覇王炎莉のちょこっとした戦争   作:コトリュウ

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心強き相談役の女騎士様。
戦場を知っている同性ってありがたいものです。

流石は皇帝陛下。
決断の速さといい、心遣いといい……。
魔導王陛下の友だけのことはありますね。



第2話 「カルネ村へようこそ」

 エンリは見張り用の(やぐら)へ昇り、砂煙が舞う東方へ視線を向ける。

 そこに見えるは確かに多数の大型馬車、というか荷物満載の荷馬車がカルネ村へ直進している姿があった。

 荷馬車隊の先頭を馬で駆けているのは、全身鎧(フルプレート)の――どう見ても騎士にしか見えない細身の人物。距離があって紋章までは確認できないが、エンリの脳裏に浮かぶ形は一つしかない。

 

「東からやってくる騎士って……、まさかバハルス帝国?」

 

「エンリ、あれは普通の荷馬車じゃない。戦争仕様の輸送部隊だよ。でも……」

 

 ンフィーレアの言葉に身を固くするエンリであったが、彼が口にしようとした疑問に気付いてハッとしてしまう。

 そう、見えるのは四頭引きの大型荷馬車だけなのだ。兵士が数名乗っているようではあるが、それ以外の兵士や騎士が見えない。

 戦争で用いる頑強な荷馬車と軍馬だとしても、それ単体ではタダの的だ。

 周囲を護る兵士がいるからこそ物資輸送部隊としての仕事を全うできるのであり、今カルネ村へ向かってきている部隊のように無防備であるなら、襲ってくれと言っているようなものなのである。

 

「そんなに警戒しなくっても大丈夫っすよ~」

 

「えっと、ルプスレギナさんは何か御存じなんですか?」

 

「知っているというか、こっちから頼んだというか、あぁほらっエンちゃん、先頭の騎士がやってくるっすよ」

 

 緊張感などまったく無いのんびりした調子で櫓へ昇ってくるルプスレギナは、何やら事情を知っている口調であったが問い詰めている時間はなさそうだ。

 荷馬車隊の先頭を駆けていた騎士が、エンリ達の動きに気付き近寄ってくる。

 

「突然の来訪失礼いたします! 私はバハルス帝国四騎士が一人、レイナース・ロックブルズ! 皇帝陛下の命により、竜王国遠征の支援物資をお届けに参りました! なお、我ら二百名はこのままエンリ将軍の下に付き従い、支援部隊として行動させていただきます!」

 

「……は? えっ? ちょっ、ちょっと待ってください!」

 

「エンリ将軍はどちらにおられる? 御目通り願いたい!」

 

 私ですけどぉ、とエンリは口にしそうになったが、それよりバハルス帝国の意図が不明で頭が混乱してしまう。

 エンリが竜王国遠征の話を聞いたのは今朝なのだ。

 それなのにバハルス帝国の騎士が支援物資を持って駆け付けるなんて――相手が綺麗な女騎士であることにも驚きだが――いったい何がどうなっているのか訳が分からない。

 

「レイちゃ~ん、こっちの子がエンちゃんっすよ~。間違えると素手で頭を潰されるから注意するっすよ~」

 

「レ、レイちゃん? あっ、いえ、失礼しました! エンリ将軍、初めてお目にかかります。私のことはレイナースとお呼びください!」

 

「ちょっとルプスレギナさん、変な誤解を受けちゃいますよっ。あっとレイナースさん、支援物資の輸送ありがとうございまーす。ですけど、どうして皇帝陛下は物資を送ってくださったのですか? 私は何もっ」

 

 櫓から身を乗り出して問いかけるエンリには、本当に心当たりがなかった。というより、ただの開拓村に物資を送ってくる皇帝陛下なんてどこにいるというのか? しかもカルネ村は魔道国の支配地域だ。輸送部隊とはいえ、近付くのはあまりに危険であろう。

 

「はい、エンリ将軍。物資の件は魔導王陛下から依頼があったと聞いております。竜王国を救援するとの勇ましき行動に、我らが皇帝陛下もすぐさま支援を決定され、私が参った次第であります」

 

「ゴウン様……(私が断ったらどうするつもりだったのかな?)」

 

「あ、あの、なにか不都合がありましたか?」

 

「いえいえ、なんでもありません! ありがとうございます! 本当に助かります!」

 

 ゴウン様は最初から、エンリが食糧支援をお願いしたその時から、あらゆる手筈を整えていたのでしょう。もちろん、エンリが竜王国への出陣を決意することも承知していたはずです。

 最初から何もかもお見通しの智謀には、エンリとしても身震いを感じずにはいられません。

 ただ……、これだけは言わせてほしい。

 レイナースさんが持ってきた物資を、そのままカルネ村への食糧支援にしては駄目なのでしょうか、と。

 そうすれば竜王国へ行く必要もないのに……。

 ええ、分かっています。そんなことをしたら、竜王国でビーストマンに襲われている人たちは助からない。ゴウン様はそのことも考慮しているのでしょうけど……。

 元村娘としては、楽な生き方を選びたくなるものなのです。

 

