覇王炎莉のちょこっとした戦争   作:コトリュウ

12 / 22
守りから攻めへ。
ビーストマンを竜王国から追い出すための第一手。

しかしそう上手くはいかない。
ビーストマンも必死の抵抗を見せてくる。

はたして新米将軍の采配や如何に?



第12話 「弱そうな骨だなぁ」

 占拠された三都市のうち、要となるのは中央の副首都だ。

 他の二つは軍事拠点として使用するには不適格なので、奪還作戦の優先順位は下位となる。攻撃が容易だと思って奪還しても、今度は護りにくい拠点をエンリ達が背負うことになってしまい、ゴブリン軍団が足止めされてしまうからだ。

 だから次の攻撃目標はビーストマンが侵攻の拠点としている副首都とする。

 この重要拠点さえ落としてしまえば、他の二都市に関しても攻略は容易となろう。いやむしろ攻め易い二都市にビーストマンが集まってくれた方が、殲滅戦として効率的かもしれない。

 

「それがですね姐さん、ちょっと問題がありやして……」

 

 野営地に建てられた作戦会議用テント――そこでは偵察たちを率いて先発していたジュゲムが報告を行っていた。

 

「問題というと、やはり数ですか? 立て籠もっているのは三万ぐらいだと予想しましたけど、五万ぐらいいましたか?」

 

「いえ、暗殺隊に確認してもらいやしたが、ニ万五千から多くても三万程度かと」

 

「ふ~ん、んじゃなんすか? この私より強いビーストマンでも現れたっすか?」

 

「あんたより強いなんて想像したくもないですね、ってそうじゃなくて、副首都の近くにかなり大きな砦がありやしてね。そこに一万ぐらいのビーストマンがいるみたいなんですよ」

 

「砦、ですか?」

 

 ジュゲムの言葉に、エンリは上手く反応できなかった。

 砦があると何が問題なのだろう、副首都と一緒に攻めてしまえばイイのに、っとそんな感想しか出てこないのだ。

 

「ほっほっ、都市の近くに別動隊とは……。拠点攻略時に背後を襲うつもりなのでしょうなぁ。とはいえ砦の方を先に攻めても、今度は都市から部隊が飛び出してきて背後を突いてくる」

 

「そ、それじゃ、砦と都市を同時に攻めたら?」

 

「ンフィーの兄さん、それだとただでさえ少ない手勢が更に少なくなっちまいますぜ。今度は平地での合戦も予想されますから、ゴブリン軍団を分割するのは……」

 

 軍師とンフィーとジュゲムの会話を横で聞きながら、エンリは素直に感心してしまう。

 近くにある二つの拠点のどちらかを攻めたら、もう一方が背後から攻めてくる、なんてエンリはまったく考えていなかった。普通に砦の部隊は砦の中に、都市の部隊は都市の中に立て籠もっているものだと思い込んでいたのだ。

 このままエンリが軍勢を進めていたら、ちょっとした――いや、結構な問題になっていたかもしれない。

 エンリとしては「戦争の経験なんてないのだから仕方ないでしょ」と言い訳したくなるが、ビーストマンの思惑を軽々看破するゴブリン軍師を前にすると「最初から分かっていましたよ」と言わんばかりに難しい表情を見せるしかない。

 

(うぅ、このままだといつかボロが出そう。誰かに指導者としての訓練をしてもらわないと……。帰ったらゴウン様に相談してみようかなぁ)

 

「で、どう思いやす? 姐さん?」

 

「んえっ? え? な、なにかな?」

 

「ほほっ、お疲れですかなエンリ将軍。今回はこちらが攻め込む番ですから時間に余裕はありますぞ。ゆっくり休まれては?」

 

「だ、だいじょうぶです。話の続きをお願いします」

 

「えっとね、エンリ。砦の軍勢を誘き出すために、囮の部隊で都市に攻撃を仕掛けるしかないかと思うんだけど……。どう思う?」

 

 ンフィーレアは盤上の駒千人分をゴブリン軍団の中から動かし、都市の前まで持ってくる。それはゴブリン軍団の一部を囮として攻め込ませ、都市と砦から出てくるビーストマンに挟撃されることを意味していた。

