「いらっしゃいませー」
「あ、今日のレジ五葉さんなんですね!よかったぁ〜!」
いつも通り、いつものコンビニでレジを担当していると顔見知りの羽丘のJK、ひまりが相も変わらず籠を使うくらいのスイーツ類を入れてやってきやがった。
以前ダイエットなるものをしてると聞いたんだが、幻聴だったか?
「.....えー、プリンアラモード317kcalが二点、ブッシュドノエル415kcalが一点、それから」
「モカみたいなことしないでくれませんか!? 泣きますよ!!?」
「他のお客様に迷惑になる行為は慎んでください、お客様」
はぁ、ホントめっちゃ買いやがって商品一つ一つレジに通すアルバイトのこと考えろっての。
「.....うぅ、でも、でももうすぐハロウィンだからそれまでに痩せないと、痩せて期間限定スイーツコンプリートしなきゃ」
「まだ一ヶ月先じゃねぇか、イベントの方は始まってるけどな」
「イベント?」
スマートフォン用アプリ「バンドリ!ガールズバンドパーティ!」にて「こころはいつもHalloween!」絶賛開催中!
「それで、こんなに食って太らないとでも思ってるのか?」
「うぐ!? ひ、一人で食べるわけじゃないし!」
「そういや、ひまり一人って珍しいな。 モカはともかく、他のメンバーはどうしたんだ?」
ひまりって結構誰かと一緒なイメージがあるからなぁ、一人だけってのは想像できない。
まぁ、現に今一人だけだけど。
「えっと、つぐは学園祭も近いので生徒会の方が忙しいみたいなんですよねぇ」
「.....道理で羽丘の奴らのシフトが消えたと思ったぜ」
モカはともかく、あの今井も数減ってるくらいだ。
「で、蘭と巴はなんかライブに観に行ったみたいです。 沼津の方まで」
「ちょっと距離あるな」
まぁ、明日は土日だから問題はないのか。
「ていうか、会計さっさとしてくれ!客並んでるわけじゃないけど、誤解されたら面倒だ」
「もういっそ誤解されちゃいます?」
「その笑い方やめろよ、気持ち悪い!ガキが色気づいてんじゃねぇよ、ったく!合計3216kcalになります!」
「ぐは!?」
※
引き継ぎを終え、帰り道を歩いてるといつぞやの猫と遭遇した。
猫違いの可能性もあるけど、毛並みとか鳴き声そっくりだし、多分だけど同じ猫だと思う。
「.....五葉さん?」
「こんな時間にJKが一人でうろついてんじゃねぇよ」
ていうか、なんで猫と遭遇する日はもれなくユッキーナとも遭遇するんだ?
※
「なぁ、兄貴」
「どうした妹よ?」
「.....なんで、ウチ兄貴とセッションする流れになったんだっけ?」
「たまたまそこで偶然会ったからだろ、おまけ付きで」
俺の妹こと五葉蜜柑はキーボードを弾きながら、俺はドラムの調子を確かめながら、そして瀬田薫なる長身の羽丘JKはギターを弾きながら演じていた。
何を? 俺にはわからない。
「あぁ、儚い! まさか子猫ちゃんのお兄さんと相見える日がやってこようとは、なんたる運命のイタズラ!」
「.....もしもーし?」
ダメだ、この人。 一回自分の世界に入っちゃったら戻ってこれないタイプの人間だ。
鮮やかな紫の髪をポニーテールで結び、一動作ごとにファッサァ、と効果音付きで動く面白人間でもあるんだが、いかんせん話が通じない。
「えっと、瀬田だったか? さっきのとこ繰り返してもいいか?」
「ふ、望むところさ」
.....これは、肯定と受け取ってもいいのだろうか?
我が妹の方に視線を向けると頷きながらサムズアップしてくれた。
どうやら肯定と受け取って問題ないらしい。
「てか、お前ら一体どういう関係だ?」
「えっと、ウチがナンパされてからしつこく付きまとうようになってきたって感じ」
「ストーカー、なのか?」
同性同士だから問題ないのか、それとも羽丘は百合の花園なのか?
