アイズ・ヴァレンシュタインは東のメインストリートに飛び交う一般市民の怒号と悲鳴を尻目に屋根の上を風を切るように走っていた。
(逃げ出したシルバーバックは9匹…7匹倒したからあと2匹…)
逃げ惑う一般市民の流れに逆らいながらシルバーバックが暴れていると思われるコロシアム付近に向かう。
アイズは先程モンスターが逃げ出したとギルドの職員に聞き、討伐に行こうとした時にロキに言われたことを思い返していた。
((アイズたん、モンスターは確実にある男を襲う。豊饒の女主人でベートを打ち負かした中年のおっさんのことや。…まぁ、ベートを軽くあしらうくらいやからアイズたんの助けがなくてもあのおっさんはモンスターを倒すかもしれんけどヤバいと思ったら手助けしたってぇや。))
ロキはこの騒動の原因について何か知っているような口振りだった。アイズは豊饒の女主人であの男の強さを目にして以来ベートに対して使っていたあの技は一体何なのか、恩恵も受けていないのに何故あんなに強いのか。あの場で聞きたいことは沢山あったが白い髪の少年に注目してしまって結局何も聞けずじまいで心の中でもやもやとした感情を抱えていた。
(気になる。あの人はどうして恩恵も受けていないのにあんなに強いの?もし恩恵を受けていたら確実にベートよりレベルは高い…)
神の恩恵(ファルナ)を受けることによってモンスターなどを倒して経験値を蓄積し、それを基に力や魔力などのアビリティを強化していく。神という経験値を力に変える存在がいない状態ではどんなに経験値を得たとしても自身の能力を引き上げることもできないし新しい力も習得することは困難だ。
神の恩恵を受けていない状態でレベル5のベートを一瞬であしらうことは普通なら不可能だ。だがその不可能なことをいとも容易くやってのけたのだ。つまり、あの男は神の恩恵を受けずに強大な力を身に付けているということになる。
(一体どんな事をしたらそんなに強くなれるの?私でも勝てるかどうか分からない…)
アイズでもあの中年の男の得体のしれない強さに圧勝できるかといえば断言はできない。ロキファミリア内屈指の武闘派であるベートから繰り出された豪速の拳をいとも簡単に避けるほどだ。余裕で勝てるような相手ではないだろう。
(…会ったら手合わせをお願いしてみよう。そしたら私ももっと強くなれるかもしれない…)
自分より強いかもしれない存在に自分の限界を突破するための戦いを申し込もうと考えていたアイズの視界にコロシアム付近の風景が入ってきた。
コロシアム周辺の出店は全て破壊されていて原型をとどめておらず、様々な食べ物や木材の破片が地面へ飛散していて酷い有様だ。歓声が聞こえていたコロシアムや周辺は今は悲鳴に変わっていて大勢の一般市民たちが暴れているシルバーバックから逃げ惑っている。
シルバーバックは鋼のような隆起した筋肉が付いた両腕を振り回し出店や建物を破壊しながらとある男へ一直線に走っている。
(あの人は…!?間違いない…!)
背が高く、豊饒の女主人で見た時と同じ灰色がかったスーツを着ていて手にはじゃが丸くんバーガーを持っている。
男は呆然とした顔をして爆走してくるシルバーバックを見つめたまま立ちつくしている。このままでは男はあの筋骨隆々な腕で吹っ飛ばされて死んでしまうだろう。
(危ない…!間に合って…!)
ロキはシルバーバックを余裕で倒すかもしれないと言っていたがあの様子を見るとやはりごく普通の一般人にしか見えない。豊饒の女主人ではベートがかなり酔っぱらっていたし、本来の力をほとんど出していなかったから偶然にも打ち勝ったのではないのかとアイズは心の中で疑念を感じた。やはり助けなければならないだろうと思い、更に走る速度を上げてシルバーバックに迫る。
(これで8匹目…!)