「はぁ」

 

「エ、エンリ? とりあえずあの騎士様に入ってもらって、ゴブリン軍師さんと部隊の編成を話し合ってもらおうよ。僕達も挨拶しておきたいしさ」

 

「そう、ね。入ってもらいましょう……ん?」

 

 本当なら、バハルス帝国の紋章を村の中へ入れたくはない。別の国の陽動であったと教えてもらっていても、私の両親を含む村の住人を殺したのは、バハルス帝国の紋章を備えた騎士なのだから……。

 ンフィーはそのとき村の住人でなかったから抵抗はないのだろうけど――いや、声が弾んでいるのは騎士様が美人だから? ちょっと気になる。

 

 

 

 

「エンちゃん、アインズ様がいらっしゃいます。平伏を」

「えぇ?! 今すぐですか? 私、作業服のまま――」

 

 櫓を降りたエンリを待っていたのは、ルプスレギナの平坦で冷たい宣告であった。

 今のエンリはみすぼらしくはないものの、魔導国の王様を迎えるにはまったくもって相応しくない姿なのだ。

 ゴウン様ひどい! と心の中で叫ぶくらいは許されるだろう。

 

 迷いは一瞬。

 そして平伏するエンリに従い、ンフィーレア、村の住人、ゴブリン軍団、戸惑い気味のレイナースがその場で膝をつく。

 なおゴブリン軍団は魔導王に平伏する必要などまるでないのだが、(あるじ)たるエンリが従属の意を示していること、(あるじ)の安全を第一に考え魔導王の反感を買わないようにすること、などを考慮すると、その場で突っ立っているわけにもいかない。

 恐らく不敬な行為は、魔導王が許しても配下の者たちが許さないだろう。五千のゴブリン軍団が瞬きする間に消え去ってしまう――メイドであるルプスレギナを見ていれば、そんな光景が頭をよぎる。

 魔法一発で死亡した王国兵数万人、その事実を知るだけで、ゴブリン軍団としては(あるじ)の安否を祈らずにはいられない。盾にもなれない現実は、戦う以前の問題なのだ。

 

 カルネ村に漂う一時の静寂。

 現れたるは闇。

 大きく広がる闇の扉に、ルプスレギナは跪く。

 

「お待ちしておりました、アインズ様」

 

「出迎えご苦労、ルプスレギナ。……ん、なんだ? 全員集まっているようだが、何か集会でもあったのか?」

 

「いえ、ちょうどバハルス帝国の物資が届いたところだったので、集まっていただけです」

 

「それは良いタイミングだ。……久しぶりだな、エンリ、ンフィーレア」

 

「はい、魔導王陛下。カルネ村へようこそ」

「ま、魔導王陛下。よ、ようこそ」

 

 エンリの正面に姿を見せたのは豪華なローブに身を包んだ骸骨だ。以前のように仮面で顔を隠しておらず、捻れた蛇の杖も持ってはいない。だがその優しげな声で本人だと、カルネ村を救い現時点に至るまで支援を続けてくれている大恩人であると認識できる。

 

「ああ、頭を上げても構わんぞ。それに私のことはアインズでよい。今回は非公式な訪問だし、いきなり来たわけだしな」

 

「分かりました、アインズ様。でも、あのっ、御一人なのですか? 護衛の方とかはいらっしゃらないのですか?」

 

「ん? そうか、一人に見えるか? あぁ、気にするな。何も問題はない」

 

 一国の王なのだから一人で村の訪問とかはよろしくない、そんなことはエンリにだって分かる。だけどさすがに、森の中に闇妖精(ダークエルフ)の双子がいるとか、十数体の忍者系モンスターがウロウロしているなんて察知できるわけがない。

 カルネ村最上位のレッドキャップスですら認識できないのだから、エンリにはどうしようもない領域なのだ。

 

「それで竜王国救援の件なのだが、承諾してくれて嬉しい限りだ。『誰かが困っていたら助けるのは当たり前』なんて綺麗事と思われるかもしれないが、手の届きそうな範囲は助けてやりたいからな」

 

「はい、私自身もアインズ様に助けていただいた身ですから、竜王国の窮状も他人事とは思えません。必ずや良い結果をアインズ様に……」

 

「ふふ、その落ち着きに佇まい……。もはや村娘の面影は微塵も無いな。村長としても風格があり過ぎる。さすがはエンリ将軍」

 

「ア、アインズ様?」

 

 何やら機嫌が良さそうなアインズを前にして、エンリは戸惑うばかりだ。

 将軍と呼ばれるのは既に諦めの境地ではあるが、まさか大恩人にまで呼ばれてしまうとは……。穴があったら入りたい、とはこのような心境のときに使うのだろう。

 

「さて本題に入るとしようか、今日私がきたのはエンリを――そうだな、着飾るためにやってきたのだ」

 

