一番行ってみたいお店はシーズン4で紹介された「シャンウェイ」です。毛沢東スペアリブをいつか食べてみたい。
「それではこのジョッキを二つでよろしいんですね?」
「せや!パーッと飲みたいときにちょうどええサイズやから気に入ったわ!これで頼むわ!」
俺は商談が成立して一安心した。何せ相手は俺のような人間とは違って人知を超えた力を持っているんだから緊張するのも無理はないだろう。
「いや~アンタの評判を聞いて頼んだけどほんまええ買い物したわ~…まぁオカンには怒られそうやけど黙っとけば大丈夫やろ」
「オカン…?」
「いや独り言や、聞き流してぇな」
テーブルを挟んで向かいのソファーに胡坐をかいて座っている糸目の女性…このロキという一見普通の女性に見えるが実際は人ならざる者、神様なんて一昔前の俺なら笑えない冗談だと一蹴していただろう。
「では三日以内には取り寄せられると思いますのでその時にまたご連絡いたします」
さて、これでもうここにもう用はない。このロキという女性の部屋には所せましと様々な酒が並べられていてとても酒臭い臭いが充満している。居酒屋とは比べ物にならないほど酒臭くて下戸の俺にはたまったものではない。
「おう!頼むで!」
「ふぅ…やっぱり神様を相手に話をするのは苦手だ…」
門の外に出て後ろを振り返りロキファミリアの本拠地「黄昏の館」を見上げる。
外はすでに夕暮れになっていて沈みかけた太陽の光を浴びて巨大な塔の影がまるで巨人が仁王立ちしているように俺を覆っていた。
俺は1年前、元の世界…現代の日本で個人の雑貨輸入商を営んでいたが原因も理由もわからないままこの世界に突然立っていた。最初はこのマンガみたいな世界でどう生きていくか路頭に迷っていたがそんな俺にエイナ・チュールという女性が声をかけてくれた。
ダンジョンやモンスターの存在を全く知らないこと、違う世界から来たことを当初は信じてはくれなかったがあまりにもこの世界のことを知らないことに俺の言うことを信じたようで様々なことを教えてくれた。この世界は神様が存在して下界で人間と一緒に共存している事。オラリオという都市は地下の未知なるダンジョンに神が形成したファミリアに所属し、神から恩恵を受けた冒険者が未知なるダンジョンへ集う世界最大都市だということなど様々な事を教えてくれた彼女は自身の所属するギルド―冒険者や迷宮の管理などをしている機関で働けるように世話をしてくれたことで当面の生活の保障をしてくれたのでとても助かった。
そして半年が経った後、俺はエイナからの猛反対を押し切りギルドを辞めて再び雑貨輸入商を経営を始めた。ギルドの時に貯めた金と日本で培ってきた雑貨輸入に関しての知識を駆使して何とか商売が軌道に乗り出したのがここ一か月前くらいだ。俺の商売に対しての評判も結構良いみたいで最近は神様からの依頼も増えてきている。今回の商談も神から直々の依頼だったんだが相手は「フレイヤファミリア」と並ぶオラリオ内最強の一角「ロキファミリア」の主神ロキだから余計に緊張してしまった。やはり同じ人間相手のほうが気が楽でいい。
「ふぅ、なんとか商談成立したし一安心だ…しかし、安心したら急に…腹が、減った…」
ポン ポン ポン
「…よし、飯屋を探そう」
西メインストリートに行けば飯屋がたくさんある。今日の俺は何腹だ?
西メインストリートに到着した俺は早速いい飯屋がないか探し始めた。時刻は6時を過ぎて夕刻になっている。この時間帯はダンジョンから帰ってきた冒険者たちが飯屋に殺到する時間帯だからどこの店も大混雑だ。
ファンタジーな世界といえども野菜や肉などの使っている食材は俺がいた世界と全く変わらない。しかし料理自体は知らないものも多く最初はかなり戸惑った記憶がある。
…う~ん、どの店も魅力的なんだがほとんどの店が酒場になっていて定食屋というものがほとんどないのが下戸の俺にとっては辛いな…。
大仕事を終えたんだしここは祝いに何かガツンとしたものが食いたい。となると肉か…だがこの世界には焼肉屋なんてないし必然的にステーキしか選択肢がないなぁ。
思考の渦に飲み込まれそうになって俺は慌ててかぶりを振った。慌てるんじゃない、俺はただ腹が減っているだけなんだ。
そうしてひたすら歩いて10分くらい経った頃、1つの酒場の前で足を止めた。
「ここは…」
石造りでできた二階建ての建物の正面の入口にデカデカと掲げられている『豊饒の女主人』と書かれた看板に目を引かれ少し中を覗いてみると案の定ダンジョン帰りの冒険者たちが酒盛りをしていて席はほとんど空いていなかった。
(うーん、他の店も同じような感じだし…ええい、ここに決めた!)