アイズは腰につけてある愛用の剣《デスペレート》を鞘から抜き、シルバーバックへ向かって一撃で倒そうと疾風の如く切り裂こうとした。
だが、アイズは直後硬直して動けないと思っていた男が突然右足を後ろに下げ、右腕を鳩尾あたりに落とし拳を開いた奇妙な構えを取った後あと一歩で踏みつぶせる距離まで来たシルバーバックの左足に向けて目で捕えられないほどの速さで拳を打ち込んだ。
「グオォォォォォォォォォ!?」
シルバーバックは左足に強烈な衝撃を感じ、尋常ではない痛みに苦悶の表情を浮かべながら後ろへ仰向けになって倒れこんだ。
(…!?)
アイズが突然の出来事で《デスペレート》を構えたまま呆気にとられていると男は走りだし跳躍すると仰向けで無防備になった脳天へ頭上まで上げた右足を打ち下ろした。
男の踵がまるで巨大な斧のように脳天へ直撃した。衝撃が大きすぎたせいか地面にも大きな亀裂が幾重にもでき、一瞬で周辺の地面が瓦礫の山になってしまった。
アイズは目の前の事で起こったあまりに非現実的な出来事に最初は頭の中が真っ白になるほどにフリーズしていたが、徐々にこれが現実だと認識した時この男の強さが本物だったことを身をもって思い知った。
アイズが男の圧倒的な強さに驚愕するより少し前の時間、ベル・クラネルはレベル1という駆け出しの冒険者にも関わらず死闘の末上級冒険者でも苦戦を強いられる下層に生息するシルバーバックを倒すという前代未聞の勝利を収めた後、体力を消耗しきってしまって弱弱しく横たわっている主神のヘスティアを背中に背負ってギルド本部がある中心部のバベルに向かって全速力で走っていた。
(神様をとりあえず安静にできる場所で休ませてあげなきゃ…!)
ベル自身、エイナから教えてもらって知識としては知っていたがまさか下層に生息する巨大な力を持つシルバーバックというモンスターを倒せるとは微塵にも思っていなかった。
これはベルのレアスキル憧憬一途(リアリス・フレーゼ)のおかげで勝利したと言っても過言ではないだろう。
可憐でオラリオ内でも屈指の強さを持っているがそれを驕らず、ただ強さを追い求めるアイズという存在はベルにとって憧れであり、いつかアイズに見合う力を身に付けて隣で肩を並べたいと思う心がこうしてレアスキルとして発現したのだろう。
兎を思わせるような瞬足の速さでバベルへ向かってダイダロス通りを抜け、東メインストリートを走る。コロシアム付近に差し掛かると予想外の人物がベルの目に飛びこんできた。
(あ、アイズさん!?それにあのモンスターは…!)
コロシアム前の広場には太陽の光に反射して輝く煌びやかな金髪にまるで人形のように白くて艶やかな肌をしたベルの憧れであるあのアイズが愛用の剣<<デスペレート>>をシルバーバックに向けて構えていた。
(こんなところで会うなんて…ギルドに討伐の依頼をされたのかな)
オラリオの市街地で下層のモンスターが暴れているという前代未聞の出来事にギルドはこの事態を迅速に対処する為にオラリオ内の冒険者で最強と名高い第一級冒険者であるアイズが所属ロキファミリアに事態の収束を依頼したのだろう。なにせアイズはヒューマンの中でもトップクラスの強さだ。深層まで遠征しているファミリア内での主要メンバーの一人だ。シルバーバックの1匹や2匹くらい平気で倒せる力を持っている。
(…僕が加勢したところで足手まといにしかならないだろう。それに今は神様を休ませないと)
ベルはまだファミリアに加入して日が浅い駆け出しの冒険者。一方はオラリオ内最強の一人である第一級冒険者。どちらが下層のモンスターを倒せるかと言われれば誰もが後者を選ぶだろう。ベルとアイズには絶望するほどに圧倒的な『強さ』の差があった。
それに先ほどのシルバーバックを倒せたのもヘスティアの協力があってこそ死力を尽くして奇跡的に勝てたのだ。アイズのように己の純粋な力で余裕を持ったまま倒せることなど到底できない。