「えっ? あ、あの」

 

「ユリ、エントマ。例のモノを此処へ」

 

 目を白黒させるエンリを余所に、闇の扉から姿を見せたのは面識のあるユリ、そして可愛らしい風貌の小柄な女性、加えて鎧を着込んだ一体のマネキンであった。

 エントマと呼ばれた小柄な女性が抱え持つマネキンは、部分鎧と呼ばれる金属製の鎧を着込んでおり、まるで防具屋に陳列されている商品のよう。

 兜だけは見当たらないが、他は――胸甲板(ブレストプレート)籠手(ガントレット)鉄靴(サバトン)すね当て(グリーヴ)肘当て(クーター)前当て(フォールド)などなど一式揃っているように見える。

 全身鎧(フルプレート)よりは覆っている箇所が少なく防御力に劣るが、その分軽くて動き易い防具であると言えよう。無論、革鎧に比べれば重くて頑丈である。

 

 とはいえ、エンリにとっては鎧の種類なんかどうでもイイ。気になるのは鎧の、そのあまりに異常な色だ。

 真っ赤っか。

 いや、ただの赤ではない。人間の新鮮な血の色だ。しかも鎧の表面をヌメヌメと流動しているのにどこからも零れ落ちていない。

 見たままで言えば、血まみれの鎧だ。人の新鮮な血を浴びて――、浴び続けている鎧である。あまりのリアルさに、エンリの鼻には血の臭いが漂ってきそうだ。

 

「ふははは、驚いたようだな。そう、この鎧はエンリのために作られた鎧だ。いや~中々大変だったらしいぞ。全身に血を浴びるのが趣味だと聞いたから魔法で表現させてみたのだが、鮮血の色合いが絶妙でな。フールーダも苦心したそうだ。私はまぁ、五種類の中から選んだだけだからたいして苦労はしてないが」

 

「あのぉ、アインズ様。私が血を浴びる趣味を持っているって、何方(どなた)から聞いたのですか?」

 

「おっと、これはすまない。年若き女性の趣味を公言すべきではなかったな。しかし大丈夫だ。ルプスレギナから聞いたときは確かにビックリしたが、私はアンデッド。血肉飛び散るスプラッタな趣味でも否定することはない。堂々としておればよいぞ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 後で絶対ルプスレギナさんへ文句を言おう、そんな決意を胸に秘め、エンリはぎこちなく笑った。

 経緯はどうあれ村の救世主が作ってくれた物なのだ。最初から拒否も否定も有り得ない。

 

「この鎧は元々、現地鉱石のみでどの程度の鎧を作成できるか? という試みで、ナザリックの職人とフールーダ達に研究させていたモノなのだ。目指していたのは伝説級(レジェンド)だったのだが、結果としてはギリギリ聖遺物級(レリック)。耐久力だけならそれ以下かもしれん。まぁ、フールーダとその弟子である魔化研究班が、儀式魔法を使って限界まで強化しているからな。ビーストマン相手には充分だろう。……おっと、剣もあったはずだが、ユリ?」

 

「はい、此方に用意してございます」

 

 アインズの言葉は理解できないものが多いが、最後の一言には嫌な予感しかしない。

 エンリの予想通り、ユリが持ち出してきたブロードソードは血塗れだった。というか、血塗れに見えるような魔法処理がなされていた。刀身まで疑似鮮血でヌメヌメと滴り、使用済みであるようにしか見えない。

 

「ではさっそく着てみるといい。ユリには新しいインナーと下着、それにアクセサリーも持たせてあるから、この際全部一新すると良いだろう。さぁ、ユリ、ルプスレギナ、エントマ。エンリの着替えを手伝ってあげなさい」

 

「「「はっ」」」

 

 はへぇ? っと妙な言葉を発すると同時に、エンリはルプスレギナに抱えられて自宅の方へ連れ去られてしまう。

 もちろんゴブリン軍団としては後を追いかけるつもりだったのだが、その場から一歩も動くことはできなかった。暗殺隊もレッドキャップスも、魔導王の一睨みで自分の首が飛んでいく光景を想像してしまったからだ。いや、自分の首だけなら構わず走り出したのかもしれないが、問題はその責がエンリ将軍に及んだ場合であろう。

 下手な真似はできない。

 今はまだ、エンリ将軍に危害が及ぶ段階ではない。

 ゴブリン軍団は、主の傍にいないことが主を護ることになるのだと、身を抉られるような心境に沈むしかなかった。

 

 一方、アインズには睨んでいるつもりなどまったくない。

 ただ、エンリの着替えを覗く不届き者はいないだろうな、とクギをさしたつもりなのである。

 お父さんである。

 保護者である。

 そういうことである。

 




『血濡れ』になった原因はルプスレギナ?

うむむ、本当の困ったメイドさんですねぇ。
でも大丈夫、根拠の無い噂ならすぐに消えるでしょう。

そう――ただの噂なら、ね。

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