意を決して俺は店の中に入る。のんべえ達の巣窟に潜入だ。
「いらっしゃいませ!何名様ですか?」
冒険者たちの喧騒をかき分けて俺に声をかけてくれたのはまだ顔に幼さが残る小人族などの亜人ではなく俺と同じヒューマンの女性ウェイトレスだった。
「えっと…一人です」
「御一人様ですね!では席へご案内します。お客様一名はいりまーす!」
快活な女性はハキハキとした声を出して俺をテーブル席に案内した。さて、なにを食うかな…。
(ものの見事にのんべえが好きな料理ばかりだな)
酒場だから仕方ないと思っていたが予想以上につまみ系の料理が多い。うーむやはり酒場は下戸にはアウェイな場所だな…
(…ん?お、ステーキがあるぞ)
メニュー表を見ていると「本日のおすすめ」と書かれた欄に「牛ヒレのサイコロステーキ」と書かれていた。しかもライス付きと書かれてある。
(よし、ライスがあるなら問題ない。これにしよう)
「すみません」
さっき俺を案内した女性のウェイトレスが小走りに駆けてきた。
「はい!ご注文はお決まりでしょうか?」
「この牛ヒレのサイコロステーキを一つください」
「はい!かしこまりました!牛ヒレのサイコロステーキですね!少々お待ちください!」
注文をし終えると俺は少し余裕ができて周りを見渡した。厨房では猫人やエルフなど様々な亜人がひっきりなしに来る注文の料理をあわただしく作っている。
(よく見ると男性店員がいないな。ここは女性店員しかいないのか…)
それもどの女性も美女揃いのせいか多数の冒険者たちが鼻の下を伸ばしながらウェイトレスを見ている。
(まぁ、俺は色気よりも食い気だ。ここが当たりの店だといいんだが)
「おまたせしました!牛ヒレのサイコロステーキです!お熱くなってますのでお気を付けください!」
ジュージューと食欲をそそる音と共に俺の前に置かれたサイコロステーキ。これは美味そうだ。
牛ヒレのサイコロステーキ←ゴロゴロと四角に切られた肉がたくさん。肉汁が食欲をそそる!
ライス←ステーキの頼もしいお供。これがなければステーキは食えぬ。
野菜スープ←玉ねぎをベースにしたスープ。ぶつ切りにしたトマトやにんじんの食感がやみつきになる!
「いただきます」
やはり最初はステーキから一口食べる。…うん、うまい。いかにも肉って感じの肉だ。
そして肉を食べたらすぐにライスを食べる。…最高だ。ステーキとご飯は運命共同体、どちらもなくちゃいけない存在だ。
野菜スープはどうだろう…うーん、美味い。ステーキで口の中が濃厚な肉の味に支配されている中でこれを飲むととてもさっぱりする。いい仕事してるなこの野菜スープ。
最初は不安だったがここは間違いなく当たりの店だった。他に気になる料理も何品かあったしまた今度来てみよう。
「ダンジョン遠征ご苦労さん!今日は宴や!飲めぇ!」
(ん?)
