うたわれるもの 別離と再会と出会いと   作:大城晃

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本当に久しぶりの投稿になります……。
長い間時間が空いて本当に申し訳ありませんでした。

お待ちしていただけている方がいるかはわかりませんが楽しんでいただけると幸いです。



訪れるもの2~神眠る國の皇/使者殿の帝都観光~

訪れるもの2~神眠る國の皇/使者殿の帝都観光~

 

 

 次の日、久々にカルラ(ねえ)さんから呼び出しがあり、自分とクオンは白楼閣の最上階にあるあの隠し部屋に向かっていた。たまに酒を持って一緒に飲んだりしていたのだが呼び出しという形では久しぶりだ。さて、何があることやら。

 

「……で、なんだと思う?」

 

「う~ん、カミュお姉さまとアルルゥお姉さまも来てるこの状況だと……お父様でも来てるのかな?」

 

「あー、クオンもそう思うか?」

 

「うん。少なくともこの状況での呼び出しだし……」

 

 クオンにこの呼び出しがなんだろうと聞いてみると案の定自分の予想通りの答えが返ってきた。まぁ、オボロ皇がこの状況で来ている可能性はないとは言えないからな……。というか来ていると半ば確信している自分がいるぞ。

 

「ああ、うん、自分もそう思うからその先は言わなくてもいい……。っと、着いたな」

 

「うん、じゃあこれをこうして……それとこれをこうしてっと」

 

 クオンが慣れた手つきでからくりになっている絵を正しい位置へと戻していく。まぁ、結構な回数通い詰めているし流石に記憶してしまってるか。絵が完成して数瞬してからからくりの動く音がし、階段が現れる。自分とクオンはそれを昇り、姉さんの部屋に入ったんだが……。

 

「ふん!」

 

「グッ!」

 

 自分が先頭で部屋に入った瞬間の事だ。入口付近に立っていた男にいきなり殴られた。自分は避けられたが避けずにその拳を防御もせずに受ける。一発は覚悟してたからな。しかしだ……いきなり殴るのはどうかと思いますよ、オボロ皇(お義父さん)……。

 

「ハク!もうお父様なにをしてるのかな!?」

 

「ふん、かわいい娘を連れていく男だ。このくらいは許せ」

 

 自分を殴った男――クオンの義父親であるオボロ皇はそう言うと、自分に苦い表情ながらも手を差し出してくる。自分はその手をとると立ち上がり、オボロ皇に目線を合わせた。鋭い雰囲気と眼光。皇として十分な貫禄を備え、体も鍛え込まれているのが分かる。……オシュトル並の実力か、これは?まったくホントにトゥスクルっていう國は底が見えんな。

 

「……俺は貴様の事が嫌いだ。可愛い可愛い娘を連れていってしまう貴様がな。だが……感謝もしている」

 

「……どういうことですか?っ痛ぁ」

 

 自分を見ながらそう言ってくるオボロ皇に言葉を返すと殴られた腹部に激痛が走る。ホントに遠慮なく殴ってくれたからな、見たらひどい事になっているかもしれん。しかし、感謝しているとはなんについてだろうか。

 

「オボロ、そんなところで立ち話していないでこちらで話しませんこと?立ってする話でもないでしょう?」

 

「……そうだな。クオンと貴様も来い」

 

 部屋の奥から姉さんの声が掛る。オボロ皇は自分から視線を外してカルラさんにそう返して、自分とクオンにも声をかけて来たのだが……。

 

「ハクとりあえず、見せてみるかな」

 

「あ、ああ、悪いなクオン」

 

 クオンがガン無視だった。オボロ皇の頬がクオンの行動により引き攣るがクオンはそれを見えていないように無視して、自分の腹を見ている。幸い痣になっているくらいで大したことはなかったため、クオンは安堵のため息を吐くとオボロ皇を無視して自分の手を引き姉さんの所へと向かって腰をおろした。なんかオボロ皇がめちゃくちゃショックを受けて固まっているみたいだが……。

 

「クオン、それくらいにしてやりなさいな。ハクの傷も大したことなかったのでしょう?」

 

「……カルラお姉さま。はぁ、わかったかな。お父様、早くこっちに来る」

 