一時間後、一旦水分補給の意味も兼ねて休憩することにした。
相変わらず、蜜柑の技術に感心するし、息を切らさない瀬田も普通に凄いと思う。
未だに儚い言い続けてるし、儚いがゲシュタルト崩壊しそうだ。
「時にお兄さん、シェイクスピアはご存知ですかな?」
「まぁ、一応は」
「シェイクスピアは言った、全ての出会いに意味があり一つの結末に向かっている、と」
「.....本当に言ったのか?」
怪しくなってきた、帰ってWikiで調べてみよう。
「つまり、私たちが出会ったことにもなんらかの意味がある。 そう思いませんか?」
「......まぁ、あると思いたいな。 そうじゃなきゃ人生楽しくない」
一旦瀬田の話を区切り、一本失礼させてもらう。
喫煙スペースのないスタジオのため、この部屋で吸うしかない。 禁煙じゃないので問題はないし、予め二人からも了解は得てる。
「瀬田の考えはどうなんだ? シェイクスピアじゃなくて、俺との出会いに何を考える?」
「そうだね........儚い、つまりそういうことさ」
「結論を出せよ」
俺と瀬田のやり取りは30分続いた。
※
「はよーっす」
「あ、いっつーさん。 どもでーす」
「お疲れ様です、五葉さん!」
お、今日はこいつらの方が早かったのか。
「お疲れさん、海輝のヤローから引き継いだら手伝うわ。 店長いる?」
「店長さん今上に呼ばれてるらしいみたいなので、またいっつーさんに荷物の受け入れを頼みたいと言ってましたー」
「またかよ、わかった。 メモっていつもんとこ?」
なるべくあの変態とは顔を合わせないようにして、更衣室にあいつがいないことを確認してから着替えを始める。
ロッカーを締め、店長がいつも伝言を残す場所の倉庫の前にある三段ボックスの電話機の下に手を入れる。
「.....はぁ、思いっきり混む時間帯じゃねぇか」
「その間、アタシら表出とくんで心配しないでください」
「悪いな今井、てか今日何人来てる?」
「今日は、アタシとモカと、これからも入れたら、他は四人だったなぁ」
「十分だな」
そういや、そろそろハロウィンだから商品の仕入れも増えるし内装も外装も飾り付けないとなぁ。
店長、ローソンとかファミマとかセブイレに売り上げ勝つとか謎のこだわりある人だからイベントの時はガチなんだよねぇ。
ていうか、大手企業に喧嘩売るってのも中々。 うちもたしかどっかの傘下だったはずだ。
「じゃあ、しばらく俺表出とくから今井は休憩しといて」
「はーい!」
とりあえず俺は表に二時間半出て、そこからモカとチェンジして、在庫チェックして、吸いながらトラックを待つとしますか。
「いらっしゃいませー」
※
「あ、五葉さん! こんにちは!」
「つぐみか、いらっしゃい」
しばらくして、制服を着たつぐみと眼鏡をした羽丘の生徒が来た。
ていうか、あの眼鏡の人、どっかで見たような気もする。
「今日はいつものメンバーと一緒じゃないんだな」
「えぇ、生徒会の方の仕事が多くて皆には先に帰ってもらってて。 元々今日授業が午前で終わる日だったので」
「まぁ、今日はモカ俺より早くここに来てたからな」
それでつぐみは休憩と腹ごしらえにここまで来たらしい。
まぁ、羽丘とここ結構近いからな。 昼飯も買いに来る羽丘生もたくさんいるわけだからな。
この時間帯はやっぱ人そこそこ多いなぁ、昼飯時じゃないけど小腹が空いてくる時間帯なのかもしれない。
そろそろ俺一人じゃレジは厳しいかもなぁ、休憩中申し訳ないけど、一人呼ぶか。
「花袋さーん、悪いけどそろそろレジ手伝ってもらってもいいか?」
「は、はい! ちょっと待ってください!」
よし、これでこの先起こるであろうレジ渋滞を回避できる!
