地霊殿の座敷わらし   作:らずべる

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第六話 迷い子と従者

 

 

 日の差し込まないこの地底にも僅かながら四季、というものはございまして、私が地底に落ちてからはや幾月、桜の咲きそうな時期になりました。

 一言で「桜」と言いましても、地底で咲く桜は地上で里を彩らせているような植物の桜ではなく、人間の魂が長い年月をかけて結晶化して出来た石桜と呼ばれるもので、地底の空で輝いています。

 ……残念なことに地底の怨霊達はその石桜を好み、食らいつくしてしまうらしくほとんど見ることが出来ないそうで。私が初めてお燐に訊いたときは、よく見えたねと驚かれたものですが、何の事はありません。私は座敷わらしですから、視力と違いを見極める力は他の人間や妖怪とは段違いなのです。

 

 と、そんな他愛ないことを長々と考えながら、先日渡した鈴の音を頼りにこいし様を探しているのですが、見つかりませんね。先程からチリンチリンと音は聞こえているので近くにいるはずなのですが……

 

「あ、ゆりちゃんだ。どうしたの?」

 

 おっと、いつの間にか隣に立たれてました。やはり音で大体の場所がわかっても見つけるのは難しいですね。

 ……とと、また考え込んでしまうところでした。

 

「こいし様を探していたのですよ、良ければ朝食をご用意致しますが……お出かけですか?」

 

 鈴の音を追って辿り着いたところは玄関の外。このまま外に行くところだったのでしょう。

 

「ん?んー、うん!ゆりちゃんも来る?」

 

「はい」

 

 突然出かけることになっても大丈夫なようにあらかじめ用意しておいた篭にエプロンを放り込み、外出の旨を記入しておいた板を置いて準備は終了。たったこれだけでメイド服から灰色のワンピースに変化するのですから準備が楽でいいですね。

 百合を模した髪飾りも相まって、割と普通の少女に見えるはずです。

 

「お待たせ致しました」

 

「よーし、いくよー!」

 

 

 外に出てみますと空は澄んでいて石桜の破片がよく見えます。

 せっかく美しいのですからもう少ししっかり見てみたいのですけれど、欲望の塊のような怨霊達にそれを頼むのは私では無理そうですね。

 さとり様に相談でもしてみましょうか。

 

 こいし様の後を追って旧都の方に向かいますと、雪こそ降ってはこないものの、だんだんと寒さが増してきました。

 ああ、何かしら羽織ってから出掛けるべきでしたね。地霊殿には灼熱地獄跡がありますから寧ろ暑いぐらいなのですが、ここは日も射し込まぬ地底。熱源から離れればなかなかの寒さです。

 夏でも冬でも変わらず冷たい。それが地底の気候なのだそうです。

 

 さて、旧都の中を何事もなく通り抜け、そのままずんずんと進んでいきますと、懐かしいところに出てきました。

 上を見上げても天井が見えることのない大きな縦穴。妖怪の山の麓の洞窟に繋がる、地上との出入口です。

 

「こいし様、地上に向かわれるのですか?」

 

「んー?」

 

 考えるようなそぶりを見せながらも、その足は縦穴の真下に真っ直ぐ向かっていますから、地上に行くつもりなのでしょう。

 確か地上と地底の間には不可侵の条約のようなものがあって、地底の妖怪が地上に出るのは何か問題があったような気もするのですが……既に私という地上の妖怪が地底に落ちているのですし、気にしない方向でいきましょう。

 

「地上には、よく行くんですか?」

 

 こいし様と一緒に縦穴を登りながら気になっていたことを尋ねます。

 

「うん、時々行ってるよ。誰も気づかないけどね」

 

 成る程、誰にも気づかれなければ誰かに咎められることもない、と。確かにその通りですね。

 

 

 その後もこいし様と他愛のない話をしながら長い縦穴を登りきり、洞窟を根城にしている土蜘蛛達に気づかれないように洞窟を抜け、久しぶりに日の光が差し込む所に出てきました。

 さて、こいし様の向かう方向は…………人里ですか。正直あまり近寄りたくはないのですが、仕方ありませんね。主人が向かうのであれば付いていくのが従者です。

 

 

 話題もないので特に話すこともなく、ただ黙々と歩いていますと人里が見えてきました。今は昼間ですから門も開いていて、人通りは少ないですが気づかれずに通れそうですね。

 基本的に座敷わらしは自分の憑いている家から出ることは滅多にありませんから、同業者に気づかれるということはないとは思いますが、気づかれたら問題ですから出来るだけ気配を消して移動します。

 問題になると言っても私が人里にいた頃は家から出られませんでしたから、同業者に会ったとしても分からないのですが。

 

 

 ……おや?

 しばらく適当に人里を歩き、最早私がどこにいるのかわからなくなってきた頃、道の端から泣き声が聞こえてきました。子供のようです。

 こいし様に断りを入れて声のする方に向かいますと、道端で私と同じくらいの大きさの、幼い少女が泣いていました。親とはぐれたのでしょうか?

 

「どうしたの?」

 

 そっと近づいて私が話しかけますと、その少女は驚いたように一瞬目を見開き、親とはぐれたのだと教えてくれました。

 なんでも、広場の団子屋に向かっていたところで屋台の風車に目を引かれ、気がついたらはぐれていたのだそうで。どこかで似たようなはぐれ方をした人を知ってる気もしますが、ともかく団子屋の方へ向かえば良さそうです。

 

「こいし様、団子屋の広場ってどこにありますか?」

 

 いつの間にか民家の屋根に登っていたこいし様に位置を聞きますと、暫くキョロキョロと辺りを見回した後で降りてきて左だと教えてくれました。

 先程まではこいし様の事が見えてなかったようで、急に降ってきた彼女に迷子の少女が固まっていますが、なんとか親の下に送り届けられそうです。

 

 

 

「ここの辺りだね。団子屋さんがあっち、目印になりそうな大木があっち」

 

 広場について辺りを見渡していると、ここの辺りは通りなれているのかこいし様が説明してくれました。

 いつの間にか二人の手をしっかりと握っていた迷子の少女は暫くキョロキョロとした後、無事に親を見つけたようで、お母さんと叫びながら走っていってしまいました。

 

「ありがとうございます、こいし様」

 

「うん。無事に見つかってよかったよかった」

 

 おや、親の下にたどり着いた少女がこちらを振り返りましたね。私たちを見つけることはできるのでしょうか。

 

「さて、こいし様。これからどちらに向かいますか?」

 

「んー、帰ろっか。お姉ちゃんにも会いたいしね」

 

 それはいいですね。こいし様は地霊殿にいてもさとり様とあまり話すことが無いようですから、さとり様も喜ぶことでしょう。

 

 

 ありがとー!と後ろから声が聞こえてきました。

 ですが私はそちらを振り返ること無く、こいし様の後ろについていきます。

 あまり人里に長居しようとは思いませんし、

 

……なにより迷子になったら危ないですからね。


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