 姉さんの言葉にクオンはそう返すと、オボロ皇にそう声を掛ける。まだ、若干根に持っている様子だな。まぁ、嬉しくはあるんだがな。オボロ皇はクオンの言葉に硬直を解きこちらに向かって歩いてくる。オボロ皇は自分にきつい視線を向けたあと腰を下ろし、それを見た姉さんが口を開いた。

 

「さて、それじゃあ話の続きを……オボロ頼めますかしら?」

 

「分かった。……これから話すのはトゥスクルの最重要機密にあたる、他言は無用だ。いいな?」

 

「うん、大丈夫」

 

「ああ、わかってます」

 

「トウカには話しますけれどいいですわね?」

 

「ああ、問題ない」

 

 オボロ皇はそう言うと一旦目を閉じたあと、ゆっくりと息を吐いてから目をあける。そして自分たちを見まわしてから口を開いた。

 

「……兄者が封印から出てこられるかもしれない。特別に俺も“あの場所”に入れてもらい兄者に確認を取った。確定ではないらしいがな」

 

「……主様が」

 

 オボロ皇の言葉に姉さんが言葉に詰まったようにしながら目を閉じ、そう声を上げる。

 オボロ皇はそれに頷きを返すとさらに説明を続けた。オボロ皇がハクオロ皇から聞いた話によると、ウィツァルネミテアが大幅に弱体化している事の確認が取れているらしく、封印の礎を他の物と代用できればハクオロ皇も空蝉の役割から解放されるかもしれないということらしい。しかし自分の考えていた予想から行くと良くも悪くもないな。トゥスクル組の三人……特に姉さんとオボロ皇は感慨深いのかとても穏やかな顔をして話しているのが印象的だな。

 

 しばらくはその事について話していたが、オボロ皇は話はもう一つある。と言って自分と、自分の隣に座るクオンを見てくる。オボロ皇はしばらくの間黙り込み、苦渋に満ちた顔をしていたがしばらくすると口を開いた。

 

「……ハクと言ったな。お前とクオンの仲を認めてやる」

 

「……え?」

 

「……なんだ?クオンに不満があるとでも言うのか?」

 

「ッ!いえいえ!めっそうもない!……あっさり認めてもらえると思ってなかったのでびっくりしただけです」

 

 ハクとてクオンの父親からクオンとの仲を認めてもらえるのは望外にうれしい事なのだが、オボロ皇がクオンの事を溺愛している事を知る身としては困惑を感じざるを得ない。最悪、半ば殺し合いに近しい形での“クオンが欲しければ俺を倒して~~”となることも覚悟していたのだから困惑するのもしょうがないと思うのだが。

 

「お父様……ありがとう」

 

「ふん、俺としてはそこの男がクオンの事を本当に守れるのか甚だ疑問なのだがな……しかし兄者が認めるというのだ。一発は入れてやったし――少しは溜飲も下がった。……それに娘の為にこの世に戻ってくるような男を認めんとはいえん」

 

「……あらあら、妙に素直だと思ったら主様から説得されていましたの」

 

 どうやら、自分が姉さんに話したあの歴史での話は伝わっていたらしくそれが今の状況を作り出していたらしい。自分としては本当に助かったとしか言いようがないな。負けてやる気はないが、たぶん……いや、かなり高い確率で大けがをしてたのは間違いないだろうしな。

 

「お、もう話は終わったか?一応、酒とつまみを持ってきたでござるが……」

 

 話がひと段落したところでトウカさん(おかあさん)が訪れ、そのままなぜか宴会になったのだった。

 

 

 とりあえず、オボロ皇との初対面が無事に終わってホッとした。……というか結構お酒飲めそうに見えたのだが意外に弱いんだなオボロ皇って(注:周りが強すぎるだけです)。

 

 

 

 流石に長く國を空けておくことはできないのか、オボロ皇は次の日にはトゥスクルへ向けて発つようだ。

流石に一人旅ではなかったようで、お供に双子の少年?(見た目は少女にも見えた)を連れてきていたようだな。

 ちなみに見送りは自分とクオンの二人だけ、カルラさん(ねえさん)はまだ寝てるし、トウカさん(かあさん)は女衆の仕事を抜けてこられないとのことらしい。ま、ふたりに言わせれば今生の別れというわけでもないし、ということなんだろう。