(…今の僕にはアイズさんに協力できることは何もない…悔しいけど、ここはアイズさんに任せるしかない…)
アイズが対峙していたシルバーバックに一瞬で距離を詰め、華麗な動きで幾度もモンスターを屠った剣で切り裂こうとする様子をただ傍観しているしかできなかったベルだが次の瞬間シルバーバックの左足から骨が砕ける音が聞こえ、激痛のあまりに鼓膜が破けるほどの叫びを放っていた。
「え…?」
アイズが切り裂く前に痛みに叫んだということは別の誰かが攻撃したことになる。ベルは突然の出来事にアイズ同様呆気にとられていると仰向けに倒れこんだシルバーバックの脳天に目がけて跳躍した人物が目に入った。それは、ベルも噂で耳にしたとある男そのものだった。
その人物こそが今オラリオ内の神々や様々な種族の間で話題になっていた中年男の商売人でベルにとっては2人目の、アイズにとっては初めて目指すべき強さを持った人物として憧憬の対象になる存在だった。
「はぁ…なんとかなったか…」
俺はピクリとも動かなくなった白い毛を全身に生やしたモンスターを見て安堵の溜息をついた。
今までモンスター相手に古武術なんて使ったことはないが案外何とかなったな…。まぁ人間相手だと狙いにくいけどこんなドデカいモンスターだからどの部位でも容易に拳を当てられたのがラッキーだったな。
しかし…これは派手にやりすぎてしまったなぁ…踵落としをしたくらいで地面がこれだけ割れてしまうなんて…昔は祖父の道場の壁や床を壊しちゃってよく怒鳴られていたが俺ってこんなに強かったか?
俺はしばし白い体毛を生やしたモンスターを眺めて思案に耽っていたが、周りの一般市民の驚愕した顔と視線、そして俺の事を呆然とした顔で見つめるアイズがいることに気が付いた。
「お…おい見たかよアレ…簡単に倒しちまったぞ…」
「…てかあのおっさん豊饒の女主人でロキファミリアの冒険者を負かしたって噂の…!?」
周囲からは今の出来事を信じられないという風に見ていたらしいがどうやら俺が豊饒の女主人でやらかした一件の当事者だと気付いたらしく段々とざわめきが大きくなってきている。
あぁ…目立ちたくないのにまたやっちまった…。これは想像以上に面倒くさいことになりそうだぞ。
「…あの」
今すぐにでもこの場を立ち去りたい気分だがその前にアイズが俺に声をかけてきた。
「…あなたは本当に神の恩恵を受けていないんですか、なんでそんなに強いんですか…?」
アイズはあと一歩でお互いの体がくっ付こうかという距離まで近づくと何故か切実な表情をして俺の顔を見上げた。
「え…あ、あぁ…私はどのファミリアにも所属してないし神の恩恵も受けてないですけど」
あまりに真剣に聞くものだからついしどろもどろになりながら返答した。中年になりかけのおっさんとはいえ、こんな浮世離れした美人に迫られると色々と心臓に悪い…。
「…てください」
「は…?」
「私に、その強さを教えてください。『『(僕)私に特訓をしてください!』』」
…予想もしていなかった言葉に俺はただただたじろぐことしかできなかった…ん?僕?
「あ…君はあの店の時の…?」 「あ、アイズさん?」
いつの間にかアイズの傍には背中にやたらと胸の大きい少女を背負った見覚えのある白髪の少年がアイズと同時に発言してお互いに驚いた表情で見つめあった。
…あ~…これは本当に面倒なことになっちゃたなぁ…。俺はもう諦めの境地に達して雲一つない真っ青な空を仰いだ。
たくさんの感想本当にありがとうございます!!まさかこんなに僕の書いた小説を沢山の方が読んで感想をくれるなんて嬉しいです!感想をくれるだけで書くモチベーションが湧き上がってきますので本当にありがたいです。
誤字報告してくれた方もありがとうございます!何分小説をネットに投稿すること自体初めてですので全く慣れていないので誤字が出てしまいました…
次話はエイナがゴローさんを好きになるきっかけのエピソードを投稿しようかなぁと思います。できるだけ早めに投稿できるよう頑張ります!