 

「駄目よ! 相手は三万と一万なのよ! そんな大軍に平地で挟まれるなんて、全滅しちゃうわ!」

 

「それはまぁ、姐さんの言う通りなんですがねぇ」

 

「エンリ将軍の加護も無い状況ですからなぁ、レッドキャップスが奮闘したとしても大きな痛手を受けることでしょう。ですが……」

 

 ゴブリン軍師が続けようとした言葉は、なんとなくエンリにも理解できた。

 恐らく「他にどんな手が?」と言いたかったのだろう。少ない兵を分割して囮に出すなんて、先程ンフィーレアが述べた部隊を分けての両面攻撃同様、下策なのは百も承知なのだろうが、放置して本隊が挟撃されるよりはマシだと考えているのだ。

 (あるじ)たるエンリを危険に晒すぐらいなら千でも二千でも命を捧げる、そんな想いが滲み出ている作戦は、エンリとしても受け入れ難い。

 ゴブリンたちはもはや家族同然なのだから。

 

「なにか……、他に何か囮にできそうなモノはないのかな? 森の動物とか?」

 

「エンリ、動物を何千匹も捕まえるのはさすがに。むしろビーストマンは食糧が増えて喜ぶんじゃないかな?」

 

「んむむむぅ」

 

「エ~ンちゃん、イイこと思いついたっす! ハムスケを呼ぶっすよ!」

 

「え? ハムスケさんですか?」

 

 頭を抱えるエンリに助け舟を出したのは、意外と言うべきかルプスレギナであった。ただその言葉が本当に沈まない助け船なのかは誰にもわからない。

 いったいハムスケを呼んでどうしようというのか? エンリには何一つ思い当たることはなかった。

 

 

 

「将軍殿、それがしに何か用でござるか? 先陣ならいつでも引き受けるでござるよ!」

 

「いえ、そうではなくてですね。砦と都市に立て籠もっているビーストマンを誘き出そうと思いまして。その囮についてどうしようかと話し合っていたんです。ゴブリン軍団の皆さんを囮にするわけにはいきませんし、かといって何千もの軍隊に偽装できる囮なんて……」

 

 エンリはハムスケに説明しながら、チラッとルプスレギナへ視線を向ける。

 ハムスケを呼んだ理由について聞きたかったのだが、当の本人は我関せずとそっぽを向く有様であった。

 

「ほ~、囮でござるかぁ。ふむふむ、なるほどお主はどう思うでござる? ん? なんとっ、お主が役に立ちそうで――ってうるさいでござるよ! いま出すから大人しくするでござる!」

 

「あ、あの、ハムスケさん? いったい誰と話を」

 

「あっ、将軍殿。どうぞでござる」

 

 差し出された何かを思わず両手で受け止めてしまったが、即座に後悔してしまう。

 それは丸く、拳大の石ころのようであり、ハムスケの涎がべっちょりついていたのだ。

 

「ハ、ハ、ハムスケさん酷い! 両手が涎塗れじゃないですか?! って誰? 頭の中に声がっ」

 

「(お初に御目にかかります、エンリ将軍閣下。私は“死の宝珠”。多くの死を撒き散らした血濡れ将軍に敬意を)」

 

 ふへっ? っと変なところから声が出そうになるエンリであったが、深呼吸を幾度か繰り返し、なんとか落ち着きを取り戻す。

 そして両手の中に収まった石ころを凝視し、恐る恐る口を開いた。

 

「あ、あの、死の宝珠――さんは、どこか別の場所にいて、この石を通じて話をしているのでしょうか?」

 

「(恐れながら申し上げます。私の本体はエンリ将軍閣下が手にしておられる鉱物でございます。どうかお見知りおきを)」

 

「は、はぁ」

 

 涎塗れの石ころを恐る恐る持ちながら、エンリはまたもや理解しがたい現象にぶち当たっていた。

 どこか遠くの人と話せるアイテムだと言われたならば納得できたのに、手にしたのは話すアイテム。しかも意志を持っているようだ。

 ハッキリ言って気持ち悪い。

 ハムスケの涎のせいではないのだが、エンリの背すじには何とも言えぬ寒気が走っていた。

 

