蘭の親父さんこと、美竹さんに飲みに誘われた、多分蘭のことを愚痴られるんだろうなと勝手に思ってる。
そして、残念ながら今日はまりなと姉ちゃんを会わせる日でもある。
そしてさらに残念ながら、ユッキーナの親父さんとも遭遇してしまい、姉ちゃんが大興奮してる。
俺の身にもなってほしいものだ。
–––面倒だ、三人を連れて美竹さんの飲みの誘いに乗ろう。
酒の席ではっちゃけるとしよう。
※
居酒屋「スケキヨ」、そこが待ち合わせ場所だった。
花咲川からも羽丘からも離れた場所にあり、知る人ぞ知る店らしい。俺も今日ここに来るまで知らなかった。
「でさでさ、聞いてんの君禎ぁ!? この私を無視するったぁいい度胸じゃん!」
「はいはいはいはい、聞いてるよ聞いてる。まりなと話は終わったのか?」
「とっくの昔に終わったっつーの! 彼女のことばっかじゃなくて、少しは姉にも目移りしやがれ!」
「......まりな、話し聞いてやってくれないか?」
「まりなちゃんとはさっきいっぱいお話ししたから次は君禎に話聞いてもらうのー!」
「この姉めんどくせぇ!!」
もうこの人既に酔ってんじゃねぇかって勢いでベタベタしてきやがる!
五葉柚子、それが姉ちゃんの名前で現在音楽雑誌の記者として働いてる。
「いやはや、まさか君のお姉さんがあの月刊ロックンロールの記者さんだったとはね」
「......姉が迷惑かけております、湊さん」
「気にしなくていいよ、五葉さんの上司には私も世話になったからね」
湊さんはもう引退したけど、そこそこ有名なインディーズの歌手であった。
娘のユッキーナにもその才能は受け継がれてるようで「LOUDER」はそれこそ湊さんが最盛期の頃の楽曲でそれはそれはすごい迫力だ。俺も何度か聴かせてもらった、今ではRoseliaがカバーしてるらしい。
なんとも濃いメンツでの飲み会になりそうで騒がしいのが苦手な美竹さんには少し申し訳ないけど、その分愚痴もいっぱい聞くことにしよう。
居酒屋「スケキヨ」の垂れ幕を潜り、美竹さんの名前を出すと店員さんが案内してくれた。どうやら個室のようだ、しかもそこそこ広い。
「お待たせしました、美竹さん」
「いや、私もさっき来たところだよ」
相変わらず和服の似合う人だ。
店の雰囲気もあってか、この人だけタイムスリップしてきた人みたいに見えてくる。
俺は美竹さんと向かい合うように座って、左隣に湊さん、右隣にまりなということになった。美竹さんの隣でまりなの向かいには姉ちゃんが座った。
「聞いていた通り、人が増えたようだね」
「なんか、すみません」
「いや、構わないよ。 君と私の仲じゃないか」
美竹さん、ええ人や。でも、表情の変化がわかりにくいせいで声色で判断するしかない。
ちょっと目が怖かったりする。
「ふむ、ならこれを機に自己紹介をしておいた方がいいですかな?」
「それもそうですな。 あ、その前に何か頼んでおきましょう」
美竹さんと湊さんがメニュー表を広げ、酒の部分に目を移す。
すごいな、この二人雰囲気とか違うのに結構絵になる。共通点はガールズバンドのボーカルの父親同士ってことくらいだけど。
「私たちも何か頼もうか、君禎」
「いいけど、あんま度数高いの飲むんじゃねぇぞ」
その場の収拾だけじゃなくて、後始末とか連れて帰るのが大変だからな。
そんな感じで話していると前菜であるきんぴらごぼうのお浸しが人数分運ばれてきた。
「で、五葉君。 実は、娘のことなんだが...」
「蘭とまた何かあったんですか?」
「.....最近、洗濯物を分けてくれとうるさいんだ。 色が移るからと」
「あんた、まさかその着物も一緒に洗ってるんじゃないでしょうね?」
※
飲み始めて十分が経った。
万が一を考えて俺は清酒を飲むだけにしている。本来であれば混ざりたいところなんだが、店側に迷惑をかけてしまう気しかしない。
例えば俺の隣、湊さんと向かいの美竹さんがいい例である。
「いいや、蘭の方が可愛いに決まってるッッッ!!」
「いや、うちの友希那が日本一、いや宇宙一だッッッ!!」
そう、向かいと隣の俺をそっちのけに娘自慢を始めたよこの親馬鹿二人。
