うたわれるもの 別離と再会と出会いと   作:大城晃

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皇女誘拐犯(偽)捕物帳~義賊の危機~

皇女誘拐犯(偽)捕物帳~義賊の危機~

 

 

 アンジュの件から数日、自分とクオンはオシュトルに呼び出され、奴の屋敷へと向かっていた。どうやら内密に話があるらしく今日は自分とクオンのみの呼び出しのようだ。

 オシュトルの執務室の前に着き中に声を掛けると入るように返事があったため自分とクオンは部屋の中に入った。

 

「……来たか」

 

 そう言って自分達を出迎えるオシュトルの表情は硬い。どうやらあまり良い話ではないらしい。いつものように皆ではなく自分とクオンのみの呼び出しである事、そしてオシュトルのこの表情から非常事態だろうと推測する。

 

「今日、貴公等を呼びだしたのは他でもない。先日の姫殿下誘拐の一件。彼の一党の沙汰についてだ。例え無事にお戻りになったとはいえ、お身柄を拘束した事は許しがたい。よって大逆の徒に裁きを下す、とのことだ」

 

 オシュトルの言葉に内心でやっぱりこうなったかと思いながら自分達に咎が及んでいない事に胸をなでおろす。自分達にまでそれが及んでいなくてなによりだな。

 オシュトルが言うにはアンジュもノスリたちの無実を主張したが受け入れて貰えなかったようだ。“神聖なる姫殿下は過ちを犯さぬ”受け入れなかった奴らはこう主張したそうだ。正確には姫殿下に過ちなどあってはならないってところか。兵まで動かしてしまっているし収まりがつかなくなっているんだろうな。

 で、それらを統合すると“姫殿下は確かに拐された。許しがたい大逆の徒を討たないなどあってはならない”てな所に落ち着いたと。そこまで聞いて自分もクオンも頭を抱える。

 

「なんて融通のきかない……」

 

「こんな、大事になってアンジュも……」

 

「ああ……今度ばかりは自室に閉じこもっておられる。大逆罪となれば極刑は免れぬ。姫殿下自らの犯した軽挙でヒトの命が奪われるのだ。堪えぬはずがない」

 

 オシュトルが言うにはアンジュは流石に今回の事が堪えたのか部屋に引き込もっているらしい。なるほどな、この件に関する事で自分達を呼んだんだろう。それならばすぐ近くに控えている者の気配にも納得がいくというものだ。

 

「酷い話だと思いませんか?善意でした事が、このような事になるなんて」

 

「で、なんでお前はここに」

 

 自分達の背後にいた気配の人物が声を掛けてきたのでそう返す。そもそもこの話の内容からするとこいつがいないのも変な話だからな。

 

「いやはや、気がつかれていましたが。僕はオシュトルさんに呼ばれまして」

 

「ああ、某が呼んだのだ。此度の件を話すにあたりこ奴も必要になるのでな」

 

 オシュトルはオウギの登場に動揺した風もなくそう返す。この部屋にいるオウギ以外の三人とも気が付いていたようだしまぁ当然の反応ではあるがな。

 

「さて、オシュトルさん。哀れな生贄の一人をここに呼び出したという事は、黙って首を切られろ、という事ではないのでしょう?」

 

 オウギのその言葉にオシュトルはフッと表情を崩すとこちらに視線を向ける。

 

「そこでハク殿の出番というわけだ。秘密裏に彼らを逃がしてもらいたい」

 

 オシュトルはそう自分達に依頼を出してきた。無理強いはしない、断った場合はこの事は忘れて欲しい、もし依頼を受けて露見した場合自分達が朝廷に追われる立場になる、そしてその判断について非難はしない。

 オシュトルはそこまで言うと自分の目を強い視線で見てくる。

 

「どうする?」

 

「……引き受けよう」

 

「……ハク殿、忝い」

 

