「…んで、うちを呼び出して何の用や?」
東メインストリートの大通りに面しているとある喫茶店の店内でロキは疑念の籠った目で正面に座るフードを被った女神を見つめた。
今日は年に一度のガネーシャファミリアが主催する怪物祭(モンスターフィリア)が開催されることもあって大通りには大勢の一般市民で埋め尽くされ、様々な出店が立ち並んでいる。食欲をそそる焼いた肉の香ばしい匂いなどが喫茶店の中にまで入り込んできていた。
「あら、そんなに警戒しないでもいいじゃない。大したことじゃないわよ」
「アホか、お前が普段うちを呼びだすことなんて今までなかったやろ。疑わん方がおかしいわ。しかも二人きりで話がしたいってどういうことやねん」
正面に優雅に座っている美の女神…フレイヤは注文したチーズケーキを小さく切り分けて食べている。神でさえも魅了してしまう美の女神の仕草全てが蠱惑的でロキでさえもフレイヤの「魅了」の力を警戒しているほどだ。
「あら、このチーズケーキ美味しいわね。お持ち帰りしようから」
「…おい。用がないならうちは帰るで、これからアイズたんとデートせなあかんのやからな」
ロキは呆れて椅子から立ち上がって帰ろうとした。フレイヤのふざけた態度も気に入らないがなによりオラリオで強大な力を持つ二大派閥の主神であるロキとフレイヤが二人きり会っていること自体よからぬ噂をたてられかねない。
「ふふ、そう焦らないで。ちょっとあなたに聞きたいことがあるの」
「聞きたいこと?なんやねん」
「あなたの子供が神の恩恵を受けていないごく普通の子供に力で負けたって本当なの?」
「…なんでそんなこと知りたいんや」
「ちょっとした好奇心よ」
ロキは苦虫を噛み潰したような顔をして微笑んでいるフレイヤの顔を睨みつけた。フレイヤはそのことを知って一体何をするつもりなのか?…いや、おおよそ検討はつく。
「…せや、最初はベートよりレベルの高い冒険者かと思ったんやけどどうもどこのファミリアにも所属してへんって後で知って信じられんかったわ」
『豊饒の女主人』でロキの眷属であるベート・ローガが神の恩恵を受けていない人間の男に負けた…この時店内でこの騒動を目撃していた冒険者たちが他の冒険者達に話したことで瞬く間にオラリオ中にその話が広まった。
当然こんな面白い話にオラリオにいる神々達が黙っている訳がなく、様々なファミリアがこぞってその人間を勧誘しようと躍起になっているのだ。
「…そうなの、やっぱり本当なのね。…ありがとうロキ。聞きたいことは聞けたから私はこれで失礼するわ」
フレイヤはそう言って椅子から立ち上がり店から出ようとした。
「ちょい待てや。お前…そいつのこと自分の『モノ』にするつもりやろ」
「あら、失礼ね。そんな野蛮な事言わないでちょうだい」
「アホぬかせ。わざわざうちにそんなこと聞く時点で自分のモンにしたる気満々やろ。…これから何やらかす気や?」
ロキは鋭い目つきでフレイヤを睨んだ。自分の眷属が打ち負かされて嫌な気分はしたがその男は自分の要望通りの品物を取り寄せてくれた恩義がある。それにロキ自身もその男に興味を引かれて勧誘しようと考えていた所なのだ。
「場合によっちゃあ…タダじゃすまんで」
「…ふふ。私はね…知りたいの。あの子が何を求めているのか。どんな過去を背負っているのか。どんな表情をするのか。その湧き出る純粋な欲望は一体何なのか」
フレイヤはまるで欲しいおもちゃを見つめる子供のように無垢な顔をしていた。
「あの子の全てが知りたいの」
怪物祭か…なんだかロジャー・コーマンが作った映画のタイトルっぽいけどこうして目の前にモンスターが雄たけびをあげながら突進している姿を見るとCGでもなんでもなく本物なんだと実感する。
俺は迷宮都市の東に位置している円形闘技場…この世界ではアンフィテアトルムというらしいが俺のいた世界ではコロシアムといったほうがわかりやすいだろう…そのコロシアムの客席に座って中央のフィールドでモンスター(名前は分からない)と調教師のショーを見ていた。調教師のアマゾネスらしき女性がモンスターの攻撃を華麗に回避するたびに周囲から歓声が上がっている。
…やれやれ、エイナがチケットをくれた(エイナも「い、一緒に見に行きましょう!?」と言っていたが案の定コロシアムでの仕事をどうしても休めず結局来れなくて意気消沈していた)義理で来てみたが見たがこういう野蛮なものはあまり好きではない。やはり感性はあくまでも現代の日本人。こういうのは浮世離れしすぎて全く現実感が湧かないなぁ。