しかも酒が入るたびにヒートアップしていくのがタチが悪い、さらに元々がどれだけ飲めるかの勝負だったからこそ尚タチが悪い。
「–––知らないでしょうがね、湊さん! 私の蘭はね、着物着るとすっごい美しいんですよ、あれこそが現代を生きる大和撫子!! 赤いメッシュも気にならないほど綺麗な黒髪にあの白い肌、全てが相まってあの紫の着物に映えるんですよ!! 蘭にはどうか美竹流の後継者となってもらいたい!!」
「–––それは所詮は見た目の話でしょ、美竹さん! うちの友希那はね、普段もキリッとしてて美しいのは当たり前として、優しく気遣いのできる子で猫を見たときのあの蕩けた表情とか本当に最高でね!! たまにドジなところもあって声も綺麗で歌姫と称されるだけのことはある!! LOUDERの高音が超綺麗で良かった!!」
「......やりますね、湊さん」
「......美竹さんもね」
.....正直、余所でやっていただきたい。もっと言うなら、本人たちの前でこそ、その想いをぶつけてやってほしい。
「ですがね、蘭も健気でね–––」
「それでしたら、友希那も友希那でそれはもう–––」
正直今すぐ、この席から抜け出したい気分だが、そういうわけにもいかない。ていうかそうすることができない。
背中からまりながガッチリと俺の首をホールドしてるからだ。しかも芋焼酎瓶で飲んでるよ、俺の愛しの彼女。
「いいねぇ君禎ぁ! 愛されててさ!私なんて蜜柑だけじゃなくて、ついには君邦にまで邪険にされ始めてね!」
「それは仕方ねぇだろ、昔から邦は姉ちゃんのこと苦手だし」
「そういえば、私まだ君禎の弟さんと会ったことないなぁ。どんな人?」
「DQN」
「まぁ、パリピであることに間違いはない」
あまりあいつとまりなを会わせたくない、だから一度も二人が会う機会というものをわざと作ってない。
多分すれ違う程度じゃお互いに気がつかないだろうし、写真を見せたこともない。
「五葉君!」
「ぐえ!? 何すか、美竹さん!?」
「蘭は可愛いだろッ!!」
「あんた、本当に大丈夫か!?」
普段の様子から想像できないくらい蘭をプッシュしてくるよ、この人!
案外これが素なのかもしれないけど、今日は湊さんもいるせいでいつも以上な気がする!
「ほら見ろ、美竹さん! 五葉君はうちの友希那の方が可愛いと思ってるみたいだぞ!」
「そんなことはない、彼は一言もそんなこと言ってない!!」
「返答に詰まったということはそういうことなんだよ」
何か勝ち誇ったように隣で笑い出す湊さん、ヤバイ、こんな姿とてもじゃないがユッキーナに見せることできねぇ!
「くそ、どっちなんだ五葉君!? 君がいつまでも答えを出さないなら、君を美竹流の後継者として今からでも育てるぞッ!!」
「いや、意味わからねぇよ!?」
「–––うちの子になりなさい!」
「なんでや!?」
アカン、普段厳格で頼れる蘭の親父さんがついにぶっ壊れた!
こんな姿とてもじゃないが、蘭に見せること、できねぇ!!
「いや、五葉君はうちの子になるんだ」
「張り合うな!」
クソ、こうなったのも俺がこのメンバーで居酒屋に行こうとした俺のめんどくささが原因!
蚊帳の外、いや、この場合は野次馬って言う方が正しいか。姉ちゃんは面白そうにニヤニヤしてるし「妹がまた増えるのかー!」とかほざいてやがるよ。
まりなも酒のペース早くなってやがる、ヤバイ、自棄になってやがる!
「「さぁ、どっち!?」」
「あ、の、なぁ!!」
ダンッッッ!と机を勢いよく叩いて立ち上がる、ここが個室で良かった!
「まりな、少しもらうぞ!」
「え、ちょ–––」
まりなから芋焼酎を瓶ごと奪い、グイッと一気に飲む。
喉が焼けるような感覚? 知らん!
目の前がふらふらする? 気のせい!
まりなが心配そうにこっちを見てるけど、俺は止まらねぇ。
この酔いどれ親父共の暴走を止める!!
「–––俺にはまりながいるッッッ!!俺にとってまりなこそ宇宙一可愛いマイスウィートエンジェルだ! 異論は認めねぇッッッ!!」
頬が赤い? 酔ってんだよ!