 

「ではな、クオン。近いうちに一度トゥスクルに帰ってこい。ウルトリィも会いたがっていたぞ」

 

「わかったかな。近いうちに一度は帰るから」

 

「ああ」

 

「クオンさま、私たちもお待ちしてしておりますので」

 

「お早いお戻りを」

 

 オボロ皇の言葉にクオンは柔らかにそう答え、オボロ皇のお付きのふたりもクオンに声をかける。その様子にオボロ皇は一つ頷くと自分に視線を向けた。

 

「ハク、クオンの事は任せた。……クオンの婿ということはお前も俺の義息子だ、近いうちにトゥスクルに顔を出すんだな」

 

「わかりました。クオンの事は任ください……お義父さん」

 

「……オボロでいい。お前にそう呼ばれると、鳥肌がな」

 

「違いない」

 

 オボロ皇が認めてくれたのが嬉しくてついお義父さんと口に出したが違和感が半端ない。微妙そうな顔をするオボロ皇とともに苦笑を交わしあう。

 

「では、そろそろ発つ。クオン、ハク、息災でな」

 

「うん、お父様もお気をつけて」

 

「近いうちにトゥスクルにも顔を出します」

 

 そう言葉を交わすと、オボロ皇は発って行った。その背を見送りながらクオンがぽつりと漏らした。

 

「……なんだか夢みたい」

 

「なにがだ?」

 

 その言葉を拾い、クオンのほうに視線を向けると、クオンは少し微笑みながら自分の腕に抱きついてくる。

 

「……ハクと再会して、お父様にも婚姻を認めてもらえて、こんなに幸せで……」

 

「……そうか。俺も幸せだよ……」

 

 自分は言葉少なにクオンにそう返すと、クオンに抱きつかれた手とは逆の手でクオンの絹のような髪をなでる。クオンは気持ちよさそうにそれを受け入れてくれた。

 

 オボロ皇たちの姿が見えなくなるまでそうしていたが、宿の中が俄かに騒がしくなってくる。

 

「さ、そろそろ戻ろうか。ルルティエに朝飯の用意を任せてしまっているしな」

 

「うん、私はルルティエの手伝いに行ってくるね」

 

 その喧噪を聞きながら自分とクオンは踵を返して宿の中へと戻った。

 

 

  

 

 

 今日も白楼閣は賑やかだ。

 

「うむ、カミュもこの良さが分かるのか」

 

「アンジュ様こそ、これの良さが分かるなんて、やっぱりヤマトの姫様は違うなぁ~」

 

「もぐもぐ、もぐもぐ、ハクおかわりを所望」

 

 詰所にはアンジュとカミュさんとアルルゥさん。

 ……なんというかカオスだ。

 しかもみんなは仕事でいないと来た。この三人を相手に自分にどうしろと言うのか。

 

「どうしてこうなった……」

 

 現実逃避しながらも自分はこれをどう収めるか頭を悩ませるのだった。

 

 

「ん~、こんなもんか?」

 

 オボロ皇を見送ってから数日、なんやかんやと騒がしくも平穏な日常を自分は満喫していた。

 まぁ連日のようにアンジュが来たり、カミュさんが来たり、アルルゥさんが来たりとしているがな……。

 

 とりあえず今日の午前中は襲撃もなく、皆はたまっている仕事を片付けている。シノノンとロロの最年少コンビはマロンさんが引き受けてくれて、一緒に町に繰り出しているし、ゼグニさんはオシュトルのところに行っている。ついでにフォウも今日はクオンに着いて行っているし、双子は兄貴に呼びお出されているらしく久しぶりに完全にひとりだな。

 普段とは違い、静かすぎて落ち着かないがその分仕事は捗った。……ワーカーホリック気味じゃないか自分。以前なら確実に酒飲んで昼寝していたような気がするんだが。まぁ、それで誰も損するわけではないんだが。

 

「……昼どきだし飯にするかね」

 

 そんなことを思いつつ、腹も減ってきたし飯にすることにした。皆は午後も仕事で外で食べてくると言っていたし、今日は宿の食堂でいいだろう。

 なんやかんやでこの宿の食事を食べる機会は少ないが(主にクオンとルルティエが作ってくれるので)この宿は飯もうまいのだ。

 