「(エンリ将軍閣下、私はアンデッドの召喚を行うことが可能です。一度に数千は無理ですが、其方の少年の力を借りれば数日で何千ものスケルトンを揃えて御覧にいれます。幸いこの近辺は死体と死の気配に満ちており、アンデッドの召喚を行うには条件がそろっておるようですから……。ただ)」

 

「ただ? なんです?」

 

「(はい。召喚したアンデッドですが、数だけを重視して召喚した場合、支配可能な範囲を超えることになりますのでアンデッドは命令を聞きません。故にエンリ将軍閣下、貴方様に支配して頂きたく思います)」

 

「……」

 

「ちょっと待って!」とエンリは言いたい。

 理解が追い付かなくなっている。

 協力してほしい少年とはンフィーのことだろうけど、私に支配してほしいとはどういうことなのか? ンフィーは魔法詠唱者(マジック・キャスター)なのだから召喚の助けにはなると思う。でも私がアンデッドを支配するなんて……。

 今日のお昼御飯はなんだろう、と現実逃避がしたい今日この頃である。

 

「あの、その、私が、アンデッドを、支配、ですか?」

 

「(御心配無く、貴方様がゴブリンを統括している感覚で、アンデッドも制御できます。その身に付けた神々の秘法たる武具があれば、何も問題はありません)」

 

「あ、そっか」

 

 ストンと腑に落ちた。

 自身の能力がどうとかはよく分からないが、ゴウン様から頂いた武具の力は理解している。

 とにかく凄い。

 その一言に尽きる。

 ゴウン様の武具があれば大丈夫というのなら、それは間違いないだろう。

 異論を挟む余地は無い。

 

「なら問題ありませんね。アンデッドの召喚はよろしくお願いします。ンフィーも死の宝珠さんを手伝ってあげてね」

 

「う、うん。でもなんだか、その宝珠を見ていると寒気がするんだけど……」

 

 遠い昔のトラウマでも思い起こそうとしているのか、ンフィーレアは引きつった表情で死の宝珠を受け取る。

 ハムスケの涎がついているから変な言い訳でもしているのだろうか? まぁ、気持ちは分かるけど……。

 エンリはそんな感想を持ちながら涎塗れの両手を拭き、作戦の本題へと移る。

 

「では今日から数日間、死の宝珠さんとンフィーにスケルトンを二千体ほど召喚してもらいます。その後、私がスケルトン部隊を制御し副首都へ進行。都市の防衛部隊を引きつけ、砦の部隊を誘き出します。現地でスケルトンとビーストマンが交戦を始めた頃合いを見計らって、ゴブリン軍団五千で後方から突撃。一気に砦の部隊を蹴散らし、都市内まで攻め込みましょう」

 

「ほほっ、スケルトン部隊には布でも被せて、アンデッドであることを隠した方が宜しいでしょうな。ビーストマン達には『竜王国を守護する謎の軍勢が押し寄せてきたのだ』と思ってもらう必要があります」

 

「上手くいくっすかぁ? 数千の兵なんて都市の部隊だけで十分と思われないっすかね~。だとすると砦の部隊は出てこないっすよ」

 

「え~っと、ならレッドキャップスさんにスケルトン部隊を率いてもらったらどうかな? 彼らならビーストマンに危機感を与えられると思うし、挟撃されても逃げられる……よね?」

 

 ンフィーレアの言葉はレッドキャップスを囮にすることでもあるため、エンリとしては素直に頷けない。砦の部隊を確実に誘き出すために必要な手段だとしても、家族を道具のように使ってしまう内容には忌避感を覚えてしまう。

 ただそうなると、スケルトンはゴウン様と同じアンデッドだ。大恩人と同じ種族の者たちを、大勢囮として使い潰すことはどうなるのか? 考えても答えは出そうにない。

 

「うん、そうだね。レッドキャップスの皆さん、お願いできますか?」

 

「かしこまりました。砦の部隊を誘き出すまで派手に暴れ回ってみせましょう。ただ我らのうち最低でも三名は、エンリ将軍の護衛として残ることをお許しください」

 

「はぁ、分かりました」

 

