地霊殿の座敷わらし   作:らずべる

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第一話 地底に落ちた少女

 

 

 

「ねぇ、大丈夫?」

 

 ……声が聞こえる。

 

 うっすらと目を開けてみると、倒れている私の横で丸い帽子を被った少女がしゃがみこんでいました。

 

 

 私は………………ああ、身投げをしたのでした。

 底が見えないほど深く、深く続いていた穴に。

 私も妖怪の端くれ、そんなことで死ねないのは事は判っていたのですが……

 

「ねぇ、聞こえてる?大丈夫?」

 

 先程の少女が私の顔の前で手を振っています。

 何処の子供でしょうか。

 

「えぇ、大丈夫です、ありがとう。あなたは?」

 

 服についた砂を払いながら少女にたずねます。

 

「私?私はこいし。古明地こいしだよ」

 

「こいしちゃんね。私の名前はゆり…………(あずま)ゆり。座敷わらしよ」

 

「ふーん。ねえ、ゆりちゃん、どこから来たの?」

 

「……上、から」

 

「じゃあおうちは地上にあるのかー。送ろうか?」

 

「いいえ、私には住み着いている家がないのよ。それには及ばないわ」

 

 座敷わらしとは憑いた家に繁栄をもたらす。

 そう、言われている妖怪。

 もし、私に住み着いている家があるのなら帰らなければ繁栄した分衰退してしまうことでしょう。

 

 でも、そんなことは私には関係のない話。

 

「家がないの?じゃあ、私のとこくる?」

 

 彼女はすこし驚いた顔をするとすぐに笑顔に戻り、そう言ってきた。

 

 …………人間は、いつもこうだ。

 

「いいえ、結構よ。私はどこの家にも憑く気がないから」

 

 そう言ってやると、彼女は何を言っているのだろう、といった様子で首をかしげてしまいました。

 

「つく?」

 

「……貴方、もしかして座敷わらしを知らないの?」

 

「うん」

 

「……じゃあ、何で私を貴方の家に呼ぼうと?」

 

「なんで……?」

 

 ……更に首をかしげられてしまいました。裏表のない、とでも言えばいいのでしょうか。損得勘定もなしに見知らぬ人を家に呼ぼうとは、なんとも不思議な子です。

 

「ねぇ、うちにおいでよ。きっとお姉ちゃんが部屋をくれると思うからさ。面白い動物たちもたくさんいるよ」

 

 そう言って、彼女は笑う。

 初めて向けられた純粋な善意に戸惑っているうちに、私は彼女に引っ張られるようにしながら、彼女の家、地霊殿へと連れていかれました。

 

 

 

 

「貴方は……座敷わらしなのね。

そう……人間達が貴方のことを都合のよい幸運グッズのように扱うことに嫌気がさしたの。

いいえ、別にうちに憑く必要はないのよ。

……私?私は古明地さとり。この地霊殿の主の、さとり妖怪よ。」

 

 あれから暫くして、地霊殿と呼ばれる豪邸まで引っ張られてきた私はそのままそこの主の仕事部屋までつれてこられました。

 ……なんというか、不思議な人です。

 私の心を読んでいるのか、すらすらと疑問に答えてくれています。

 

 でも、それより一つ、気になることがある。

 

「……ここに憑かなくてもいい、の?」

 

「えぇ、別に貴方はここに住み続けている必要はないわ。

ここから離れたくなったら離れてもいい。

もし貴女が何もせずにここにいるのが耐えられないと言うのなら、ここの使用人として働いて頂戴。

今、丁度人手が足りていなくてね、家賃代わりよ」

 

「…………よろしく、お願いします。さとり様」

 

 ここの人達は里の人間達とは違う、そんな気がした。

 

「あら、働いてくれるのね、ありがたいわ。

それでは、貴方の仕事なのだけれども…………こいしの従者になってもらいます。

この子はちょっと特殊でね、少しでも気を逸らすと私でも何処に居るかわからなくなってしまうの。

だからほぼ付きっきりになってしまうのだけれど…………大丈夫そうね」

 

「はい」

 

「では契約成立、ね。貴方の部屋とこいしの部屋を案内するわ。燐!」

 

 さとり様がそう言うと、さっきまで彼女の隣にいた黒猫が少女の姿になりました。

 長らく生きた猫は妖怪化して猫又になる、という話を聞いたことはありますが、彼女もその類いなのでしょうか?

 

「よっと、ゆり……だっけ?案内するからついてきて。

あと私達には特に敬語とかつかわなくていいからね。」

 

「わかった。燐……で、合ってる?」

 

「ありゃ、そういやまだ名乗ってなかったねぇ。私は火焔猫燐。おりんでいいよ。」

 

 

 

 

 

「ねぇ……おりん。

一つ、聞きたいのだけれど私は使用人の経験とかないけど、具体的に何をすればいいのかしら?」

 

 燐と名乗った少女について行きながら、聞きそびれた疑問について尋ねました。

 私は人間と一緒に生活していた時に家事の手伝い等をやったことはありますが、正式に使用人として働いたことはありません。

 しっかり聞いておかないと何もできませんからね。人里の一軒家とは勝手も違いますから。

 

「あー……使用人の仕事、ねぇ……。

あんたはこいし様の従者だから……朝こいし様を起こして着替えの手伝い、そのあとご飯食べたらふらっと出掛けちゃうから目を離さないように付いていく、っと、ざっとこんなところかね。

さとり様も言っていたけど少しでも気を逸らすと目の前にいても気づけなくなってしまうからな。

朝起こしてから夜眠るまで気を向けてないとすぐ見失うよ」

 

「え?じゃあ今は……?」

 

「多分、もう何処にいるかわからなくなってるね。

夕飯までに帰ってくることもあるけどしばらく帰ってこないこともある。

まぁいつものことだから大丈夫なんだけどね。

さとり様もああ見えてこいし様のことを心配してるのさ」

 

 それでは私はこいし様の従者としてこいし様を探しにいかないといけないのでは……?

 

「ん?ああ、そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫だよ。こいし様を完全に追尾するなんて誰にもできやしないさ。

でもこいし様が地霊殿にいるときには私達も気づきたいからね、誰かこいし様が帰ってきたことを知れる人が必要だったのさ」

 

 そう言っておりんは笑います。

 こいし様が帰ってきたことを知る方法、ですか。

 

「さっきさとり様がこいし様にあんたを見つけたら声を掛けるように言いつけていたから近くにいるってことはわかるはずさ。

…………さて、ここがあんたの部屋だよ。んで、その突き当たりのがこいし様の部屋。館の地理は……頑張って覚えて。

和服だと動きづらいと思うからあとで何着か洋服持ってくるよ」

 

 おりんは私を部屋まで案内するとお礼を言う間もなく猫の姿で駆けていってしまいました。

 彼女もなかなか忙しいのでしょう。

 

 ……無邪気で無意識な少女についていくうちに、いつの間にか私はこいし様の従者として地霊殿に住むことになっていました。

 

 ――これから、どうなるのでしょうね。


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