ふいに聞き覚えのある声がしたから声のした方向を見ると、今日の商談相手だった『ロキファミリア』の主神ロキとその眷属らしき冒険者たちがジョッキを片手に乾杯をしているところだった。
(気まずいなぁ…さっきまで顔を合わせていたし、目立たないようにしよう)
向こうが俺に気づいて声でもかけられたら居心地が悪くなってしまう。俺は一人で豊かに食うのが好きなんだ。誰かに邪魔されるのは御免だ。
「そうだアイズ!お前あの話聞かせてやれよ!」
静かに食事をしているとロキファミリアの一員らしき銀髪の人相が悪い冒険者がアイズと呼んだ女性に大声で話しかけていた。
確かロキファミリアの剣士でその美しさと確かな強さで「剣姫」と呼ばれている女性だ。
「あれだって、ミノタウロスの最後の一匹をお前が倒した時にいやがったトマト野郎だよ!」
「ミノタウロスに怖気づいて兎みてぇに震えてやがったんだよ!全身血で真っ赤になってトマトみてぇになってたぜ!」
…どうやら駆け出しの冒険者を酒のネタにしているようだ。
「なんやそれ!おもろいなぁ!」
ロキをはじめ、他のファミリアの大勢が血で全身真っ赤になった冒険者を想像して笑っている。
(……)
その冒険者もまだミノタウロスというモンスターを見たことがない新人の冒険者だろう。それを嘲笑の対象にするのは見ていてとても気分が良くないな。
「雑魚は雑魚らしく冒険者なんかやってねぇで商売人でもなれっつーの!」
(………)
ガタッ
俺はカウンター席を立ち、ロキファミリアたちが座っているテーブル席へ向かって歩き、銀髪の男の前に立った。
「人の食べてる前で、そんな気分の悪くなる話を大声でしなくてもいいでしょう」
「あ?」
銀髪の男が俺を射殺す勢いで睨む。
「人が気持ちよく食べているのにあなたがそんな気分の悪くなる話をするせいで食欲がなくなるんですよ。それに見たところあなたかなりレベルの高い冒険者ですよね?自分より弱いと思った相手を貶して笑うのがロキファミリアなんですか?」
「…なんだてめぇ?俺に喧嘩売ってんのか?」
「別に売っていませんよ、人の悪口を酒の肴にして笑っているあなたがたに呆れかえっているだけです」
「んだとてめぇ…!」
「ベート!よさないか!!」
幼い顔立ちをした少年…ギルド時代の知識で知ったがロキファミリアの団長フィン・ディムナがベートと呼んだ銀髪の男を制止させようとするがすでに遅く俺に向かって高速で左拳を突き出していた。
俺はベートの拳をスレスレで避けて左手の手首を右手で掴んで左手を肘の下に通してガッチリ固定し、思い切りひねりあげた。
「があああ!!!痛ってぇぇぇ!!」
ベートが情けない悲鳴をあげているが俺はそれを無視しそのままベートの左腕をしっかりホールドした。
「えっ…!?ベートの拳がかわされた…!?」
「…!?」
上位レベルの冒険者であろう胸の小さいアマゾネス、ティオナ・ヒリュテといったか…やフィン、他大勢のファミリアの冒険者やが驚きを隠せない様子で目を見張っていた。
「あ、あの!もうやめてください!もういいですから…!」
突然横合いから声をかけられて見ると、そこには白髪の幼い顔立ちの少年が経っていた。
「その人たちが言ってる冒険者って僕の事です…。僕が弱いからこうして笑われるのは仕方ないんです…。だから、その人を放してください」
白髪の少年は気が弱そうに見えたがその眼は自分の弱さを認めて強くなりたいと願う力強い目をしていた。
「あ、君は…!」
アイズが白髪の少年を見て驚いた顔をした。知り合いなのだろうか。
「あ、アイズさん…!!…す、すみません!失礼します!!」
まるで兎のように店の外へと飛び出して走っていってしまった。
(あの少年の目…とても純粋で力強い目だった)
「なぁ、アンタ確か今日ウチと会った商売人やろ?そろそろそいつ放してやってくれへん?」
ああ…しまった、つい勢いでこんなことやってしまったが商談相手の部下をこんなことにしてしまって完全に怒ってるだろうな…。
「あ…すいません」
俺は腕を解いてベートを放した。「てめぇ!ぶっ殺す!」とまた俺に襲い掛かってきたがティオナが羽交い絞めにして身動きできないようしていた。小柄な体のどこにそんな力があるのかとても不思議だ。
「ええってええって、ウチのベートが最初にアンタを怒らすことをしたんや堪忍してぇな、ほんますまんかった」
ロキはニコニコと笑顔で謝罪をしたが何故か糸目を少し開けて俺を品定めするかのようにジロジロと眺めている。
「それにしても…仮にもレベル5のベートの攻撃を躱すなんて、自分一体何者や?どこのファミリアに所属しとるんや」
「僕も気になるな。君のその身のこなし方は一朝一夕で身に付くものじゃない、長い年月をかけなければその動きはできないよ」
フィンも俺を興味津々に見ている。生憎だが俺は冒険者でもなんでもない。俺は…
「ただの腹を空かした一般人ですよ」
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