※
夜の11時頃に解散となり、今回の飲み会の勝者は俺になった。
俺はまりなと一緒に下宿先へと戻っていた。
今日はまりなは泊まりに来るという話になってたから何の問題もない。
ちなみに姉ちゃん、湊さん、美竹さんは何故か二次会と称してカラオケに行ったらしい。
なんでも、二人の親父さんが決着をつけるんだとかなんとか。姉ちゃんは審判として向かった。
「まりな、大丈夫か? さっきからふらふらだけど、しんどいならタクシー呼ぼうか?」
「べ、別にだいひょうふだいひょうふ、距離も、そんなに、ないし」
「......リバースだけはやめてくれよ」
意識はあるみたいだけど、朧気ってところだな。急いだ方がよさそうだ。
俺もあの芋焼酎一気飲みが効いてるのか、結構しんどい。
まりなの手を引いてる状態だけど、俺が先に倒れる可能性もあるのか。
そう思っていたら、まりなが手を握り返してくれた。
いわゆる、世間一般で言う恋人つなぎって方法で。
「.....君、禎、だいひょうふ?」
「.....そんな状態のお前に心配されるほどヤバくねーよ、ばーか」
下宿先に辿り着いた頃には日は跨いでいた。
相変わらずめんどくさい鍵の施錠を寸分の狂いなく済ませ、まりなをとりあえずベッドに寝かして冷房を付ける。
一人の時だと基本的に扇風機で凌ぐのだが、客が来てる時は別だ。特に恋人の場合は、な。
「ふひ〜」
「少しは気分よくなったか?」
「たぶん」
さて、そろそろ一本吸いたいけど、まりながこんな状態では目を離そうにも離せない。
こんな状態のまりなを一人にしておきたくない。
「......シャワーどうする?」
「うー、先行ってー」
「なら、後でいいや」
まりなの側に腰掛ける、ベッドの上じゃなくて下に。
そうすることで振動による刺激を起こさないようにという俺の小さな気遣いだ。
「ねぇ、君禎ぁ。今週末暇?」
「んー、暇だなぁ」
バイトもないし、モカと牛込からの呼び出しもないし。
「じゃあ、さ。久々にデートにでも行かない? ちょっと見に行きたい舞台があって」
「わかった、金は下ろしておくよ」
今週末の予定が決まった。
そのことを伝えた終えたからかはわからないが、まりなが眠りについた。
規則正しい寝息が耳に響き、刺激される。
汗をかいていたので、羽織ってた上着を脱がせて俺はシャワーを浴びに行った。
※
その頃、あるカラオケの107号室。
「意外とやりますな、美竹さん!」
「湊さんもね!」
–––レベルの高い、洋楽と演歌が激突し合っていた。
※
そして週末。
昨日のバイトでモカと今井に顔がニヤけてて気持ち悪いと指摘されたことはとりあえず置いておこう。
まぁ、デートと言っても二人で出かけるだけなんだけどな。嬉しいことには嬉しいけど。
たしか、ここMarmaladeが解散ライブの会場になったホールだよな。
チケットも合ってるし、事前に調べてきたから場所もあってるはずだ。
ていうか間違ってたらまりなと会えないで一日が終わってしまうしな。
「君禎〜! お待たせー、待ったー?」
「二分くらい」
「それほとんど待ってないよね!?」
うん、いつも通りだ。
「そういえば、誰か知り合いが出てるって話だけど、誰なの?」
「あ、結局言わなかったんだっけ?」
「なんか当日までのお楽しみとか言ってはぐらかしたのは誰だよ」
まりなが酔い潰れていたってのもあったけど。
とりあえず咥えたタバコの煙を吐き出すため、まりなから顔を背ける。
「えっとね、うちの常連バンドであるPastel*Palettesのベース担当の千聖ちゃんがマリー役で出るの」
「やっぱりそっち系列か」
なんとなくわかってたことだ、ていうかいつの間に常連になってたんだろう。
パスパレといえば、日菜がいたんだよな。蜜柑が超絶絶賛してたっけ。
「ていうか役名とか言われてもわかんないし、俺はその千聖とは一度も会ったことがない。テレビで見たことあるだけだ」
白鷺千聖、名前と顔は有名だからな。
子役の頃から結構色んなところに出ていたし、俺が見てたドラマとか時代劇にもキャストとして出てた。
まさか、本物を舞台で見られる日が来るなんてな思いもしなかったけど。
「まぁ、そうだよね。うちによく来てくれるからそのうち会うんじゃない?」
「実際そうなりそうだから怖いよ」
「あ、あと建物内禁煙だからね! 私が預かっといてあげる!」
「ちょ、んな殺生な!?」
いくらなんでもそんな非常識なことしないよ!
ちゃんと喫煙室で吸うし!だから返してください!!
※
舞台が終わった頃には俺はまりなの涙が驚きで収まるくらいに大号泣していた。
しょうがねぇじゃねぇか、めっちゃ感動したんだからさ。
俺が家に帰って白鷺千聖にファンレターを書いたことは言うまでもあるまい。
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