「お疲れ様です、五葉さん! あと、いつもモカちゃんがお世話になってます」
「あんま気にするなって」
レジに来たつぐみと軽い世間話をしながら商品をレジに通していく。
なんだろうな、つぐみからは他のAfter glowメンバーとは違う母性を感じさせるところがある。
リーダーはひまりらしいけど、つぐみは本当に色々と苦労してそうだ。
「あ、五葉さん! 二週間後羽丘で学祭をやるのでお時間あれば是非来てください!」
「おう、前向きに検討しておくよ」
そう言って眼鏡の羽丘生と一緒に行ってしまった。
レジはそこまで並んでなかったので話し込んでしまったが、これからはそういうわけにはいきそうにもなかった。
※
久々に大学に来た。
今やレポートなんかもPCで済ませてしまう時代なので、そういうことはする必要がない。
きちんと出すものは出してるし、一応あの変態と違って単位はしっかり取っている。
ならば何故来たのか、疑問に思うだろ?
金をもらいに、じゃなくて、オープンキャンパスのバイトである。
まりなの代わりとはいえ普段そんなに大学に顔出してない俺が大学の顔の一人として出てもいいのか些か疑問に思ったが、大学の施設の詳細、地理を把握しておけば問題はなさそうだった。
海輝もコンビニの方だし、気楽に有意義な時間を過ごせそうだ。
「すみません、対策講座の方はどちらでやってるのでしょうか?」
「過去問対策講座の方でしょうか?」
「そうです」
「そちらでしたら、この建物の突き当たりを右に下りてそのまままっすぐ行くとD棟の入り口で案内してるのですぐにわかりますよ」
「ありがとうございます」
.....ていうか今の人めっちゃどっかで見たことある気がする。
日菜と髪色そっくりだし、雰囲気全然違うけど、目の奥の色というか佇まいがそっくりだった。
まぁ、他人の空似ってことでいいだろう。
いくら地元とはいえ、華丘大学は全国からオープンキャンパスに来るくらいそこそこ大きな大学だ。
そうそう知り合いに会うなんてことないだろう。
「あ、五葉さん。 何してるの?」
「.....世間って狭ぇ」
※
思いの外来校者が少ないということで業務終了ということになった。
蘭もまだ残ってるということで、せっかくなので合流することにした。
「つーか、お前まだ高一だろ。 もう進路考えてんの?」
「ぼんやり、しか。 父さんとの約束もあるし」
さてはコイツら、また喧嘩したな。
「で、五葉さんってここの人だったんですね」
「まぁな、言ってなかったっけ?」
「私は聞いてません」
そういえば蘭とはあまりそういうこと話すことなかったか。
基本コイツと話すことは父親の愚痴かバンドのことだもんな。
「それで感想は? 華丘の」
「.....五葉さんが受かったんなら行けそうな気がしてきました」
「喧嘩売ってんのか」
失礼なやつだ。
俺も蘭も腹が減ったという意見が一致したので、大学食堂に向かいながら自分でもよくこんなところ受かったなぁとしみじみと思う。
「ま、ここの偏差値そこそこ高いからしっかり勉強しとけよ。 早いうちにやっておくことに越したことはねぇ」
「ていうか、五葉さんってどうしてここを受けたんですか?」
「俺?」
食堂に到着し、食券を買う列に並んでいる間に蘭が尋ねてくる。
思えばここに来るのも結構久しぶりだ。
「.....深い意味はねぇよ、国公立ならどこでもよかった」
「.....どこでもよかったで選ぶようなところじゃない気がしますけど」
「まぁ、両親が煩かったってのもあるな。 頭の堅い頑固な両親がな」
目指すなら高偏差値、俺たちは子供の頃からそう言い聞かせられて生きてきた。
俺としては問題なかった、目標は高い方がモチベーション上がったし、結果を勝ち取った。
五葉家の謎ルールの一つとして、大学に進学したら一人暮らしを始め、そこから先は自立するというものがある。