そう思い部屋を後にして飯を食った後、詰所に帰ってきたのだが……。

 

 

「……朝までの静かさが嘘みたいだな」

 

「ん~、どうしたのハクちゃん?」

 

「いや、なんでもない。しかしこうも毎日ここに入り浸っていいのか?」

 

 頭が痛くなるのを我慢して、声を掛けてきたカミュさんにそう返す。一応トゥスクルからの使者のはずだし仕事も結構あるのではなかろうかという考えからの言葉だったのだが……。

 

「うん、必要なことはしてるし、あとは文官のヒトたちに任せて大丈夫。出てくるときに泣かれちゃったけど」

 

「……それは、大丈夫とはいわないんじゃないか?」

 

「大丈夫、大丈夫。ね、それはそうと帝都観光に行こうよ。こっちに入れる日数もあんまり長くないし、私、観光したい」

 

 "ほんとはクーちゃんも一緒にって思ってたんだけどお仕事みたいだからハクちゃんにお願いするね"との言葉を添えてカミュさんはそういった。

 実際、案内するのはやぶさかではないのだが、このメンツでっていうのは正直遠慮したい。……もっとも断れないだろうなぁとも予想がつくがな。

 

「……案内するのは構わないが、まさか、皇女さんも連れて行くとか言わないよな?」

 

 流石にこれは遠慮してもらいたい。一回連れまわしてるがあれは突発的なものだったのでノーカンである。

 ま、もちろんこれに対して、アンジュが黙っているわけもないわけで……

 

「なぬっ、余を仲間外れにする気か!ハク、貴様がそんなに薄情だとは思わんかったぞ」

 

 こうなるのである。

 

「あのなぁ、流石に連れて行けるわけないだろうが、そもそもなんで一人なんだよ。ムネチカはどうした」

 

 そうなのである。最近、アンジュが来る際にはムネチカが同伴して来ていたのだが今日は一人。一体どういうことなのか。

 

「あ、アンジュ様は私達が誘ってきたから一人じゃないよ」

 

「ん、私たちと一緒」

 

「そうなのじゃ。ムネチカとの"一人で来てはいけません"という約束は破っておらんぞ」

 

「おいこら、待てお前ら」

 

 ムネチカが言っていたのはたぶんそういう意味ではないし、そもそも護衛が必要なヒトが3人歩いてたら普通に言ったら良いカモだろうが。

 

「だいじょうぶ、来るときはムックルも一緒」

 

「そうそう、認識障害の術もかけてるから誰にも声掛けられなかったし」

 

「そういう問題でもない。そもそも観光に行くのは町中だぞ。ムックルは連れて歩けないだろうが」

 

 確かにそれならばここまでの道中は安全だろう。というか目立たないという意味ではムックルは居ないほうがいい、切実にな。そのへんこのヒト達は理解しているのか……まったく。あと、無駄にそんな高度な術を使うんじゃない。

 で、そんな風に話をしていたのだが……。

 

「ええい、ハク、余はこの者たちに帝都を案内しなければならんのじゃ!これも天子の責務というやつじゃ!よいな、これは天子アンジュの勅命である!!」

 

 アンジュが爆発した。ああ、これはもう無理だな。案内するしかないか。

 ただし、自分だけでは不安だ。こういう時こそ伝手を頼るとしよう。

 

「……ああ、もう、分かった、分かったから。少しだけ待ってろ」

 

「良いのか!言質は取ったからな。後でやっぱり無理はなしじゃぞ!」

 

「……分かったから、少しだけおとなしくしていてくれ。ちょっと助っ人を連れてくる」

 

 そう言い残して詰所を後にする。

 とりあえず、途中で一人確保して――――向かう先は最上階の隠し部屋だ。

 

 

「アルルゥ、カミュ、久しぶりですわね」

 

「……はぁ、何故某が……いや、ハクの頼みでもあるし断るのも気が引けるのだが。……まぁ良い。アルルゥ、カミュ久しぶりだな。息災のようでなによりだ」

 

「あ、カルラ姉さまにトウカ姉さま、久しぶり~こんなところにいたんだー」

 

「よっ」

 