俺は周りで様々な種族たちが歓声を上げているのを尻目にそそくさとコロシアムを後にした。
コロシアムの外に出ると様々な食材の香ばしい匂いが一気に鼻の中に入ってきた。様々な出店が怪物祭の時が柿入れ時といわんばかりに色々な料理を作って一般市民を呼び込んでいる。
うーん、このごちゃごちゃした匂い、なんだか子供の頃の縁日を思い出す。親父にねだってよく焼きそばを買ってもらったなぁ。
…哀愁に浸るのもいいが、この匂いのせいでなんだか腹が、減った…。
ポン ポン ポン
「今日は出店で何か食おう。お祭りなんだしパーっと盛大に食べますか」
俺は早速無数に立ち並ぶ出店を物色し始めた。ここはガッツリ胃の中に入れたいからやっぱり肉かな…いやそれは安直すぎる。少し変化球を入れて魚系でもいいな。
焼きそばやたこ焼きなど定番のやつもあるがこの巨黒魚(ドドバス)など異世界特有の食材を使った創作料理などがあって見ていて全く飽きない。しかしこれだけ出店の数が多いとどれを食べるか迷ってしまう。
しかしそろそろ俺の空腹信号も赤になってるし早く何か食べないとぶっ倒れてしまいそうだ。
「ん?」
俺の視線はとある出店に釘付けになった。看板にはデカデカと「じゃが丸くん」と書かれていて店内でじゃがいもらしきものを沢山揚げてる店員がいた。
「じゃが丸くんとは奇怪な名前だ。揚げているのはじゃがいも…だよな」
揚げたてジャガイモの香ばしい匂いが俺の腹を刺激しまくる。…よし。ここにしよう。
俺はその出店の前に立ち、立てかけてある板のメニュー表を見る。どうやらじゃが丸くんには様々な味付けがあるようだ。小豆クリーム味なんてものもあるが味が全く想像できない。
お、おすすめも書いてある。…『ヘスティア考案!超絶美味しいじゃが丸くんバーガー!』と書いてあった。
「すいません…あの、このじゃが丸くんバーガーってどういう感じのものなんですか?」
「ああそれかい!うちで働いてる借金まみれの女神さんが開発した食べ物でよ!パンの間に千切りしたキャベツとソースに付けてスライスしたじゃが丸くんが入ってるんだ」
身体中日焼けをしたがたいの良い60代らしき男性の店員が愛想良く答える。なんというか、日本人の大半がイメージしている祭りの出店にいるおっさんそのものだ。
「あ、そうですか…じゃあそれ一つください」
「あいよ!ちょっとまっててくれ!」
気前よく返事した店員は手際よく揚げたてのじゃが丸くんをパンに挟み大量の千切りキャベツを詰め込んでいる。
…それにしても神様がアルバイトをしているのは驚きだ。しかも恐らく借金を返すために働いているのだろう。一体どんな女神様なんだ…
「あいよ!出来上がったよ!」
しばらく待っていると店員が注文したじゃが丸くんバーガーを持ってきた。おお、待ってましたよ。
じゃが丸くんバーガー←パン、キャベツ、じゃが丸くん3つの食感が奏でる三重奏はスタンディングオベーション間違いなし。
おお、いいじゃないか。俺はチェーン店のファストフードは嫌いだがこういう個人が丹精込めて作ったバーガーは別だ。もう見た目だけで美味いってわかるぞ。
早速じゃが丸くんバーガーにかぶりつく。…ん?おお、合う。キャベツとじゃが丸くんの食感すごくいいぞ。それにソースがキャベツに染みてすごく美味い。これは当たりだ。
美味い、美味すぎるぞこれ。祭りの熱気の中で食べるのもなかなか悪くない。この喧騒の中で静かに食べるのも中々オツなもんだ。
「キャー!!」
「うわああああああああああ!?」
じゃが丸くんバーガーを熱心に食べていると突如活気溢れる東メインストリートに似つかわしくない悲痛な叫びが響き渡った。
「な、なんだ?」
俺は多数の悲鳴や怒号が飛び交っている方向を向くと俺は一瞬幻覚を見ているのではないかと思い目を擦って見た。
いや、幻覚なんかじゃない。逃げ惑う一般市民たちをかき分けて突進してきているのは紛れもなくモンスターだった。
白銀の体毛と長い髪を生やし、ゴリラを何倍にも大きくしたような体格をしていて怒りに満ち溢れた瞳で一直線に走っている。
その瞳は何故か…俺をまっすぐ睨みつけていた。
次の話もできるだけ早く投稿したいです。
ところでこの間「孤独のグルメ 巡礼ガイド2」を買ったんですけどジェットシウマイ弁当って今は売ってないんですね…がーんだな…