 オシュトルの視線に負けぬように腹に力を込めると、自分は引き受けるとオシュトルに返す。

 

「……いいの?こんなことばれたら打ち首物だけど?あ、もちろんそんな事になったら私はハクと一緒に逃げさせて貰うから」

 

「いいんだよ。原因は少なからずこっちにもあるしな。ここで放置するのは寝覚めが悪いにも程がある」

 

 クオンはそう言うが、そこに自分を責める色は一切ない。オシュトルはクオンの言葉に好きにするが良いと苦笑しながら返してるしな。それに少なからず原因は自分たちにもあるんだ、ノスリとは知らん仲でもないし、こんなことで死なれたら寝覚めが悪いどころの話じゃないからな。それに、これはこの場では言えん事ではあるが姪っ子が泣いているのを放置するなんておじちゃん失格ってもんだ。

 

「ふふ、なかなか変わった方だとは思っていましたが。とりあえず感謝しましょう」

 

「……すまぬな」

 

「なに、これはこっちが勝手に決めた事だ。オシュトルに頼まれなくったって、連中の手配書が都にばら撒かれれば助けにいくさ。それとクオン達は無理に付き合う必要はないぞ?」

 

「なにかな?まさか私にハクの傍を離れろとか言う気じゃないよね?」

 

「……はぁ、好きにしろ」

 

 そう、これは自分が勝手に決めた事だ。なのでもちろんクオンは付き合う必要はないんだが……言うだけ無駄かね。しかし今回の件、ノスリ達を都から連れ出しても手配書が出回っている限り、一時しのぎにしかならないはずだ。それについてどう考えているのかオシュトルに尋ねてみると、それについては策は打ってあると言って手配書を見せてくる。

 

「これは……」

 

「……誰?」

 

 オシュトルが見せてくれた手配書にはノスリには似ても似つかない、筋肉質で厳つい顔の女の似顔絵が描かれていた。しかも特徴として男と見まごう程に筋肉質な躯の大女と書かれており、これをみてノスリを連想するヒトはいないんじゃないかという塩梅だ。それを見る自分の脳裏に何か閃くものがあった。これなら……なんとかなるかもしれんな。

 

「姉上には……見えませんね」

 

「その似顔絵を描いた官吏は某の手の者でな。少々細工させてもらった」

 

「それって、オシュトルが一番危ない橋を渡ってるんじゃないかな」

 

 クオンの言葉に涼しい顔をするオシュトルに閃いた案を提案してみる事にする。少しヤケクソっぽい策だがいい感じに嵌ればこれから先、ノスリ達も追手の心配をする必要はないだろう。

 

「なぁ、オシュトル。これってもう完全に男に見えるよな?」

 

「ふむ、言われてみれはそうとしか見えんが……なにかいい策を考えついたようだな」

 

 自分の言葉にオシュトルが明るい顔をして期待するように見てくる。正直そんな期待されるようなもんでもないんだがな……。

 

「オウギ、おまえの情報網にちゃんと髪のある筋骨隆々の大男で盗賊の頭をやっている様な奴はいるか?それとノスリの服を一着借りたいんだが可能か?」

 

「ええ、姉上の服ならばお貸しすることは可能です。それと大男ですが二人ほどいますね。一人は貴方達もあった事のあるモズヌ団の頭目モズヌ。もう一人はヒト攫いを生業にしている最近都にやってきたチンピラ集団の長ですね。後者については近いうちにオシュトルさん達で討伐を行う事になっていたと思いますが……」

 

 オウギの言葉を聞いていける可能性は見出せた。そして三人に自分の案を語ったところ、良いんじゃないかという事になり自分の作戦を実行する事になった。

 

 

 数日後に作戦は行われ戦果は上々。女装(・・)をした賊の頭目とその仲間たちを連行するオシュトルをクオンとあと二人、ノスリとオウギと共に見送った。ノスリは女装した賊の頭目に微妙な表情だが仕方ないだろう。なにせ自身の服(新品。中古を使う事はオウギから全力で止められた)を筋骨隆々の大男が着ているのだから。