 ということで助っ人のカルラさん(ねえさん)トウカさん(かあさん)だ。人柄も確かなうえに戦闘力は折紙つき、それなりに長く住んでいるから帝都にも詳しいはずだし、今回の案件には最適のはずだ。

 

「ハク、この者たちは?なにやらアルルゥとカミュとは顔見知りのようじゃが……」

 

 唯一この中で二人と面識のないアンジュがそう声を上げる。まぁ、知り合う機会はなかっただろうしな。

 だが、アンジュに損はないはずだ。二人はトゥスクルの上層部とも繋がりのあることだし、アンジュの将来の事を考えても知り合っておいて損のある相手ではないだろう。

 

「ああ、初めてだったな。こちら白楼閣の女将のカルラさんと女衆のトウカさん。帝都にも詳しいから助っ人を頼んだ」

 

「ふむ、そうなのか。余はアン――んっ――――」

 

「で、姉さん、義母さん、こいつはアン、とある豪族の娘さんでな。アルルゥさんとカミュさんと仲良くなったみたいで一緒に帝都観光したいっていうんで一緒についてくる」

 

 で、紹介した途端本名を名乗ろうとするアンジュの口を押さえ建前として豪族の娘として紹介する。もちろんカルラさんもトウカさんも分かっているだろうが建前ってやつはだいじだからな。

 

「――むぅ、何をするのじゃハク」

 

「(ここにいる以上、お前が皇女さんだっていうのは秘密なんだろ?だったら今のお前は豪族の娘のアンだ)」

 

「(む、確かに。ムネチカにもハク達以外に本名を名乗ってはいけないといっておったのぅ。分かったのじゃ、余はアンじゃな)」

 

 アンジュは納得したようでぽんと手をたたくと改めて姉さんと義母さんに向き直った。

 

「余は、アンなのじゃ。えっと……よろしくお願いします」

 

「アンですわね。わたくしはカルラ。この白楼閣で主をしておりますの。今日はよろしくお願いしますわね」

 

「うむ、よろしくなのじゃ、カルラ」

 

「某はトウカだ。そこのカルラの友人でこの白楼閣で女衆をしている。よろしく頼むでござるよ、アン殿」

 

「よろしくなのじゃ、トウカ」

 

 なんかアンジュの挨拶が普段と違って丁寧だったが、姉さんから何かを感じ取ったのだろうか?まぁ、円滑に物事が進むのならばいいか。

3人は挨拶を交わしながら柔らかい雰囲気だし、少なくともファーストコンタクトは上々といったところだろう。

 

「では、行きましょうか。一日で回りきれるものではありませんけれど、わたくしのお勧めの場所を案内しますわ」

 

「おお!それでは出発なのじゃ!」

 

「へ~、カルラお姉さまのおすすめの場所か~楽しみだねアルちゃん!」

 

「……ん、楽しみ」

 

「……カルラお勧めの場所でござるか……。某としては悪い予感しかしないでござるが……」 

 

 アンジュの楽しそうな声を皮切りに皆で白楼閣からでる。ぽつりと呟かれた義母さんのひと言に少しだけ悪い予感がするが……まぁ、大丈夫だろう。

 

 

 トウカさんの悪い予感もなんのその。帝都観光は以前ネコネに案内してもらったようなコースで進んでいった。途中で左近と会い(また、美人さんかとか言われながらまたギギリ飴を押しつけられた)飴を買ったりしながらも和気あいあいとしていた。

 

「やっぱり、帝都はすごいね~。トゥスクルも活気なら負けてないって言いたいけど、正直完敗かも」

 

「ん、けどヒトが多くてムックルは留守番」

 

「流石にこのヒト通りだとムックルは難しいのじゃ。なにかお土産でもあればいいがのぅ……」

 

「じゃあ……はちみつ」

 

「あはは、それ、アルちゃんが食べたいだけでしょう?」

 

「そうともいう」

 

 三人は年の差も気にせず(アンジュとという意味で考えるならダブルスコアだろう)仲良くなったようで楽しそうに話しているし、ま、連れてきてよかったか。

 

「すみませんが、ちょっと待っていてくださいな」

 

「分かった。そこの茶屋で少し休んでるからゆっくりでいいよ」

 

「分かりましたわ」

 

 そんな風に歩いていると、姉さんがそう言って一行を少し離れる。買い物のようだから少し時間がかかるだろうしということで茶屋に入って休憩をとることにした。

 