蜜柑はまだ実家、邦は行方知れず、姉ちゃんは就職してる。
追い出しておいて心配なのか知らねぇけど、たまに蜜柑がうちに派遣される。 生存確認とか言ってたが、堕落してようなら連れ戻して説教でもするつもりなんだろうな。
姉ちゃんが何度もそうなってるのを見たことがある。
(.....蘭と話してると、家族のことを考えちまうな)
境遇が似ているかだろうか、蘭にもつぐみとは違った母性のようなものがあるからなのだろうか。
適当に席を取り、俺は牛丼、蘭は蕎麦を食べ始める。
お世辞じゃないけど、ここの飯はそこそこ美味い。
「そういや、お前ら卒業してもAfter glowとしての活動は続けるつもりなのか?」
「一応、皆進路がバラバラになったとしても集まる口実になりますし」
そう、それこそがAfter glowの元々の結成理由。
モカから聞いた話ではあるが、仲良し幼馴染五人の場所。
「ま、しっかりあの人説得しろよ」
「.....うん」
今度、美竹さんを飲みに誘おう。
※
モカにスタジオ練に誘われた。
「ちょっと待て、他には誰もいないのか?」
「そうですよー、私といっつーさんの二人っきりですよー、えへへへへ〜」
にへら、とモカはギターを持ちながら笑う。
.....ギター、か。
「たまには、俺もギター弾いてみるか」
「あれ、いっつーさんドラムじゃないの?」
「メインはな、一応ギターボーカルもやってた」
リーダーの謎方針だったけど、できる範囲が広がったという意味ではあんな人の元でも得れるものはあったってことだな。
「–––私ら二人でユニットでも組んじゃいます?」
「そういうことは一回でも合わせてから言えよ」
だが、俺はギターの方は弾ける曲はかなり限られてくる。
あくまでも、ギターの方はサブであり、ドラムほど慣れてはいない。
「じゃ、そっちに合わせるから頼むよ」
「いえっさー」
モカの話によると、今日After glowのメンバーは用事が重なってしまったらしい。
それで一人暇だったモカが俺に声をかけたとのことだ。
先日作ったばかりという曲「Hey-day 狂想曲」をギターパートからドラムパートの二回に分けてモカの練習に付き合った。
羽丘の学祭で演奏するらしく、それまでに完成させないといけないらしい。
んで、モカはどうもこの曲で上手くいかない部分があるらしいので俺にも見て欲しいと言ってきたんだけど.....
「.....お前、この曲苦手とか嘘だろ。 ほぼ完璧じゃねぇか」
「ほぼ、じゃダメなんですよ。 蘭たちのために、集まってくれた人達のためにも完璧にしなきゃですよ」
「.....お前、そんなこと考えるタイプだっけ?」
「まぁ、モカちゃん的にはこの辺でもいいかなぁっと思ってるんですけど」
「おい!?」
「だって、こうでもしないと、いっつーさんを誘う口実が、思いつかなくて」
演奏中にも関わらず、モカの声はギターよりもドラムよりも大きく俺の耳に届いた。
「.....お前」
「なんちゃって〜、照れちゃいました? 照れてます??」
「ガキに欲情はしねぇよ」
ったく、最近の高校生は蜜柑もそうだが、色気付きすぎてやがる。
第一、まりなを裏切るようなことは絶対にしない。
「.....割と本気だったりするんですけどねぇ」
「はいはい、んなこと言ってたらお前のファンが勘違いするぞ。 次やるぞ」
「.....しゅーん」
.....ちょっと言い過ぎたかな。
「ったく、帰り山吹ベーカリーのパン買ってやるから元気出せ。 俺も言い過ぎたよ」
「わーい、いっつーさん優しー!」
うーん、こいつの掌の上で踊らされてる感がイマイチ気に入らないが、別にいいか。
ドラムでリズムを取りながら、再び演奏に戻った。
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