌にして罠にかけるなり、相手側が損をするようなことは無いはずです。それなのにニグレドやパンドラの警戒網に反応がないとは」

 

「姉さんの探知に引っかからない相手かもしれないわ。隠密特化型の御方のような」

 

「至高ノ御方ニ匹敵スル隠密能力ダト? ソレハ流石ニ不敬ナ考エデハ?」

 

「だよね~、私のフェンでも発見できないレベルだもんね~」

 

「で、でも、昔ナザリックに攻めてきたプレイヤーは凄かった……よ?」

 

「それを言われると辛いでありんす。真っ先に倒されんした私としては」

 

(おいおい、また落ち込むのはやめてくれよぉ。ん~、でも過去の千五百人防衛戦に関する記憶は一応残っているんだな。トラウマをほじくり返すようであまり聴こうとは思ってなかったけど、今度じっくり……。いや、それよりプレイヤーの件だな。今回の戦争にまったく興味を示さないなんて想定外なんだけど、どうしたものか)

 

「プレイヤーの件ですが、考えられる可能性として『戦力不足のためにその存在すら隠匿しておきたい』というのは如何でしょう? 過去に存在したプレイヤーの中には、“口だけの賢者”のようにギルド拠点を持たず単体で活動していた例もあります。故に見つからないように隠れている。囮を使って罠にはめるなんて考えてもいない。強大な戦力を抱え持つ我らナザリックとは対照的と言えるでしょう」

 

「あら、相手が弱いと予測するなんて危険な考えね。それなら“カルサナス都市国家連合”の偵察隊を帰り道で待ち構え、記憶を覗いて情報をもらおうとしている、と考える方がマシじゃないの? ある程度の知能は備えている、と推定すべきだわ」

 

(うわあぁぁ~、俺が昨晩から考えていた策謀なのにぃ……。自ら偵察隊を出すことなく情報を集めるのなら、他の部隊から拝借するだろうと、結構ドヤ顔で発表するつもりだったのに~。それを「ある程度の知能」って……まぁ、恥をかかなくてよかった、か?)

 

「ふ~ん、後ろでコソコソしているのは好きじゃないなぁ。っで? その“カルサナス都市国家連合”の偵察隊には見張りをつけているの? なんなら私の魔獣を送り込むけど?」

 

「大丈夫ですよ。今回の戦争を覗いている全ての者たちは、我が隠密悪魔部隊の監視下です。無論、監視している(しもべ)が排除されても即座に対応できる体制を整えています。まっ、私としてはちょっかいを掛けてきてほしいと思っているのですがね」

 

「そ、そのときは僕も協力させてほしいですっ」

 

「私モ参戦デキレバト思ウノダガ……」

 

「私は転移門(ゲート)が使えんすから当然先鋒でありんしょうねぇ」

 

(やれやれ、みんな血の気が多いなぁ。この調子だと、プレイヤーが現れても平和的話し合いに持っていくのは大変そうだ。こっちとしては同じユグドラシルプレイヤーとして協力関係を築きたいと思っているのに……。もっともスレイン法国みたいに子供達を傷付ける相手なら、皆殺しで構わないだろうけど)

 

 ログハウスの中では、いつ終わるともなく物騒な話し合いが続いていた。

 ただ各守護者たちは、比較的窮屈なログハウスの中で思いがけず距離が近くなった至高の御方との会議を早々に終わらせたくはなかった、のではないだろうか。

 特に両脇の席を陣取っていた王妃らなどは……。

 

 ちなみに当直だったシズは脇に控えながらも御機嫌だった。

 無表情ゆえに分かりにくいが、至高の御方と長き時間同室であるということを「一日当番」のごとく喜んでいたのだろう。

 外への任務がないからこそ、彼女にとっては御褒美だったのかもしれない。

 

 

 ◆

 

 

 大盤振る舞いともいえる食事に久しぶりの入浴。夜はふかふかのベッドで、横に恋人がいることも忘れて即熟睡である。エンリにとってはお姫様扱いされているようで、翌朝起きて朝食に舌鼓をしているあいだも夢心地であった。

 だが、夢は必ず覚めるもの。

 竜王国女王の発した一言が、エンリを地獄へと叩き落とすのだ。

 

『正午頃、城の中庭に国民を集めるつもりだ。エンリ将軍にはそこで演説を行ってもらいたい』

 

「むぅーりぃーでぇーすぅー!」

 

 演説なんて冗談じゃない!

 中庭には一万人近く集まるって話だし、そんな人たちの前で何を話せっていうのよ!

 エンリはそうンフィーレアに愚痴を吐くと、そのまま自室へ立て籠もってしまった。

 誰も入れるな――と(あるじ)から命令されたレッドキャップスが部屋の全方位を固めてしまったので、ンフィーレアとしては扉を叩いて説得するしかない。

 

「エンリ、演説って言っても少し話をするだけだよ。今回のビーストマン討伐について簡単に説明すればイイんじゃないかな?」

 

「そ、それならンフィーでも大丈夫じゃない! 第一、バルコニーに立って何千人もの人達の前で説明って……紙に書いて配った方が分かりやすいでしょ?!」

 

「ま、まぁ、みんなエンリを一目見たいってことなんだと思うよ」

 

「も~、昨日帰ってきたとき見たでしょ~?」

 

 説得状況は芳しくないようだ。

 中庭には既に多くの国民が集まっており、エンリ将軍を呼ぶ声が響いてくる。群衆は中庭の外にまで溢れ出し、今なお増加中だ。まるで竜王国に住まう全ての者たちが駆けつけようとしているかのように……。

 内側城壁だけでなく、見えるわけもない遥か遠くの外側城壁にまで多くの人々が登り、今か今かと稀代の英雄、エンリ将軍の登場を待ち望んでいた。

 

「挨拶だけでもイイからさっ。ねっ、エンリ。部屋から出てきてよ」

 

「うそ! 挨拶だけで済むはずないじゃない?! 流れのままに演説するようになるんでしょ? でも私、何を言えばいいのか頭真っ白だよ~!」

 

「……」

 

 気持ちは分かるけど――なんて思いつつも、女王から「何としても連れてきてほしい」と懇願されたンフィーレアとしては頭が痛い。恋人に無理を強要するのは御免だけど、幼い女の子に涙目でお願いされては断るのも難しい。

 ンフィーレアは最後の希望とばかりにレッドキャップスへ視線を向けるが、ゴブリン軍団にとってエンリの命令は最上位。よって部屋の中へ入れてくれるわけもなく、エンリを連れ出してくれるわけもない。

 可能性があるのはルプスレギナぐらいだろうと思うものの、当の本人はさっさとバルコニーへ赴き、群衆を上から眺めてニヤニヤしているだけだ。協力を仰ぐのはほぼ不可能だろう。

 まぁ本気でお願いすれば「嫌がるエンちゃんを無理やり連れ出すなんて最高に面白いっす」と悪い意味で手を貸してくれるのだろうが。

 その場合は恋人関係に亀裂が入ること間違いない。

 ンフィーレアは、本日何度目になるか分からない深いため息を吐くしかなかった。

 




違った意味で追いつめられるエンリ将軍。
時間は無いし、助言をくれる相手もいない。

アインズ様のダンス教室みたいに事前練習は無理だぞ。

さぁどうするエンリ将軍?
魔導王の名代なんだから逃げられないぞ!

次回、最終話にてエンリの勇士をご覧あれ!

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