「そういえば、ハクはカルラやトウカの事を“姉さん”、“義母さん”と呼んでおるがどういう関係なのじゃ?」

 

「ん?ああ、二人はクオンの育ての親というか姉みたいな方でな。クオンとの仲を認めてもらってからは自然と……な」

 

「ほぅ……、あのクオンのか」

 

「あ、私もクーちゃんのおねーちゃんだよ」

 

「クーは私が育てた」

 

 ふとアンジュが疑問に思ったのかそう聞いてきた。特に隠すようなことでもないのでそう答えると、カミュさんやアルルゥさんも話に加わってきて姦しい。

 

「なぬっ!ということはクオンの恥ずかしい話の一つや二つ……」

 

「クーちゃんの話、聞きたい聞きたい?」

 

「ん、クーのかわいい話ならいくらでもできる」

 

 なんだかクオンにとって旗色が悪くなってきたような気がするが、止められるとも思わないので、仲良く話しす三人を眺めながら自分は茶を飲む。なんやかんや歩いたせいか結構のどが渇いていたのだろうな、何の変哲もない茶だがうまく感じる。

 

「……気のせいでござったか」

 

「義母さんあんまり気を張ってると疲れないか?アンもいるんだし流石に変な所には連れていかないと思うんだが……」

 

「いや、ハクはカルラに振り回されたことがないからそう言えるのだ。前に行ったことのある町では酒を飲みながら歩いてごろつきに絡まれ半殺しにし、それを兵に見つかってその後は鬼ごっこでござる……」

 

 なにやら深刻そうな顔の義母さんに気を張りすぎだと声をかけたのだが、聞きたくなかった情報が聞こえて思わず頬がひきつる。

 

 それ以外にも出るわ出るわ“酔っ払い相手に大乱闘”に“貴族の私兵を相手にしての大立ち回り”、“盗賊のアジトへのかち込み”と武勇伝には事欠かないようだ。

しかしなんやかんや言いつつそれに付き合う義母さんもヒトがいいというかなんというか、あと事が起きた時にはブレーキになりきれずに自分も暴れているところがこのヒトたる所以なのだろう。

 

「あら、その半分くらいはトウカが原因だったとわたくしは記憶しているのですけれど」

 

「誰がだ。状況を悪化させたのは貴様だろう?」

 

「あら、そうでしたかしら」

 

「あ、姉さんおかえり……って酒?」

 

 そんな中、戻ってきた姉さんの手にはひょうたんがぶら下がっていた。姉さんは酒は好きであるがどっちかっていうと雰囲気を大事にするところがあるからこんなとこでは飲まないと思っていたのだが……。

 

「ええ、今から向かおうと思っているところであれば、これも一興かと思いましたの。二人の分もありますから付き合いますわよね?」

 

「あ、ああ。姉さんからの酒を断る理由はないけど……」

 

「……カルラ、一体どこに向かうつもりなのだ?」

 

「それは、着いてからのお楽しみですわ」

 

 そういう、姉さんに促され茶屋を後にして次の目的地に向かったのであった。

 

 

 で、連れてこられたのが……

 

「やったー!15倍だって~」

 

「ん、次は……たぶんあの子が勝つ」

 

「それはまことか!それならば余もあやつに……よし、30倍なのじゃ!」

 

 発ちこめる熱気、人々の怒号、そんな一般の方々からみたら少し怖く感じるかもしれない場所。今はその一角を貸し切って……

 

「いや、アンの教育に悪いって後で怒られそうなんだが……」

 

「あら、これも社会勉強ですわよ。國を納めている豪族の娘であるならば一度くらい来ていても問題ありませんわ。と、ハク、盃が渇いていますわよ」

 

「と、すまん。いや……アンが後々入り浸りそうで怖いんだが」

 

 ところ変わってここは走犬場、端的に言うと公共の賭博場だ。義母さんは頭を抱えているが、姉さんは楽しそうにその喧噪を見ながら自分の盃に酒を注いでくる。一応、途中で気がついた義母さんが止めようとはしてくれたのだが、姉さんはのらりくらりとかわし、気が付けばこの一角を確保してしまっていた。

