地霊殿の座敷わらし   作:らずべる

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第四話 鬼と従者

 

 

 

 何度この広場を通ったことでしょう。

 どうやら先程から同じところをぐるぐると回ってしまっているようで、私の目の前にはつい数分前にも見たお店があります。

 もしかすると同じような広場が二つ以上あるのでしょうか。

 

「おい、そこのあんた」

 

 誰かの呼ぶ声がしました。

 目立たないように動いていますし、今まで誰にも話しかけられて来なかったので私のことではないと思うのですが……

 

「あんただよ、あんた」

 

 肩を叩かれて振り向くと、呼び掛けていたのであろう女性が目の前に立っていました。

 どうも私のことだったようです。

 

「どちら様でしょうか?」

 

「それはこっちが聞きたいんだがね。私は星熊勇儀。

あんた、ここらじゃ見ない顔だが、辺りををうろちょろして何か企んでいるんじゃあないだろうね」

 

 そう言ってその人……いえ、額にある角から察するに鬼、でしょうか。

 その鬼は体を曲げて私を見下ろしてきます。

 

「私は東ゆり、この間地上から落ちてきた新顔ですよ」

 

「成る程?地上からねぇ。そんで、ここでなにしてんだい?

地上から地下に降りてきても恐ろしいものくらいしかないだろうに」

 

「こいし様の従者として、後をついて来ただけです。

生憎、こいし様とははぐれてしまいましたけどね」

 

「ほぅ、こいしねぇ……面白いことを言う奴だ。

……そうだな、ここは力がものを言う地底。うちと戦って勝ったら信じてやることにしよう。

こいしもこっちが騒がしけりゃあ寄ってくるだろうさ」

 

 成る程、そんな方法もありましたか。

 回りの反応や相手が鬼であることを考えると、無茶を言って暴れたいだけにも聞こえますが、私は運動ができる方なんです。

 体も小さいですから避け続けるぐらいならできるでしょう。

 

「文句は無さそうだな」

 

「えぇ、こいし様を探すのにもいい手段ですもの」

 

「ほぅ、なら少しでも長引かせないといけないね。一瞬で終わるなよ!」

 

 そう言うが早いか彼女は開始の合図もなしに殴りかかってきました。

 さすがに食らったら一撃で気絶しそうな威力ですが、見慣れていますから難なく避けることができます。

 それにしても……

 

「貴方が人の形をしていてよかった」

 

「あぁ!?」

 

 続いて飛んできた蹴りも軽く避けます。

 私は長い間人を見続けていましたからね。人の形をしている奴の筋肉の付き方や攻撃方法なんかは熟知しています。

 次は一気に間合いを詰めてから殴るつもりでしょうか?

 動体視力なんかも高い方ですから、どこに何が飛んでくるのかさえわかれば避けることなど造作もないことです。

 

「ちょこまかちょこまかと避けやがって……そっちからもかかって来な!」

 

「カウンターが怖いので遠慮しておきます」

 

 下手に殴っても力はありませんし、相手は戦いなれているのでしょうから相手の土俵に持ち込まれるだけですものね。

 観客からは多少のブーイングも聞こえてきますが、気にしてはいけません。

 

 

 始まってから十分程経ったでしょうか、私達は妖怪ですから人間のように数十分程度で疲れてしまうことはありません。

 しかし、思うようにいかないという状況は人を精神的に疲れさせるものです。

 私がすべての攻撃を避けてしまっているため、相手は未だに一撃も当てることができていません。

 

 観客もなかなか決着のつかない勝負に苛ついてきたのか少しの応援と多数の非難で盛り上がって来ました。

 詳しく聞いている余裕はありませんが、何故とっとと私を倒さないのか、といったところでしょうか?

 相手の攻撃にも疲れが見えてきて、キレというものがなくなってきました。焦りもだいぶ出てきたようですね。

 向こうが諦めて負けてくれるのが一番楽なのですが……それは無さそうです。

 仕方がありません、鬼相手に通じるかどうかはわかりませんが、少し仕掛けてみることにしましょうか。

 

 

 相手の攻撃の隙を見て、妖力で私の分身を作り、私はその影で気配を薄めます。

 本当に簡単で初歩的な妖術ですから、普段の鬼相手なら通用するわけがないでしょう。

 しかし、相手は極度の緊張状態で、なおかつ精神的に疲れているはずです。

 分身に気づく余裕もないことを祈りましょう。

 

 相手の蹴りが飛んできて分身に命中し、分身が飛んでいきました。

 私はしっかりと避けていますが、相手は私の思い通りに、ようやく攻撃が当たったと思ってくれたようです。

 安堵のせいか相手の全身に込もっていた力が抜けました。

 

 その瞬間を逃す必要はありません。

 私は素早く相手に近づいて、相手の体を押し倒そうと試みます。

 攻撃手段としては全くもって意味をなさず、全く殺意を込めていない行動ですが、力の抜けた相手ならきっと押し倒せるはずです。

 

 予想通り、私に押されてぐらりと傾いた相手の体は

 

 予期していなかった出来事に為す術もなく

 

 

 あっさりと倒れました。

 

 

 

 騒がしかった辺りの観客もいつの間にか静かになっています。

 

「……ははっ、私の負けだ」

 

 仰向けに倒れたままの彼女が、諦めたように呟きます。

 そのとたん、辺りが思い出したかのように歓声で包まれます。

 

「ゆり、だっけか。お前の勝ちだ。それで、こいしは来てるのか?」

 

 起き上がってきた彼女、勇儀、と言っていましたか、

勇儀さんが辺りを見渡しています。

 負けたことに対する不満は無いように見えるので助かりました。リベンジマッチとかいうことになったら先程のはもう通じませんし、体力も精神力も鬼には勝てませんから。

 とと、私もこいし様を探さなければ。

 

「おめでとー!」

 

「うわっ、そこにいたのか」

 

 気がついたらすぐ横にこいし様がいました。

 

「ようやく会えました。こいし様、帰りますか?」

 

「うん。面白いものも見れて満足したし、どうにもゆりちゃんは方向音痴みたいだからね」

 

「申し訳ありません……」

 

「ん、もう帰るのか。また旧都にきたら私のところにおいで。歓迎するよ」

 

「えぇ、時々買い物に出掛けたりはするでしょうから、その時は伺いますね」

 

 おっと、こいし様が歩きだしていました。

 またはぐれて迷うのは勘弁です。追いかけましょう。

 勇儀さんに向けてバイバイ、と手を振り、急いでこいし様の方に駆けていきます。

 きっとこれで地霊殿に帰れるのでしょう。

 

 

 疲れました……


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