 正直護衛は必要ない、とエンリは思っていた。

 傍にはンフィーもジュゲムもルプスレギナもいるし、暗殺隊も全方位に配置されている。これだけでも過剰な防備だと感じているのに、最高戦力のレッドキャップスが更に加わる必要もないのでは……とエンリ自身「過保護」な現状にはため息が出てしまう。

 実のところ、息苦しさを感じていたので護衛なんかは緩くてもイイのだ。

 もっとも、そんなことを言うとゴブリン軍団全員が悲しい目をするので口には出せないが。

 

「ではまず、スケルトンの召喚と制御から試してみましょう。ンフィー」

 

「うん、と言っても僕は死の宝珠さんに身体と魔力を貸すだけみたいだけど」

 

「疲れたら言うっすよ~。私が魔力を譲渡してあげるっす」

 

「へ~、魔力って他の誰かへ受け渡す、なんてことできるんですねぇ。私って魔法の知識が乏しいから知らないこと多くって」

 

「いや、あの、エンリ? 普通は無理だからね。魔力を他人へ譲渡するなんて、僕だって初耳なんだからっ!」

 

 ンフィーレアにしてみればとんでもないことなのだろうけど、エンリは「あぁ、そうなんだ」と薄いリアクションでスルーする。

 もうゴウン様一行の現実離れした行動には慣れっこなのだ。

 しかも門外漢な魔法のことなので、今までのような衝撃も無く、エンリとしては何も気にしないでいられる。

 驚く役目はンフィーに任せればよい。うん、そうしよう。

 

「ん~、あとは戦端が開いてからですけど。向こうは合計で四万、こっちは五千。しかも今回は身を隠す場のない平地戦と副首都の攻略。大丈夫かなぁ?」

 

「ほっほっほ、なんの心配もありませんぞ、エンリ将軍」

 

 絶対の自信を持ってゴブリン軍師は語る。

 まともな集団戦もできず、攻城戦のイロハも知らないビーストマンの立て籠もりなど、取るに足らぬと言わんばかりだ。

 当然、エンリ自身も戦場を知らないので「んぐぅ」と苦虫を噛み潰しそうになるが、これも経験なので軍師の語りに耳を傾ける。

 何が重要でどこへ目を向けるべきなのか。

 切り捨てるべき案件とその考え方について。

 村娘にとっては初めて聞くようなことばかりで目を回しそうになるが、その一つ一つが命のやり取りを意味しており、酷く重い。

 特に犠牲を覚悟した戦いは嫌だ。

 とても耐えられそうにない。

 

 

 

 ――下位アンデッド召喚、骸骨(スケルトン)――

 

 エンリの視界の端では、死の宝珠を片手に持ったンフィーレアがスケルトンの召喚に挑んでいた。

 恋人の口からは普段と違う大人びた声が発せられ、それに応じて召喚陣からは白い骨の化け物が這い出てくる。

 酷く不気味な光景でありながら、エンリは眉一つ動かすことはなかった。

 ただ「弱そうな骨だなぁ」とか「思ったより綺麗な骨だな~」とか村娘にあるまじき感想を抱いていただけである。

 

「エンリ将軍閣下、この地はアンデッド召喚に最適ですぞ。長きに渡る戦争のおかげで、死の気配がそこらじゅうに溢れております」

 

「ぁあ、そう……ですか(ンフィーの声で将軍閣下って呼ばないでほしいな~。でもエンリって呼ばれるのもなんか違うし)」

 

 そもそも死の宝珠がエンリに従っているのも不可思議だ。

 ハムスケの仲間なのだから協力してくれるのは分かるけど、それにしてはエンリに敬意を払い過ぎな気もする。

 第一『漆黒の英雄モモン様』の許可は必要ないのだろうか?

 エンリとしては、嬉々としてスケルトンの召喚を続けるンフィー改め死の宝珠に「後から変な請求しないでくださいね~」と、こっそり思念を送ることしかできなかった。

 




額冠が無いので宝珠と共にチマチマ召喚するンフィー君。
幸い戦争しまくりの土地だったので上手にできました~。

でもちょっと嫌な感じがします。
同じようなことを、昔一度経験したような……。

まぁ気の所為かな?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。