 教育にあまり良くない場なのは言うまでもないのだが、自分が後々アンジュが入り浸るのではないかと危惧しているのは理由がある。

 

「それこそ、自己責任ですわよ。それに楽しそうですし」

 

「いや、確かにそうなんだが……」

 

 確かに言うとおりアンジュを筆頭にカミュさんもアルルゥさんも楽しそうだ。勝ったり負けたりで適度に楽しむのはまぁいいだろう。しかしだ……

 

「アルルゥさんがいるのが反則すぎる……」

 

 このひと言に尽きると言っていい。動物を走らせてその順位を競うレースである限り、アルルゥさんという森の母の能力は反則と言っていい。なにせ動物のコンディションややる気なんかを見分けることができるし、下手すれば会話すら可能だといわれている。まぁ、それでも100%勝つということはできないのだが……

 

「よし!今度は35倍なのじゃ!」

 

 アンジュの生来の運も合わさっての事なのだろうが連戦連勝、飛ぶ鳥を落とす勢いなのが頂けない。このことがバレたときにムネチカになんと言われるか……。

 

「よし、30倍だな(もうなるようになれだ……)」

 

 この場を納めることができない以上、自分も便乗して持ち金を増やすことにしよう。

 

 

 なお、最後に大敗して自分とアンジュの稼ぎはプラマイゼロになったのは付け加えておく。

 まぁ、最終的なアンジュの顔を見る限り入り浸る可能性はなさそうだからよかったと思っておくことにするか。

 

「ハクよ……」

 

「なんだ……」

 

「賭場とは……怖いものなのじゃな」

 

「そうだな……」

 

 

 大敗した後、自分たちは走犬場を後にした。そろそろ帰ろうかと話していたのだが、アンジュがいいことを思いついたとでも言うようにポンと手を叩くと自分に声をかけてきた。

 

「む、そうじゃ、ハク。あの店に寄っていかんか?」

 

「ん?ああ、あそこか?」

 

「うむ、あのご老人にもまた会いたいのじゃ」

 

 ふむ、一週間ほど顔を出せていないし自分としてはやぶさかではないのだが……

 

「へぇ~アンちゃんの知ってる店なんだ。何のお店?」

 

「え~っと、……ハク」

 

「薬草を取り扱ってる店だ。クオンが常連でな、一度アンとも行ったことがある」

 

「ん、薬草の匂いは落ち着く」

 

 特に否定的な意見も出なかったため、皆であの店に向かうことになった。途中で手土産に菓子を買って、少し歩くと目的地だ。店の入り口からみんなで入る。

 

「よ、ばあさん。元気にしてるか」

 

「ああ、ハクさんかい?」

 

「余もいるのじゃ」

 

「あら、あんたはアンだったねぇ。よく来たね」

 

 店に入ると見慣れた老婆の姿があり、どことなく安心する。クオンが薬師だからなのか薬草の匂いを嗅ぐと落ち着くんだよな。

トゥスクル組も店に入ってきて物珍しそうに店の中を見ていた。中でもアルルゥさんは何だか懐かしむように棚に並んだ薬草なんかを見ている。

 

「気に入ったのか、アルルゥさん」

 

「ん、お姉ちゃんの部屋と……おばあちゃんの家とおんなじ匂い。落ち着く――」

 

 アルルゥさんはそう言って目を細め、懐かしそうな表情を浮かべた。普段は見ない大人びた表情だ。

 

「そうか、ならよかった」

 

「ん、ここは良い店」

 

 そう言って店の中を見るアルルゥさんから視線を外し、自分は店の主であるばあさんに向き直ると手に持った袋を手渡した。

 

「ああ、そうだばあさん、土産だ。今回はそこらへんの店で買ってきたものだが勘弁してくれ」

 

「毎回毎回すまないねぇ。お茶でも入れるからゆっくりしていっておくれ」

 

「おう、すまんな。冷やかしで悪いが……」

 

「この婆の話し相手をしてくれるだけで嬉しいさね。こんどはクオンさんも連れてくるといい。あの子の様子を見てるのはあたしもたのしいからねぇ」

 

 そういうとばあさんは茶の用意をするためだろう。奥に引っ込んでいった。

 

「うわ、これ珍しくて中々手に入らないって言われてる薬草なのにこんな捨て値で……」

 

