翌朝、目を覚ましたら眼前に見覚えのない天井が広がっていて戸惑い、すぐに、地霊殿の使用人になったということを思い出します。
窓の外を見て、ここは日の光が差し込まないことに気付き、部屋に据え付けられた時計を見ると丁度、日の出の時間を指し示していました。
人里では日の出と共に起きて、日の入りと共に眠るのが半ば当たり前のようなものでしたから、環境が変わっても癖は抜けないものですね。
しばらく時計を眺めて、こいし様が起きる時間までまだ暫くあることを確認すると、昨日おりんからあてがわれたメイド服と呼ばれるエプロンつきの服に袖を通します。
普段は着物を着ていた私にとって、スカート付きの洋服は着慣れていないので少し違和感を覚えますが、そのうち慣れるはずです。
身支度を整えた私は静かに部屋を出て、こいし様の部屋に明かりが点いていないことを確認すると、薄暗い廊下を食堂に向かいます。
昨日、部屋を案内してもらったあと、今日の仕事については説明してもらいましたから、おそらく今この時間だと私より早起きのメイドが朝食の準備をしていることでしょう。
「誰もいない……」
そう思って食堂の扉を開けた私は思わず口に出して呟きました。
朝食担当のおりんだけでなく、人の姿になれないため朝食の素材を持ってくる仕事の動物霊たちもいません。
どうやら、起きるのが少しばかり早すぎたようです。
人里では皆が活動し始める時間なのですが、ここは地底。地上とは異なるのでしょう。
「あー、ゆりちゃん起きてたんだー」
「きゃぁ!?」
突然後ろから聞こえた声に驚いて振り替えると、相変わらず満面の笑みをたたえたこいし様が私の後ろにおりました。
「こいし様、起きていらしたのですか?」
「ううん、寝てない」
一体、人のいない屋敷で、眠らずに何をしていたのでしょう……
私は人間と一緒に生活していましたから夜は眠るのが当たり前でしたが、普通の妖怪だとそんなものなのでしょうか?
「では、こいし様はいかが致しますか?もしお腹が空いているのであれば何か簡単なものを作りますよ」
「作ってくれるの?じゃあお願い!」
そういってこいし様はパタパタとテーブルに駆けていきました。
私は台所に向かうと、貯蔵庫を確認し、パンと卵、ベーコン、キャベツ等を必要分取りだし、目玉焼きを焼き始めます。
居候のような妖怪とはいえ、時々家事を手伝ったりしていましたから家庭料理程度なら朝飯前です。
目玉焼きに、炒めたキャベツとベーコンを添えて。パンは軽く焼いたものを皿に乗せ、西洋風の簡単な朝食が完成しました。
人里の基本は和食ですからパンの朝食というのはあまり無いのですが、上手にできているのでしょうか。
「目玉焼きだー!」
「はい。かなり久しぶりに作りましたので上手にできているかはわかりませんけど、目玉焼きです」
匂いにつられたのかいつの間にかこいし様がすぐそばにいました。
こいし様は嬉々としながらその目玉焼きをテーブルに運ぶと嬉しそうに食べ始めます。
どうやら喜んでいただけたようで、止まることなく食べ続けています。簡単なものでも自分が作ったものを喜んで食べていただけるというのは、嬉しいものですね。
「おや、こいし様にゆりじゃないか。こんな朝早くから起きてたのか?」
こいし様がそろそろ食べ終わろうかという頃、扉の開く音にふとそちらを見ると、卵の入ったカゴを持ったおりんがいました。
「はい。こいし様は夜の間中ずっと起きていらしたみたいで、私は先程起床したのでなにかお手伝いできることがないかと思って食堂に来たのですが……」
「あぁ。そういえばもう地上なら起きてる時間だね」
そういっておりんは笑います。
「地底には妖怪や幽霊しか住んでないし、日の光も届かないからね。基本的にみんな自由に寝起きしているのさ。まぁ、ここは大分外に合わせた動きになっているんだけどね。
ここにいるペット達は元々地上に住んでいた子も多いから、その子達が混乱しないようにっていう配慮さ」
成る程、動物霊達の生活ペースに合わせているのですか。
やはり一般的な妖怪は自由なのが普通でしょうね。
そんなことを考えながら、ふとテーブルの方を見ますと、先程とは違うことに気付きます。
「あれ、こいし様は?」
「あー、私と話していたからねぇ。気づかないうちに何処か行っちゃったな」
テーブルの上には食べ終わって黄色く汚れた皿だけが無造作においてあります。
……お皿を片付けたら、こいし様を探しましょうか。
何処に行ってしまわれたのでしょう……