 

「……うぅ、新品だったのに」

 

「姉上、今回はしょうがありません。今度一緒に新しい服を買いに行きましょう」

 

 ノスリを慰めるオウギを尻目にしながらクオンと苦笑を交わしあう。まぁなんにせよ無事に終わって良かった。今回の件は皆には知らせていない。自分達だけで事足りたし最悪危ない橋を渡りかねない依頼だったので皆には伝えなかったのだ。ノスリにはこの賊がノスリの名を騙ったなどと言い含めて、汚名返上の機会だと言ってこっちに引き込んだ。

 一応、今回の策はこうだ。まず賊の居場所を確認したあと、オシュトルが賊を討伐に向かう日を確かめる。そしてオシュトル達が突入する少し前に自分達が侵入し賊の頭目を拘束してノスリの服を着せ、その後自分達で賊どもを殲滅しオシュトル達に引き渡す、それをノスリだと偽れば事はそれで終了だ。大罪人の言葉に誰も耳を貸すはずもないしそこから事が露見する事もない。

 ちなみにこれを話した時の各々の言葉だが“初めて邪気のない悪意というものを目の当たりにしましたよ、本当に素晴らしい。貴方が僕達の敵でなくて助かりましたよ”とオウギが、“効果的なのは判るけど、ちょっと寒気がするかな”とクオンが、“某にはそのような非情な策は思いつかなかった。心苦しいがその賊どもには贄になって貰おう”とオシュトルが、皆なんか予想以上の高評価だった。

 一応賊の頭目を拘束する前に賊達と戦闘になる可能性もあったが、賊の頭目は部屋に一人でおり、なおかつその部屋の前には見張りはいなかった為、実にスムーズに事は運んだ。もともと討伐される予定の賊どもだったし、さらにヒト攫いとくれば自分達の心も痛まない実にすばらしい作戦だったと言えるのではなかろうか。本当はモズヌでも良かったんだが、こちらの賊は少人数で自分達だけでも討伐が容易いと思われた事に加え、オウギが言うにはあいつ等は近々賊からは足を洗うつもりのようだったので今回は見逃すことにした。。

 

「さて、二人ともそろそろ帰るかな。ルルティエが晩御飯を作って待っていてくれるはずだし」

 

「む、そうか。それなら待たせるわけにはいかんな。それにルルティエの作るご飯は絶品だからな、食いっぱぐれると損だ」

 

「そうですね、姉上。そろそろ帰りましょうか」

 

 それとこいつら二人はオシュトルの命で自分達がお目付け役を任され、隠密衆として行動を共にする事になった。なんかオシュトルがうまく言い含めたらしく奴らも納得している。配下の者達は流石に自分達だけでは管理のしようもない為、オシュトルの勧めで近隣の村なんかに出稼ぎにでているようだ。ほとぼりが冷めるまではノスリは外に出る事は出来ないし、オウギはオウギでオシュトルから諜報の依頼を受けているようで捕物の時くらいしか駆り出せないが、まぁ腕は確かだしその時には当てにするとしよう。宿代なんかはこちら持ちだし、ごく潰しが増えただけとも言えるがな。

 

「ああ、今日はお前達の為に歓迎の宴を開く予定だからな。楽しんでくれ」

 

 ま、仲間が増えるのは良い事だし、なにかとトラブルを持ちこんだり持ちこまれたりした間柄ではあるが遺恨は無い。それに二人とも性格的には信用できるしなんとかなるだろう。今日はとりあえず宴を楽しむ事にするとしよう。

 

 こうして自分達に二人の仲間が増える事になり今回の事件は幕を閉じた。ノスリ達の宿代当座分をオシュトルに請求し奴が渋い顔をしていたが、まぁそれくらいは負担して貰おうじゃないか。 


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