「あら、こちらのものなんて昔チキナロが売り付けに来たものではありませんか」

 

「どれどれ……あの時の半分の半分の値といったところか?薬師にとっては天国のようなところでござろうなぁ」

 

「これは何に使うものなのじゃ?」

 

「あ、それはねぇ、私はあんまり詳しくないんだけど万病に効くって言われてて……」

 

 思いつきで連れてきた割に皆楽しそうに商品を見ていて正直ほっとしたよ。薬師でもなければ楽しいところではないと思ってたんだがね。……いや、クオンに薬師のいろはを仕込んだエルルゥさんと行動を共にしている時期があった連中だしこういうのも詳しいのかもしれん。自分も、クオンと行動を共にする間に薬に使う物について詳しくなっていたくらいだしな。

 

 ばあさんが淹れてくれた茶を飲みながらゆっくりする。店の中には初めて来たころにはなかったテーブルと4つの椅子のセットが備え付けられていて、来る頻度を上げるかと頭の端で考える。

 

「へぁ、白楼閣の女将さんなのかい」

 

「ええ、皆が優秀ですので名ばかりのものですけれど。ところで店主さん、この茶葉なのですけれど個人的に譲っていただくことはできませんかしら」

 

 椅子に座り優雅に茶を飲むのは姉さん。ばあさん謹製の茶葉が気に入ったようでそんなことを言っていた。ばあさんも嬉しかったのか帰りに包んでくれるようだ。

姉さんの隣には義母さん。こちらも茶が気に入ったのか姉さんとばあさんのやり取りを気にしているようだ。

 

「うわ~本当においしい」

 

「ん、やさしい味」

 

「うむ、本当にのぅ」

 

「ちなみにルルティエの淹れるこの茶はさらにうまいぞ」

 

「ルルティエ、恐るべしなのじゃ……」

 

 で、自分とアンジュ、カミュさんとアルルゥさんは縁側に腰かけつつ菓子をつまむ。なんというか祖母の家に遊びに来た息子というか孫というかそんな気分をあじわってるな。

 

 そんな風にまったりしていると店の扉が開いた。おっと客が来たようだしそろそろお暇したほうがいいか、と思っていたのだが……

 

「ごめんくださ~い、おばあちゃんいますか……あれ、ハク?」

 

「フォウ!」

 

「お、クオン。仕事はもういいのか?と、フォウもクオンと一緒だったな」

 

「うん、仕事帰りに少し材料を補充しとこうと思って寄ったんだけど……これは?」

 

 入って来たのはクオンとクオンと一緒に出かけていたフォウだった。クオンの声が小さかったからか皆は気がつかずに談笑している。クオンが近づいてきたのと同時にフォウは定位置――自分の肩の上――へと移動してくる。

 クオンは店の中を見渡しながら不思議そうに首をかしげる。もっともアンジュと共にいるアルルゥさんとカミュさんを視界に入れた瞬間に少し顔が引きつっていたが。

 

「あ~、カミュさんにお願いされて帝都を案内してたんだがその流れでな。姉さんと義母さんは助っ人だ」

 

「そうなんだ……」

 

 ?クオン少し落ち込んでるか……ああ、自分で案内したかったんだろうなぁ。なんやかんやでクオンはあの二人の事は大好きだし、姉さんと義母さんも一緒ならなおのことだろう。

 

「むぅ……、これなら今日は休みにしてればよかったかな」

 

「ま、そうかもな」

 

 そういうクオンに苦笑を返しながらフォウを撫でていると、ばあさん達もクオンの事に気がついたのか声をかけてくる。

 

「あら、クオンさんいらっしゃい」

 

「あ、お邪魔してます」

 

「よく来たわね。クオンさんもお茶していくでしょう?」

 

「ありがとうございます。ご相伴にあずからせていただきますね」

 

 そして速攻でばあさんに捕まった。ま、クオンもばあさんのことは慕ってるし、これは既定路線か。

 

 クオンが混ざったことでさらに姦しくなった空間で男一人のんきに茶を飲む。ま、こんな一日も悪くはないだろう。日が傾くまでの時間自分たちはばあさんの店でまったりと過ごし白楼閣へと帰ったのだった。

 




お読みいただきありがとうございました。

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